魔界へ帰ってきて早数年。あれから地上界には訪れていない。
魔理沙のことも心配だった。だがスキマ妖怪の目的が私の排除ならばこれが正解だったのだろう。それに博霊に魂を売った私は何処にいても幻想郷と繋がっている。そう思うと私は魔理沙と同じ空を仰いでいるのだと感心する。
―――――魅魔様!魅魔様ー!
嗚呼、今日も教え子の呼ぶ声がする。
毎日毎日、馬鹿な人間が私の元へ訪れる。だがその誰にも魔理沙の様な高揚感は籠らなかった。
ただ空しく込み上げてくる寂しさに幾度となく枕を濡らした。偉大な魅魔が何と言う無様。みすぼらしい自分を誰かに罵ってもらいたかった。
そうでもしないと気が晴れないのだ。
「あなたが魅魔?」
そこへ、いつもとは違う生徒が訪れた。違う感覚、いやこれは、この少女から放たれているプレッシャーか。
青いスカートを着こなすカチューシャの少女がいた。両手に大きすぎる魔道書を持って。
「そうだが。何か用か?」
その少女は睨みを利かせてこう言った。
「私に、魔法の全てを教えて」
と。
久しぶりに私は腹を抱えて笑った。少女は何がおかしい、と不満顔になっていた。
今までここを訪れた生徒は皆魔法を教えてとは言わなかった。口々に『強くしたい』と言うのだ。だか少女は『魔法を教えて』と言った。つまり魔法を使えないのだ。
魔界の人間のすべてが魔法を使えるわけではない。生まれつき使えるものもいれば教えれば使えるようになるものも大勢いる。だがそれは人間の才であり、態々魔法を使おうとするものはいない。生活の一部にしかない魔法など、高等魔術による政治に比べれば必要のないことなのだ。魔法と魔術の違いはこの利用価値の差だ。例えるならば魔法は拳銃の弾丸であり、魔術は大きな爆弾のような存在だ。
その違いすらも分かりきったかのような澄んだ瞳で少女は私に『魔法を教えろ』というのだ。この程度の人間にこう言われては笑うしかない。しかもその様子では魔導書は読めなかったようだ。だから私は少女にこう発言した。
「わかった、私が教えられることのすべてを貴様にくれてやろう。ただし」
「ただし?」
「必ず、お前のやりたいことをしてみせろ」
少女のしたいこと、言い方を変えれば夢だ。何のために魔法を使うのかはわからない。だが不思議と彼女からそんなオーラがあるように感じたのだ。
確かな意志をもって、自らがしたいことを成す為にこの少女はここまで足を運んだのだ。この小さな足で。その勇気と強い意志を見据えての発言だった。
すると少女は小さな体を震わせてこう言い放った。
「分かりました。かならずしてみせます!叶えて見せます!」
思いが通じたのかはわからない。だが彼女はそう意気込んだ。前に誰かさんも同じような大口叩いていたな、と思い出を探る。
その顔を見て、私は手を差し伸べて見せた。その手を少女が受け取り、よろしくお願いしますとお辞儀した。
「名は?」
深く息を吸い込んで、少女はこう名乗った
「“アリス”と申します」
今夜も魔界の夜は長い。
魔理沙編完結です。至らないところ多々あると思いますがこれからもよろしくおねがいします。