ある日宴であたいの上司が「そう言えば、最近の外ってどんな感じなんです?私は詳しくないんですが、仕事柄知らないと困るんで。早苗さん、貴女も私の裁く多くの人間のように白い人生を送っていたのですか?私には皆目見当がつきませんので。」って言ったんだ。

早苗さんが外の世界で可哀相な目に遭ってます。また、一部のキャラが腹黒いです。キャラアンチに見えるかもしれせんのでタグをつけさせて頂きました。
また、原作キャラの能力の誇大解釈、設定の捏造などがありますので、そういった要素が苦手な方もご注意ください。

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楽園に嘘吐きなんているわけありませんわ。


カミサマのうそつき。

 とにかく、臭いのである。

 直接酒が発する臭いが、というよりは、それを呑み体内で別物に変換し、それを呼気に混ぜて放ったそのものが、である。特に呑んだ後の人間の呼気は、妖怪のそれとは比べ物にならないほど臭い。恐らく、妖怪と人間の体内での酒の処理の仕方が全く異なるからなのだろうが、それにしたって臭い。これでは元来酒が嫌いでなくとも人間と飲むのが嫌いになってしまっても無理はない。その点カフェインは非常に高尚である。人体で処理されても、悪臭を発することはまずない。コーヒーともなると逆に独特の臭いがするものだが、紅茶という優雅な飲み物にもなると、ほとんど嫌な臭いはしない。あれを臭いなどと称する人間は、逆に下品なのである。

 そしてそんな酒の臭いの漂う中、今度は良い匂いが漂ってくる。人肉の妬ける匂いだ。といっても死人が出ているわけではない。なぜなら焼かれている人間は死を知らぬ者、そして焼く方もまた、そうであった。このような酒の入った席では良く見られる喧嘩のうちの一つ、不老不死人間の、人間にしては壮絶すぎる戦い。やんややんや。やじを飛ばす者の中には、もちろん人肉を好む妖怪から、本来ならそれに嫌悪を覚えるはずの人間、あるいは人間だったものまで混ざっているのだから、やはりこの席は狂っているのである。あるいは狂わされてる、主に、酒によって。

 聞こえてくるのは一応、やんややんやだけではない。似合わないほど上品な和楽。いつの間にか舞台に上がる奏者が変わっていたらしい、先程まではジャンジャカ馬鹿みたいにうるさい音楽が響いていたというのに。かと思えば、また奏者交替、古典的なと言えば今のと同じだが、今度は西洋の古典音楽、いわゆるクラシックと呼ばれるあれだ。本当に余興に統一性がない、全くない。

 余興とは違うが、酔って元気になった連中は、一芸を勝手に披露しだす。ある者は、せっかく庭師が綿密な計算をして置いたと言う岩を、怪力自慢に持ち上げては別の場所にぽいと投げてみせる。だが当の庭師が、それを見て大笑いしているのだ。これも酔いが醒めるまでなのだろうが。

 日本の古い時代を生きた者の中には、品のある舞を始める者もいる。流れる音楽が西洋音楽なのが残念なほど、美しい舞だ。誰かもそれを思い、どこからか次は和楽を、という声が聞こえた。

 かごめかごめ、再び舞台から流れ始めた爆音ライブには不似合いな子供のわらべ歌。幼心のある妖怪たちには、まさに童遊びがちょうど良いのだろう。たとえ酒の席であったとしても。

 酒の席にはいつだって、楽とかそういった気分が漂うものである。そうした中、彼女、東風谷早苗が突如上げた恐怖の悲鳴は、大変珍しいものであった。一部の者だけがそれに反応し、楽に溺れる大部分の者は、あいかわらず楽に浸り続けた。

 発端は、閻魔の発したさりげない言葉だった。ほんの、世間話、仕事の愚痴、そのような話の延長だったのである。「ところで今の外って、どうなってるんです?ま、あなたも外じゃ今日日のJKみたくイケイケでウハウハで逆ハーであはんな生活してたんでしょう?けしからんですね、べーってしなさい、お仕置きしますよー」酔いに任せて、半分どころか冗談十分で言った言葉、それに対し一瞬、ほんの一瞬浮かんだ恐怖の色に、偉そうなくせして所詮恐怖を好む生き物、閻魔もまた、反応せずにはいられなかった。だが、下手な見なかったふりをして、どうなんです、とすまし顔で再度尋ねてみせた。本当に、下手な見なかったふりである。対する早苗も、次の瞬間にはすました顔で、「大して面白くもないですよ。こっちの方が、ずっとロマンにあふれて、面白いです」と、いかにも優等生みたいな当たり障りのない言葉を返すのであった。閻魔もまた表面上はそれで納得、満足したような顔をして、これこれという便利な道具があるそうですが、どういうものなのですかなどと、心には全く思ってもみない問いをかける。今度は悲鳴なし、それはですねと冷静さを保つ早苗を見て、ある神は、ほっと安堵した。ある神は、顔に表れた通りの感情をそのまま心にも抱いていた。

 

 しかし閻魔、気になることは何でも知れてしまうだけの力を持つ彼女が、少しでも気になった早苗の表情の意味を調べないわけがなかった。人と違い、酒が入ってなお明瞭とするその頭の下、宴のたけなわも待たぬうちにそそくさと抜け出し、本来なら私生活で座ることはない場所、人間に分かりやすく説明するなら裁判官席にちょこんと座り、浄玻璃の鏡を覗いた。

 名を、東風谷早苗で検索、すると不思議なことに、外の世界でのことは何も出てこないのである。だが閻魔、このようなことで諦めない。というよりは、彼女の元に来る者の大半は本当の名を告げないので、これくらい日常茶飯事なのである。本名を言わねば悪事も分からぬ、地獄には落とされぬとたかをくくっているのであろうが、いくら金を積まれても、地獄の沙汰を変えることはできぬ。彼女は次の手段、魂を検索に掛けるのである。名で探すより、ほんの少し手間がかかるのだが、「知らない」ことが何より嫌いな彼女、手間など厭わなかった。

 果たして、今度浮かび上がったのこそ、彼女の過去、そして、閻魔帳に記されている、彼女の魂に刻まれた名。ふうん、一瞬浮かび上がった彼女の本名には大して興味も示さず、閻魔はさっさと過去を覗きにかかった。

 以下、彼女の見た鏡に映るヴィジョンである。あるものは静止画であり、あるものは動画であった。

 

 生誕の日。驚いたことに、彼女の生家は、かつてはともかく彼女が生まれた頃には既に神職に就いてはいなかった。いや、神職といえば神職なのだが、決して神道の家の娘ではなかった。異教の家の娘だったのである。父と母、そして、二柱の神が彼女の傍に立っていた。もっとも彼女の父母は二柱の神には気付きもせず、別の神に祈りを捧げていたのであるが。だが、娘だけは二柱の神が見えた。赤子は宙に手を伸ばし、一柱の神がその手を取った。「私の子、我が血を引く娘よ、お前に今、神の力を授けよう。我が祝により、幸せになるがよい。お前は結局、私の子なのだから。」そうして娘は、その身に奇跡を宿すようになった。もう一柱の神は、それをただ見守っていた。

 

 娘は奇跡の力を発揮した。億万の中に一が埋もれていれば、必ずその一を引くことができた。娘の力で、その家はより大きくなった。

 

 当然ながら娘は、一千万分の一をも引き当てた。奇病にかかり、しかし奇跡的に、前例のないほど奇跡的に、完全なる回復を遂げた。その両親は遠い神に感謝を述べ、娘は近き神に感謝を述べた。

 

 娘は小学生になった。奇跡的に学年一になり、娘の教科書ばかりが奇跡的に破れた。娘のランドセルばかりが、奇跡的に汚れた。娘の机の中には、奇跡的に古びた牛乳パックだらけになり、娘の靴の中には、奇跡的に画鋲が落ちては入った。娘はそのうち、“神”と呼ばれるようになった。古代から人々に畏れられ、鎮められた、あの“神”と。

 

 両親の顔、ついで、言葉。「ニセモノの友達とヘンな遊びをするよりは、そんなのいない方が、かえって良い」「あらあら、いじられキャラなのね。」

 

 娘の言葉。「カミサマのうそつき。この力じゃ、幸せになれなかった。」心配したような二柱の神の顔。一柱は、「中学受験をして、地元の子たちとは別の学校、私立に行けば良い」と言う。ああ、そういえば、一昔前、ちょうどこの娘が生徒であったくらいの頃には、この手がまだ通じたのだ。中学受験なんて、本当に良いお家の子供しかしない時代もあったのだ。最近の若い者に説教すると、良いな、などと言われる。「ボクほんとはべんきょうがつらすぎたから―――」と。

 

 娘ははたして、見事にとある私立大学付属の中学への入学に成功した。同じ学校の同級生に、同じ小学校から上がった者はいなかった。繰り返すが、娘の小学生時代を知る者は、いなかったのである。そのこともあり、最初のうちは上手くいっていた。が、娘の力は発揮され続ける。学年一の優秀さ、学年一の人気、学年一の知名度、そして、幸運。小学校での扱いとは違った。同級生は、教師は、その口ではオカルトなんてありえないなんて言うくせに、心の奥底では科学で説明することのできない彼女の力を不気味がり、娘をガラス扱いするのであった。

 

 娘は地元から少し離れた名門高校へと進学した。早朝家を出て長い通学。多い課題、奇跡的に合格した娘には難しい授業、奇跡的に、理解できぬまま優等生、増える荷、奇跡的に、孤立しても崩れ落ちない程度にやっていけて、

 

 一柱の神の声、「あの子、最近笑わないね」、一柱の神の声、「うん、心配だね」

 

 奇跡的な出火。小火だったにも関わらず、娘の両親は奇跡的に帰らぬ人となった。泣き叫ぶ娘。一柱の神は、まるで元気づけるかのように微笑みながら、娘の頭を撫でた。

 

 差し出された白い器。美しいほどの白い粥。一柱の神は言った、「これを食べれば、お前に笑顔が戻る。おまじないをかけた、特別なお粥だよ。」

 

 娘は再度、奇跡の力を発揮させた。

 

 二柱の神の声と、見知らぬ天井。「あの子は?」「大丈夫、あの粥のおかげで辛い過去は忘れたはずさ。」一柱の神は嘆きの言葉を呟いた。「可哀相に、私が何も考えずに力を与えたばかりに。」

 

 一柱の神の、優しく温かい声。「結界を越える時、やはり半分人間のおまえには負担になってしまったらしい。記憶の欠如も、そのせいだよ。ここは幻想郷。神の力が、外よりずっと強い土地。ここなら私たち神々への信仰をもっと集められる。信仰心の薄い外では、もう限界を感じていたんだ。ごめんね、お前を両親と引き離し、無理矢理幻想郷に連れてきてしまった。これからは私たちが、全力でお前の両親代わりをやってやるから。」一柱の神は、優しく娘の頭を撫でた。一柱の神は、傍で笑みを浮かべていた。

 

 娘の言葉。「私、今日から東風谷早苗。どこかの巫女さんもそんな名前だったし、神道の人間っぽい名前でしょう?外の世界での私とはさよなら。こっちで新しく、本当の風祝ライフを生まれ変わったつもりでやります!」と。それならと一柱の神も新しい名を増やした。もう一柱の神も、分かりやすいよう現代風の呼び名をつけた。

 

 以上、閻魔が浄玻璃の鏡で見た、娘の過去のヴィジョンである。

 なるほどね。閻魔は全てを見て、知って、理解した。要は、早苗は外の世界に良い思い出が無く、そのため過去の事を尋ねられ、一瞬恐怖の表情を見せたのである。神は粥に記憶を消すまじないでもかけたのだろうが、それも完全ではなかったのか、あるいは、記憶を消しただけでは早苗の心の奥深くに刻み込まれた傷を消すことまではできなかったのだろう。

 一通り満足した閻魔は、「裁判官席」を立った。彼女の起こした好奇心は気まぐれにして一時的なもの、そのうちきっと、再び幻想郷に「早苗」の過去を知る者はいなくなるのだろう。一部の者を除いて、だが。

 

 そして早苗の表情を見て微笑む神一柱。その心中は、実にその顔の通り愉快そのものであった。心中というか、考えというか、思いというか、そういったものは人間やその他の心を持つありとあらゆる存在が自覚しているよりずっと複雑なものなのだが、それをわかりやすく文章にまとめたならば、大方このようなものであろう。

 全ては神の思し召すままに。

 そして、早苗の悲鳴の後には、再び酔っ払いたちの怒号、やじ、はしゃぐ声。ひたすらやかましい声のみが、会場に響き、埋まり、宴はゆっくりと続くのだった。閻魔だけは、宴の後には鏡を覗いて早苗の悲鳴の原因を突き止めてやろうと熱心に繰り返しながら、だがその声も、そのうち爆音ライブにかき消され、そのライブをもかき消す、一つ一つは小さくとも、多くの声、声、声声声声声声声…

 

 ああ、目が痛い。これだから

 

 そして一人の妖怪少女は、先程浮かんだ言葉を胸に、会場を足早に去って行った。止める声など、聞こえなかった。

 早く、今のことを忘れぬうちに。

 

 

 

 

「って言ってた。最も強いあたいにはわかるんだからね!」「あたいより弱いくせに!」って「あたい」たちが言ってた。あたいの大好きな方くらい大物でもない限り、人の秘密を見るなんてできないくせに。

 




テーマは嘘。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
書き手が誰だか、嘘をついているのは誰か、分かって頂けましたでしょうか。
今回は作品の構成上、いつもより余計にタグに迷いました。
良いタグ案あったら、教えて下さると助かります。


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