あれ? ここは……どこ?
ふと気づくと私はただ純粋な白が続く部屋にいた。床はあるが壁や天井が見えないどこまで続く部屋に。いや、この白だ。少なくとも天井はただ白いから見えないだけなのかもしれない。
ともかく私はこの場所を把握するために歩く。
歩いて数十分。
周りの風景は全くと言ってもいいほど変わらない。本当に移動したのかと思うほどだ。私の知識にはここまで白い施設はない。
ん? ちょっと待って。そういえばこんなに明るいのに影がない! 光源はどこ?
天井を見ても光源らしきものは存在しなかった。
「じゃあ、夢?」
こんな不思議な空間、夢以外にはありえない。
光源のほうは、まあ、色々と手段はあるが、影となるとそうはならない。
色々と考えているとそこに、
「夢じゃありませんわ」
突然声をかけられた。
「!?」
驚いた私は振り向きながらその場から跳ぶ。
いたのはイスに座る金髪の美しい女性だった。着ているのは大きな飾りのないドレスだ。そして、一番気になるのが服の上からでも分かるでかい胸だろう。
むかっ、なにあの胸! なにあの谷間! 小さい私に対する当てつけなの!?
正体不明の相手に抱いたのは同じ女性としてのコンプレックスだった。
ん? なんだろう。何か違和感が……。
「……あなたは?」
警戒心を抱きながら問う。
何もなかった場所にいつの間にかいたのだ。もしかしたらこの部屋には危ないものがあるかもしれない。
「そうですわね、あなた方でいう『神』と答えればよろしいでしょうか」
「つまり私たちを作った本人ということ?」
「それは半分正解ですわ。わたくしが作ったのは世界ですわ。そして、生命のきっかけを作っただけ。あとは勝手に成ったというだけですのよ」
「じゃあ、私たちの知識は間違っていない?」
「そうですわね。間違っていませんわ」
何の疑いもなく言われたとおりに目の前の女性を神だと認めているのはなぜか。
それは本能的なものだ。勝てる勝てない、恐怖や尊敬とかそういうものではなく、それらとは違う何かで。
「さて、あなたからの質問は一先ず置いておいて、次はわたくしですわ。あなたの名前は?」
「はい、私の名前は……あれ? え?」
普通のことだ。当たり前のことだ。
私は自分の名前を答えることができなかった。
そこで先ほど抱いた違和感の正体が判明した。私には自分という存在がどういうものであったのか、覚えていなかったのだ。記憶喪失である。
「まあ、当然ですわね」
「えっ? 当然とは?」
「あなたの記憶はわたくしが消しましたわ」
「…………え?」
私の頭の中が真っ白になる。
「ど、どういうことですか?」
「それはあなたがここにいる理由にも関係しますわ」
「ここ……」
そういえばなんで私は女神様と話しているのだろうか? なぜこの空間にいるのだろうか?
「本来、人が死んでもこの空間に来ることはありません」
「ちょっと待ってください」
女神さまの言葉におかしな言葉が聞こえた。
「私、死んだんですか?」
「? 死にましたけど?」
なんで女神さまは私を見て、何を言っているって顔をするんですか。あなた先ほど私の記憶を消したって自分で言ったじゃないですか。分かるわけがないですよ!
「とにかく、死んだ人はこの空間に行かずに輪廻転生の輪へ行きますわ。でも、あなたはここに来た」
「なぜですか?」
「教えたいところですけど、それを話すことになるとあなたの記憶を話さなければなりませんのよ。それはここに来たのがあなたの人生に深く関わっているからですわ。ええ、本当に深くね」
それを聞くと私が生きていたときにどんなことをしたのか怖くなってきた。
死んだとかいうのは……うん、もうあきらめた。だってどうやらそれはもう事実のようだから。
「あの、私はこれからどうなるんですか?」
本来ならば輪廻転生の輪に行くはずだった。なのにこんな所にいる。絶対に何かあるはずだろう。
「もちろん転生ですわ」
「転生?」
輪廻転生と同じでしょ? なんでわざわざこの空間に?
「転生と言ってもちょっと違う転生ですの。その理由をお教えしますわ」
女神はチラッと私の横を見た。
私も釣られて見る。
そこにはいつの間にか、姿見があった。
その姿見に映るのは十代前半の幼い少女の姿だった。長い黒髪に黒目の美しいというよりも、可愛いというのが似合う少女だ。
誰? と思うが、姿見であるはずならば映っているのは私である。
映っている少女は私が動いたとおりに動く。
高確率で私だ。こんな可愛い子が私というのはちょっと気恥ずかしい。
「さて、あなたに見せたいのはあなたの姿ではありませんわ」
やっぱり私か。可愛い子は私なのか。
映っているのは私のようだ。
女神さまは手をすーっと横に振ると、姿見の少女は光の玉となった。
「えっ!? な、何ですか!?」
「わたくしがあなたを魂にしましたの。心配しなくとも害はありませんわ」
光の玉になった私が手を動かすのだが、光の玉に動きはない。
「見せたいのはこれですわ」
光の玉になるという不思議体験に夢中になっている私に、女神さまが自分の掌の上に私よりも小さい光の玉を浮かべる。大きさからしてりんご程度。対して私はダイエットボールほどだ。
あの光の玉と私は同じなの? だとしたら魂?
「これも魂ですわ」
「随分と小さいですね」
「ええ、あなたと比べるととても小さいですわね。ですが、この小さい魂が本来の大きさなのです」
「え? あれ? それだと私のは……」
「そう、あなたの思ったとおりですわ。おかしいのはあなたの魂のほう。異端、と言っていいほどですわね」
どうしてこんなに大きいのだろうか? 特別なのは分かるが、この大きさってどういうこと?
「ともかく、あなたの魂が大きさのせいですわ。さすがにこの大きさの魂を輪廻転生の輪へ戻すのは無理ですわ、あの世界では」
女神さまは最後の言葉をわざとらしく強調した。
あの世界? あの世界なんて言うなんてまるでほかにも世界があるみたいだ。いや、あるに違いない。
「そう、世界は無数にありますわ」
「どのくらいですか?」
女神さまなら分かると思って言った。
「それは言えませんわ。なぜなら世界は今もずっと増え続けているのですから」
なるほど。今も増えているのならば答えようがない。
「まあ、先ほどの言葉通りあなたが生きた世界では無理ですわ。でも、別の世界ならば転生は可能ですわ。ですからあなたを別の世界へ転生することにしましたの。分かりまして?」
「分かりました。でも、それってわざわざ私をこの空間に留まらせる理由になりますか?」
正直、留まらせる理由にはならない。だって女神さまだよ。世界を管理する人だよ。たかがちょっとしたイレギュラーの私程度の許可とか必要はない。勝手に私の魂を別世界に転生させればいい。どうせ女神さまに反対はできないもん。
「ええ、ありませんわ」
「だったらなぜ?」
「正直に言うとちょっとあなたに興味がありますの」
「私に?」
女神が私程度の人間に? 女神さまが私に興味を持つなんて生きていたときの私って一体何をしたのだろうか? それとも魂がただ大きかったから?
記憶喪失で女神さまという高位の存在という壁が答えを出させてくれない。
「気になるような言い方をしてしまいましたけど、その理由はもちろんのことお教えすることができませんわ。それであなたに興味があるわたくしはあなたにちょっとした力を授けたいと思いましたの」
「力? その、力とは?」
「分かりやすくいえば、魔法などですわね」
「魔法!?」
まさかの言葉に私は声を上げて驚く。
だって魔法だ。私の知識では魔法とかそういうのは存在しないものだってなっている。生きていた私はどうだか知らないが、今の私は魔法に興味津々だ。ぜひとも使いたいと思う。
「ええ、あなたにはその特別な力を授けますわ。もちろん超能力でもいいですわ」
魔法。超能力。
う~ん、それがもらえるなら何がいいだろうか? ん? 待てよ。そもそもどういう世界に転生するのだろうか? その世界次第ではせっかくの能力が無駄になってしまう。だって攻撃系の魔法を手に入れて、魔法がない平和な世界だったら全く無意味になる。
犯罪者がいた時に使えばいい? 犯罪者に合うのはどんな確率だ?
この通り意味がない。
「どんな世界なんですか?」
「そうですわね。人間がまだホモ・サピエンスと呼ばれている時代で――」
「ちょっと待ってください! そんな世界に生きるんですか!?」
正直、そんな世界に転生したくはない。転生だから私もホモ・サピエンスになるのだろうが、ちょっとそれに抵抗がある。
「お待ちなさいな。まだわたくしの説明は終わってませんわ。その世界にはあなたの世界ではいなかった生物がいますの。妖怪、悪魔、天使、竜、その他数々の種類の生物が」
「……本当ですか?」
「ええ、本当ですわ。ただこれから進化する人間はその存在を知りませんけど」
「え? なぜですか?」
「それらは異空間に自分たちの住むところを作っているからです。誰だってよく分からない生き物の住むところへ行きませんでしょう? そういうことですわ」
私は納得するしかない。
「それで転生したあなたの種族ですけど、あなたは何がよろしいですの?」
「え? 決めていいんですか?」
「もちろんですわ。あなたもホモ・サピエンスは嫌と思っていません?」
「……思っています」
さすがに今の人間の姿を知っていたら、ホモ・サピエンスのような姿にどうしても抵抗を覚えてしまう。
「そういうことなので決めてもらいますのよ。さあ、選んでくださいな」
女神さまに言われたとおり、私は考えた。
私は思う、長生きしたいと。そう思うのは、今は魂だが、私の体だ。私の体はあきらかに十代前半の小学生程度。つまり長く生きられなかったということだ。だったら長く生きられる生物を選ぼう。
私は死ぬときの記憶がないので、どんなに苦しかったかは分からないが、きっといい気分ではないのは確かだ。でも、ずっと生き続けるのは精神的に無理だろう。だから寿命があって、寿命まで生きられる強い生物になりたい。
しばらくその条件で探して、決まった。
「決めました」
「それは?」
女神さまが優しく微笑みながら聞く。
「あの、きゅ、九尾です! 九の尾を持つ金の狐の妖怪です!」
選んだのは九尾だった。
「へえ、九尾ですの。竜とかじゃなくてよろしいので?」
「いえ、九尾がいいです」
竜だったら絶対に寿命の概念とかなさそうだ。何よりも人の姿になれない可能性があるので不便だ。だって巨大な身体に手ではなく足のみで、でかい翼があってたくさん食べなければならない。強いのは確実だけど不便で食費が……。
逆に九尾だと強力な妖怪だって分かっているし、人の姿になれる。うまくいけば私は寿命で死ぬことができるということだ。それに個人的に九尾って好きだから。
「分かりましたわ。あなたを九尾に転生させましょう。それで全てを知ったあとで能力はどうします? もちろん『なし』という答えもありますわ」
「もう決めています!」
世界と種族を決めたときにもうすでに決まっていた。この能力があれば便利だと。
「それは?」
「自分が想像したものを作り出す能力です!」
「分かりましたわ。ただし制限として魔剣などの魔力や能力などが付与されたものは無理ですわ。そして、創造するために魔力や妖力を消費することにしますわ。いいですわね?」
「はい」
もしこの創造能力が何もいらずに使えたら、それはもう能力というレベルではない。神だ。
だからこの程度は当たり前として受け入れる。
「さあ、そこに寝てくださいな。あなたが起きたとき、あなたは新たな世界にいますわ」
言われて姿見の反対を見るとそこにはベッドがあった。そして、私の身体もいつの間にか人になっていた。
言われたとおりにベッドに横になり、眠りにつく。
◆ ◆ ◆
女神はベッドの上に寝る幼い体の少女を見る。
「ふふっ、こんな可愛い子が人類を破滅へと追いやった存在とは見えませんわね」
女神の言葉のとおり、眠りについた少女は人類を破滅へ追いやった。少女が殺した人数は世界の人口の六割を越える。直接ではないが少女が殺したと認識して間違いはない。
女神はそんな少女を優しく優しく頭を撫でる。人を何十億人も殺した少女を優しくだ。
女神にとってこの少女はお気に入りになったのだ。お気に入りだからこそ、妖怪やら悪魔やらのいる世界へ転生させると決めたのだ。
だが、決して女神は少女を自分の自由にできるおもちゃとは思ってはいない。女神が抱いたのは愛だ。
「もしあなたが向こうの世界で死んだら、次はあなたをわたくしと同じ存在にして一緒に過ごしましょう。ずっと愛し合って」
女神だって全能ではない。ちゃんと生きている。間違うこともあれば失敗だってあるのだ。少女に対して愛を抱いても不思議ではない。
「さあ、あなたは向こうの世界で自分の望む世界を取れるのかしら?」
そう言うのは少女が何十億人もの人間を殺すことになった原因が『幸せ』だからだ。
そもそも少女がこうなったのは、彼女の両親が彼女を捨てたからだ。孤児院で育った彼女は孤児院の者たちから大切にしてもらっていた。
だが、彼女が欲しかったのは両親の愛であって、たくさんいる孤児たちに向けられるような平等な愛ではなかった。少女はずっと特別な愛が欲しかった。両親が欲しかった。だから狂ったのだ。
そして、少女は天才だった。ただの天才ではない。天才の中の天才だ。
少女は両親からの愛を手に入れるために世界の技術を無理やりに上げて、紛争を戦争にした。それは世界大戦となり、力を付けた少女は世界全体を敵にした。そして、最後に少女の死で終わったのだ。それが少女の消された人生。
こうなったのも狂った少女が一旦世界を壊して、また作り直せば愛をくれると思ったからだ。
愛が欲しいために起こった悲劇。たった一人の天才が起こした天災。数世紀分の技術を半世紀で手に入れた天災だ。
「あなたの愛は素晴らしいわ」
少女の記憶を思い返す女神は恍惚を浮かべ、少女の愛を感じていた。
「もしその狂った愛が私に向けられたら……」
それを思い浮かべた瞬間、女神の体がびくんっと震える。女神の顔は僅かに赤く染まり、息は激しい。
女神は興奮していた。
女神は服の隙間から自分の股間に手を這わせる。
「んっ……」
指に感じる下着の染みに自分が本当に少女を想っているのだと認識し直した。
「女神であるわたくしがこんなになるなんて……。ふふ、はしたないですわね」
女神といえどちゃんと生きている。感情がある。そういう感情を抱けば、体ももちろん反応する。
女神はつい堪らず、少女に近づくと自分の衣服を脱ぎ捨て、少女の衣服も脱がした。
少女の凹凸のほとんどない未成熟の体。
「そういえばあなたは誰にも自分の体を許していないんでしたわよね」
少女の記憶を読み、その事実についさらに興奮してしまう。
女神は少女の唇に自分の唇を合わせ、そのまま自分の手を少女の小さな胸へ――
…………
……………………
………………………………
自分の欲を完全に満たした女神は自分と少女の体を清め、衣服を着る。
「ありがとうございます。そして、ごめんなさい。でも代わりにいくつか能力を与えますわ。だから許してくださいな」
女神の謝罪に眠る少女からの返事はない。
女神はベッドに腰掛け、少女の頭を撫でる。
それでようやく作業へ取り掛かった
撫でている手とは反対の手で転生のための能力や種族の力を浮かべる。その力を少女の体へと入れる。
「さて、あとは……そうですわね。九尾と言っていましたけどそれだけじゃ面白くありませんわね。吸血鬼を加えるのもいいですわね」
そう言ってすぐさま吸血鬼という種族を加えた。
これにより少女はさらに驚異的な身体能力と再生能力を手に入れた。
「あとは……『力の泉』ですわね」
女神が言う『力の泉』とは、魔力や妖力を無限の一歩手前まで増加させる能力だ。無限にしなかったのはさすがにと思ったからだろう。
女神はそれも加えた。
少女に入った能力はこれで三つだ。一つ増えているのは女神と少女が体を重ねたためだ。それによって肉体のない少女は女神の体液を魂の中に取り込み、神の力の一部を受け取ったのだ。神格を得たと言ってもいい。
女神は少女以外に誰とも体を重ねなかったので、こんなことになるとは知らなかった。これは誤算だ。取り除くこともできるが、面白そうと思ってそのままにすることに決めた。
「さあて、これで終わりましたわ。ああ、あなたともっといたかったのですけど、もうお別れですわ」
その気になれば女神は少女をこの場所に縛り付けることができるが、女神は少女を愛している。愛しているために少女に拒絶されるのを恐れているのだ。ばれない可能性は高いが、それでも罪悪感というのもある。
女神は少女と一時の別れを決め、最後にと眠る少女にキスをした。
「いってらっしゃい、わたくしの愛しい人」
それを最後に女神と少女は別れた。