ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSサマヨール ポケット・ガーディアンズ

 俺がラフエル地方に来て初めてジム戦を制してから二日が経った。

 ポケモンセンターで次の旅路を決めたり、様々なリーグの映像を探して戦術の幅を広げていたとき、待ち望んだ知らせが入った。

 

 ピエール先生が目を覚ましたらしい。俺にその知らせを寄越したのはなんとカイドウだった。だけどジムを空けて、なおかつ公共宿泊施設に寝泊まりしてる俺の部屋にいきなり入り込んで叩き起こすのは勘弁してほしい。

 

 俺はカイドウと共にリザイナシティの中で最も大きな総合病院を訪れた。カイドウは予め話を通しておいたのか、受付に一言告げるとそのままずかずかと廊下を進んでいく。

 そうやって連れてこられた病室にはスターミーとヤドキングいて、その二匹はベッドに寄り添っていてそのベッドにはピエール先生が横になっていた。最後に見たときよりずっと顔色が良くて、ホッとした。

 

「うん……? あぁダイくん、よく来てくれたネ」

「はい、元気そうでホッとしましたよ」

「んふ、そう見える? まぁ傷口が痛むくらいだからネ。こればっかりはスピアーの針が尖すぎたおかげで助かったヨ」

 

 冗談も言えるくらいには回復したらしい。ただ、俺に影を残すのはバラル団の存在だ。

 昨日はなんとか追い払うことが出来たからよかったが、百戦錬磨のピエール先生を不意打ちで御す相手だったなんて、今思うとゾッとする。下手すると俺もこのベッドに横になっていたか下手をするとこの世とサヨナラバイバイ、俺は一人で旅に出る状態だったかもしれない。

 

「さて、そろそろ聞かせてくれないかネ。君たちのジム戦の結果……だいたい察しはついてるけどネ」

 

 それを聞くために死ぬ気で踏ん張ったらしい。あの時結果を伝えないでよかった気がする。

 俺は懐から昨日ある程度磨いて元通りに近づけたスマートバッジを掲げる。それを見てピエール先生はうんうんと頷いて、静かに拍手を送ってくれた。

 

「おめでとう、これできみは真の意味でラフエル地方に一歩を踏み出したんだ。それも、その一歩をカイドウくんを乗り越えていくとはネ……教え子同士の切磋琢磨、これを見れるなど教師冥利に尽きるネ」

「だからって、ぽっくり行かれちゃたまんないんですけどね」

「ハハハ、むしろ生きる気力が湧いたよ。こうしちゃいられない、早速授業を……いたた」

 

 さすがに急ぎすぎだ、カイドウがピエール先生を横にする。その二人の関係は、教え子と教師。前任者と現役、そしてどこか父親と息子に似たなにかを感じた。

 そんな目で二人を見ていると、カイドウがあからさまに不機嫌そうな目で見ていた。あれは言葉にされなくてもわかる、そんな目で見るなって顔だ。

 

「そのとおりだ」

「さらっと心を読むな」

 

 こればっかりはエスパータイプ関係ないんじゃないか、というか俺が顔に出やすいだけなのかもしれない。

 そのまま三人でジム戦の経緯を話す。その後のバラル団との関わりは可能な限り口に出すのを控えた。この空気に水を差したくなかったからだ。

 

「そういえば、フーディンに聞いたぞ。お前、野生のポケモンを手に入れたことがないらしいな」

「フーディンに聞いたってすげー言葉だな……そうだよ、俺の手持ちはみんな、俺について行きたいやつだけだよ」

 

 そう言うとボールから勝手に飛び出してくる四匹。キモリなんかは記憶に新しい。ヒヒノキ博士は元気だろうか。ミエルは大丈夫だろうか、目を覚ましたとは聞いたけど。

 いずれ顔を出さなきゃいけないだろう。アランともまた会おうって約束したしな。

 

「ペリッパーは地元からついてきて、ゾロアはイッシュ地方を旅しているときに、それでメタモンはラフエルについたとき乗ってた船の壁に擬態してたんだよ。キモリはこの間ヒヒノキ博士から貰ったんだ」

「へぇ、君はよほどポケモンに懐かれやすいんだネ。トレーナーに必要な素養だヨ」

「そうだな、トレーナーとしてもブリーダーとしてもやっていけるだろう。その気があればだがな」

 

 ポケモンブリーダーか。確かに悪くはないな、色んなポケモンを戦わせるのは最低限として、家族のように育てるというのは。

 ただ、俺が野生のポケモンを捕まえない理由に、俺がそうなようにポケモンにも当然家族がいて、群れっていう集合体の中で生きてるからだ。生物である以上は当たり前だし、俺は自分のワガママでそういうポケモンたちを連れ出せない。

 

「さて、それで君たちが意図的に避けている話題……すなわち、彼らのことだけど」

 

「バラル団、だな。噂には聞いていたが……」

 

 俺達は全員視線を下げた。あれだけやらかされたのに、なんと一人として捕まえることが出来なかった。どうやらピエール先生の話ではジンが率いる団員たちが数人いて、他の生徒や先生たちを拘束していたらしい。

 人質になっていた彼らの証言だと、ジンが撤退した際にその他の団員も離脱したらしい。俺達が玄関で気絶させた団員たちも、カイドウがペリッパーの後を追っている最中に他の団員が連れ出したのだろう。

 

「レンタルポケモンたちは、ダイが対応していた数匹以外は全部盗まれました」

「そうかい……」

 

 ピエール先生は肩を落とす。レンタルポケモンとは言うが、恐らく先生と関わりが深いポケモンたちなのかもしれない。

 

「まぁ落ち込んでいる場合ではないネ。一刻も早く彼らを取り押さえて、ポケモンたちを取り返さないと。カイドウくん、()()にもう連絡は?」

「今日来るよう打ち合わせてあります」

 

 なんだ? ピエール先生とカイドウが示し合わせていたように話を進める。俺はというと、まったく話が見えずに首を傾げてしまう。

 そのときだ、病室の扉がコンコンと叩かれる。待ってましたとばかりに二人が戸を開けさせる。

 

「――――お待たせして申し訳ありません。何分リザイナシティは初めてなものでして……」

「いえいえ、怪我人にはこれくらいゆっくりな方が都合が良いですヨ」

 

 その人物が身に纏っているものに、俺は見覚えがあった。少し丈長の黒い上着に赤いライン。腕と背中に輝く盾型のバッジとその中にあるモンスターボール。

 

「ボクはPG(ポケット・ガーディアンズ)刑事部五課の"アストン・ハーレィ"と申します。どうぞアストン、とお呼びください」

 

 PG――――そう聞いた瞬間に一瞬、俺の脚は後退った。しかしPGの男――アストンはその俺の僅かな後退すら目ざとく監視していた。

 しかし目、表情、全てが柔和だ。だというのに、逃げられる気がしなかった。逃げても追いつかれる。このままやり過ごす方が得策だ、そう思わせるほどのオーラ……プレッシャーと言い換えてもいい。

 

「元ジムリーダーにして、現トレーナーズスクール代表講師ピエール・アグリスタ氏と超常的頭脳(パーフェクトプラン)のカイドウ氏に呼び出されたとあっては、本部も生半可は返事は出来ないと……ボクで期待通りの対応が出来るか些か心配ですが、どうかお手柔らかに」

 

 聞いたことがある。PGは階級章をモンスターボールで分けていると。犯罪者を検挙――すなわち「捕まえる」ことに特化しているものほど、ボールのランクが高い。

 そしてこのアストンという男のボールは、ハイパーボールクラスだ。その上に輝く"ほしのかけら"によってクラスの中でさらに、えらいものととそうでないものがわけられている。

 

「彼は、ひょっとしてバラル団と対峙し、撃退したという少年ですか?」

「あぁ、誠に遺憾ながら俺を破り、スマートバッジを勝ち取った不届き者だ」

「不届き者ってお前な……」

 

 カイドウがニヤニヤしている。出会ったときを忘れるくらいに態度が柔らかくなったな、というかふてぶてしくなったな。

 軽口で受け流そうとしたが、アストンの目は相変わらず俺と捉えていた。

 

「俺が、なにか……?」

 

「いえ、どこかで君の顔を見たことがある気がして……」

 

「き、気のせいでしょ……俺、この地方に来たばっかりですし」

 

「そうなの? ようこそラフエル地方へ。観光かい? それともジム戦制覇? どちらにしろ、来たばかりなのに厄介事に巻き込んですまないね」

 

 アストンが手を差し出してきた。恐る恐るその手を取った。

 心臓がバクバクとなる。俺の鼓動が聞こえているのかわからないが、アストンはじっと俺を見た後に手をヒラヒラと振って笑みを浮かべた。どうやら誤魔化しきれたらしい。

 アストンがピエール先生に通されてベッド脇の椅子に腰掛ける。ゾロアやキモリたちが俺のもとに戻ってきたのでボールへと戻す。

 

「さて、じゃあお話を聞かせていただけますか? 君も、よかったら知っていることを話してくれるかな?」

「あ、あぁ……たしかにバラル団についてなら、色々言えると思う。それと、俺はダイ……」

 

 やり過ごせたからと、つい調子に乗って名乗ってしまった。口にした後で気づいて失言したかと口を抑えたが、アストンはまたニッコリ笑って俺の名前を復唱した。

 

 

 

 それから俺はバラル団について知ってる限りの情報を、主にイグナやジンが勝ったと思ってペラペラ喋った情報についてすべてぶち撒けた。

 やつらの情報はアストンにとって非常に有益だったのか、俺の口にする情報すべてを目ざとく記録していた。

 

「ありがとう、ダイくん。君のおかげで奴らの行動が少しだけど見えてきたよ。レンタルポケモンといえば、教育用に予め訓練を受けているポケモンだ。野生のポケモンを捕まえて手懐けたり、躾けるよりずっと早くて楽だ。ただ木になるのが、リザイナシティほどの教育機関が育てたレンタルポケモンがそう簡単に悪人共の言うことを聞くかどうか……」

 

 アストンが顎に指を添えて思案している。これがやり手のPGの捜査の一環なのか。

 

「しかし、お前この街に来る前にもあいつらとやりあってたのか……ひょっとして疫病神か?」

「言うな、割と気にしてる」

「まるでその前にも似たようなことがあった口ぶりだな……」

 

 というか、疫病神と一緒に旅をしていたんだ。トラブルになんでも突っ込んでいく相方がいたもので……結局あいつは、今なにしているんだろうか。

 そうやって俺が少し昔のことを懐かしんでいると、カイドウがゴソゴソとポケットを弄って何かを取り出した。

 

「そういえば、この間借りたライブキャスター、返す」

 

 手渡されたそれを見た瞬間、ゾッとした。慌てて電源ボタンを長押しする。

 

「お、おい。出てないよな?」

「出るわけないだろう。そもそも、何度もコールされて騒々しかった。おかげで考え事も出来なかったぞ。だから電源は切っておいた」

 

「あ……」

 

 カイドウが電源を切っておいたということはだ。俺が長押しすれば当然電源は入るわけで……

 

『RRRRRRRRRRRRRRRRR!!』

 

「…………うん」

 

 再び電源を落とした、がもう遅い。ライブキャスターにはGPSに似た機能がついていて、電源さえ入っていて、電波が通じる場所であればその相手の居場所が連絡先を交換した相手には筒抜けになる。

 つまり、今俺に通信を飛ばしてきた相手には、俺がラフエル地方の、リザイナシティにいるということが、バレてしまった。

 

「こうしちゃいられなくなった!」

 

 俺は荷物を纏め始めた。元々、ピエール先生の目が覚めるまで暇を持て余していたため、荷造り自体はすませてあった。このままショルダーバッグを背負って旅立とう。

 

「も、もう行くのかい? 出来ればもう少し話を聞きたかったのだけど……」

 

「すいませんね、俺もちょっと追われてる身でして……やべっ」

 

 その言葉を受けてアストンがますます首を傾げた。そして俺の顔をジッと見て、得心がいったように手をポンと叩いた。

 

「……そうか! 君の顔、確か指定捜索対象の――――」

 

 バレた! やばい! そう思ったときだった、突如病室の扉が勢いよく開け放たれた。あまりに騒々しく、アストンも言葉を止めてそっちを振り向いた。

 ドアが開ききったのと、何かが放り込まれてきたのはほぼ同時だった。

 

 

「"ドガース"……っ!?」

 

 

 そのポケモンは、パンパンに膨らんだ身体から大量の煙幕を放出した。目が開けられないほどに濃い煙が発生し、その場の全員がゴホゴホと咳を止められなかった。

 が、次の瞬間ぐいっと引っ張られ、俺の身体が宙に浮いた。

 

 

 

 

 

 突然の襲撃、放たれた煙幕により周囲の確認が出来ない。だが襲撃者の誤算はとにかく、ここにPG……それもハイパーボールクラスの人間がいたということだ。

 アストンは素早く自分の中のスイッチを切り替え、モンスターボールをリリースする。

 

「"ロズレイド"! 【はなびらのまい】!」

 

 現れた薔薇の妖精のようなポケモンがその両手の花びらを散らすように激しく舞う。舞によって起きた風圧で煙幕は晴れ、放たれた花びらの奔流を受けて煙幕をばら撒いていたドガースは戦闘不能になった。

 当然この病室すべてが【はなびらのまい】の効果範囲内だ。そしてアストンとロズレイドはあの悪視界の中、()()()()()()を的確に狙い撃ったのだ。それも襲撃を受けて即座に。

 

 カイドウもピエールも目を見張った。自分たちとはまた、次元の違う強者であると一瞬で理解できたからだ。

 

 しかし周囲を見渡すと、ダイの姿が無かった。アストンは廊下に視線をやるが、既にそれらしき人物の姿が無かった。一歩遅かったようだ。

 

「カイドウさんは病院中に警報をお願いします! ボクは彼らを!」

 

 返事を待たずにアストンは飛び出し、廊下の窓を開け放って中庭へと思い切り跳躍する。傍から見れば飛び降りそのもので、看護師は思わず悲鳴を上げた。

 しかしアストンの腰から飛び出した新たなポケモンがその背にアストンを乗せ、急上昇し病院の壁を超えていく。

 

「ダイくんは……あそこだ!」

 

 アストンが指差す。そこには三人組の怪しい男たちがいて、そのうち二人が暴れるダイを抱えながら走っている。もう一人は周囲を警戒しながらその二人に付き添っていた。

 

「"エアームド"! 最高速であそこへ突っ込め! 【ブレイブバード】!!」

 

 主の声に応えるようにエアームドが高く嘶く。それを聞いた怪しい男の一人がアストンたちに気づいたようだった。

 

「まずい、来たぞ!」

 

「お前らは先に行け! ここは俺が食い止め――――」

 

 最後まで彼が言葉を紡ぐことは叶わなかった。アストンのエアームドが【ブレイブバード】で低空飛行による超高速の突進、その余波を受けて軽く吹き飛ばされてしまったからだ。

 ダイを抱えている二人が自らのポケットに忍ばせていたボールからポケモンを呼び出す。

 

「ゴルバット! 【ちょうおんぱ】だ!」

 

「サマヨール! 【シャドーボール】!」

 

 現れた二匹のポケモンがそれぞれエアームドを混乱させようとし、動きが鈍ったところをアストンごと攻撃しようと漆黒の球体を放つ。それだけではない、通常のシャドーボールと違い、サマヨールが作り出したシャドーボールは真空(ブラックホール)で構成されており、シャドーボールが通過した真下のレンガブロックが軒並み吸い込まれていく。

 直撃すればかなりのダメージ、それも大きく身体を抉られることになるだろう。だがアストンに迷いはなかった。無論、エアームドにも。

 

「闇を斬り裂け――――【シザークロス】!!」

 

 幾つもの刃が連なっているようなエアームドの刃翼が鋭さを増し、迫る真空の闇を十字に切り裂く。裂かれた真空の闇はそのまま霧散し、エアームドには傷一つ付いていない。

 

「んな馬鹿な!? なんつートリックだよ!」

 

「別に驚くことじゃない。ボクのエアームドが【シザークロス】で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけのこと!」

 

「なんだそのトンデモ戦法っ……ハイパーボールクラスのPGィ!? なんでそんなのが病院にいるんだ聞いてねーぞ!」

 

 アストンがエアームドから飛び降り、三人の前に立ち塞がる。

 

「彼はボクの大事な情報提供者にして、今まで行方の分からなかった捜索対象だ。今すぐ開放しろ!」

「へっやなこった! ……おい、あれをやるぞ!」

「ほ、本当にやるんだな!」

 

「――――よし!」

 

 三人の怪しい男は示し合わせていたように、顔を向き合わせ頷き合う。アストンが何かコンビネーション技を放ってくると警戒した次の瞬間、

 

「いてっ!」

 

 抱えていたダイをその場に放り投げ、三人は扇のようなポーズを取り声高々に叫んだ。

 

「「「俺達は、泣く子も黙る"バラルの三頭犬"! 鉄砲玉のジャン! ジュン! ジョン! だッ!!」」」

 

 その後ろで大きな爆発が起きた気がした。が、アストンとダイからすれば隙間風が吹くような、そんな寂しさを感じた。きっと夜なべして考えた名乗りに違いない。

 しかしどうやら名乗りはそれだけらしい。しかし"バラルの三頭犬"を名乗るだけあるのか、アストンにあれだけやられても未だ戦意は消えていないようだった。

 

「鉄砲玉? お前ら、誰の指示で動いてんだ!」

「バーローお前め、言うわけがないだろうが! 俺達はジンさんの元で動いてる強襲隊の一員で、今日は手薄のトレーナーズスクールを偵察に、その後はお前の拉致が目的だよ!」

 

 ダイとアストンは再び動きを止めさせられた。あまりにもペラペラ話しているせいで、ほとんど嘘なのではないか。そんな気がしてきた。

 

「と、とにかくだ! ダイくんを開放する気がないのなら、こちらは現行犯逮捕といかせてもらう!」

 

 返答は、ポケモンによる攻撃だった。再びゴルバットとサマヨールがアストンに向かって飛び出してくる。アストンは後退するともう一体のポケモンを呼び出した。

 

「こい"リングマ"!」

 

 リリースしたボールから現れたのは巨大な熊のポケモン、リングマだった。リングマは大きく咆えると、呼応するようにエアームドも咆える。それが合図となりダブルバトルが始まった。

 しかし空を飛べるゴルバットに応対するのは当然エアームドだ。その反面、サマヨールに対してリングマが立ち塞がる。

 

 このままではリングマの攻撃はサマヨールには徹らない。そう睨んでいたからこそ、この戦いを仕掛けたバラル団のジョンとジャンはニヤリと笑った。

 

「リングマ! 【あばれる】!」

 

 だがそれこそ、アストンの思うつぼだった。リングマが周囲のすべてを巻き込みながら暴れだす。しかしその攻撃は当然サマヨールには当たらない。サマヨールが笑っているように身を揺すった。

 ジョンとジャンもまた腹を抱えて笑い出しそうな雰囲気だった。

 

「よし! 準備は出来たぞ! エアームド!」

 

 指示を受けたエアームドがゴルバットを切り裂き、一度離脱すると範囲内すべてを巻き上げるような突風を起こす。その突風によって巻き上がるのは、リングマが暴れて出来上がった()()()()()()()()()()()の数々。

 ようやく気づいたジョンとジャン。しかしもう遅い。

 

「怪我をしたくなければ動かないことだ! もっとも、動かなくても少し痛いぞ! 【いわなだれ】!」

 

 エアームドが巻き上げた岩をゴルバットやサマヨールの真上に落とす。ジョンとジャンにも小さな礫が降り注ぎ、そのうち大きな石がジョンの頭にヒットし、ジョンが昏倒する。

 通常、いわなだれは洞窟内で、頭上の岩を落として攻撃するような技で、こんな開けた、それも街中で撃つなどほぼ不可能だった。それをリングマのサポートにより可能にし、リングマが攻撃できない相手を二匹もろともに封じる作戦だったのだ。

 リングマは瓦礫の下敷きになり、戦闘不能になって目を回している二匹のポケモンを救助する。

 

「さぁ、彼を離したまえ。これ以上やっても無駄なのはよくわかったろう?」

 

「う、うるせぇ! 俺達はジンさん同様素早さをウリにしてんだ! なんとしても逃げ切ってやる!」

 

 一番大柄なジュンが再びダイを担ぎ上げ、その場を闘争する。しかしアストンがそれを追いかけようとした瞬間、未だ意識のあるジャンが立ち塞がる。しかしゴルバットは既に戦闘不能、彼に戦えるポケモンはそう多くはなかった。

 ジンに憧れを抱いているからか、ジャンの最後のポケモンはスピアーだった。しかしエアームドを相手取るならば、スピアーは圧倒的に不利だった。いかに鋭利な針を持っていようと、エアームドの強固な鎧は針を徹さず、また毒も受けないのだから。

 

「スピアー! 【こうそくいどう】!」

 

「素早さを上げるか! ならばこちらも! 【ボディパージ】!」

 

 素早さを高めた二匹が空中戦を繰り広げる。しかし素早さならスピアーのほうが僅かに上だった。エアームドが旋回する間に直線的移動を繰り返し、その横っ腹目掛けて【ダブルニードル】を繰り出した。

 エアームドは回避せず、鋼鉄の翼を交差させて二度突きを防御する。不確定な回避を行うより、確実な防御でダメージを殺す。堅実なアストンの手だった。

 

 正面からぶつかりあった二匹がそのままサマーソルトで距離を離す。再びスピアーがエアームドに迫ろうとした次の瞬間、勝負が動いた。

 耳を劈くような【きんぞくおん】が響き渡り、ジャンは思わず耳を塞ぎスピアーも動きが止まった。

 

「今だ斬り裂け! 【エアスラッシュ】!」

 

 エアームドが刃翼で空気を切り裂き、その真空波がスピアーを切り裂き大ダメージを与える。今の一撃、エアームドは【きんぞくおん】を発生させるために翼を研いだのだ。

 より研磨された刃翼によって放たれた真空の刃は切れ味を増し、スピアーに大ダメージを与えたのである。スピアーも【きんぞくおん】を受けて、いつもより動きと防御が緩慢になっていたのだ。

 

 今度こそ手持ちのポケモンがいなくなったジャンがじりじりと後退する。アストンはリングマをボールに戻し、再びロズレイドを呼び出す。

 

「少しジッとしていてもらうよ、【くさぶえ】でね」

 

 ロズレイドが吹く心地の良い葉笛の音色を受けたジャンの目がぐりんと上を向き、意識を失う。ジャンとジョンを、そしてその二人の手にかけた手錠を手すりに引っ掛けると逃げたジュンとダイを追いかける。

 しかしジュンは大柄ゆえにダイを抱えてもかなりの速度で逃げたらしく、追いついたときには既にリザイナシティを出てしまった。

 

 街を出てもなおジュンの速度は落ちなかった。ダイが暴れてもなお動きは鈍ることはなかった。

 

「くっ、なかなか素早いな……! 【エアカッター】! 直撃させるなよ!」

 

 アストンが追いかけながらエアームドに指示を飛ばす。エアームドは刃翼から発生させた風の刃の連撃で進行上にある木を幾つか切り倒し障害物を発生させる。しかしジュンはそれをスタスタと身軽に乗り越えていく。

 返って切り倒された木が自分の障害物と化してしまい、アストンはエアームドに飛び乗った。

 

「【こうそくいどう】で速度を高めろ!」

 

 嘶き、さらに風を切るように低空飛行で速度を上げるエアームド。そしてアストンは、舗装された道を外れて木々が生い茂る横道のルートに流れるようにジュンが移動していることに気がついた。

 ただ障害物が多いからこの道を選んでいるのか、それとも……

 

 いずれにせよ、下が舗装されていない道路ならば、こちらのものとばかりにアストンはエアームドを急かした。

 次の瞬間、すごい勢いでジュンが躓き、ダイを放り出しながら転がる。ダイもまた放り投げられたせいで満足に受け身を取れず、舗装されていないデコボコの道に投げ出される。

 

「痛かったかい? そうだろうね、君は背が高いからその分体重もあるだろうし……ロズレイドの【くさむすび】さ。さぁ観念してもらうよ」

 

 アストンが再び手錠を取り出すと、ジュンはそれを跳ね除けダイを人質に取るように後退った。

 

「う、動くなよ! こっちには人質が――――」

 

 ジュンが最後まで言い切る前に、三人の間に異変が起きた。何かが地中を動いているような、地響きのようなものが起きたのだ。

 それは次第に大きくなり、アストンは立っていられなくなり思わず膝をついた。ボールから出てきたリングマが周囲の木を抑え、転倒に備える。

 

「リングマ! 木はいい! 彼とダイくんを!」

 

 指示を受けたリングマがゆっくりとジュンとダイに近づいていく。あと少しで二人に到達するか、そのタイミングでついに地が割れた。

 

「まじかよ……!」

 

「っひ……」

 

「ダイくん……ッ!?」

 

 先程地面を転がり、上下がわからなくなっていたせいで周囲の確認を怠ったが、ジュンが道を外れてしばらく走ったためにモタナタウン沖に続く大きな河川に出ていたのだ。

 そして地面が割れ、ダイとジュンが崖ごと落ちそうになったとき、ダイがジュンを蹴っ飛ばしてリングマまで届かせた。しかしその反動で、ダイは川に向かって真っ逆さまに落ちていった。

 

「まずい、間に合わねぇ!!」

 

 ダイがボールからペリッパーを呼び出そうとした直後、大きな水柱が上がった。それから数秒の間、激しく揺れが続いていたがアストンは構わずに崖から下を覗く。しかしダイはいつまで経っても上がってこない。

 

「エアームド! 彼を追うんだ!」

 

 ダイを探している人がいる。それを知っているからこそ、アストンは必死だった。エアームドはそんな主の意思を汲み取り、高めた速度で川上を旋回するがそれでもダイの姿は確認できなかった。

 

 

 

 まずい、息が出来ねぇ……!

 

 水中だからか、それとも落下時に強く身体を打った反動か、もしくはそのどちらか。とにかく俺は上も下もわからないような、ドラム式洗濯機に放り込まれた洗濯物の如く、揺れの影響で加速した水の流れによって、どこかに流されているのはわかった。

 わかったはいいが、呼吸が出来ず、段々と意識が遠くなってきた……このまま意識を手放したら、死んじまうかも……!

 

 抵抗も虚しく、俺は意識はを暗闇の、それこそ川底に手放してしまった。

 

 




今回登場したもう一人の主人公的ポジションの彼



Name:アストン•ハーレィ
Gender:♂
Age:21
Height:175cm
Weight:62kg
Job:ポケット•ガーディアンズ刑事部五課(ハイパーボールクラス)

▼Pokemon▼
エアームド♂
ギャロップ♀
バリヤード♂
リングマ♂
ロズレイド♀

▼詳細▼
ポケットガーディアンズの中でマスターボールクラスに限りなく近いうちの一人。物腰柔らかな王子様タイプで犯罪者の追跡よりもその際中に怪我人が発生すればそちらを優先してしまうため、他のハイパーボールクラスより検挙率が低いが本人は至って気にしていない。
むしろクラスアップのために誰彼構わず検挙しようとする同クラスの仲間に対して違和感を覚えている。
ハーレィの家系は代々PGに籍を置く所謂組織古参。
ポケモンバトルの腕は堅実そのもので勝ち抜き方式のバトルを得意とする。
バラル団の幹部たちと並々ならぬ因縁があり、彼らだけはいずれ自分の手で検挙すると日々修練を重ねている。

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