ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSビクティニ ネイヴュシティ

 

「ビクティニ……だとぉ!? なんで超弩級幻ポケモンをお前が……!」

 

 ジンが驚愕を顕にするが、それは俺も一緒だった。

 ポケモン図鑑を翳し、ビクティニをスキャンする。すると俺の存在に気づいたビクティニが目の前に降り立ち、Vサインを投げてよこした。

 

「かつてイッシュの地で心無いトレーナーに虐められていた子を、あたしが保護したのよ」

 

 イッシュ地方、ということは俺とアイが別れた……というか、俺が逃げ出した後に出会ったポケモンってことか。

 しかもどうやら背中にツボツボを背負ってる、あの状態でダブルバトルってことか? 実質こちらはシングルだから、不利になるんじゃ……

 

「見せてあげるわ、この子の力を!」

 

 アイがそう言うとビクティニは彼女と手を勢いよく撃ち合わせ、ハイタッチすると空に向かって強く跳躍した。

 直後、ビクティニを中心に眩い太陽のような光が広がりそれが吹雪のスクリーンを弱くする。

 

「そこよ! 【かえんだん】!」

 

 ビクティニが手のひらに呼び出した炎の塊、それを以前アイがやっていたようにバレーボールのスパイクの要領で撃ち出す。

 それが猛吹雪を貫いて、その先にいたいのししポケモンの"イノムー"を一撃で吹き飛ばす。

 

「なぁるほど、"ゆきがくれ"。確かにこのフィールドではかなり優位に立てるでしょうね。でも、この子の"しょうりのほし"に照らされた相手はよく見えるのよ!」

 

 自信満々にアイが指を向けた場所に続けてビクティニが【かえんだん】を放つ。そこにいたのは"クマシュン"や"ツンベアー"、図鑑を向けてみるとやはり特性は"ゆきがくれ"。

 アイが言ったことは事実で、やはり"しょうりのほし"に照らされた相手ポケモンが今まで以上にはっきりと見え、姿が確認出来るようになった。

 

「確かにな、だがゆきがくれ戦法自体は二の次よ。オレの戦い方は、相手の視界を振り切るほどのスピードで駆け抜け、撹乱し、翻弄する!」

「スピード勝負? 受けて立つわよ、この子だってすばしっこさなら並じゃないのよ!」

「ハンッ! 並じゃない? オレとオレのポケモンのスピードは、イナズマ級だぜ!」

 

 ジンはそう言うと、吹雪の中に姿を消した。"しょうりのほし"は確かに強力だけど、悪視界の中で高速で動き続ける相手には効き目が薄いみたいだった。

 コスモスさんとの特訓で超スピードには慣れたつもりだったけど、専門家はそれを極限の域に持っていくことで武器にしている。悔しいが俺の目ではこれ以上ジンとそのポケモンを追いかけられない。

 

「どうしようかしら、素早さに自信があるのなら【トリックルーム】を使って強引に足を遅くしてやってもいいんだけど……」

「ティニ~!」

「そうね、ああいうのは()()()()()()()()()()!」

 

 そう言って指を鳴らすアイ、瞬間ビクティニが背負うツボツボが眩い光を放っている。ひょこっと甲羅から顔を出したツボツボがドヤ顔をしていた。

 瞬間、ビクティニの頭部が紅いVの字の閃光を放つ。ツボツボの光と相まって俺さえも目を開けておくのが難しい。

 

 だけどそれはアイも一緒だったみたいで、トレードマークのゴーグルを装着していた。俺もゴーグルを付け光量を抑えた状態で戦況を俯瞰した。

 

「いくわよ、【Vジェネレート】ッ!」

 

 特大のVの字炎を身に纏ったまま、ビクティニが周囲のツンベアーやキュウコンに突進する。凄まじい勢いで弾けた炎が一撃で相手のポケモンを沈める。

 そのまま倒したポケモンを足場に跳躍し、ビクティニは尚も加速する。炎の軌跡が無ければ、目で追うのは非常に難しかった。

 

「そんなスピードでは、オレのポケモンを捉えることは出来ねぇぜ!」

「ふぅん、それはどうかしらね。【Vジェネレート】!」

 

 再びVの字の炎弾となったビクティニが周囲のこおりポケモンを軒並み蹴散らす。既に下っ端戦闘員は手持ちを全損したようで撤退こそしないもののジンの攻防を見守っているだけだった。

 

「ユキナリさん、今ならあいつらを逮捕出来るはず!」

「確かにその通りだ。よし、任されたよ!」

 

 ユキナリさんが相手の抵抗を危惧して手持ちのポケモンを出し惜しみせずにバラル団の下っ端へ詰め寄る。俺たちも続き、包囲網を崩して逮捕に乗り出した。

 下っ端たちは大人しく捕まった者、抵抗したが抑えつけられた者、それらを犠牲にしてまんまと逃げた者、様々だ。

 

「そんな大技、撃ってるうちに疲労で動けなくなっちまうぜ!」

 

 振り返りながらジンが言った。先程まで飛び回り続けていたビクティニをぶっちぎったとばかりに勝利宣言する。

 いや、そうじゃない。ジンはビクティニをぶっちぎってなんかいなかった。

 

「兄貴! 前だ、()()()()()()()()()!!」

「な、にぃ……!?」

 

 恐らくジンの弟分がそう言った。そう、ビクティニはまるでおちょくってるみたいに、ジンより少し先を飛び回っていた。

 一周遅れというわけではない、明らかに今追う者はジンの方になっていた。

 

 以前、ヤツとはリザイナシティやクシェルシティで戦ったことがある。

 その時凄まじいヤツのスピードについていけなかった。今なら多少は食らいつけるかと思っていたけど……

 

 ビクティニはそれ以上だ。

 

「撃てば撃つほど、加速してやがる! 【ニトロチャージ】みてぇな技なのか!?」

「違うわよ、アンタの読み通り繰り出せば繰り出すほど、素早さも耐久もどんどん下がっていく。そういう技よ」

「だったらなんで、こいつはオレの先を行きやがる!!」

「だって、この子(ビクティニ)は"あまのじゃく"だもの。疲れれば疲れるほど、真価を発揮出来るのよ」

 

 唖然としたジンの顔がやけにはっきり見えた。ビクティニは確かに疲労している、そういう顔をしている。

 だけどまるで強がってるみたいに、そのステータスはより研ぎ澄まされていく。

 

 そこでピンときた俺はアイの方を見やった。そしてアイは、俺なら気づくだろうと思っていたかのように不敵な顔で俺を見ていた。

 

「【スキルスワップ】……俺の十八番じゃん!!」

「違うわよ、アンタもあたしもコウヨウさんの背中を追いかけてるんだから!」

 

 そうだった。俺もアイも、母さんのポケモンバトルをこの目に焼き付けてきた。ケッキングの厄介な特性を【スキルスワップ】で取り払う戦法だ。

 俺以上に母さんを目標にしているアイだからこそ、辿り着いた戦法なのだろう。

 

 これで分かった。なぜビクティニの背負うツボツボが輝いているのか、それは今ツボツボが"しょうりのほし"を持っているからだ。

 味方の命中率を底上げするしょうりのほし、つまり別にビクティニがこの特性を有している必要はない。

 

「一気に畳み掛けるわよ! ツボツボ、【パワートリック&パワーシェア】! そしてトドメの【Vジェネレート】ッ!」

 

 ツボツボの輝きが更に増す。【パワートリック】で自身の防御能力と攻撃能力を入れ替え、【パワーシェア】はビクティニとツボツボの攻撃能力を平均的にする。

 つまり今、超攻撃的なツボツボの攻撃能力がそのままビクティニに加算されると考えて良い。

 

 その状態から放たれる、弾丸のようなスピードで放たれる【Vジェネレート】。

 誰もが勝敗は決したと確信した。しかし────

 

「兄貴! ここは俺たちに任せて退いてくれ!」

「そうだ! 兄貴はここで捕まるわけにはいかないんだ!」

 

 突如、雪原の中から生えるように現れたのは"ガメノデス"、"アバゴーラ"、"オムスター"の三匹とそのトレーナーだった。

 これらのポケモンはゆきがくれの特性を持ってるわけじゃない。だけどアイのビクティニの力を見て、出し惜しんでる場合じゃないと出張ってきたんだ。

 

 正面からぶつかった三匹とビクティニ。しかし辺りは猛吹雪でただでさえ熱が奪われ、加えてあの三匹はどれもがみずタイプといわタイプの複合。ほのおタイプの通りが悪く、超強化されたビクティニの突進でさえ打ち崩せずにいた。

 

「ジュカイン! ビクティニの活路を切り開くんだ!」

 

 裏を返せば、ジュカインの攻撃は奴らにとって特大の弱点。アルバも合わせてジュナイパーを前に出してくれる。

 

「「【リーフストーム】!」」

 

 木の葉の二重旋風が三匹の障壁を飲み込み、大打撃を与える。あの三匹にさらに共通して言えるのは防御が秀でる代わりに特殊防御はそれを下回っているということ。

 この場でアイのビクティニに対する防御壁として呼び出したのは確かに効果的だろう、だけどジュカインとジュナイパーの敵じゃない。

 

 そう思っていた。だが二匹の【リーフストーム】を受けてなお、真ん中のアバゴーラは健在だった。

 

「硬い!?」

「オムスターとガメノデスが前に立ってアバゴーラへのダメージを減らしたんだ……! もう一発【リーフストーム】を────」

 

 

 ズン……! 

 

 

 その時だ、心臓を揺するような強い振動を感じ俺はジュカインへの指示を中断した。どうした、と言わんばかりにアルバもジュカインも俺を見た。

 今の揺れを感じたのは、俺だけなのか? そんなバカな、今も激しく地面の下から突き上げるような衝動が俺に奔っている。

 

 

 

『────感ジル……ソコニイル、オマエ』

 

 

 

「ぁ、がっ……!?」

 

 一瞬、()()()()()()()()()。薄暗がりの中から、妖しく輝く黄金色の双眸がこっちを真っ直ぐ射抜いていた。

 瞬きするとそれは消えていたが、心臓が破裂しそうなプレッシャーに思わず俺は膝を突いてえずいた。

 

「ダイ!?」

「しっかりするんだ!」

 

 戦闘で暖まった身体が、一瞬で凍えきった。まるで骨が冷気を発してるみたいだ。震えが止まらない。

 思わず身体を抱きしめても、腕に伝わってくるのは身体の震え。収まれと命令しても身体は言うことを聞かない。

 

 まるで何かに、恐れることを強いられているみたいだった。

 

「ちっ、なんだか知らねえが……逃げるが勝ちだッ!」

 

 特製の煙幕弾をバラ撒くとジンとまだ拘束されていなかった何人かの部下がその場を離脱してしまった。

 ジンは逃げ足においても超一流、ろくに身体を動かせない今の俺を連れたまま追いつけるとは到底思えなかった。

 

「くっ────もしもし、僕だ! 今雪原の荒野でバラル団と戦闘を……え?」

 

 ユキナリさんがポケギアを取り出して連絡をしたかと思えば、珍しく素っ頓狂な声を出していた。

 すると数秒後、アクセルを吹かすような豪快な音が鳴り響いたかと思えば──

 

「──わぶっ!」

 

 突如現れたスノーモービルとスノーバイクの群れが急停止した衝撃で跳ね上げられた雪が顔面に直撃した。ゴーグルを下ろしてなかったら目に入っていたかもしれない。

 立ち上がってゴーグルを外すと、そこにいたのは青と銀の装束に身を包んだ精鋭だった。

 

「お努めご苦労さまです。こんな雪原のど真ん中に置き去りたぁ、安モンの飛行機掴まされたか」

 

 雪避けのゴーグルを外しながら、先頭のバイクに乗っていた男が言った。ゴーグル越しでもなお分かる、野獣のような鋭い目つき。

 俺にその視線が向いてないだけ平静を保ってられるが、あれに睨まれたらと思うとまた心臓が跳ね上がりそうな気がする。

 

「そんなところだ、もっとも飛行機自体は上等なものだったがね」

「あぁ、成金達磨が一緒で積載過多か、あれじゃスカイダイビングもできそうにねぇやな」

 

 未だに雪の上で震えているおっさん(ハロルド)を指して男が言う。積載過多という言葉に俺たちに対する棘もやや感じる。

 そしてその目がゆっくりと俺に向き、アルバを通ってアイたちへ順繰りに向かう。

 

「さて、ようこそクソッタレな俺らの職場(テリトリー)に。尤も、歓迎はしかねるがよ」

 

 振り返るユキナリさん、アルマさん、フライツ。その視線から感情を推し量ること、数秒。

 この時俺たちはようやくここがどういう場所かを思い知ることになった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 スノーモービルに牽引されて、雪原を超えた先の森林地帯さえも超えるとまるごと鏡になったかのような巨大な湖に辿り着く。

 その(きわ)の部分は辛うじて整地されて道と分かる程に雪が降り積もっていた。そして湖の縁をなぞるように機械を走らせて見えてくる、巨大な壁。

 

「あの中が、ネイヴュシティだよ。私が、生まれて、育った街」

 

 傍でぽつりとソラが呟いた。巨大な塞壁を見つめるその顔は物憂げで、俺たちは「良いところだな」とは口に出せなかった。

 だけどそれ以上に俺が気になったのは、その壁を取り囲むような巨大な山脈と、そこに穿たれた巨大な穴。

 

 あの穴を見つめているだけで、心がざわつく。身体の芯から凍りついてしまうような焦燥が拭えない。

 だけどそれを感じているのは俺だけみたいで、他のみんなは周囲を見渡すばかりで顔色に変化はなかった。

 

「俺だ、西門を開けろ」

『了解しました』

 

 俺たちを迎えに来たネイヴュ支部の職員は半分は逃げたバラル団の追撃に、残りは俺たちをひとまず街の中に引き入れるつもりらしかった。

 程なくして巨大な壁の門が中腹付近から下のみ開門した。

 

 そしてその中の、幻想的で荒廃した光景に俺は息を呑んだ。

 目に映る家屋の殆どは、どこかが壊れていた。屋根であったり、壁であったり、窓であったり。見れば、雪解けの日から半年以上が経っているのにドアが開きっぱなしの家すらある。

 少し目を瞑れば、あの扉は仕事に行く家主を見送り、帰ってきたその人を迎え入れる仕事をしている姿が浮かぶ。

 

「この街は……」

「死んでる。まぁそう思うだろうな、余所者は」

 

 俺のうわ言を繋いだのは、リーダーの男。余所者、その言葉にも漏れなく棘を感じるのは間違いなくそういう含意があるからだろう。

 最低限、人や重機が通れる道しか雪が片付けられていない。大門の近くにあるスノーバイクのガレージに乗ってきた全ての機械を預けるとユキナリさんが努めて明るくしようと笑顔を見せてくれた。

 

「さぁ案内するよ。まずはなんにせよ、自己紹介から入らないとね」

 

 全方位、針の筵のような状態だったから彼の気遣いはありがたかった。

 だけど俺は、俺だけは門の外にある大穴がいつまでもこっちを見ているような、後ろ髪を引かれる思いだった。

 

 いつもなら新しい街に来た後、あちこちを見渡して歓声が飛び出るアルバやリエンも、今回ばっかりははしゃぐ気分にならないのか黙々と歩いている。

 それともそもそも観光と思っていないんだろうな。これに関しては、来るタイミングを早まらせた俺の責任もある。

 

 もう少し復興が賑わえば、街が生き返る様を見れば声の一つも出るだろうけれど。

 

「ここが僕たち、PGネイヴュ支部の本部だよ、ややこしいよね」

 

 と、俯きながら歩いていたら急にユキナリさんが立ち止まって振り返り右手で建物を指す。

 その建物は全体が黒鉄色のレンガで覆われており、何もかもが白いこの白銀世界ではひと目で異色であると分かった。

 

 俺たちは服に着いた雪を払い落としてから通されるまま建物の中を進んでいく。今、このネイヴュにはPGの人間しかいない都合もあってか、この拒絶的な冷たさを持つ建物が唯一熱を帯びているという現状に皮肉を感じずにはいられない。

 

「入れ」

 

 ぶっきらぼうに言われ、ひときわ重たそうな扉に通される。俺はふと、一度バラル団の一員として逮捕されアシュリーさんに取り調べを受けたあの時を思い出していた。

 尤も今日は手錠をされていないし、一応客としての一定の立場が確約しているところだけれど。

 

 部屋の中は会議室になってるようで、楕円状のテーブルを数多くの椅子が取り囲んでいる部屋だ。窓からはネイヴュの街が一望できるようになっていて曇天の中でさえも光を取り入れられるようになってるようだ。

 そして入り口をジッと見つめ指を組んでいる銀髪の女性が一人、一番奥の椅子に座って待っていた。

 

「ただいま、帰ったよ」

「戻りました」

「同じく」

 

 ユキナリさん、アルマさん、フライツが軽く言ってから彼女の近くの席に腰を落ち着けた。その後、俺たちを引っ張ってきたリーダーの男がもう一度俺たちを値踏みするように一瞥してから同じく席につく。

 アルバが緊張で吐きそうな顔をしているのを横目に俺は確信の元、銀髪の女性に声を掛けた。

 

「掛けても?」

「えぇどうぞご自由に、椅子でも引かせましょうか。フライツに」

「俺!?」

「結構です、それじゃ失礼します」

 

 俺はそう言って部屋に一歩足を踏み入れると振り返った。

 

「自信がないなら、話は俺だけで済ませておく。別室で待っててくれ」

 

 本意だった。一歩部屋に入っただけで分かった。この空間は完全にアウェーで、俺たちは言わば歓迎されてない客人。

 恐らく俺たちが全く好意的に捉えないだろう言葉も飛び出してくるはずだ。

 

 しかし俺がそう言うと「はぁ?」といの一番にアイが眉を吊り上げた。

 

「冗談でしょ、なんのために来たと思ってんのよ」

 

 俺の肩を強く小突いてアイはズカズカと部屋の中に入って椅子にドカッと腰を下ろした。

 その神経の図太さは正直、見習いたいところではある。

 

「ダイもなかなかだよ」

 

 そう言ってアイに続いたのは意外にもリエンだった。同じように俺の肩を小突いて、アイと違ってさすがに一礼してから丁寧に椅子に座る。

 さりげに心の中を読まれていたらしい。ずっと彼女について回るミズも俺の肩をつんつんとつついて彼女の後ろに回った。

 

「そうだよ、僕だって覚悟しないで来たわけじゃないんだ……!」

 

 さらに続いてアルバが言った。頬をニ回叩いて気を入れ直すと、恒例のように俺の肩を裏拳で小突いていく。

 大声で「失礼します!」と言ってから椅子に腰掛ける。だけどやっぱり片肘張って、緊張しているのが伝わってくる。

 

「みんな一緒だよ」

 

 最後にソラだ。やっぱりと言うか、俺の肩を叩いて部屋の中に入っていく。

 アイほど傍若無人じゃないが、ソラもお構いなしに椅子に座る。

 

 そして室内の全員が俺を見る。見れば、もう入り口に立っているのは俺だけだった。

 小さく息を吐き、アイの隣。そして銀髪の女性に一番近い席に座る。

 

 全員が話し合いにつく準備ができると、指を組んでいた銀髪の女性が姿勢を正した。

 

「まずは各人、長旅ご苦労。加えてバラル団との戦闘と確保。暖かいお茶でも入れましょう、フライツとレイドが」

「俺!?」

「手前で入れろや、そこに給湯器と諸々があっからよ」

 

 銀髪の女性が言うと彼女の隣、従って俺の対面に座っているリーダーの男──レイドさんがテーブルに足を乗せたまま言う。動かねえぞ、っていう鉄の意思を感じる姿勢だった。

 アルバはお構いなくカップにお湯を注いで口に運ぶ。するとリエンも給湯器の方へ向かい、荷物の中から取り出した茶葉を取り出してお茶を入れるとそれを人数分用意して配って回った。

 

「気が利くわね、うちの男共と来たら使えなくてごめんなさいねぇ」

「どうも」

 

 短く答えるリエン。このお茶は旅の道中でいつも飲んでいたから、喉に流し込むとようやっとアルバも落ち着いたみたいだった。

 

「自己紹介が遅れました、私がこのPGネイヴュ支部長をしているカミーラよ。少年少女たち、どうぞよろしく」

「副支部長のレイド。気が利かねぇ部下で悪かったな、育ちが悪くてよ」

 

 銀髪の女性──カミーラさんはそう言ってカップに口をつける。それに続いてレイドさんが同じようにカップに口をつける。

 それを見て俺は、見かけの上では友好的に見えるもののやはり信用されていないことを確信した。

 

「彼らを連れてきた理由に関しては、僕が話そう」

 

 起立してユキナリさんが身振り手振りを交えてカミーラさんやレイドさんに俺たちのことを話す。

 初めはVANGUARD設立から、なぜ復興前のネイヴュシティに来たのか。果てはアイスエイジ・ホールにいる伝説から除外されたドラゴンポケモンのこと。

 

 最初は退屈そうに話を聞いていたカミーラさんの目が、最後になって微かにギラついた気がした。

 

「だいそれた話だろうが、これは真実だカミーラ。僕は彼らと協力すべきだと思う」

「そうねぇ……()()()()()()()()()()()()()()

 

 カミーラさんは腕を組み、椅子を回転させて俺たちの方を見やった。その表情は、今までの柔和な顔は作り物だぞ、と丁寧に教えてくれた。

 

「まず一つ、私たちは本部の人間を信用していない。VANGUARDを設立した立役者のお坊ちゃんも小娘も例外じゃない」

 

 アストンとアシュリーさんのことだとすぐに分かった。彼女の言う"私たち"がどこまでを指すのか、ユキナリさんが非常にバツの悪い顔をする。

 

「二つ、今の私たちに余所者に力を貸すだけの余裕がない。アンタたちがアイスエイジ・ホールのバラル団とやりあおうというのに、部下を貸し出すつもりは毛頭ない」

 

 意外、という顔は誰もしなかった。化粧が剥がれ落ちるように、気の良いお嬢様はその仮面を自ら剥ぎ取る。

 

「三つ、適当な理由が思いつかないのでレイドにパス」

「じゃあアルマにパス」

「パスで」

「俺!?」

 

 いよいよ無茶振りが振られすぎたフライツが立ち上がる。ヤツはジッと俺たちを見つめて、それこそVANGUARD設立式のやり取りを思い出しているんだろう。顔には嫌悪感というものがありありと浮かべられている。

 しかし──

 

「俺は、力を貸してやってもいいと思いますけどね」

 

 今度ばかりは意外という顔をせざるを得なかった。それもフライツ以外の全員がだ。

 しかしフライツはネクタイの位置をずらしながらこっちを見下すように言ってきた。

 

「勘違いすんな、言い方を改めるならお前らが俺に力を貸すんだ。今、このネイヴュの地にバラル団がいる。またとない機会だ、俺がアイツらをぶちのめす手伝いをお前らがするんだ」

「相互利害、ってことか」

「そうだ。お前らにとって、今の俺の発言は渡りに船だと思うがな」

 

 確かにそうだ、ここに来てフライツの援護というのはこれ以上無いくらいの助け舟だ。

 俺は立ち上がってフライツの方を向き直り、仲間たちが俺を見やる中、俺は頷いて口を開いた。

 

 

「バカにすんな。そんな提案乗るわけねーだろ」

 

 

 空気が凍りつくのが分かった。

 ユキナリさんが大口を開けて驚き、アルマさんとレイドさんがピクリと眉を寄せ、カミーラさんは「へぇ」と薄い笑みを浮かべていた。

 

「はぁ!? お前、状況分かってんのか? お前らはたった五人で、伝説級のポケモンの捕獲作戦に乗り出そうとしてる大量のバラル団とやりあえると思ってんのか!」

「思ってないよ、でもお前の手を取る気は無い」

 

 俺は立ち上がると荷物に手を掛けた。するとアルバとアイが引き留めようとしてくる。いかにも「なに考えてんだ」と言いたげな顔をしてる。

 確かに軽率だったかもしれない。もう少しやりようはあるかもしれない。

 

「でも伝えはした。なにがあろうと俺はアイスエイジ・ホールに行くし、その結果がどうなるかはこれから次第だ」

 

 俺がそう言って部屋を出ようとすると、クツクツと笑い声が忍び漏れた。振り返るとカミーラさんだった。

 心から可笑しくてしょうがないというような笑い方だった。

 

「アンタ死ぬつもりだったの? こんなクソ寒い僻地に来たのは前向きな自殺衝動?」

「違いますよ、俺が大事を成せなかったらそれで終わり、言い換えるなら前向きな心中です」

「クソ迷惑ねぇ。そう言えば、私がイエスって答えると思ってるのかしら」

「思ってないですよ。でも大事を成す前の小事がアンタたちの説得だって言うなら、時間の無駄だとは思いました」

 

 一触即発、だけどカミーラさんはいよいよ堪えきれないとばかりに声を出し腹を抱えて笑う。

 そうして見た、眼鏡の奥の瞳はレイドさんなど比べ物にならないような切れ味の目をしていた。

 

 

「もう少しあの美人ときっちり話しておくんだったって、あの世で後悔しないことね」

 

 

「しませんよ」

 

 

 俺はそれだけ言い残すと、足早にネイヴュ支部を後にした。

 見上げた空は曇天で、今にも哭き出しそうだ。

 

 いや、既に哭いている。ずっと哭き続けてる。しとしとと降り積もる雪がその証だ。

 

 その時、頬から流れ出る熱い液体がぽつりと顎を伝って、新雪の山に真っ赤な滲みを残した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「すみません!!」

 

 ダイが退室した後、場の空気に耐えられず矢継ぎ早に部屋を出ていく面々が謝罪を口にする。

 それを見送ってから、テーブルをダンと勢いよく叩くフライツ。

 

「カミーラ! もう少し考え直すのは君の方だろう! 今のは明らかに恣意的だ!」

「支部長に口答え? 特務もえらくなったのね、本部の方針かしら?」

「違う! 今は本部だのネイヴュ支部だの立場にこだわってる場合じゃないと言っているんだ!」

 

 世界の危機が迫っている。そんなことを急に言われて、はいそうですかでしたら協力しますなどと朗らかに言ってられない。

 カミーラという女性はそういう立場にいる。無論彼らを捲る際に意地悪をしたのは否めないし、謝意などもないが。

 

「そんなことより、彼なんて言ったっけ? タイヨウ、ねェ」

 

 彼女が思い出す、最後の彼の顔。

 ちょっとしたプレッシャーを発したつもりだった。並の十五歳なら、少しは動揺する素振りも見せよう。

 それだけ自分の覇気に自信もあった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 気づかないのであれば良し、気づいて考え直すも良し。

 だがどうだ、彼は。彼のとった対応は。

 

「なぁにが太陽よ。真っ暗じゃない、腹の(うち)になに詰めたらああなんのかしらね」

 

 放ったものをそれ以上の圧で押し返すなど、カミーラの知る十五歳がやることではない。

 自らがクソガキと呼ぶ有象無象が持つものではない。

 

 ビリビリと身体の芯が痺れるような、強烈な返しを食らった。

 

「あぁ、美味しー」

 

 カップの中の冷めきったお茶を飲み干し、興味も失せたとばかりにカップを放り捨てる。

 儚い音を立てて割れるカップ。

 

 その破片を睥睨する。

 

 カップの底に描かれたお日様のマークが、雷を思わせるようなジグザグの亀裂によって砕けていた。

 

 




今回の登場人物、全員態度悪くない???
どうしちゃったんだよ主人公


さておき、カミーラさんやレイドさんや本家もかくやという顔ぶれですがほんま性格悪くしてしまってすまないと思ってます。これでも初期稿よりはマイルドになってますんで、勘弁してくださぁい。


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