ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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あぶねー、あとちょっとで一年更新が無かったらしいです。
さておき今回からいよいよネイヴュシティ編です。




VSカイロス 永遠なる凍土

 

 ごうごうと風の音が強引に耳元を掠める。ダイとアルバはペガスシティにあるPG本部屋上にあるヘリポートへ来ていた。

 高所であるためか、ビルの間を吹き荒れる強風は彼らに対して高圧的だった。少し気を緩めれば転倒してしまう恐れもあった。

 

 しかし、厳しい修行を乗り越えてきた二人にとって体幹の維持などもはや、やろうと思ってするものではなく自然と出来る身体に出来上がっていた。

「ふぅ」ダイの吐息が風に乗っていく。それを受け止めたのは対峙する男──フライツだった。

 

「おい、お前のとこの女共はまだ来ねえのかよ」

「連絡はしてるんだけどな」

「ふん……準備に時間がかかるから、女の相手は嫌なんだ」

 

 そんな言い方ないだろ、とは言い返せなかった。正直、ダイも同じことを思ったことがないわけではないからである。

 無用な喧嘩は避けたかったのか、ダイが言わないなら自分が言ってやるとはアルバもしなかった。

 

「でもほら、別にお前んとこのヘリに乗ってくわけじゃないんだし、あのオッサンは女の子待つくらい苦じゃ無さそうだぜ」

 

 そう言ってダイとフライツは視線を少し離れた場所に仁王立ちしている男へ向けられていた。

 十本の指にこれでもかと嵌め込まれた輝く指輪や厭らしいまでに存在感を放つカフスなどが彼の存在感の放出に一役買っていた。

 

「ハロルド氏、突然の要請にも関わらずご協力感謝します」

「なぁに、フリック市長とは公私共に支え合う友人同士だからな、彼の頼みとあらば断らん。尤も、貴様のようなジャリンコがいるとは些か心外論外予想外だがなッ!!」

 

 突然爆発したハロルドがダイを指差して喚く。ダイは少し居心地が悪くなって目を逸らした。

 

「ダイ、何したの?」

「ちょっと、たかった」

「たかった!?」

 

 事実である。ハロルドのソラへの厚意を利用して冬服代を、綺麗な言い方をすれば建て替えてもらったのだ。

 まぁ相手が忘れてくれればそのままにするつもりであったことは否めないが。

 

「しかし~、ネイヴュ支部の諸君らもご愁傷さまであるな。まさか出立当日にヘリが故障とは!」

「えぇ、全くです。ダイくんたちが市長殿と面識があったおかげで助かった」

「ジムリーダー殿はこう言ってるが貴様のおかげなどではないからなクソガキッ! 覚えておけッ! 私が寛大だから自家用ジェットを動かしてやったんだぞッ!」

「はいはい、分かってますよ。感謝してますよハロハロさん」

「貴様わぁざとか!」

 

 これ以上なにか言われるたびに目くじらを立てられてはかなわないと思ったか、ダイはアルバに「この場は任せる」と言ってヘリポートの階段を下って風を避けに行くことにした。

 重い金属製の扉を閉じると、大きな溜息を吐いた。

 

「本当、今日に限ってツイてないな」

 

 先日、手分けして交渉した甲斐もありグレイがポケモン協会に呼びかけることでネイヴュに戻るユキナリたちのヘリに同乗させてもらえることになったのだが、出立当日である今日ヘリの故障でプロペラが回らないという事態に。

 その時、フリック市長に交渉を頼んだのがソラだったことが功を奏し、彼の個人的な友人である資産家から自家用機を借りられないか頼んでみる、となったところ現れたのがハロルドだったのである。

 

 渡りに船、だが運賃があまりにも高く付きそうだと、ダイの溜息は重たくなるばかりである。蓄えて吐き出すというペリッパーもビックリな大げさな溜息が出続けている。

 

「あっ」

 

 その時だ、ダイは下から上がってくる人物と目が合った。その人物とは一度会ったことも、話したこともある。

 ただそれは周りに人がいたからであり、二人きりとなると話は別だった。

 

「どうも」

 

 軽く会釈するダイだが、相手はそれ以下の会釈で短く返した。少し青みがかった銀髪に切れそうな鋭い目つき。

 フライツのお目付け役という印象が強いネイヴュ支部のPG、アルマだ。

 

「そろそろ出発の時間でしょ、ここで何を」

「あの金ピカおじさんとはウマが合わなさそうで、逃げてきたんです」

「そう」

 

 心底興味が無さそうだった、やり辛いとダイは鼻白んだ。

 すれ違いざま、ドアノブを捻りながらアルマはダイの方を見た。

 

「ちょうどいい、あなたを呼びに来た」

「俺を? いったいどうして」

「来客、エントランスにいるから会ってくるといい」

 

 短く言い残してアルマは扉を開いた。

 来客の存在に首を傾げながら、ダイは階段を下っていく。その背中を振り返りながらアルマは見た。

 

 初めて会ったのは、VANGUARDの開設式。その時はよくいる正義感を持ったトレーナー、とだけアルマは思っていた。

 正直名前も覚えていなかっただろう。

 

 だがしばらく見ないうちに、反バラル団の旗印のような存在になっていた。

 少年の背中はアルマにとって、ある人物に重なって見えた。自己を顧みない、愚かなまでに実直な人物の姿と。

 

 その人物は、今もヘリポートで時間が来るのを待っているだろう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「あれ、ヒヒノキ博士! と、サーシスさん! 珍しい組み合わせだな?」

 

 エントランスに戻ったダイを待っていたのは、思わぬ組み合わせだった。

 ラフエル地方におけるポケモン研究者の代表とも言える男と、四天王の一角。サーシスは腕を組んだまま小さく手を上げて会釈する。

 

「そこで会ってな、博士もキミを待っていたようだからご一緒させてもらったのさ。ついでに、占いを少々ね」

「ミエルが彼女のファンでね、せっかくだからと思って」

「なるほど、ミエルのね。結構ミーハーだな、あいつ」

 

 苦笑いするダイ、少し前にTry×Twiceの二人に熱を上げていたのがもうずっと昔のことのようだ。

 しかしサーシスはというと薄く笑んでヒヒノキ博士に向き直った。

 

「構わないさ、私にそのような好意的な感情を向けてくる子は他にも大勢いる。今に始まったことではないさ、悪い気もしないしね」

「それで何かあったのか? 博士がわざわざ来るなんて、珍しいだろ」

 

 ダイがそう言うと、博士は「あぁそうだった!」と思い出したように鞄の中から小さなケースを取り出した。

 それをダイに手渡すと、博士はメガネをつけて語りだした。

 

「少し前にね、ソラさんから連絡が来てポケモン図鑑の全国アップデートを頼まれたんだよ。そのケースには他の地方の図鑑所有者、つまりキミの先輩に当たる人たちが作ったポケモン図鑑のデータが入ってる。ただ、どうしても伝承が残ってるだけで実際に捕まえたことのない、伝説のポケモンや幻のポケモンのデータはない。だけど、それぞれ口伝なんかが残ってるポケモンはそれらのデータを詰め込んであるから多少は役に立つと思う」

 

 博士が寄越したケースを空けてみると、図鑑のスロットに差し込めるメモリーカードが五つ収まっていた。

 しかしそれを見てダイは首を傾げた。そう、カードが一枚分多いのだ。

 

「俺、リエン、アルバ、ソラ……もう一つは?」

「これかい? これもキミから渡しておいてくれるかな、アイラさんのポケモン図鑑だ。ただ、用意できたのは外枠だけだから行きの途中でキミたちの図鑑とレコードの交換をしておいてくれないか」

「博士、アイのこと知ってるのか」

「うん。もうずっと前だけど、ダイくんのことを知らないかって研究所に乗り込んできたことがあるんだよ。リザイナに向かったよ、と答えたらすぐに飛び出していってしまったけどね」

 

 ダイは思い当たるフシがあった。というのもアイラはわざわざアストンを捕まえてまでダイのことを探していたのだ。

 この地方におけるポケモン研究の権威ともなれば、声掛けされるのも無理はない。どうやらダイがリザイナシティを出るのと、アイラが辿り着いたのは本当にタッチの差だったらしい。

 

「それで、この一ヶ月の間に今度はアルバくんの紹介で知り合ってね。それで彼女の実力とポケモン捕獲の才能を買って、図鑑を渡すことにしたんだ」

 

 そう言って、ダイは博士から図鑑を受け取った。その上には小さな封筒もあり、それは博士からアイラに向けた手紙だというのがわかった。

 開けるのは無粋かと思い、そのままポケットにしまう。すると博士は満足げに頷き、自動ドアの方へ向かっていった。

 

「急ぎ足ですまないね、これからミエルと出かける予定でね! 私はこれで失礼するよ」

「ありがとう博士! 全部終わったらまた会いに行くよ」

 

 ダイとサーシスが博士を見送る。最後、サーシスが「自転車で道中気をつけるように」と言うと「それは占いに関係しますか?」と青い顔をしていた。サーシスとしては恐らく、ただ気遣っただけなのだろうが。

 

「さて、私もあまり時間は掛けられないから、手短に話すよ」

 

 一気に空気が引き締まる感じがした。これが四天王のプレッシャー、一度対峙したことがあるダイでさえ思わず身構える。

 サーシスはどこからか水晶玉を取り出し、手のひらに丁寧に布を敷いてから水晶玉を乗せダイに差し出してくる。

 

 一瞬なんのことかわからなかったが、ダイは差し出された水晶に手を翳す。

 すると以前メティオの塔で起きたのと同じ幻覚現象(ヴィジョン)に突入した。

 

 まるで体感型の映画を見ているような、そんな感覚。

 

「前と同じ……? いや、違う……」

 

 頭上、大海原の上に輝く虹色の輪っか。以前ダイがカイドウに話したところ、Reオーラを媒介にしているワームホールなのではないか、と仮説を立てていた。

 あまりに非現実的だが、ここに非現実の塊のような男がいることで眉唾ものの話も信憑性を増してくる。

 

「そうだ、以前視たヴィジョンに比べ海の荒れ方が凄まじい。そして、見てみたまえ。北西の方角にテルス山が見えているだろう。距離からして我々がいる現在地は、()()()()()()()()()()

「は……? いや、だって真下は海ですよ!? それって──」

「そうだ。少なくともこの未来のヴィジョンでは、モタナタウンと恐らくクシェルシティもだが、この町々は海底に沈む」

 

 ダイはゾッとした。あの南国のような、静かな楽園のような海が轟々と荒れ街一つを飲み込んでしまいかねないという事実に。

 

「そしてあちらを見ろ、さらに北西の空を。不自然だとは思わないか、今ラフエル南に位置するこの場所は豪雨と嵐で海難が起きている。だが──」

「あれは……ルシエシティの方角だ! 晴れてる、それも不自然なくらい光の力が強い!」

 

 ダイの言葉にサーシスが頷く。それこそ、北西の空は大干魃が起きそうなほど陽の光が強く、海がみるみるうちに干上がっていく。

 まさに天変地異、世界の終わりが近づいているようでさえある。

 

「私はこの現象に覚えがある。私がゴーストタイプのエキスパートであることは知っているな?」

 

 問いかけにダイは頷く。

 

「かつて、まだ四天王になる前ゴーストタイプのポケモン縁の地を巡礼していたとき、ホウエン地方の"送り火山"という墓地の管理を任されている老夫婦との話に、このような嵐と日照りの天変地異が登場したことがある」

 

 思い出すようにサーシスが遠方の空を見ながら言う。ホウエン地方はダイにとっても少しだけ縁のある地、送り火山の存在も確かに知ってはいた。

 

「曰く、片方の海を司るポケモンは姿を表すだけで都市一つをまるごと海で飲み込んでしまうほど強力で獰猛、もう片方の大地を司るポケモンは存在するだけで海を干上がらせ森を焼き陸地獄を広げ続ける力があると」

 

「その名を、"カイオーガ"と"グラードン"。伝説に名を連ねる超古代ポケモンだ。バラル団は雪解けの日など、比べ物にならない災厄を呼び起こそうとしているのだ」

「この話、他の誰かには……?」

「グレイと他の四天王には話した。ジムリーダーたちにも追って話をするつもりだ。というのも、私が送り火山で聞いたのはこの二匹のことだけではない」

 

 サーシスはダイに向き直って指を二つ、立ててみせた。

 

「本来この二匹を思うがままに操ろうとするならば、二つの宝珠を必要とするのだ。だがかつて、ホウエン地方でかのポケモンが目覚めた時、二つの珠は粉々に砕け散ったという。ではバラル団はどうやってこの二体を呼び起こし、災厄を起こすつもりだと思う?」

「その、砕け散った珠を復元する、とか……?」

「そうだ、彼らを制御しようと思うなら間違いなくそれだけのことが必要だ。故に、この災厄を未然に防ぐためにはバラル団の戦力を大幅に削ぎ、早急に雌雄を決してしまう必要がある」

 

 ダイは頭が痛くなった。つまり、レシラムとゼクロムの覚醒はほぼ必須事項になりそれと同時にバラル団によるカイオーガとグラードンの復活も阻止しなくてはならない。

 これ以上破壊されていくラフエル地方の光景を見るに絶えず、ダイは無理やり遮断するように未来視を解除した。

 

 瞬きするとPG本部のエントランスに戻っていた。全身に汗が纏わりついて、もうすぐ雪国に向けて出発だというのにダイは無性に水が浴びたくなった。

 呼吸を整えると、サーシスは重苦しい雰囲気を解いて極めて普通に言った。

 

「以前も言ったがな、あまり私の占いを過信しすぎるな。未来とは常に変化していく、今のヴィジョンをキミに見せただけで、未来が形を変える可能性もあるんだ」

「そうは言いますけど、不安にはなりますよ。一ヶ月、確かに死にものぐるいで鍛え上げてきたけれど、それでもたった一ヶ月なんです。どこまでやれるのか……」

 

 ダイが目を伏せると、サーシスは「ふむ」と呟いてからシックなポーチを弄った。

 その中から五つの包みを取り出すと、ダイに差し出した。

 

「これは、"ふしぎなアメ"?」

「あぁ、キミがあまりにも思い詰めているようだからな。いうなればラッキーアイテムだ。占いとは、それぐらい良い加減に付き合っていくのがいいんだ」

 

 誰に使うかは慎重に決めたまえ、とそれだけ言い残すとサーシスはどこからか呼び出した"ケーシィ"のテレポートで去っていった。

 手のひらの中に残る飴玉の包みを見つめて、ダイは今日一番の重たい溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「やっと戻ってきやがったか、遅ぇぞ」

 

 戻るなり、フライツにどやされダイは鼻白む。まさかラフエル地方崩壊の、リアルな悪夢を見せられていたなどと言っても誰も信じないだろう。

 するとダイは異変に気づく。屋上に人が増えているのだ、ハロルドの自家用機を操縦するパイロットが外に出ており金ピカのジェット機の扉の前でアルマが仁王立ちしている。

 

 まるで「誰も通るべからず」と言った雰囲気だ。気持ちいつもより数割増しで視線が厳しいような気さえする。

 

「どうしたんだ、あれ」

「アイラたちがやっと来たんだよ、なんかやたらと泥まみれだったから中で着替えてるんだ」

「なるほど、おっさん避けね」

「聞こえてるぞガキ」

 

 スマホロトムを取り出して時間を確認すると、出発予定の時間をかなりオーバーしている。

 ヘリの故障が無かったらどれだけキツくどやされるかを考えるとダイは不運にちょっとだけ感謝した。

 

「お待たせしました~!」

 

 と、数分もしないうちにアイラがタラップの上に顔を出した。その装いは赤いダウンコートを身に纏っていて、ネイヴュに行くのであればこれ以上無いほど暖かそうだが今から着ていては暑くてたまらないのではないか。

 しかしダイもアルバも既に装い自体はネイヴュ用に着替えているため、アイラほどではないが既に暖かい。

 

「随分派手だな」

「むしろアンタが地味すぎんのよ、雪山で遭難しても見つけ難いじゃない」

 

 ダイは自分の装いを見る。普段のジャージと同系統のジャンパー、色も同じ白基調にオレンジの差し色が入ったものだ、確かに猛吹雪の中では見つかりづらいかもしれない。

 裏を返せば、奇襲性が高いとも言える。しかし自分以外の四人を見てみる。

 

 アルバは普段の青と黒が逆転したウィンドブレーカー、リエンは濃い色のダッフルコートにカラータイツ、ソラはいつも通りのファー付きの黒いレザージャケット、アイラは前述の通り赤のダウンコート。

 見事にダイ以外が濃い色で纏まっていた、若干仲間外れ感が否めなかった。

 

「それじゃ出発しましょうか」

「うむ、私とフリック市長に感謝したまえよ諸君」

 

 ちょび髭を厭らしく撫でるハロルドを適当にやり過ごし、全員がハロルド自慢の自家用ジェットに乗り込む。

 中に入るなり、ダイは思わず「うわ」と声を出さずにはいられなかった。

 

 バーカウンターありの、ちょっとしたホストクラブのような内装にプラスして足首くらいまでくすぐってくるフカフカの絨毯に足を取られそうになる。

 ハロルドが恐らく自分専用と思しき特等席に腰を落ち着けると各々が適当な席に座りシートベルトをつける。

 

 まもなく、身体から重力が引き剥がされていく離陸の感覚。窓の外を見ると既にペガスシティの遊園地が小さなものになっていた。

 手が届きそうな高さにテルス山の頂上が有り、鳥ポケモンで空を飛ぶのとはまた別の感覚だった。

 

 ハロルドがワイン片手に自身が如何にして不動産王として上り詰めたかの武勇伝を語り、ユキナリが接待で相槌を打つ中ダイたち五人組は椅子を回転させて五人で膝を突き合わせていた。

 

「そういやアイ、渡しそびれるところだったぜ。これ、ヒヒノキ博士から」

 

 ポケットから取り出されるのはリエンとソラのと同カラーのポケモン図鑑。博士からの手紙も忘れずに手渡すとアイラはいつになく恭しい手付きでそれを受け取った。

 手のひらに図鑑の重さが乗った瞬間、アイラは身体の芯にビリっと奔る電気のような感覚を味わった。

 

 図鑑所有者、その肩書が今彼女のアイデンティティに加わった瞬間だ。

 次いで受け取った封筒を開き、中に収められていた手紙を開く。するとアイラは首を傾げていた。

 

「なにが書いてあったんだ?」

「いや、手紙だと思ったんだけど……」

 

 そう言ってアイラは便箋をみんなに見せる。そこには楷書体で「束ねる者」と書かれていた。それを見てアイラ以外の四人は苦笑した。

 図鑑所有者は皆一様に、その地方の権威である博士によってその秀でた才能を認められる。

 

「確かに、元はと言えばVANGUARDはアイラの発案だったもんね」

「っていうか、VANGUARDが無かったらソラにも会ってなかったわけだし」

「私達全員、アイラのおかげでここにいるんだね」

 

 仲間から向けられる視線がむず痒くて、アイラは「参ったな」と言いながら頬をかいた。

 長い付き合いのダイだからこそ分かることがある。アイラがこういう表情をすることは非常に稀だ。

 

 

 

 それから取止めもない話をしているうち、だんだんと窓の外が薄暗くなったことに気づいた。

 窓の外を見ると白い大粒の雪がまるで回遊してるかのように吹き荒れているではないか。ジェットの中は空調がしっかりしているため寒さを感じないが、だからこそもう既に"シャルムシティ"を抜け、流氷が道を作る氷山大河"不ローゼス・オーシャン"の真上だとわかった。

 

 窓の外を見るソラの横顔がどんどんと険しくなっていくのが分かって、ダイはそっと握られている拳の上に手を重ねた。

 ハッとしたようにソラは拳の力を緩めて、そのままもう片方の手をダイの手のひらに重ねた。

 

『もうすぐフローゼス・オーシャンを抜けます』

「見覚え、ある?」

「きゅーん?」

 

 その時、機長の声が内線で機内に響く。リエンがボールからアマルスを出して抱え、窓の外を見せる。しかし小さなアマルスは長い首をかしげ、リエンは苦笑した。

 それはそうだ、化石から復元したポケモンは太古の昔に生きていたもの。今とは似ても似つかない地形になっているに違いない。

 

 氷山大河のその先はネイヴュにつくまで雪原の荒野が広がっているという。そしてネイヴュシティからアイスエイジ・ホールに向かうにはその雪原を突っ切る必要が出てくる。

 ダイの手持ちにはこういった雪原に強いポケモンがいない。メタモンにこおりタイプのポケモンに化けてもらうことも出来るが、それは実質メタモンを主戦力に据えるという意味にほかならない。

 

「アイラ、お前の連れてるポケモンにこういう環境に強いのいないか?」

「よく聞いてくれたわね! むしろそれこそが今日遅刻した理由よ!」

「胸を張る理由ではないよな」

 

 鳩尾をどつかれ膝を突くダイ。

 

「アイラは、一ヶ月前の修行期間の頃からいろんなポケモンを修行の岩戸で戦わせてたんだよね」

「えぇ、あらゆる場面に対応出来るようにね。そしてレニア復興祭の夜、実感したわ。()()()()()()って」

 

 ダイの脳裏に思い浮かぶのはハリアーとの戦い。2v1だったにも関わらず、後少しで手痛いしっぺ返しを食らうこととなった。

 戦う覚悟があるとはいえ、アイラはダイよりもずっとスポーツとしてのポケモンバトルに興じてきた。

 

 だからこそどこかで油断があった。そしてその油断が手持ちの全損という事実上の敗北を喫した原因となった。

 

「だから、メンバーを入れ替えてきたわ。この氷雪地帯に最低限対応出来、この戦いを勝利に繋げられる子に」

 

 そう言ってアイラが取り出したのは、特殊なモンスターボール。

 ニ色の色を繋ぐように刻まれた赤いVの字が特徴的な"レベルボール"にその新人は収まっているという。

 

「大変だったんだよ、その子が。一度ボールから出るととにかくすばしっこくてやんちゃなの」

「もう一度捕まえるのにとっても苦労した」

 

 リエンとソラがうんうんと頷き合いながら言う。どうやら二人はそのポケモンを知ってるらしい。

 アルバに振ってみると、アルバは知らなさそうな態度だ。

 

「なんか感じ悪いぞ、秘密の共有は女子だけか」

「そうだそうだ!」

「アルバもこう言ってる、教えてくれよ」

 

 男二人の主張に、アイラは笑いながら「しょうがないなぁ」と言ってレベルボールからそのポケモンを出そうとした時だった。

 微かに、飛行機が揺れた気がした。

 

「ん?」

 

 その異変はユキナリたちも感じていたらしい。驚くほど静かに飛ぶジェット故に、ちょっとした振動でも分かりやすい。

 振動は不定期に、けれど確実に段階を踏んで徐々に大きくなっていく。

 

 ユキナリは思わず席を立ち、窓の外を見た。瞬間、彼は大きく飛び退った。

 答えは簡単だ、窓の外飛行機に並ぶように飛ぶ数多くの鳥ポケモンとそれに乗った灰色の装束の集団が、ユキナリが外を見た窓を一斉に攻撃してきたからだ。窓に幾つかの礫が突き刺さり、ガラスに薄くヒビが奔る。

 

「ハロルド、この窓は!」

「と、特殊な防弾ガラスでできている! ポケモンの技で言えば【リフレクター】とか【ひかりのかべ】みたいな、外敵からの攻撃を守る加工もしてある!」

 

 早口で捲し立てたハロルド。それを聞いて、一同が青ざめアルマとフライツが舌打ちをする。そしてシートベルトを外すといかにも高級そうな絨毯を勢いよく引っ剥がす。

 

「きゃああああああああああ!! なにをしてるんだキミィ! これがどれだけ高級な絨毯かわか──もがぁ!?」

「うるさい静かに! フライツ、パルシェンは!」

「いけます! パルシェン、絨毯を壁に縫い付けろ! 【つららばり】!」

 

 パルシェンが一気に氷の棘を発射し絨毯を壁に貼り付けたのと同時、窓が叩き割られる。飛行機の外と中の気圧差から生まれた突風が一瞬で機内を地獄に変えた。

 幸い間に合ったおかげもあり絨毯が吸引の阻害をし、誰も外に弾き出されなかったのは不幸中の幸いだった。

 

「バラル団の攻撃だ! 飛行機に取り付いてる!」

「この下からズンズン来る感じは、地上からも攻撃されてるってことか!」

 

 言ってからダイが窓から地上を確認しようとした時だった。まさに丁度、その窓が蹴破られ侵入してきた()がダイの腹部へ突き刺さった。

 

「ぐあっ……!?」

「この足は、"サワムラー"!」

 

 壁に激突したダイが激しく咳き込む。バネのように伸縮自在な足を持つ格闘ポケモンだ。

 それを見てハロルドがさらに甲高い悲鳴をあげる。

 

「馬鹿な! 【リフレクター】に【ひかりのかべ】、加えて【バリアー】だぞ! 一撃で叩き割れるわけが……はっ!?」

「【かわらわり】だ! あの野郎踵で防御障壁を全部叩き割りやがったんだ!」

 

 フライツが叫ぶ。既に気圧差で飛行機の中ではカウンターから落ちた高級そうな酒瓶が割れ、散らばり芳醇な香りが絶望に味付けをする。

 

「どうにか脱出しないと!」

「へっ、ドアでも開けるか? それこそ気圧差で全員外に放り出されるぜ!」

「じゃあこのまま飛行機と一緒に落とされるか!?」

 

 ダイとフライツが顔を突き合わせて口論している、まさに真っ只中。天井をなにかが突き破った。それは歯のついた巨大なハサミ。

 とてつもなく太いそれが淡い燐光を帯だし、フライツは舌打ちざまにダイを突き飛ばした。

 

 

 ガチンッ!! 

 

 

 派手な音を立ててハサミが両断したのは天井ではなく、機体そのもの。フライツとダイ、まさに二人が立っていた中間のラインをくわがたポケモンの"カイロス"が【ハサミギロチン】で難なく切断した。

 こうなればもう気圧差だの喚いている場合ではない。機体後方に取り残されたダイたち五人組は各々の手持ちをボールから開放する。

 

「脱出するぞ!」

 

 アルバがプテラを出し、その背に飛び乗る。リエンはひこうポケモンを持たないがアルバのジュナイパーは彼を掴んだままスカイバトルが出来るほどの膂力を持つ。

 アイラもフライゴンを呼び出すと一足先に飛行機を後にする。だがソラだけはまだ座席から立ち上がれずにいた。シートベルトが外れないのだ。

 

「ジュカイン、断ち切れ!」

 

 多少乱暴になろうと致し方ない。高級そうな座席ごとシートベルトを切断する。しかしチルタリスを呼び出している暇はない。

 ダイはソラを抱えあげて肩に担ぐとそのままシートを足場にして跳躍、猛吹雪の空へと躍り出た。

 

「捕まってろよソラ! ウォーグル、来い!」

「う、うん!」

 

 呼び出したウォーグルの背に飛び乗るとダイはふらつく足元の中、飛行機の先端部分目掛けてウォーグルを急がせた。

 しかし背後から迫ってくる灰色の集団とそれの駆るポケモンたちの追撃がウォーグルを襲う。炎から氷、ありとあらゆる攻撃を掻い潜りながら飛行するウォーグル。

 

「ソラ、迎撃頼めるか!」

「チルタリス、ムウマージ!」

 

 二匹のポケモンを呼び出すと同時、ソラのチョーカーに嵌っているキーストーンとチルタリスの持つメガストーンが激しい光を放つ。

 瞬間、メガシンカを遂げたメガチルタリスが勢いよく冷気を吸い込み、ムウマージは合わせるように【あやしいかぜ】を放つ。

 

 

「────吹き荒れて、【ハイパーボイス・テンペストーソ】!!」

 

 

 特性"フェアリースキン"によって放たれたメガチルタリスの【ハイパーボイス】に、ムウマージが【あやしいかぜ】の力を加える。

 かつてレニア復興祭で放った【音の究極技】、その派生型だ。【りんしょう】の効果は無いが、それでもメガチルタリスが放つ音の技が一介の下っ端が連れているポケモンならば一撃でノックアウトする。

 

「助かった! 突っ切れウォーグル!」

 

 前半分が不時着するまで、あと数秒もない。ダイは前半分の裂け目に向かってメタモンの入ったモンスターボールを放り投げる。

 ホールインワン、吸い込まれたモンスターボールからメタモンが飛び出しそのまま"プリン"に変身、急激に膨れ上がり浮力を上げる。不時着を防げなくともせめて着陸時の衝撃を減らすことが出来る。

 

「話が違ぁう!! 助けてくれぇぇぇ!」

「静かに……ッ! 口を開けていると舌を噛む!!」

 

 その時だ、パイロットを連れたユキナリがユキノオーと共に離脱。続くようにバルジーナに捕まったフライツが出てくる。

 だが喚きながら暴れるハロルドを連れてアルマが顔を出す。

 

 彼女の手持ちにはガブリアスがいる。こういった氷雪地帯が苦手なポケモンではあるが、四の五の言ってる場合ではない。

 とダイが思った瞬間、アルマはハロルドの首根っこを掴んだまま飛行機の壁を蹴っ飛ばしてそのまま離脱。雪原の上に身体を転がして無理やり衝撃を殺して一足先に着陸した。

 

 

「んな馬鹿な……!」

 

 

 ダイが空いた口が塞がらないというように言うが、アルマは慣れてるとでも言いたげに特に外傷もなさそうに制服についた雪を払うとナイフのような視線を足元に向ける。

 あれだけ無理矢理付き合わされたというのにハロルドは奇跡的に無傷だった。おんおん声を上げて泣きながらアルマを拝み倒してるが、アルマはそれを軽く無視。

 

「散らばっていてはやられる! まずは集まって!」

「は、はい!」

 

 アルマを旗印として全員が彼女の元へと集まる。近くで見ればみるほど怪我一つ無く、ダイはまたしても身近に人外を見つけた気分になった。

 全員が背中を預け合うように集まるが、空の部隊と地上からの砲撃部隊が一気に集まる。

 

「相変わらず手厚い歓迎だぜ」

 

 ダイがぼそりと呟く。バラル団も氷雪地帯に対応した装備ではあるものの、その顔には見覚えがあった。

 

「よぉオレンジ色! こないだはオレたちの仲間が世話ンなったなァ!」

「刑務所、まだ空きがあるらしいぜ。それこそネイヴュはお前ら悪党にとっちゃ聖地みたいなもんだろ」

「言いやがる、ジョークもイケるな!」

 

 バラル団、イズロード隊強襲部隊班長。

 素早さを心情とするスピードホリック、"猛追のジン"が獰猛な笑みを浮かべてそこにいた。

 

「散開ィ!!」

 

 瞬間、まるでニンジャのように素早い動きでバラル団の構成員が周囲を高速で動き回りながらポケモンを開放する。

 それに従い、ダイたちも手持ちのポケモンを呼び出す。

 

 しかし密集して、かつ周囲を取り囲まれてる以上は大柄なポケモンを出すわけにはいかない。

 ダイはゾロアを呼び出し、アルバとアルマはブースターを。それ以外は防御を固めるためのポケモンを呼び出す。リエンのミロカロスがドーム状に【しんぴのまもり】を展開する。

 

「【かえんほうしゃ】!」「【ニトロチャージ】!」

「【バークアウト】!」

 

 敵陣に向かって火炎やそれを纏った突進を放つブースターコンビと、相手を恐慌させる雄叫びを上げるゾロア。

 しかしバラル団のしたっぱが繰り出したポケモンにはどうやら効いていないようだった。

 

「くそっ、視界が悪すぎて攻撃が当たらない!」

「どうやら僕たちが今日ネイヴュに戻るという情報がどこからか漏れていたらしい。でなければここまで完璧な待ち伏せは出来ないだろう」

Exactly(その通りィ)! バレバレだったぜ、ワースのおっさんのタレコミ通りな!」

 

 ジンの声が前後左右から響く。前で喋ってると思えばいつの間にか後ろに回られている。

 

「ツチニン! 【きゅうけつ】の術!」

「【こおりのつぶて】連弾!」

 

 直後、吹雪の中から飛び出してきたツチニンがゾロアに噛みつき、吸血攻撃を行う。ゾロアが悲鳴を上げた頃には既にツチニンは吹雪の中へ消えていった。

 さらに雪のベールの奥から硬い【こおりのつぶて】が飛散し、全員が身を屈めた。

 

「こっ、降参するっ! これ以上攻撃するのはやめろぉ! 私を誰だと思ってふぎゃあ!!」

「勝手に降参しない!!」

 

 アイラが弱腰のハロルドを叱咤し、立ち上がる。周囲を取り囲む吹雪と正体不明のポケモンによるヒットアンドアウェイ。

 確かに、ここで自分たちを迎撃するつもりだったならこれ以上無い奇襲だ。

 

「だけど敢えて言うわ、()()()()!」

 

「なにっ!?」

 

 アイラが不敵に笑み、取り出したのは二つのレベルボール。

 それは正体が最後まで分からなかった、アイラの新しい手持ちのポケモン。

 

「アイ、そのニ匹でこの状況を切り抜けられるのか!?」

「無論よ、この子たちがあたしの────」

 

 二匹のポケモンがボールから解き放たれる。それはアイラの頭上で激しい光となって周囲を優しく、見るものによっては棘々しい光を放った。

 

 

「新たな勝利の一番星! ツボツボ、"ビクティニ"!!」

 

 

 空に突き出したVサイン、背中にツボツボを背負った幻のしょうりポケモンのビクティニが降臨する。

 

「──さぁ、反撃開始よ!!」

 

 

 






技紹介


ハイパーボイス・テンペストーソ


威力120

フェアリーとゴーストタイプを併せ持つハイパーボイス。
使用ポケモンがフェアリースキンとフェアリータイプ、ゴーストタイプであるので実際は数値以上の破壊力がある。


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