ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSプテラ お金持ちと考古学

 レニア復興祭からおおよそ一週間と二日が経過したある日。

 各々がこの一ヶ月の強化合宿の集大成を済ませラジエスシティに再集合することになった。

 

 と言っても今日、アルバとリエンはリザイナシティに向かっている。リエンはディーノからもらったヒレのカセキの復元に、アルバは同じく博物館にコハクについて聞きに行くと言っていた。

 だからとて残ったダイ、ソラ、アイラの三人にやることが無いかと言われれば否である。むしろ、ソラがいなければ始まらないことがある。

 

 三人はタクシーを乗り継いで、西区にある商業エリアへ来ていた。というのも今日はネイヴュシティという一年中雪に覆われた街へ行くに辺り、今の装備では凍死しかねないとの出身者(ソラ)の言により、服を選びに来たのだ。

 心無しかウキウキしているアイラを尻目にダイは大きな溜息を吐いた。

 

「しかしまぁ、ネイヴュまでお前も着いてくるとは……」

「なによ、何か文句でも?」

「一つある、リエンもソラも静かな方だけどお前一人で三人分煩い。姦しいって文字を一人で体現すんなよな。それに女子が三人、意見が割れた時の決定権がそっちに寄りがちになる。次に保護者属性が被ってんだよな、もちろん俺の仕事が減るのはまぁ良いとしてお前にオカン気質があって仕切られ安くなると俺の背骨があり得ない方向に曲がり始めていでででででで!?」

「一つって言っておきながらアンタ三つ言ったわよねェ! 恨みでもあんの!?」

「そっくりそのままお返しすんぞ! 街中でキャメルクラッチ決めるやつがあるか!!」

 

 うつ伏せの相手に馬乗りになって首を掴み思い切り逸らさせる必殺技をサザンカの元で一ヶ月修行を行ったアイラが手加減抜きで行えばダイの身体は本来曲がらない方向に二つ折りになるだろう。

 嫌な状況証拠から手加減してくれていることを悟り、なお深い溜息を吐くダイ。

 

 そんな二人の様子をソラが近場で買ったドリンクをストローで吸い上げながら見守っていた。

 

「二人共、仲良いね」

「「長いこと一緒にいるだけだよ」」

「そういうところ」

 

 ダイとアイラがやや頬を赤くしながら「ふん!」とそっぽを向き合う。それを見てソラは少しだけ口元を緩めた。

 そうこうしているうちにラジエス一大きなデパート、それもアパレルに明るいブティックメインのデパートへ到着した。

 

「そういや、季節外れの冬服って置いてあるもんなのか?」

 

 ふと気になってダイが尋ねてみた。するとソラとアイラは顔を見合わせて、今度はアイラが大きな溜息を吐くようになった。

 

「アンタねぇ、夏服のセールってなんでやってるかわかる?」

「夏の間に着てほしいからだろ?」

「ハズレ、夏が終わるまでに在庫を捌いちゃいたいからに決まってるでしょ。そうすればもう秋服、早いところは冬服だって並べるものよ。ファッションは先を読む業界なのよ、全く男はこれだから」

「男はこれだからー」

 

 今からでもリザイナにあるカイドウのラボに向かおうかな、と考え出すダイを置き去りにソラとアイラは服の山の中に飛び込んでいった。

 ダイはそう言いながらライブキャスターに変わり新調したスマホロトムからカイドウへと連絡を飛ばした。

 

「あ、もしもし? 俺だけど」

『俺、という知人はいない。人違いだ、切るぞ』

「だーそういうのいいから! ダイだよ! というか画面に連絡先出てるだろ分かってるだろ!」

 

 捲し立てると向こう側から溜息が聞こえてくる。今日は溜息の多い日だな、と思いながらも口には出さない。幸せが逃げていくような気がしたからだ。

 

『それで、調子はどうだ。二日連続でキセキシンカで肉体を酷使した、と聞いたが』

「耳が早ぇな、そうだよ。それもあって連絡したんだ。データはいるだろ?」

 

 それからダイは服を手にとってはお互いに重ねてはしゃぐソラとアイラをベンチで見守りながら、スマホロトムにバイタルを測ってもらっていた。

 ライブキャスターも十分高性能だったが、逐一ダイのデータを取るためにリザイナシティに行き来するのは時間的消費が激しいということで急遽用意してもらったのがこの最新型のスマホロトムなのだ。

 スマートフォンの中にいるロトムがダイをスキャンすることで心拍から血圧までありとあらゆる測定が可能という今まさに欲しかった機能が搭載されている。

 

『特に異常はないな、強いて言うなら知能が少し足りなくなってる、どこに落としてきた』

「お前は俺に対する優しさを落としてるぞ」

『あると思っていたのか? 悪いが品切れだな』

「買ってこいよぉ! どこにも売ってねえけど!」

 

 電話に向かってダイが叫ぶと自分が怒られたと勘違いしたロトムのアンテナがションボリと萎れてしまった。

 特にそれ以外要件も無かったのでダイはスマホロトムの画面に手を伸ばし通話を切ろうとする。

 

『聞いたぞ、ネイヴュへ向かいたいとユキナリ警部に掛け合ったらしいな』

「あぁ、でも────()()()()

 

 そう、ダイたちは次のバラル団の()()()()()()としてネイヴュシティを挙げ、増援を買って出る形で進言したのだが、ユキナリ含む彼の部下たちに断られてしまったのだ。

 

 

『君たちの申し出は嬉しいけど、ネイヴュは今関係者以外の通行を制限しているところがあるから歓迎は難しいかもしれないんだ』

『仮にバラル団が来るとしてもPGネイヴュ支部(ウチ)のシマで好き勝手はやらせないから』

『ガキに現場をウロウロされたらたまったもんじゃないからな、お断りだ』

 

 ちなみに上からユキナリ、アルマ、フライツの順番だ。フライツに至ってはもう最初から喧嘩腰だ。VANGUARD結成式のいざこざ以来ダイに対して並々ならぬ敵意、とまでは言わないがとにかく関わり合いを避けたがっているような節がある。ダイとしてもあの時切った啖呵に嘘偽りは無いしあれからいろんな出来事があった、気持ちに変化がないと言えば嘘になるがそれでもまだ両者が分かり合うには時間が必要だった。

 

 尤も、その時間を共にすることを両者が良しとしていないのがこの問題の複雑なところだが。

 

『そろそろいいか、昼食を摂り損ねる。フーディンに使いを任せるわけにもいかん』

「いつものパシリはどうしたよ」

『ドルクのことか、今日はいない。それとパシリじゃない、都合の良い小間使というんだ』

「お前にパシリを辞書で引いてみんのを勧めるよ」

『問題ない、全て頭に入っている。切るぞ』

 

 可哀想なドルク氏に黙祷。最初にパシリ呼ばわりしたのはダイだが、ダイがカイドウの研究所を訪ねる時決まって玄関で迎えに来てくれるのも検査に必要な機材の準備を手伝ってくれるのも彼だ。なんだかんだ言いながらもカイドウの手伝いをしているところが甲斐甲斐しいというか。

 

 通話を終えるとスマホロトムを労う。すると特性"ふゆう"を活かした動きで自動でダイの胸ポケットへと収まる。

 

「さて、どうしたもんかな……」

 

 服選びのことではない。ファッションリーダーが二人もいるのだ、自分など口を挟む間もなく自分に合う服を選んでくれるだろうと信頼していたからだ。

 ダイが呟いたのはどうやってネイヴュに入り込むかだった。一番現実的なのはアストンやアシュリーなどの、自分の腕を買ってくれているPGの上層部の人間の推薦をもらうことだ。

 

 しかし彼らは二人共ハイパーボールクラスで、どういうわけか現場に出てくることが多い。裏を返せばPG本部があるペガスシティに行っても会えるかどうかは運次第だった。

 今のうちにアポイントメントの電話を入れておくべきか迷った。それはそれで、ネイヴュ組に拒否されたから本部組の手を借りたという、なんだか屁理屈を感じてしまうからだ。

 

「っていうか、あれ……? アイ、ソラ?」

 

 気がつくと、目の前で服を選び合っていた二人がいなくなっていることに気付いた。ここ最近、目を離すとろくなことが起こらないというジンクスがあるため湧き上がってきた嫌な予感を押し込めながら、ダイはベンチから腰を上げて二人を探してデパート内を駆け回るのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、アルバとリエンはリザイナシティにある化石博物館兼研究所を訪れていた。

 アルバとしてもこのハイテクな街に来るのは久しぶりで、リエンにとっては初めての研究都市、ワクワクしないわけがなかった。

 

 しかしながら観光ではないのが寂しいところ、目的を済ませたら比較的速やかにラジエスシティへ戻る必要がある。

 玄関の自動ドアを潜り抜けると、自動で動くボックス状のロボットが液晶に笑顔を浮かべながら言った。

 

『ようこそいらっしゃいました、ラフエル考古学研究機関"MUSEUM"へようこそ! さぁ、共に太古の記憶へと思いを馳せましょう!』

 

 受け取った名刺を確認し、二人が頷き合う。住所と名刺の裏にあるマップと研究所の外観がぴったり合致していたからだ。

 

「所長のディーノさんをお願いできる?」

『……考古学に興味があるわけではないんですね、ションボリです』

 

 緑色だった液晶画面が青色に、笑顔が涙を浮かべた顔に変わりボックスロボットがガックリと肩を落とす。もちろん肩に該当する部分などは無いので、表現だが。

 

「そうじゃないよ、私達カセキの復元に来たんだ。つまりこれって、考古学に興味があるって言えないかな?」

 

 リエンが身を屈めて、子供を諭すように言う。すると今度はオレンジ色になったロボットが上機嫌に『こちらへどうぞ!』とスキップでもするかのように軽快に二人を案内していく。

 博物館を抜け、奥にある別棟へ入ると今度は白衣姿の人間が一気に溢れかえった。

 

『館長! いや所長? とにかく、お客様がいらっしゃいました!』

 

 認証型のスライドドアを開けてロボットがそういうと、不思議なゴーグルをつけていた男がそれを持ち上げて入り口を見やり二人の存在を確認すると破顔して手を振った。

 

「やぁ、早速来たね! 要件は言わなくても分かってるよ、既にワクワクしているって顔だ」

 

 研究所の所長──ディーノは二人を部屋に招き入れ、他のスタッフに合図する。リエンが白衣の人間にヒレのカセキを預けるとそれをマシンにセット。

 機械が特殊な光を照射し、照準をカセキに合わせる。

 

「あれはね、生命エネルギーだよ。植物が太陽の光を必要とするように、カセキは生物として再生するための命のガソリンが必要なんだ。あのエネルギーの主成分がどこから来ているかは、企業秘密だがね」

 

 茶目っ気を出し、ウィンクしてみせるディーノ。リエンはカセキに光が集まっていくのを近寄って眺め始めた。アルバはちょうどいいとばかりにポケットからコハクを取り出した。

 

「ディーノさん、これなんですが……」

「電話で話してくれた件だね? どれどれ……確かにこれはリエンくんが言っていた通りに、太古のコハクだ。そしてね、これが重要なんだが……」

 

 ずいっとディーノはアルバに顔を寄せて神妙な顔をして言う。アルバは緊張から思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「このコハクもまた、ポケモンの遺伝子を宿している可能性が非常に高いッ! 一週間前、君たちが先んじて送ってくれた隕石の欠片のようにね!」

 

 そう、アイラがワースから渡されたDNAポケモン"デオキシス"の遺伝子が宿っているはずの隕石は復興祭翌日にリザイナに戻る予定だったVANGUARDメンバーを通して検査と研究を依頼してあったのだ。

 今日アルバとリエンがここに来たのにはそれの確認も含まれている。

 

 しかしディーノはカセキ復元マシンの奥、さらに奥の研究室でエネルギー照射を受けている隕石の欠片を確認する。

 その反応だけでデオキシスの方は芳しくないということが伝わってきた。

 

「バラル団も隕石を探していたってことは、宇宙からきたポケモンにも目をつけてるんですね……」

「そうなるな……だが、この通りカセキを復元するのとは訳が違う。デオキシスはカセキポケモンではないからね、必要としてるエネルギーがきっと違うんだろう」

 

 もちろん研究は続けるが、と言葉尻が重たいディーノにアルバはお願いしますと頭を下げる。

 ディーノもまた落ち込んでばかりではいられない、アルバの持つコハクをもう一つの復元機に入れて作業を開始した。

 

「さぁ、このコハクを元に戻してみよう、きっと面白いことになるよ!」

 

 心機一転、ワクワクが隠せないとばかりにディーノがコハクにエネルギーを照射した瞬間だった。

 

 

 ──コハクがひび割れ、中にあった塵ほどの物体がみるみるうちに大きくなり、やがてコハクを上回る大きさになり、そして。

 

 

「クゥェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 

 復元機を破壊しながら、中から灰色の翼を持った太古のポケモンが飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「富は良い。おおよそ時間以外、全ての物が手に入る。いや、私から言わせれば時間すら金で買える」

 

 そう語る男は、時代が時代ならば惚れ惚れする恰幅の良さに、人間の肌の色はいつの間に金色という概念に塗り潰されたのか、と錯覚してしまうほどにゴールドリングが嵌められた両の手の指。

 着ているジャケットも艷やかな輝きが上物であることを周囲に知らしめている。極めつけは鼻と唇の間にある整えられた厭らしいヒゲだ。

 

「あっ……"ハロルド"オーナー! ご苦労さまです!」

「うむ、良い挨拶だ。私が誰なのか弁えているところも好印象。だが……」

 

 金色の男──ハロルドは薄めで声を掛けてきたスタッフの男を値踏みするように見つめ、腕を組み慇懃とは程遠い言葉を吐く。

 

「制服を着崩しているところ、髪色が派手なところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は好ましくない。胡麻を擂るのは得意なようだな、キミ」

 

 絶句した。注意を受けたスタッフも周囲の客もだ。彼を視界に入れた全ての人間がそうしただろう。

 あまりにも独裁的だ、一番権力を持つオーナーだからとて言葉で人を嬲るのが許されているわけではない。

 

「だが、私は懐が深い。今朝、テレビでコスモスさんの特集をやっていてな、特別気分が良い。だが次はないぞ、精進したまえ」

「は、はい! 申し訳有りませんでしたっ!」

 

 そう言いながらハロルドは胸ポケットから取り出した数万ポケドル──彼にとっては小遣いにもならない額だが──をスタッフの胸ポケットにぐしゃぐしゃに押し込めて肩を叩く。

 ホッと胸を撫で下ろすスタッフを尻目に、ハロルドは小さく呟いた。

 

「そう、誰もが金の魔力には抗えない。金こそ全てだ、人の好意すら買える時代だ、あぁ素晴らしい金バンザイ……」

 

 クカカ、と成金丸出しの笑いを浮かべながら、自らの城の一つであるデパートを練り歩いていく。

 自分を知るものには報奨と小言を、知らぬものには侮蔑とやっぱり小言を垂らしていた時だった。

 

 

「防寒対策ったってスカートは外せないわ、特にソラはショーパンスタイルだしここらでスタイルチェンジよ」

「そうなのかな、よくわからない」

 

 

 女の子が二人、ブティックで両手いっぱいに服を抱えているではないか。片方の女の子は活発そうなイメージを覚え、ハロルドの好みかと言われるとそうではない。

 しかし問題はもう一人の方だ。服装自体はパンキッシュでハロルドが忌避するタイプの女だが、雰囲気がもろに好みだった。

 

 それこそ彼が周囲に好きだと公言してやまないコスモスと同じ波長を感じた。

 ここらで一発遊んでいこうか、そう思って近寄った時だ。ハロルドはどこかで見たことある少女だな、と歩を止めた。

 

「あっ、レニアのライブの……!」

 

 そして思い出す、実は出資していたレニア復興祭のライブステージで飛び入り参加した、あの少女だと気づく。

 ハロルドは我ながら持っていると自負した。それはそうだろう、テレビで見かけて以来ほんのちょっぴり気になっていた娘がこうして目の前に、さらに言うなら()()()距離にいるのだから。

 

「ウォッホン、お嬢さんたち。楽しんでおられますかな?」

 

 陽気な親父を全面に出し、茶目っ気とばかりにヒゲをピンと跳ねさせてハロルドが声を掛ける。

 それに対し二人、アイラとソラは突然現れた中年の男を訝しみながら首肯する。

 

「結構! 私はハロルド、このデパートのオーナーだ。今日は査察に来ていてね、こんな可憐なお嬢さんたちに会えるとは私は神に愛されているようだ、ホホホ」

「はぁ、どうも……」

「こんにちは」

「会えて光栄だ、ソラ・コングラツィアさん。先日のコンサート、素晴らしかったよ。今まで数々のコンサートに投資してきたが、あれほど心が洗われるような歌は初めてだった」

 

 もちろん方便だ。このハロルドという男、出費は惜しまないがそれはそれとして減額出来そうなものなら値切るスタンスである。

 そんな心の音を聞き取ったのだろう、ソラは少し怯えたようにアイラの後ろに隠れた。しかしハロルドはそれを照れ隠しと受け取ってしまった。

 

「見たところ、お洋服を買いに来たのだね? よろしい、会計は私が持とう! 遠慮することはない、ソラさんの可憐さに免じるとしよう!」

 

 免じるという言葉の使い所が違う、と突っ込みたいところであったがアイラも世渡り上手でこの男を乗せておけば大幅な出費削減になると口を噤んだ。

 ソラとアイラが抱えていた服をすぐさまカウンターに持っていき、煌々と輝くカードによって一括で支払いを済ませてしまうハロルド。

 

「さて、これで支払いは済んだ。それで代わりと言ってはなんだがね、これから一緒に昼食などどうだろう。一流のリストランテを知っていてね。移動が面倒とあらばリムジンを用意しよう、如何かね?」

 

 早速恩を着せに来た。こればっかりは断らなければならないだろうとアイラが一歩前に出た時だった。

 

「なんだよ、姿が見えないと思ったらもう会計済ませてたのか。店ん中一周しちゃったぞ」

 

 二人を探して走ってきたダイが二人の肩越しにハロルドと対面する。ハロルドはというと、眉をひくつかせて露骨に不機嫌を顔に出した。

 

「キミは何者だね。ああもちろん私は名乗らないよ、私のことを知っていない方がこの街では異常なのだからね」

「……なんかすごいキツめのおじさんだな、俺はダイ。一応、VANGUARDのメンバーだ。ほら、バッジもある」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、ダイは襟元にあるVANGUARDのバッジを見せる。こうすることで一応公的機関にパイプがある人間であるという牽制をしたのだ。

 ハロルドの不機嫌メーターがさらに跳ね上がった。例えるなら今既に法定速度の車などぶっちぎってしまうだろう。それくらいに怒り心頭だ。

 

「ふん、国家の犬のさらに使い走りか。どうせ入試でギリギリ受かって、そのバッジを見せびらかし威張っているだけだろう」

「それはどうかな。俺はこう見えてもあのアシュリーさんから推薦を貰って所属させてもらってる身だぜ」

 

 煽りにも負けじとダイはさらにアシュリーとのパイプを見せびらかす。するとどうだ、ハロルドの額から一筋の汗が流れ落ちたではないか。

 

「あ、アシュリーさん……あの、アシュリー・ホプキンス警視正のことか……!? 貴様のようなガキが彼女とどうやって知り合ったというのだ……クッ!」

「……あー、それは言えない。なかなか情熱的な夜だったもんで」

 

 出会いは誤解からの逮捕だったなんて言ったら相手につけあがる隙を与えるだけだ。対人との立ち回りが上手いダイは自分の弱点を曝さない。

 

「アーマルドさん、レストランじゃなくていい。このデパートで何か食べられる場所があればそこでいい」

「ハロルドです、覚えて帰ってほしいなソラさん」

「あ、飯? なんだ、ご馳走になっていいのかポラロイドさん」

「ハロルドだ! 貴様を招待したつもりはない! 私はソラさんをご飯に誘っているのであって──」

「ふーん、じゃあ私はソラのおまけなんだ。優しい人だと思ってたんだけどな~、ハロ……ゴロンダさん」

「貴様わざとか! わざとだろう、誰があくタイプだ! かくとうタイプはまぁ合ってるとして、誰が悪だ!」

 

 ツッコミながら、ハロルドは慣れないファイティングポーズを取る。しかし反射的にアイラが取った戦闘態勢から並々ならぬ殺意に似た何かを感じ取ったのか、すぐさま緩んだネクタイを正して仕切り直す。サザンカのところで身につけた身のこなしが実際に役に立つ日が来るとは、人生とはわからないものである。知らず識らず、命拾いしたハロルドであった。

 

「ここの一階に、ファストフード店がある……! 私はファストフード店などという低俗なものは利用しないが、そこのスタッフに伝えておこう! ソラさんの注文だけ! 彼女の注文だけ私が持つと!」

「「ちぇ~、ケチ~」」

「ええい黙れぃ小童共が! ……オホン、それではソラさん。今度はキミを一流のシェフが集う店に招待させてもらうよ。それでは失敬……あばよ小僧!」

 

 それだけ言い残して、ハロルドは去っていってしまった。今度会ったらただじゃおかん、など小言をぶつぶつ呟きながら大股で去っていく。

 なんだかんだ言いながら、服代も全部払ってもらったしソラに関してはこの後のご飯の料金も浮いた。

 するとダイは意地悪く大きな電球を頭の上に浮かべた。まさに彼こそあくタイプ、さしずめ【わるだくみ】であった。

 

「なぁ、ソラ。お前、結構腹減ってるよな?」

「……? そこまで減ってるわけじゃないけど、どうして」

「いや、もうお腹ペコペコで今なら幾らでもハンバーガーが食べられるはずだ。例えば、ソラ一人で()()()()()()()()()()食べられるくらいにはお腹空いてるだろ」

 

 ソラが首を傾げる中、ダイの思惑が理解できたアイラだけは同じく悪い顔をしていた。

 昼食代まで浮いた、と上機嫌のダイとアイラの背を置いながらソラはハロルドが去った方を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「クエ──────ッ!」

 

 ドカン、ボコン。翼竜が暴れ、機材が壊れ、その音がまるで重奏するかのように鳴り響く。

 MUSEUMと隣接する研究所の天井をぶち破って外へ飛び出した翼竜──"プテラ"を追いかけアルバとリエン、ディーノの三人が同じく屋外へ出る。

 

「まだ飛び方が覚束ないようだ」

 

 ディーノが言う、それを肯定するのはリエンだ。ここ一ヶ月、チャンピオンの駆るプテラを相手取って戦闘経験を積んでいたのだからその動きの差は図鑑を見るまでもなく分かった。

 リエンの腕にはぷるぷると震えながらプテラを見上げるアマルスがいた。復元したてだからか、図鑑で登録されている平均的な重さよりも幾らか軽い。

 

「カセキポケモンは、あれが本当の姿ではないんだ。我々が幾ら技術的に進歩しようと、"こういう姿をしていたはずだ"という予測を元に、ポケモンの姿を決めつけている。彼は、プテラは太古の自分とは違う自身の姿にきっと混乱しているに違いない」

 

 バタバタと必死に翼を動かし、空へと足掻く姿を見てディーノもリエンも口を噤んだ。しかしアルバだけは違った。

 彼の目は生き生きと輝きを増していた。プテラは毛を持つポケモンではない、従って彼の愛する"もふもふ"を持つポケモンでないどころか岩肌のようにゴツゴツした外皮を持つ。

 

 であるにも関わらず、アルバの好奇心は抑えられそうになかった。ベルトからモンスターボールを取り出し、中からジュナイパーを呼び出す。

 

「アルバ?」

「僕、行ってくる! あの子と戦ってみたいんだ!」

 

 言うが早いか、ジュナイパーはアルバの肩を掴んで一気に飛翔しプテラを追いかけた。それを見てリエンは呆れたような、それでこそアルバだと安堵したかのような、両方が混じった溜息を吐いた。

 飛び出す背中を見て、ディーノもまたモンスターボールを取り出す。しかし好奇心をエンジンに空を翔る姿にすぐさまそれを収めた。

 

「キミすごいな! 目覚めたてなのに、もうそんなに速く飛べるんだ!」

 

 感心したかのようにアルバが発話した瞬間、プテラの甲高い叫びが大地から古の力を呼び起こした。この地球という器に太古から刻まれたエネルギーが今、プテラによって引っ張り出されそれが明確な形と敵意を以てアルバとジュナイパーへ襲いかかる。

 

「【げんしのちから】か! ジュナイパー、距離を取って!」

 

 太古の力が岩石や炎、水、自然を司る形でそれぞれ襲いかかってくる。ジュナイパーはアルバを掴んだままでもそれらをひらりと躱すことが出来た、しかし当たりどころを失ったエネルギーがMUSEUMの建物に降りかかる。

 

「【ミラーコート】」

 

 瞬間、建物自体が不思議な光に包まれ太古の力をそのまま跳ね返す。リエンが呼び出したミロカロスだ、MUSEUM全体が特殊技に対する障壁と同じ効果を得たのだ。

 

「こっちは任せていいから、落ちないようにしなよ」

「これほど大きな建物を一瞬で保護障壁で包み込むとは……大したものだ」

「結構、練習したので」

 

 感嘆するディーノにリエンが薄く笑んだ。大したもの、と言われるだけありその効果には眼を見張るものがあった。

 建物をドーム状の障壁で包んで防御することは簡単だ。しかしそれは余りにもポケモンの負担が大きい、守らなければならない部分が多くなるからだ。

 

 リエンが行ったのは建物の面の部分に【ミラーコート】を()()()()()ようにして建物の壁そのものを防御壁とする手法だ。これならば防御に特化したリエンのミロカロスならば一瞬で構築するのは造作もない。

 跳ね返ったエネルギーは指向性を持ってプテラへと返っていく。アルバが褒めたスピードで回避するにも限度があり、幾つかの【げんしのちから】がプテラを直撃する。

 

「動きが止まった、【リーフブレード】!」

 

 翼から連なる木の葉を連結した新緑の蛇腹剣(えんかく型リーフブレード)が撓り、プテラの身体を切り裂く。ひこうタイプを併せ持つため、効果抜群とはならないがプテラはいわタイプポケモンの中では防御値が平均を下回るほど。鍛えられたアルバのジュナイパーの攻撃は決定打を与えるのに十分だった。

 

「アルバくん、そのまま落下した先で暴れる可能性がある! ゆえに──」

「ですよね! ポケモンセンターに落ちたりしたら大変だ! だから──」

 

 

 

捕獲(ゲット)したまえ!」  「捕獲(ゲット)します!」

 

 

 

 アルバはユオンシティで購入していたモンスターボールに稲妻のマークが描かれたボールを取り出す。

 ボール職人がぼんぐりから作り出す特別なボール、その名もスピードボール。素早さの高いポケモンに対し強いキャプチャー性を誇るボールだ。

 

「ジュナイパー、頼んだよ!」

 

 狩人は寡黙に、しかし確実な首肯を以て承る。構えた矢の先に取り付けたスピードボールが自由落下中のプテラに狙いを定める。

 引き絞られた弦は、絶対に獲物を逃さない。

 

「スピードボール、射出(シュート)!」

 

 ピュッ、小さな風切り音を置き去りにして放たれたスピードボールはキャプチャーネットを放出し、プテラを逃さない。

 地面へと落下したボールは僅かに揺れ、捕獲完了のクリック音を小さく響かせた。

 

「よし!」

 

 アルバはジュナイパーからリリースされ、そのままコンクリートの上で受け身を取る。見る人が見ればちょっとした悲鳴が上がる光景であったが、リエンもディーノも特に何も思わない。

 サザンカ塾とはそういう場所であったから。

 

「今手当するからね」

 

 早速ボールから出されたプテラにキズぐすりを吹き付けるアルバ。腹部と翼に刻まれた切り傷がみるみるうちに回復していく。

 リエンがポケットから取り出した木の実をアルバへ投げつける。受け取ったオボンの実をアルバがプテラへと差し出す。最初こそジッとアルバを睨むようにしていたプテラだったが、アルバがひとかじりすると倣うようにシャクシャク音を立てて咀嚼する。

 

「見事な捕獲劇だった。良いジュナイパーだ」

「空中だとボールのコントロールが効かないので、信じました。彼ならきっと当ててくれるって」

 

 アルバがスピードボールをディーノへと手渡す。が、それをディーノはアルバへと返した。

 

「当館はカセキ以外の寄贈は原則出来ないことになっていてね。そのプテラはキミが連れて行くといい。鍛えればきっと良いスピーダーに育つはずだ」

 

 ディーノの提案を受け、アルバはスピードボールを改めてプテラの前に差し出す。青い燐光は一度ボールから解放され野生に戻った証。

 つまり今のプテラに、トレーナーはおらず命令に強制力は発動しない。リエンのくれたオボンの実によって幾らか気性が大人しくなったとはいえ、相手は古代から蘇った大きなポケモンだ。

 

「僕と一緒に、最強を目指さない?」

 

「ジュナイパーとデンリュウもそうやってスカウトしたんだ……」

 

 言葉少なに、プテラへ要求するアルバを見てリエンは苦笑いを浮かべた。だけどこれ以上ないくらいアルバらしくて納得だった。

 そして幸いプテラもそれを断ることなく、鼻先で再びスピードボールのボタンをカチリと押し込んでボールの中へと収まった。

 

「改めて、プテラゲットだ!」

 

 スピードボールを掲げるアルバにリエンとディーノ、二人のオーディエンスが拍手を送る。

 アルバが改めて手持ちのポケモンと顔合わせをさせようとボールからルカリオたちを呼び出した瞬間だった。勝手にプテラがボールから飛び出したかと思うとその両足でアルバの肩を掴み、

 

 

「うおわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 ──そのまま一気に飛翔した。まるでさっきまでジュナイパーがそうしていたように、アルバを連れて空へ上がるプテラ。

 

「ハハッ、あのプテラ相当負けず嫌いのようだな。ジュナイパーに対して、負けてないぞと言っているようだ」

 

 ディーノの言葉を聞いたジュナイパーは「くだらない」と言った風にそっぽを向いているが、その実チラチラとプテラの方を眺めていた。どうやら新入りに露骨に挑発されたのが気に食わないらしい。

 やがてリエンに背中を押されたジュナイパーがアルバを奪還するべく空へ上がった。

 

「速い~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 だがプテラは復元したてとは思えない膂力でアルバを掴んだまま力いっぱい翼を動かし縦横無尽に空を翔け回る。

 ダイのウォーグルに匹敵するほどのパワーと、それを凌駕するスピードは凄まじくアルバは開いた口が風圧で物理的に閉じないという体験を初めてすることとなった。

 

「さて、あちらはあちらとして……アマルスは大丈夫そうかい?」

「プテラが暴れた時にちょっとガラスで怪我したみたいですけど、キズぐすりは常備してあるのでもうすっかり元気です、ね」

 

 リエンがアマルスを地面へと下ろし、長い首を指先で擽るとアマルスは気持ちよさそうに目を細める。

 

「きゅーん」

 

 小さく、嘶くようにアマルスが鳴いた時だ。小さな雲がリエンの上に出来たと思えば、それから雪がこんこんと降り出す。

 当然周囲の気温が高いため、すぐに溶けてしまうもののそれが特性であると見抜いたリエンはポケモン図鑑を取り出してアマルスをスキャンする。

 

「"ゆきふらし"か、珍しいこともあるものだ。当館で復元したアマルスはみな、天候を操る力を持っていなかったからね。これも"フローゼス・オーシャン"から見つかった個体だから、ということなのかな」

「そんなに珍しいなら──」

「寄贈、は無しだよ。まったく、キミたちはどうしてそう遠慮がちなんだい? もう少し子供のようにがめつくったって私は気にしないよ」

 

 苦笑いしながらディーノはアマルスを見やる。リエンが先程呼び出したミロカロスとも既に話をしているようであった。

 言語こそ理解できないが、二匹の温和な表情は「これからよろしく」という意思を感じ取るには十分だ。

 

「もう既にキミに懐いているようだ。どう育てるかはキミ次第だが、成長した彼女に会えることを楽しみにしているよ」

「……じゃあ、一緒に行こうかアマルス」

「きゅん!」

 

 プテラと同じように、アマルスも空のモンスターボールに自分から収まり、リエンの手持ちに加わることとなった。

 新たな仲間が手持ちに加わる瞬間は、いつでもワクワクする。自分の知らない未知に出会ったのなら、尚の事。

 

 出会いというものは、往々にしてそういうものだろう。

 

 




ラフオク式ハロルドさんイジり

イジられてこそいるけど成金で女の子好きでそれなりに嫌なおじさん。
いよいよポケダイでも彼を扱うときが来たな、料理しがいがあるなぁと今からワクワク。


カセキポケモンの、「大昔とは違う姿をしている」という描写はカセキメラから着想。



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