ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSトリデプス 石と宝珠

 

「【グロウパンチ】!」

「【10まんばりき】!」

 

 一方、街の中でボスゴドラと対峙を強いられていた三人であったが予想以上の抵抗に手を拱いてた。

 というのも戦闘を初めて間もなく、ボスゴドラがメガシンカを行ったのだ。ということは近くにトレーナーがいる、とソラが進言し彼女は今周囲の索敵にあたり耳を澄ませている。

 

 アルバとリエンの二人が攻勢に出ているが、メガボスゴドラの圧倒的な防御を崩せずにいた。

 厄介なのはその特性にあった。"フィルター"と呼ばれる防御層だ、これによってルカリオとラグラージが得意とし、ボスゴドラが弱点とする攻撃のダメージを大幅に減らす。

 

「くっ、まだ抜けないのか……!」

 

 焦燥の原因は今しがた空に見えた流星の群れ。間違いなく、ダイとアイラが窮地に陥っているという証拠に他ならない。

 一刻も早くここを抜けたいところだがボスゴドラを放置するわけにもいかない。バラル団にしろ、そうでなかったにしろ暴れる可能性のあるポケモンを野放しには出来ない。

 

 加えて、誰か一人を残していくというのも難しい。メガシンカしたこととソラが近くにトレーナーがいると進言した以上誰か一人を殿にした途端に増援を呼ばれる可能性も否定は出来ない。

 こうなってくると焦燥がアルバの判断を急かせる。アルバとルカリオが視線を交わし、頷きあったその時だった。

 

 

「ルォォォォォォォォオオオオオオオオオオン────」

 

 

 ボスゴドラが高く、鋭く、吠えた。彼が猛々しく咆哮する姿を見知ってるアルバからすると、やや異様な光景であった。

 なにかの合図だ、そう直感した瞬間ソラの方を見る。彼女はというと新たにモンスターボールからアシレーヌをリリース、手早くボスゴドラの方へと向かわせた。

 

「【うたかたのアリア】!」

 

 アシレーヌがボスゴドラの懐へと飛び込んで水気を帯びた歌で攻撃した。ボスゴドラにとって防ぎようのない音、かつ弱点のみずタイプ技。

 如何にフィルターという特性があっても怯むはずだ。そう思って状況を見守っていたアルバとリエンが目撃したのは、()()()()()()()()()

 

 そのポケモンは表面積の広い頭蓋でアシレーヌの放った音波を完全に防ぎきり、ボスゴドラを守り抜いた。音が破裂し霧散する様を見て確信する。

 

「特性"ぼうおん"! ソラの音技を完全に警戒してるみたいだ!」

「やっぱり、偶然じゃないよね」

 

 この三人が同時に行動すると、先の先まで読み尽くしての増援投入であった。

 さらに言えば闖入してきた増援"トリデプス"は特防に秀でたポケモンだ。弱点こそボスゴドラと共通するが、【てっぺき】とフィルターを以て物理的な攻撃を物ともしないボスゴドラが敵のインファイトを受け切り、トリデプスが遠距離からの特殊攻撃やソラの音技を封じる完璧なコンビネーションだった。

 

 しかしボスゴドラとトリデプスは頷き合うとまさに今トリデプスが現れ、最初にボスゴドラが掘り開けた穴へと潜っていった。

 最初は【あなをほる】攻撃かとも思ったが、どうやら違うらしい。アルバは彼らからの敵意を、ソラは遠のきゆく音をそれぞれ感じ取って離脱だと判断した。

 

「さっきのボスゴドラの咆哮は撤退の合図だったんだ……ソラ、近くにトレーナーは?」

「ダメ、もう聞き取れない。でも一つ分かったのは、トレーナーが男だってこと」

「二分の一の確率でそうだと思うよ」

 

 オカマを性別に入れるなら別だけど、とリエンが冗談めかして言うが重要な情報だ。少なくともこれから捜査する上で男性に捜査対象を絞れるのは大きな収穫と言える。

 とにかく、【とおせんぼう】していたポケモンがいなくなったことにより道がひらけた。あのボスゴドラの咆哮が撤退の合図だとして、ダイやアイラが相対している相手にも適応されるかはまだわからないのだ。

 

 先を急ごうとして駆け出した時、ソラのブーツが何かを蹴り上げそれがアルバの頭に当たった。あまりの硬度にアルバは一度目を白黒させる。

 

「痛いよソラ……」

「ごめん、でもわざとならちゃんとアルバが避けられるところに蹴る」

「そもそも蹴らないでよ……これか、僕の頭に当たったのは」

 

 そう言ってアルバが拾い上げた石は不思議な光を放っていた。色は飴色というべきか、黄色系統の透明な宝石のようであった。アルバはそれを光に透かして動かしてみる。

 

「アルバ、それを貸してもらえる?」

「いいけど、リエン石に詳しかったっけ」

「前にグレイさ……チャンピオンが同じものを持ってた気がする。これは確か"コハク"だよ。でも、こんな街中に転がってるなんておかしいね」

 

 考えられるのは、あのボスゴドラかトリデプスが持っていたものである可能性だ。ボスゴドラはココドラの頃から鉱物を食べ、トリデプスは化石から復元されたポケモンである。

 彼らの身近にあったコハクが戦闘の衝撃で零れ落ち、今こうしてアルバの手の中にある。

 

「念の為、今度リザイナの研究所に調べてもらおう。今は先を急がなくっちゃ」

 

 コハクをポケットに突っ込み、ポケモンたちを先導させながら三人は先を急ぐ。そんな中、花火が照らすビルの屋上に一人の男が双眼鏡を片手に三人を見守っていた。

 彼こそボスゴドラとトリデプスのトレーナーであり、ソラが耳で探していた襲撃者その人であった。

 

「そろそろ、向こうも潮時だな」

 

 そう言いながら彼は先程【りゅうせいぐん】が落ちたプールエリアを一瞥し、踵を返した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「悪いけど、説明してる時間は無ぇんだ」

 

 そうして放たれる新緑刃(リーフブレード)三連がメガジュペッタの両腕と胴を一気に切り裂く。吹き飛びながらもジュペッタは両腕から【ダストシュート】の連弾を放つ。

 しかし元より命中率に難のある大技、さらには攻撃を食らった直後という不安定な状態から放ったこともあり大半は明後日の方へ飛んでいってしまう。

 

 避けるまでもなく、ジュカインはそのままジュペッタに肉薄し再度【リーフブレード】を叩き込む。防御態勢すらままならないまま、ジュペッタの体力は目に見えて激減した。

 ポケモン図鑑で観測できるステータスで数値化すれば、もう中域を超えて危険域(レッドゾーン)である。

 

「くっ、【みちづれ】!」

「ダメよジュカイン! このまま攻撃したらアンタまで戦闘不能になる!」

「無駄です、あのスピードで攻撃に移れば自力で止まるなど不可能。貴方にも落ちていただきます」

 

 ジュペッタが怨念の籠もった声で吠える。身体が紫色の光に包まれ、ジュカインの攻撃を待ち受けようとする。ジュカインの腕の新緑刃は振りかぶられ、ハリアーの言う通り罠に突っ込んだ。

 しかし、ジュカインの刃がジュペッタの身体を切り裂くそのまさに瞬間、慣性などこの世に存在しないかのようにピタリと新緑刃はジュペッタの肌すれすれで静止した。

 

「あんなトップスピードから、攻撃をやめられるなんて……!」

 

 アイラが驚愕に目を見開く。ジュペッタはどの道虫の息、既に一匹しか手持ちの残ってないハリアーは抵抗する手段がない。

 両手を上げ、投降の意思を見せるハリアー。

 

 しかしそれは、あくまでポーズだ。

 

 

「────ですが脚を止めましたね、【りゅうせいぐん】」

 

 

 その時、ハリアーの背後のプールから水柱を立てながら現れたサザンドラが嘶く。瞬間、夜空を彩る花火に紛れて大量の隕石が降り注ぐ。

 ジュペッタの目の前で止まっていたジュカインは空を見上げて目を見開き、飛び退るために脚を屈めたタイミングで隕石が直撃した。

 

 防ぐものがいない暴力は市民プールを焦土へと変えた。数多もの人間が力を合わせて復興した街の一角が、あまりにも容易く破壊される。

 人を思う力と、踏みにじる力は対局でありながらイコールではない。癒やすよりも傷つけることの方が百倍容易いように。

 

 優しさの塊はかくも脆い。瓦礫の山に立つハリアーが埃を払いながら傷だらけのアイラとダイを睥睨する。

 

「驚かされましたよ白陽の勇士。まさかキセキシンカを意図して発動できるようになっているとは。ただ────」

 

 ハリアーの口角が意地悪く三日月を描く。視線の先のダイは既に橙のReオーラを纏えておらず、【りゅうせいぐん】によるダメージをモロに受けていた。

 それだけでなく、肩を全力で喘がせていた。目だけは闘志を失っておらずハリアーを睨み返しているものの、触れれば折れてしまいそうなほどに満身創痍であった。

 

「時限式の奇跡、もって十秒……いえ、八秒ほどでしたか? 説明してる暇が無いわけです、私が貴方でもそう言ったでしょう」

 

 そう、ダイがこの橙色のキセキシンカを起こせる時間はあまりに短い。だがコスモスとの特訓でこの能力を発現させられた当初は二秒すら保たなかったのだから成長した方ではある。

 しかしそれでも、この場においては付け焼き刃でしか無かった。現に今、ハリアーの前に膝を突きそうなほど体力を消耗し戦えるポケモンがいないのだから。

 

「手品はもうお終いですか? それでは──」

「ッ、フライゴン! 受け止めなさい!」

 

 満身創痍のジュペッタを下がらせ、サザンドラをけしかけるハリアー。アイラはこのためにフライゴンを残させたのだと悟り、サザンドラに対面させる。

 フライゴンは昼間のスカイバトルロワイヤルで若干疲弊しているものの、ウォーグルの【ばかぢから】が直撃したサザンドラ相手なら凡そイーブンに戦えそうではあった。

 

「【トライアタック】です」

 

「【ドラゴンテール】よ、打ち払いなさい!」

 

 三つ首の竜はそれぞれの口から炎、氷、雷の属性を備えた波動を一気に照射する。射線の先で合体し一つのエネルギーとなった光弾をフライゴンは尻尾でそれを弾き飛ばす。

 それを見たサザンドラが今度はそれぞれの波動をバラバラに打ち出す。元より纏めて放つ【トライアタック】を違うタイミングで同じ敵に目掛けて発射することでタイムラグを作り防御の隙を崩すつもりなのだ。

 

「【りゅうのまい】で躱して!」

「出来ますか? 主を守りながらでも」

「なっ!」

 

 サザンドラの右腕の頭が吐き出す小さな雷の光弾はフライゴンの翼を掠め、後ろにいたアイラに直撃する。サザンカとの一ヶ月の訓練のおかげで直撃に至っても致命打にこそならないが、人の身にはかなりの電流だ。

 思わずアイラが膝を突く、さらにはフライゴンが主の苦悶に思わずサザンドラから目を逸してしまうという最悪の連鎖。

 

「【りゅうのいぶき】」

「くぅ、っ……! 【むしのさざめき】!」

 

 放たれた紫紺の息吹、対してフライゴンはその特徴的な羽を高速で揺らし独特の音波を放つ。両者の攻撃は一瞬均衡したが、音波による息吹の拡散は失敗に終わりそのままジュウ、と音を立てて精霊の肉体を炙る。

 弱点の攻撃を食らってしまったフライゴンを見てアイラは歯を噛みしめる。自分がもう少し気をつけてさえいれば、今の一瞬の隙は生まれなかった。まだ痺れが抜けない身体と痛みを無視するように立ち上がり拳を手のひらに打ち付ける。

 

「もう一度、【りゅうのまい】!」

 

 集中が途切れたために半端に終わった一度目、二度目は龍気を漲らせフライゴンの素早さが上昇する。

 それを見てハリアーはサザンドラを一瞥し、暴虐の化身は頭を垂れた。それは主の指示を賜った忠臣のそれか、それとも。

 

「もう一回よ!」

 

 三度目、高められた素早さと攻撃をフライゴンの周りに漂うオーラが証明する。そのままフライゴンは遥か上空まで上昇し、羽を畳んで空気を切り裂きながら急降下を開始する。

 サザンドラが降ってくるフライゴンを三つの首を擡げて見上げる。迎え撃つは口腔に溜め込まれた高濃度の【りゅうのはどう】。

 

 音を置き去りにする最高速の【ドラゴンダイブ】、先んじて当てることが出来ればその威力から相手を怯ませることすら可能。

 いや、今のサザンドラ相手ならば直撃で戦闘不能に持ち込めるはずだった。

 

 

 ──だった、という表現はそれが叶わなかったことを意味する。

 

 

「【あてみなげ】」

 

 振り下ろされた尻尾と体当たりは、現れた芦毛の達人によって軽々とあしらわれた。それは既に戦闘不能になって早々にこのフィールドを去ったはずのポケモン。

 

「なんで、()()()()()が戦えるわけ……!? 真っ先に、戦闘不能にしてやったのに……?」

「おや……クシェルシティの"修行の岩戸"でひと月籠もっていたのは無駄だったようですね」

「ッ……"さいせいりょく"!」

 

 御名答、言外に小さな拍手がそう嗤う。それはハリアーのコジョンドが持つ特性だった。ボールに入れば忽ち、体力を回復してしまうというもの。コジョンドは正確には戦闘不能になったわけではなかった、わずかに残った体力をボールの中で回復させていたのだ。

 無論全快とはならないはずだが、それでも倒したと思っていた敵が急に現れれば誰であろうと混乱する。そして混乱とは、ハリアーそのものを指すと言っても過言ではない。

 

 投げ飛ばされ、地面を転がったフライゴンに対し迎撃として放たれると予想していた【りゅうのはどう】が三つ、襲いかかる。

 龍の奔流は瞬く間に精霊を飲み込み、焼き尽くす。如何に優れた竜種のポケモンと言えど、戦えない粋まで持ち込むにはあまりに十分すぎた。

 

 それはサザンドラが行った【わるだくみ】に依るもの。

 アイラは迂闊すぎたのだ、ハリアーともあろうものが相手が自身を強化する暇を只笑って眺めているはずがないのに。

 

「さて、これで全てでしょうか?」

 

 ふぅ、と一息入れながらハリアーは呟く。その双眸は冷たく、俎上の魚たちを()めつける。

 アイラは首の裏が焼け付くようなプレッシャーを感じた。普通のポケモントレーナーが相手なら、賞金を渡して終わりだ。

 

 だがこの女(ハリアー)は違う。

 この続きがある、相手の生命を終わらせるまで、彼女のポケモンバトルは終わらない。

 

「白陽の勇士、あなたもここまでですね。輝かしい英雄譚は序章で終わりを迎えます」

 

 ピリオドを打つのは自分だと、信じて疑っていない瞳、口元。

 サザンドラがゆっくりと前へ出る。両腕の小さな頭が少女の肉を喰わせろと、甲高い声で鳴く。

 

「逃げないのですね、我々の手から世界を救いたくばその娘を贄に貴方は生き残るべきだと私は考えますが」

 

 ダイは依然肩で呼吸をしている。先程よりはだいぶ落ち着いてきたものの、それでもまだ走って逃げるほどの体力は無いようだった。

 しかしハリアーの言うことも真っ当であるとアイラは考えていた。今ここでダイを死なせるわけにはいかない、この場における命の価値は自分よりも彼の方が重いと考えたから。

 

「ダイ、あんたは──」

 

 意を決してアイラはダイの手を掴み、そして言葉を失った。

 そしてその変化を対面するハリアーも感じ取ったようだった。進行するサザンドラを一度止めさせて周囲を睨んだ。

 

 

「【ドラゴンクロー】!」

 

 

 刹那、破裂音と共に瓦礫の下から飛び出してきたのはジュカイン。既にキセキシンカは解かれているが、身体に傷らしい傷は見受けられなかった。

 ハリアーが絶句した瞬間、【かげぶんしん】によって分身したジュカインが一斉にサザンドラへ殺到し、その三つの首を竜爪で屠った。

 

 怪獣のような悲鳴を上げて、サザンドラが地へ倒れ伏す。残心を解いたジュカインが後方を見る。

 すると遥か後方、キセキシンカしたジュカインがカクレオンを弾き飛ばした先のスタッフルームからダイが現れた。

 

 その手に、目を回し蔦でぐるぐる巻きにされたカクレオンを抱えながら。

 

「引っかかってくれて助かったぜ。もう流石に戦えるポケモンいないだろ」

 

 ダイの言う通り、ハリアーにはもう戦えそうなほど体力の残ったポケモンがいない。うち一匹は敵を道連れにするためにわざわざ戦闘不能にしたポケモンなのだ。

 自分がしてやられた、という事実にハリアーは静かに視線を鋭くする。

 

「どういう、ことでしょう」

「カクレオンに放った【アイアンテール】はカクレオンを攻撃するためじゃなくて、カクレオンをアンタから遠ざけるために放ったもんだ」

 

 それだけ聞き、ハリアーは即座に答えを導き出した。今まさにカクレオンを縛っている蔦は【やどりぎのタネ】によって生えたものだ。

 サザンドラの【りゅうせいぐん】は確かにジュカインを瀕死寸前まで追い詰めることが出来たが、とどめを刺すには至らなかった。直撃を受けたのがキセキシンカが解除される直前だったからだ。

 

 受けたダメージを最後にギリギリ()()()()()()()()、瓦礫の山を作り上げその中に身を隠しカクレオンから徐々に体力を奪い回復を続けていた。

 化かしあいは、最後に窮地に陥った方こそ牙を研いでいるもの。ハリアーはそれを失念していたのだ、圧倒的優位が彼女の目を眩ませていた。

 

「言っておくが動くなよ、こっちにはまだ二匹動けるポケモンがいて、どっちもアンタに狙いを定めてる」

 

 ダイの言う通り、ジュカインと元々ダイがいた場所で低く唸るゾロアがハリアーを同時に睨んでいた。ゾロアに至っては【シャドーボール】を空中に待機させている。

 

「ほう、正義の味方はそんな残酷なことをポケモンに強いるのですか」

「慈悲を与える相手くらい選ぶさ、神様と一緒だよ」

「傲慢ですこと」

 

 違いない、とダイは自嘲する。そんな駆け引きの一幕をアイラは呆然と見つめていた。

 まるで自分の知らない幼馴染の姿に、大きく認識がズレる気がしたからだ。

 

「アンタを逮捕する。俺たちVANGUARDには、対バラル団に対してはPGと同じ逮捕権があるのは知ってるよな」

 

 そう言ってダイが取り出すのはPGが現行で使用しているのと特殊手錠。普通の手錠と違い、三つ穴が空いている。それは自身の腕と被疑者を繋げて逃亡を阻止するためだ。

 冷たい不自由の象徴がかの者によってもたらされそうになった時、ハリアーは笑んだ。

 

 それは観念したという自らを嗤うものではない。訝しんだダイが歩みを止め、訪ねようとしたときだった。

 

「白陽の勇士、あなたはどこまで知っているのでしょう?」

 

 何のことか、幾つか思い当たるフシがあった。ダイがどれだけバラル団の情報に通じているか、試しているのだ。

 確かに先日ワースから次の目的地について情報を貰いはした。しかしそれをわざわざ教えてしまえばVANGUARDやPGが「バラル団の次の目的地はアイスエイジ・ホールである」という情報を知っている、という情報を教えることになる。そうなれば警戒されてしまい、先手を打つことが出来なくなるかもしれない。

 

「アンタのスリーサイズ以外のことは大体知ってると思うけど、教えてくれるなら覚えておくよ」

「おや、案外ませたところがあるのですね。英雄色を好む、ということでしょうか」

「冗談だよ、別に興味無いから忘れてくれ」

「構いませんよ、上から────」

「別にいいって言ってるよね!?」

 

 残念、心にも思ってないことをハリアーが言って茶目っ気を見せるが、全く慣れていないのだろう。はっきり言って下手くそという評価以外下せそうになかった。

 さておき今ので誤魔化せただろうか、ダイは内心冷や汗をかきながらハリアーへの距離を縮めていく。

 

 そして気づく、圧倒的優位なはずなのにどうしてかプレッシャーを感じる。不安がかき消せない、一歩近づくたびに致命的な罠に脚を踏み入れていく感覚が拭えない。

 

「そうそう、大事なことを伝え忘れておりました」

「……なんだよ」

「私、結構拘りが強い方なのです。水はレニアかサンビエの天然水でなければ受け付けない。食物は基本的に菜食主義で肉類は好みません」

「要領を得ないな、何が言いたいんだよ」

 

 苛立ちを乗せて、ダイが訪ねた。その時だ、ハリアーの口元が大きくニッと歪んだのは。それはまるで、化けの皮だった。

 ハリアーという人の革を被っている、化け物が見せる笑顔だ。

 

「私が安々と捕まってさしあげるなど、あり得ないという話をしているのです、白陽の勇士」

 

 

 

「────無駄話に気を割きすぎじゃねえか? その女にそれは致命的だぞ、坊主」

 

 

 

 ゆっくりと振り返る。そこには、今まで影もなかった第三者がいた。その小脇に幼馴染を拘束しながら、だ。

 くたびれたシャツと、口元のタバコ。ニオイが独特で、銘柄も記憶に新しい。

 

「ワース……ッ! アイを離せ!」

「そいつは出来ねぇ相談だ。だが、世の中には物々交換っていう、この世に金が生まれる前の由緒正しき取引がある」

 

 勘定屋らしい、厭味ったらしい言い方にダイは歯噛みする。要は、アイラを救いたければ要求する物を寄越せというのだ。

 しかもどうやらワースだけじゃないらしく、背後からやってくる顔には見覚えがある。ワースの側付きである班長のロアとテアの二人だ。二人共それぞれザングースとアブソルをけしかける準備は完了していた。

 

 一気に四面楚歌に陥ったダイ、もはやジュカインとゾロアだけで突破できる状況ではない。

 

「おやおや、形勢逆転ですね」

「粋がんなよハリアー、実際オメェはこのガキに負けたんだ。今から無事逃げ果せることが出来んのは俺達のおかげってこと、忘れんなよ」

「……ふん、借り一つというわけですか。貴方らしいですね、ワース」

 

 密かな牽制のしあいがダイを挟んで行われる。ハリアーはというと、ワースに諌められ薄ら笑いを引っ込め如何にも不愉快だという顔を隠さなかった。

 思うところはあるのだろうが、ロアとテアにとってはハリアーも上司に変わりはないため、言うに言えないのだろう。ダイはバラル団内部の小さな確執を知ってしまった。

 

「ぐっ……この、ダイっ! 何を要求されても渡しちゃダメよ!」

「ピーヒャラ喋んな女、細クビ掻っ切んぞ」

「バーカかオメェは。人質が死んだら意味がねえだろうが、てんで取引が上手くなりやがらねえのはそれが理由か? しまいにゃ飛ばすぞお前、広報に」

「ねーだろウチの組織に広報は!! 律儀に街中にチラシ張ってろってか!」

「お前こそギャーピー騒ぐんじゃねえ、お忍びで来てんの忘れんなよ」

 

 もう一度声を荒げそうになったが、一理あると不服そうに頷くロアを尻目にワースは器用に片手で新しいタバコに火をつけた。

 

「さて、それじゃあ白陽の勇士殿からその称号を頂こうか。この嬢ちゃんを無事に返してほしけりゃ、お前の持ってるライトストーンを渡しな」

「渡しちゃダメ! ダイ、それを渡したら取り返しがつかなくなる!」

 

 再度ザングースの爪がアイラの首へと向けられる。実際、切っ先が柔肌を僅かに切り裂き赤い糸がつーっと線を引く。

 それを見てダイは迷うこと無くカバンを弄り、夜でもなお強く光る白の宝玉を取り出した。

 

 ハリアーに掛けるつもりだった手錠を放り捨て、反対の方向にいるワースたちの方へと迷いなく歩を進めていくダイ。

 

「こんなことなら昨日、俺の手を取っておくんだったって後悔してねェか?」

「するかよ、そんな後悔」

 

 対面のハリアーには聞こえないようにワースが誂うが、ダイはそれを一蹴する。

 そしてダイがライトストーンを乗せた手を挙げるのとワースがアイラをダイに預けるのはほぼ同時だった。横に控えていたテアが特殊なジュラルミンケースでライトストーンを保護し、厳重にロックを掛ける。

 

 ダイはアイラの手を強く引っ張り、後ろ手に庇う。万が一、用済みになった人質を攻撃してこないとも限らないからだ。

 

「さて、そろそろ時間だな。ロア、テアはハリアーの護衛をしながら撤退しろ。迎えが来る手はずになってる」

「あいよ」「了解です」

 

 ロアがテアからジュラルミンケースを受け取り、それを抱えながらハリアーの両脇へと移動する。

 すると、ずっと控えていたかのようにコンクリートが盛り上がり、大穴を穿ってボスゴドラとタテトプスが現れる。その二匹に連れられ、ハリアーたちが離脱する。

 ダイは追いかけようとジュカインとゾロアを向かわせようとするが、ワースがそれを許すとは思えなかった。そのための殿、というわけだ。

 

「残念だったなァ、あとちょっとのところだったのによ」

 

 ダイはやるせない気持ちになったが、拳を解く。

 ワースから距離を取るアイラとダイ。それを見て嘆息しながらワースは小さくなったタバコを吐き捨て、無遠慮に踏み潰す。

 

「けどまぁ、二人がかりとは言えあの女に一泡吹かせたのは上出来だ。あの女は組織の中でも評判悪くてな、かく言う俺も気に食わねえのよ」

 

 肩をわざとらしく竦めるワースに、訝しいといった目を向けるダイとアイラ。ワースは腕時計を確認し、ポケットから一つの塊を取り出してそれをアイラに投げ渡した。

 アイラがライトで照らしながら見ると、それは黒い石のようであったが四角い鉱物が集まった鉱石のようであった。

 

「それはな、隕石の一部だ。俺がまだレニアシティに潜伏していたのも、実はそれを回収するためでよ」

「なんでバラル団が隕石なんか集めてんのよ、アンタにそういう趣味があったってわけ?」

 

 アイラが証拠物件とばかりに隕石をポーチにしまうが、ワースはそれを咎めない。

 

「その隕石はな、()()()()()()()()()()()()()()。その中に刻まれた特殊な遺伝子を活性化させてやると、新たなポケモンを生み出す事が出来る。うちの技術部はそう信じて疑ってねぇし、なんならもう実験を始めてる」

「これがポケモンのタマゴ……!? 信じられない、宇宙にもポケモンがいるなんて……」

 

 アイラが驚愕する。あまりに壮大な規模の話ゆえ、ダイはもうそもそも考えるのをやめてしまった。

 

 

「そのポケモンは、遺伝子を意味する"DNAs"から"デオキシス"と名付けられた。こう言った具合に、世界にはポケモンに関わる石や白宝玉(ライトストーン)みたいな珠はまだまだゴロゴロしてる。俺たちの当面の目的はこれらを集めることさ」

 

 ハリアーを追い詰めた褒美とばかりに情報を口走るワース。彼の意図を読めないアイラからしたら不自然以外の何物でもなかった。

 彼が今やっているのは情報のタダ売りに等しい、金勘定に煩いワースならまずしないだろう。

 

 

 

「────ダイ! アイラ!」

 

 

 その時だ、プールエリアの正門を飛び越えてアルバとルカリオが一番槍と駆けてくる。ワースを見るなり険しい顔で突っ込んでくるアルバ。

 放たれた【グロウパンチ】を防ぐのはワースの従える"ニドキング"、かくとうタイプとはがねタイプを持つルカリオに対してこれ以上無いほど有利なポケモンだ。

 

「思ったより早い到着だな、ハチマキのガキ。それじゃあ俺もそろそろ退くとするか」

「逃さないよ、ジュナイパー! 【かげぬい】!」

 

 ボールリリースのスピードを乗せて飛び出してきたアルバのジュナイパーが木の葉で作られた矢を撃ち放つ。空に花火が弾けた瞬間、僅かに影が出来るタイミングを狙っての的確な攻撃だった。

 しかしダイに匹敵するか、それ以上の搦手の使い手を相手にするには少しばかり付け焼き刃が過ぎた。

 

「【みがわり】だ」

 

 ワース目掛けて飛来する木の葉矢はカクンと角度を変えて歯を見せて笑う餓鬼の偽物に防がれた。ワースの懐刀とも言うべき、ヤミラミによって。

 特性"いたずらごころ"は、如何なる場合であろうと相手を出し抜くというもので、特にアルバのようなストレートタイプには搦手を挟み込み安い。

 

「あーあ、卸したてなのによ。結構高かったんだぜ」

 

 独りごちながら、先導するニドキングによって先程ボスゴドラが掘りハリアーが逃走に利用した穴へと飛び込んだワース。

 本当なら空路を使っての離脱がベストだったのだが、今宵は空を見上げている民衆が大勢いるため許可が降りなかったようだ。

 

 追いかけようにも、ここにいるポケモンでは硬い岩盤を掘って進むことなど不可能であり、追跡はほぼ絶望的という結論に至った。

 遅れてやってきたソラとリエンに咎められ、ダイは少し申し訳ない気持ちになりながらたじろいだ。あまりに二人の様子がおかしいので、アルバが代表して尋ねる。

 

 アイラは事の顛末を説明した。バラル団幹部のハリアーを追い詰めたものの、自分が足を引っ張ったせいでダイがライトストーンを奪われたことを。

 しかしアイラが気がかりなのは、先程からやたらと落ち着いてるダイのことだ。普通なら焦るところだろう、対バラル団において切り札になりえる伝説のポケモンが宿るアイテムを奪われたのだ。さらには、先程ワース自身が言っていたようにバラル団は今ポケモンに関係する遺物を集めている、ライトストーンもまた彼らの蒐集対象には違いない。

 

 それについて尋ねると、ダイは鼻を鳴らして言った。

 

「俺ですらレシラムが対話してくれるようになるまでひと月は掛かったんだ。だから、まだ全然猶予はある」

 

 ダイはもう既にバラル団の次の目的地を知っている。だから、先手を打てさえすれば奪還も可能なはずだ。

 あとはそれを、仲間に話さなくてはならない。ダイは次の目的地をネイヴュシティに定めたことを四人に説明した。

 

 それに対し、ソラは少し苦い顔をした。当然だ、"雪解けの日"の記憶はまだ風化していないのだから。するわけが、ない。

 加えてアルバとリエン、ラフエル地方の現状に明るい二人が補足する。

 

「今、ネイヴュシティは交通規制が敷かれててそもそも入れないんだ。尤もトレーナー特例制度があるにはあるんだけど……」

「『二五歳未満で、且つジムバッジを六つ所有していること』が条件、私とソラはそもそもバッジを集めていないし」

「俺とアルバはVANGUARDバッジを数に入れていいならようやく六個……でも、俺たち二人で行くっつーわけにもいかないしな……」

 

 四人が頭を悩ませていると、アイラが挙手して話題に混ざる。「それなら」と聞くものが期待するような語りだしだった。

 

「ユキナリさんに打診してみるべきね。アタシ達は全員がVANGUARDメンバーなわけだし、PGとそれに類する組織の一員ってことで、特例の特例が認められる可能性はあるわ」

「確かに、ユキナリさんはそのトレーナー特例制度の担当者だから話をしてみる価値はあるね。そもそも私は"チームプリズン"の一員なわけだし」

 

 リエンが手をポン、と打つ。確かに彼女の言う通り、リエンはユキナリが管理するVANGUARDチームのメンバーであるため、その街へついていくのは容易いはずだ。

 

「だけど、ネイヴュに行くならまだ問題がある」

 

 珍しくソラが言い切った。他の四人がソラの顔を覗き込むと、ソラはジャケットの襟を掴んで言った。

 

「服、寒さ対策は絶対いる」

「お前が言うのか、それを」

 

 ノースリーブシャツに、上着のジャケットをやや開けて肩出しのファッションのソラにそれを言われてはお終いだと、全員が溜息をついた。

 かくして、近いうちにネイヴュシティへ赴くための本格的な準備が必要になるな、と誰もが確信したのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

 まるで陽気な親父が帰宅したかのような言い草だが、ワースのそれに「おかえり」と返すものはいない。

 そんな空気が存在したならば、一瞬で凍りつかされそうなほど冷酷な空間だったからだ。

 

「改めて助かりました、少し彼を侮っていたようです」

「二日連続で襲撃を受けたにも関わらずタフな野郎共だ。それともハリアー様はわざと手を抜いていらっしゃったのかな?」

 

 離脱方法が方法だっただけに、未だ泥だらけのハリアーを見て意地悪くワースが言う。ハリアーはニコニコと笑顔を崩さないが、その絶対零度の微笑みに遠慮も優しさも存在しなかった。

 そんな二人を見て、沈黙を保っていた男が口を開いた。

 

「それで、首尾よく行ったんだね? ワース」

「あぁ、おかげでライトストーンを確保できた。これでこっち側にレシラムとゼクロムがついた、っつっても覚醒はしてねえが」

 

 ケースに厳重に保管されたライトストーンを指しワースが言う。それを見て男は満足げに頷き、小さく柏手を打つ。

 その時だ、部屋に設えられた巨大なモニターに通信が入り、男が卓上のボタンを押すとモニターに金髪の男が現れる。男──グライドは向こう側にあるであろうカメラに対して仰々しい礼を行う。

 

「やぁグライド、君から連絡があったということは無事に済んだということでいいね?」

『はい、イズロードからの情報通り、"カントーナナシマ"にて保管されておりました。技術班によれば、ほぼ同一の物で間違いないそうです』

「そうか、それは上出来だ。早速復元に取り掛かろう、きちんと持って帰ってきてくれたまえ」

『はっ!』

 

 男はそれだけ言うとグライドとの通信を切断する。彼にとって、必要以上のやり取りは一切無駄ということだ。

 グライドとのやり取りを聞いていたワースとハリアーは自分が知らされていない情報に疑問を懐き、ワースが口を開いた。

 

「どういうことだ? グライドの一ヶ月出張はそんなに重要な内容だったのか?」

 

 

「──それについては私が説明しよう」

 

 

 物々しい扉を押し開けて入ってくるのはつい先程話題に上がった男、幹部のイズロードだ。

 通信越しではあったが、バラル団の全てがこの小さな部屋に集結していた。

 

「かつて、"ホウエン地方"を襲った未曾有の大災害を覚えているな? 当時相当話題になったはずだ」

「覚えております、日照りと豪雨を巻き起こす伝説のポケモンによる一騎打ちで、一時はホウエン地方消滅の危機に陥った、とか」

「そう、自らが纏う炎熱と太陽の力を操り大陸を作るポケモン"グラードン"と、大海原を支配し雨雲を自在に出来る海底ポケモン"カイオーガ"の激突だ。これらのポケモンは古来より伝わる宝珠によって人間との交信が可能だったとされていた。首領はグライドにホウエン地方への遠征を命じていたんだ」

 

 その宝珠を探して手に入れるために。しかし一度、その捜索は空振りに終わった。

 本来それらが保管されていた場所には既に無く、徒労に終わったかに思えたその時だ。

 

「以前、私がフリーザーと出会った時カントーナナシマにおいて盛んだった通信ネットワーク環境を思い出したのさ。それはネットワークマシンに、ある石を嵌め込むことで完成した、とね。そしてその石は、なんの因果かグラードンとカイオーガと交信するための宝珠にひどく色彩が似通っていたらしい」

 

「そこでグライドをナナシマに向かわせたところ、ビンゴだった。その石は、かの激突で砕け散った宝珠その破片だったのだ」

 

 男が席を立ち、地球儀を回しながらそれを手に包み込むようにして言った。ワースは息を呑み、ハリアーは口角を持ち上げた。

 

「つまり、首領のお考えは……」

「再生の前には、破壊が必要だろう? だから、力を貸してもらおうと思ったのだ。その古代のポケモンたちに」

 

 二つの石、"ルビー"と"サファイア"を元に"べにいろのたま"と"あいいろのたま"を再び再現し、その力でラフエル地方に混沌(バラル)を呼び込む。

 それがバラル団首領にして全ての元凶、"ルキフ"なる人物の目的その一つであった。

 

 ワースがちらりとライトストーンを見やった。すると、その光は微かにだが明らかに弱々しいものになっていると気づけた。

 そうしてワースは確信する。

 

 

 文字通り、嵐がやってくると。

 

 

 




第3世代大暴れ

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