ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSサザンドラⅡ BElieVE

 既に夜空を大輪の花が彩る中アルバ、リエン、ソラの三人は自然と集まって人気のないレニアシティ方面を走っていた。

 最初こそ歩きながらダイを探していた三人だが、いつまで経っても彼が見つからず自然と足は急ぎ始めていた。

 

「アイラがプールの方を先に見に行ったから、ダイのお母さんの言葉通りならそろそろ見つけたって連絡があってもいいはずなのに」

 

 アルバが呟きながら、リエンと共にソラの方を見やった。出来るだけ気を使って発言したいところではあったが、時間も押しているため言葉を選ぶため頭の引き出しをゆっくり漁っている暇はなかった。

 

「連絡してみようか、僕はアイラに呼びかけてみるからリエンはダイにお願い出来る?」

 

 頷き、ライブキャスターを起動するリエン。コールしてみるが、ダイもアイラもやはり呼びかけには応答しなかった。

 いよいよもって雲行きが怪しくなってきた、と三人が悟り始めた時だ。

 

 ソラのベルトに収まっているモンスターボールの一つからメロエッタが飛び出してきた。出てくるなり、彼女は何かを必死に訴えようとしていた。

 瞬間、アルバは自身に向かう敵意を察知しリエンを下がらせ前方を威嚇した。剣呑な雰囲気に、リエンとソラもすぐさまモンスターボールへ手を伸ばした。

 

 しかし何も起こらない。確かに今、自分たち三人に対し明確な意思を感じたはずだったのに、今は何も感じない。

 

 

 ────感じるとすれば、足元。微かな振動が、一瞬のうちに大きな揺れへと変化した。

 

 

「下だ! みんな飛んで!」

 

 

 アルバはその場で跳躍し、街灯を掴むとその上へと飛び乗った。飛行集団を唯一持たないリエンはアルバのジュナイパーに掴まることで、ソラはムウマージの浮遊に助けられそれぞれが空中へと逃げた。

 直後、鋼鉄の兜が地面を突き破って高々と雄叫びをあげた。その甲冑のような外殻の中から強い敵意の眼差しを携えて。

 

「──野生の"ボスゴドラ"!? なんだって、こんな時に!」

「ううん、違うよアルバ。この子は()()()()()()!」

 

 ソラが言った、ということはほぼ間違いではない。今、コンクリートを突き破ってきたこのボスゴドラは明確な指示を受け、アルバたちの前に立ち塞がったのだ。

 

「通してはくれなさそうだね、どうする? 私が残って、二人が先に進む?」

「行かせてくれそうなら、それが一番だけど……」

 

 三人が顔を見合わせていると、ボスゴドラは豪脚を活かして突進を開始した。鋼鉄の頭を利用した【アイアンヘッド】は、アルバが立っている街灯目掛けて放たれた。

 そのままそこにいては、地面に叩きつけられてしまう。アルバは再び街灯の上から飛び退り、ビルの壁面に走るパイプを掴んで事なきを得た。

 

「ラグラージ、【アームハンマー】!」

 

 ジュナイパーの手を離し着地したリエンがそのままラグラージをリリースする。ボールから出た勢いを乗せてボスゴドラ目掛けて力んだ腕を叩きつける。

 対するボスゴドラもまた、自身の腕を交差させて受け止める。リエンの手持ちで最も力のあるラグラージの攻撃を受けてなお怯まない絶対的な防御は【てっぺき】によるもの。

 

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 吠え、自身が掘り進めてきた穴から岩石を飛ばして攻撃するボスゴドラ。人間など一瞬で潰れてしまいそうな巨石を前に、三人は立ち止まるしかなかった。

 どうやら本気で三人を足止めするつもりらしい。先に行ったアイラが足止めを食らわなかった理由は謎だが、ダイと合流出来ていることを祈るばかりだ。

 

「でも、残念だったね。僕の師匠(せんせい)もボスゴドラを連れていて、このひと月ひたすら戦い尽くしてきたからこそ、弱点も知り尽くしてるんだ」

 

 ボスゴドラはいわタイプとはがねタイプの複合である以上、アルバが最も得意とするかくとうタイプにとても弱いという弱点を持つ。

 出し惜しみは出来ないと満を持して現れたエース、ルカリオが練気し波動を漲らせる。それに従い、ソラとメロエッタも顔を見合わせた。

 

「──【いにしえのうた】」

 

 古来より伝わるメロエッタのもう一つの姿を開放するメロディ、それによってメロエッタは歌姫から踊り子へと姿を変化させる。

 この状態のメロエッタはかくとうタイプを得て接近戦で強いポテンシャルを発揮する。

 

「時間がない、一気に決めるよ二人共!!」

 

 アルバの号令に二人が頷き、三匹がボスゴドラへと殺到する。対するボスゴドラは咆哮で自身を鼓舞することで対峙する意思を明確にした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ジュペッタ、【ゴーストダイブ】!」

「来ますよ、備えなさいコジョンド」

 

 アイラのジュペッタが闇夜に消える。笑い声と口のチャックがチャラチャラと揺れる音だけが四方八方から鳴り響き、コジョンドを撹乱する。

 背後は絶好の死角、それ故に読まれやすい。現にコジョンドは耳を使って後ろを警戒している。

 

「────今よ!」

 

 指示を出した次の瞬間、空で大きく花火が爆ぜた。その爆音が、ジュペッタのチャックの音を掻き消す。

 コジョンドが背後に向かって再生した腕の毛をムチのように振るうが、背後にいたのはジュペッタではなくゾロアだった。ゾロアは腕の毛に噛み付いてコジョンドの腕を拘束すると不敵に笑った。

 

「掴んだな、【あなをほる】!」

 

 驚異的な脚力でゾロアが穴を掘り、コジョンドを引きずり込もうとする。踏ん張るが、当然コジョンドは動きが止まってしまう。

 即ち、周囲の警戒が甘くなる。その隙を突いてジュペッタが渾身の一撃を叩き込んだ。

 

「ナイス! まずは一匹よ!」

 

 アイラとダイが短くハイタッチを交わし合う。しかしダイはすぐさま周囲の警戒に戻った。というのも、シュバルゴに変身したメタモンがカクレオンを見失ってしまったのだ。

 カクレオンというポケモンはお腹の模様だけは透明に出来ないため、完全なハイディングは出来ないものの夜であることも手伝って、物陰に隠れられたら見つけるのは困難である。

 

 しかも、ダイは妙な気配を感じていた。それは自分たちを覆う【トリックルーム】に対してだ。

 遅いポケモンほど素早く動ける空間、この場ではカクレオンやジュペッタといった鈍足のポケモンを活かす戦術として重宝される。

 事実、今挙げた二匹はこの技を覚えることができ、ダイは迅速に闇討ちすべくカクレオン自身がトリックルームを展開したものと考えていた。

 

 ダイが疑っているのは、あまりにも()()()()()()()()()()()()()()()ということ。特性の"へんげんじざい"を用いて、エスパータイプになったからエスパー技を巧みに操れるようになったと言われればそれまでだ。

 だが思い返せば、ダイがカクレオンへの応戦を命じたのはシュバルゴに変身したメタモン。エスパータイプとなっているカクレオン相手なら、効果抜群を叩き込むことが出来る。

 

 それが出来なかった理由は、ただひとつ。

 理解した瞬間と、強烈な頭痛が襲いかかってきたのは同時だった。アイラも頭の中をそのままかき混ぜられたかのような頭痛に目を白黒させた。

 

「【サイコキネシス】」

 

「"オーベム"……ッ! トリックルームを張ったのもあいつだ!」

「いたわね、そういえば……! ジュペッタ!」

 

 どこからともなく姿を表した不気味なフォルムのポケモン"オーベム"が念力を高出力で操り、二人の脳を激しく揺さぶった。

 指示を受けたジュペッタがオーベムに飛びかかるが、闇を固めて作ったツメがオーベムを切り裂くかに見えた刹那、オーベムが自分の位置をダイのメタモンと【テレポート】で入れ替えた。

 

「メタモン!」

「しまった……!」

 

 意識外からの攻撃は意図せず急所に命中しメタモンが昏倒する。戦闘不能になったメタモンをダイがモンスターボールに避難させると、ハリアーが妖しく指を一本立てて見せた。

 

「──まずは一匹です」

 

 薄く笑む様は見る者が見れば魅了されようが、ダイとアイラは寒気しか覚えなかった。

 そう、ダイにとってメタモンというポケモンはいざという時の打開策なのだ。それを先に倒されてしまうということは、これから取れる戦術が縛られることを意味する。

 

 歯噛みし、ダイが次の手を講じているとオーベムが念力を電撃に変換して矢のように打ち出す。ダイが電撃の受け手(ゼラオラ)が入ったボールを掴むが、明らかに電撃の到達が先だ。

 念力によって意思を持つように畝る稲妻がそのままダイへ直進する。

 

「ジュペッタ、お願い!!」

「ペッ!!」

 

 アイラの懇願にジュペッタはすぐさま応じた。本来、相手の不意を突き先制攻撃するための技【かげうち】を応用し、ジュペッタが影の中を高速移動しダイの前へと躍り出た。

 直後、電撃はダイではなく盾となったジュペッタに襲いかかる。短い間だが高火力の電撃をその身に受けた呪いのぬいぐるみは地面へぼとりと落下した。

 

「さらに、もう一匹撃破(テイク)

 

「んの野郎……ッ!」

 

 指を二つ立て、ハリアーが口角を三日月のように持ち上げた。それを見てダイが怒りを見せる。

 それはハリアーと自分自身に対してだ。少なくとも、今の場面はゼラオラを素早く呼び出せば対処が出来た。

 

 だがアイラがいるという安心感で気が緩んでいたせいで、防御意識が甘くなっていたのだ。

 ピシャリと頬を打ち、ダイは新たにゲンガーを呼び出した。アイラはジュペッタの代わりに、控えさせていたエースのバシャーモを再度前に立たせた。

 

「同じポケモンが二匹いては、ややこしいですから」

 

 オーベムを引っ込め、新たにハリアーが繰り出したのはアイラが繰り出したのと同じポケモン、ジュペッタ。

 だがダイはすぐさま分かった。同じジュペッタでも目つきが違う、と。

 

 ハリアーの繰り出したジュペッタはまさに呪いを蓄えた闇のぬいぐるみといった風に、どす黒いオーラと悪意を滲ませていた。

 人を襲うことを全く悪いと感じていない、純粋なポケモンバトルなど端からする気が無いと自己表明するかのような歪んだ口元。

 

 ダイとゲンガー、アイラとバシャーモはそれぞれ視線を交わし頷き合うとダイとアイラは左手のグローブリストのキーストーンに意識を集中させた。

 空を彩る虹の光が、夜のプールサイドにも吹き荒れる。

 

 

「────突き進め(ゴーフォアード)、ゲンガー!」

 

「──劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ!」

 

 

 虹光の繭がゲンガーとバシャーモを包み込む。しかしそれを見て、ハリアーは冷笑し前方の二人とは対称的な右腕に巻き付いたブレスレットのキーストーンを輝かせた。

 三匹のポケモンが同時に虹の光を撒き散らして、その姿を変える。

 

 

「「「メガシンカ!!」」」

 

 

 メガゲンガー、メガバシャーモの前にメガジュペッタが降り立つ。三匹が睨み合う、動かなくとも交わし合う視線が彼らの中では既に鍔迫り合いが始まっていることを示していた。

 ゲンガーとバシャーモはジュペッタより素早さの勝るポケモンではあるが、今なお残る【トリックルーム】は厄介であった。

 

「【シャドークロー】です」

 

「【シャドーパンチ】! 相殺しろ!」

 

 特殊空間内で地面を滑るように突進するジュペッタがメガシンカによって得た大きな腕から飛び出した舌のような器官に闇色の爪を纏わせ横に薙いだ。

 ゲンガーは出遅れるものの自身の影から、影の腕を引っ張り出しそれがワンツーパンチをジュペッタ目掛け繰り出される。

 

 バチン、と音を立てて闇同士の衝突が起きる。弾けた闇が夜間街灯の中に消える。

 間隙を縫うように、バシャーモは自身に爆炎を纏わせながら灼熱の蹴撃(ブレイズキック)を放つ。

 

 それに対しジュペッタは片腕でバシャーモの蹴撃を正面から受け止めた。燃え盛るバシャーモの足を真正面から掴んだのだ、やけどは免れないだろうと誰もが思った。

 否、それは正確な表現ではない。正しく言うなら、()()()()()()はみんな思っていた。

 

 だがジュペッタは何事もなかったかのように、バシャーモの足を掴んだまま力強く振り回す。そのまま、腕を極限まで引き伸ばして壁に激突させた。

 バシャーモが苦悶に表情を顰めた。意識外の攻撃、間違いなく【ふいうち】だ。幸いバシャーモにとっては致命打になり得ないが、迂闊に攻められなくなったこともまた事実だ。

 

 それこそ、ゲンガーはあくタイプの技に弱い。ダイとゲンガーにとって【ふいうち】は出来ることなら避けたい技であった。

 ゲンガーには【ミラータイプ】という技がある。それを使い、バシャーモと同じかくとうタイプを自身のタイプに出来たなら、【ふいうち】を恐れる必要はない。

 だがそれは同時に、ゲンガーが主力とするゴースト技を十全に扱えなくなることを意味している。そしてこの場において、長期戦になり得る攻撃力の低下は望ましくない。

 

「くそ、迂闊に近づけねえぞ……!」

 

「考え事ですか。では少し、趣向を変えてみましょうか」

 

 直後、ダイの目の前のコンクリートが抉り取られるように浮かび上がりまるで自身を研磨するかのように鋭利な突起の群れを成した。

 それがくるりと方向をダイに定め、高速で迫ってきた。しかし先程自分が狙われたばかりだ、今度のダイはアイラのポケモンに守ってもらうほど、考えが浮ついていなかった。

 

「──ゼラオラ!」

 

「ゼェェェララララララッ!!!」

 

 迅雷が現れ、ダイの周囲をプラズマで囲って放たれた円錐の弾丸の尽くを粉砕する。

 そればかりか、その超常現象の犯人目掛けて【プラズマフィスト】を放ち牽制を行う。【サイコキネシス】でコンクリートを研いでいたオーベムが直撃に堪らず吹き飛ぶ。

 

「あいつも厄介だな、ゼラオラ頼めるか!」

「ノクタスとヤドキングをつけるわ! フォローをお願い!」

 

 空中を素早く浮遊し、【テレポート】を多用して距離を取るオーベムをゼラオラ、ノクタス、ヤドキングが追いかける。

 いかにゼラオラが素早くとも、瞬間移動には到底敵わない。それを早急に理解したゼラオラは初めて協力するはずの二匹の仲間にアイコンタクトを取った。

 

 ノクタスとヤドキングは即座に頷き、それぞれが散開してノクタスは【ニードルガード】で、ヤドキングは【みらいよち】を行いオーベムが退避するためのルートを探った。

 そしてヤドキングが未来を見通した瞬間、ゼラオラは雷光を迸らせ逃げる出現したオーベムへと拳を叩きつけた。

 

 元より防御の値が平均以下のエスパータイプ、ゼラオラの【プラズマフィスト】が決まればただでは済まない。

 

 

 ──はずだった。

 

 

 オーベムだと思っていたポケモンは、稲妻の拳をやすやすと受け止め嘲るかのようにその三つ首をゆっくりと擡げた。

 それを見たアイラは舌打ちをして傍のバシャーモを走らせた。しかし既に組み付いているゼラオラを守るには離れすぎていた。

 

 

「【ふくろだたき】です」

 

 

 三つの頭を持つドラゴンポケモン"サザンドラ"だ。それが全ての頭でゼラオラへ連続で噛みついて大ダメージを与える。

 苦悶の表情を浮かべながら、カウンターとばかりに電撃を浴びせるゼラオラだったが相手はドラゴンタイプ、びくともしなかった。

 

「っ、だったら【インファイト】で!!」

「無駄です、既に両腕はこちらの手の中……いえ、口の中でしょうか」

 

 ハリアーの言う通り、ゼラオラの腕は既にサザンドラの首二つが完全にロックしており攻勢に回ることはおろか、退くことすら出来ないでいた。

 

「ダイ! 今はゼラオラをボールに戻すしかない!」

 

 歯噛みし、ダイがゼラオラをボールに戻そうと手を伸ばした時だった。ポケモンを回収するためのガイド光線がボールから放たれた時、サザンドラの残った一つの口が灼熱を吐き出したのだ。

 それはまるで意思を持ったかのようにうねり、渦となってゼラオラを飲み込んだ。炎自体は大したダメージではないが、ボールによる離脱を許さない拘束を意味する技だった。

 

「【ほのおのうず】! あれをどうにかしないと、ゼラオラをボールに戻すことが出来ない……!」

「だったらどうにかしてやるわよ! バシャーモ、気合入れなさい!」

 

 アイラは痺れを切らし、バシャーモをサザンドラへと向かわせた。爆炎を推進力に、バシャーモの【とびひざげり】がサザンドラへと向かう。

 拘束用の炎を吐き出し続ける頭一つを除き、さっきまでゼラオラを拘束していた二つの頭が龍気を吐き出した。それは波となって広範囲でバシャーモへと襲いかかる。

 

「ちっ、猪口才……!」

 

 龍頭を模したオーラが次々にバシャーモへ襲いくる。バシャーモはそれを、手首の炎を操って巧みに打ち払う。しかしそれ故にサザンドラへ近づけなくなっていた。

 ダイにとって、アイラのバシャーモと言えば快進撃の象徴。止まることを知らない、爆進の化身。それがこうも、状況の突破に手を拱いている事実が否が応でもハリアーが強敵という事実を突きつけてくる。

 

「こうなったらダメージ覚悟で、【スカイアッパー】!」

 

 手首の炎をまるでバーニアのように吹かし、バシャーモが飛び出す。サザンドラは相変わらず【りゅうのはどう】を連続で放ち牽制するが、特性"かそく"によって素早さが高まっているメガバシャーモには命中すらさせられない。

 さらにバシャーモは一度、炎に拘束されているゼラオラを使ってサザンドラの視野に出来る死角を利用し、一気に距離を詰めた。

 

 

「獲った────!」

 

 

「────ふ」

 

 

 地面スレスレの突進から、地面を抉りこむような角度から放たれた昇龍を思わせる灼熱の拳。それがサザンドラを統率する真ん中の(あぎと)へ叩き込まれる。

 ────と思われたまさにその瞬間、空からまるでスナイパーのような精密さで放たれた()()()がバシャーモを撃ち貫いた。あまりの衝撃、さらには意識外の攻撃にバシャーモは致命打をもらってしまった。

 

「な、に……っ!?」

「こちらもまた【みらいよち】です、貴女の攻撃パターンは前回の逢瀬(ころしあい)で、全てここに入っているんですよ」

 

 ハリアーはそう言って、自分の頭を指差した。見れば、ハリアーの後ろからこっそりと顔を出すオーベムがいた。さらにはオーベムを抑えていたはずのノクタスとヤドキングはハリアーのジュペッタと見失っていたカクレオンによって制圧されていた。

 

 オーベムは二人を見て、不気味な音を発していた。だがここまでくればダイもアイラも分かる、オーベムが出しているあの音は嘲りの声だ。

 サザンドラの目の前で倒れ伏すバシャーモの身体が急に持ち上がり、それがオーベムによる【サイコキネシス】だと分かった瞬間、ダイは腰のモンスターボールに手を伸ばした。

 

「ウォーグル、受け止めろ!」

 

 念力で地面へと叩きつけられそうになっていたバシャーモは、なんとか疾翔するウォーグルが受け止めた。伊達に自動車を軽々と持ち上げる膂力は持っていない。

 しかしウォーグルが今度はサザンドラの標的にされてしまう。ダイのウォーグルは主人を乗せたままでも高速戦闘が可能なほどこのひと月で鍛え上げられている。だが腕で誰かを抱えている場合は別だった。

 

「バシャーモはこっちで引き受けるから、アンタは自由に飛びなさい!!」

 

 アイラがボールにバシャーモを収めると、ウォーグルは目の色を変えてさらに加速する。頭上を飛び回るウォーグル目掛けてサザンドラが【りゅうのいぶき】を三つの口から発射する。どうやら、今度は高威力ではなくそれを叩き込むための麻痺状態を狙っているようだった。しかしウォーグルには当たらず、プールのスライダーへと激突しその破片ががらがらと音を立てて落ちる。

 

「あいつ、無駄に被害を増やしやがって……! ウォーグル、見せてやれお前の!」

 

 空中で空戦機動(スプリットSマニューバ)を決めウォーグルが回転しながらサザンドラへ迫る。翼が切る風が圧力を生み出し、ウォーグルの身体が空気摩擦によって光を帯びる。

 今から放たれるそれは、サザンドラに対し最も効果的な、かくとうタイプの一撃。

 

 

「【ばかぢから】ッ!」

 

 

 炸裂音と共にウォーグルとサザンドラが反発し合う。オーベムによる二度目の【みらいよち】も警戒したが、さすがにそう何度も撃てるわけではないようだ。

 しかしやられたままでは終わらないと、サザンドラは全ての口腔から【だいもんじ】を放ち同じくノックバック中のウォーグルの身体を業炎が飲み込んだ。

 

「まだだ! 【シャドーボール】!」

 

 刹那、吹き飛ばされるウォーグルの影から飛び出したダイのゲンガーがその腕から闇色の魔球を生み出し、オーベム目掛けてダンクシュートを放った。

 直撃を受けてプールの中に吹き飛ばされたオーベム。完全死角からの急襲、さらにゲンガーの高い特攻から放たれた弱点タイプの技。全てが噛み合わさって厄介なオーベムを戦闘不能に持ち込めたはずだった。

 

 だというのに、ハリアーはなぜか薄い笑みを絶やさない。あまりに不気味で、ダイは優勢のはずなのに後退りしてしまいそうだった。

 

「固まってるのかしら、アンタの要は潰したわよ。さっさとその薄ら笑いを引っ込めて、ぐぬぬって顔見せたらどうなの?」

「ぐぬぬ、ですか。それは────」

 

 ハリアーはそう言って、コンパクトミラーを取り出した。そしてその鏡面をダイたちに向ける。そして、その直後攻撃を終えたはずのゲンガーが何も言わずに倒れ戦闘不能になった。

 信じられない、そう言ったダイの顔がハリアーの鏡に映っていた。

 

「こういう顔でしょうか? それならご期待に沿うことは出来ませんね」

 

 鏡を閉じるハリアー。ダイは必死で状況と、見たもののリプレイを頭の中で繰り返したがゲンガーが戦闘不能になる要素が一つしか思いつかなかった。

 そしてそれが真実ならば、ハリアーはダイが出会ってきたトレーナーの中でも最悪の部類に入るタイプだった。

 

「お前、ここまで読んでいて、【みちづれ】を使わせたな……!」

「ご明察です。さすが、伊達に白陽の勇士に選ばれてはいませんね」

「ッ、てめぇ……!」

「おや、憤っていらっしゃるのですか? 我々は今殺し合いの最中で、貴方は敵のポケモンを一匹減らしたのですよ。貴方のポケモンと等価ではありますが」

 

 かつて、レニアシティでダイは班長の一人、ロアとの戦闘中に【みちづれ】を使うよう煽られたことがある。

 その時も、同じように憤った。それはポケモンバトルを手段としか見ていない、結果主義者のような気がしたからだ。

 

「お前らって、みんなそうなのかよ」

 

「ほう、禅問答でしょうか? 出来ればご遠慮願いたいところですね。初めに申した通り時間が無いのですよ、我々には」

 

「ちげーよ。昨日、黒いメガシンカを使う班長たちと戦った。あれは欠陥のあるシステムで、使ったら最後助けるのは難しい。だけどお前らはそれでも、部下にそれを使わせんのかよ」

 

 脳裏に浮かぶのは、漆黒の炎と見紛うオーラに飲み込まれるイグナとヘルガー。苦しみ、助けを求めるヘルガーの声はまだ耳にこびり着いている。

 そして無理やりメガシンカさせたポケモンの強化には、トレーナーの生命力が使われる。そんな悪魔のシステムを今や、バラル団の人員は身に着けていることになる。

 

 それを使わせることに、なんの痛みも感じないのか。ダイはそれが気になった。

 答えはあっさりと返ってきた。

 

 

「知れたこと。我らが悲願の前に、部下の命など些細なものです」

 

 

 ギリ、ダイの歯が軋む音がした。震える手でゲンガーと負傷したウォーグル、サザンドラから解放されたゼラオラをボールに戻す。この戦闘で既に四匹のポケモンを戦闘不能に陥らせてしまった事実に力不足を噛み締めながら、ダイは葛藤した。

 

 しかしもう一つの、腰に残ったモンスターボールが震えた。それはダイにとって、まだ諦めてはならない理由だった。

 もう既にアイラ共々メガシンカは使ってしまっている。その上、相手にはまだメガシンカしたジュペッタが残っている。

 

 それでも、喰らいつけ。()()()()()()()()()()()()()

 

「行け、ジュカイン──!」

 

 ボールから飛び出した相棒は振り返りダイの指示を仰いだ。ダイもまた、それに頷いて応えた。

 アイラもまた残ったフライゴンを呼び出そうとしたが、ダイはアイラの前に手を出してそれを制止した。

 

「アイ、フライゴンを出すのはもう少し待ってくれ」

「何言ってんのよ、アンタとジュカインがもう一端に戦えることくらいは知ってるわよ。でも流石に無謀すぎる」

「違うんだよ」

 

 要領を得なかった。アイラもハリアーも、怪訝に顔を顰めた。

 しかしダイは大真面目に、フライゴンを出すなと意見を変えなかった。

 

「じゃあなに? アンタとジュカインには一人と一匹でメガジュペッタを止める手立てがあるっていうの? 相手は卑怯な手だって使う悪党なんだから、こっちがタイマン張ってやる必要なんて無いのよ!?」

 

 痺れを切らしたアイラがダイの胸ぐらを掴む勢いで詰め寄った。アイラの言うことは尤もだったし、ダイもそう思っている。

 恐らくジュペッタを倒したところで次の手が来る。一対一に拘らずに倒すことこそ念頭に置くべきだ

 

 

「そろそろ、俺を信じてくれよ」

 

 

 だけど、それでもダイは自分を曲げなかった。幼馴染の久しぶりに見る神妙な面持ちに、アイラは思わず怯んだ。

 気圧されたまま、動かなくなったアイラを横目にダイはジュカインと共にハリアーに向き直る。

 

「正気とは思えませんね、それとも私を甘く見ているのですか? だとすれば、楽観的な頭をしていますが」

「言ってろ」

 

 ダイはそう啖呵を切って、目を瞑って意識を集中させた。ジュカインもまたダイの息遣いを心臓で捉えて、それを同調させる。

 ジュカインと、大地越しに全てが繋がってるイメージを絶やさない。心臓の鼓動、その波全てがピッタリと合うような()()()()()()()

 

 その時だ、「ポゥ」という音を立ててダイの持つキーストーンが淡い虹色を放ち、次いで激しいオレンジ色の奔流を吐き出した。

 螺旋状に空へと突き立てられたその光が今度はメガストーンを介してジュカインの身体を包み込んだ。

 

「まさかそれは……その光はッ」

 

 ハリアーがようやく薄ら笑いを消して、驚愕を顕にする。その顔が見てやりたかったと、ダイはほくそ笑んだ。

 正直こんなところで明かす手の内ではない。だけど、考えなしに切り札を切るほど馬鹿でもない。

 

 

「──────信じて前に、突き進め(ゴーフォアード・ビリーヴァー)! ジュカイン!! "キセキシンカ"!!」

 

 

 突き出した拳が勝利を手繰り寄せる。ダイが放った特大の橙のReオーラがジュカインを包み込み、その光を四散させ現れるのはジュカインのキセキ形態。

 しかし従来のキセキジュカインと違うとすれば、身に纏うReオーラの色だ。今までが虹色の光を常時放出するタイプとするなら、今のジュカインは身体の輪郭に橙一色の光を纏わせていた。

 

「こんなにも容易くキセキシンカを起こすなど、どんな理屈で……!」

 

「ダイ……っ、アンタいつの間にそこまで……!?」

 

 アイラも、ハリアーでさえもやはり驚きを隠せないみたいだった。しかしダイはすぐさまジュカインと共に飛び出した。

 キセキシンカしたジュカインのスピードはメガジュカインすら遥かに凌駕する。当然、初見のハリアーとそのポケモンが食らいつけるはずもない。

 

「悪いけど──」

 

 繰り出されるのはスピードと遠心力の乗った【アイアンテール】。ごう、と暴風のような音とともに振り回される尻尾が油断していたカクレオンの胴体に直撃、遥か後方まで吹き飛ばしスタッフルームの壁に激突、大きな穴を開けた。が、それをハリアーが認識し、振り返った瞬間にはもうジュカインの姿は無くReオーラの軌跡だけが夜に残されていた。

 

 

「説明してる時間は()ぇんだ」

 

 

 

 




危うく一年間更新なしになるところだった(割と手遅れ)

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