ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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ワクワクを思い出すんDA


VSファイアローⅡ ワクワクを思い出せ

 燦々と照りつける太陽の下、俺はまたしても追われる側として空を飛び回っていた。

 相手はランタナさんのファイアローと、その後ろにシンジョウさんとリザードンが同時に迫っている。バトルロワイヤルよろしく、終盤までチーミング──つまり、協定を結んで一緒に戦うことだって出来る。

 だけど────

 

「ジムリーダー二人で手ェ組んで汚えぞー!! ちくしょうめ!」

「ハハハハッ! なんとでも言え~! さぁ逃げろ逃げろ!」

 

 くそっ、ランタナさんめ……絶対泣かす、絶対ひと泡吹かせてやる……

 だけどあのファイアロー、追跡者(チェイサー)として強敵すぎる。こっちのウォーグルは【こうそくいどう】で素早さを上げているっていうのに、ビルや塔なんかの障害物を利用しないとすぐに追いつかれる。

 

「【ニトロチャージ】、上げてくぜ!」

「まずい……っ!」

 

 瞬間、ファイアローが炎を翼に纏わせて加速する。正面には昨日の主戦場になった廃ビル、このままだとぶつかる! 

 ウォーグルに指示を出しビルの壁面に一瞬着陸し、同時に蹴飛ばして加速し滑るように急降下する。加速していたファイアローは廃ビルに激突し、砕けたコンクリートが幾つか下にいる俺の元へ降り掛かってきた。

 

「よし、躱した!」

「──だが、捉えたぞ」

 

 ファイアローを避けきったかと思えば、回避先にはシンジョウさんとリザードンが待ち受けていた。リザードンが口に炎を溜め込んでいる、来るのは多分【かえんほうしゃ】か! 

 

「うぉぉぉぉぉおおッ! 上がれ!」

 

 炎が吐き出された直後、ウォーグルはリザードンへ体当たりしその反動を利用して再び上昇する。咄嗟の【とんぼがえり】が効いて助かったけど……! 

 このままじゃ不味い、そう何度もファイアローの攻撃を避けきれるとも思えないし晴れてる以上シンジョウさんとリザードンの炎技も無視できない。

 

 周りの挑戦者たちがどんどん争い合って勝手に消えていく。つまり利用出来る戦力が減ってくるってことだ。

 

「なんだ考え事かぁ? 隙だらけだぜ、【アクロバット】!」

「ッ、しまった!」

 

 ランタナさんがファイアローを再度けしかけてくる。その時だ、ファイアローの翼が橙色の光を帯びて瞬間移動のような素早さで突っ込んでくる。

 避けきれずウォーグルが直撃を食らう。三度の予測不能な連撃にたまらずウォーグルが速度を落としてしまう。

 

「──ダイ、前だ!」

 

 その時、下からアルバの声がした。顔を上げると、"いかく"を誘発するために煽ったギャラドスが口に水の塊を蓄えていた。恐らく放たれるのは【ハイドロポンプ】、しかもウォーグルはこのままの速度で進めば、間違いなく直撃してしまう。

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……おい!?」

「……やれやれだ」

 

 後ろからそんな声が聞こえた気がしたが、もしかすると今俺の耳元でごうごう言ってる風の音のせいで生まれた空耳かもしれない。

 あのままのスピードで飛べばウォーグルはギャラドスの【ハイドロポンプ】に当たってしまう。なら俺が飛び降りて、ウォーグルが俺に気を使わずに飛べるようになれば回避は容易い。

 

「俺のウォーグルはコスモスさんのカイリューの【はかいこうせん】だって避けんだよ! 考えなしに撃って当てられると思うなよ!」

 

 それに俺だって考えなしに飛び降りたわけじゃない。視界の端で捉えていたポケモンが俺の方向へ向かってきていたのを確認していたから、飛び降りた。

 身体の姿勢を変えてダイブの軌道を変えてそのポケモンの背へと無理やり着地する。

 

「ちょっ! ダイ!? アンタなにしてんのよ!」

「ナイスタイミング! ちょっと乗せてくれ! ってフライゴン大丈夫か、スピード落ちてるぞ?」

「アンタのせいでしょうが! さっさと降りなさいよ!」

 

 アイとフライゴンがいてくれてよかった。フライゴンもドラゴンタイプよろしく、馬力が凄まじい。俺が急に乗っかったくらいじゃ飛行能力を失ったりしない、速度は落ちてたけど。

 確かにこのままアイの邪魔をするのは忍びない。指笛を吹くと、ギャラドスを翻弄したウォーグルがすぐさまこっちへと戻ってくる。

 

「じゃ、アイも頑張れよ!」

「ちょっと!?」

 

 そう言ってフライゴンの背からもう一度飛ぶ。上手いこと俺を回収したウォーグルの背にもう一回上がると、上空のファイアローとリザードンを見やる。

 両者の障害として認識されたのか、ギャラドスはファイアローに振り回された挙げ句、シンジョウさんのリザードンが放った【かみなりパンチ】で沈められていた。

 

 貴重な空飛ぶみずタイプ、利用できると思ったんだけど……やっぱあの二人を相手にするのは荷が重かったかな。

 

「おいトップガン、さっきのアレ完璧にお前の飛び方だぞ! 教育に悪い飛び方はすんなよな!」

「どうしてこう、似るんだかな……」

 

 ランタナさんのガミガミ言う声が上空から聞こえてくる。どうやらさっきの芸当はシンジョウさんもやってたらしい。意識していたつもりはないけど……

 とにかく二人が深い溜め息を吐いている、急襲するならチャンスだ。

 

「ウォーグル、【がんせきふうじ】だ!」

 

 ウォーグルが廃ビルのコンクリートを抉り取って、ファイアローとリザードン目掛けて放り込む。当然投げ飛ばされた岩石は避けられたり正面から【かわらわり】で砕かれるが、回避に気を使った今がチャンスだ。

 

「すかさず【ブレイククロー】!」

 

 跳ね返ってくる砕けた石を幾つか受け止めながら直進し、ファイアローに一撃を叩き込む。ウォーグルの高まった攻撃とそれによって放たれる防御を奪う裂爪がファイアローにクリーンヒットした。

 素早さこそトップクラスのファイアローだけど、防御はそこまでじゃない。コスモスさんのエストルとパシバル(ジャラランガ)に比べれば、スポンジみたいなもんだ! 

 

「っとやべぇ、まだこいつをやらせるわけにはいかねえな! 【はねやすめ】だ、ファイアロー」

 

 ファイアローはランタナさんの元へ戻るとそのまま右手を止り木にして回復に専念する。翼を休めているわけだから、ひこうタイプとしての能力は失われるけれど代わりにムクホークがランタナさんごとファイアローを遠ざけることでこの戦闘はここで一端打ち切られる。

 

「トップガン、しばらく任せたぜ!」

 

 ファイアローを連れたままランタナさんが離脱する。少しドタバタしたけれど、戦況が降り出しに戻る。周囲のポケモンの技があちこちで炸裂する音の中、俺とシンジョウさんは視線を交わした。

 呆れているような、怒っているような、それでいて口元は少し綻んでいるような、複雑な表情で俺を見るシンジョウさん。

 

「少し、飛ぶか。付き合え」

 

 それはシンジョウさんからの、いわばツーリングの誘いだった。リザードンを寄せてくるが、攻撃する意思を感じなかった。シンジョウさんは不意打ちをするような人間じゃない、その点を信用しているから俺もウォーグルもシンジョウさんを拒むマネはしなかった。

 

「どうかな、俺。このひと月、コスモスさんと修行してだいぶ強くなったと思うんだ」

 

 聞いてみることにした。するとシンジョウさんは少しだけ考え込むような仕草を見せてから、ため息交じりに口を開いた。

 

「そうだな、確かにポケモンたちの練度は高くなった。昨日の戦闘もお前達四人が力をつけたから解決出来たと言っても良い」

 

 なんだろう、褒められているのに少しだけトゲを感じるのは。

 気のせいかもしれない、だけど俺の勘はシンジョウさんの言いたいことはこれじゃないと告げていた。

 

 ソラ風に言うなら、()()()()

 

「ランタナが言っていたはずだぞ。お前は強くなったが──」

 

 

 

────大事な何かを、落とした。

 

 

 

「それは、ポケモンバトルを楽しむ心だ」

 

 

 言われて、ハッとした。コスモスさんとの修行は成長の実感が、心に沸き立つ何かがあった。

 だけど、楽しかったかと言われると違う気がする。

 

 ポケモンバトルが楽しい、ってラフエル地方が俺に思い出させてくれたはずなのに。

 俺はそれをまた、忘れてしまっていたんだ。

 

 どうすれば勝てるか、どうすれば負けないかよりも。

 どうすれば()()()()()()という、命のやり取りの中でしか覚えないような覚悟ばかりが大きくなっていた。

 

「俺たちジムリーダーはお前たちのような子供がポケモンバトルを競技として楽しむためにいる。お前達の成長を後押しするために、壁として立ちはだかっている」

 

 だからな、とシンジョウさんは続けた。そして、その言葉を継ぐ人がいた。

 

「笑って戦え。そんで負けたら、思いっきり悔しがれ。次があるって、相当幸せな悩みだぜ」

 

 ランタナさんだ。ファイアローに与えた傷はすっかり癒えていた。本当のジム戦はここからってことだな。

 その時だ、ふと気を抜いたら口元が緩んでしまった。まるで思い出し笑いを堪えてる時みたいに、口がふわふわする。

 

 

 あぁ、この感覚。ずっと前に、味わった気がする。

 

 カイドウが俺に思い出させてくれて。

 

 サザンカさんが俺に続けさせてくれて。

 

 ステラさんが俺を認めてくれて。

 

 あの頃、使命感とか抜きにしてジム戦を純粋に楽しんでいた頃の、ワクワクを思い出した。

 

 

「もう俺の手助けは必要なさそうだな。露を払う」

 

 満足気に言い残し、シンジョウさんはリザードンを引き連れて他のポケモンとの乱戦に向かう。それはひとえに、これから俺たちが本気(ガチ)でぶつかり合うための、お膳立て。

 ウォーグルとファイアローが鋭い視線を交わし合う。互いの力量はある程度把握出来てる。

 

 ポケモンの足りない部分は、俺たちが補う。

 それが、ポケモンバトルの醍醐味────

 

「さぁ飛ぼうぜ、"ヒーロー"!」

「望むところ! 俺たちのやり方で、バッジを勝ち取るぜ!」

 

 翼を一気に広げ、ファイアローへと突進するウォーグル。対してファイアローは、翼を燃やしてそのまま風を煽る。ファイアローによって煽られた風は翼の熱を受け取って、灼熱と化す。

 ほのおタイプを併せ持つからこそ放つことが出来る【ねっぷう】だ。広範囲を焼き尽くすような熱波がそのままウォーグルを正面から襲う。

 

「あちぃ! が、そのまま最短を突っ切れ!」

「ッ、怯まねえのか!」

「生憎、炎の中から復活したもんで熱さには慣れっこなんだ!」

「そういう理屈かよ!」

 

 レシラムの炎で傷口が再生した人間からすれば、熱いだけの風。ウォーグルが火傷するリスクを負っても、ここは最短ルートでファイアローに突っ込むだけだ。

 凄まじい勢いで空気を切り裂く突進が、ウォーグルに燐光を纏わせる。

 

「【ブレイブバード】だ!」

 

 渾身の体当たりがファイアローに直撃。しかしどういうわけか、ファイアローにダメージが通っているようには思えなかった。

 そして気づく。ファイアローの翼が赤よりも高い温度の色、オレンジ色に輝いていた。それはつまり、ファイアローが全力の炎を纏っていたということ。

 

 ヤツが覚える中で最も苛烈な炎を操る技は一つしか無い。

 

「【フレアドライブ】をぶつけて、相殺したのか……!」

「それだけじゃあ、無いんだな!」

 

 ランタナさんが指を振りながら不敵に言った。それの指す意味は、ウォーグルが腹部に抱える大きな火傷の跡が物語っていた。

 最初の【ねっぷう】とその後の【フレアドライブ】、特に後者は意識外から放たれた予想外のカウンター。だからウォーグルは火傷を回避する術が無かったんだ。

 

「自慢の攻撃力も、これならそう怖いもんじゃないぜ」

「……ランタナさん、意外と策士なんだな」

「意外とは余計だっつの! さぁ、掛かってこい!」

 

 安い挑発、だけど今は乗るしか無い。ウォーグルが【ブレイククロー】を繰り出すが、痛みから顔を顰める。

 その僅かの、攻撃のリズムのズレ。それを見透かされ、ファイアローは軽々と避けるどころか【アクロバット】を再び繰り出しウォーグルにダメージを与える。

 

「持ち物が無い時、攻撃力を増す【アクロバット】……! トレーナーを乗せたり持ったりしてないから、今の状況にマッチしてる……! しかもそれだけじゃない!」

 

 ファイアローは翼を畳んで弾丸のように急降下することで風圧の中に身を置く。地上よりも数十メートル以上高いこの位置で感じる風圧はまるで冷風のように感じる。

 つまり【はねやすめ】になるんだ、加熱しすぎた翼の冷却を行うことで次の攻勢でオーバーヒートを起こすことなく戦える。

 

「【はやてのつばさ】……! 体力が十全の時、ひこうタイプの技を素早く繰り出せる! こいつが一番厄介だ……!」

 

【はねやすめ】と【はやてのつばさ】のコンビネーション、これを攻略しない限りファイアローを突破出来ない。

 コスモスさんのジャラランガたちよりマシって言ったけれど、"やけど"を負わされたウォーグルではファイアローを一撃で倒すことが出来ない。

 

 それはつまり【はねやすめ】の隙を与えることになる。急所を突くか、【ブレイククロー】でひたすら防御を奪うかしかない。

 だけどそれは持久戦を強いられる。だけど"やけど"のダメージがある以上、ウォーグルに持久戦は無理だ。今の時点でも割とギリギリ飛んでるのが分かる。

 

「さぁ、どうするヒーロー?」

 

 選択を迫られる。ファイアローもまた、俺たちを試すような視線を向けてくる。それに対し、俺とウォーグルが顔を見合わせた。

 たった一つだけ、勝つ方法がある。ウォーグルが()()を実行しろと目で訴えてくる。それはウォーグルの覚悟の現れだ。

 

 なんせ、この方法はウォーグルの捨て身が前提だからだ。

 だけど、死なないためのじゃなく、勝つための覚悟なら────

 

 

「お前の意を汲むぜ! 一緒に勝ちに行くぞ!」

 

 

「ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」

 

 

 咆哮を、対戦相手に全力でぶつける。そしてその先は、俺らしく戦うだけだ。

 

「よし、逃げるぞウォーグル!」

「は、はぁっ!? そこまで啖呵切って逃げんのかよ!?」

 

 ウォーグルはファイアローに背を向け、一目散にその場から離脱した。俺たちが最後に選んだのは持久戦。ファイアロー相手に時間を稼ぐという戦法だった。

 ふと見渡せば、既に空は随分と静かになっていた。シンジョウさんのリザードンやアイのフライゴンが大暴れした結果だろう、全てのポケモンが蹴散らされていた。

 

 アルバのジュナイパーはちゃんとランタナさんのポケモンを倒せたかな、もしダメでも今度はシャルムシティでリベンジしよう。俺たちには次があるんだから。

 

 だけどそれは、次があるから負けてもいいやという言い訳にはならない。

 俺は、俺たちはまだ勝負を捨てたわけじゃないからだ。

 

「【エアスラッシュ】だ!」

 

 ウォーグルは追撃を仕掛けてくるファイアロー目掛けて空気の刃を飛ばすが、それらは簡単に避けられてしまい明後日の方向へ飛んでいった空気の刃がビルの一角を破壊する。

 しかし落下した瓦礫は下のポケモンたちの【テレキネシス】による浮遊力場の影響で観客の頭上でふわふわと浮かんでいる。

 

「やけど状態の効果を受けない特殊技を選んだんだろうが、ちゃんと狙わなきゃファイアローには当てられないぜ!」

「やっぱりか、そりゃそうだよな……!」

 

 追撃の【ブレイブバード】を辛うじて回避するが、無理をするとウォーグルのやけどが悪化してダメージが深刻化する。真面目に避けてもあと二回くらいが限界そうだ。

 ウォーグルに首元でハンドサインを送る。これはコスモスさんとの修行中に練習した、口が使えない時の指示の一つだ。他にも口頭の指示で相手に作戦を悟られたくない時にも役に立つ。

 

 直後、ウォーグルの姿が一気に分裂する。再び賑やかになった空の上で、ファイアローが混乱する。唯一だけ欠点を上げるとするならば、本物のウォーグルにしか俺が乗っていないからすぐにバレてしまうところだ。

 さすがに俺はサザンカさんたちと違って【かげぶんしん】出来ないからな。

 

 でもここまで空を埋め尽くしてさえいれば、バレないはずだ。俺のウォーグルは通常よりもちょっぴり身体が大きい。身体を起こしていれば、ウォーグルの身体が死角になって俺の身体は隠れるからだ。

 

 ────そう思っていた。

 

「甘いぜ、ヒーロー。回避率を上げればファイアローを撒けると思ったんだろうがな!」

「まさか、【ねっぷう】を……?」

「いいや違うね。もちろんそれも手の一つだけどよ、お前は今全力(ゼンリョク)でこの勝負を楽しんでる。この催しを開いた甲斐があるってもんだぜ」

 

 ランタナさんは指を立て、チチチと振って否定する。ウォーグルが遠巻きに旋回を繰り返しているから、本物と俺の場所は未だにバレていないはずだ。

 だけどランタナさんは()()()。ムクホークの上で、不思議な踊りを舞った。

 

 まるで大翼を広げ羽撃くかのような動き。

 

 空を穿つ一撃を示唆する、突き上げられた拳。

 

 その時不意に、ランタナさんの手首にあるリストバンドが輝きを放った気がした。

 

 

「──そこで、お前にとびきりの、俺たちの()()()()()を叩き込んでやるぜ!!」

 

 

 それは気のせいじゃなかった。虹色の光がテルス山から放たれ、ファイアローを包み込んだ。

 その時俺の心臓、レシラム風に言えば魂に何かが響いた。キセキシンカとはまた違う、Reオーラの収束を感じ取ったんだ。

 

 まるでポケモンのパワーアップではなく、一撃に全てを。

 

 ──全力(ゼンリョク)を注ぎ込むような輝きだった。

 

「俺の故郷に伝わる伝説の技、受けてみなヒーロー! 飛翔せよ、ファイアロー!」

 

 虹色のオーラに包まれ、黄金の輝きを放つファイアローがさらに上空を目指す。その勢いは成層圏を超えて、宇宙まで届いてしまうんじゃないかと思うほどだった。

 見ればわかる、あの一撃はやばい。当たったら、無事では済まない。

 

「ウォーグ────」

 

 回避を指示しようとした。だけど、この勇猛な大鷲はそれを良しとしない、頑と譲らない瞳で俺を見つめていた。

 あんな超ド級の必殺技を目の当たりにして、ウォーグルは正面から挑んでみたいと思っているようだった。

 

 火傷を負って、体力は残りわずか。対して相手は【はねやすめ】で体力は十全、勝ち目は殆ど無いに等しい。

 だけど戦ってみたいんだ、こいつは。そしてこいつの性格を思い出した時、思わず変な笑みが溢れてしまった。

 

「分かったよ、いじっぱりだもんなお前。()()()()()()()()

 

 頷き合い、天空から急降下してくるファイアローを睨んだ。それはまさに流星と呼べるものだった。

 遥か上空から急降下することで空気摩擦が極限の炎を生み出す。オレンジ色さえ超越する温度の、白炎。

 

 その炎を身に纏い、螺旋を描きながらファイアローがウォーグル目掛けて音さえ置き去りにするような体当たりを行う。

 

 

「喰らえっ、ファイナルダイブ────ッッ」

 

 

 炎そのものとなったファイアローはさらに加速し、砲弾のように勢いを増しながら迫ってくる。

 ウォーグルはそれから逃げない。真っ向からぶつかり合うために真正面から向かっていく。

 

 

「クラァァ──────────────ッシュ!!!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それは地上から見れば、まるで隕石が降ってくるかのようなイメージだった。

 白炎を身に纏い、急降下してくるファイアロー。加速すればするほど、身体の炎が巨大化していくからだ。

 

 ランタナの故郷、アローラ地方には『Zワザ』なる伝統の技が存在する。

 メガシンカ同様に、トレーナーとポケモンにそれぞれ特殊なクリスタルを所持させ、風土に纏わる舞を奉納することでポケモンに力を注ぎ込むという必殺技。

 

 本来なら、アローラの風土が必要となるそれを、ランタナはReオーラを代用して発動させているのだ。

 

 誰もが思った、勝負ありだと。アレを正面から受けたなら、誰だって耐えきれないと悟った。

 アルバも、リエンも、ソラも、残念そうに目を伏せた。しかしダイならきっと、少しだけ凹んで笑ってリベンジを受け入れるはずだ。

 

 天空で大爆発が起きた後、そこから吐き出されるようにして落下するダイの姿を誰もが見た。しかしそのコースを見た瞬間、テレキネシスで浮遊力場を作っていたステラが青ざめた。

 慌ててポケギアを取り出し、ランタナへ繋いだステラが叫んだ。急いでいたあまり、個人通話ではなくオープンチャンネルで繋がってしまったがそれはこの際関係ない。

 

「ランタナさん! 今すぐダイくんを回収してください! 彼はこのままではテレキネシスの力場より外に落下します!」

『なんだとっ!? おい、ファイアロー! 急げ!!』

 

 ランタナがすぐさまファイアローを向かわせる。幸いダイが落下を始めてそこまで距離は離れていない。ファイアローの速度なら十分追いつける距離だった。

 それでも心配が勝ったか、アルバは疲弊しているジュナイパーを、ソラはチルタリスを空へ向かわせようとしたときだった。

 

 しかし、

 

「ま、待ってくださいっ!!」

 

 それをせき止める人物がいた。それはシーヴと逸れ、後から合流した少年。

 サンビエタウン郵便屋のミツハルだった。彼はアルバとソラを止めると、振り返って上空を仰いだ。

 

 

『そうだぜ、ランタナさん!』

 

 

 通話に参加している全員の端末から、ダイの声が聞こえてきた。全員が端末と、上空の豆粒ほどのダイを交互に見つめた。

 そして誰もが悟った。ウォーグルを戦闘不能にされたにも関わらず、ダイはまだ勝負を諦めていない、と。

 

 

『まだ、勝負は終わってねぇ! 俺たちは絶対に勝つ!』

『何馬鹿言ってんだ! お前にはもう空を飛べるポケモンがいねえだろ! さっさとファイアローに掴まりやがれ!!』

 

 

 ランタナが必死に叫ぶ。飄々としていた彼があまりにも必死に叫ぶものだから、ダイは思わず余裕が生まれていた。

 先程の(ランタナ)がそうしていたように、指を立ててチチチと舌を鳴らした。

 

 

「いや、ダイさんにはまだ、戦えるポケモンがいます!!」

 

 

 ミツハルが声高に叫ぶ。彼のこんな姿を見たことがない、とシーヴは目を丸くしていた。

 その場のギャラリー全員が空を仰いだ。そして気付いたのだ、可能性に。

 

 

 アルバは、

 

 

 リエンは、

 

 

 ソラは、

 

 

 アイラは、

 

 

 シーヴは、

 

 

 イリスは、

 

 

 まさか、と息を飲んだ。その、まさかだ。

 

 

 

 

 

『そう、俺にはまだ────』

 

 

 

 

 

 ガシリ、とダイがファイアローを()()()()。自分を助けに来た焔隼を逃すまいと捕捉した。

 ミツハルとダイは叫んだ。

 

 互いによく知る、その名を。その技を。声高に、身体の芯を震わせるように。

 

 

 

 

 

「『翼がある──ッ!! 【ハイドロポンプ】ッ!』」

 

 

 

 

 

 瞬間、ダイとファイアローの隣に聳えるビルの一角から一筋の水流が解き放たれた。それはまるでスナイパーの如く、ダイが捕まえたファイアローを横から穿った。

 ファイアローから手を離し、再び落下を始めたダイをそのビルから飛び出した影が、その大きなクチバシですっぽりと受け止めた。

 

「ナーイスキャーッチ! やっぱお前は最高だぜ! "ペリッパー"!!」

 

「クワワッ!!!」

 

 "みずどりポケモン"、ペリッパー。ダイの最初のポケモンにして、今はミツハルが預かっているはずのポケモン。

 それが今、ダイを助け、勝利に導こうとしている。

 

「このスカイバトルロワイヤルは、空を飛べるポケモンしか手持ちに入れられない。だから、六匹手持ちが揃ってる俺でも新しく手持ちに、空を飛べるポケモンを追加することが出来る!」

 

 戦闘に参加出来ないのではなく、そもそもエントリーが出来ない。これを利用して、ダイはペリッパーを呼び戻し、戦闘の間それを隠し通したのだ。

 

「おまっ、まさかテレキネシスの力場範囲外に落ちたのは……」

「ご名答、わざとさ! だから俺は戦闘中に、こっそり石の破片や小石を落として回ってたんだ! テレキネシスの浮遊力場の範囲がどこまでかを調べるためにね!」

 

 ランタナはシンジョウのリザードンと共にダイを追いかけていた時と、さきほどの逃走中にビルの一角を削った【エアスラッシュ】など自分が思い返すだけでも結構ある。

 最初から、このバトルロワイヤルが始まった時からダイはこの展開を読んでいたのだ。そして自分が落下する位置を決めそこへペリッパーを潜ませていた。

 

「力場の外に落ちれば、飛行手段を失って落ちていく俺を助けるためにファイアローを動かすことも読めてた! 後はご覧の通りさ!」

 

 ファイアローは苦手とするみずタイプの技、それも最上級の技である【ハイドロポンプ】を意識の外からぶつけられた。

 

「もちろんジムリーダーが鍛え上げたポケモン。あの不意打ちでも多分一発じゃ倒せないはずだ。けど、自慢の翼は封じた!」

 

 ランタナがファイアローを見やる。そこには翼がグズグズに濡れそぼった相棒の姿があり、まだ飛ぶ意思は感じたものの【はやてのつばさ】を封じられたことを悟った。

 体力が十全でなければ、【はやてのつばさ】は効力を発揮しない。

 

「勝負はここからだ、行くぞペリッパー! 【おいかぜ】!」

 

 力強く羽ばたき、ペリッパーがその場に空気の流れを生み出す。風が背を押してくれることでペリッパーの素早さが倍近く上昇する。

 ファイアローが追いかけるが、翼が濡れその分重くなったことで素早さが伴わない。追い風を味方につけたペリッパーがぐんぐん距離を離す。

 

「どこへ向かうつもりだ!」

「ランタナさんが全力(ゼンリョク)見せてくれたんだ、俺だって見せつけなくっちゃな!」

 

 ダイを乗せたままペリッパーは高度をぐんぐん下げ、やがてレニアシティ外れにあるプールエリアへと思い切り飛び込んだ。

 水柱を上げて再度飛翔したペリッパー、背中に乗っているダイがずぶ濡れになることも厭わない。

 

「ハハハッ! 頭から行ったな!」

「クワ~!」

 

 服が、髪がずぶ濡れになろうと、ダイは笑顔を崩さなかった。

 久々にペリッパーと翔ける空が、楽しくてしょうがなかったから。

 

「くそっ、近づけるな!」

 

 ファイアローが炎を撃ち出し、ペリッパーを牽制する。しかしその中であっても、ペリッパーは炎を避けなかった。

 仮にも、トレーナーを乗せているのなら回避行動を取るはずだ、と思い込んでいた。

 

「ッ、プールに飛び込んで【みずあそび】したってことか!?」

「そう! 元々炎に強いみずタイプのこいつがわざわざ【みずあそび】したのは俺のためだ!」

 

 炎の中突っ込むダイが火傷をしないように、ペリッパーなりの気遣いだ。

 しかしそれだけではない、ペリッパーがプールに飛び込んだ理由は他にもある。

 

「あっついの、返すぜ! 【ねっとう】!」

 

 食らった炎技でグツグツに温まった湯を発射し、ファイアローを攻撃する。ほのおタイプ故に火傷することこそ無いが、直撃によるダメージは相当だ。

 そしてペリッパーが水を滴らせるファイアローにクチバシを叩きつける。ただの体当たり、ではもちろんない。

 

 

「プールの水を【たくわえる】!?」

「そしてゼロ距離で放つ、【超弩級ハイドロポンプ】だァ──ーッ!!」

 

 

 プールには【みずあそび】の他に、吐き出すための水を蓄える意図があった。

 そして極限まで溜め込んだ水を、ゼロ距離で撃ち放つ。コンクリートすら穴を空ける水圧の奔流がファイアローを空の彼方まで跳ね飛ばした。

 

 水が飛散しキラキラと雫が溢れる中、空には大きな虹が掛かっていた。

 くるくると落下したファイアローが浮遊力場によって受け止められたのを確認して、ランタナはため息まじりモンスターボールを取り出し、激闘を終えたファイアローを労いボールへと戻した。

 

「ったくこの野郎、どっちが策士だっつーの! お前の方が数倍小賢しいぜ!」

 

 肩を抱き、だる絡みするランタナ。濡れたダイの頭をワシャワシャと乱雑にかき乱すと、ゴホンと軽い咳払いと共に離れた。

 そして上着のポケットを弄ると、彼は渋々光り輝く()()をダイへと差し出した。

 

「お前たちの勝ちだ。俺が伝えたいことも、全力も、全部受け取った上で俺のファイアローを見事倒したお前に、この"フリーダムバッジ"を授けよう!」

「サンキューランタナさん! それじゃ!」

「あっ、おい!!」

 

 着陸したかと思えば、バッジを受け取るなりダイはすぐさま走り出してしまう。

 

「ダイ、どこに!?」

「ちょっと、飛びたい気分なんだ! こいつと、まだ!」

 

 アイラが尋ねるが、ダイは振り返ることもせずペリッパーの背に飛び乗るとそのまま飛び立ってしまう。

 その背中を見て、彼を知る全員がやれやれと笑みを零した。

 

 遂に相対する相手もいなくなり、自分たちだけになった空を仰いでダイは深呼吸を繰り返した。

 この空は誰のものでもない、誰にも縛られない、究極の自由のもとにある。

 

「ペリッパー、あの日お前に言ったこと、訂正するよ」

「クワ?」

 

 羽ばたきながら後ろを振り返って首を傾げるペリッパーの頭をポンポンと撫でながらダイは照れ隠しするように言った。

 

 

「お前は弱いポケモンなんかじゃない。誰よりも優しくて、優しいからめっちゃ強いんだ。お前はずっと、優しさって強さで戦ってきたんだ」

 

 

 ダイはペリッパーが、ひと月前ヒードランの影響で燃えた森の消火活動に野生のみずポケモンを引き連れて当たったとカエンから聞いていた。

 あの夜、ペリッパーを遠ざけるために敢えてひどい言葉を浴びせたが、それをずっと気にしていた。

 

「お前を置いていったこと、間違いじゃなかった。お前はやっぱり、誰かのために力を使う方が生き生きしてるもんな」

「クワ……」

 

 その時だ、ペリッパーはまた寂しそうな顔を見せた。

 また一緒に飛ぶことが出来たのに、またお別れしてしまうのか、と。

 

 

「そんな顔すんなよ、今度は約束するよ。絶対お前を迎えに来る。

 知ってるか? また会える時のお別れは、笑顔でするもんなんだぜ」

 

 

 笑顔の別れは、また会おうのメッセージだから。

 

 

 それを受けてペリッパーは、力いっぱい笑った。ダイも大口を開けて、笑顔を浮かべた。

 約束を結びつける小指が、空に架かる虹と絡み合った。

 

 

 

 

 

 それから暫く空を漂って、満足した二人はゆっくりとレニアシティに降り立った。その頃にはとっくに表彰式も終わって、無事アルバもアイラもフリーダムバッジを手に入れたことを知り、ダイもホッと一安心と息を吐いた。

 

 

「──ダイくん」

 

 

 瞬間、ダイはぶるると身震いし、底知れない寒気を感じた。もしかして身体を冷やしすぎたかと思ったがそうではない。

 ゆっくり振り返るとそこにはステラが立っていた。ただのステラが立っていればそれで良かったのだが、()()()ではなかった。

 

「どうしてあんな危ない真似したんですか? 一歩間違えば大事故になるところでしたよね」

 

 ゆらり、とまるで幽霊のような動きでゆったりと迫ってくる。顔には笑顔が張り付いているのだが、それが返って恐怖を誘った。

 後退った時、ちらりと視界の端に捉えたのは正座をさせられているランタナの姿だった。

 

「な、なんでランタナさんは正座を……?」

「ランタナさんは連日自分の元へ挑戦者が来ることを面倒がって、今日のバトルロワイヤルに参加した人全員にバッジを配るつもりだったんです」

 

『私はジムリーダーとしての責任を全うできていませんでした。

 今後は心を入れ替え、真面目に勤務致します』

 

 そう書かれたプレートを胸から下げ、シワシワの顔で正座させられているランタナを見てダイは悟った。

 あれはステラに捕まった後の自分の姿だと。

 

「まずいっ! 逃げるぞペリッパー! 飛べ!!」

 

「あっ、こら! 待ちなさい! 降りてきなさーい!!」

 

 もう十分に空を堪能したはずだったのに、ダイとペリッパーは頷きあってステラから逃げるように空へと飛び去った。

 十分後、有志──シンジョウとリザードンだ──の協力もあり、無事ダイとペリッパーは捉えられ、ランタナの隣で正座させられることとなった。

 

 


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