ダン、ダンと晴天時の祭開催を知らせる花火が二日連続で鳴り渡る。
俺たちはカエンの家を出て、再びレニアシティの門を潜る。
「ポケモンセンター、流石に一日じゃ直ってないか」
「ごめん……」
屋根の吹き飛んだ無残なPCを横目に、ソラが気不味そうな顔をする。
まぁ実際命懸けの戦闘だったし、仕方のないことだったと思う。リエンに関してはあまり気にしてないという風だった、そのメンタルを見習いたい。
「それでランタナさんが中央広場に来るよう言ってたんだよね?」
「あぁ、なんかドデカいことするらしいんだけど、詳しくは……」
俺たちが広場に脚を踏み入れた瞬間だった。空高く火柱が上がったかと思えば、それが弾けて火の鳥"ファイアロー"が現れた。
彼が広場に集まった人々の視線を順繰りに奪い、やがて降り立ったのは中心に聳える伝説のポケモンの像の前で仁王立ちするランタナさんの腕だった。
「あー、あー。ただいまマイクのチェック中、大丈夫か? 聞こえてるか? 大丈夫そうだな」
メガホンの調子を確認し、ランタナさんが喋りだす。その瞳は常に俺を捉えていて、彼は俺が来たのを確認してファイアローをけしかけたんだというのが分かった。
「おはようお集まりの諸君、俺が誰か分かるかい? シャルムシティのジムリーダー、ランタナだ。今日はこのレニア復興祭を盛り上げるべく、レニアの市長さんに許可をもらってこうして話をしてるぜ」
「この演説、メガホンだけじゃなくて街中で放送されてる」
袖を引っ張りながら、ソラがそう告げた。さすが、耳が良いんだな。言われて耳を澄ましてみれば、確かにプールエリアの方から音の反響が聞こえてきた。
だからか、街中の至るところから人がなんだなんだと集まってきた。
「あ、ランタナさんだ!」
「おーい! 俺だー! ジム戦してくれ~!」
「こっち向いて~! 一発殴らせろ~!」
広場の中心にランタナさんがいると見るや、ポケモントレーナーと思しき連中があっという間に駆け寄ってきた。
その異様な光景に、アルバが俺たちに耳打ちする。
「ランタナさん、しょっちゅうジムを留守にすることで有名なジムリーダーなんだ。だから、挑戦を受けてくれる日もすごい限られてて」
「なるほど、それならなんで人前で注目を集める真似なんてするんだ……?」
「目立ちたがりなんじゃない? ダイもアルバもそうでしょ?」
「「え、そーなの?」」
「自覚ないんだ、男の子」
リエンに苦笑いされてしまった、アルバと顔を見合わせて首を傾げる。話が逸れたな、ランタナさんのことだ。
トレーナーが殺到すると、ランタナさんは飛び上がり今度はムクホークを呼び出して背に乗ると、さらに高いところから広場を見下ろしてメガホンに向かって叫んだ。
「そう急くなよ、日頃待たせてるみんなのためを思って、このイベントを開くんだからな!」
そう言って、ランタナさんは手持ちのポケモンを一斉にリリースする。
先陣を切るはファイアロー、続いて現れたのはグライオン、ドデカバシ。
それらのポケモンがまるでランタナさんを守るように陣を組み、俺達に立ちはだかった。
「──今から三時間後、シャルムジムの公式戦として"スカイバトルロワイヤル"を開催するぜ! 俺に挑戦したいっつーヤツはこの放送を聞いたらさっさと飛んできな!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なんだか、すごいことになっちゃったな」
「後一時間で開催だけど、あっという間に人だかりだよ」
ランタナさんのジム戦開催宣言の二時間後、俺たちはレニアシティジムの前で屯しながら着々と増えていく人を見て若干辟易としてきた。
ルールの説明があったが、これがまた厄介そうだった。
「カロス地方の文化、"スカイバトル"を使ったバトルロワイヤル形式のジム戦か……」
「うー、こんなのデータに無いよ~! どうしよう」
予めポケモンリーグに挑戦するために旅に出たアルバは、リーグトレーナーのメインタイプや戦法なんかを予習している。
ただのジム戦、つまり選出するポケモンの制限が無いならば俺たちには勝機があった。というのも、
「ゼラオラ、今回は出られないんだ」
「デンリュウもお休みだよ、せっかく頑張ってくれたのにゴメンね」
二匹のでんきタイプのポケモンががくりと肩を落とす。ゼラオラのそういうアクションは未だに見慣れなくて、若干微笑ましいが。
さておき、スカイバトルに参加出来るのは空を飛べるポケモンのみ。俺の手持ちでいえば、ウォーグルのみ。聞くところによるとゴース、ゴーストは参加出来るらしいがゲンガーはダメみたいだ。
「そう落ち込むなってゲンガー。次は任せるからさ」
隅っこで蹲ってメソメソしているゲンガーに声を掛ける。アルバもまたジュナイパーしか参戦出来ない上、ジュナイパーは草タイプのポケモン。必然的に飛行タイプが多いこのスカイバトルロワイヤルは劣勢を強いられやすいだろうな。
「チルタリス、貸す?」
「「いや、それはいい」」
気を使ってか、ソラがモンスターボールを取り出しながら言ったが俺たちはそれを制する。特殊なルールとはいえジム戦なんだ、自分のポケモンで切り抜けたい。
「まぁ、上手いこと頭を使って立ち回るさ」
「僕はそういうの、苦手なんだけど……」
確かにアルバは良い意味で小細工が出来ない。でも話ではアサツキさんとのジム戦は機転を利かせて勝った、って聞いてる。ひょっとして俺と一緒にいて少しは頭が柔らかくなったとか、考えすぎか。
「──ここにいたか」
その時だ、俺たちの前に現れたのは全身黒の男。忘れもしない、俺の目標。
「シンジョウさん! 来てたんですね」
「昨日からいたがな……」
昨日は警備の一環でジムリーダーがほぼ全員投入されたし、それらが統括するVANGUARDチームが総動員されてる。コスモスさんのチームジークだって例外じゃない。
しかしシンジョウさんが俺たちに何か用事だろうか、そう思ってるとその後ろからヌッと件の男が現れた。
「おっす、やってるなボーイズアンドガールズ?」
ランタナさんだ。シンジョウさんの肩に肘を置いたりして、やけに馴れ馴れしい。シンジョウさんも普段の無表情を崩して若干苦笑い気味だ。
聞けば二人は結構前から知り合いらしい、ランタナさんはシンジョウさんのことを"トップガン"って呼んでいる、意味は今度調べるとして。
「せっかくだからな、こいつにも手伝ってもらうことにしたんだよ」
「まだ良いとは言ってないぞ」
「硬いこと言うなって、お前にしか頼めねえんだって」
そう言うとランタナさんは振り返ってシンジョウさんの耳にこっそりとゴニョゴニョ耳打ちする。何を言っているかは分からなかったけど、
「そういうことなら構わない」
「返事が早くて助かるぜ、トップガン」
何かを聞かされたシンジョウさんは二つ返事だった。いったい何を言ったのか、気になるな……
ともかく、いきなり舞い込んできたリベンジのチャンス。ちょっと早いがこのひと月、コスモスさんとの猛特訓で強くなった俺をシンジョウさんに見せるんだ。
「おー、やる気満々って感じだな。それじゃあ後一時間、準備は欠かすなよ~」
シンジョウさんの肩を抱いたままランタナさんが手をひらひらさせながら去っていく。
その背中を見送りながら、俺はライブキャスターのウェブ画面を開いてスカイバトルについてもう少し調べてみることにした。
「エントリー出来るのは空を飛べるポケモンのみ、他はエントリー出来ないってことは……」
「手持ちに入れられないってことだよね。ダイとアルバの他のポケモンは私たちが預かるよ」
「あぁ、助か────」
待てよ? 手持ちに入れられない……?
俺はふと思いつくことがあって、さっそく手持ちのモンスターボールをリエンに半ば押し付けるように預けるとウォーグルを呼び出した。
「ちょっと急用! 一時間で戻ってくるから!」
「行っちゃった……なんだろう、急用って」
「さぁ、ダイはいつも突飛だから」
「「違いない」」
また面倒事に巻き込まれて、逮捕なんてことにならなければいいけれど。
預けられたポケモンたちがモンスターボールの中から私を見上げてくる。いつもはあんなに勇猛なジュカインが不安そうな顔をしているのはレアな光景だと思ったけど。
「遊んでおいで」
預かったモンスターボールからダイのポケモンたちが飛び出す。続けて、私の手持ちも一旦ボールから解放する。
ラグラージはジュカインと、お互いキモリとミズゴロウだった頃からの付き合いだ。この一ヶ月での互いの成長具合を軽いスパーリングで確かめあってるみたいだった。
姿かたちが近いゾロアはグレイシアとじゃれ合っているけど、時折グレイシアが体温を超低音にしてゾロアをからかっている。
極めつけはミロカロスとメタモンだ。メタモンがミロカロスの姿に変身すると、そんなに広くない路地は一気に過密空間になった。それに、かなり視界の美が喧しい。
しかし気になるのは、ゲンガーとゼラオラの二匹。ゲンガーはゴーストの頃から控えめで人見知りしがちなポケモンで、未だに私たちのポケモンとの付き合い方がぎこちない。
それは分かっていたけれどゼラオラは他のポケモンたちとは違い、私のところへやってくると私の目の前でゴロンと寝転んだ。
「……撫でろと」
以前シーヴさんからもらったブラシで教えてもらった通りにゼラオラの毛を撫でる。パチパチという軽い放電の音とゴロゴロと鳴る喉の音。
「なんだかチョロネコみたい」
ゼラオラの戦いぶりも記憶に残っている。あのときのゼラオラはダイのいう"ダークポケモン"だったからか、かなり強烈な印象があったけれど。
昨日のリライブを経て普通のポケモンに戻ったからか、彼の求めるものが今はよく分かる。
「ゲンガー、ひんやりしてて気持ちいいね」
暑さに弱いソラがゲンガーにピッタリくっついている。ゲンガーは突然のスキンシップにあたふたしている。
だけどゲンガーもなにかあるとダイにくっつきたがったからか、くっつく側の気持ちが分かったのかソラの好きにさせていた、大人の対応だ。
ゼラオラのブラッシングを続けながら、ふと思い出したことを聞いてみることにした。
「そういえば、昨日ディーノさんから何をもらったの?」
私はヒレのカセキをもらったけれど、アルバとダイは綺麗に包装された長方形の小箱をもらっていた。
言われて思い出したように、アルバはバッグからそれを取り出して丁寧に包装紙を外した。
「そ、それじゃあ開けるね……」
ドキドキしながら蓋を開けると、そこに入っていたのは羽根ペンだった。
しかしどんなポケモンの羽根で作られたのかは分からない。ただ一つ、わかるのは────
「"ぎんいろのはね"……?」
太陽の光を吸収するように輝く、白銀の羽根だったということ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それからの六〇分はあっという間で、レニアシティ中央広場はポケモントレーナーで埋め尽くされた。
中継を見て、文字通り"飛んできた"トレーナーが多かった。スカイバトルということもあり、参加を泣く泣く見送ったトレーナーも多く存在しているのだろう。
ランタナが飛行タイプのエキスパートであることも手伝って、彼対策に電気や氷タイプを育てているトレーナーも少なくない。しかしそういったポケモンは"エモンガ"や"フリージオ"を除いて参加が困難だ。
シンジョウは隣に並び立ちながら、上手く考えたなとランタナのジムリーダーならではの下準備を感じた。彼もまた炎タイプのエキスパートとして、ダイとのジム戦でリザードンが使った【かみなりパンチ】のような「炎タイプが苦手とするいくつかのタイプへのカウンター」を各ポケモンに覚えさせているからだ。
「それじゃあサリーナ、改めてルールの説明よろしくぅ!」
言いながらランタナがメガホンを渡したのはランタナが統括する"チームフリーダム"の副リーダー、サリーナ。
VANGUARDの登用試験をクリアして以降、ジムトレーナーとしても活躍──主にランタナの不在時に挑戦者をバトルで追い返すこと──している。
「……ゴホン、それでは僭越ながら。今回のスカイバトルロワイヤルでは"空を飛べるポケモンのみ参加が可能"であり、トレーナーはポケモンに騎乗するか、この広場から指示を出すか選ぶことが出来ます」
それを聞いたトレーナーたちが隣にいる鳥ポケモンと顔を見合わせた。ダイやシンジョウのように騎乗できるほど大きなポケモンではなく、トレーナーを掴んだままの戦闘が困難な小柄なポケモンでエントリーするための制度である。実際、アルバのジュナイパーもアルバを掴んで飛行は出来るが、そのまま戦闘が出来るかと言われると難しいためこのシステムはありがたい。
「それに伴うハンディキャップは存在しません。なので大型の鳥ポケモンであっても機動力のために騎乗しない、という選択も可能です。また、騎乗しているポケモンが撃破されてしまったとしても落下による事故防止のためこの広場を中心とするレニアシティの広範囲に【テレキネシス】による浮遊力場を展開します、ご安心ください」
何人か、ホッと胸を撫で下ろし安堵の息を漏らす声が聞こえた。当然だ、復興祭の催しで死人が出てはあまりにも後味が悪い。
見れば有志のトレーナーとポケモンたちが共同で【テレキネシス】を展開するようで、その中にはステラとアブリボン、ミミッキュの姿があった。
「それではカウントダウンです、各自エントリーしたポケモンを空に放ってください」
モンスターボールからポケモンが飛び出す独特の音があちらこちらで発生する。ダイもウォーグルを呼び出すとその背に騎乗し、対面するシンジョウとランタナと共に空へと上がった。
アルバのジュナイパーが少し高めの位置へ上がるのを確認すると、周囲を見渡した。その時、偶然見知った顔を見つけ相手もまたダイを見つけてポケモンを寄せてきた。
せいれいポケモン"フライゴン"の背に騎乗し、サンバイザーと同じブランドのゴーグルが光る女の子、アイラだ。
「アイ、お前も参加するのか?」
「とーぜん! ランタナさんの持つフリーダムバッジ、希少なんだから。VGバッジがあるとは言え、手に入れられるチャンスがあるなら逃す手は無いわ!」
よっぽどなんだな、とダイは目の前で余裕の表情を浮かべるランタナを見やった。であるなら、自分も気合いを入れなければならない、とウォーグルの首の付根辺りを強めに撫でた。
するとアイラはダイの腕を肘で小突いた。ダイが顔を向けると、やや小声で尻すぼみするようにアイラは呟いた。
「約束、あるんだからね」
「分かってるよ、お前も下手やるんじゃねーぞ!」
いつかポケモンリーグで戦おう、子供の頃の約束をもう違えるつもりはない。ダイはクシェルシティで今一度この約束を胸に焼き付けたのだ。
空に浮かび上がったカウントダウンホログラムが時を刻む。
5……4……3……
「2…………」
あと二秒後には、全てのポケモンが爆発したように動き出す。誰もが息を飲んだ。
空の上に上がったトレーナーたちは風の音を耳にしながら、その時を待った。
「ウォーグル──」
「リザードン──」
ただそんな中、ダイとシンジョウだけは相棒へ、示し合わせるようにその名を呼んだ。
互いに、見えているのは相手のみ。他のポケモンは眼中に無い、そう思わせる眼光だった。
『1…………GO FIGHT!』
「「──【エアスラッシュ】!」」
直後、両者が放った空気の刃がぶつかり合い、盛大に爆ぜるのと開戦の合図である花火が弾けたのは同時だった。
空気が破裂することで両者が距離を取り合った。先に距離を取ったのはダイとウォーグルだった。それを追いかけるようにシンジョウはリザードンを急がせた。
「【はじけるほのお】だ」
リザードンはバスケットボール大の火球を前方に放つと、それを追撃の火球で破壊し飛散させる。
散らばった炎が前方のウォーグルはもちろん、周囲を飛ぶポケモンにも被害を及ぼす。
「いきなり範囲攻撃で、ライバルを減らす戦法か……!」
「こういうゴチャゴチャした戦いは苦手でな」
「どの口が言うんだって感じだよ、シンジョウさん……!」
現に、今の一撃に巻き込まれた虫タイプや草タイプを含んだポケモンたちは既に戦闘不能になってしまった。
リザードンというポケモンは力でのぶつかり合いよりも、炎を吐くなどの距離を取った戦いがポケモンだ。
さらに言えばシンジョウほどのトレーナーが鍛え上げたリザードンはスピードも一級品であり、ウォーグルが追われる立場になったのは初手から手痛い要素だった。
しかしそれでもダイは逃げるのをやめない、
「ウォーグル、今から言うポケモンを探せ! "アメモース"、"ムクバード"、"ギャラドス"だ!」
コクリ、と頷くとウォーグルは【こうそくいどう】で自身の速度を跳ね上げると、ダイの指定したポケモンを探した。
"ムクホークの目"ということわざがある。ムクホークでは無いが、ウォーグルはそれに匹敵する眼力で空を飛ぶポケモンたちの中からこれらのポケモンを素早く見つけた。
特にギャラドスは何度も戦ったことがあり、その身体もかなり大きいことから見つけるのは容易だった。
「【にらみつける】攻撃だ! ガンつけてやれ!」
ギャラドスの目の前に突然現れ、鋭い目で睨みつけるウォーグル。すると当然、ギャラドスはある行動に出る。
「なるほど、特性の"いかく"を誘発させたか……」
ダイがちょっかいを出したギャラドスは低く唸って周囲のポケモンを一気に威嚇する。ウォーグルを追いかけてきたシンジョウのリザードンもまたその対象に入ってしまう。
リザードンにとってもギャラドスは苦手なタイプを持つポケモン、倒すための【
「それだけじゃないぜ、シンジョウさん!」
さらにダイは周囲を飛んでいた"ムクバード"数匹にもウォーグルをけしかけた。これらのポケモンもまた、特性"いかく"を持つものたち。
それらのポケモンを周囲に集めたダイを見て、シンジョウの口元に笑みが浮かんだ。
「なるほどな……読めたぞお前の目的が」
「ウォーグル、こんだけの相手に威圧されてビビったか? 違うよな!」
「ウォォォォォォォオオオオオオオオオン!!」
"いかく"によってウォーグルは逆に奮い立った。それこそが、彼が持つ特性"まけんき"だ。
今最高潮に昂ぶっているウォーグルならば、シンジョウのリザードンと対等にぶつかり合うことが出来る。
否、攻撃の適正距離──
「良いところに来たな、"ルナトーン"! ちょっとその身体借りるぜ!」
ふよふよと漁夫の利を狙ってやってきた隕石ポケモン"ルナトーン"へ襲いかかったウォーグルがその硬質の身体に爪を引っ掛けるとガリガリと引っかき始めた。
爪を鋭くすることで攻撃力と命中精度を高める技、【つめとぎ】を行ったのだ。ダイは待機時間にポケモン図鑑と睨み合い、戦略を立てていたのだ。これにて、ダイの仕込みは完了する。
「戦う準備は出来た、ぶつかり合おうぜシンジョウさん!」
「あぁ、全力で来い! それこそランタナがお前に求めることだからな」
弾丸のようにウォーグルが空を翔ける。迎え撃つリザードンが火球を放った。
それをひらりと回避し、ウォーグルが研ぎ澄ませた爪でリザードンを強く切り裂いた。ウォーグルの得意技、【ブレイククロー】だ。
外殻を破壊するようなその一撃がリザードンの防御力をも奪い取る。リザードンにとってもはや近接戦闘は悪手でしか無かった。
ウォーグルは高めた攻撃力を以てダメージを与えるため近づきたい。
逆にリザードンは炎で攻撃するために離れたい。
両者の要求で相反が発生する。即ち、追うものと追われるものが逆転する。
「逃さないぜ、もう一度【ブレイク──」
「【アクロバット】だ、ファイアロー!」
ウォーグルがリザードンの背を捉えた瞬間だった。ウォーグルの目の前に躍り出てきた
隼──"ファイアロー"が目にも留まらぬスピードでウォーグルを殴打して離脱する。
あまりの早業に反応できなかったウォーグルが闖入者の方を睨んだ。炎の軌跡を描きながら、ファイアローは主の元へと舞い戻る。
「油断大敵、相手はトップガンだけじゃ──無いんだぜ!」
「上等だ、迎え撃つぞウォーグル!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
上空を多くの鳥ポケモンが埋める中、リエンとソラはアルバの背を見ていた。ジュナイパーは他のポケモンが仕掛けてくる攻撃を上手く回避し、被弾を極力減らしていた。
この戦いはバトルロワイヤル、そしてジムバッジを獲得できるのはランタナの数少ない手持ちポケモンを撃破したものだけ。
まずはライバルの数が減るのをなるべく体力を消費させずに待ち、終盤で一気に畳み掛けるのが定石なのだ。
猪突猛進を体現していたアルバがここまで理性的に戦えているのは、一ヶ月クシェルシティでサザンカやレンギョウを師として修行した成果が出ている。
「それにしても、ランタナさんがダイに伝えたいことってなんだろうね」
ふとリエンが呟いた。戦いに集中しているアルバには届かなかったが、一緒に観戦しているソラには伝わった。
するとソラは上空を見上げて、耳を研ぎ澄ませた。そして雑多に響く声の中からランタナとシンジョウの声を捉えて、その心の音を探った。
するとあまりにも単純な、正直な声音が聞こえてきた。ソラの口元には自然と笑みが浮かんでいた。
ちょっと前なら、こんなことで微笑むことなど無かっただろう。自分はここ数ヶ月でこんなにも変化したのだと、思い知る。
その変化は恐ろしく、おぞましいものではない。ポケモンに例えて言うのなら、進化したのだろうと思う。
「そんなに難しいことじゃないよ、あの人が言いたいことは」
ウォーグルを駆り、戦場を行ったり来たりするダイを見ながらソラは呟いた。そして聞き届けたランタナの心とシンクロする。
とどのつまり、全く同じ気持ちになったのだ。ソラもまた、ダイに"それ"を思い出してほしいと思っていた。
「──やってるようだね」
「リエンちゃ~~~~~~~ん!」
その時だ、リエンの後ろから声が掛けられた。二人が振り返ると、やや懐かしい顔がそこにはあった。
黒髪がポニータの尾のように束ねられ、赤い帽子を王冠のように讃えていた。リエンのここひと月の師、イリスだ。そして隣にいたのはサンビエタウンの育て屋シーヴ。
ソラはシーヴのことをあまり覚えていなかったが、チルタリスたちがブラッシングを覚えていたからか警戒せずにリエンの後ろで彼女と相対した。
「イリスさんは参加しないんですね」
「うん、私空飛べるポケモンいないからね!」
リエンはイリスにチャンピオン"グレイ"を紹介された時も、ラジエスシティまでの移動はグレイのドラゴンポケモンを頼っていたことを思い出していた。
かつて彼女が語った「旅は自分の足で」というモットーが手持ちのポケモンにも反映されているのだと悟った。
「それに、フリーダムバッジはラフエルに戻ってきた時、最初に
言いながらイリスがバッジケースを取り出す。そこには既にジークバッジ以外の全てのバッジが揃っていた。ラフエルに戻ってからそう経っていない上、全て陸路での冒険であるにも関わらず既にここまで集めきっていたのだ。
「まぁバラル団絡みでジムリーダーがたくさん集まってる機会があった、っていうのも要因の一つかな」
確かにジムリーダーがラジエスシティに集まるタイミングが数多くあったのも事実だ。であれば、各人の余暇を見つけてバトルを仕掛けてバッジを獲得するのはイリスの実力であれば難しくはない。
「ただ、コスモスちゃんだけはここひと月ダイくんに付きっきりだったからね。私もリエンちゃんとずっと一緒にいたし~」
まるで愛玩するようにリエンに後ろから抱きつくイリス。リエンのひんやりした体温が、イリスの密かなお気に入りなのだ。
と、井戸端会議を繰り広げていると四人の目の前に戦闘不能になったトレーナーと鳥ポケモンが降りてきた。バトルロワイヤルが始まってからかれこれ数十分、空は先程よりもずっと広くなっていた。
「だいぶ数が減ってきたね」
「うん……ダイもアルバもまだ頑張ってる」
ソラが指差した先にはリザードンを追いかけるウォーグルと、ランタナのグライオンと接戦を繰り広げるアルバのジュナイパーがいた。
見ればドデカバシを追い詰めるアイラとフライゴンの姿もある。このまま順調に行けば二人はジムバッジを獲得できるだろう。
だがダイは、このままシンジョウとの戦いに固執しているとジムバッジの獲得が難しくなってしまう。ただでさえ、今回はウォーグル一匹で挑まなければならないからだ。
今からバッジを獲得するには、ランタナが騎乗するムクホークもしくはファイアローを撃破しなければならない。
「そういえば、まだ見つからないね」
「誰か探しているんですか、シーヴさん」
周囲を見渡すシーヴにリエンが尋ねた。するとイリスが補足する。
「実はシーヴ姉ちゃんとはそこで偶然会って、サンビエから一緒に来たわけじゃないんだ」
「そう、サンビエから一緒に来た子がいたんだけどこの人混みだろう? 逸れてしまってね……」
「その子とシーヴ姉ちゃんはダイくんに誘われたんだっけ?」
「ダイが……?」
どうやらダイの急用はシーヴと彼女の言うもう一人をこのイベントに招待するためだったらしい。
その一人とはいったい誰なのか、リエンとソラは顔を見合わせた。するとシーヴは少し苦笑い気味に答えた。
「二人は覚えがないかもね。ひと月前、みんながサンビエに訪れた時ダイくんが助けてくれた子なんだ」
そう言われてリエンとソラは記憶を辿り、一人の人物に行き当たった。ダイが自転車の後ろに乗せていた少年がいたことを思い出したのだ。
「──いた! シーヴさ~~~~ん!」
「あぁ、見つかったね」
まさにそのタイミングだった。その少年が現れたのは。
肩を喘がせるその姿に、リエンはあるポケモンを。ソラはダイの見せた涙を思い出した。
後半戦、空は依然として輝く太陽の下にあった。