「ディーノさん……!」
ずっと前に、モタナタウン近くの"神隠しの洞窟"で出会った
まさかここで再会するとは思わなくて、俺もリエンも思わず言葉を失った。アルバに関しては絡みが薄かったからか「誰だったっけ」という顔をしている。"ルカリオナイト"を貰っておいてなかなかふてぶてしい奴だ。
「市長さんの知り合いって、ディーノさんだったんだ」
「旧知の仲でね、彼を知っているとはこちらも驚いた。珍しい石を求めて東奔西走の賜物、ということかな」
フリックさんも苦笑を浮かべるくらい、ディーノさんの放浪癖はすごいらしい。まぁ確かに、石を探して曰く付きの洞窟に攻め入るくらいだからな……生粋の石マニアだろう。
「だが、彼をそこらの"石の収集人"と一緒にしてはいけないよ。なんていっても、彼はリザイナシティに居を構える"ラフエル考古博物館"の館長だからね」
「館長!? そんなフットワークが軽いのに……!?」
「驚きだろう? 彼も私と同じ三五歳だと言うのにまるでいつまでも少年のよう……おっと、歳がバレてしまったね」
そんなこと一言も聞かされてなかったから、オーバーリアクションを取ってしまった。俺の中で化石博物館の館長といったら来館者に展示物の説明を延々早口で行ってる人、というイメージがあったからだ。
茶目っ気を出すフリックさん、なるほど言われてみれば三五歳と言った風に見える。まだまだ二十代でも通じそうだけど……似たタイプの金髪もあってかアストンと並ばれるとギリギリ兄弟に見えなくもない。
ディーノさんについての新しい情報に目を回しそうになっていると、彼の方から口を開いた。
「驚いたな、以前よりも顔つきが精悍になったかな。あれからまだそんなに経っていないのに」
「へへ、どうも。ディーノさんはあれから石、集まりましたか?」
「あぁそうなんだ! 聞いてくれたまえ! この大陸とネイヴュシティとを繋ぐ大海"フローゼス・オーシャン"、そこの流氷からほら!」
石の話になると途端に饒舌になるな、この人! 子供みたいな目で鞄の中身を見せてくれる。
ディーノさんの手のひらには、透き通った水色の石。リエンがお父さんから貰っていた"みずのいし"よりも淡い色だ。差し出されたそれに触れてみると、手が凍ってしまうかもと思うほどに冷たい。
「"こおりのいし"……」
「すごいだろう? これがそこら中にゴロゴロ転がっていたし、極めつけはこれだよ!」
そう言ってディーノさんが取り出したのは、半透明の溶けない氷と岩に包まれた"なにかの破片"。
じっくり見てもいまいちピンとこなかったけれど、リエンはすかさずポケモン図鑑を取り出すとそれを読み取る。暫くのスキャニングの後、ポケモン図鑑が答えを吐き出した。
「"ヒレのカセキ"……?」
「およそ1億年前にこの地球上に生息したというポケモンの化石が見つかってね! 他にもいろんなものも見つけたんだが……」
一息に語り尽くしてからディーノさんはリエンにそのヒレのカセキを差し出した。当のリエンはというと、ぽかんとしてしまっていた。
「い、いやいや……受け取れないです」
「気にしないでくれ、ヒレのカセキ自体ならば既に当館に展示済みでね。このままでは僕のコレクション行きなんだ。どうせならば今を生きるトレーナーの元へ渡った方が有意義かと思ってね」
そう言われて尚、リエンの表情はどこか困っているように見えた。まぁ確かに化石を貰ってもしょうがない、ような気がする。
ところがその考えは簡単にひっくり返された。
「安心してくれ、当館では化石の復元についても研究を重ねている。きっとこの化石から、かのツンドラポケモンを復元することも出来るはずだ」
「ツンドラポケモン……」
リエンは何か考え込む仕草をしてから「あっ」と小さく声をあげた。何か思い出したんだろうか?
「グレイさん……チャンピオンが使っていたポケモン、それと対を成すポケモンが確か"ツンドラポケモン"に分類されてた気がする」
「"ガチゴラス"か……その通り、アゴのカセキから復元出来る暴君ポケモンだね」
「……やっぱり貰ってもいいですか、その化石」
素直か。すっかり考えを改めたリエンにディーノさんは快く化石を手渡した。化石の復元にはリザイナシティにある博物館を尋ねる必要があるけど、どの道近い内またカイドウに診てもらう機会があるからその時並行して行えばいいはずだ。ついでにアルバも診てもらおう、アルバも今日の戦いでキセキシンカを発現させたのは俺にも分かっている。
「それにしても……やはり、見違えるようだよ。特にダイくん」
「俺、ですか……?」
「以前の君は、降りかかる火の粉を振り払うだけで精一杯という印象を受けた。ところが今は違う、立ち向かう意思を強く感じる」
「そんなに、分かるもんですか?」
「分かるとも。なにせ私は
駄洒落だと気づくのにだいぶ時間を要してしまった。ディーノさんがそういうことを言うなんて思ってなかったからだ。
「だからこれは、私から君への餞別だ。どうか受け取ってくれないだろうか」
どうやら俺も何かを貰えるみたいだった。しかしそれはディーノさんが持ってそうな石や化石とは違うものだった。
長方形の箱に入った何か、包装されていて中身は分からないけどディーノさんがくれるってことはやっぱり珍しい石か何かかな。
「以前はあまり喋ったことが無かったね、アルバくん。だが君も随分と手持ちが潤沢になってきたようだ」
「はい! みんな、出ておいで」
アルバが今のメンバーをディーノさんに披露する。あの時はルカリオ一匹だったアルバの手持ちも今はブースター、ジュナイパー、デンリュウを加えてタイプバランスも良くなっていた。
特にディーノさんが興味を示したのはデンリュウだった、じっくりと観察している。デンリュウはというと"おとなしい性格"だからか、若干気が引けてしまっていた。
「……良いデンリュウだ、君と出会ってそう日は経っていないが既に君を信頼していると見える。ダイくんの影響かな、私も旅先でいろんなポケモンを見続けてきたからね」
褒められたことが嬉しかったからか、デンリュウは顔を綻ばせている。確かにゼロ距離で敵の攻撃を受け止めての【でんじほう】なんて無鉄砲、トレーナーを信頼してなければ出来ない芸当だ。
ディーノさんは鞄のミニポケットを探り、目的の物を見つけるとそれをアルバに手渡した。小さな正方形のショーケースに入ったそれはまたしてもメガストーンだった。
「"デンリュウナイト"、最近発見されたデンリュウをメガシンカさせることの出来るアイテムだ。君とデンリュウの絆であればきっと可能なはずだ」
「わぁ、ありがとうございます! 大事にします!」
「それとダイくんに渡したのとほぼ同じもので恐縮だが、これを」
アルバもまた俺と同じ長方形の小箱をディーノさんから受け取った。中身が気になるけど、今ここで包装を解くのはなんだかがめつい印象を与えてしまいそうだから気が引ける。
後で宿に戻ってから開封……って、あぁそうだ。
「そういえば今晩どうしようか、ホテルは多分もういっぱいいっぱいだぜ」
「……ポケモンセンターの屋根、吹っ飛ばしちゃった」
そう、トレーナーの生命線であるポケモンセンターの屋根はソラが文字通り吹き飛ばしちゃったんだ。
部屋が残ってても屋根が無いのではほぼ野宿みたいなものだ。どうしたものか、今からラジエスに戻る頃にはとっくに日が暮れてないだろうか、戻ってもホテルが取れるかは怪しい。
「それならさ、サンビエタウンの方ならどうかな」
「サンビエもサンビエで、混んでるとは思うけどな……」
「そこは、ほら」
そう言ってリエンはエプロンの裾を直す仕草をする。その顔はなんとも悪戯っぽくて、良い意味で彼女らしくなかった。
サンビエタウンの数少ない知人、シーヴさんのことだろう。厄介になるのは気が引けるけど、どのみちこのままでは野宿まっしぐらだ。
ラジエスシティに向かうよりかは、このまま下山すれば済むサンビエタウンの方が気楽ではあるが……
「──そういうことなら、おれんちに来ればいいよ!」
突然後ろから声を掛けられた。見ると、ちょっと服の煤けたカエンが立っていた。目立った外傷は無いみたいだけどバラル団との壮絶な戦いがあった後だ。俺たちだって服に綻びの一つ二つは出来ている。
「カエン、大丈夫か?」
「あ、これ? みんなを助けようと飛び出しそうになって、リザードンに止められた時についちゃったんだ。このままだとかーちゃんに怒られるから、内緒だぞ!」
「リザードンにかよ、でも確かカエンはステラさんが連れてきていた子供たちをジムで守ってくれたんだったな」
「そーそー! 誰も怪我してないよ、今はもうステラねーちゃんがついてるから安心だよね」
ニカッと破顔するカエン、確かに英雄の民ともなればデカい家を持ってて、俺たち四人を一晩泊めるくらいならわけないだろう。
「集合、どうする?」
「せっかくこう言ってくれてるし、いいんじゃないかな?」
「私もみんながいいなら構わないよ。シーヴさんには、また別の機会に会いに行けばいいし」
「クタクタ、もう歩けない」
ソラは特に疲れてるだろうな。俺たちよりも1ラウンド多く戦った上、多人数を相手にしていた。その後にはあんだけ大きなステージで歌まで唄ったわけだから。
彼女の体力も考えれば、カエンの家に厄介になるのが一番だろう。
「自分で言うのもなんだけど、今日の俺たち四人MVPだろ。ちょっとくらい厚かましいくらいがちょうどいいんじゃないか?」
「本当に自分で言うことじゃないね……でもまぁ、そう思うけど」
思うんかい。ひと月会わないうちに、なんだかリエンの雰囲気が変わったのを感じる。イリスさんと、チャンピオンの影響なんだろうか。
ともかく満場一致、俺たちはカエンの家に向かうことに決めた。
「それじゃディーノさん、市長さん。俺たちはこれで」
「あぁ、リザイナに立ち寄った際はぜひとも化石を見に来てくれたまえよ」
「そうします!」
リエンの化石復元も兼ねて、と付け加えて俺たちはディーノさん、フリックさんと手袋越しの短い握手を交わす。
無言で会釈するアストンに連れられてVIP二人は俺たちと反対の方向へと歩き出した。
「あー、お腹空いた」
「私も。今日は朝しか食べてないからかな」
言われてみれば祭に出ていた美味そうな出し物にも手を付けられていない。そう思うとレニア復興祭の一日目を棒に振った気がして滅入る。
するとカエンが破顔しながら言った。
「だいじょーぶ! かーちゃんが飯いっぱい作ってるはずだから、ダイにーちゃんたちが来てもきっと食べきれないよ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「よぉ、おかえりカエン……あぐあぐ」
「お邪魔しています……ずず」
「遅かったですね……おやアルバくんたちも一緒でしたか」
「すみません、子供たちまでご厄介になってしまって……あ、おかわりですね!」
「ママさん、オレも手伝います」
レニアジムの後ろ、山の斜面を少し下ったところにその屋敷はあった。以前行ったコスモスさんの家をカロス式の豪邸や館と呼ぶなら、カエンの家はカントーやジョウト、東の方のお屋敷という言葉がぴったりだった。
夕食時の食卓スペースに人の姿はなく、普段はあまり使われないという畳敷きの巨大な居間ではざっと数えても十人近くの人間がおおよそ一晩で食べ切れるのか心配になる食べ物と戦っていた。
ガツガツと食の作法など知るか、とばかりに肉を頬張るランタナさん。目の前には茶色の揚げ物ばかりが並んでいる、男の人って感じだ。
対照的に、姿勢から食べ方までエレガントなコスモスさん。ただし目の前の皿には、この一ヶ月で覚えた彼女の食事量を遥かに超える量の肉、野菜、スープ。
既に食べる分は食べたのか、縁側でお茶を片手に暮れゆく空を眺めているのはサザンカさん。
ゲストのはずなのに、カエンのお母さんの手伝いから連れてきた子供たちの世話まで忙しないのはステラさん。自分が食べる暇も無いが彼女らしいというか。
その時、テーブルに追加の料理が現れる。カエンのお母さんとアサツキさんが料理を運んできたのだ。今でさえテーブルの上には食べ物がズラッとしているんだが……
他のジムリーダーは見当たらなかった。カイドウはそもそもレニアシティに入っていないし、ユキナリさんは多分今日の事件の事後処理で今頃走り回ってるはずだ。
俺たちはとりあえず奥の空いてるテーブルにつくことにした。見れば俺たちはみんな、餌を前にお預けを食らったポケモンみたいな顔していた。普段感情の起伏に乏しいソラでさえ密かに目を輝かせていた。
「それじゃあ……」
「「「いただきます!」」」
手を合わせてから料理に手を付ける。一口目で口に飛び込んできた刺激的な味が今日一日という激闘を讃えてくれているかのようで、なんだか涙が出そうだった。
「美味い! 美味すぎる……!」
「こんな美味しいもの、僕食べたことないよ……!」
手が止まらない……空腹も相まって、今の俺は誰にも止められない……!
その時、目の前に置かれたのはお刺身。その肉の照り、ツヤに見覚えがあった。微かに潮風に似た匂いを感じた。それはリエンも同じみたいで。
「……モタナのコイキングだ」
リエンが久々に郷土料理に触れて、懐かしそうに目を細めた。リエンのそういう反応が珍しいからか、アルバとソラが刺し身に箸を伸ばす。
だが、俺がそれを止めた。二人が俺の方に視線を向ける。
「駄目だ二人とも」
「え、どうして?」
「俺の分が無くなっちゃうからに決まってるだろ」
「「じゃあ食べる」」
くそっ、いやしんぼ共め! 俺の分まで食うんじゃない、おいソラどさくさに紛れて俺の取皿の唐揚げ持っていくな。
そんなこんなで四人でテーブルのありとあらゆる食べ物をシェアしたり奪い合ったりすること一時間。あれだけ空腹を訴えていた俺達の腹の虫は大満足、逆に悲鳴を上げていた。
「あと三日くらい何もいらないくらい食ったな……」
「もう動けない……ルカリオお腹擦って……あれ、どっか行っちゃった」
「ごちそうさまでした」
「……美味しかった」
コスモスさんの家ほど整えられているわけじゃないけど、代わりに裏山いっぱいに広がった庭には今日の功労者たるポケモンたちが俺たちと同じようにご飯を食べ、食休みを取っていた。
こうしてみるとポケモンと人には実際差なんかないんだな、って思い知る。
辺りを見渡す。アルバは大の字で大満足って感じ、リエンとソラは食べ終わった食器を片付けに行ったまま、ステラさんの手伝いをしている。
ジムリーダーの方はというと、ランタナさんは爪楊枝を咥えて歯の間に詰まった食べかすと格闘しているしコスモスさんはステラさんが連れてきた子供たちとなにかを話している。
カエンはサザンカさんと食後の運動がてら軽いスパーリング、元気すぎる。
だけど、バラル団の襲撃があった後だから気が抜けないっていう感じなのかな。
昼間のことを思い出して、俺は少しだけ夜風に当たりたい気分になった。靴を履いて庭に出ると、ウォーグルを手招きする。
「悪いな、ちょっとレニアの展望台まで飛んでくれ」
「ウォン」
快く俺を背に乗せてくれたウォーグルが力強く羽ばたいた。前にもコスモスさんと一緒に夜のテルス山上を飛んだことがあったけど、その時と同じ少しだけ肌寒い夜風を感じた。
見れば夜のレニア復興祭は普段よく見る祭りの色が強く出ていた。活気に溢れ、人々が出店に笑うそんな光景が広がっている。
一方、戦場となったポケモンセンター付近は静まり返っていた。街の陰と陽が明確に別れている。
ロープウェイ乗り場の隣にある展望台に降りる。ウォーグルは手摺に停まって夜景を睨むようにして眺めていた。きっとこいつには俺には見えない数多くのものが見えているんだろうな。
このロープウェイ乗り場もまた、強烈に記憶に刻まれている。まだ怖かった頃のアシュリーさんに追っかけられたのは未だにトラウマだ、凍らされた方の脚がひやりと冷える感じがした。
振り返れば、レニアシティで一番高い廃ビルが目に入る。その屋上を見やれば、ボロボロだが壊れていないフェンスが目に入る。
今日の戦闘で破れたり、溶けたりしたそのフェンスはReオーラの効果で元に戻っている。そしてバラル団の幹部、ワースに言われた言葉が頭の中を支配する。
────俺と、手を組まねえか?
まさかだった。バラル団の幹部からこういう申し出があるとは思わなかったからだ。
そしてアルバたちが合流するちょっと前、ワースは俺に言った。
バラル団の次の目標は、"アイスエイジ・ホール"での伝説のポケモンの捕獲らしい。
その場所の名前は以前聞いたことがある。ユオンシティで、ヒードラン捕獲作戦を阻止しようとした時にアサツキさんから。
大昔、隕石が落ちて出来た穴がそうだって話だ。そこから出る冷気がネイヴュシティを一年中冬の国へと変えている他、ヒードランがいなければユオンシティを始めラフエル全土を凍てつかせかねないらしい。
そしてそれは、レシラムやゼクロムのようにラフエル神話に名を連ねることのない、影の存在である伝説のポケモンのせい。
そのポケモンを捕獲することが、バラル団の次の目標にして真の狙い、というのがワースの話だ。
信用していいものか、大いに悩んだ。だけど、あれだけ情報の値打ちに口煩いあの男が手を組もうとしている俺に与えた情報だ、逆に真実味がある。
それだけじゃない、あの男が去り際に俺に渡してきたものを考えれば、これは挑戦状と取るべきだ。
手を組もうと言いつつ、さらにこちらを値踏みしてくる周到さは相当なもんだ。
「どうしたら良いんだろうな、俺は」
手摺に体重を預け、一人言のように呟く。ウォーグルが顔を寄せてグルグルと唸る。
ウジウジと悩んでる俺はこいつ的には無しのようだった、嘴で軽く頭を小突かれた。
「────祭のおセンチに浸ってる、ってわけじゃなさそうだな」
その時だ、突然後ろ上空から声を掛けられ咄嗟にウォーグルをけしかけそうになったけれど、俺がそうするより先に相手はこっちの領域に踏み込んできた。
街灯の光がそのやたらと軽薄そうに見える顔を照らし出す。
「ランタナさん、なんで」
「若人が飯食ったらすぐにどっか飛び出すもんでよ、ちょっと気になってな。悪いと思いながらつけてきた」
見られてたのか、俺はバツが悪くなって頬をかいて誤魔化す。
ランタナさんは軽い足取りでロープウェイ乗り場に設えられた自販機に近寄ってポケットを弄る。
「あ、やべ……財布置いてきたわ」
「……貸しましょうか」
「いやいや。こういうのはな、自販機の下探ればあるんだよ……ほら、100ポケドル。サイコソーダは買えねえけど、おいしいみずくらいなら買えるだろ」
ガコン、出てきたペットボトルの水を美味そうに呷るランタナさん。たくましいと思うべきか、ダメな大人と謗るべきかちょっと揺れたのは内緒にしておきたい。
「それで? 勝戦側の人間がしてる顔じゃあねえな、なんかあったのか?」
「目敏いっすね、ランタナさんは。やっぱ、わかりますか」
俺はワースが俺と手を組もうと持ちかけてきたことをぼかしながら、バラル団の次の目標がアイスエイジ・ホールに潜む伝説のポケモンであることを伝えた。
そして、昨日四天王の一人サーシスさんが見せてくれた未来の光景についても話すことにした。
一ヶ月前に彼女が視た未来とは既に別の未来が視えたこと、以前の未来では半ば信じられないが俺がレシラムとゼクロムと共に戦って、命と引き換えに世界を救うはずだった。
だけど今は、俺じゃない誰かがレシラムたちを率いて戦うことになる。恐らくは、こっちも命と引換えに。
「……なんつーか、スケールのでけぇ話だ」
「バラル団の目的が、まさか世界規模だとは思ってなかったですね」
「まぁ、スケール感から理解しえないから、こうして争ってるんだけどな」
もう一口、ランタナさんは水を呷る。俺までのどが渇いた気がして、サイコソーダを一つ買った。
物欲しげな目をしていたから、ランタナさんと一口だけ交換する。炭酸が喉を流れる感覚に、大人が唸る。
「それで、ライトストーンに選ばれた白陽の勇士殿は、いずれ訪れる未来に自己犠牲の使命感を燃やしていた、と」
「……ある人に、引っ叩かれましたけどね。勝手に上がりを決め込むな、って」
あの場所にコスモスさんがいたことは伏せておいた、彼女との約束だからだ。
中身の無くなったペットボトルをランタナさんがオーバースローでゴミ箱へ放るが、縁へ当たったそれがからんと音を立ててアスファルトの上へと落ちた。
そして、彼はなんとはなしに言った。
「──ガキが命懸けることに肯定的になってんじゃねーよ」
否定は出来なかった。実際、コスモスさんに叱責されてサーシスさんにあんな啖呵を切ってみせた今でも俺は、どこかで人身御供の役割を受け入れようとしていた。
いや、受け入れようとしていたなんてもんじゃない。俺だったらいいのに、と思ってしまっている。
「俺はいい加減だからよ、大人の責任とか死んでも取りたくねえって思うが、目の前でガキが張り切って命捨てようとしてるのは見過ごせねえな」
言いたいことは言うが、説教臭くならないような配慮を感じた。ちょっと強めに背中を叩かれながら言われた台詞はやたらと胸に染みた。
ランタナさんはゴミ箱からこぼれたペットボトルを拾って、ゴミ箱へと確実に捨てる。
「それにな、このひと月でお前とお前のポケモンはかなーり強くなったかもしんねえけど、代わりに大事なことを忘れちまってる」
見当もつかないでいると、ランタナさんの側に舞い降りたのは彼の切り札"ファイアロー"。
刺すように鋭い瞳で俺を睨んでいた。トレーナーの軟派な雰囲気をかき消すほどに、圧倒的なプレッシャーを放っている。
「明日、レニア復興祭の二日目があるよな。そこで、デカい祭を起こしてやるよ。そんで、お前にその"大事なこと"を思い出させてやる」
そう言ってランタナさんは踵を返し、手をひらひらさせながら夜の街へと消えていった。
ファイアローの視線が外れてふっと気の抜けた俺の隣にウォーグルが降り立ち、ランタナさんたちの背中を睨んでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、シャルムシティジムリーダーランタナによる、"スカイバトルロワイヤル"がレニアシティにて開催されることとなった。
ダイたちがそれを知ったのは、早朝の花火とそれに合わせて放送されたランタナ自身の宣言によってだった。
三ヶ月も空いてしまった……次は早めにあげられるようがんばります!