ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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注意:今回、使用する技にほんの少しオリジナル要素が含まれます。



VSメタモン On Your Mark

 

 交差する虹と黒曜の輝き。戦闘が長期化してなお推力の衰えないメガサメハダーの突進を正面から受け止めるメガラグラージ。

 鼻先の鋸を使った【つじぎり】、対してラグラージは【カウンター】で返す。

 

 弾き飛ばされたサメハダーだが、壁にぶつかる直前に再び推進にものを言わせ反転。再度ポケモンセンターを蹂躙する。

 一方で、メガチルタリスとミカルゲへ変身したメタモンの戦いは静かに行われていた。

 

 チルタリスが放つ【エコーボイス】がメタモンへと響く。さらには壁に反響した音さえ、攻撃に転用する。

 重ねて放つことで威力が増していく技だが、それだけではない勢いがチルタリスの歌にはあった。

 

「チッ……! 煩いっての……!」

 

 反響する音に耳を抑えながらソマリが毒づく。メタモンも応戦してこそいるが、チルタリスが放つ歌声が効果を及ぼしているのか防戦を強いられ始めていた。

 それもそのはず、メガシンカしたチルタリスは特性が"フェアリースキン"へと変化する。ノーマルタイプの技をフェアリータイプへ変化させ放つ事ができる。即ち自身に一番適した攻撃を行うことが出来るようになるということだ。

 

「だったらこれでどうだ、【どくどく】!」

 

 本体を要石に収め、暗闇を瓦礫に混じって移動したメタモンがチルタリスに接近し、猛毒を流し込む。身体が紫色の斑点に犯され、苦しげに顔を顰めるチルタリス。

 猛毒は時間が経過するほど毒が身体を蝕む危険な状態だ、耐久に秀でるメガチルタリスを持久戦に持ち込ませないという意味でかなり有効な策だ。

 

 ただし、ソラの味方を度外視した場合の話だ。

 

 暗黒の中であっても鳴り響く、美しい鈴音のような歌声。それはメロエッタが放った【いやしのすず】だ。メロエッタの歌によってチルタリスの身体から毒が消え失せる。

 歌い終え、メロエッタはソラに向かって強く頷いた。ソラも頷き返すと、メロエッタが違う旋律を(とな)え始めた。

 

 メロエッタの身体が輝き、特性が変化する。【なりきり】によって、メロエッタも"フェアリースキン"を手に入れたのだ。

 そうすることで、ゴーストタイプを持つミカルゲに化けたメタモンへ多くの攻撃を徹すことが出来る。

 

「【いにしえのうた】!」

 

 したがって、フェアリータイプへと変わった【いにしえのうた】がメタモンを吹き飛ばす。さらにメロエッタが歌姫(ボイス)から踊り手(ステップ)へとフォルムチェンジを果たす。

 メロエッタがメタモンへ追撃を行おうとした時、横やりを入れるようにサメハダーが突進してくる。ただの【アクアジェット】ではない、対象へぶつかった時、反撃を喰らった時のダメージを度外視した全力の突進だ。恐らく【こうそくいどう】で素早さを極限まで高めているとリエンは分析した。

 

 あそこまで加速されてしまうと、特性が"すいすい"のメガラグラージでも追いつくことは難しいだろう。

 リエンとソラが背中を合わせ、互いの敵から相手の背を守る形に陣形を組む。

 

「どうしようか」

「どれだけダメージを与えても、すぐに回復されちゃう」

 

 やはり一番の障害はサメハダーだ。戦闘が始まってからというもの、一度として止まっていない。継続的な【アクアジェット】、さらには特性を活かした噛み付く系統の技、鼻先の鋸を使った【つじぎり】と一度不意に弱点を突かれればこちらが戦闘不能になりかねない危険な技を多用してくる。その上、中途半端なダメージなら即座に回復して再び動き出してしまう。

 

「やっぱり、アレしかないかな……」

「アレ……?」

「うん」

 

 ソラが尋ねるとリエンは神妙な顔で頷いた。そうして向かってくるサメハダーを、再びラグラージに止めさせた。サメハダーが【こうそくいどう】で素早さを上げるならば、ラグラージは【グロウパンチ】でひたすらに拳を鍛え上げていたのだ。もはや片手ですらサメハダーの動きを阻害するのは容易い。

 

「私とソラで同時攻撃」

 

 

『──要は一撃で仕留める』

 

 

 二人の声がハーモニーを生む。黒曜のReオーラによって回復を行う前に、戦闘不能にするという作戦だ。

 なんともダイナミックな作戦だ、以前のリエンならもう少しは淑やかな策を考えていただろうと、ソラはうっすら思っていた。

 

 しかし今はそれしかない、一撃でサメハダーを仕留めなければサメハダーと繋がっているケイカは助からない。

 そしてリエンは、ソラの力が無ければそれを成し得ないと考えていた。如何にラグラージが強力になろうと、だ。

 

 それを聞いて、歯ぎしりをする音が響く。ソマリだ、心底うんざりしたという表情でリエンとソラを見下ろしている。

 メタモンを再びメガサメハダーへと変身させ、ケイカのメガサメハダーと織り交ぜるように突進を繰り出させる。

 

「心だとかさぁ、歌だとかさぁ! いちいちサムいんだよ!」

 

 ケイカのサメハダーと違い、メタモンは飼い主に似て非常に狡猾だ。故にただの【アクアジェット】では止まらない。

 複雑な軌道を最速で駆け抜け、メガチルタリス目掛けて毒素を含んだ鋭利な牙で噛み付く。特性"がんじょうあご"を活かした【どくどくのキバ】だ。

 

 (ドラゴン)でありながらドラゴンを倒せる(フェアリー)を併せ持つことになったチルタリスだが、それはつまり別の弱点をも孕むということだ。

 その一つが、毒。首筋に噛みつかれたチルタリスに猛毒が流し込まれる。状態異常は大した問題ではない、治癒能力がチルタリスには備わっている。しかしダメージだけは確実に蓄積される。

 

 フォローに入ったラグラージだがメタモンは素早く離脱する。"へんしん"は元となったポケモンのステータスをそのまま真似る。素早さの上がりきったメガサメハダーをトレースしたメタモンはこの上なく素早い。

 

「あのハチマキ(アルバ)も、オレンジ(ダイ)もそうだよ! そんなに少年漫画したいなら勝手にしろよ!」

 

 噛み付いたままチルタリスごと壁に突撃するメタモン。主が放つ憎悪をそのまま体現するが如き苛烈な攻撃に建物全体が揺れる。

 遠心力を以て、ラグラージ目掛けてチルタリスを吹き飛ばす。

 

「だけどねぇ! それでマリちゃんの愉悦タイムを邪魔すんなよ! ムカつくんだよ!!」

 

 続いて【こおりのキバ】をラグラージに繰り出す。こちらはダメージ自体はさしも問題ではないが、バキバキと音を立てラグラージの腕にある空気噴射口が凍りついてしまう。ここから空気を吐き出すことで拳を加速させ攻撃力を増す戦術はしばらく通用しない。

 

「玩具は玩具らしく、壊れていいタイミングでぶっ壊れちゃえよ!」

 

 駄々っ子のように、邪悪なワガママをぶちまけるソマリ。

 しかしそれを引き受けたメタモンは今まで以上に厄介な攻撃を繰り出すようになった。なんといっても素早さだ、リエンたちは後手に回らざるを得ない。

 

 そして放たれる、水圧カッターに匹敵する水圧の【ハイドロポンプ】。避けることは簡単だったが、あいにくリエン達は背後に意識を失ったジョーイやトレーナーを抱えている。

 

 

 ──避ければ彼らの生命に関わる。

 

 

「メロエッタ……!」

 

 ソラの願いに、歌で応じるメロエッタ。不思議な音色が光の障壁を生み出し、水圧カッターの威力を減退させる。

 それでも削ぎきれなかった水の奔流はチルタリスが身を以て受け止めた。元より水には強いタイプ故、軽度の負傷で済んだ。

 

「私の友達を、バカにしないで」

 

 その時だ、静かにリエンが怒った。微かに眉がつり上がっているのを見れば、彼女にしては本気で怒っているのが伺える。

 スプリンクラーから依然降り注ぐシャワー、即ち雨天においては通常の倍の速度で動けるラグラージが、弾丸のようにメタモン目掛けて飛びかかる。

 

「みんな生きてる、誰もあなたの玩具じゃない……!」

 

 繰り出される【がむしゃら】、激しくメタモンを殴打するラグラージ。吹き飛ばされてきたメタモンを飛び退り回避するソマリ。

 しかし攻撃を行ったラグラージにノーマークだった本物のサメハダーが襲いかかる。横っ腹に突進し、【こおりのキバ】で噛み付いてくる。

 

「説教かよ! 相容れないって分かってるくせにさァ! 何様なんだよ!!」

 

 しかしその怒りはさらにソマリを燃え上がらせた。投入されるのは"プラスパワー"の束、メタモンの攻撃力が素早さに倣って最大まで高められる。

 ここまで攻撃を高められてしまうと、チルタリスであっても【アクアジェット】を受け止めきれるかわからない。

 

「お前らが玩具かどうかは私が決める、それが私に許された特権だ!!」

 

 立て続けに放たれる【アクアジェット】、【ハイドロポンプ】、【かみくだく】攻撃。もはや対象など関係なく、全てを破壊し尽くすための暴力の嵐。

 トレーナーを守らねば、とリエンとソラの盾になる二匹はそれだけ連続のダメージを受け、体力はそろそろ限界を迎えるだろう。

 

「壊すことも、可愛がって壊すことも、壊して丁寧に直してぶっ壊すことも、等しくマリちゃんの愉悦なんだから!」

 

 それは彼女が実践してきた()()()。それ以外を知らないかはともかくそれが最上の、彼女にとっての法悦(エクスタシー)なのだろう。

 それを受けて、今度はソラが口を開いた。

 

 

「──哀しいね」

 

 

 その一言は、下手をするとリエンの言葉以上にソマリを逆上させる恐れがあった。

 予想は正しく、ソマリはもはや言葉を紡ぐことすらやめソラに狙いを定めて攻撃を行った。

 

 

「あなたにたくさん傷つけられて、いっぱい嫌な思いをした。死んでしまいたいとも、思った」

 

 

 だがソラが一番唾棄すべきは、ハンクとチェルシーのことを一度でも忘れてしまいたいと思ってしまったことだ。

 "余所の楽園"での出来事はもしかするとソラの頭の中だけで起きた妄想の出来事かもしれない。

 

 それでも、ソラは父と母が見守っていてくれることを知った。

 

 

「人は、心があるから嫌な思いもする。悲しい思いもする。怒ったりだって、当然する」

 

 

 リエンが続ける。旅の途中で芽生えた自我が、叫べと訴えている。

 

 

「だけど心があるから、嬉しいし、楽しいし、誰かに寄り添えるんだよ」

 

 

 ソマリは怖気が走る思いだった。なるほど確かに、心があるから綺麗なものを醜悪と捉えることが出来るのだ、皮肉にも。

 しかしどうだ、相手は高説ばかりでメタモンにろくに追いつけていないではないか、実際【アームハンマー】の酷使でラグラージは"すいすい"で得た速力を失っていた。

 

「サムい……サッムいサッムい!! アンタたちの綺麗事には、うんざりだ! ぶっ壊れろ!!」

 

 メタモンがその場の水を全て【ハイドロポンプ】に変換して撃ち出す。展開されていたメロエッタの【ひかりのかべ】が水流を受け止めるが、やはり防ぎきれない。

 障壁を突き破って水流がリエンを飲み込もうとする。それでもリエンは目を逸らさない。

 

 水流は微かに逸れ、リエンの頭の横を通過する。見れば、プルリル(ミズ)が【サイコキネシス】で無理矢理水流を捻じ曲げていた。

 そして反撃、ミズとグレイシアが放つ【れいとうビーム】が水圧カッターをそのまま凍らせ、水流を辿ってメタモンごと氷漬けにする。

 

「なっ……!?」

 

 身動きの取れなくなったメタモンが目を白黒させる中、本家のサメハダーがリエンとソラ目掛けて【アクアジェット】を放つ。

 突っ込んできた弾頭を、ラグラージが両手で受け止める。降り注ぐ水と、黒曜のReオーラを受けて加速するサメハダー。受け止めた上体が僅かにグラつくが、全身全霊を以てラグラージが踏ん張った。

 

 

 全ては、お膳立てだ。

 

 

「──あなたからすれば綺麗事で、薄ら寒い言葉かもしれない」

 

 ぽつり、とソラが口にする。そうして発した言葉の音が解けて、光になる。その光をメロエッタが歌声にて束ね、集束させる。

 

「だけど綺麗事でいいんだと、思う。心が満ちていれば、世界はこんなにも暖かいから」

 

 ずっと晴れの日が続かないとしても。

 

 どれだけ寒い冬だろうと絶対に春がやってくるように。

 

 やまない雨が決してないように。

 

 その時、彼女の心を凍てつかせていた氷が半年ぶりに音を立てて溶け去った。

 

 メロエッタの束ねた光はメガチルタリスに降り注ぎ、メガサメハダーの黒曜の光とは対象的な虹色のReオーラとなる。

 ソラが、メロエッタが、チルタリスが深く息を吸い込む。そうして放つのは、唄。

 

 決意と宣誓に満ちた、強い唄だ。

 

「私には、パパとママがくれた音楽がある」

 

 

 ──それに気づけたから、もう後ろは見ない。前を向いて、一歩を踏み出そう。

 

 

 

 

「──【ハイパーボイス・カンタービレ】!!」

 

 

 

 

 ソラが合図をする。それを受けたリエンがラグラージに渾身の【アームハンマー】を放たせる。遠心力の乗った拳で殴打されたサメハダーとメタモンが同射線上に重なった瞬間。

 メロエッタが放つ【ハイパーボイス】と、その後に放ったメガチルタリスの【ハイパーボイス】がユニゾンを起こし、メガサメハダーとメタモンをそのまま飲み込んだ。

 

「なんだ……これは!! ただの【ハイパーボイス】じゃあ、無い……!?」

 

 耳を抑えながら、ソマリが分析する。ただの【ハイパーボイス】なら、ここまでの振動は生まれない。

 あまりの声量と振動に、眠らせていたジョーイや他のトレーナーも目を覚ますほどだ。

 

 そして気づく、メロエッタが歌いながらチルタリスに虹の光を流し込み続けている。そしてチルタリスもまた歌いながらメロエッタへ光を返還する。

 黒曜のReオーラでは成し得ない、対象同士による力の循環。それが二匹の唄の力をさらに増幅させているのだ。

 

 だがそれでも説明がつかないほどの馬鹿力が発生している。まだ謎があるとソマリは睨んだ。

 その時、うっすらと脳裏によぎった可能性に、震えた。

 

 ソラの得意とする音の技に【りんしょう】という技があることに、だ。

 

 

 ──Reオーラの循環によって、二匹のポケモンがメガシンカ級の強化を受けているとしたら。

 

 ──互いの【ハイパーボイス】に【りんしょう】の効果が加わっているとしたら。

 

 ──それを連続で放ち続けているのだとしたら。

 

 

 それは、【音の究極技】と呼ぶに相応しいものだろう。

 

 

「音、いや唄でポケモンの力を増幅……!! イズロード様の言ってた、()()()────」

 

 

 ソマリの言葉はそれ以上続かなかった。【ハイパーボイス・カンタービレ】によって、ポケモンセンターの上階がまるごと吹き飛んだからだ。

 外から見れば、ポケモンセンターの上がまるで巨大な球体にえぐられたかのようになっていた。

 

 チルタリスとメロエッタの唄が持つ虹色の光がサメハダーを包んでいた黒曜の光を吹き飛ばし、ようやっと戦闘不能へ持ち込んだ。

 ふ、と糸が切れるように倒れ込むケイカの身体をリエンが受け止めた。ちょうど、ひと月前には逆の立場だったと思うリエン。

 

 弱々しくリエンを見上げるケイカが小さく問うた。

 

「なんで、助けた……の」

「強いて言うなら、溺れた人を助けるのが私の仕事だったから、かな」

 

 今は()()溺れたかを問わなくなっただけ、と付け足して。

 周囲を見渡すソラ。そこにもう悪夢の使者の姿は無かった。ソマリはどうやら吹き飛ばされたまま逃走したようだ。

 

「空、青いね」

 

 ふとリエンが呟く。ずっと続いていたスプリンクラーの雨は天井ごと吹き飛んでしまったから、覗く青空が一際眩しかった。

 言われてソラが見上げるとそこには、ハッキリと目視できる二筋の虹の光が流れていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「────うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 廃ビルの最下でアルバが吼えた。それに応えたルカリオ改め、"キセキルカリオ"が姿を消した。

 否、纏う虹色のReオーラを微かに軌跡として残しながら高速移動でメガギャラドスの周囲を跳び回っているのだ。

 

 アルバの裂帛を引き受けるかのように、ルカリオもまた吠える。そして渾身の一撃をギャラドスへと撃ち込んだ。

 おおよそ拳を撃ち込んだとは思えないほどの轟音が響き渡るが、ギャラドスは辛うじて耐え切り望まぬ内に主であるガンダの生命力を吸い上げて一気に回復を済ませてしまう。

 

 生命の滴をまるでポンプで吸い上げられているように、根こそぎガンダから光が漏れ出す。大男は膝を突き、胸を抑えて荒い呼吸を繰り返している。

 如何にタフネスだろうと長くは保たない。虹の加護か、アルバにはそれが分かった。

 

 "対極の寝床"にて英雄(ラフエル)が語った通り、自身を媒介にReオーラが渦巻いているのが分かる。

 このひと月、ひたすらにReオーラを制御する修行を行ってきたのもあり光が身体に馴染むのを感じる、"紅"や"朱"よりも暖かく優しい熱だ。

 

 身体の熱が訴える、彼を救えと叫んでいる。

 心の道がそう言うのならば、それに従うのみ。そこに疑う余地は一切無い。

 

 しかし今のルカリオを包み込む光はあまりにも強く、輪郭が辛うじて分かるくらいだ。おまけに、イレギュラーな進化はポケモン図鑑の認識をも超える。かつてダイがレニアシティでジュカインをキセキシンカさせた時と同じく、画面はエラーを吐き出している。

 

 つまり今のルカリオの状態の精細なステータスは分からない。無闇に強力な力を使うことは目の前の救うと決めた相手をさらに深く傷つけかねない。

 

 ──それでも。

 

師匠(せんせい)師匠の師匠(だいせんせい)……! 僕に道を……!」

 

 その時だ、凛としつつも優しい声音が聞こえた気がした。アルバの知らない女性の声だった。「行きな」と、背中を強く後押ししてくれた気がした。

 この選択に間違いはない。正しいと思ったのならば、立ち上がったのならば────

 

 

「────前に、出るんだッ!!」

 

 

 突き進め、と拳を突き出した。シンクロするようにルカリオは右腕を突き出しギャラドスを殴打する。

 一撃が物凄い衝撃を生み出しギャラドスがノックバック。いくら回復するとはいえ、ダメージは誤魔化しきれない。あまりの痛撃にギャラドスが蛇のように辺りをのたうつ。

 そして、前までならばここでガンダから生命力を吸い取って回復を始めるはずだった。否、実際に回復は始まっている。

 

 

『クォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!』

 

 

 キセキルカリオの拳が、音を置き去りにする。一発殴られた、とギャラドスが認識するまでにおおよそ六発の拳が襲いかかっているのだ。

 彼が持つ【バレットパンチ】をも超える、神速を超える神速の乱打撃。

 

 威力は【インファイト】のそれだが、スピードが段違いだった。その身に纏ったReオーラを全て波動に変換して拳の衝撃と共にギャラドスの体内へと撃ち込む。

 アルバとルカリオには、このひと月の修業によってR()e()()()()()()()()()を掴んでいた。

 

 それを参照し、より効率的にギャラドスを攻め立てていた。

 

「いくらでも回復するっていうなら────!」

 

 アルバの右ストレート、合わせて放つルカリオの右ストレート六連撃、間にローキック五発。

 

「素早く、元に戻るっていうなら────!」

 

 アルバの左ストレート、続いて放つはルカリオの左ストレート六発、同じくローキックが五発。

 

 

()()()()()()()()()で攻撃し続ければ、僕らが勝つ!! 絶対助けるんだッ!!」

 

 

 極限を超えたその先のスピードで拳を繰り出すルカリオとアルバ。

 殴っただけ拳は傷つくとしても、その先にある生命に手を伸ばすのだ。何度でも、握った拳の先にある光を絶やさないために。

 

「なんつー馬鹿力……それに、攻撃が見えねェ……」

 

 後ろから光が弾けるラッシュを見せられていたロアがうわ言のように呟く。ルカリオの拳がギャラドスに打ち付けられるたび周囲に放たれる虹色の波動が空間を修復しだす。Reオーラの時間遡行能力だ、虹の光の残滓がロアの頬を撫でれば、コンクリートの破片に切り裂かれた肌がたちまち戦闘開始前に戻っていく。

 

「オレ達が相手しようとしてた奴らはこんな化け物だってのかよ……」

 

 思う、こんな相手と何度も衝突していたら身が持たない。生まれ持っての反骨精神も震え上がるほどのプレッシャーだった。

 ロアが戦況をじっくり観察する。ルカリオの文字通り目にも留まらぬ猛攻がギャラドスに大ダメージを与え続けている。だが、やはりまだギャラドスが回復する方のスピードが勝っているように見えた。

 

「────チッ!」

 

 特大の舌打ちを放ってから、手の中のモンスターボールを見やる。相棒もまた、心底気に入らないといった風だが仕方がない。

 

「【インファイト】!」

 

 飛び出した猫鼬がギャラドスに肉弾戦を仕掛ける。端から見れば、ルカリオを補助するような動き。

 

「勘違いすんじゃねーぞ。オレはてめーのケツを他人に拭かせるのが気持ち悪くてよぉ!!」

 

 吼え散らかしながら、それでもザングースはヒットアンドアウェイを繰り返し続ける。攻撃ダメージが増加し、僅かばかりにルカリオのダメージを与える速度がギャラドスの回復速度に並び始めた。

 しかしこのままではジリ貧だ、キセキシンカしているとはいえルカリオのスタミナとて無尽蔵というわけではない。

 

 このまま闇雲に攻撃を続けていては、返ってギャラドスが回復するためにガンダの生命力を奪い続けることになる。

 ロアはそれが気になった。しかしアルバが放った「絶対に助ける」という言葉、それに含まれた本気を信じることにした、心底癪ではあるが。

 

 

「おいハチマキィ! なんか策は──」

「────ある!! 信じて!!」

 

 

 言い切りやがった、とロアは度肝を抜かれる。その背中は口と全く同じことを語っていた。

 ルカリオの猛攻が更にスピードを増す。やがて、拳が空気摩擦によって燐光を帯び始め、一発の威力が更に倍増する。

 

 殴打され続けたギャラドスが吠える。しかし彼を回復する黒曜の光が、一気に霧散した。

 その光景にロアが目を点にする。真っ先にガンダの体力が遂に尽きたか、と疑ったがそうでもない。

 

 ガンダの身体から出る光は依然ギャラドスに纏わりつこうとしている。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 じっとりとした汗を一滴零したアルバ、しかしその口角はわずかに持ち上がっていた。

 

 アルバとルカリオはギャラドスにひたすら波動を練り上げた拳を撃ち込むことで、ギャラドスの体組織に訴え続けていた。

 そうして効果が出た。ギャラドスの身体は波動を含め、全てのエネルギーを受け付けないように一時的に作り変えられた。

 

 だから、もうギャラドスに黒曜の光は纏えない。回復の手立ては、絶たれた。

 

「今だ、ルカリオ!!」

 

 今一度、極大の虹を両手に宿し裂帛の気合いと共にギャラドス目掛けて繰り出す。二発のフィニッシュブローがギャラドスの身体を吹き飛ばし、コンクリートの壁に再び大きな穴を開ける。

 戦闘不能、ギャラドスを戒めていた黒曜のメガシンカが解除され、瓦礫の上で水竜は目を回していた。

 

「ルカリオ、【いやしのはどう】だ。急いで!」

 

 身体に残った虹色の光を集束させ、ガンダ目掛けて撃ち出す。暖かな光がガンダの身体に染み渡り、彼の身体の傷と体力を元に戻す。

 意識を失ったガンダだが、やがて胸を規則的に上下させ呼吸が安定する。

 

 ルカリオの身体を包み込む虹が飛散し、キセキシンカが解除される。Reオーラの効果で、ギャラドス以外のこの場の全てのポケモンが回復した。

 それは即ち、仕切り直しを意味するがロアはというともう一匹の手持ち"ポチエナ"の逃げ足を利用してこの場を離脱した。

 

 逃げるロアを追いかけようとも思ったが、アルバはそれよりも先に倒れているガンダに駆け寄った。

 

「う……まさか、敵の坊主に、助けられるとは……」

「生命が掛かってるんだ、敵味方に拘ってる場合じゃないでしょ」

「ふ、甘い坊主だ……だが、俺はそれに、その甘さに敗けたのだな……」

 

 力なく笑うガンダの手を取り、アルバはVANGUARDで支給されている手錠"ゴーイングワッパー"を掛ける。

 ラフエル地方における警察機関PGでも正式採用されている万能手錠で、元は国際警察の技術部発祥だとか。尤もアルバはそこまで道具の出自に興味がないが。

 

「闇に囚われて、なお……坊主の光が、手を伸ばしているのがわかった。暖かな光だった……あれは、いったい……」

 

 ゆったりと起き上がるガンダの身体を支えながら、アルバは強い瞳で応えた。

 

「託された、(きせき)です」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方、屋上では灼熱と虹がぶつかり合っていた。ただ睨み合っているだけだというのに、フェンスが溶けては修復を繰り返す異様な空間と化していた。

 ヘルガーには抵抗の意思が無い。下手にダメージを受けたり、攻撃するたびにイグナの生命力を吸い取ってしまうからだろう。

 

「……おい、イグナ」

 

 その時、ダイがポツリと問いかけた。小さな声だった、当然イグナには届かない。

 しかしまるで返事するようにイグナが吼え、それに合わせてヘルガーが【かえんほうしゃ】を放つ。ジュカインはその場を飛び退いて炎の奔流を躱す。

 

 焼かれたコンクリートとフェンスが焦げた臭いを数秒発してから、即座に元に戻る。

 

「ったく、返事くらい普通にしろっつーの……!」

 

 ぼやくダイだが、その顔には余裕があった。それは端から見ていたワースがいち早く気付いた。

 まるで策あり、と語っているようだった。そうしてダイは右手首のライブキャスターを操作する。

 

 長いコール音の後、画面先の男は心底不機嫌そうな顔で通話に応じた。

 

『なんだ、こんな時間から』

「ようカイドウ! 多分寝起きで悪いけど知恵を貸してくれ!」

『知らん、俺の頭脳が必要な場面が早々やってくるわけがないだろう。くだらない用事ならこれ以上は──』

 

 通話を切ろうとしたカイドウをダイが静止する。その声に反応して、再びイグナがヘルガーをけしかけて来るがジュカインがそれを阻止する。

 

 

「──頼む、どうしてもお前の助けが必要だ」

『……お前がそこまで言うのなら、大した用事なのだろうな、良いだろう』

 

 

 並々ならぬ状況だと、音を聞いて判断したのかカイドウは顔色を変えた。ダイはインカメラからフロントカメラに変更し、イグナとヘルガーに向けた。

 映像と合わせて、ダイが簡潔に状況を説明する。カイドウは既に、眼鏡の奥を光らせていた。

 

『なるほどな、擬似的なキセキシンカを……バラル団、()()()()()()()()()()()か』

 

 カイドウのやや含みのある物言いに、ダイは引っかかりを覚えた。まるでいずれバラル団がこうしてくると分かっていたかのような発言だ。

 

「お前、なんか知ってたのか?」

『……かつて、バラル団は"ヒース・ハーシュバルト"という科学者を利用して……いや、手を組みメガシンカのプロセスを簡略化させる研究を行っていた』

 

 ダイが振り返ってワースに確認を取る。ワースは曖昧そうに頷く、即ち「部分的にそう」という肯定の意思。もしくはワース自身は深く関わっていない事柄なのだろう。

 

『まだ確証は取れないが……実際、研究の末にヒースは手持ちのゴーストを強制的にゲンガーに、そのままメガゲンガーへとメガシンカさせた。メガシンカに必要なデバイスを用いずに、な』

 

 その言葉を聞いて、ダイはボールの中で休んでいるゲンガーと視線を交わした。ゲンガーが身につけているバンダナに括り付けられたゲンガナイトがキラリと閃いた気がした。

 

『しかしヒースが行った研究はそこで終わった。だが奴が独自研究を行うための資材はバラル団が提供したものだ。データのバックアップが取られていたとしても不思議ではない』

「……んで、今いるバラル団の精鋭研究者たちが研究を引き継いだのか」

『尤も、トレーナーの暴走も生命力の奪取も、奴の想定には入っていなかったがな』

 

 その時だ、ヘルガーが一際大きな炎を放った。火炎放射を超える、【れんごく】の炎だった。

 範囲はそう広くはない。だが、ダイとジュカイン目掛けて放たれた炎が通過した後のコンクリートがいとも簡単にどろりと溶け落ちた。如何にReオーラと言えども、溶けたコンクリートの修復には時間が掛かるようだった。

 

「長話はあんま許してくれなさそうだな……! かといって、どうすりゃいいんだ!?」

『落ち着け、お前にはメディカルチェックの際Reオーラの特徴について説明したはずだぞ』

 

 それはこのひと月、コスモスとのトレーニングと並行して行われたダイの身体検査でのことだ。

 ダイはヘルガーの炎撃を避けながら、頭の中の引き出しを必死に開け始めた。

 

「えっと、確か……Reオーラっていうのは、厳密には……」

『"波導"だ。人やポケモンに等しく流れる生命を源とする()だ』

 

 ため息交じりにカイドウが言う。これからはもう少し友達の話を理解するよう努めようと思うダイだった。

 

「じゃあ、あれもReオーラなら……」

『あぁ、お前とジュカインのReオーラをぶつけて、波導と波導の振幅を同調させれば相殺することが出来るだろう』

「そうか! その手があったんだな! やっぱお前の知恵を頼って正解だった!」

 

 ジュカインと視線を交わし、頷き合う。俺たちなら出来る、と心で通じ合った。

 

「ありがとな、カイドウ。やっぱお前の知恵、頼ってよかった!」

『礼を言うのなら、やり遂げてからにしろ』

「──カイドウ」

『……なんだ?』

 

 電話の向こう側で微かに、ほんの少しの小さな笑みを浮かべるカイドウ。

 彼が通話を切ろうとした瞬間、

 

 

親友(ダチ)親友(ダチ)の研究で、絶対に誰も死なせないからな」

『──頼んだぞ』

 

 

 今度こそ切れる通信。頬を打ち、ダイが瞳に覚悟を宿す。

 約束したのなら、貫き通すという覚悟を。

 

「よし……行くぞ、ジュカイン!!」

 

「ジャアアアアアアッ!!」

 

 より一層強い攻撃の意思を感知したか、イグナがヘルガーをけしかけてくる。

 ジュカインが【アクロバット】でヘルガーを翻弄する。炎を向けられたら流石に分が悪いが、そもそも照準を定めさせなければいい。

 

「Reオーラが波導だ、っつうなら……! 【りゅうのはどう】!」

 

 キセキジュカインの背に翼のように生えた六本の枝。それが自身の纏うReオーラを初め、物体の修復を終え空気に溶けたReオーラを再集結させる。

 溜め込んだReオーラをジュカインが龍気へと変換、一気に撃ち出した。七色の光を放つ七つの龍のエネルギーがヘルガーへ殺到する。

 

 返すように、ヘルガーは黒曜の光を乗せた【だいもんじ】を放つ。紫色に変色した炎が龍を模ったエネルギーに衝突し、弾ける。

 波導を同調させる、言葉にするのは簡単だが実際にはそうはいかない。技同士の威力が違ければ当然優劣が出てくる。

 

「くっ、ヘルガーの火力がまだ上か……!」

 

 ダイが歯噛みしながらポケモン図鑑を展開する。そしてメガヘルガーをスキャンすることで現在のステータスを図り始める。

 

「そうか、"サンパワー"か……!」

 

 メガシンカしたヘルガーが身につける特性、サンパワー。ダイは空を見上げて歯噛みする。

 今日は怖いくらいの晴天で、日差しが強い。故にヘルガーは太陽の力で炎の技を強化し、さらに自身の特殊攻撃力をも高めているのだ。

 

「だったら、こっちも全力全開(フルパワー)だ!!」

 

 虹の奇跡が膨れ上がる。ダイが操るReオーラがジュカインになだれ込み、キセキジュカインの特攻を著しく上昇させる。

 だがそれでようやくイーブンと言ったところか、まだ完全に波長が合わない。

 

 相殺、だけでは完璧ではない。相殺出来ても、一度流れが途切れるだけだ。

 そこから再度ヘルガーに黒曜の光が流れ込まないようにする必要がある。

 

 ジュカインのスピードならばその一瞬のスキを突いてヘルガーを戦闘不能にすることは出来るだろう。

 だがやはり、なんと言っても攻撃を同調させるのが至難の業だった。

 

 見ればジュカインが放つ七色の波導は包み込むような動きを見せているものの、ヘルガーの紫の炎は触れるもの全てを拒絶するかのように周囲へと撒き散らされている。

 波長を合わせるには、周囲に散らされる黒曜の光をまるごと包み込む必要がある。それには、やはりまだジュカインの火力が足りない。

 

「だけど、これ以上どうやってジュカインのパワーを上げる……?」

 

 虹のReオーラでキセキシンカしたジュカインの特性は"てきおうりょく"。既にジュカインに放てる【りゅうのはどう】は最大火力に近い。

 ずっと【りゅうのはどう】を撃ち続けるのにも限界はある。Reオーラは傷を癒やしてもスタミナまでは回復しきれないのだから。

 

 

「────【あくのはどう】だ」

 

 

 その時、七色の龍を補助するように闇色の波動が放たれた。ダイが横を向けば、静観していたはずのワースとヤミラミが攻撃に加わっていた。

 

「リスクは負わないんじゃなかったのかよ、おっさん!」

「あぁ、勝てねえ勝負はしねぇよ。だから、お前に乗っかるんだよ。そうすりゃ勝てるんだろ?」

 

 灰になっては復活するタバコを吹かしながら、ワースはニッと笑った。

 それを受けて、ダイは強気の笑みで応えた。そしてワースのヤミラミが戦闘に加わったことで、一つの道筋が出来た。

 

 閃き、ダイはモンスターボールを一つリリースする。現れたのは回復の済んだゲンガーだ。一度戦闘不能になっているため、メガシンカは解除されているが今メガゲンガーである必要はない。

 そして、やはりゲンガーこそが攻略の鍵だった。グライド戦で用いたのと同じ、あの作戦で。

 

「【スキルスワップ】!」

 

 ゲンガーが指先を光らせ、この場のポケモンの特性を入れ替える。

 

 次の瞬間、キセキジュカインの七色の龍の波動がさらに光り輝く。ジュカインが"サンパワー"を手に入れたことで、太陽を味方にしたからだ。

 

 そしてヤミラミもまた、キセキジュカインが持っていた"てきおうりょく"を身に着けたことで【あくのはどう】がさらなる力を発揮する。

 

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!! 撃てェェ──ーッ!!」

 

 

 七色の龍は太陽の光を受けて極限まで白い光へと昇華する。全ての色の終点が、白であるように。

 白龍と獄炎、それらがぶつかりあい強い力場がビル周辺に発生する。それは同じビルの階下にいたアルバにも、少し離れたポケモンセンターにいたリエンとソラにも、プールエリアにいた一般の人々にも感じ取ることが出来るほどの力で。

 

 キセキジュカインが咆える。もはや一切の余力など無い、全身全霊の全力。

 しかしこの力は自分たちだけでは成し得なかった。全ての仲間と、相手(ヘルガー)の力を借りて成し得た奇跡そのものだ。

 

 

 

「踏ん張れよ、相棒(ジュカイン)!! ここには仲間と、太陽──そんでもって、俺がいる!!」

 

 

 

 危険を顧みず、ジュカインの肩へ手を添える。空気を伝わせるのではなく、直に自身の纏うReオーラをジュカインへと送り込む。

 そしてヘルガーの放つ紫紺の【だいもんじ】を、遂にジュカインの【りゅうのはどう】が包み込んだ。

 

 ここからがより一層のコントロールを必要とした。ひたすらに爆弾が炸裂し続けているような騒音の中で、ダイとジュカインは精神を研ぎ澄ませる。

 水面へ穿たれた小石が小さな波を起こし、やがてそれが完全な静止状態になるイメージを抱き続ける。

 

 暴れる炎を上から押さえつけ、自身の波導の振幅に無理矢理合わせていく。

 そうして、幾ばくかの浅い呼吸の末。ジュカインとヘルガーの間、波導同士が淡い光となって空へと還っていく。

 

 撃ち尽くした、ジュカインもヘルガーも一瞬気の抜けた顔をしてしまう。だが、ジュカインにはダイがついている。

 今一度、自身の内から湧き上がる虹の光でジュカインを強化。前傾姿勢で突撃の構えを見せたジュカインが腕の新緑刃に力を宿し──

 

 

「──【リーフブレード】ッ!」

 

 

 裂帛の気合いと共に、ヘルガーに再び降りかかろうとする黒曜を、虹の軌跡を以て斬り裂いた。

 かつてハイパー状態に陥ったゼラオラの闇の瘴気だけを斬り裂いたように。

 キーストーン・Iとの繋がりを絶たれ、ヘルガーのメガシンカが解除される。糸の切れた操り人形の如く膝から倒れ込むイグナをジュカインが身体で受け止めた。

 

「おい、大丈夫か?」

「ぅ……くっ、まさか……お前に、助けられるとはな……っ」

 

 そう言いながらも、イグナの顔は諦めを含んだ顔で静かに笑った。

 

「刑務所の礼だよ。あのときは……そりゃもう、脱獄させられてありがた迷惑だったけどな」

 

 ダイはため息交じりに笑って返す。そしてポケットを取り出し、VG支給のゴーイングワッパーを取り出す。

 その前に後ろを振り返り、ワースやヤミラミの動向を確認する。念の為、ゲンガーが彼らを警戒しているがワースはダイの視線に気づくと「お好きにどうぞ」と言わんばかりのジェスチャーで返す。

 

「お巡りさんの好きにしろよ」

「悪いけど、俺はPGの人間じゃない」

 

 イグナの無抵抗の手首に手錠を掛けながらダイは言う。イグナが見上げると、空に輝く陽の光が彼の表情を逆光で隠した。

 だがイグナには分かった。きっと嫌味なくらい、明るい笑顔で笑っていると。

 

 

「俺はただのポケモントレーナー、タイヨウ。みんなは、ダイって呼ぶぜ」

 

 

 まるで不器用な催促に、イグナは項垂れながら静かに口角を持ち上げた。やがて心地の良い疲労感から、眠りにつくように意識を手放した。

 イグナに寄り添うようにして大人しく丸まったヘルガーを尻目に、ダイはワースの方へと振り返った。

 

「どうする? 続けるなら、望むとこだぜ」

 

 拳を握り、それに合わせてジュカインも再び臨戦態勢になる。

 だが次の瞬間、ワースの取ったあまりの挙動にダイもジュカインも思わず面を喰らった。

 

「やめだ、降参」

「は……?」

 

 ワースはヤミラミをボールに戻すと、そのまま両手を上げたのだ。ダイはイグナが暴走する前の戦闘を忘れたわけではない。

 ダイ本人をして、一対一で未だに食らいつけるかどうかという基準の相手だ。それが今、戦わずして白旗を挙げている。

 

「言っとくが不意打ちを狙ってるとかじゃねえぞ。言ったろ、リスクは負わねぇって」

 

 そう言われても、はいそうですかと肩の力が抜けるわけではない。

 ダイの様子を見て、ワースは嘆息混じりに新たなタバコを吹かした。燻らせた煙の奥からダイを静かに射抜いていた。

 

「金勘定ばっかやってると、そいつ自身の価値ってのがうっすらと見えてくるんだよ。

 それはポケモンバトルの強さに限らず、情報戦が強かったり、フィジカルに秀でたりと様々だ。

 まぁ、一口に言っちまえば金と一緒だよ、必ずそいつにはそいつ自身の値がある、ってな」

 

 独特の語り口調で話を進めるワース。イマイチ彼の意図が読めず、ワース自身が交戦の意思無しと宣言したにも関わらずダイは警戒を解けずにいた。

 

「初めてユオンシティでお前を見たとき……まぁ、包み隠さず言えば捨て値野郎では無いと思った、だがそれだけだ」

「それじゃあ、今じゃあちょっとは評価が覆ったって思っていいのか?」

「あぁ、むしろ期待以上だったよ、お前は」

「だったら、何が言いたいんだよ?」

 

 刹那、口に咥えたタバコから吸殻が舞い落ちる。零れ落ちた灰が元に戻ることはもうない。

 

 

「じゃあ単刀直入に言うぜ、坊主」

 

 

 そしてワースは、まるで煙を吐くルーティンと共にその言葉を言い放った。

 

 

 

 

 

「────俺と、手を組まねえか?」

 

 

 

 

 

 怖いくらいの晴天だと思っていた空に雲が出て、僅かばかり影が差したような気がした。

 

 






【ハイパーボイス・カンタービレ】

タイプ:ノーマル
分類:特殊
威力:90
命中率:100

範囲:相手全体

効果:同じターン中に別のポケモンが続けて出すと、後で使った方の威力が2倍になる。


簡潔に言ってしまうと「りんしょう」の効果を持った「ハイパーボイス」です。


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