ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSヘルガー 黒曜のメガシンカ

 

『おい! おっさん!! オレもそっちに行かせろ!! おい!』

「……あー、この無線は現在使われておりません」

『ふざけてる場合か! おっさん! おい! コラ──』

 

 ぶつり、と喧しかったロアからの通信を切り、ワースは再びタバコを口に咥える。

 

「イグナ、お前がこっちに来い。ロアにはハチマキの相手でもさせとけ」

『了解、聞いての通りだロア。ガンダさんに合流してくれ』

『ざっけんな! なんでオレがそっちじゃねえんだよ! おっさ──』

 

 無線の向こう側で騒ぐロアを無視してワースは正面を見据える。繰り出したエンペルトとジュカインが競り合っている。

 ひと月前なら恐らくエンペルトが圧倒していただろうが、見ればジュカインの方が攻勢でありエンペルトは次第に後退を余儀なくされていた。

 

「なかなか、やるようになったわけだ」

「こちとら何度かエンペルト相手にエグい修羅場潜ってんだ! 対策だって──」

 

 新緑刃(リーフブレード)による連撃が炸裂、皇帝が大きく体勢を崩した。

 その隙を見逃さず、ジュカインが渾身の【きあいパンチ】をエンペルトの胴へ叩き込んだ。

 

「──出来てんだよ!!」

「へっ、可愛くねーヤツ」

 

 吹き飛ばされてきたエンペルトをボールに戻し、ワースは思い通りに状況が進んでいることを確信し僅かにほくそ笑んだ。

 そうしてもう一匹、"ドレディア"を戦場へ投入した。それに対し、ダイはズボンの後ろポケットからポケモン図鑑を取り出し、ドレディアをスキャンする。

 表示されたデータを凝視し、瞬時に作戦を立てる。

 

「このまま突っ張るぞ、ジュカイン!」

「おっ、正解だ。カンニングすりゃ当然か」

「言ってろ!」

 

 ドレディアというポケモンは詰めても草タイプ、エスパータイプ、ノーマルタイプの攻撃技しか覚えない。

 さらに厄介な状態異常を引き起こす技もジュカインならば無効にできる。下手にウォーグルなどに入れ替えた方が不利を強いられる可能性が高い。

 

 だからこそダイはジュカインを続投させた。()()()()()、その選択は正しい。

 しかしこの場においては、観察不足と言わざるを得なかった。

 

「【つばめがえし】ッ!」

「──【しぜんのちから】だ」

 

 ジュカインの同時三連撃を巧みにすり抜け、ドレディアが後退する。追撃しようとしたジュカインが見たのは氷上にて力を溜めるドレディアだった。

 見ればドレディアの周囲はコンクリートが完全に凍りつき、スケート場のようになっていた。滑らないようにジュカインが急制動を掛けた瞬間と、ドレディアが【しぜんのちから】を【れいとうビーム】に変化させたのは同時だった。

 

「ッ、ジュカイン!!」

 

 一直線の氷槍で穿たれたジュカインがコンクリートに氷で縫い付けられた。迂闊であった、エンペルトはジュカインの力量を把握するだけでなく後に続くポケモンのための切り札すら用意していたのだ。

 屋上の半分以上が氷上と化したこの場ではドレディアには氷タイプの技があるも同然だ。出すポケモンは慎重に選ばなければならないが、そんな悠長を許さない事態が発生する。

 

「ヘルガー! 【かえんほうしゃ】!」

「そうだった! メタモン、受け止めろ!」

 

 ダイの背後、クロバットと共に上昇してきたイグナがヘルガーを投入、メガシンカにより高まった炎技を放った。

 すかさずダイはメタモンを背後にリリース。メタモンも即座にアルバのブースターへと姿を変えることで特性を"もらいび"に変化させ、受けた炎技で自身を強化する。

 

「そのまま【フレアドライブ】!」

 

 メタモンはヘルガーから奪った炎を自身に纏わせ、ジュカインを縛る氷を一瞬で蒸発させるとそのままドレディア目掛けて捨て身の突進を繰り出した。

 ドレディアは避けきれずにメタモンの直撃を許してしまう。さらにメタモンはありったけの炎を撒き散らしてエンペルトが張り巡らせた氷のステージを焼き尽くした。

 

 しかし【フレアドライブ】の反動ダメージが大きく、ダイはメタモンをボールに戻し下がらせた。

 

「ウォーグル! ヘルガーを寄せ付けるな!」

 

 迫る地獄の番犬に大鷲をぶつけて対処する。メタモンの炎によって復帰したジュカインがウォーグルの援護に向かおうとするが、ダイが片手でそれを制する。

 特攻が高まっているメガヘルガー相手にジュカインは荷が重すぎると判断したのだ。反面、ウォーグルにはヘルガーに対する強みがある。

 

「もう一度【かえんほうしゃ】!」

「ならこっちは【いわなだれ】だ!」

 

 僅かにヘルガーが素早く、赤黒い炎を口から吐き出す。ウォーグルはまるでペラリと紙でも捲るように屋上のコンクリートを持ち上げ炎に対する防壁にすると、そのままそれを上から突き落とす。

 しかしイグナがヘルガーをボールに戻すことで岩塊の下敷きになるのを防ぐと、返すようにオニシズクモを投入する。

 

「【ねっとう】!」

 

「早い……ッ! 【ブレイブバード】!」

 

 どうやらボールの中で既に溜め込んでいたのだろう。ボールから飛び出るのと同時にイグナのオニシズクモが煮えたぎる湯を解き放つ。

 真っ向からそれを浴びながらも、ウォーグルが燐光をその身に携えながら体当たりを行いオニシズクモを沈黙させる。それでも強行の代償は存在する。

 

 オニシズクモを戦闘不能にしたウォーグルがダイの元へ戻ってくるが、苦しそうに顔を歪めた。見れば翼の付け根部分が赤く変色していた。

 

「火傷したのか、悪い……下がってくれ!」

 

 ウォーグルが見せたガッツを労い、ダイがウォーグルをボールに戻す。これでダイに出来るのはゲンガーとジュカインの二匹を前に出すことだけ。

 メガヘルガーを前にゲンガーとジュカインを呼び出すダイを見て、ワースは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「お前、ゼラオラはどうした?」

「今頃ステージを楽しんでるよ、邪魔すんなよな」

 

 そう、ダイはここへ来る寸前にゼラオラだけをステージに置いてきた。暴れることは無いだろうが、万が一をTry×Twiceの二人に任せてある。

 それもバラル団が彼を刺激しなければの話である。ダイの心配を他所に、ワースは手をひらひらと振って言った。

 

「んな余計なことしねぇよ、俺たちが用あるのはお前だからな」

「そうかよ、あんまコソコソ会いに来る真似してほしくねえんだけど。噂になっちまうだろ」

「確かに、こっちもそういう趣味は持ち合わせてねえな。さて、ニドキング」

 

 ワースはダイをここに連れてきたニドキングを再度ボールから出現させる。イグナもまたメガヘルガーを呼び出すと腕の黒いメガバングルを構える。

 瞑目し、強く念じることでイグナの身体から溢れる紫色の瘴気とも呼べるオーラがヘルガーに流れ込み、力を増強させる。

 

 ダイはというとジュカインとゲンガー、両方と視線を交わし合う。そして左のグローブリストのキーストーンを前へ突き出した。

 

 

「──突き進め(ゴーフォアード)、ゲンガー!」

 

 

 迷った末に選択したのはゲンガーをメガシンカさせることだった。本来ならば、ヘルガーの炎技によるダメージを軽減する意味でもジュカインのメガシンカが妥当なはずだ。

 しかしダイはジュカインではなく、ゲンガーをメガシンカさせることを選んだ。その選択に、ジュカインも異論はない。

 

「メガシンカ!!」

 

 立ち昇る虹色の光が生み出した影より、メガゲンガーが這い上がるようにして再臨する。

 瞬間、ゲンガーから走る影がヘルガーとニドキングの背後を取った。特性"かげふみ"によって、ヘルガーとニドキングはもう引き下がることは出来なくなった。

 

 ポケモンの数だけ手数が存在する。一対二である現状、相手の交換を封じて今場に出ている二匹だけを的確に処理することにおいて、メガゲンガーの特性は有利に働く。だからこそダイはエースのジュカインではなくゲンガーをメガシンカさせたのだ。

 

「陽が出てるな、だったら【マジカルシャイン】だ!」

 

 メガゲンガーが深淵から強力な光を打ち放つ。その光は分裂して相手のフィールドに降り注いだ。ヘルガーはそれを炎をぶつけて、ニドキングは豪腕で薙ぎ払うことでそれぞれ相殺する。

 しかし流石にメガゲンガーの状態で放たれる技の直撃は避けたかったのだろう。おおよそ、ダイの想定通りだった。

 

「突っ込め、ジュカイン!」

 

 降り注ぐ光に合わせてヘルガーが上を向いた瞬間だった。地面すれすれの低姿勢で突進したジュカインがヘルガー目掛けて【ローキック】を繰り出した。

 脚部に伝わる鋭い痛撃、しかしそのまま逃すまいとヘルガーが灼熱で溶ける寸前の牙を以て【ほのおのキバ】を繰り出した。

 しかしジュカインは尻尾を強く地面に叩きつけその勢いで跳躍して攻撃を回避、灼熱の牙は空気を噛み砕いた。

 

「【メガホーン】だ」

「ゲンガー! 【サイドチェンジ】!」

 

 滞空中のジュカインでは回避行動を取れない。その隙を狙ったニドキングの角がジュカインへと迫るが、ゲンガーは自身とジュカインの位置を入れ替え、ニドキングの角が帯びるオーラをその身で受け止めた。虫タイプの技ならゲンガーは痛くも痒くもない、そして先程ヘルガーがしようとしたようにゲンガーもまたニドキングに用があったのだ。

 

「ゲェェェ────ンッ! ガッ!!」

 

 拳の体温を徐々に下げ、マイナスの域に達した拳をそのままニドキングの胴体へ連続で叩き込む。【れいとうパンチ】による殴打の雨だ。その数、およそ一秒間に十四発。

 最後に極限の一発をニドキングの顎付近目掛けて繰り出し、そのまま殴り抜ける。吹き飛ばされてきたニドキングをそのままボールに戻すことで衝突を避けるワース。

 

「なるほど、相変わらず速えな」

 

 冷静にメガゲンガーの力量を測るワース、人差し指と親指で摘むタバコはもうその身を極限まですり減らしている。最後の数ミリまで堪能し、後は一瞥もせずに踏み潰す。

 そうしてワースが取り出すのは新しいタバコ、ではなく一際磨かれたモンスターボール。

 

 手のひらでキープしたままボールから中身を繰り出す。成人男性の中でも類を見ないほどの長身であるワースに比べれば小人そのもの。

 しかしてギザギザの歯とギラつく鉱物の瞳が放つ存在感は身の丈を凌駕する。ワースの切り札であり、ダイが一番警戒していた"ヤミラミ"が満を持して戦線に投入された。

 

「イグナ、調子はどうだ」

「今のところは問題なく扱えてる。見た目以外は」

 

 ワースが気にかけるのはイグナの身につけている"キーストーン・I"だ。グライドが見つけてきた優秀な科学者によって生み出されたそれは普通のキーストーンが放つのとはまるで違う黒紫の光を放っている。

 見た目は仰々しいが、ヘルガーに至ってもメガシンカによる身体の不調も見受けられないようだった。

 

「ゲンガー! 【マジカルシャイン】だ!」

「ヘルガー! 【あくのはどう】!」

 

 ヘルガーを中心に放射状に放たれる黒いオーラに対し、ゲンガーは影から同じく黒い光を放って撃ち合わせる。ダイがヤミラミを警戒し、速やかに撃破を狙ってくることはイグナも分かっていた。

 事実、ヘルガーの攻撃によりゲンガーの【マジカルシャイン】は相殺された。ヤミラミは呑気にあくびをしているほどだ。

 

 逆にこのままヘルガーの悪タイプ技をゲンガーがいつまで凌げるか、という話になってくる。ダイは歯噛みし、次の一手を選んだ。

 

「なら、【ミラータイプ】!」

 

 ダイの作戦は、この場の攻防において有利なヤミラミのタイプを手に入れることだった。

 しかしゲンガーはというと、ダイの指示を無視した。訝しんだダイがゲンガーの顔を覗き込んで、理解した。

 

「悪いな、先に【ちょうはつ】させてもらったぜ」

 

 ゲンガーはヤミラミに意識が向かっていた。ヤミラミもゲラゲラ笑いながらゲンガーを指差し、次いで指先で「かかってこい」と言うように挑発を繰り返す。

 次の瞬間、ゲンガーは飛び出しヤミラミに向かって突進していた。しかし怒りに流されながらも素早い。瞬きの暇など無かった。

 

「お~速い速い」

 

 煽てるように呟くワース。ゲンガーの【シャドーパンチ】、【シャドーボール】の雨がヤミラミに降り注ぐがヤミラミはそれを最小の動きで回避し、さらに煽る。

 ダイはゲンガーの攻撃がだんだんと躍起になっているように見えた。そうしてゲンガーの攻撃速度が低下してきたとき、その理由に気付いた。

 

「混乱してる! いったいいつの間に……【あやしいひかり】か? いや、でもそんな素振りは……いやそれよりもジュカイン、フォローに回れ!」

 

 頷き、ゲンガーを連れ戻そうとするジュカインだったがその進行方向を塞ぐようにして【かえんほうしゃ】が放たれる。

 ジュカインはブレーキと共に遠心力の乗った尻尾攻撃で炎の軌道を逸らし、ダメージを最小限に抑える。

 

「本末転倒、ってやつだよなァ」

「なんだと!」

「俺が、お前がゲンガーを選んでメガシンカさせた本当の理由に気付いてないとでも思ったか?」

 

 ズバリと言い当てられ、ダイがたじろいだ。ゲンガーをメガシンカさせたのには、"かげふみ"で戦いを有利に進める以外にももう一つあったのだ。

 それこそヘルガーの炎技を抑えるためだ。ゲンガーがこの戦場において厄介な存在となれば当然イグナとヘルガーが真っ先に潰そうとしてくる、ダイはそう読んだ。

 

 であれば、ヘルガーは炎タイプの技よりも悪タイプの技を優先して使ってくる。その間、ジュカインはマークを外れフリーに動くことが出来る。

 

「ところがお前は、俺のヤミラミを見ただけで焦りだした。当然だよなぁ、相手の場のポケモンは二匹ともゲンガーに有利なタイプを持ってる」

 

 見透かされている、尽くを。

 まるで頭の中を覗き込まれているとさえ思った。それほどに、ワースはダイの手の内を読み尽くしている。

 

「だから【ミラータイプ】だったんだろうが……まぁこんなもんか」

 

 その時だ。一際強い光がフラッシュのように発生し、ダイが思わず顔を背けた一瞬だった。

 ヤミラミはその身よりも大きなルビーの大盾でゲンガーの攻撃を受け止めていた。

 

 

 ヤミラミの進化形態、"メガヤミラミ"だ。相手の攻撃の一瞬に割り込んでメガシンカなど、並のトレーナーが出来る芸当ではない。

 

 

 ガツンとインパクトが発生、ヤミラミが僅かに後退するが体勢は崩れない。

 

「【おしおき】だ」

 

 ヤミラミがルビーの盾から身を乗り出し、振りかぶったツメでゲンガーを切り裂いた。その技を受けて、ダイはゲンガーが混乱していた理由に納得がいった。

 恐らく【ちょうはつ】の前か後、少なくともゲンガーが攻撃に出る前にヤミラミが【おだてる】ことでゲンガーは混乱させられていたのだ。

 

 弱点の攻撃を食らったことで頭が冷えたゲンガーが状況を理解し、影を伝ってダイの元へと戻ってくる。【おしおき】の効果も相まって相当消耗したが、まだやれると言う面持ちだった。

 そうしてダイは頭を必死に働かせる。状況を打開するのに必要なピースはなにかを、必死に頭の中から掘り起こす。

 

 グライド相手にやった【スキルスワップ】を使っての攻撃は、先程ヤミラミに【ちょうはつ】された前例からも不可能だ。

 ゲンガーが策を講じても、それより先にヤミラミに潰されてしまう。

 

 かと言って、正面からの突破。難しくはないが、かなりリスキーである。しかしダイも分かっていた。

 

 この状況を覆せるのは、もはや自分たちの地力しか無いのだと。

 

「ぐ……が……」

 

 だがその時、全く予想外の方向から呻き声が聞こえ、ダイとワースはそちらに視線をやった。

 イグナだ。胸元を抑え、大量の冷や汗が額から顔中を伝っている。見るからに異常だとすぐさま分かった。

 

「どうした、イグナ」

 

 ワースが尋ねた瞬間、切ったはずの無線が再び通信を求めて鳴動する。ワースは煩わしそうにしながらも通信を繋いだ。

 

「なんだ、こっちは今取り込み──」

『おいおっさん!! ガンダのおっさんが暴れ始めやがった!! ありゃ敵味方の区別がついてねえぞ!!』

 

 無線の向こう側から響き渡る破砕音、微かにビル自体が揺れるほどの衝撃が階下から伝わってきているのが肌で分かった。

 ロアからの通信を受けたワースがイグナの方を見やった瞬間だった。イグナの目はまるで泣いているかのような赤に染まり、虹彩は赤紫色の光を放っていた。

 

 

「お、おぉ……【オーバーヒート】ォ!!」

 

 

 瞬間、メガヘルガーが最大火力を以て辺り一面を煉獄に変える地獄の炎を撒き散らした。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ、ゲンガー! 【こごえるかぜ】だ! 早く!」

 

 幸いにも、ヤミラミがゲンガー【おだてる】ことで上がっていた特攻により炎の余波はゲンガーが放つ極寒の冷気によって多少和らいだ。

 しかし元の威力が違いすぎる。ビルの屋上、紫色の炎が忽ち周囲を燃やし尽くし初めた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方、ビルの階下。ひと月前のレニア決戦の折に廃棄されたビルの一階をアルバとルカリオは縦横無尽に駆け巡っていた。

 二人が通った後をメガギャラドスの放つ【りゅうのいかり】が炸裂し、投棄されたテーブルや椅子を木っ端に変える。

 

「ッ、【はどうだん】!」

 

 ルカリオは壁を駆け回り、再度自分を狙う【りゅうのいかり】を回避しながら手のひらのソフトボール大に練り上げた波動の塊をギャラドスの頭部目掛けて撃ち出した。

 それは的確にコースを変え、ギャラドスの頭部に当たっては弾ける。だが、びくともしない。

 

「かー……」

 

 アルバの視線はギャラドスの奥、猫背に丸まった巨躯の男ガンダに向いていた。目からは妖しい光が放たれ続け、彼から漏れ出るようにして溢れる光がギャラドスに絶えず流れ込んでいた。

 攻撃が一度止み、アルバは前傾姿勢を維持したまま小休止を挟もうとする。が、それを許さない影が一つ。

 

「【ブレイククロー】!」

 

「くっ、【みきり】!」

 

 物陰から飛び出し、鋭利なツメで上下左右からルカリオを襲うのは"ザングース"。そして同じく、アルバに向かって飛び膝蹴りを放つロア。

 アルバは飛び込んでくる膝を両腕を交差させることで受け止めた。

 

「なんでぇ、オレがお前の相手をしなきゃなんねンだよォ!! 超ムカつくぜ!!」

「だったら放っといてくれればいいのに!!」

「そりゃいい案だ! ……なんて言うかよ、オッサンになんて言い訳すんだボケェ!」

 

 飛び膝蹴りから繋いでアルバの胸ぐらを掴み、ヘッドバッドを繰り出そうとするロア。

 しかしその時だ。アルバは咄嗟にロアの脚を崩し、彼を押し倒すようにして攻撃を避ける。刹那、一瞬前まで二人の頭があった場所をギャラドスが放った水圧カッターのような【ハイドロポンプ】が突き抜けた。

 

「ってぇ! てめーよくも……!」

「ぶつくさ言ってないで、立って!」

「あん? ……うおわっ!!」

 

 押し倒したかと思えば、アルバはロアを無理矢理起こして突き飛ばす。今度は二人が倒れ込んでいた場所にギャラドスの【アクアテール】が叩きつけられ、コンクリートが大きくヒビ割れる。

 

「おいガンダのおっさん! ちったぁ加減しろ! 殺す気────」

 

 か、と言い切る前にギャラドスの攻撃はロアに向かっていた。ザングースが既のところで割って入り、攻撃を受け止めた。

 そこでロアもようやく、ガンダの様子がおかしいことに気付いた。

 

「ッ、【リベンジ】!」

 

 ザングースがギャラドスを控えめに投げ飛ばす。ロアは一息吐こうとするが、ギャラドスは手当たり次第に暴れだし、周囲をめちゃくちゃに破壊する。

 コンクリートや机の残骸が吹き飛び、まるで戦争の最中にいると錯覚しそうなほどだ。

 

「防げザングース!」

「【ラスターカノン】!」

 

 迫るコンクリートの塊を【インファイト】で粉砕するザングースと、鋼鉄の輝きを流し込んで内部で破砕させるルカリオ。

 だがやはりギャラドスは攻撃の狙いがついていない。むしろ視界の中の動くもの全てを破壊しようとしている。

 

 ロアは舌打ちすると無線機を取り出し、屋上で戦っているワースに連絡を入れた。

 

「おいおっさん!! ガンダのおっさんが暴れ始めやがった!! ありゃ敵味方の区別がついてねえぞ!!」

 

 指示を仰ごうとしたロアだったが、飛んできた破片が無線機に運悪く炸裂してしまう。拾い上げるがうんともすんとも言わない無線機をロアは放り捨てる。

 

 

「ぐがが……【はかいこうせん】!!」

 

 

 ガンダが強く発すると、ギャラドスの口腔に溜め込まれた破壊という二文字を象徴するかのような光が奔流となって放たれた。

 ルカリオとザングースが備えるが、光線があっという間に二匹とその後ろの二人を飲み込む。

 

 

「ぐあああっ!!」

 

「うぐ……ッ!!」

 

 

 光に圧され、アルバがこのビルに突っ込んだのと同じようにコンクリートを突き破って隣の部屋へと吐き出される。

 壁にぶつかる寸前、ルカリオが壁に【コメットパンチ】を撃ち込むことで壁が崩れやすくなっていたおかげで助かったものの、間に合っていなければ光線に押し潰されミンチになっていただろう。

 

 それでも人の身体がコンクリートを突き破るほどの衝撃だ、アルバも満身創痍と言った風に立ち上がった。

 

「くっ……あの、光は」

 

 アルバはガンダを包む光に見覚えがあった。旅を初めて間もない頃、リザイナシティで遭遇したバラル団絡みの事件で。

 ジムリーダーのカイドウをして友と呼べるだけの人物が、自らの手持ちである"ゴースト"を"メガゲンガー"まで進化させた光によく似ていた。

 

 眩いはずなのに、目を開けていられる。そして刺すように、暖かみのない冷たい光だ。

 

「ま、待てや……コラ……」

「酷い怪我だ、暫くはそこでジッとしていて」

「ざけんな……なんでテメーに怪我の具合なんざ、心配されなきゃなんねぇんだよ……!!」

 

 ロアがうつ伏せのまま、アルバの足首を掴んだ。正気ではないガンダとギャラドスに標的とされている以上、このままでは共倒れは免れない。

 もちろんロアに覚悟があれば、アルバを道連れにすることだって出来るだろう。だがそれを許さなかったのは、

 

 

「仕方ない、"デンリュウ"! ジュナイパー!」

 

 

 他でもないアルバだった。ジュナイパーと共に、新たな手持ちの一匹であるライトポケモン"デンリュウ"を呼び出す。

 デンリュウとジュナイパーが手早くロアを部屋の隅に移動させ、【かげうち】によってその場にロアを強引に固定してしまう。

 

「出来れば、そのまま大人しくしてて」

「ざっけんなこの野郎! 離せッ!」

 

 念の為ジュナイパーにロアのガードを任せ、アルバは再び壁に空いた穴を通ってギャラドスへと対峙する。荒れ狂うギャラドスの動きはまさに【りゅうのまい】、一筋縄ではいかなくなった。

 アルバは隣のルカリオとデンリュウに交互に視線を合わせ、頷き合う。一歩下がったルカリオに対し、一歩前へ進むデンリュウ。

 

「いくよ、【10まんボルト】!」

 

 デンリュウが拳を打ち合わせ、練り上げた電気を地面へ奔らせる。電気の柱が二つに分かれ、ギャラドスに左右から襲いかかる。

 ギャラドスは特殊防御の値も高く、メガシンカで飛行タイプが悪タイプに変わってしまったことで弱点の電気タイプに多少強くなった。

 

 だがアルバにはこの一ヶ月で、何度かメガギャラドスと戦う機会があった。

 だからこそ、戦い方は心得ているつもりだ。近づかれると厄介ならば、近づかなければいいのだ。

 

「【はかいこうせん】が来る! ルカリオ、【きあいだま】だ!」

 

 距離をとってくるデンリュウたちに痺れを切らしたギャラドスが再び放つ破壊の奔流。それに対して、ルカリオが練り上げた波動で闘気を包み込んで発射する。

 闘気の球体を穿つように、破壊光線が炸裂する。【きあいだま】が破裂するが、破壊光線もまた威力を大幅に減らしコンクリートを砕くに留まった。

 

「デンリュウ、【じゅうでん】で力を蓄えて! ルカリオ、充電の間デンリュウをフォローだ!」

 

 二匹が頷き合い、デンリュウがひたすら起こした電気を自身の体に蓄えて特殊防御の能力を高めていく。ルカリオは飛び出し、【かげぶんしん】で数体に分身するとギャラドスを包囲するように動き回った。

 長い尾を鞭のように振るう【アクアテール】がルカリオの胴を薙ぐ。しかしギャラドスが手応えを感じないまま分身が消滅する。

 

 続いて二匹のルカリオを纏めて【こおりのキバ】で噛み砕くが、やはりこれも分身。新たにギャラドスの目の前に現れた二匹のルカリオが左右へ分かれる。どちらか一方に目を向けた瞬間、もう片方のルカリオがギャラドスへ組み付くという作戦だ。

 

 しかしギャラドスはというと自身の身体をどんどん回転させ、空気の渦を作り上げ分身のルカリオを纏めて巻き上げると【たきのぼり】で撃破していった。それでも全てのルカリオは分身で、本体が現れない。

 

「今しかない、【インファイト】!」

 

 次の瞬間、破壊され無残に散らばっていたテーブルの残骸からルカリオが飛び出す。最初から分身の中に本体はいなかったのだ。

 弾丸のようなスピードで放たれた拳がギャラドスの顎を強く撃ち抜いた。激しく脳を揺らされ、ぐらりとギャラドスの体勢が崩れた。

 

 

 だが、

 

 

「ッ、下がってルカリオ!」

 

 ギロリと反転しかかっていたギャラドスの瞳が再び強い光を放ち、離脱寸前のルカリオを【こおりのキバ】で咥え、脇腹からどんどん凍らせていく。

 そのままコンクリートに頭突きするようにルカリオを叩きつけ、続いてゼロ距離から煮えたぎる【ねっとう】を放って水圧でルカリオをアルバの方向目掛けて撃ち出した。

 

 水圧カッターそのものの水圧に押し出されたルカリオがぶつかり、アルバも体勢を崩す。腹部が凍っていなければ最悪胴体が真っ二つになっていた可能性すらある。

 しかし氷が溶けた反面、ルカリオは苦痛に表情を歪めた。見れば胴に近い腕の部分が赤く腫れ上がっていた。熱湯を浴びせられたことで火傷してしまったのだ。利き腕でないのが不幸中の幸いだったが、このままでは長く戦えないだろう。

 

 立ち上がろうとするアルバとルカリオの前に、ギャラドスが迫る。水の流れに乗った【たきのぼり】だ。このまま衝突すれば壁に挟まれ醜悪な肉の塊に変えられるだろう。

 それを許さない影が一つ、デンリュウだ。【じゅうでん】を済ませ、急いでギャラドスとアルバの間に割って入るとその身を以てギャラドスの突進を受け止めた。

 

「ッ……いけるんだね、デンリュウ!」

「リュウ!!」

 

 コクリ、と頷くデンリュウ。ギャラドスがさらに加速し、デンリュウもろとも押し潰そうと勢いを増す。

 だがデンリュウは自身の身体に蓄えた電力を一気に放出すると、前方にそれを集束させた。

 

「命中に不安があったけれど……この距離なら関係ない!!」

 

 かつてダイのゲンガーが【きあいだま】を命中させるために、敢えて"ノーガード"で相手の攻撃を受け止めたことがあったように。

 アルバとデンリュウもまた、この技を直接相手に叩きつけるのだ。

 

 

「【でんじほう】ッ! いっけぇぇぇえええええ!!!」

 

 

 バチバチと音を立てる雷の矢がデンリュウの前方、ギャラドスの口の中で大きく爆ぜた。その衝撃はまるで爆弾が炸裂したかのような勢いでアルバ、ルカリオ、デンリュウ、ギャラドスが纏めて吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされたアルバが身体の痛みを押して立ち上がる。満身創痍ではあるが、さすがのギャラドスもあの距離でデンリュウが全力で放った【でんじほう】を喰らえば無事では済まない。

 

 そう思っていた。しかし目の前に広がる光景は、異彩を放っていた。

 膝立ちのガンダから紫色の光が流れ出し、それがギャラドスへ繋がっている。

 黒曜の光が、ギャラドスの身体を縛り上げる。光が晴れれば、ギャラドスの身体の傷が忽ち治ってしまったのだ。

 

 

 

 

 


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