ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSニドキング 強くなったから

 走る、ただひたすらに。

 俺は人混みの中を、ぶつかることも厭わずに流れに反逆しながらひた走った。

 

 そもそも、嫌な予感はここに来た時からあった。

 街の中の至るところにPGの警官たちが立っていた。ランクもモンスターボール級から本来捜査にしか現場に出てこないようなスーパーボール級まで。

 

 もちろん警備といえばそれまでだ。だけど、それがあまりにも警戒が厳重過ぎる。それが俺に違和感を教えてくれた。

 俺は、誰でもいいから出ろと思いながらライブキャスターで同じ街中にいるジムリーダー及びVANGUARDのメンバーに一斉通信を掛けた。

 

 その時だ、一人とビデオ通信が繋がった。相手はステラさんだった。

 

『もしもし、ダイくんですか? いきなりどうし──』

「ステラさん、あんま大声じゃ言えないけど……もしかすると、街の中にバラル団がいる!」

『それでは……さっきの歌声は……』

「そのまさか、ソラの声だ! たぶん、もう戦ってる……!」

 

 走りながら、ステラさんと話していると前方に見知ったシスターヴェールが見えた。案外近くにいたらしく、通話しながらステラさんに合流できてしまった。

 そして思い出す。ステラさんは今日、施設の子供たちの引率を兼ねてここに来ている。だから彼女の後ろにはズラリと、揃って祭りを楽しんでいる子供たちがいた。

 

「ひとまず、子供たちをどこかに避難させないと」

「──ならおれにまかせて!」

 

 俺がステラさんに言ったまさにその瞬間、空からリザードンの背に乗ったカエンが現れた。突然のジムリーダーの出現に、街の人達から歓声が飛んでくる。

 カエンが簡単に挨拶して俺達に向き直った。

 

「カエン、なんでお前」

「なんでって、電話掛かってきたから出たらダイにーちゃんがずっとステラねーちゃんとだけお話してたから! 後は匂いを辿って来た!」

「なるほど、ステラさん良い匂いするからな」

「えぇ……はい!?」

 

 話が逸れた、冗談を言ってる場合じゃない。ともかく、カエンが来てくれたなら話は早い。十歳だが、それでもこの街の実質責任者だ。警備の人への口利きは簡単なはずだ。

 気づかなかったがライブキャスターの画面を確かめてみると、ステラさんと話している内に全てのジムリーダーが俺達の通話に参加して、状況を把握してくれていた。

 

「ともかくみんなはおれがレニアジムに連れていくよ! あそこなら外でポケモンが暴れても簡単に崩れることはないはずだから!」

「頼めますか、カエンくん」

 

 ステラさんが子供たちに、カエンに続いて移動するように言伝する。相手はカエンと同年代か少し下、ちょっぴりだけお兄さんのカエンの先導に従ってジムの方向へと走っていく。

 

「ステラさんは、えっと……ネイヴュの、そうユキナリさん! 彼に連絡つけて、PGに警戒を強めるよう言って!」

『大丈夫、聞こえてるよ。その辺は僕に任せてくれ、今ちょうどアストンくんと合流したところだ』

 

 あいつも現場入りしてるのか、そりゃ助かる。後はこの街の人々をどうにかしないといけないところだ、戦闘になったら巻き込む可能性がある。

 タウンマップでレニアシティの間取りを改めて確認して、俺はちょっとだけ過激なアイディアを思いついた。

 

「ちょっと失礼!」

 

 俺は近くでたこ焼き作りのオクタンとその店主に一言謝って、その屋台からオクタンを退かすとゲンガーを呼び出した。

 

「ゲンガー、【おにび】だ。派手にやってくれ」

 

 コクリ、と頷いてゲンガーは俺が指差した──未だ熱を放つ鉄板に繋がったガス管目掛けて青白い炎を発射する。外から熱されたガスが出口を求め、やがて────

 

 

 バァァァァーン!! 

 

 

 破裂したガス管とそれに引火して大きく立ち上がる火の柱。隣の"ペロッパフ綿あめ"や"マーイーカ焼き"の屋台には悪いけど、たぶんこれが手っ取り早い。

 俺は一気に息を吸い込むと、祭りの喧騒に負けないデカい声を張り上げた。

 

 

「火事だァァァ────!!! みんな──!! プールの方に逃げろ────ー!!!」

 

 

 プールエリアは馬鹿みたいに広いし、今日ならライブがあるから戦闘の音を音楽がかき消してくれるはずだ。

 後はジムリーダーのみんなが、迅速な避難誘導をしてくれれば……! 

 

「おっちゃん悪い! 代わりに俺がいたライブの席のチケット! 超特等席だぜ!」

 

 唖然とするオクタンと主人のおっちゃんに走ってる最中にクシャッと丸くなったチケットを押し付けると俺はもう一度耳を済ませた。

 俺はゲンガーに続いてメタモンを呼び出すと、ポケモン図鑑で"グラエナ"のページを見せて変身を促す。【かぎわける】でソラの居場所を探すためだ。

 

 グニャリ、とメタモンが姿を変えた瞬間のことだった。ふと俺の真上に影が差したような気がした。

 

「──ミミッキュ!」

 

 次の瞬間、俺は腹に巻き付いた何かに引っ張られて後退した。メタモンも変身を中断し、俺の手首に巻き付いてくる。直後俺がさっきまで立っていた場所に"トサキント掬い"の水槽が投げ込まれてコンクリートにぶち当たった。

 

「危ないところでしたね」

 

 そう言ってステラさんが苦笑いを浮かべる。どうやら俺を助けてくれたのはミミッキュらしい、俺の腹に巻き付いてた何かはひょっとするとこいつの本体……? 

 立ち上がって水槽が飛んできた方向を見返すと見知った灰色の装束がゴロゴロしていた。

 

「ここは引き受けます。ダイくんは彼女のところへ行ってあげてください。それとソラさんと無事に帰ってきたらさっきの件、お説教ですからね」

 

 そう言ってステラさんとミミッキュは微笑む。迷わず、俺は頷いてその場を後にした。背後から聞こえる戦闘音に振り向かず、走った。

 走りながら考えた。ソラが人を巻き込まないようにして戦うならどういう場所を選ぶか。

 

 当然、今日に限って人気が無い場所だ。被害は最小限に出来るし、事が終わった時誰にも気づかれないということも可能だろう。

 だけどそれは最悪の場合に対しても言える。ソラが戦っていることを、誰も気付けなかった可能性だってある。

 

 人気がどんどん少なくなってくる路地で右往左往していたその時、鈴の音のような清らかな歌声が響いてきた。

 綺麗な声だし、上手いけどソラの声じゃない。そう思って無視しようと思ったがポケモン図鑑がそれを許さなかった。

 

 

 ポケモン図鑑が示す方向を見ると、見たこともないポケモンが風に乗りながら唄っている。その姿をポケモン図鑑が捉えた。

 

 

『メロエッタ せんりつポケモン 特殊な発声法で歌うメロディは聞いた者の感情を自在に操る』

 

 

 図鑑が彼女を"Mystical" 、即ち幻のポケモンと認定した。するとモンスターボールからゼラオラが飛び出してきた。そしてどこかへと飛んでいくメロエッタを見て、指差した。

 

「あいつを追えってことか?」

 

 俺の言葉にゼラオラは頷いた。リライブ出来るかもしれない機会を放って来てしまった俺に抗議の視線を送るでもなし、ゼラオラは先導するようにメロエッタを追いかける。

 そして、進めば進むほど路地は薄暗くなっていく。メロエッタの歌声はどんどん近くなって、同時に獣のような唸り声も聞こえてきた。

 

 そして極めつけは、コンクリートの破砕音。不安と焦りを押し込めて、路地裏を飛び出して再び表路地へ飛び出した時だった。

 視界に現れろと願い続けた紫色が、灰色に組み敷かれていた。見つかってよかった、と思う暇は無かった。

 

 

「ジュカイン!!」

 

 

 そして俺は、考えるよりも先に脚がトップスピードを叩き出していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「各員、目標を視認した。ポイント23、アタッカーへ合流しろ」

 

 そうインカムに向かって話しかけるイグナ。彼の視線は依然、標的であるダイに向けられている。

 一方ダイからイグナへ向けられる視線は、今まで浴びせられたことも無いような怒り。かつてクシェルシティやペガスシティで出会った時ですらここまでの怒りは感じなかった程だ。

 恐ろしいのは、表面上それは伺えないことだ。まるで無表情のようにも見えるが、目を向けられて初めて分かる純度の高い怒りが向いている。

 

「まさかお前の方から来てくれるとは、探しに行く手間が省けた」

「やっぱり俺がターゲットか。ったく、会いに来るなら来るって言えよな」

「闇討ちしますと、わざわざ宣言するやつがいると思うか?」

「いねーよな、そりゃ」

 

 軽口にも応じてみせるが、やはり怒りの矛先は逸れない。しかしイグナには勝算があった。

 今しがた状況を観測していた部下から連絡が入り、街にいた人々の殆どがプールエリアに向かって大移動を行っているという報告があった。

 

 つまりはターゲットが大袈裟に暴れようとも目撃される可能性がグッと低くなるということだ。

 手首に巻き付けられた黒いメガバングルを見やる。いざとなればこれを開放することで戦力増強だって図れる。

 

 さらに、ソラに昏倒させられた部下も徐々に一人、また一人と意識を取り戻しはじめた。ジリジリと包囲網が完成しつつある。さらに待機部隊に混ざっていたケイカ、ロア含め十数人の援軍が現れた。

 

「お兄さん、見ぃーっけ」

 

 ケイカがクツクツと笑いながらスキップ混じりに前に出た。それ以上に、ロアが今か今かと出動を心待ちにしていたようだった。

 拳を鳴らしながらケイカと共に前へ出たロアが言った。

 

「よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉやく! お前にリベンジ出来るぜ。いくらお前でも、この数を相手出来るかよ」

 

 狩りをする者の目でダイを睨みつけるロア。

 さらにはソラにマウントを取って、後少しで取り返しのつかない悲劇をもたらすはずだったソマリが立ち上がる。

 頬に付着した泥を乱雑に拭い、今の攻撃で切れた口の中の血を唾と共に吐き捨てた。

 

「やってくれるじゃん……前回と言いさぁ、キミ女の子に容赦しなさすぎ」

 

 ブルンゲルに変化させたメタモンとドーブルを呼び戻し、恨みの籠もった視線でダイを見る。

 幾つもの悪意に曝されながら、ダイは顔色一つ変えずにロアの言葉に返答した。

 

「お前、俺が一人で来てると思ってんのか?」

「いいや? あのハチマキが来るのも想定済み。だがな、今こうして路地裏は満員状態で一種の封鎖状態だ。仮にヤツが来ても合流する術がねえだろ」

 

 ロアの言う通りだった。現在、ソラが主戦場に選んだ路地裏並びにジム前通路は駆けつけたバラル団員によって完全に包囲されている。

 隣を見ればソマリとガンダを始めとする精鋭が逃すまいとダイとソラを取り囲み、正面はロアとケイカ、イグナたち三人が抑えていた。

 

 確かに、通路の状態を見れば突破は不可能だ。

 

「──それはどうだろうな」

「なに……?」

「案外、穴掘って来たりするかもしれねえぞ」

 

 その時初めてダイが表情を緩ませた。次の瞬間、ロアとケイカの中間付近のコンクリートがひび割れ始めた。

 まずい、と直感が訴えた。ロアとケイカはそれぞれズルズキンとギャラドスを呼び出してその場から飛び退いた。

 

 

「【ほのおのうず】!」

 

 

 次の瞬間、穴から現れたポケモン"ブースター"が【あなをほる】攻撃から【ほのおのうず】へ繋げて牽制する。

 迫りくる炎の波状攻撃を外套で防ぐロアだったが、その時まるで風が吹き抜けるように何かがロアの左に位置する()()()()()()()()()()()()()

 

 闖入者は路地裏を抜ける瞬間に壁を蹴って跳躍、ダイとソラの隣へ着地することで合流した。

 

「お待たせ!」

「俺はてっきり空飛んで来ると思ったんだけど? いつの間に人間やめちゃったのお前?」

「まだやめてないよ!」

「まだってなんだよ、卒業する気満々じゃねえか」

 

 当然アルバだ、しかし登場の仕方はダイですら予想がつかなかったらしい。壁を足場にして駆け抜けるなどまるで映画の世界だ。

 しかしアルバから言わせればこれを涼しい顔でやる連中とひと月一緒にいたのだ。多少のモノマネくらいは造作もなかった。

 

「さぁ、どこからでも掛かってこい!」

 

 手のひらに拳を打ち合わせ、ファイティングポーズを取るアルバ。その横顔を見て、ダイはひと目で違いに気づいた。

 最後に顔を見たのはいつだったか、その頃に比べて全然活き活きとしていると思った。厳しい修行でところどころ擦れたり、解れたりしているパーカーが彼のひと月を想起させた。

 

「野郎、一人増えたところで──」

「実は助っ人、僕一人でも無いんだな!」

「ロア! ケイカ! 伏せろ!」

 

 アルバがそう言った瞬間だった。背後からイグナがロアとケイカを庇うようにして路地裏に倒れ込んだ。

 刹那、路地裏に氷雪地帯と見まごうほどの猛吹雪が吹き荒れた。わずかに出来た隙間をするりと滑るように通り抜ける巨大な水竜"ミロカロス"。

 

「ソラ、大丈夫?」

 

 その背に乗ったリエンが倒れているソラに駆け寄り、ハンカチで泥だらけのソラの顔を拭った。

 ソラがコクリと頷くとホッと安堵の息を零すリエン。ミロカロスが四人を守るようにとぐろを巻いて周囲を威嚇する。

 

 ダイ、アルバ、リエンの三人が駆けつけ、それぞれがゲンガー、ブースター、ミロカロスを呼び戻す。

 だが四人になったところでイグナの陣営は下っ端十人以上、班長クラスが四人いる。単純計算、ダイたちは班長クラスを一人ずつ相手しながら下っ端の猛攻を往なさなければならない。

 

 それでもダイは怯まなかった。アルバの肩を叩いて小さな声で語りかけた。

 

「こういう時、イリスさんがなんて言うか知ってるか? アルバ」

「「四人いるから、一人何人倒せばいけるんじゃない?」でしょ」

「正解!」

 

 そしてそれは開戦の合図だった。バラル団の下っ端たちが一気にポケモンを投入する。

 

 

 ダイとゲンガーには、チャーレムやネイティオ、そしてイグナのグラエナが。

 

 アルバとブースターには、イノムーやドリュウズ、ガンダが新たに繰り出した"ニドクイン"が。

 

 リエンとミロカロスには、ウツボットやワタッコ、ケイカのギャラドスが。

 

 

 暴虐の意思を灯した獣たちが一斉に殺到する。攻撃のタイミングは殆ど同じ、連携がしっかり取れた厄介な攻撃。

 一気に相手しなければならない。しかし、三人は臆することなく隣に立つ相棒目掛けて声を発した。

 

「ゲンガー、【ふいうち】!」

 

 チャーレムが繰り出した【しねんのずつき】は虚空を切る。ギョッとするチャーレムの頭部を足場にしてゲンガーは迫りくるネイティオへ瞬時に接近、浮遊する二つの影手によるワンツーパンチを繰り出す。

 残るグラエナが牽制に【あくのはどう】を放つが、それらは全てコンクリートを切り裂くに留まった。薄暗い路地裏には影が満ちている、それはつまりゲンガーにとってのホームグラウンドということだ。

 

「【ドレインパンチ】!」

 

 そのままゲンガーは地面を舐めるような超前傾姿勢からグラエナへ突撃した。影の中からグラエナの死角へ潜り込み、捩じ込むような拳でグラエナの体力を奪う。

 しかしグラエナは食らいついた。今まさに目の前にいる獲物を食い千切らんと【かみくだく】攻撃を放つ。

 

 ザシュ、という鈍い音が路地裏に響いた。間違いなく、肉にキバが吸い込まれた音だ。

 

「そうそう、返すぜ」

 

 ──尤もそれはゲンガーの身体ではなかった。グラエナが噛み付いたのは先程ゲンガーが踏み台にしたチャーレムだった。

 驚いているチャーレムとグラエナ。ゲンガーは即座に【サイドチェンジ】で自分とチャーレムの位置を入れ替えたのだ。本来味方と場所を入れ替える技だが、この混戦では決まりごとなど意味を成さない。

 

「ブースター、【ニトロチャージ】!」

 

 一方、アルバのブースターは自らの身体に炎を吹き付けそのままイノムーに正面から体当たりを放つ。牙に阻まれるが、それで良い。それこそがアルバの狙いだった。

 フォローに回ったドリュウズが【がんせきふうじ】を放つが、ブースターは再び炎を纏って迫る岩塊そのものを足場にして高く跳躍した。

 

「この狭い場所なら、避けられない! 【ふんえん】!」

 

 空中に上がったブースターが一気に灼熱を辺り一面に放出する。しかしビルとビルの壁面が吹き出す炎の行方をコントロールし、イノムーとドリュウズに上から襲いかかる。

 戦闘不能になった二匹のポケモンをそのまま抜き去り、ブースターが目指すはニドクイン。

 

「行くよ、【フレアドライブ】!」

「ぬっ! 正面からの真っ向勝負! 気に入ったァ! 【ドリルライナー】!」

 

 自身の身体を回転させながら突進するニドクインと、より高温になりオレンジから蒼く変化した炎を纏ったブースター同士がぶつかり合う。

 回転していただけあり、ニドクインはブースターの攻撃によるインパクトを最小限に減らすが、そもそもブースターにはニドクインの攻撃がヒットしなかった。

 

「なんたるスピードか! だが面白い! 【だいちのちから】!」

 

 続き、ニドクインが地面を叩きつけ地中からエネルギーを噴出させる。鳴動する大地そのものがブースターを真下から攻撃し、上空へと突き上げた。

 獲った、とガンダは思った。しかしその予測を上回る出来事が起きる。

 

「頭上を取った! 【ギガインパクト】!」

 

 ダメージは覚悟の上、ブースターがニドクインよりも高位から攻撃するための受け身だったのだ。

 ブースターが全身に受けた攻撃のエネルギーを迸らせたままニドクインの頭部へ突進する。ガツンと脳を揺さぶる衝撃にニドクインがたまらず地面に倒れ伏す。

 

「ミロカロス、【アクアリング】」

 

 隣ではリエンとミロカロスが草タイプのポケモンを相手に立ち回っていた。ウツボットとワタッコが放つ【タネばくだん】の爆風に曝されるが涼しい顔でそれを受けていた。強い風に煽られてリエンの髪やカーディガンの裾が揺れる。他の二人と違い、リエンはソラを庇いながら戦っている。だからこそ、防戦一方を強いられている。

 

 ──と、ケイカは思っていた。ギャラドスの頭に乗ったまま状況を静観していたが、気まぐれに悪戯をしたくなった。

 

「ギャラドス、焼いちゃえ」

「来るよミロカロス、受け止めて」

 

 赤暴竜(ギャラドス)から放たれる大文字、蒼銀竜(ミロカロス)が【みずのはどう】で炎の威力を殺す。

 しかし技自体の威力は【だいもんじ】が勝っていたために、炎の余波でミロカロスの身体が焼かれる。じわりと、火傷の痕が残ってしまった。

 

「ふふ、お姉さん。守ってるだけじゃ勝てないよ」

「そうかな、まだわからないよ」

「じきに分かるよ。みんな、やっちゃって」

 

 ケイカの号令がかかる。それによってワタッコが【エナジーボール】を、ウツボットが【グラスミキサー】を放つ。

 吹き荒れる木の葉刃による斬撃と、新緑のエネルギーをまるごとぶつけられるミロカロス。上体がぐらりとよろめくが、それでもなお鎌首は健在。

 

 そこからさらにウツボットとワタッコの猛攻は続き、ミロカロスはその都度大ダメージを負う。

 だがようやくケイカが気づく。おかしい、あまりにも()()()()()()()。並のポケモンなら既に三回は戦闘不能になっている物量だというのに。

 

「──てめぇ、何をしている!」

 

「【ふぶき】」

 

「ッ、ギャラドス!! 防げ!」

 

 意地を焼き、思わず裏のケイカが顔を出した瞬間だった。底冷えする声音と共に放たれた命令によって放たれた氷雪の息吹がワタッコとウツボットを瞬時に凍結、戦闘不能に陥らせた。

 コンクリートの上にゴトリ、と音を立てて落下する二匹のポケモンの氷像。真っ白い呼気を放ちながらミロカロスがギャラドスを睨みつけた。

 

「効かない、って理解してほしかったんだけど、分からなかったかな」

 

 かつてリエンを苦しめた赤いギャラドスがミロカロスに威圧され、ジリと後退った。ケイカは、四人の中で一番相手にしてはいけない人物を相手取ったと、今になって悟った。

 だが自分は一度、彼女を完封している。その思いが、ケイカを踏みとどまらせた。

 

 下っ端の操るポケモンたちを次々制圧し、ダイたちは再び背中を預け合う。十数人いた援軍はあっという間に三人、即ち駆けつけた班長たちだけになってしまった。

 それでもまだ、総数なら未だ健在のガンダを含めイグナたちバラル団が勝る。

 

「なるほどな、確かに前とは比べ物にならないようだ」

 

 イグナが前へ出ながら言う。彼の動きをダイが警戒する。メロエッタやゲンガーとの戦いでダメージを負ったグラエナを下がらせ、イグナは新たにヘルガーを呼び出した。

 ダイにとっては一度ペガスシティで見たことのあるポケモンだ。アシュリーのエンペルトと互角でやり合うほどの火力を持つのは既に分かっている。

 

 リーダーのやろうとしていることを察知したガンダも戦闘不能寸前のニドクインをボールへ戻し、青い暴竜ギャラドスを再度呼び出した。

 ソラとの戦いで、ギャラドスは殆どダメージを受けていない故にほぼ全快状態である。

 

 さらにケイカもギャラドスの他にサメハダーを呼び出して腕を捲くりあげた。

 それぞれが腕に身につける黒いメガバングルを見て、ダイたちは表情を引き締めた。

 

「ヘルガー」「ギャラドス!」「サメハダー」

 

 

「────メガシンカ!」

 

 

 黒曜を思わせる艶のある闇色が一斉に禍々しい光を放った。その光は繭というよりは、まるで拘束具のようにポケモンたちを縛り上げ、肉体を蝕むように変体させていった。

 

 地獄の番犬(ヘルガー)はその身の骨のような外殻をさらに成長させ、装甲のように纏う。頭部の角は空を穿つかのように鋭く研ぎ澄まされる。

 

 荒れ狂う暴竜(ギャラドス)は更に身体を隆々と発達させ、ヒレはまるで大翼の如く左右に突き抜けた。

 

 海魔界の狩人(サメハダー)は全体的なシルエットをそのままに、しかし鼻先に刃が生えその姿は大鋸を思わせる。

 

 黒い光を立ち上らせ、三匹の尖兵がメガシンカを遂げた。そこから放たれるプレッシャーは凄まじく、思わずダイたちはたじろいだ。

 しかし三人が思い出すのはこのひと月の出来事だった。泥に塗れ、何度も挫けそうになったことだってあった。

 

 それでも、今こうしてこの場に立っている。さらなる力を身に着けて、立ち向かっている。

 

「やれるよな、俺達なら」

 

 ダイが静かに呟くと、右隣の二人が揃って頷いた。それを見て、座して守られるだけだったソラがようやく立ち上がった。

 この中で誰よりも満身創痍だが、それでもなお戦う姿勢を見せた。ソラはそっと差し出した右手で、ダイの左手を掴む。ギュッと力強く握り返された手から、まるで生きる力が流れ込んでくるようだった。

 

「大丈夫、貴方は私が守ってみせる」

 

 ソラはダメージを受けたメロエッタに向かって言った。メロエッタはコクリと頷いて、ソラの左肩へと移動する。

 どういうわけかこのメロエッタはソラに味方してくれる。だとしても、今は戦わせることは出来ない。

 

 

「──ジュカイン!」

 

「──ルカリオ!」

 

「──ラグラージ」

 

「──チルタリス」

 

 

 ダイ、アルバ、リエン、ソラはそれぞれのエースポケモンを投入する。四匹ともに、迫りくる脅威に対する戦意は十分だった。

 そしてダイとジュカインが一番槍として飛び出そうと口を開いた瞬間だった。ダイは自身の足場に微かな違和感を覚えた。何もないところから、突然縦に揺れる振動を感じ取ったのだ。

 

 次の瞬間コンクリートがひび割れ、地中から現れたのは紫色の棘暴君(ニドキング)。地上に上がるなり周囲のソラとアルバを突き飛ばし、体勢を崩したダイをそのまま抱え始めた。

 ニドキングが誰の差し金か分かったのはその場で状況を見守っていたロアだけだった。

 

「うおっ、わああああああぁっ!!」

 

 凄まじい勢いで繰り出される【ロッククライム】、それによってビルの壁面を駆け上がっていくニドキング。

 一瞬反応が遅れたが、アルバとルカリオがニドキングを追いかけようとした瞬間。まるでダンプカーそのものにぶつかったような衝撃がアルバとルカリオを襲った。

 それがメガシンカを遂げたガンダのギャラドスが放った【アクアテール】だと気付いたのはルカリオがビルの壁面を突き破った後だった。

 

「メタモン、【へんしん】して【テレポート】!」

 

 アルバの身体で空いた穴にリエンとソラが気を取られた瞬間だった。ソマリがブルンゲルだったメタモンを再度変身させ、ユンゲラーの姿を模った。

 その動きはひと月前にソマリが取った行動と全く一緒だった。リエンが強くソラの手を取り、瞬きを済ませた後二人は全く違う場所に移動させられていた。

 

「ここは、レニアのポケモンセンターの中……!」

 

 ソラの手を掴んだまま、リエンが呟いた。どういうわけか停電しており、ドアの付近には閉じ込められて救出を待っていたジョーイや数人のトレーナーが屯していた。

 薄暗い屋内で、不意に明かりが灯った。だがそれは明かりと呼ぶにはあまりにもおどろおどろしい雰囲気をしていた。

 

 恐らくはメタモンかドーブルが放った【おにび】だろう。幾つかの怨嗟の炎が空中に漂い、暗いポケモンセンターの中を照らしていた。

 

「こっちは二対二で遊ぼうよ、そっちの子も美味しそうだしね~。つーわけでケイカたん先生、よーろしくぅ!」

「フフ、任されたぁ……」

 

 鬼の篝火が照らし出すは二匹のメガサメハダー。恐らく片方はソマリのメタモンが変身したものだが、それでもメガシンカした個体が二匹いることに変わりはない。

 メタモンはそのメタモン自身の体力以外を完璧にコピーするポケモン故に、こうした変身による戦力増強を可能とする。

 

「ソラ、まだ戦える?」

 

 問うリエンに対して、ソラは握られた手を強く握り返すことで応えた。一緒に飛ばされてきた相棒(チルタリス)もまた、喉の調子を確かめるように吠えた。

 挨拶代わりに放たれる【アクアジェット】、それをラグラージが受け止めることで戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 一方、ビルの壁面を駆け上がったニドキングはフェンスを引きちぎって屋上へ侵入し、ダイとジュカインを乱雑に放り投げた。

 受け身を取って衝撃を和らげ、ニドキングに相対するダイとジュカイン。ニドキングを正面から見据え、ダイもまたこのニドキングが誰の差し金かを理解した。

 

 二度目だった、このニドキングと相見えるのは。ニドキングはダイとジュカインの攻撃を警戒しながら、ゆっくりと主の元へと舞い戻った。

 そしてダイは予想通りの顔と睨み合うこととなった。

 

 クタクタのワイシャツにツータックスラックス、誰も彼がバラル団の幹部とは思わないだろう。

 

 しかしてその実力は幹部に相応しい、まさに強敵。

 

 

「よう、また会ったなオレンジ色のガキ。ちったぁ、マシな値になったかよ」

 

 

 ──バラル団幹部、ワース。

 

 ユオンシティ以来の邂逅に、ダイは身構えた。低姿勢のまま、ジュカインと一緒に相手との距離を保った。

 そうして睨み合いを続けていた時。ダイはワースの背後に大きなプレッシャーを感じ取った。目を擦るが何かがいるわけではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()。漠然とそう感じ取ったのだ。

 

 

『思ったより、早く出会ってしまったね』

 

 

 その時だ、ダイの鞄の中から飛び出したライトストーンが言葉を発した。ダイはワースの切り札であるヤミラミを警戒してライトストーンをカバンに戻そうとして触れた時、プレッシャーの正体を知った。

 ワースの背後に、雷神の影が見えたのだ。黒く、聳え立つような巨躯。触れるもの全てを粉砕しそうな頑強な腕が目を引いた。

 

 そして同時に自分の後ろにも、炎神の影があることに気付いた。それはまるで白昼の陽炎のように揺らめきながら、雷神の影と睨めつけあう。

 

「まさか、アンタが……!」

 

 最悪の状況に、ダイは戦慄する。その反応を見て、ワースは満足そうに笑う。

 そうして胸ポケットから取り出した一本のタバコを火も着けずに口へ咥えた。

 

 

「──そう、そのまさかよ」

 

 

 勘定屋の男は、そう言って口角を持ち上げた。

 刹那、小さなプラズマが発生してワースの顔付近で弾け、タバコに火が灯った。

 

「で、だったらどうするよ? 白陽の勇士殿?」

 

「──当然、戦うね!」

 

 瞬間、ジュカインの姿が消える。次に森蜥蜴が姿を見せたのはワースの目の前だった。裂帛の気合いと共に、腕の新緑刃を振るう。

 ガキン、と攻撃が弾かれる音がレニアの空に木霊する。攻撃を防いだのは銀翼の皇帝(エンペルト)、ワースの懐刀とも呼べる強力な一匹だった。

 

「抜いたな、じゃあもう返品効かねえから、覚悟するこったな」

 

 はらりと舞い落ちるはタバコの先端の灰。開戦の狼煙は、脂臭(やにくさ)い吐息によって立ち上げられた。

 

 


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