ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

7 / 86
VSゴルバット ジム戦の裏で

 ダイがリザイナシティジムに挑戦していたのと同時刻。元ジムリーダーにして現トレーナーズスクールの講師のピエールは教え子を連れての遠征授業の準備をしていた。

 もちろん行き先はポケモンジムだ。終わっているにしろ始まる前にしろ、必ず教え子たちの指針になるに違いない。ポケモントレーナーを志す者として、ジム戦は必ずタメになる。

 ……はずなのだが、一人の生徒が遅刻しているせいで全体の行動が遅れてしまう。

 

「うーん、遅いネェ」

 

 あっちこっちを行ったり来たり、ピエールはそわそわしていた。もしや事故にあったのでは、なんてことも考えたりしたが連絡事態は途絶えていないため無事ではあるのだろう。

 既に他の生徒達は待ち時間で友達と話をしていた。中でもダイの話題が出るほど、彼らにとってあの挑戦者の存在は異彩だったのだ。授業見学にくる大人はいても、同年代の、それも既に旅をしているトレーナーと授業を共にすることなど滅多にないことだからだ。

 

「先生、先に行ってるのはダメ? もうバトル終わっちゃうかもよ」

「そうなんだよネ、それが心配なんだよネ」

 

 バトルが始まっていようと終わっていようと問題は無いが、出来ればバトルをもう一度生で見せたい。

 引率の先生をもう一人つけて、自分は遅刻している生徒を待とうかなんて考えていた、その時だった。

 

 

 ――――早朝のグラウンド、ドームの天井を何者かが突き破って侵入してきたのだ。

 

 

「な、何事だネ!?」

 

「おお、悪いな。玄関から入るって習慣が無くてよ。アンタが元ジムリーダーのピエール・アグリスタかい?」

「そ、そうだが、そういう君は何者だネ?」

「俺たちはまぁ、そうさな……"バラル団"って言えば伝わるかい?」

 

 その一言で、ピエールがスイッチを切り替えるのは十分すぎた。取り出した二つのモンスターボールを現われたバラル団員目掛けてリリースする。

 

「"スターミー"! "ヤドキング"! 【れいとうビーム】と【パワージェム】!」

 

 飛び出した二匹のポケモンがバラル団員の飛行を手助けしているゴルバットやオオスバメを牽制する。どちらもひこうタイプのポケモンの弱点を的確に突く攻撃だ。

 しかしバラル団員のリーダーを務めているらしい男はそれを身軽に回避するとグラウンドに降り立った。

 

「君たちは他の先生を呼んできなさい! それから、何があってもカイドウくんとダイくんを呼んできてはいけません! あの二人の邪魔になる……!」

「ほう、現ジムリーダーはジム戦の真っ最中なわけだ……おい、何人か引き連れてジムを――」

 

 そこまで言って、バラル団員のリーダーと周囲の団員の足元に再び【れいとうビーム】が撃ち込まれた。一面がアイススケートリンクと化し、バラル団員は大きく動くことが出来なくなる。

 

「行かせるものですか、私の教え子たちの邪魔は、私がさせない!」

 

 スターミーとヤドキングがバラル団員のポケモンを威嚇する。リーダーはフードをかぶったまま、不敵に笑むと同じようにモンスターボールを放り投げた。

 

「"スピアー"! 【こうそくいどう】!」

 

 バラル団員リーダーのスピアーが残像を発生させるほどに速度を高める。ヤドキングは既に目視でスピアーを追えなくなっているほどだ。唯一、スターミーだけはスピアーの速度に追従している。

 ピエールは考えた。なぜいきなりバラル団がこのトレーナーズスクールを襲ってきたのか。もちろん理由に検討はついている。元ジムリーダーである自分に吐かせたい情報があるに違いない。

 

 だがその情報はリザイナシティジムに、引き継ぎの際カイドウに託した上パスワードまで設定を変更させた。もはや自分にその情報金庫を開ける事はできない。恐らくバラル団員たちはそれを知らず、自分を襲ってきたに違いない。

 

「素早さが高いのなら……ヤドキング! 【とおせんぼう】!」

 

 スターミーとヤドキングは共にエスパータイプ。念波によるテレパシーを使った即時情報交換が可能であり、スターミーがヤドキングにスピアーの進行上を割り出し、ヤドキングが先回りしてスピアーの動きを止める。

 

「逃さん! スターミー! 【ジャイロボール】!」

 

 高速で回転するスターミーが動きを止めたスピアー目掛けて体当りする。【ジャイロボール】は攻防を行うポケモンの素早さの差ほどダメージが肥大する。【こうそくいどう】で素早さが極限まで高まっているスピアーは大ダメージを受けるのだ。

 しかしスピアーは引き際をわきまえており、すぐさまトレーナーの元へと戻る。バラル団員のリーダーはキズぐすりをスピアーへと吹き付ける。

 

「さすがだな、ポケモン同士の連携を即時に組み上げて相手に対応するとはな……」

 

 その軽口にピエールは乗らない。スターミーもヤドキングも警戒を崩さずに相手に向き直っている。生徒の避難は完了した。あとは他の教師たちが援軍にさえ来てくれれば確実に制圧できるだろう。

 厳しい顔を続けていると、バラル団員リーダーはフードから僅かに出ている口角をニッと持ち上げた。

 

「気づかないのか? スピアーはただ【こうそくいどう】を繰り返していたんじゃない」

 

 バラル団員の言葉にピエールが周囲を見渡す。そこには針を三角に組んだような物体が足元にぶち撒けられていた。それらはすべて紫色に光っており、触るとまずいのはひと目でわかった。

 

「【どくびし】か……!」

「ご名答、これでアンタもアンタのポケモンも勝手には動けないだろ。スターミーの【しぜんかいふく】も一度ボールに戻らなきゃ効果はない」

「だがネ、スターミーはこの位置からでも君たちを狙い撃てるぞ! 【パワージェム】!」

 

 スターミーは動かずに、トレーナーを脚でキープしながら飛行しているゴルバットを狙う。しかし高速で割って入ってきたスピアーが両手の針で光を刺突し、軌道を逸らす。

 ピエールはそれを見て驚愕した。スピアーの精密さもさることながら、【パワージェム】はスピアーにとっても弱点となるタイプの技だ。それに向かって真っ先に割ってくるほど、相手とポケモンの絆は深いということだ。

 

 たかがチンピラの集まりと高をくくることは出来なさそうだった。

 

「こいつとは、ビードルの頃からの付き合いでね」

 

「それなら私だって彼らとはヒトデマンとヤドンの頃からの付き合いだ」

 

「ハハハハハッ! それもそうだ、そりゃあそうだよなぁ……さて、先生よぉ。俺達の目的がなんなのか、察しがついてるんじゃないかい?」

 

 バラル団員リーダーの言葉を受けてピエールは背中に汗が走るのを感じた。彼らの狙いはきっと今はカイドウが握っている、この街ひいては()()()()()()の秘密の一端。

 それを一般人はおろか、悪党を自称する者共に渡すわけにはいかない。

 

「……実は実技授業用のレンタルポケモンが狙いって言ったら、笑う?」

 

「な、なに……?」

 

「たぁだ、その表情からして……なんか面白いこと知ってそうだな。気が変わった、お前ら! レンタルポケモンは任せるぜ、俺は先生と授業があっからよ」

 

 下卑た笑い、しかし行かせるものかとピエールはスターミーとヤドキングを毒を受ける覚悟で飛び出させた。さっきも言ったとおり、この二匹とは進化する前からの付き合いだ。ばら撒かれている毒に飛び込むのを躊躇うほど、ヤワではない。

 踏みつけた【どくびし】から走った毒素にヤドキングが顔をしかめる。スターミーは露骨に嫌そうに身体を揺らす。しかし二匹とも次の瞬間にはスピアーとゴルバットに向き直った。

 

「もう一度【れいとうビーム】! そしてヤドキングは【はらだいこ】!」

 

 スターミーがコアから冷気を収束したビームを放ち、ヤドキングは顔色が悪いのを気にせずはらだいこで自らを鼓舞する。そして極限に己の攻撃が高まった瞬間。

 

「ゴルバット! 【アクロバット】!」

 

 バラル団員リーダーを降ろしたゴルバットが不可思議な軌道を描いてヤドキングに迫る。アクロバットは持ち物が無いほど、軌道は複雑に、威力は強力になる。トレーナーを降ろしたゴルバットはまさに、アクロバットの真骨頂を発揮していると言ってもいい。

 しかし先程と同じだ、二匹のポケモンが相手のポケモンの移動ルートを予測し、リアルタイムで情報を共有する。

 

「ヤドキング、そのまま右斜め前方に【しねんのずつき】!」

 

 スターミーが【れいとうビーム】を小出しに発射、密かにゴルバットを回避させ軌道を変えさせる。そして、その通過点でヤドキングのエスパーエネルギーを溜め込んだ頭突きがゴルバットへ直撃する。

 まさか高速アクロバットの最中に極大の一撃を喰らうとは思わず、ゴルバットは頭突きされた勢いを殺せないまま吹き飛ばされた。耐える云々の話ではない。そもそも一撃で体力を蒸発させるような威力だった。

 

「おぉ、やっべぇ……戻れゴルバット! スピアー! 【かげぶんしん】だ!」

 

 手持ちが一体になったバラル団員リーダーは作戦を変更し、撹乱を行おうとする。しかしそれもスターミーで対策が可能だ。

 

「【スピードスター】!」

 

 ピエールの指示、スターミーはコアから自分の分身さながらの星を模した光を無数に飛ばし、自分を囲うスピアーの分身を次々かき消していく。

 徐々に数が減っていく分身。とうとうスピアーの分身が目視で数えられるようになり、スターミーの【スピードスター】は一体に向かう星の数が増えていく。

 

「最後の一体、そこだネ! 【パワージェム】!」

「【まもる】だ! 持ちこたえろ!」

 

 スピードスターの星に混じった宝石状の攻撃を最後の一体のスピアーへと向かわせる。しかしスピアーはその攻撃を()()()()()()()()()()

 それを見てピエールは、まるで小さな小石が転がり、土を纏い、徐々に大きくなりやがて巨岩と化すような何かを感じ取った。

 

 あの男のスピアーが命令を無視した? しかし先程のゴルバットを庇う動きの迷いのなさから、その信頼のなさはありえない。あの男が防げと言えばスピアーは必ず攻撃を防ぐだろう。

 じゃあなぜ回避した? 咄嗟の回避衝動?

 

「答えは簡単だよ先生、パワージェムが狙った最後の一匹も分身だったからだ」

「なっ……!」

 

 ズドッ……

 

 鈍い音だ。肉に何かが突き刺さり食い破る音。それから何かが内側からせり上がってくるような感覚。ピエールは次の瞬間、ひと目で無事とは思えないような量の血を吐いた。

 

「ば、かな……」

 

 その正体は、巨大な針でピエールを背中から突き立てたスピアーだった。

 

「そのスピアーな、【まもる】が使えない代わりに【みきり】が使えるんだ。変わってるだろ」

 

 倒れたピエールに歩み寄ってくるバラル団員リーダー。ピエールは虚ろな目で男を見上げたが、視界が霞んで顔が見えない。

 

「そんじゃま、俺もレンタルポケモンの組と合流しますかね……おっ、見ろよ先生、アレ」

 

 陽気に男が指したのは、他の団員たちが逃したはずの子供たちを捕らえていた姿だった。"キリキザン"が子供たちを恐怖で縛り付けていた。

 

「や、やめろ……頼む、やめさせてくれ……!」

 

「じゃあ取引だ、アンタ……何を隠してる?」

 

 ピエールは観念するしか無かった。自分だけが人質ならまだしも、教え子を盾に取られてしまってはどうしようもない。スターミーもヤドキングもついに毒で戦闘不能、立ち上がることすら困難になっている。この状況を打開する術はなかった。

 ルール無視の戦いゆえに、この戦いには始めからバラル団に分があった。長らくジムリーダーを務めていたことが逆に仇となった。

 

 

 

 

 

「や、やべぇ……!」

 

 そんな一部始終を、職員室方面の入り口から見ていた生徒が一人いた。彼はピエールが待っていた遅刻者だ。遅れたがゆえに、この騒ぎに巻き込まれずに済んだ。

 しかしこのままではまずい。彼は考えた、どうすればいいか……答えは一つしか無かった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ありがとな、ポケモンまで回復してもらっちゃって」

「構わん、さっさと行け。俺も少し疲れた」

 

 相変わらずバトルを終えると冷たいやつ、だけど俺は気にしなかった。登った朝日にスマートバッジを透かして見る。勝ったのだ、今でも実感が湧かない。先程のバトルがずっと昔のように思えた。

 

「次はどうするつもりだ、一番近いジムがあるのはこのまま北上したところにあるラジエスシティだな」

「あ~……いや、そうだな……15ばんと16ばんどうろを通って、"モタナタウン"方面から"クシェルシティ"を目指そうと思う」

「……まぁ、余計な詮索はしない。お前の旅だ、好きに挑め」

 

 カイドウは深くは聞かずにいてくれた。実際助かる、ラジエスシティに行こうとするなら少なくともペガスシティを渡るハメになる。しかしPG(ポケット・ガーディアンズ)の本拠地が置かれてる街は、捜索対象になってるであろう俺としては出来れば避けたい。幸いペガスシティにジムはないし、わざわざ行く必要はない。

 まぁ、どこの街にもPGの支部は置いてあるので、ひと目は気にしなければならないけどそれでも本拠地が置いてあって、街中にPGが跋扈するような場所よりはずっとマシなはずだ。

 

 それじゃあ、と声をかけてジムを後にしようとしたその時だった。遠くから朝もやの中を、一人の男の子が走ってきた。あれは……

 

「カイドウさん! 助けてください! ピエール先生が!」

「……いきなりどうした。要点をまとめて話せ」

 

 確か、昨日バトルしようとして、課題があるって先に帰った生徒。確かシュンって名前だった気がする。シュンは息も絶え絶え、肩を必死に喘がせている。

 

「今日遅刻して、学校についたら……はぁ、ピエール先生や友達が、変なフードのやつらに襲われてて……ピエール先生を早く助けないと、あのままじゃ先生が危ないよ! お願いカイドウさん、先生を助けて……!」

 

 シュンの涙ながらの訴え、俺もカイドウもただごとではないと悟る。そしてそれ以上に俺は、シュンの言葉にピンと来るものがあった。

 フードのやつら、恐らくというかほぼ間違いなくバラル団だ……!

 

「わかった、お前はこのまま誰か助けを呼べ。俺もこいつもジム戦後で、本調子とは言い難い。万が一ということもある、他のスクールの教師や――――」

 

 俺はカイドウがシュンへの指示を終わらせるより先にペリッパーを呼び出し、その身体に飛び乗って空を飛ぶ。ピエール先生がいるスクールはジムからそう遠くはない。俺は近くの街路樹の近くでペリッパーをボールに戻すと得意の木登りで街路樹に身を隠す。

 ジッと目を凝らし葉っぱの間からスクールの様子を伺う。すると、スクールの入り口に控えているガードマンが全員伸されていた。あいつら、正面から押し入りやがったのか……!?

 

「先走るな……それでどうだ」

「あぁ……結構な人数で来やがったみたいだ……あいつら、なんでいきなりトレーナーズスクールを襲ったりしたんだ。そういえば、シュンは?」

「他のスクールの教師や、レンジャースクールのエリートを呼んでくるように伝えておいた。だが、一刻の猶予はない。シュンの話では、教授は重症を負ってるらしいからな」

 

 シンボラーにぶら下がってきたカイドウと合流する。シュンはどうやら助けを呼びに行ったらしい、たしかに下手に戻ってくるより安全だろう。

 

「状況をより明確に把握したい。しかし……」

 

 カイドウが指した先には、入り口のガードマンを退け、代わりに自分たちがガードマンだとばかりに仁王立ちする二人のバラル団員だった。ガタイがでかく、俺たちみたいなのが束になって抑えられるかわからない。

 

「仕方ない、出来れば今日は控えたかったが……」

 

 そう言ってカイドウはシンボラーを飛ばす。シンボラーは単身空を飛んでスクールの上空へと上がっていく。見ればカイドウの額には第三の目が現れている。散々苦戦させられた【ミラクルアイ】とエスパーポケモンの念写を利用した情報把握能力だ。

 しかしやはり俺とのジム戦が響いているのか、カイドウは顔を顰めて眉を寄せている。

 

「待て、あんま無理すんな……中の様子なら俺が見てきてやる」

「どうやってだ、正面からあいつらに挑むつもりか。お前とて本調子じゃないだろうに……!」

 

「まぁまぁそう慌てなさんな、むしろ公式戦以外のゲリラは俺の得意とするところだぜ」

 

 そう言うと、俺は木の下に降りて準備を始めた。すると上からカイドウが声を出してきた。

 

「俺のユンゲラーを連れて行け。今日の戦闘では疲弊していないから、戦力としては十分のはずだ」

「けどよ、そんな強いユンゲラー。俺の言うことを素直に聞くか……?」

「安心しろ、お前は俺と真っ向からぶつかり合い、そのバッジを手に入れた。俺の手持ちが、何よりお前の実力を認めている」

 

 カイドウはそう言って木の上からユンゲラーが入ったボールを落としてきた。ボールの中のユンゲラーは俺と目を合わせてコクリと頷いた。よし、準備は出来た。

 

 

 

 

 

「そろそろ撤収の時間じゃないのか?」

「あぁ、リーダーがレンタルポケモンの強奪には成功したっていうからな……ただよ、なんでもあのデブ教師から何か聞き出すつもりらしいぜ。いったいどんな情報を聞き出すってんだか……」

「リーダーは気まぐれなせいかくだからな」

 

 ハハハ、と二人のガードマン気取りのバラル団員が笑い合う。そんな中、俺は()()()()()()()二人に近づいていった。

 

「お疲れ様です!」

 

「おっ、新入りか? へへっ、そのフード似合ってんじゃねーか!」

「あざっすなっす! それで、見張り交代だそうですぜ!」

 

 そう言ってやると、二人のバラル団員はこれっぽっちも疑わずに了解し俺に背を向けた。よし、今だ……!

 

「ゾロア! 【だましうち】! ユンゲラーは【さいみんじゅつ】!」

 

 俺のカバンから飛び出したゾロアが後ろから当て身の要領で一人の男を昏倒させ、それに驚いたもう一人をユンゲラーが眠らせる。俺は二人の大男を茂みに連れていき、フードを剥ぎ取ると持っていた"あなぬけのヒモ"でぐるぐる巻きにする。

 今のはゾロアのイリュージョン。俺の服装だけをバラル団のように見せかけていたのだ。もちろんゾロアの姿を見られるわけにはいかないから、ゾロアはカバンの中に隠れていたのだ。

 

 そしてそのフードを今着ている服の上から羽織る。ただでさえ大柄な男の服だからか、いつもの服の上から着てもぶかぶかだった。だけどこれで怪しまれずに済む……

 

「おーい! カイドウ、オッケーだぞ!」

「本当に着るのか……まぁいい」

 

 木の上から降りてきたカイドウにももう一人の男から奪ったフードを被せてやる。着替えが終わると俺達は改めて作戦を確認する。

 

「俺のライブキャスターで映像を送りながら中に進む。お前はこっちのライブキャスターを持っとけ……何度も言うけど見張りのフリをしているだけでいい。けど、マジもんの援軍が来たらどうにか止めてくれ」

「なかなか難題だな……だが、お前が中に行く以上はどちらかが外を守らねばなるまい……教授を頼む」

 

 やはり恩師のピンチで、カイドウも居ても立ってもいられないんだ。だけど、さっきのジム戦。俺よりもずっと体力を消費したはずだ。もうミラクルアイで情報のやり取りを行うのも厳しいだろう。

 だからこそ俺が行く。最悪戦いになるが、だからとてこのまま手を拱いているわけにはいかない……!

 

 スクールの中に侵入すると、他の生徒や先生たちは見当たらない。職員室やトイレなど、それらしき場所は当たってみたがどこにもいなかった。

 こうなるともうグラウンドしか無い。ガラス張りの廊下からグラウンドの様子を伺う。すると、そこには……

 

「ピエール先生……!」

 

 手足を縛られ、地面に転がされているピエール先生がいた。もっと大胆にグラウンドを覗き込むが、どういうわけか今は人がいない。助け出すなら今以上の好機はない。

 俺はグラウンドに飛び降りると、ピエール先生まで一直線に走り出す。ピエール先生の口のテープを剥がすと、顔は真っ青だった。背中には鋭いもので突き刺された痕があり、彼のパッツパツのシャツが紅く濡れている。

 

「まずい、血を流しすぎたんだ……! 先生! 聴こえるか、ピエール先生!」

 

 揺さぶってみると、ピエール先生は薄く目を開いた。そして俺に気づく、俺はフードを僅かに持ち上げ顔を見せるとピエール先生は薄く笑った。

 

「オウ、ダイくん……ジム戦はどうなりましたか……?」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ……! 待ってろ、今助けてやる……!」

「こんなときだからですヨ……君たちのジム戦がどうなったのか、私に教えて欲しいネ……」

 

 まずい、非常にまずい。このままだと本当に危険だ……

 

「カイドウ、聴こえるか……?」

『どうした、なにがあった』

「ピエール先生は見つけた。だけど他の先生とか生徒が見当たらないんだ……ひとまず、先生をどうにかしないと――――」

 

 瞬間、空気を裂く音が聞こえた。俺はピエール先生を弱く突き飛ばすとそのまま自分も飛び込んで回避しようとするが、飛来した何かがフードに直撃してそのまま引っ張られるように地面に打ち付けられた。

 

 

「お前、何やってんだ……?」

「人質救出作戦だ、よッ!」

 

 何かによって地面に打ち付けられたフードを強引に破り取り、声の主目掛けて脱ぎ捨てながら投げ飛ばす。巨大なフードが俺と相手の障害物になり、視界を隠す。だが!

 

「キモリ! フードの奥目掛けて【タネマシンガン】!」

 

 ボールから飛び出したキモリが機関銃の如く種の弾丸を発射する。フードを容易く貫通するほどの攻撃、受ければひとたまりもないはずだ。

 無意識の内に、ピエール先生の惨状を見て俺は自分を抑えられなくなっていた。

 

「ペリッパー、ピエール先生をポケモンセンターまで運んでくれ」

「させねえぜ……ッ!」

「――――ッ!?」

 

 突如吹き荒れる風、その中から幾つか可視できるほどの刃が俺とキモリを掠めていく。タネマシンガンと今の一撃【エアカッター】を受けたフードはバラバラに裂けてしまう。

 

「みすみす逃がすかよ、俺達の悪事を目撃した連中を……」

「お前もイグナみたいなことを言い出すのかよ……バラル団はしつこいやつばっかりか!」

 

 俺がそう叫ぶと、相手の男はヒューと口笛を噴いた。

 

「へぇ、お前イグナを知ってんのか! へぇ~『バラルの執念』、『牙の誇り』とまで謳われてるアイツのグラエナが逃したっていうデッケェ獲物はおめえか!」

 

 エアカッターの影響で吹き荒れた砂煙の中から男がスッと顔を出す。あいつはフードの内側からこちらに見えるよう、ギザギザの歯を見せ、口角を持ち上げた。

 

「じゃあ自己紹介してやる。俺はな、何よりスピードが命の男。イグナが目撃者を確実に仕留める『牙』なら、俺はどこまでも出向きどこまでも追い詰める『バラルの脚』だ」

 

 砂煙が晴れ、お互いの姿が顕になる。やつは、フードを捲り上げてその獰猛な笑みを俺に晒した。アーボックに睨まれたオタマロ、とはこういうことを言うのかもしれない。

 目が合った瞬間、イグナとは違う迫力を感じた。思わず後ずさってしまうほどには、危険なやつだとハッキリわかった。

 

 

 

「俺はバラル団強襲部隊リーダー……隊の中の異名は『猛追のジン』……!」

 

 

 

 




お待たせしました。

今回もバラル団がとあることをやらかしていますが、真相はいずれ明らかになります。
勘の良い人は主人公の出身地から作者の好きなポケモンシリーズがわかると思います。そしてそれが本作で大きく関係しているかもしれません。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。