ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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剣盾が楽しすぎて一ヶ月経っちゃったぜ


VSオクタン 序曲

 ダンダン、パチパチ。

 

 快晴の空を彩る火薬の山。それは即ち、開催の合図。

 今日、レニアシティは完全に復活し、それを祝しての祭りが行われるのだ。

 

 ストリートには至るところに出店が見られ、食べ物の屋台からトサキント掬いなど多種に渡っている。

 話によればここは"シャルムシティ"から出張してきた店舗が殆どで、シャルムシティが"小さなイッシュ"と呼ばれているのなら、さしずめこの露店と屋台の街は"小さなシャルム"足りうるだろう。

 

 極めつけはかつてリエンが戦場として利用した市民プールエリア。巨大なステージが設けられ、ここで"Try×Twice"や"Frey@"を始めとするラフエル地方が誇るアーティストたちのライブパフォーマンスが行われる。

 

 完成した祭りの様相を見て、街の小さな長たるカエンは感嘆に言葉を無くした。

 誰もが笑って前を向こうとしている。笑顔一つ一つに輝きが見える。そのキラキラした光は、空に輝く太陽にだって負けない希望の光に見えたからだ。

 

「たのしみだなぁ、リザードン!」

『ガァ!』

 

 ひとまずは開催を知らせる花火ですら楽しもうと、カエンはリザードンの背中に飛び乗って空へと上がった。

 上空からだとさらに分かる、ラフエル地方中からバスや遠征車がテルス山に集まってきているのだ。

 

 

 比喩抜きに、今日テルス山がラフエル地方の中心となっているのだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、ラジエスシティ庁舎『ケレブルム・ライン』前ではステラが困ったように周囲を見渡しては、手首の内側の時計を覗き見る。

 

「ごめんなさい、もう少しだけ待っていただけますか?」

「もちろんシスターステラのお願いでしたら。だけど、このままだと道が混むかも」

 

 答えたのはラジエスシティからレニアシティへ赴くための大型バスの運転手だ。今日のためにステラが貸し切っておいた一台のため、出発時間という概念は正確には無い。

 ではなぜ出発しないのか、という質問に対し答えは簡単だった。

 

「皆さん、大丈夫でしょうか……?」

「今まではあんまり時間にルーズということは無かったんですけど……」

 

 ステラの心配そうなセリフに対し、リエンが苦笑気味に応えた。というのも今日、リエンたちはこのバスでレニアシティに揃って向かおうという話になっていたのだ。

 しかし時間になってもダイとアルバが一向に現れないではないか。このままでは運転手の言う通り渋滞に巻き込まれて到着時間が大幅に遅れてしまう。

 

「今からでも現地集合に変えて、先に出発しますか? 子供たちも待ちきれないみたいですし」

「それは助かりますが、せっかくの移動ですから」

 

 リエンの言う通り、バスの殆どは教会で暮らしている子供たちだ。ステラは彼らの引率も兼ねて、このバスを手配したのだから。

 周囲を見渡して、やはり彼らの姿が見えないのを確認してステラとリエンがバスに乗り込んだ。運転手が「すみませんね」と言いながら扉を閉めようとした時だった。

 

 

「ストォォォォォォーップ!!! ちょっと待った!!」

「セーフ! セーフだよね!! 扉が開いてる! これはセーフ!!」

 

 

 一気に騒がしくなった。リエンとステラが窓から身を乗り出すと、バスの目の前に影が差す。見上げると空から落下してくる、ダイとアルバが。

 二人はバスの前で着地、受け身を取って衝撃を殺すと上空にモンスターボールを向ける。すると上空で滞空しているウォーグルとジュナイパーが光に乗ってモンスターボールへ吸い込まれた。

 

「もう、遅いよ二人共」

「ごめん! 最後まできっちりやっておきたくて……」

 

 そう言うアルバがファイティングポーズを取る。この一ヶ月、サザンカの元で彼の一門や兄弟子との修行に明け暮れ、トレーナー自身も逞しくなったようだった。

 見ればひと月前よりも顔が引き締まっているように見えた。よほど過酷な修行だったと見える。

 

「すみません、遅れました」

 

 突然の三人目が遅れて空から現れる。比較的動きやすいノースリーブのゴシックドレスにカーディガンを纏ったコスモスだった。カイリューをボールに戻すと運転手に一礼してからバスへと乗り込んだ。

 それに続いて、ダイがバスへと乗り込む。アルバとリエンの近くの空き席を探す最中、キョロキョロと周りを見渡す。

 

「あれ、ソラは?」

「今日の復興祭の音楽プロデューサーとして、昨日の夜に"Try×Twice"の二人と現地入りしたよ。現地集合だから、ダイとアルバによろしくって」

「なるほど、じゃあこれで全員?」

「ダイとアルバ待ちだったんだよ」

 

 苦笑いを浮かべながら言うリエンの視線はステラの隣に腰を下ろしたコスモスに向いていた。彼女が来るとは聞いていなかったからだ。ジムリーダーの二人はなにかを小声で話し合っていたが内容までは聞き取れなかった。

 

「なんでもカエンの計らいでジムリーダー全員招待されてるっぽいな。で、俺がステラさんの手配したバスに乗ってレニアに行くって言ったらせっかくだから、ってな」

「そうだったんだ、それならあの眼鏡の……」

「あぁ、カイドウね」

 

 リエンが尋ねると、ダイとアルバは頬を引き攣らせた。というのも声は掛けたのだが「研究が佳境だからパス」と突っぱねられてしまったのだ。

 元よりこのひと月の間、ダイのメディカルを担当していただけありReオーラについてそれなりに纏まるところがあったのだろう。"キセキシンカ"のロジカルが解明できればバラル団との戦いも比較的早期に終わると見て、ダイも無理強いはしなかったのだ。

 

「ま、アイツ人混みとか苦手そうだからな」

「確かに。数分後に迷子になってたりして」

 

 ダイとアルバが声を殺しながら笑い合う。それを見ながら、リエンは随分と懐かしい感覚を思い出していた。

 自分なりのペースではあったものの、この一ヶ月チャンピオンとそれに匹敵するイリスの指導を受け続けてきたのだ。

 

 仮に、再びバラル団と対峙した時以前のような失態は犯すまい。

 何よりリエンは掴んだのだ。自分が「誰かの写し身ではない、一人のリエンである」という強い芯を。

 

「それでは出発しますよ、皆さんシートベルトを」

 

 ガイドのように告げるステラ。子供たちがカチャカチャと装着するのを見て、ダイたちもそれに倣う。

 走り出したバス、移り変わる景色をぼんやりと眺めながらダイはふと気になったことをアルバに尋ねてみた。

 

「そういえばお前のジュナイパーさ、結構力持ちだよな。人を掴んだまま飛べるなんて」

 

 ポケモン図鑑を取り出しながらダイがアルバのモンスターボールの中にいるジュナイパーを指す。

 実際、ジュナイパーは【そらをとぶ】を覚えない。かつて人を掴んだまま自在に飛び回るジュナイパーを彼らは見たことがあるが、話題に出すと気分が下がりそうだったため誰も口にはしない。

 

「そうだね、【そらをとぶ】というよりはアローラ地方の"ポケモンライド"っていう文化に近いのかな。ちなみにこれも通信で勉強したんだ!」

 

 目を輝かせるアルバ、一度旅の途中見せてもらったことがあるがその通信授業も、講師は四天王の一人だったとダイは思い出した。

 四天王、そのワードが頭に浮かんだ瞬間思い出すのはメティオの塔での出来事だ。しかし頭を振って、ダイは余計な雑念を振り払った。

 

 今日は楽しむためにレニアシティへ赴くのだ。せめて、今日だけでもそういうことを忘れられたらと思うのだった。

 

「リエン、ソラの様子はどうだった?」

「私も詳しくは知らないよ。ステラさんの話では『Frey@』と一緒にホテル籠もりだったって話だけど」

「逆に心配になるな、主にホテルの部屋が」

 

 ダイたち三人はソラの生活態度を知っている。ソラは誰かが世話を焼かねばとことんまで自堕落に近い生活を送りかねないのだ。ただでさえ精神的なショックを受けた後に、友達が殆ど出払っている。これほど心細いことも無いだろう。定期的にダイは連絡を入れていたため、声音から精神状態の把握は出来たが最後に顔を見たのもずっと前のことだった。

 

「でも、言ってたよ。今日のライブ、ゼラオラの件を抜きにしても絶対に楽しませてみせるって」

「あのソラが言い切ったんだから、相当だよな」

「楽しみだよね、何もかもがさ!」

 

 陽気に言うアルバにダイとリエンも頷く。そうこう話している内に、バスはラジエスシティを出て6番道路上に掛かった高速道路へと乗り出す。アルバとリエンは以前、ダイが逮捕された事件の折この道路の脇の遊歩道を通ってラジエスシティに入ったことをぼんやりと思い出していた。その時と違い、やはりレニアシティ方面へ向かう車が圧倒的に多い。

 

 一ヶ月の武勇伝を語らうダイたち三人を横目に、コスモスはステラに耳を寄せた。

 

「それで、今日私達がレニアに招かれたのは……」

「はい、カエンくんの招待半分、もう半分は警備の補強も兼ねてです。万が一ということはありますから」

 

 そう言うステラの視線はダイに向いていた。ステラもまた、ダイがレシラムに選ばれた勇士であることを理解している。彼が今日レニアシティに来るという情報をもしバラル団が掴んでいたとすれば、止めねばならない。

 理解しながらも今日の同行を拒否したカイドウに、ほんの少しだけ恨めしい気持ちになるステラだった、見れば頬が少しだけ膨らんでいる。

 

「その万が一のために、民間の方々から希望を奪うわけにもいきませんから」

 

 今日行われる祭りは言わば、レニアシティの再起を願ってのことだ。「バラル団が来るかもしれない」という憶測で、中止には出来ない。

 そこでレニア市議会はジムリーダーとPGに警備協力を依頼したのだ。ジムリーダーはカイドウ以外の全員が快諾、また彼らがそれぞれ有するVANGUARDチームもまた招集が掛けられた。

 

 ここまで来るとカイドウも過剰戦力を加味して辞退したのでは、と思えるほどの面子がレニアシティに揃っている。

 ジムリーダーとPGが歩き回っている中、悪さをしようとするほど悪党も愚かではない、と思いたい各々だった。

 

「それでも、もし動くというのでしたら」

 

 通路とは反対に窓の外に目を向けて、コスモスは続けた。

 

 

「容赦いたしません」

 

 

 竜姫は水平線を睨むようにして静かに言った。仕留めると言ったら確実に仕留める、そんな凄みがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 そわそわ、今の自分を表現するならそういった音だろうとソラは思った。

 

 プールエリアに特設されたステージの前で忙しなく動くスタッフたちに視線を送りながら、ソラは手持ち無沙汰を隠せない。

 ステージの下では今日ここでパフォーマンスを行うアーティストがプログラムの確認を行っている。ダンスチームもそれぞれがアップを始めたりと忙しない。

 

「ソラ~」

 

 その時だ、ステージの上で一層ロックミュージシャンを全開にしたフレイヤが手を振っている。

 近くに寄ろうとしたときだった。鞄の中、何かがバイブレーションを作動させた。微かな振動が革越しに伝わってくる。

 

 しかしフレイヤの周りには今日の主役たちが勢揃いしていた。恐らく待たせているのだろうと考え至ったソラは一旦鞄の中身を無視してフレイヤに駆け寄った。

 

「みんな、この子が今日の大トリ!」

 

 フレイヤがソラを半歩前に出させた。おおよそ二十に及ぼうかという眼が一斉にソラへ向く。そのどれもがソラの知る、まさに天上人とも呼ぶべきアーティストたち。

 何を言うか迷った挙げ句、ソラが口にしたのはちょっとした謝罪だった。

 

「その、曲作るの、遅れちゃってごめんなさい」

 

 頭を下げるソラだが、文句を言う人は誰もいない。誰もがその曲の仕上がりを知っている。ソラが作り上げた曲が文句の出しようがないほど、今日という日に合わせて作られたのがわかっているからだ。

 

「言い訳みたいに聞こえるかもしれない、でも本気で頑張ったから、みんなで成功させてほしい、です」

「その辺は任せて! 今日のアタシらは全力で歌うのが仕事! 中には踊るのが仕事のヤツもいるけど」

「俺たちとかな」

 

 そう言うのは"Try×Twice"のレンだった、隣で頷くサツキもそのつもりだと頷いている。

 新進気鋭のアイドルユニット故に、注目の集まりやすいオープニングを担当する彼らは既にステージ衣装を着込んでいる。

 

 アーティストたちへの顔合わせも済み、それぞれがプログラムの確認を行ったりパフォーマンスの最終調整を行おうとしている中、フレイヤだけは持ち場へ戻ろうとはしなかった。

 

「んー、んー」

 

 それどころか、ステージを眺めては不満そうに頬を膨らませている。ソラが首を傾げていると、フレイヤは「よし」と頬を打つようにして踵を返し、ソラの腕を引っ掴んだ。

 

「よし! 開演時間までまだある! デートしよう!」

「えー」

 

 拒否権無し、とばかりに無理やり腕を引っ張るフレイヤに連れ出される形でソラは街中へやってきた。申し訳程度にサングラスで変装するフレイヤ、しかしサングラス一つで有名人のオーラは結構消えるものだとわかった。

 出店は様々で飴で木の実をコーティングしたお菓子や、ポケモンを模した綿あめ、トサキント掬いなど様々で目移りが止まらない。

 

「あー見て! あそこの屋台! オクタンがたこ焼き作ってる! 職人技だー!」

 

 複数の腕を巧みに動かしてクルクルとたこ焼きをひっくり返していくオクタン、その瞳が放つ光はどこか覚悟の決まったものだった。

 ソラはというとそのオクタンと目を合わせた。物言わぬ職人は「ただ美味しく食べてほしい」と思ってるようだった。見ればフレイヤは既に財布を開いて列に並んでいる。

 

「おまたせ~! はい、ソラにもお裾分け~」 

「私は……はふ」

 

 いい、と言う前に既に口に突っ込まれた丸く熱い物体を食す。火傷しそうなほど熱い、というか実際に舌が火傷してしまうソラ。

 

「あふい、あひれーぬ」

 

 ソラはきちんと食べ終わってからアシレーヌを呼び出す。ボールから出てきたアシレーヌが【うたかたのアリア】を控えめに放ち、ソラの火傷を治した。

 アシレーヌの頭を一撫でするとソラはボールにアシレーヌを戻す。それを見ていたフレイヤがたこ焼きと格闘しながら言った。

 

「ソラのポケモンはみんな歌が上手だね~、うちの"ニョニョさん"とは違った趣があるっていうのかな」

 

 フレイヤが可愛らしくデコレーションされたボールから呼び出すのは"ゴニョニョ"だ。フレイヤから受け取ったたこ焼きを舌が火傷しないように注意ながら食べ始めた。ソラもこのゴニョニョを知っている、時折フレイヤのステージの上にいることがあるからだ。ニョニョさんのいるステージはファンに人気があるのだ。

 

「ずっと歌ってきたから」

「うんうん、分かるよ。ただ歌い続けてきた努力っていうのとはちょっと違う。アレはね、才能の音だよ」

 

 最後のたこ焼きを頬張り、パックを手近なゴミ箱に捨てて手を合わせるフレイヤ。最後の一個をしっかり味わって嚥下するとフレイヤは続けた。

 

「初めてソラに会った日、あなたの作った曲を聴いた時、なんて良い曲だろうって思った。だけどひと月、付きっきりで歌を聴いていてわかったんだ」

 

 そっとフレイヤはソラの手を取った。ぐっと込められた手から強い意志を感じた。

 

「曲も良かった。だけどソラの歌に心を揺さぶられたんだ、アタシ。ううん、アタシだけじゃないよ。あの時ホテルで、名前も知らないポケモンだったけどソラの歌を聴きに来てた」

 

 ソラのポケモン図鑑が反応すれば名前もわかったのだろうが、それは叶わなかった。それでも、人が、ポケモンが、全ての生命が楽しめる音楽を彼女は作った。

 彼女なりの愛とありがとうが込められたそれは、それほどまでに人を惹き付ける。

 

「アタシの目標なんだ、それ。みんなにハートを届けられるように、歌っていきたい」

 

 言うならば、生き様そのものがロック。ソラはそういう風にフレイヤを再認識した。

 ただ騒ぐだけがロックだと思っている全ての人に、彼女の歌を聴かせたい。彼女こそがロックだと、叩きつけてやりたくなった。

 

 思いの外、自分はワガママかもしれないと思うソラだった。

 

 

「ねぇ、今からでもプログラム曲げてさ? ソラも一緒に歌わない? 作曲者特権ってことで!」

 

 

 意識の外から急に言われて、ソラは戸惑った。しかしフレイヤは口調こそ明るいが、本気の視線だった。

 フレイヤの手を取れば、どうなるだろう。きっと目も眩むような音の祭典が待っていることだろう。白魚のような右手がゆっくりと持ち上がっていく。

 

 

 ブー! 

 

 

 その時だ、先程と同じようにソラの鞄の中が振動する。確認を先送りにしていた、とソラが鞄の中身を確認した。

 振動していたのはポケモン図鑑だった。しかしなぜ振動しているのか、ソラは分かりかねて画面に触れた。

 

「……え?」

 

 ポケモン図鑑が知らせようとしていたのは、マーキングを付けたポケモンが近くにいるという情報だった。

 ヒヒノキ博士が取り寄せたこの"ラフエル図鑑"は分布調査用に野生のポケモンに小型の発振器(マーキング)を取り付けることが出来る。

 

 そしてソラがこの機能を使ったのは、ちょうどひと月前。

 

 ──ユオンシティで逃走を図るバラル団幹部"ワース"の飛行船に使ったことをソラは思い出す。

 

 心臓が早鐘を打つ。地図を見る限り、飛行船はテルス山南西の中腹で止まっている。そこから登山して、レニアシティを目指してくるとすれば猶予はあまりない。

 ソラは周囲を見渡した。今から一般の人々を避難させるのは難しいだろう。

 

 一筋、冷や汗が溢れるのをソラは感じた。心臓が破裂しそうなほどに主張を繰り返すが、それをグッと押し込めた。

 

「ソラ、どうした?」

 

 急に顔色の変わったソラを心配してフレイヤが彼女の顔を覗き込んだ。そしてフレイヤは怪訝そうに眉を寄せた。

 当然だろう、ソラが急に真っ青な顔をしていれば心配もする。

 

 どうしよう、どうしようとソラが思考を巡らせる。そもそもなぜ、バラル団が今レニアシティを目指しているのか考えざるを得なかった。

 今日、民間人が溢れ返る中バラル団がここを目指すメリットなど無い。それこそ発見されて大事になるだけだ。

 

「何が、目的なの」

 

 だから考えた。逆説的に、()()()()()()()()()()()()()がバラル団には存在する。

 しかし理由など幾らでもある。そして以前、Try×Twiceの二人が裏切り者として粛清されそうになったという話を思い出した。ステラが二人の許可を経て話してくれたのだ。

 

 それでも、バラル団がわざわざステージ上の二人を狙うなどという、一度ダイによって阻止されてる暗殺を再び敢行するだろうか? 答えはノーである。

 

「もし、もしも……」

 

 

 もしも、ダイが今日レニアシティに来ることがバレていて、彼がバラル団の標的だとしたら。

 

 

 荒唐無稽だが、ソラが立てた仮説は否定しきれない。ソラは些細な情報から自分の身の上を探ってきたソマリ、もといバラル団の情報網を敢えて信用することにした。

 だとするならどうするか、ソラはひたすら考えた。考えた末に、決意を固めた。

 

「ごめん、フレイヤ。一緒に舞台には上がれない」

「そ、そっか。大丈夫? 顔色悪いけど……」

 

 フレイヤの伸ばした手を下げさせるソラ。反対に、ソラの様子が変わったことに目敏く気付いたフレイヤが気にかける。

 

 

「平気、それより頼みたいことがある」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 バスに揺られて数時間、ステラが手配したバスは滞りなくレニアシティへ到着することが出来た。ステラの号令でバスの前で点呼を取る子供たちを傍目にダイとアルバは今にも街中へ繰り出しそうになっていた。しかしそんな二人をきっちりと繋ぎ止めるリエンであった。

 

「それでは私は一足先にカエンくんと合流します」

 

 そう言ってコスモスは一礼し、カイリューを呼び出した。そのまま乗ろうとした背中に、ダイが待ったを掛けた。

 

「コスモスさん、一ヶ月ありがとうございました!」

「いえ、私に出来ることをすべて出来たか、それは貴方次第ですから」

 

 深々と頭を下げるダイ、思いの外礼儀正しいと内心思いながらコスモスはダイのライブキャスターに連絡先を送った。

 このひと月、ずっと一緒にいたため逆に連絡先を交換する必要が無かったからだ。今度こそカイリューの背に乗りながら、コスモスは微笑んだ。

 

「────戦うと言ったからには、勝ってください」

「……! もちろん、言ったからには勝ちますよ」

「約束ですよ、破ったらつららばり千本ですから」

 

 それを最後に飛び去る翼竜を見送る。ぼそりと「千本は嫌だな」と呟くダイだったが、その呟きはリエンとアルバに届くことはなかった。

 

「いつか、あの人からバッジを貰わなきゃいけないんだよね」

「言っておくけど鬼強いぞ。なんなら、ヒメヨさんも悪魔強いからな」

 

 ダイはもう遠い昔の事のように思い返す。時折バトルに混ざってきたヒメヨの、可愛い見た目から想像もつかないほど桁外れの力を発揮するポケモンたちにダイは手も足も出なかった。

 アルバの言う通り、いずれジムバッジをかけて戦う未来が酷く億劫に思えるほどの強豪だと一ヶ月身を持って思い知った。

 

「え!? ダイ、あの"ルシエの白雷"に会ったの?」

「おう、なんつーかな……うん、すげぇ人だった」

 

 頭によぎるのは、とにかく撫でる、可愛がる、撫でるを繰り返すヒメヨの姿。時折ダイも標的にされたため、思い返すと気恥ずかしさが湧き上がってくる。

 

「リエンは、チャンピオンに会ったんだろ?」

「うん、実際にバトルもしたよ」

「「どうだった!?」」

 

 目を輝かせて食いつくバトルバカ二人に、リエンが苦笑いを隠せなくなる。そうして思い返すチャンピオン"グレイ"との特訓の日々。

 何かと気を使われていたような気がするリエンだった。恐らく異性慣れしていないのだろうな、と思うとチャンピオンという称号が霞んで微笑ましくなる。

 

「とっても強かったよ、おかげで私もちょっとは強くなれたし」

 

 そう言ってリエンが呼び出すのは特訓中に進化したラグラージと、テルス山の地底湖で捕まえた色違いのミロカロスだ。

 全長六メートルはあろうかという巨体に、ダイとアルバは顎が外れるかと思ったほどだ。リエンの手の高さまで頭を下げるミロカロス、どうやらもうかなり懐いているらしい。

 

 それを見て、ダイは認識を改めなければならないと思った。

 もう既に、彼らは庇護する対象ではない。肩を並べて戦う、頼れる仲間なのだ。

 

「みんな……!」

 

 その時だ、ダイが振り返ると小走りでやってくるソラの姿があった。ひと月前と少しも変わらない彼女の姿に、ダイもアルバもリエンも、ホッと安堵を覚えた。

 走ってきたからか息が上がっているソラが、呼吸も二の次にしてダイに言った。

 

「今日のライブ、ちょっとトラブルがあって……プログラムが変わってライブがあとちょっとで始まっちゃうから、ゼラオラを連れて急いだ方がいい」

「えぇ、マジか!」

「それでね、ダイにお願いがあるんだけどゾロアを貸してほしい、ダメ?」

「ゾロアを? 別に構わないけど、ステージに関わることか?」

 

 コクリと頷くソラに、ダイはゾロアをボールから呼び出して預けた。ゾロアを抱き上げたソラが静かに微笑んだ。

 

「ありがとう、みんなは楽しんで」

「おう、楽しみにしてるからな! ソラの曲!」

 

 ステラに別行動を告げて、ダイたち三人が走り去っていくのを見て、ソラは微笑みを解いた。そして決意を秘めた瞳を燃やした。

 

 

 

 

 

 かつてダイとバラル団が二度戦いを繰り広げた、バラル団がレニアシティでの作戦時に使用していた廃ビルに今日もまた怪しい人影が蠢く。

 イグナ率いる隠密部隊が装備の最終調整を行っていた。ポケモン"カクレオン"や"ヒトデマン"の保護色を解析して作り上げられた試作光学迷彩スーツを着用している団員たち。

 

「ザイクの奴、口煩いがこういったモノを作らせたら一級だな」

 

 バラル団に協力している科学者の中で一番扱い辛い変人だが、その捻くれた性格から飛び出す開発の数々は馬鹿には出来ない。

 加えて、更に気難しい研究者が完成させた擬似的な奇跡を纏う魔具"キーストーン・I(イミテーション)"。これが今日のミッションに参加する構成員全員へと支給されている。

 

「よし、準備出来たな。それじゃあ作戦概要を洗い直すぞ」

 

 そう言ってイグナは部下を集めると先程も名前が上がったザイクが作った携帯型ホログラムマシンでレニアシティの立体地図を出現させる。

 

「俺たち隠密班はこれから、あのオレンジ色からライトストーンを奪取する。抵抗は必至、だから班を三つに分ける」

 

 イグナがホログラムを指で動かしながら投入人員を三つに分けるとそれを街の至るところへ分配する。

 

「まず"スニーカー"は会場の通信設備を幾つか破壊してトラブルを発生させる。その隙に"アタッカー"がオレンジ色に接敵、残りはトラブル発生時に備えここで待機。待機組はロア、お前に任せる」

「チッ、俺もアタッカーに混ぜろってんだクソったれ」

「ワースさんの指示だ、お前も従ってもらう」

「わかってんだよんなこたぁ! イチイチ言うんじゃね―よ!」

 

 ずっと黙って聞いていたロアが文句たらたらで、部屋の隅でタバコを吹かしているワースに恨めしい視線を送る。

 しかしワースはというとタバコを持った指をちょいちょいと動かした。ロアにだけ伝わる「灰皿を持って来い」の合図だ。それに対し「いつか覚えとけよ!」と騒ぎながら荷物の中から灰皿を探しに行くロアを横目に、イグナが口を開いた。

 

「ワースさんはどうするんです、わざわざ着いてきたのには理由があるんでしょう」

「俺か? ふー、そうだな……俺ぁ所謂遊撃隊だ。多分だが、アタッカーの方にトラブルが起きるだろうからな、そういう時補助で出るからよ」

「了解です。俺も後でアタッカーへ合流します」

「そうしてくれや」

 

 再びタバコを口に咥えたワース。イグナは部下が作戦を理解したことを確認すると連絡を待った。

 既に街に変装して潜り込ませ配置した斥候部隊から連絡が来る手はずになっている。

 

 

『隊長、ヤツを発見しました』

「そうか、周囲はどうだ」

『それが……ヤツ一人です! 周囲を見渡しているので、恐らく逸れたのかと』

 

 それを聞いて、イグナは好機だと思った。それを察知した部下が全員行動出来るように立ち上がった。

 

「スニーカーは通信設備を落としに向かえ! アタッカー、移動開始だ。そのままヤツを監視しろ、逃がすんじゃないぞ」

 

『了解!』

 

 ぞろぞろとビルから飛び出す透明の部隊。イグナは手持ちのクロバットを呼び出し、それに肩を掴ませると一度空に上がった。

 スニーカーが通信設備を破壊(ショート)させるのに時間はそう掛からないはずだ。当然街にはPGも配備されているだろうが、応援を呼ぶことが出来なければ多勢に無勢。

 

『目標、出店ストリートを外れてレニアジム方面へ向かいました、裏路地を経由中です』

「好都合だな、アタッカーは民間人との接触に気をつけてそのままヤツを追え」

 

 イグナもまた自分の仕事を急いだ。イグナもまたポジションはスニーカー、電気設備の破壊が任務ではあるがそれだけではない。

 レニアジムからそう遠くない場所に存在する、レニアシティのポケモンセンターだ。祭りに人が引き寄せられ、周囲に人気が無かった。

 

「クロバット、【エアスラッシュ】!」

 

 翼を羽撃かせ、クロバットがポケモンセンターの配電盤に繋がる電線を空気の刃で切断する。局地的な停電を引き起こし、ポケモンセンターが沈黙する。

 最悪、有志のポケモントレーナーすら相手にすることを考えると、無尽蔵にポケモンを回復させられる施設を止めておくのは必須である。

 

 停電が起きると、ポケモンセンターは扉すら開かなくなる。中から外へ助けを求めるのに、時間が掛かるだろう。

 それまでの短時間でミッションを終える必要があった。イグナはアタッカーへ合流すべく、再びクロバットを飛翔させる。

 

「坊主、こっちだ」

 

 そう言ってイグナを呼ぶのはイグナ率いる隠密班でアタッカーを担当する白髪交じりの男性、名前を"ガンダ"。

 かつてポケモンバトルでイグナが下した裏の顔役だったが、力を示したイグナを気に入り当時彼に付き従っていた部下含めバラル団に入団したという経歴を持つ。

 

「ガンダさん、ヤツは」

「この裏路地に入っていくのを確認した。この先のジム方面には出店が無い、そこまで待つか?」

「いいや、その先で誰かに合流されても厄介だ。このまま一気に行く」

 

 イグナがハンドサインで部下を先行させ、自身もガンダと共に裏路地へと足を踏み入れた。そうして目に入るのはかれこれ何度も邪魔された男の無防備な背中だった。

 しかしイグナとガンダが腰のモンスターボールに手を伸ばし、急襲しようとしたその時だった。ふとオレンジ色──ダイの姿が消えた。

 

「なにっ!?」

「総員! 防げ!」

 

 

「────コォォォォォー!!」

 

 

 イグナが"コドラ"を呼び出し、【だいちのちから】で相殺。隣のガンダもまた"バンギラス"に防がせたが、それ以外の団員は間に合わず放たれた【ナイトバースト】で昏倒させられた。

 

「逃がさないから」

 

 冷ややかに、その声は背後から投げられた。イグナが振り返ると、ポケモン"ムウマージ"を控えさせたソラが睨みを効かせていた。

 傍らのムウマージが【くろいまなざし】でイグナとガンダ、昏倒するバラル団員を射抜いた。

 

 さらにはゾロアと挟み撃ちで、退路すら無い。袋小路に追い詰められたのは、イグナたちの方だった。

 

 

「みんなは、私が守る。あなた達はここで、私と歌っていればいい」

 

 

 それは禁じ手。だが覚悟の決まったソラはそれを断行した。

 聴いてしまったコドラとバンギラスがたじろいだ。

 

 ムウマージが聴くも恐ろしい声音で歌い出したからだ。

 

 

「【哀歌(ほろびのうた)】」

 

 

 静かに、しかく燃え盛るようにソラは歌い出す。

 合わせてムウマージの闇色の魔球(シャドーボール)がイグナたちへと襲いかかった。

 

 薄暗い路地裏で、序曲は奏でられた。もはや誰にも歌女(うため)を止めることは出来ない。

 


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