ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSローブシン 立ち上がる者

 

 レニア復興祭まであと二週間。

 ダイとソラがそれぞれの戦いをしている間、リエンとアルバはというと合流し一足先にレニアシティへ来ていた。

 

「ハチマキ! 三番の荷物をこっちに頼む!」

「こっちは六番だ! 重てぇから怪我しねえようにな!」

「は、はい!」

 

 右から左、上から下へと人が運べる程度の資材をせっせと運ぶアルバの姿。少し離れたところではリエンもラグラージと共に瓦礫撤去や飲み物を配ったりして作業員を労っていた。

 ユオンシティで作られた復興支援の素材が届けられ、現地の職人や工事員によって既に作業が始まっていた。流石に倒壊したマンション全てを一ヶ月で直すのは不可能だが、それ以外の直せるところは復興祭までに直してしまおうという魂胆らしい。

 

 そして現場監督も兼ねてわざわざユオンシティから陣頭指揮を取りに来たアサツキのオーダーで、クシェルシティからアルバが呼ばれたのだ。

 アルバからそれを聞いたリエンが手隙だったため、手伝いに来たというわけである。イリスとグレイによる実戦教導は続いていたが、アルバの手伝いをしに行きたいと打診したところ快く送り出してくれた。

 

 そもそも、放っておけばどちらともなく戦い出すであろう因縁のある二人だ。たまには年下に気を使わずに会う機会があっても良いとリエンは考えた。

 

「お疲れ様、アルバ」

「ありがとう! これくらいへっちゃらだよ……本当()()()に比べれば」

 

 リエンから受け取った濡れたタオルで汗を拭いながらアルバが言った。視線の先には大きな鉄骨を数匹がかりで支える"ドテッコツ"、ではなくその鉄骨を一人で数本持ったままスタスタ歩くサザンカとレンギョウの姿だった。それを「こちらでよろしいですか?」と涼しい顔で作業員に尋ねるため、初見の作業員は必ず二度見する。

 

 さらに後ろでは数こそ少ないが同じものを持って歩いているプラムの姿があり、アルバは自分が持っている荷物の小ささが途端に情けなくなった。

 

「あれと比べちゃダメよ」

 

 そう言って現れたのはバシャーモを伴に、アルバと同じくらいの荷物を抱えているアイラだった。額には玉の汗が浮かんでおり、こちらは涼しい顔でとはいかないようだった。

 仲間がいて嬉しく思う反面、自分が持っている荷物がついに女の子でも持てる重さだということに気づいてアルバがさらに肩を落とす。

 

「でもアルバ、二週間前より顔が引き締まって見えるかも」

「え、本当? 特訓の効果かなぁ。リエンの方はあまり変化が……いや」

 

 あるにはあった、だがそれはアルバが感じ取った()()()であり外見的なものではない、だから口にするのをやめた。

 それを懸命だと評するのはアイラ、そして首を傾げるリエン。

 

「揃ってるな」

 

 リエンの追求が始まるか、というタイミングで作業着にヘルメットといういつもの出で立ちでアサツキが現れた。

 

「アサツキさん、搬入はもういいんですか?」

「ひとまずは滞りなく、な」

 

 元よりドテッコツやゴーリキーなどの力仕事が出来るポケモンはカヤバ鉄工からアサツキと一緒に来た作業員の手持ちで、彼らが荷物を運べば後は現地の大工たちの出番である。

 今アルバが運んでいる荷物も、ゴーリキーに掛かれば三倍四倍は抱えて歩ける。少し駄弁っている間に物資の搬入は殆ど終わっているのが見えた。

 

「まぁ、あいつらまで手伝いに来てくれるとは思わなかったけどな」

「そういえば、どうして僕に手伝いを?」

「なんでって、そりゃお前……」

 

 嘆息しながらアサツキが取り出したのは、モンスターボール。それを見てアルバはハッとする。

 

「約束、しただろ」

 

 ユオンシティでのヒードラン争奪戦の折、バラル団との戦いに尽力したダイとアルバに送ったギルドバッジを真の意味で賭けての戦いをすると誓った。

 その約束を、今果たそうと言うのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「悪いな、ジム借りちまって」

「全然いいよ! アサツキねーちゃんのジム、まだ直ってないんでしょ?」

 

 アルバたちはレニアシティジムにいた。ユオンシティジムはヒードラン争奪戦の折、バラル団が人為的に起こした雪崩で半分以上が倒壊したままだった。

 それこそユオンシティの職人力があれば修繕も大したことは無さそうだが、アサツキは自分の持ち場よりも他の街を優先したのだ。

 

「レニアシティジム」

 

 神妙な面持ちで呟くのはアルバだ、かつてここでバラル団班長のハートンと死闘を繰り広げ惜敗した苦い思い出がある。

 あの時、もっと自分に力があればと思うと自然と拳に力が入る。だがそれは邪念だ、アルバは頭を振ってそれを追い出す。

 

「手伝いのおかげでもう時間は余りに余ってるからな。ルールは2VS2、選出した二匹が先に戦闘不能になったら負けだ、いいな」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 アルバとアサツキがそれぞれトレーナーズサークルに入り、静かに睨み合う。既に鍔迫り合いが始まっていると、その場の全員が察知した。

 観客席ではカエン、サザンカ、レンギョウ、プラム、アイラ、リエンの六人が見守っている。

 

「仕事だ、キテルグマ!」

 

 繰り出されたのは全身がふかふかの毛に覆われた巨熊、かつてダイとバトルした時も先鋒として姿を現した。

 同じタイミングでアルバもモンスターボールをリリースする。燐光と共に現れ出るは新たな仲間────

 

「行こう! "ジュナイパー"!」

 

 アルバと同じ背丈の鳥ポケモン、ジュナイパーがボールから飛び出し羽撃きながら静かにフィールドへと降り立った。

 それを見て、リエンはポケモン図鑑を取り出してジュナイパーをスキャンする。サザンカたちは知っていたため、黙して見守っていた。

 

「ゴーストタイプか、ちっと分が悪いが……」

 

 ヘルメットの位置を直し、アサツキが呟く。その時、アルバの肌が一瞬でピリッとした空気を感じ取った。

 それは、「来る」という直感。対峙する者の戦意に対して無意識に身体が反応したのだ。

 

 

「──ちょうどいいハンデだ!!」

 

「ッ、飛んで!!」

 

 

 直後、キテルグマがその巨体からは想像もつかない速度で突進する。事前に察知していたアルバとジュナイパーはそれを飛ぶことで回避する。

 飛び退りジュナイパーが翼に隠し持った木の葉矢を装填し、身体に巻き付けた蔓弦を引き絞った。

 

「飛び道具か」

「と、思うじゃないですか! 【つつく】攻撃!」

 

 アルバが言った。ジュナイパーは次の瞬間、引き絞った蔓弦から木の葉矢に手を移し替え、急降下と共にそれを槍のように突き出した。

 木の葉矢の鋭利な先端がキテルグマの胴へ吸い込まれるように直撃した。不意を突かれ、キテルグマが目を白黒させる。

 

「フェイントが決まった!」

「いや、まだだ。あのキテルグマ、相当鍛えられているぞ」

「それに、あの厄介な特性がありますから」

 

 外野が口々に言う。その通り、キテルグマには特性"もふもふ"があり物理攻撃のダメージを軽減する効果がある。どちらかといえば物理型であるジュナイパーでは押し切れない場面がいつか出てくる。

 キテルグマは逆に木の葉矢ごとジュナイパーの翼をガッチリと掴み、そのまま軽々と持ち上げた。

 

「しまった、捕まった!」

「【ぶんまわす】攻撃!」

 

 豪腕は狙撃者を勢いよく振り回し、地面へ叩きつけ一気に放り投げた。壁に激突する瞬間、体勢を整えたジュナイパーが壁を足場に着陸しそのまま蹴り飛ばしすぐさま攻撃を終えたキテルグマ目掛けて突進する。

 不意打ちの【つつく】攻撃は恐らくもう通用しない。だとするなら、後は真っ向勝負あるのみ。

 

「【ブレイブバード】!」

 

 壁を蹴った勢いも加算し、加速したジュナイパーが燐光を帯びながら凄まじい突風を巻き起こす体当たりを行う。それを腹で受け止めるキテルグマ、勢いに圧され巨体が大きく十メートルほど後退させられる。

 だがやはり特性により物理攻撃では受け止められてしまう。このままでは確実にカウンターを決められて、先にジュナイパーを落とされてしまう。

 

「どうするのアルバ、このままジュナイパーで続けるの……?」

「交換も視野に入れとかないとマジでやばばなんちゃう! それこそ、もふもふにはブースターとかさ!」

「二人共、それ以上は助言と取られます。我々はただ見守るだけですよ」

 

 アイラとプラムの発言をジムリーダーとして諌めるサザンカもまた、ジッと戦況を見極めていた。

 現状、どちらかといえばアルバが押されている。ジュナイパーとキテルグマは互いが持つタイプが相手の持っているタイプ一つを互いに無効化しあっているため、決定打を与え兼ねている。

 

 ただそれでもキテルグマの攻撃をジュナイパーはそう何度も往なせない。既に【ぶんまわす】攻撃がクリーンヒットしている以上、無理は禁物だ。

 だがプラムの言う通りここでブースターを投入するのはあまりにも安直すぎる。それはアルバが選出した二匹が固定されることとなり、この後繰り出されてくるアサツキのポケモンに上から抑え込まれてしまう可能性がある。

 

 故に、アルバとジュナイパーはこのまま突っ張らねばならない。

 

「だったら【はっぱカッター】だ!」

 

 ジュナイパーはアルバの指示に従い、バックステップでキテルグマから距離を取りながら翼に蓄えた葉刃を一気に放出する。それが意思を持っているかのように様々な軌道でキテルグマへと襲いかかった。

 斬撃が直撃した鋭い音が響く。だが結局は【はっぱカッター】もまた物理型の技、"もふもふ"の前には威力が減退してしまう。

 

「捕まえて、もう一度【ぶんまわす】!」

 

「なんとか防いで!」

 

 苦し紛れの言葉、だがジュナイパーはそれに応え空中へ退避しキテルグマから距離を取るともう一度葉刃を繰り出す。何度やっても木の葉はキテルグマのふさふさの毛に遮られてしまう。

 アサツキはアルバのその攻撃を、もう後が無くなったと判断した。

 

「跳べ!」

 

 キテルグマが両足に力を込め跳躍、滞空しているジュナイパーの頭上を取った。キテルグマはその豪腕から闇色の爪を出現させると、目を爛々と輝かせた。

 

「逃げて!」

「遅い! 【シャドークロー】!」

 

 アイラが叫んだが、ジュナイパーの回避が間に合うはずもない。暗黒の軌跡を残しながら激爪はジュナイパーに上から襲いかかった。

 ズシャア、と鋭利な音が建物内に響く。瞬間、誰もが息を飲んだ。

 

 ジュナイパーは片翼でキテルグマの闇色の激爪(シャドークロー)を防御したのだ。当然翼が手折られ、飛行能力は失われる。

 だが、ジュナイパーの眼光は未だに死んでいなかった。その狩人の瞳は、この時を待っていたとばかりに強くキテルグマを睨めつけた。

 

 

 

「────今だ!! 【リーフブレード】ォ!!」

 

 

 

 瞬間、居合斬りのように通り抜けざまにキテルグマの胴を一閃するジュナイパー。刹那の残心、静寂が場を支配する。

 だが誰もが思った。何度も言われているように"もふもふ"には物理攻撃が通用しない。キテルグマは返す爪で後ろからジュナイパーを襲撃できる。

 

 

 ────尤も、体力が残っていればの話だが。

 

 

 巨体が音を立てて地に塗れた。アサツキが驚愕に目を見開く、一方アルバとジュナイパーは賭けに勝ったことでガッツポーズを浮かべる。

 

「急所に当たった、のか……や、ちげーな」

 

 アサツキには今の攻防のカラクリが分かった。始まりは先程から乱打された【はっぱカッター】だ、キテルグマはそれを避けなかった。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 物理攻撃の威力を減退する毛束が無くなってしまえば、それは急所足りうる。急所に当たったというよりは、アルバとジュナイパーは()()()()()()()()のだ。

 

「前に会ったときよりずっと小狡い手ェ使うようンなったじゃねえか」

 

「ずっと隣を走ってきた彼なら、きっとこうするだろうなって思ったんです」

 

 今は少し先を進む背中に追いつけ追い越せで、走っている。アルバはこの二週間の修行を経て、自分らしさとは別に人の良さを取り入れるための特訓も行った。

 サザンカは言っていた、「心を通わせたい、知りたいと思うのなら相手の真似をしてみるのが一番だ」と。

 

 ダイがアルバの不屈を見てきたように、アルバもまたダイの勇気を見てきた。互いに作用しあい、高め合うからこそ彼らは一緒にいる。

 

 キテルグマをボールに戻しながら、アサツキが小さな笑みを零した。彼らと最初に会ったのはたった二週間前だ。だのに、もう前より大きくなった。

 だがそれでも、彼らが超えるべき高い壁であろうと彼女は再び眼に意地を灯して立ちはだかった。

 

 

「"ローブシン"!」

 

 

 そうして満を持して放たれるは最強の眷属。コンクリートの柱を杖に見立て、大地を踏みしめる老武神。

 奇策を以てキテルグマとの戦いを制したジュナイパーだったが、さすがに体力の限界が見えていた。ローブシンの体力を少しでも削っておきたいが、無理はさせたくなかったアルバはジュナイパーをボールに戻した。

 

「さぁ、どう行く」

 

 神妙にレンギョウが呟いた。アルバの手持ちはジュナイパーと共に加わったポケモンを含め、あと三匹。

 だがその場の誰もが、なんならレンギョウでさえここでアルバが出すポケモンの予想がついた。

 

 

「ルカリオ、行こう!」

 

 

 切り札には、切り札を。セルリアンブルーの波動を纏った闘士が戦場へと降り立った。

 アルバの手持ちで最強のポケモン、恐らくあのローブシンを正面から撃破出来るのは彼しか考えられない。

 

 だが同時に、ローブシンが得意とするタイプで弱点を突けるのもまた、ルカリオだった。

 どちらがどう動くにせよ、この戦いは短期決戦(ブリッツ)で決着がつく。

 

 一度高ぶった心を落ち着けるべく、アルバが目を閉じる。すると合わせるようにルカリオもまた静かに瞑目する。

 ジムの中に再び静寂が訪れる。期待に胸を膨らませたカエンが足をぶらぶらと動かす際の関節の軋む音が届くほどに、静謐が場を満たす。

 

 不意に、アサツキが感じ取ったのは風だった。肩口までのミディアムショートを撫でるそよ風がジムの中に吹いていた。

 見れば対面の少年が身につけているトレードマークであるハチマキが棚引いている。

 

 アルバとルカリオが立ち尽くしたまま、風を起こしていた。この光景は以前見たことがある。

 だからこそ、アサツキは手を出さない。彼女がジムリーダーとして求めるモノを、目の前のトレーナーが披露しようと言うのだから。

 

 

「──立ち上がれ《スタンドアップ》、ルカリオ!!」

 

 

 開眼、左手の甲のキーストーンを勢いよく叩き拳を天高く突き上げる。

 そよ風は突風となり、巻き起こる風が光を伴ってルカリオを包み込んだ。もはや発動にラグはない、ルカリオとアルバの心は一つに重なる。

 

師匠(せんせい)、どうか見届けてください」

 

 胸に手を当ててアルバが言った。それに対して、レンギョウは首肯で応える。

 これはアルバというポケモントレーナーのジムバッジを賭けた戦いであり、同時に心道塾一門の末席に名を連ねる者として最初で最後の試練と言えた。

 

 

「──メガシンカ!!」

 

『アォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』

 

 

 真白い光は虹色へと昇華し、花開くように霧散する。ポケモンの進化を象徴する紋章が浮かび上がり、中から現れ出るはメガルカリオ。

 静かに立ち上がったルカリオが静かに波動を両手に漲らせる。しかし、そのルカリオの放つ波動の輝きは今までとは違った。

 

 先程までセルリアンブルーだった波動は、以前の毒々しい紅ではなく輝くような朱色へと変化していた。

 普通のルカリオならばありえない色の波動。だが、アルバのルカリオは違った。

 

「よし、"朱のキセキ"を安定させているな」

 

 レンギョウが呟く。かつて暴走状態とも言える"紅のキセキ"を発動させていたアルバだが、心身を鍛え上げルカリオがアルバ自身の波動を調整することでより安定して力を発揮できる"朱のキセキ"へと昇華させたのだ。

 

「行くぞ、【マッハパンチ】!」

 

「【バレットパンチ】!!」

 

 次の瞬間、地面を蹴ったルカリオの姿が消えローブシンが繰り出した柱の先端目掛けて神速の一撃を叩き込んだ。中心点を穿たれたコンクリート柱を通して、ビリビリとした衝撃を感じ取ったローブシンが驚愕する。

 直後コンクリート柱全体に亀裂が走り、細切れに粉砕されてしまう。どんな物体にも、構造上脆い箇所が存在する。ルカリオはその一点に打撃を加え、波動を流し込むとそれを発散させてコンクリートを破壊したのだ。

 

「な、にぃ!」

 

 驚いたのはアサツキもだった。ローブシンのコンクリートが破壊されたのはこれが初めてのことだった。今までどんな攻撃であろうと防ぎ敵を薙ぎ倒してきたこのコンクリート柱が一撃で粉砕された。

 それを直撃させられたなら、結果は見えている。だがそれが退く理由にはならない。

 

「再構築しろ!」

 

 ローブシンが空いた片腕を地面に突き立て、引っ張り上げるようにして地面を引き抜くとそれが一瞬でコンクリート柱に再構築される。

 如何に攻撃力が高かろうと、攻略の糸口はある。アサツキは既に活路に見当がついていた。

 

 ルカリオが再び地面を蹴り、それに合わせてローブシンは再び柱を突き出して【マッハパンチ】を繰り出す。

 再び拳とコンクリート柱がぶつかり合い、ルカリオはコンクリート柱の上に飛び乗るとそのままそれを道として一気にローブシンに接近した。

 

 得物は手に持っている。即ちそれを伝って来られてしまうと対処にわずかばかり遅れてしまう。

 思い切り振りかぶられたルカリオの拳がローブシンの顎目掛けて突き出される。

 

「────ピッ!」

 

 だがその時、アサツキが短くホイッスルを吹いた。指示に従い、ルカリオの拳が触れる既のところでローブシンはコンクリートを手放し、素手でルカリオのパンチを受け止めた。足場が無くなったことでルカリオは踏ん張りが効かなくなり、放たれた拳の威力はがくっと減退する。だがルカリオも退かずもう片方の拳でローブシンの頭を狙うが、それももう片方の腕で受け止められてしまう。

 

 刹那、ルカリオの両手がバキバキと音を立てて凍りついてしまった。完全に身体を凍らされる前にアルバはルカリオを下がらせた。

 恐らく今ローブシンが放った技は【れいとうパンチ】だ。見かけによらず芸達者なポケモンなのだ、ローブシンという種は。

 

「くっ……」

 

 如何に"紅のキセキ"を昇華させた"朱のキセキ"とはいえ、デメリットは健在である。紅のキセキはポケモンが受けたダメージをトレーナーがそのまま負うのに対し、朱のキセキは感覚の共有で済ませる程度に収まっている。つまり今、両腕を凍らされたルカリオの感覚()()()アルバに伝わっている。紅のキセキならば、今頃アルバの腕も実際に氷に包まれているところだった。

 

「負けるもんか、【インファイト】!」

 

 ルカリオが手を凍らされたままローブシンに迫る。今ならローブシンの手の中にコンクリート柱はない、即ち間合いに入りやすい。

 裂帛の気合いと共に繰り出されたルカリオの拳。だがそれをローブシンは自身の拳をこつんとぶつけて勢いを相殺してしまう。

 

「そんな! 力を込めたようには、見えないのに!」

 

 アルバが戦慄した時、ローブシンはそのままルカリオを捕まえるとそのままヘッドバットで頭部を揺らしに来た。

 脳を揺さぶられる感覚がアルバを襲う。頭を抑え膝を突きそうになるアルバだったが、膝を殴って無理やり堪えた。

 

「この気だるさ……そうか、【ドレインパンチ】で力を奪われているんだ!」

「気づいたか、だけど十分蓄えさせてもらった」

 

 ローブシンはルカリオを掴みながら、ルカリオの体力を手を通して吸収していたのだ。それに加えて、ルカリオの拳は先程の【れいとうパンチ】で凍らされている。

 即ち、ルカリオの身体を流れ時に殴った対象に流し込んでダメージを与える波動の伝導が絶たれてしまっている。波動が攻撃手段の一つであるルカリオにとって、波動を流せないというのは大きな攻撃力の減退に伝わる。

 アサツキはそれがわかっていたからこそ、ルカリオの両腕を氷で封じたのだ。

 

「職人は手に力が入んなきゃ仕事になんねえからな、格闘家も同じだ」

 

 腕を凍らせ、かつ動きを封じることで【ドレインパンチ】を比較的安全に繰り出すアサツキの手腕に、アルバは打開策を考えていた。

 だがこうしている間にも手の動きがどんどんと鈍くなっていく。実際に腕が氷漬けになっているルカリオにとってはもはや打撃攻撃を繰り出せるかすら怪しいレベルに陥っている。

 

「考えろ! 僕はトレーナーなんだぞ、ポケモンが僕を信じている! それに応えろ!」

 

 アルバは叫んだ。レンギョウたちが見守る中、アルバは自身の手を見た。既に青白く、血の巡りが悪くなっているのを感じた。

 それを見て、ピンと来た。天啓とも言える、作戦だった。だがそれの実行には危険が伴う、アルバにもルカリオにも。

 

 だが、

 

「覚悟が必要なんだ! この戦いを制すには、覚悟が!!」

 

 もう一度声を張り上げアルバはルカリオに念じた、波動の制御を停止せよ、と。ローブシンに拘束されながら、ルカリオは自身の波動の制御をストップさせる。

 するとルカリオによって調整されていたアルバの身体を流れるReオーラもまた吹き出す量を変え、再び"紅のキセキ"を纏った。

 

 直後、ルカリオと同じようにアルバの指先から凍り始めた。だが、アルバは氷が手を包み込む前にモンスターボールから手持ちの一体をリリースする。

 

「ブースター! 僕の手目掛けて【かえんほうしゃ】だ!!」

 

「バッ!? 正気か!!」

 

 レンギョウが慌てて立ち上がるが、ブースターは構わずアルバの両手目掛けて灼熱を噴き出した。

 アルバが顔を顰めるが、次の瞬間。ポタポタと音を立ててルカリオの手に纏わりつく氷が溶けて消滅する。

 

「感覚を共有しているから、僕の手についた炎がルカリオの手に引火する! そうすれば、氷は溶ける! そして!」

 

 ルカリオは両腕から朱色の波動を放ちながら炎がついたままの両腕で逆にローブシンを捉えた。

 

 

「【インファイト】だァァァーッ!!!」

 

 

 さながら【ほのおのパンチ】のように繰り出される灼熱の乱打撃がローブシンを襲う。朱のキセキを纏っての一撃は確実にローブシンの胴や顎へと直撃した。

 だがフィニッシュブローの一瞬、再びローブシンはルカリオの腹部目掛けて鋭いパンチを繰り出した。これもねじ込まれた拳がルカリオの体力を奪う。戦闘不能寸前に打ち込まれた【ドレインパンチ】がローブシンに耐え凌がせたのだ。

 

 互いが、互いの攻撃によって仰け反らされる。トレーナーの前まで後退させられた二匹、息も絶え絶えという風に肩を喘がせた。

 恐らく両方とも、あと一撃で戦闘不能のデッドゾーンに入っている。

 

「大した度胸だ、手前の腕に火ぃつけて氷を溶かすなんてな。さすがに今まで同じことやったやつはいねえよ」

 

 アサツキがアルバの大胆さを褒めた。一歩間違えば大火傷の危険を負う作戦だったが、アルバが言った通り覚悟が道を切り開いた。

 二人と二匹の睨み合いを見守る中、サザンカはいち早く状況を整理、認識した。

 

「今の攻防でローブシンは火傷を負いましたね。あれでは遅かれ早かれノックダウンは免れないと思います」

「つまり、時間を稼げばアルバの勝ちってことだよね、センセ」

「そうなりますね、ですが……」

 

 ちらりと、サザンカはアルバとアサツキを見る。確かにこのまま火傷で体力を奪われれば、それだけでローブシンは倒れてしまうだろう。

 だがアルバがそれを許すだろうか、そんな勝利を求めるだろうか。

 

 

 答えは、否だ。

 

 

「最後の最後まで!」

「出し切るだけだ!」

 

 刹那、ローブシンが放つ高速の拳とルカリオによる神速の乱打撃が衝突する。お互いが拳に伝わる衝撃で歯を食いしばる。

 先に復帰したのはルカリオだ。素早く体勢を立て直し、再び地面を蹴った。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉお────ッ!!」

 

 アルバが咆哮する。トップスピードで飛び出したルカリオの拳がローブシンの顎を撃ち抜いたが、ローブシンは意識を手放さずゆらゆらとふらつきながらも後退、足元へ転がる二つのコンクリート柱を掴んだ。かくとうタイプのポケモンには総じて、体力が少ないときほど威力を増す逆襲策がある。

 

「【きしかいせい】ッ!」

「ルカリオッ!? ぐああっ!」

 

 抱くように振るわれたコンクリート柱が左右からルカリオの胴を挟み込み、衝撃がルカリオの身体を押し潰す。ルカリオを徹してアルバの身体が左右から挟まれる感覚を受け取ってしまい、思わず膝を突く。

 この一撃を最初から狙っていたのだ、体力が風前の灯である今最大火力を発揮する【きしかいせい】を。

 

「まだだ! この程度で終わンのか! 違ぇだろ!」

 

 だがアルバが倒れることを、アサツキは好としなかった。アルバは瞳の中で消えかけた火を再び、命のガソリンを注いで爆発させる。

 それに応じてルカリオの両腕から放たれる朱色の波動が一層膨れ上がる。それから目にも留まらぬスピードでローブシン目掛けて【バレットパンチ】を撃ち放つ。

 

 ガンッッッッ!! 

 

 破砕音が鳴り響く。ローブシンはルカリオの放った機関銃のような拳をコンクリート柱を防壁にすることで防いだのだ。当然ルカリオの破壊力によってコンクリート柱は簡単に砕けてしまう。それでも、ルカリオが一息で放てるラッシュを全て防ぎきってから石柱は砕け散った。

 

「もう一発【ドレインパンチ】だ!」

 

 コークスクリューパンチの要領で打ち出されたローブシンの拳がルカリオの胴へ直撃、そのままねじ切るような回転を加えて打撃に重さを与える。

 拳を通してルカリオの体力を大きく奪う。火傷のダメージによる戦闘不能を先延ばしに出来るだけでなく、ルカリオに対し確実にダメージを与えていけるのだ。

 

 

「────諦めるもんか……!! 何度だって、立ち上がれ!!」

 

 

 身体の芯を殴られ、ルカリオが手放しかけた意識をその言葉が繋ぎ止めた。瞳の中に強い意志を再度宿らせ、自身の腹部へ埋まってるローブシンの腕を両腕で掴むとそれを軸に回し蹴りを繰り出し、ローブシンの腰へ【ローキック】を叩き込んだ。

 

「ローブシン! 再構築だ!」

「ルカリオ! 【ボーンラッシュ】!!」

 

 距離を取ったローブシンが再び二つのコンクリート柱を手中に作り上げ、それを上段からルカリオ目掛けて振り下ろす。対するルカリオは波動で練り上げた骨の棍棒を二つへ圧し折り、二刀流で挑む。

 ガツン、石柱と骨棍棒がぶつかり合い火花を散らす。ルカリオは腕に掛かる体重を地面へ逸らすと再び石柱を足場に飛び上がり、両腕の骨棍棒を自在に操り目にも留まらぬ連撃をローブシンへとぶつけた。

 

 あと一撃で両者は倒れる、そんな予測は二匹の限界を超えた攻防により有耶無耶にされた。

 両者とも既に体力は尽きているはずだ。

 だのに、絶対に相手より先に倒れることを自分で許さない。その気迫が二匹を前に押し出させた。

 

 

「──【マッハパンチ】ッ!」

 

「──【インファイト】ォォォォォ────ッッ!!」

 

 

 もはや得物での攻防は無粋、最後には手と手。拳と拳のぶつかり合いで決着を。

 二人と二匹がそう望んだ時、ローブシンは石柱を放り捨て神速の一撃を繰り出す。

 

 ルカリオもまた、地を蹴り常人では目視できない速度でローブシンの懐へ潜り込む。

 

 刹那、衝撃が周囲のトレーナーを襲うほどの素早く、鋭いパンチが突き刺さった。

 ドクン、ドクン、と早打つ心臓の鼓動が静寂の中で聞こえる。

 

 二匹のポケモンは互いに拳を相手に繰り出した姿勢のまま動かなくなっていた。

 

 素早さ故に空気との摩擦で熱を放っていたローブシンの拳は、ルカリオの耳の後ろを通過。

 対して、ルカリオが放った拳はローブシンの腋の下を潜り抜けて、

 

『ブ、シン……』

 

 ──ローブシンの顎へ鋭く突き刺さっていた。

 

 相手を称える一言を添え、ローブシンが地に塗れた。それは紛れもなくルカリオとアルバの勝利を意味する。

 勝者は無言で突き出した手を頭の上へと掲げた。だが敗者もどこか清々しそうに、ヘルメットの下で群れた艷やかな髪を解放した。

 

「勝った!! アルアル勝った!!」

 

 プラムが飛び跳ねて喜びを表現する。それでようやく、アルバに勝ったという自覚が湧いてくる。

 ぞろぞろと見守っていた全員が立ち上がり拍手でアルバとアサツキ両方を称えた。

 

「お疲れ、おめでとう」

「ありがとうリエン! バッチリ勝ったよ!」

「うん、すごい」

 

 そう言って先程と同じように濡れタオルを手渡すリエン。アルバは満面の笑みを浮かべてそれを受け取って汗を拭った。

 タオルから顔を上げると、アルバの前にはズンとレンギョウが立ちはだかっていた。その顔はどこか険しく、

 

「コラ」

 

 ゴツン、とアルバの頭の上に拳骨が落ちてきた。たまらず素っ頓狂な声を上げるアルバ。

 

「まさか"紅のキセキ"を無理やり発動させ、ルカリオの凍傷を治すとはな。だが、今後あんな危険な真似はするな」

「すみません、でもやれました! 朱のキセキにもちゃんと戻せました!」

「そうだな、その点は褒めてやる。よくやったな、アルバ」

 

 汗でグシャグシャの頭を、レンギョウがさらに荒々しく撫で散らした。それを他所に、サザンカとアイラはアサツキの方へ歩み寄った。

 

「お疲れさまです、アサツキさん」

「サンキュ、最後に押し負けちまったけどな」

「でもすごかったです、今度はあたしともジム戦してくださいね」

 

 拳を突き出すアイラにアサツキは「バトル馬鹿ばっか」と言いながらも笑みを浮かべ、コツンと拳を合わせた。

 アサツキも受け取ったタオルで汗を拭うと未だお祭り騒ぎの真っ只中にいるアルバに歩み寄った。

 

「これで、ギルドバッジは本当にお前のもんだ」

「ありがとうございます! だけど、なんだかご褒美感が薄れちゃうな……あ、そうだ!」

 

 アルバが手をポン、と打って提案した。心なしか、キラキラと煌く目にはどこか正気が薄れていた気がしたアサツキだった。

 

 

 

 

 

「あぁ~めっちゃ癒やされるんですケド~~~~~~~!!」

「もふっ!! もふっ!! キテルグマ!! さっきはごめんね! やっぱりもふもふはっ、最高だ~~~!!」

 

 数分後、ジムに設えられた回復マシンで回復させられたキテルグマに抱きついてそのもふもふを堪能しているプラムとアルバの姿があった。

 キテルグマに後ろから抱きつくアルバと、正面から抱きつき顔を擦り付けるプラムを他の面子はやや冷かな視線で見つめていた。

 

「キテルグマ! ぎゅーってして! ぎゅー!」

「お、おい。危ないぞ……」

「へーきへーき! あはは! くすぐったい! あーしキテルグマ大好きうへへへ! もっとぎゅーっとするよし!」

 

 キテルグマに抱きしめられたら人間如きはその腕力で背骨を砕かれるのが常なのだが、プラムはどういうわけか燥いでいる。

 そもそもサザンカの弟子であるプラムがキテルグマに抱きしめられた程度で怪我などするわけなかったのだ。

 

「もふっもふっもふっ! あぁ~癒やしだ……疲れた身体にもふもふが染み渡る……」

「アルバはなんていうか、ちょっと気持ち悪いね」

「そう? 旅の途中いつもあんなんだよ」

 

 ドン引きしながら告げるアイラに、リエンはあっけらかんと言い放つ。なんとも思わないというよりは、もはや慣れたのである。

 

「あ、あ、あーしも、ヌイコグマ買ってこようかな……お小遣い足りっかな、ふへへ……」

「プラムももふもふを愛する者なら僕も支援しちゃうよ、もふもふは世界に必要だからね」

「マジか、無限に愛した……」

 

 結局、二人のキテルグマ摂取はそれから日暮れまで続いた。

 しかしサザンカやレンギョウたちの手伝いもあり長引くと思われた物資搬入は済んだ、レニアシティの夜明けは確実に近づいている。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 コン、コン。

 盤上に並んだ駒が進み、阻む駒を跳ね除ける。

 

「──そいで、進捗はどうよ」

「芳しくない」

 

 言いながら、騎兵(ナイト)戦車(ルーク)を討ち取った。まいったな、などと毛ほども思っていないだろうに頭を掻いてみせる。

 進ませた騎兵を盤上に落ち着けながら、グライドはやや浅くだがため息を吐く。

 

「どこに行っちまったんだろうな、ダークストーン」

「最後に見たのは貴様ではないのか、ワース」

 

 コツン、返すようにワースは女王(クイーン)僧正(ビショップ)を刈り取った。これはチェスと呼ばれるボードゲームの一種だ。

 ただの盤上の遊戯と侮るなかれ、このゲームに求められるのはひとえに与えられた軍を如何に駆使して相手を打ち破るか。

 

 故にワースは、暇さえあれば一人でチェスを打っていた。今日は偶然、相手が見つかっただけで。

 

「だなぁ、だが同時にネイヴュの()()共も、ダークストーンが去るのを見てんだよなぁ」

「尚の事急がねばならんな、奴らに先を越されるのは避けたい。既にライトストーンが、あの煩わしいガキの元にあるのだからな」

 

 駒を進める手に、苛立ちが見える。乱暴に叩きつけられた黒の女王がワースの持ち駒である白の女王を倒す。

 

「ほほぉ、あのガキがねェ……ならちょいと、英雄に相応しいか俺が査定(みて)やっか」

「今度は仕留めろ、ライトストーンの保護も同時に命じる」

「はいはい、グライド様は人使いが荒くてたまらんねぇ」

 

 冗談めかして言いつつ、ワースが動かしたのは白の兵士。最奥へ進んだ兵士(ポーン)が女王へと昇格(プロモーション)する。

 それから何手か差し合い、形成は逆転する。最初にクイーンを取られたワースが不利だったが、プロモーションで再度クイーンを得て盛り返したのだ。

 

「ほい、チェックメイト」

「……くだらん」

「物の扱いは、俺の方が上手ぇってわけだ」

 

 カカカ、と陽気に笑うワース。それに対して仏頂面で心底面白くないといった顔のグライド。

 実際のところ、部下を畏怖で操るのがグライドだとするなら、ワースは能力で操っている。極端な話、人望と言ってしまってもいい。

 

 ミスを犯せば自分たちの命がない、それに比べワースの下でならきちんと挽回するチャンスが巡ってくる。

 故に部下の行動意欲は僅かにワース班が勝っている。しかしグライド班はその与えられた一度のチャンスをものにするという覚悟と気迫がある。それはワース班の人員には足りない意識である。

 

「ああ、そう言や今度あるレニアシティの復興祭。そこでアイツはゼラオラのリライブを企んでるらしいな」

 

 タバコに火をつけながらワースが呟いた。グライドが煙たがり、不快感を顕にする。しかし構わず吸い続けるワース。

 

「丁度いい、隠密班を動かせ。あのガキからライトストーンを奪還するのだ」

「焦んなよグライド、まずは査定からだ。あのガキにはまだ利用価値がある。"キセキシンカ"を起こせる貴重な人材だ、違うか?」

「我らの仇敵である以上、貴重であろうと処分が妥当だ。少なくとも私はそう考えている」

 

 

「──だが、()()はそう考えてないぜ?」

 

 

 瞬間、突き出された拳をワースは顔の目の前で受け止めた。グライドは顔色一つ変えずにワースを攻撃したのだ。

 

「口を慎め、ワース。あの御方のご意向など貴様に言われずとも分かっている」

「だが手を出すってことは、お前は、お前の言う、あの御方の、ご意向に背いてでも、あのオレンジ色のガキを始末した方が良いと思ってんだろ? それは背信じゃあねえのか?」

「ほざけ、もはや議論の余地はない。早々に去れ、二度はない」

 

 はいはい、とひらひら手を降って退室しようとするワース。しかしそれを見てグライドがワースを呼び止めた。

 

「去れっつったり、待てっつったり、俺ぁお前のイヌじゃねえぞ」

「この戦いは、盤上のものと変わらん。貴様の得意な、チェスとな」

 

 その含みのある物言いに、ワースは手をひらひらと振って部屋を後にする。

 殆ど吸い終わり、小さくなったタバコを道端に捨てていく。頭の中にはグライドが放った言葉が反復していた。

 

「……ロアでも弄って憂さァ晴らすか」

 

 呟きながら、ワースはペガスシティ庁舎『ソムニウム・ライン』を背に歩き出した。

 

 


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