ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSサーナイト 白陽と黒陰

 夜空を翔け、テルス山から17番道路に沿って飛んでいると見えてくる街がある。

 それはルシエシティと呼ばれる、ラフエル地方でポケモントレーナーが訪れる最後の街だった。

 

 ラジエスシティが首都と呼ばれ、ビル街が立ち並ぶ都会とするならばルシエシティは街そのものが遺跡のような風情がある。

 面白いくらいにコンクリート造りの建物と、石造りの建物で街が二分化されるほどだ。伝統の趣がある、古の都と呼ぶのが正しいだろうか。

 

 コスモスさんと彼女を乗せたカイリューが降下を始めたのに合わせ、俺とウォーグルもまた高度を下げた。

 石畳の上に着陸した二匹の背から降りてボールに戻すと、コスモスさんは振り返って小さく礼をする。

 

「ありがとうございました、ここまでで結構です」

「いや、最後まで送りますよ。じゃないと俺、ただ着いてきただけになっちゃいますからね」

 

 肩を竦めて言った、コスモスさんはというと少し夜空を見上げてから「それもそうですね」と思い直して歩き出した。

 そもそもテルス山からルシエシティまでポケモンでひとっ飛びとは言え、軽く一時間以上は掛かった。どうせならもう少し街を見てみたい。

 

 同時に、毎日ルシエからテルス山へと通い修業に付き合ってくれたコスモスさんに、俺は頭が下がる思いだった。

 ふと、空の旅から続く沈黙に耐えかね口を開こうとしたときだった。

 

「大事にされているんですね」

「はい?」

 

 唐突のことで、思わず呆けた声を出してしまった。コスモスさんは俺に視線を向けながら言った。

 

「コウヨウさんのことです、オーレからとなるとイッシュを経由しないとここには来れないですからね」

「あ、あー……いや、母さんは俺じゃなくて俺の幼馴染の様子を見に来たんですよ。俺はたぶんオマケです」

「そうでしょうか、私ならオマケのために大陸中飛び回ったりはしませんよ」

 

 そういうものだろうか、些か大事にされているという自覚がない。本当に大事にされているんだろうか、俺。

 ただ少なくともコスモスさんにはそう見えたらしい。母さんの話で思い出したことがある、俺はそれを聞いてみることにした。

 

「コスモスさんのお母さんはどういう人なんですか?」

 

 ちょっと不躾だったかな、と思わなくもなかった。だけどコスモスさんは指先を唇に当てて思案していた。

 

「そうですね、母は……母は……説明が難しいですね」

 

 コスモスさんが歩きながら頭を回転させる。それほど説明に困るような人間なのかと首を傾げているうちに、俺たちの目の前には大きな屋敷の門があった。

 その門扉をコスモスさんがなんの躊躇いもなく開けるのを見て、門扉の奥にある屋敷を見上げて俺は溜まりに溜まった息を吐いた。

 

「豪邸、じゃん……コスモスさんってもしかしなくてもお嬢様……?」

 

 その呟きが拾われることはなかった。思えば門番の一族なんて異名がついているくらいだ。ラフエル地方においてそれなりに名前の通った家のはずだよな。

 一応、これでコスモスさんを送り届けるという目的は達した。このままお暇して少しルシエシティを見て回るのも良さそうだけど……

 

「もしかしたらメイドさんとか、執事とかいたりすんのかな……」

 

 ちょっとした好奇心が湧いてきた俺はコスモスさんの後を追った。舗装された道を横断している最中、左右に配置された大きな噴水や、ずらりと並んだ植木なんかが目に入ってそもそも庭の広さに圧倒される。芝も誰かが丁寧に同じ高さで切り揃えられているのが分かる。

 

 豪華な明かりに照らされた玄関口に辿り着いた時、恐らく門扉を潜る前からずっと考えていたんだろうコスモスさんが口を開いた。

 その時、玄関がひとりでに開いた。シックな扉に似合わず自動扉なのかと思ったが違った。なぜなら向こう側に人がいて、その人がドアノブを握っていたからだ。

 

「すぅぅぅぅぅぅ……」

 

 その人に抱いた最初の印象は、白と金。所謂プラチナって言われるような優雅さだった。

 コスモスさんと同じ輝く銀髪を一つに纏めて身体の前に下げている。瞳の色もコスモスさんと同じアメジストで、ひと目で親子だと分かる。

 

 大人になったコスモスさんはこんな風になるのかな、って思わせるくらいにはそっくりだった。ただ一つだけ似ても似つかない部分があるとすれば……ボンッ、ってところか。口にしたら多分殺されるから言わないが、ボンッ。

 

「おかえりいいいいいいいいいコスモスちゃぁぁぁぁあああああん!! 会いたかった! 会いたくて会いたくて帰ってきちゃった!!!」

 

 そのお姉さんは深い息を吸い込んだかと思うと怒涛の勢いで捲し立てながらコスモスさんに向かって飛びかかった。抱きつく瞬間、ボンッがボボンッってなるのを俺は見逃さなかった、デカい。

 コスモスちゃんコスモスちゃんとうわ言のように呟きながら匂いを堪能しているお姉さんにコスモスさんはやや困ったように眉を寄せた。

 

「……説明の手間が省けました、こういう人です」

「なるほど、大変よく分かりました……って、えぇ!? これがお母さん!? てっきりお姉さんかと……」

 

 マジかよ……門番の一族すごいな、親子揃って美少女とは。

 どれだけコスモスさんのお母さんがコスモスさんの胸に顔を埋めていたか、見かねたのか屋敷の中から長身の男性が現れコスモスさんのお母さんを諌める。

 

「奥様、それほどになさっては」

「んもう、ブロンソったら。もう少しくらいコスモスちゃん成分を摂取させてほしいわ、ぷんぷん」

「ですが、お客人の前でございます。お嬢様も困惑しております故、ご自制なさってください」

 

 ブロンソ、そう呼ばれた初老の執事がそう言うとコスモスさんのお母さんは渋々コスモスさんから離れると、首だけを動かして俺の方へ視線を向けた。

 すると彼女は顔をパアッと明るくしてこっちに詰め寄ってきた。

 

「まぁ! まぁまぁ! コスモスちゃんのお友達かし……ら……?」

 

 手を合わせてウキウキだったのは最初のうちだけだった。コスモスさんのお母さんはジッと俺を見上げている。ずっと目を合わせていると、その深い紫紺の瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥った。

 

「貴方の目、友達にそっくり……」

「みんなダイって呼びますけど……コウヨウの息子です」

「あらー! コウちゃんの子供! えっ、それがどうしてコスモスちゃんと一緒に? どうしてどうして?」

 

 さらにグイグイ来るコスモスさんのお母さん。たまらず後ろに後退すると見かねたコスモスさんが助け舟を出してくれた。

 

「訳あって彼にポケモンバトルの手解きをしてるんです、弟子です」

「で、弟子です……?」

 

 弟子らしい。まぁ確かにここまで毎日付き合ってもらったらコスモスさんも師匠みたいなものだけど……

 その説明で納得してくれたらしく、コスモスさんのお母さんは頬に手を当てて微笑んだ。

 

「偶然って怖いわね~! 友達の子供が、私の子供と知り合いだったなんて!」

「俺たちは俺たちで、知らないところで母さん同士が友達だったことに驚きましたけどね」

 

 コスモスさんと頷き合う。本当つくづく、偶然って怖い。苦笑いしているとコスモスさんのお母さんが改めて正面に入ってくる。

 

「改めまして、ヒメヨです。こう見えてもルシエジムの先代ジムリーダーなんだから!」

 

 お母さん──ヒメヨさんが「むんっ」と聞こえてきそうな可愛らしいポーズを取る。本当、コスモスさんのお姉さんにしか見えない。

 せっかく自己紹介してもらったしもう一度名乗るか、と俺が考えていた時だった。ヒメヨさんがニコニコしたまま一歩前に出てくる。

 

「ダイくん」

「はい?」

「うふふ~」

 

 撫で撫で。

 

「あの……」

「ふふ」

 

 撫で撫で。

 

「ちょっと……これは」

 

 なんで俺、初対面の人に頭を撫でられているんだろう。だけどヒメヨさんの手、ひんやりしててちょっと気持ち良いから困る。

 だけどさすがに恥ずかしいのでコスモスさんに視線で助けを求めた。

 

「こういう人なので、諦めてください」

 

 いや助けてくださいよ、アンタ娘でしょ。

 だけど、コスモスさんが抱きつかれて困っていた理由がなんとなくわかった。

 

 逃げられないんだ。ヒメヨさんの可愛がりからは、誰も。

 

 

 

 

 

「眠れねぇ……」

 

 目がギンギンに冴えてしまっている。というのも、なぜか俺は豪邸の空いている客室の俺が四人は寝れそうなほど巨大なベッドに横になっていた。

 あれからヒメヨさんとコスモスさんが厚意で夕飯を食べさせてくれた。長テーブルに着いて食う高級ホテルばりの夕食は俺の貧困な語彙では言い表せないほど美味かった。

 

 さて帰るか、とウォーグルを呼び出したのも束の間。もう遅いから今日は泊まっていけとヒメヨさんに言われてしまい、今に至る。

 断れば良かったかな、と思いながらもクタクタで満腹な中空を飛んで帰って事故に遭ったら面白くない。俺はヒメヨさんのご厚意に甘えることにした、決して屈したわけではない。

 

 ここ最近は毎日寝る前に手持ちのポケモンたちとコンビネーションや立ち回りの確認なんかをしていたけど、今俺の手持ちはメタモンを除いてメイドさんたちに毛繕いをしてもらっていて手元にいない。

 手持ち無沙汰なのと、緊張で喉が渇いたのもあって俺は水を貰いに行くことにした。しかしここで問題が発生する。

 

「キッチンってどこだ……?」

 

 あんまりウロウロしまわるのも悪いかな、とは思うもののメイドさんとかブロンソさんに発見してもらうのを待つのもアホらしい。

 とりあえずロビーまで戻ってくるもやはり誰もいない。水回りがだいたい一階にあるという常識が果たしてこの豪邸に通用するかも怪しくなってきた。

 

 廊下を彷徨って、十分くらい経ったところで少しだけ開いた扉から明かりが漏れているのがわかった。誰かいるのか、そう思って少し覗いてみた。

 部屋の中はアトリエみたいになっていて、たくさんのイーゼルがキャンバスを置かれる時を待っているようだった。そしてその画架たちの真ん中に彼女はいた。

 

「コスモスさん」

 

 普段の黒いゴシック調のブラウスとは代わり、一般的な動きやすい普段着の上にエプロンを掛けた格好だった。しかしそれでも、普段の優雅さは変わらない。

 彼女は唯一キャンバスを抱えるイーゼルの前に立ち、パレットにぶちまけた色を筆に乗せて白地に走らせていた。

 

 絵を描く人なのか。そう言えばルシエに来る前にコスモスさんが言っていた気がする、俺の"色"がどうこうって。

 芸術ごとに明るい人だからこその表現なんだろうな。ソラとはまた違うベクトルで、不思議ちゃんなんだろう。

 

 呟いたのが聞こえたのか、コスモスさんが振り返った。顔を拭った際に付着したらしい絵の具が、頬や鼻の頭を汚していた。

 

「どうしたんですか? こんな夜更けに」

「ちょっと喉が渇いて、水を貰おうとしたんですけど……」

「なるほど、迷子ですか」

 

 迷子て、まぁその通りではあるんだけど。コスモスさんはパレットを置いてエプロンを外すと部屋の外へ出てくる。

 

「案内します。下手に動かれて捜索隊を出すことになってもお互い困りますし」

「どんだけ広いんだこの屋敷……」

「冗談です。三十分も迷えば大体のところへは辿り着けますよ」

 

 いや三十分歩き回るだけでも十分凄いよ。改めて次元の違う人だな、と思い知る。

 コスモスさんの案内もあってキッチンには簡単に辿り着けた。コップ一杯の水を流し込むと、隣でコスモスさんも手と顔を軽く洗っていた。

 

 アトリエに戻る最中に少し気になったから聞いてみた。

 

「毎晩ああして絵を描いてるんですか?」

「いえ、さすがにそこまで頻繁ではないですよ。予てより描いていた物の仕上げをしていたんです」

 

 そりゃそうか。毎日長距離を飛んでから一日中ポケモンバトルで神経使って、帰ってから絵に没頭。流石にコスモスさんでも毎日こなすほどタフじゃない。

 アトリエの扉を開いたところでコスモスさんが小さく「あっ」と声を上げた。

 

「せっかくです。貴方に見てもらいたい絵があります」

「俺に……?」

 

 そう言われてアトリエの中に足を踏み入れた瞬間。油絵の具や水彩絵の具のあらゆる匂いが漂ってきて、少し別の世界に迷い込んだ感覚に陥る。

 ここにある絵は全部コスモスさんが描いたのだろうか、とか、少しくらいヒメヨさんの絵があるんだろうか、とか考えを巡らせているうちにアトリエ奥のギャラリーに通される。

 

 そこから先はさらに別の世界だった。ずらりと等間隔で置かれた額縁とそれに飾られた絵たちが俺たちを出迎える。

 ありとあらゆる絵たちの中で、ひときわ大きな二つの絵画が目に入る。一つは白く、もう一つは黒を主に揃えられた絵だった。

 

 二つの内、俺は白い方の絵から目を離せなくなった。直感した、この絵は()()()の絵だと。

 

「"白陽と黒陰"。代々私の一族、"エイレム"家が守ってきたものです……伝説に名を連ねる二匹はこのような姿をしていたということなのでしょう」

 

 血が騒ぐ。胸が熱くなる。息が乱れる。絵画ですら、俺に相当なプレッシャーを与えてくる。

 いずれ、近いうち俺はあのドラゴンと肩を並べ、その背に乗って戦う時が来るんだと思うと、膝が笑ってしまう。

 

「……大丈夫ですか? さっきから汗が止まってませんが」

「へへ、ちょっとプレッシャーがすごくて……そんなにやばい顔してますか、俺」

 

 コスモスさんは無言で頷いた。確かに、額に冷や汗が浮かんでいる。今更ながらに、俺がバッグの中に入れている物(ライトストーン)がとんでもない代物であることを思い知らされる。

 俺が汗を拭っていると、コスモスさんが一歩前に出て絵画の額縁をなぞりながら言った。

 

「本当なら、龍を司る者として私や母が矢面に立ち、戦わねばならないのでしょう。事実、代われるのなら代わって差し上げたいです。かの龍と肩を並べるということは栄誉であると同時にとてつもない重圧であると、今の貴方を見れば分かります。一介のトレーナーである……ましてや異邦の生まれである貴方に、こんな責任を押し付けたくはなかった」

 

 クールな人だと思っていた。けれど、当然人並みに人を気遣い思いやる心を持っていて。

 憂いを秘めたその横顔から、なぜか目が離せなくて。

 

 彼女の思いやりに対して感謝を浮かべても、それを置き去りにするような感慨が自己主張をする。

 

「俺は平気ですよ、多分。そりゃ確かに、俺はそこまで強いヤツじゃないし、ちょっとしたことで戸惑うけど」

 

 コスモスさんが振り返る。二つのアメジストに俺が映って、揺れている。

 

「……やっぱり、私は貴方に謝らなければならないことがあります」

「そんな、謝ってもらう必要なんて」

「いいえ……この際なので言ってしまうと、私は貴方に隠し事をしている。これを話さずに、貴方から今の言葉を引き出してしまった」

 

 握り締めた手を彼女は胸の前に抱えて、同じくらいの強さで唇をキュッと噛み締めた。

 それからアトリエを出て、俺の借りている客室の前で別れる時にコスモスさんは言った。

 

「あと、二週間……二週間、私に時間をください。十四日間、今度はドラゴンタイプ等括り無しに、貴方の全てをぶつけてもらいます」

 

 それだけ言い残して、コスモスさんは再びアトリエへと戻っていった。

 レニアシティの復興祭。その日が来れば、俺たちは再びレニアシティへ戻ってそこからまた旅が始まる。

 

 その時までに、コスモスさんは俺に何かをさせようとしている。隠し事という言い方をしていたけど、恐らくは言えない事情があるに違いない。

 ひとまずは彼女を、一月ばかりの師を信じようと思う。それが今の俺に出来る最大だろう。

 

 難しいことを考えていたら、瞼が重くなってきた。相変わらず大きなベッドに飛び込んで、瞼を閉じると柔らかい闇の感触に埋もれていくように意識を手放した。

 しかしふわふわとした浮遊感を感じて、思わず意識を手繰り寄せると真っ暗闇の空間に俺とライトストーンだけが浮かんでいた。

 

「二週間、だんまり決め込んでどうしたよ」

 

『そう言われると痛いな。だけどまぁ、あまりにも頑張っているから水を差すのも悪いと思ってね』

 

 暗黒の空間の中にポツリと浮かぶライトストーンが淡い明滅を繰り返して発生する。中性的なその声は雄とも雌とも取れない不思議な声音で、話をする度なんだかモヤモヤする。

 

『最初に君の意識にアクセスした時、もう一つその場にいた宝玉を覚えているかい?』

 

 最初に会った時、ペガスシティの拘置所でのことか。やっぱりあれは夢でもなんでもなく、ライトストーンの方から俺の頭に入ってきたらしい。

 ハッキリとは覚えていないけど、もちろん存在自体は感じていた。真っ白の空間に浮かぶ一つの黒宝玉。

 

「ダークストーン、ゼクロムって言ったよな」

『そう、気をつけた方が良いよ。()()()はもう、目覚めてもおかしくない状況にいる』

 

 その言葉に俺は微かな引っかかりを覚えた。というのも、ゼクロムが目覚めることは警戒しなければならないことだ、という含みを感じたからだ。

 俺の疑問を察知したのか、ライトストーンは惜しげもなく言った。

 

『ダークストーンは今、バラル団の手にある』

「それ、なんでもっと早く言わなかったんだ。少なくとも二週間前に言ってくれりゃあ、アストンやアシュリーさんに伝えることだって……」

『だから悪いと思ってるさ。だけど君、相手に先んじて手を打たれたと知れば、当然焦るだろう? その焦りは、僕と共に戦う上では命取りになる』

 

 逆を返せば、今の俺になら教えても大丈夫だと思ったってことか。そういうことなら、悪い気はしないけど……それでもやっぱり早く知りたい情報だった。

 

「俺はどうしたらいいんだ? どうすればお前と一緒に戦える?」

『必要なのは、"真実"を知った上でそれを受け入れる覚悟だけだよ。そしてその真実とは、"メティオの塔"にある』

「メティオの塔……?」

 

 それはこの短期間で何度か名を聞いた場所だった。確か、最初に聞いたのはユオンシティでのジムリーダー会議に同席した時だ。コスモスさんはレニアシティでの戦いの時、ここで予言を聞いてきたと言っていたけど……そこまで考えて、一つの可能性が浮上した。

 

「コスモスさんが言っていた隠し事って、その予言のことか……?」

『恐らくはそうだろうね。まだ君に語っていない部分がある、という意味じゃないかな』

 

 俺が一人で納得していると、ライトストーンが俺に近づいて言った。

 

『隠し事をされていたのに、君は怒らないのかい?』

「彼女の気遣いに気付いているからかな。じゃなきゃ、隠し事をしているなんて堂々と言わない」

『なるほどね。僕もそうすればよかったのか、ヒトから学ぶことはまだまだ多いね』

 

 そういう言い方をするライトストーンを見て、そう言えば人語を話しているけどポケモンなんだな、ということを思い出した。

 ラフエル英雄譚に名を連ねる、伝説のポケモン"レシラム"。それがこいつの本当の姿で、あの絵画に描かれた白く美しいドラゴンポケモン。

 

「どんなヤツだったんだ、ラフエルって?」

『彼かい? どんなヤツかと聞かれると答えに困るけど……強いて言うなら、後世の君たちが英雄と呼ぶに相応しい男だったよ。それでいて、王であるにも関わらず驕らないところも美徳だった』

 

 伝説のポケモンが語る英雄の長所は、やっぱり相応の説得力があって。俺が流れでしか聞いてこなかった御伽噺はこれ以上ない真実であると突きつけられる。

 ふとカエンがラフエルに憧れているって言っていたことを思い出す。あいつにとっても、自慢のご先祖様だろう。

 

 正直、言ってしまえばまだ現実味が無いというのが本音だ。俺みたいなヤツに伝説のポケモンが目をかけてくれる理由がわからないというのも大きい。だけどこいつ──レシラムは、俺を生き返らせてまでさせたい何かが待っていて、それが俺の避けられない真実なんだとしたら。

 

「覚悟決めなくちゃあいけないってことだよな」

 

 一人ごちて、精神を落ち着ける。まるで微睡みに溶けるように、意識が酩酊していく。ライトストーンの輪郭が暈けて闇に消えていく。

 そうして海中から顔を出すように意識が引っ張られ、目が覚めた時にはもう窓の外は白い太陽が顔を出していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ペガスシティとは、守護の化身たるPGの本部があると同時に遊興の街である。

 昼間は遊園地などのアミューズメント施設が人を集め、夜はネオンに照らされたカジノが大人たちを魅了する。

 

 今宵もまた街一番のカジノ『Raphel’s Ark』では、勝負師たちが集い手持ちのチップを賭けた極限の戦いに挑んでいた。

 四人がテーブルに付き、ディーラーによって全員にカードが配られる。五枚のカードがいわゆる最初の手。

 

「ベット」

 

 ディーラーの左手に位置する男がチップを提示、ゲームを宣言する。それに対し親から見て二人目が「コール」を宣言、ゲームへ参加を表明する。

 このテーブルについた四人はかなり強気らしく、全員が手札を見て即座にコールないしレイズを行った。

 

 既にラウンドは十ゲーム目、お互いに勝負勘が研ぎ澄まされ相手のことも分析し終えているラストゲーム。

 そんな中、親の右隣に位置する柔和な笑みを浮かべた男はカードの上縁をそっと撫で、来たるべき自分の番を待つ。彼の後ろにはこの街ひいては地方すべてを守護するPGの職員がプレイヤーと同じく、無表情でゲームを眺めている。正義の象徴の前では誰もイカサマなど出来るはずもない。

 

 各々がより強い役を手札に呼び込むべく、カードを伏せて出し同じ枚数だけドローする。

 それに対し、柔和な笑みの男はトントンとカードでテーブルを叩いてどうしようか悩んでいるという旨を顔に出す。

 

 どう見ても、それは歴戦の勝負師相手にとっては悪手と言わざるを得なかった。最終ゲームで出したうっかりは高くつくと相場が決まっているもの。まずワンペアからツーペアは持っていると見て間違いない。しかし数字が心もとない場合、ゲームを続行するリスクが高すぎる。

 

 今までポーカーフェイスを崩さす、堅実な手でチップを抱えてきた柔和な笑みの男がここに来て迷いを出した。

 他の三人は自身の手札を確認し、ほくそ笑む。ゲーム開始時点で結構なチップを投入したが、リターンは見込めると自身があるからだろう。

 

 結局、柔和な笑みの男は一枚だけ捨て、同じ枚数をドローするだけに終わった。

 

「市長、そろそろお時間ですので」

 

 後ろに立つPGの一人が声をかける。彼とその隣に立つ女性は、それぞれがタイプの違うブロンドの髪を靡かせカジノ特有の綺羅びやかなライトを受けて、黄金の光を周囲に振りまいている。他卓のディーラーであるバニーガールや勝負師たちはその二人の見目麗しさに好奇の視線を送っている。

 

「ふむ、では……ベットかな」

 

 それは他の勝負師たちが目を向いた。自分の手に自身がないのならこの時点でフォールドを選ぶこともできる。焼け石に水レベルだが掛け金が釣り上がるのを阻止することも可能ではある。もちろん最終ゲームゆえ、欲が出て突っ張ったとも取れる。だから勝負師たちは長年の勘に賭けて、市長と呼ばれた柔和な笑みの男の行動を後者のものであるとした。

 

 他の三人がコールを宣言。しかし三人目の男は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「レイズだ、どうするよ市長さんとやら」

 

 掛け金に対し、追加でチップを出して後手のプレイヤーである、"市長"に対し揺さぶりをかけてきたのだ。

 だが、それを待っていたとばかりに市長は微笑み、言い放った。

 

「こちらもレイズを、この場合リレイズと宣言するのが正しかったかな?」

 

 まるで初心者のような立ち振舞に、逆に勝負師たちが揺さぶりをかけられてしまう。彼の手が弱い役ならば、ここで掛け金をさらにレイズしてくるなど普通ありえない。だが、既にコールないしレイズを宣言してしまった勝負師たちは降りることが出来ない。

 

 出来るのは、市長のリレイズをただのハッタリと取って自滅覚悟でさらにコールするか、このままショーダウンを待つかだ。

 勝負師たちは存外利口だった。というのも彼ら自身、手札に絶対と呼べる自信が無かったというところも大きい。

 

 ショーダウン、それぞれが手札を開示する。

 

 ツーペア、スリーカード、スリーカード。さすがはペガスで名を馳せる勝負師、きちんと最後にそれなりのポーカーハンドを用意していた。

 対する市長は勝負に興味を無くしたようにカードをテーブルの上へと落とした。パラパラと舞い落ちるカードは全てがその役を証明するように、表向きで落ちた。

 

 否、それは彼がいつの間にか従えていたほうようポケモン"サーナイト"が念力でそう落としただけだった。とどのつまり、共に鎬を削りあった猛者への最後の気遣いだったと言える。

 

 

「フラッシュ……」

 

 

 スートが同じカードが五枚。数字まで揃える必要は無いため、比較的揃えやすい手ではあると言える。

 だが勝負師たちは気づく。市長と呼ばれた男が交換したカードはたった一枚。それが違うスートだった場合、役無しが決定する。

 

 たった一枚、だがそのたった一枚のために勝負に出たのだ。並大抵の勝負度胸ではない。自分がその立ち位置だったらポーカーフェイスを崩さずいられるだろうか、考えるだけで冷や汗が出た。

 

「ありがとう、非常に緊張感のある勝負だった。アストンくん、私が手に入れたチップは六人計算で分けてくれたまえ」

「では、残り三人分のチップはどう致しますか?」

「ネイヴュシティの被災者とポケモンたちの援助に充ててくれ」

「了解いたしました」

 

 市長と呼ばれた男は近くに立たせていたPGの青年──アストンにそう言うと気障な中折ハットを胸の前で掲げて一礼、側にいた女性PG──アシュリーを従えてカジノを後にした。勝負師たちに言いつけどおりの配分でチップを渡すと、アストンが残りのチップをアタッシュケースに積めキャッシャーへ向かおうとしたところ、勝負師の一人がアストンを引き止めた。

 

「あんたのこと知ってるぜ。旭日の騎士さんだろう? 雪解けの日に活躍したっていう」

「そう呼ばれることもあります。どうぞアストンとお呼びください、ミスター」

「噂によればマスターボール勲章だって持ってると来た。勲章つきのハイパーボールクラスが、なんだって市長のお守りなんかしてるんだ?」

 

 マスターボール勲章とは、優れた実績を上げたPG職員に送られる勲章のようなものでそれは階級章とは別に送られるものだ。

 雪解けの日、決起したバラル団と脱獄し暴れまわる犯罪者の集団を相手に一夜戦い続け、朝を迎えてもなお手持ちを保った状態で終戦を迎えた彼の背を見た者が口々に彼を"旭日の騎士"と呼ぶようになったのだ。

 

 問われるとアストンは少し困ったように眉を寄せ、苦笑いを浮かべながら言った。

 

「市長はああ見えて、遊び好きの祭り好きです。今日も遊びたくなったから、と供を頼まれただけですよ」

 

 尤も、その祭り好きが転じてこの遊興の街を作り出し、夜にも消えない光を生み出しているのだ。

 アストンは勝負師たちに一礼し、キャッシャーで手早く換金を済ませると外で待つ車に駆け寄った。

 

「アストンくん、今日は楽しめたかな?」

「はい、お心遣いに感謝致します市長」

「ハハッ、お硬いなキミたちは。いつもそうでは肩が凝るだろう、私の前でくらいリラックスしたまえよ」

 

 笑顔で言われるとそうせざるを得ない。アストンとアシュリーは顔を見合わせ、深く呼吸をして車の窓を再度覗き込んだ。

 

「アシュリー嬢、今宵は供をありがとう。勝負の女神が傍らにいては、イカサマと言われてしまわないかヒヤヒヤしたものさ」

「御冗談を、市長」

「冗談ではないさ。また次も頼むとしようかな」

 

 ハハハ、と快活に笑う市長に対しアシュリーは苦笑いを隠せていなかった。アストンがフォローに入ろうと話題をすり替えた。

 

「そういえば、数週間後にレニアで行われる復興祭。市長は顔を出すおつもりで?」

「もちろん、支援金もペガスシティ(うちの街)から出ているからね。物見程度に見物に行くつもりさ」

「さすがは祭り好きのフリック市長、では当日はより多くのSPを手配いたしましょう」

「もう、仕事の話はよさないか。だがそうだな……当日はよろしく頼むよ、おまわりさん」

 

 最後にもう一度今夜の礼を言ってフリック市長は車を走らせた。敬礼で見送るアストンとアシュリー、やがて車が曲がり角の先に消えるとアシュリーは深い溜め息を吐いた。

 

「疲れたかい?」

「あぁ、どうも賭け事は好かん。私の顔色で市長の手が読まれたらと思うと、気が気でなかった。次の機会など冗談じゃない」

 

 なるほど、勝利の女神は思いの外努力家であったらしい、とアストンは一人頭に思い浮かべるに留めた。口にすれば茶化すな、と怒られるとわかっていたからだ。

 

「次は遊園地くらいにしてほしいものだね」

「ふっ、確かにな」

 

 などと言いながら、アストンとアシュリーも警邏がてらに夜の街を歩いていく。

 カジノ『Raphel's Ark』からは少し歩かなければPGの本部には辿り着かない。アストンとアシュリーも今では本部の中に自身のオフィスを持っているため、最近は家に戻るよりはオフィスでの寝泊まりが通例となっていた。

 

「それよりも、どう思うアストン。バラル団の動向についてだ」

「……先日の戦いの後で、ユキナリ特務が極秘裏に接触してきたときは驚いたね」

 

 レニアシティでの戦いの後、警察病院に入院を余儀なくされたアストンの元のやってきたユキナリが本部ではなくアストン自身を信じて報告してきた情報が一つだけあるのだ。

 

「伝説の名を連ねる、ダークストーンがバラル団の手にある……」

「特務はなぜ、本部に直接報告をしなかったんだ? なぜ私達だけに極秘裏で接触してきた?」

「わからない。ただ雪解けの日を堺に、ネイヴュ支部と本部の間に溝のような距離感を感じるよ。恐らくは、それが原因かもしれないね」

 

 それはアストンが幼少より磨き上げてきた、正義を代弁する者としての直感だった。

 だからこそユキナリは同じ戦場を駆け、かつ近日中に場所こそ違えど肩を並べて戦った同士にこの秘密を打ち明けたのだろう。

 

「そして、黒宝玉と対をなす白宝玉は……」

「今、ダイくんの手の中にある。とすれば、ボクたちがするべきことは一つだ」

 

 アストンの言葉に、アシュリーは静かに頷いた。

 彼ら二人を見守っていた夜空の星たちは、朝になるにつれ姿を消していく。

 

 そして、一日。また一日と時間は、確実に過ぎていく。

 

 確実に、訪れるその時を、待っている。

 

 




取説前にヒメヨママをお借りしました、なんか違うところあったらすまんち。


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