ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSガブリアス 憧れ

「なんで、って可愛い義娘に会うのに理由とかいらないでしょ?」

「俺はオマケかっつの……アイなら一緒にはいないよ、クシェルシティにいるはずだ」

 

 再会するなり、母さんが冗談めかして言った。だけど母さんがアイを、アイの両親以上に溺愛しているのは事実だ。

 実際、俺とアイが旅に出るって言った時も最初は猛反対された、アイだけが。何かあったら大変だと心配されたんだ、アイだけが。

 

 最終的に俺とアイは母さんの許可を経て旅に出たからこそ、今こうしているわけなのだが。

 

「知ってるわよ、なんならラフエル地方(ここ)に来てから真っ先に行ったわ」

「さいで、じゃあなんで俺のところにまで来たんだよ」

「そりゃあ決まってるじゃない。他所様に迷惑かけてないか確認に来るためよ」

 

 信頼されてなさすぎじゃない、俺? これじゃあ溜め息も出てこない。

 母さんはカエンを抱えたまま俺の隣にいるコスモスさんに歩み寄った。抱き心地でもいいんだろうか、カエンを離そうとしない。

 

「愚息がお世話になってます、母のコウヨウと申します」

 

 カエンを抱えたまま深々と頭を下げる母さん、絵面がシュールだな。対してコスモスさんは映画で見たことのあるスカートの端を摘み上げる礼を行う。すげぇ、初めて見た。

 しかし次の瞬間、母さんはようやくカエンから手を離したかと思うとコスモスさんをジロジロと全身くまなく見渡す。

 

「見るほどお母さんにそっくりね、"ヒメ"は元気?」

「母をご存知なのですか?」

「えぇ、彼女がまだジムリーダーになりたての頃からの付き合いよ」

 

 確か、コスモスさんの家は代々ルシエシティのジムリーダーを任されているんだったか。先代はコスモスさんのお母さんで、母さんはその人と知り合い……って! 

 

「母さん、今回が初めてのラフエル地方じゃないのか!?」

「言ったことなかったっけ? まだバトル山のエリアリーダーだった頃に何度か来たことがあったのよ」

「エリアリーダーって……つまり仕事サボって来てたのかよ!」

「失礼ね、息抜きと言ってほしいんだけど!」

 

 いやサボりだろ……というか昔からサボり魔だったのかよ。今はバトル山マスターなんて一番トップ任されてるんだからそれなりの対応はしてほしいんだけど、きっと言っても母さんは聞かないよな。

 この通り俺の母親、"コウヨウ・アルコヴァレーノ"は破天荒という言葉が服を着てポケモンバトルを仕掛けてくるような人だ。

 

 だけど同時に、密かに俺の目標でもあるんだ。だって、曲がりなりにも彼女は故郷オーレ地方の最強だから。

 だからこそ、真紅髪の女頭領(クリムゾンヘッド)の一人息子だからって過剰に期待されていた時期も、あったりしたけど。

 

「それで? 少しはやるようになったのかな? アタシのバカ息子は」

「見て腰抜かすなよ。これでもジムバッジ、四つは持ってるんだぜ!」

 

 俺は母さんにスマートバッジ、ピュリファイバッジ、オールドバッジ、ギルドバッジを見せる。ギルドバッジだけは、まだ正式なジム戦をしたわけじゃないんだけども。

 しかし母さんはというと、訝しげに俺のバッジをまじまじと眺めるときっぱり言った。

 

「アンタ、盗みはダメって子供の頃から教えてきたわよね」

「盗んでねーよ! もう少し息子を信用しろっつーの!」

「あのねぇ、"ヒオウギジム"でコテンパンにされたアンタがバッジ四個なんてゲットできるわけが無いでしょうに」

 

 こ、このバカ親言わせておけば……! 

 完全に頭にきてしまった俺は売り言葉に買い言葉、気づけばモンスターボールを母さんに突きつけていた。

 

「バトル、しようぜ。嘘じゃねえってことを証明してやる!」

「アタシとバトルするなら、九十九人抜き達成してから……けどまぁ、身内特権ってことで特別にボコボコにしてやるわ」

 

 決まりだ、今までの俺じゃあ勝負にならなかっただろうが今は違う。ラフエル地方に来てから、何度も退けない戦いを強いられてきた。そしてコスモスさんと毎日過酷な特訓を行ってんだ、ただでは絶対にやられない……! 

 

 その時だった。ポケーっと今まで話を見守っていたカエンが勢いよく手を上げながら言ってきた。

 

「はいはい! おれもダイにーちゃんとバトルしたい!」

「では私も」

「よし、じゃあ三人でボコボコにするわよ!」

「ちょっと待てや」

 

 まさかコスモスさんが乗ってくるとは思わなかった。流れが完全に三対一で俺をリンチする方向に向かっている。

 ただ冗談のつもりだったんだろう、コスモスさんは小さく上げていた手を下ろしながら提案した。

 

「それなら、"マルチバトル"は如何でしょうか。カエンくんとコウヨウさんが彼と戦うというのなら、私は彼と組みます」

「それでいーよ! うー燃えてきた! 頑張ろうねおかーさん!」

「うっ、おかーさん呼びで持病が……! 子供は可愛いなぁ!」

 

 はいはい、可愛げのない子供で悪うござんしたね。

 俺たちは二手に分かれて睨み合う。睨み合うというと語弊があるかも知れない、約一名とてもニコニコしている。母さんじゃないが確かに無邪気な子供(カエン)は可愛い。

 

 ちらりと俺は隣に視線を送る。コスモスさんはいつものように涼しい表情でトレーナーズサークルに立っていた、マルチバトルは自分一人にポケモン二匹のダブルバトルと違ってパートナーのポケモンとの相性はもちろん、互いのコンビネーションが物を言う。コスモスさんとはほぼ毎日朝から晩まで顔を見合わせて戦い合ってる、クセはある程度把握しあってるはずだ。

 

 対して、母さんとカエンのチームは見たところ即席も良いところのチーム、隙を突けば恐らく簡単に瓦解するに違いない。

 

「では、それぞれ一匹を手持ちから選出、先に戦えるポケモンがいなくなった方が負けの短期決戦(ブリッツ)ルールで」

「「「乗った!」」」

 

 コスモスさんの提案に俺たち三人が同調する。選出は一匹だけ、なら当然俺たちが呼ぶのはエースポケモンってことになる。ボールの中の相棒たちは誰を送り出すか、既に意思が決まっているようだった。俺は頷いて、カエン、母さん、コスモスさんと同時にボールをフィールドへリリースした。

 

 

「いっけー、リザードン!」

「行ってみよー、フシギバナ!」

 

「ガブリアス」

「ゴー、ジュカイン!」

 

 

 それぞれのポケモンが出揃う。カエンのポケモンは、シンジョウさんが使うのと同じリザードン。ただし、シンジョウさんのリザードンと違って、カエンのリザードンは"ようきな性格"。バトル好きというのが見ているだけで伝わってくる。フィールドインしたリザードンは雄叫びを上げて、対峙する二匹のポケモンと睨み合う。

 

 そして母さんのポケモンは手持ちの中で一番の切り札、フシギバナ。実際、母さんが数多くの挑戦者を退け続けてきたのは、彼女あってこそというところが大きい。

 生半可な攻撃を通さない防御力を持つ。加えて、俺のジュカインに対して有利のどくタイプを持つ。なんならカエンのリザードンと合わせて、この中で一番相性不利を背負っているのは俺たちと言えた。

 

 横目にコスモスさんの様子を伺う。ガブリアス、二週間の特訓中何度か戦ったことがある。俺たちが勝つには、ガブリアスをどうにか残して逆転の機会を狙うしか……

 

「いいや、それじゃダメだ」

 

 頬を打つ。最初から負け前提、足を引っ張る前提の思考はやめろ。実のところ、カエンがどれだけやれるかはわからない。十歳でジムリーダーを任されているくらいだ、相当の天才肌なのかもしれない。ふと思い出す、あれはラジエスシティで初めてカエンと会ったときのこと。

 

()()()()()()()()()()()()()()。レンタルポケモンたちと明確な意思疎通を行っていたのを覚えている。

 

 勿論俺たちだって自分のポケモンがやりたいことを、ニュアンスで捉えることは出来る。だけど、百まで伝わるわけではない。

 だけどカエンは、俺たち人間と話すのと同じようにポケモンと話が出来る。ポケモンがどう動きたいかを汲んで、作戦を立ててやれる。ポケモンバトルにおいて、そのアドバンテージは大きい。

 

「フシギバナ!」

 

「ッ、ジュカイン!」

 

 ふんわりと考え事をしている場合じゃなかった。先に動いたのは母さんだった。母さんの狙いはコスモスさんのガブリアス。だとするなら、恐らく初手は。

 

「【はっぱカッター】!」

「【マジカルリーフ】だ! 撃ち落とせ!」

 

 来た、母さんの常套手段。フシギバナが背中に背負った花の根本から出ている葉を撃ち出す。返すように、ジュカインが尻尾の葉を手裏剣のようにして撃ち出す。不思議な力の宿ったジュカインの葉が、ガブリアスに迫るフシギバナの葉を迎撃する。

 

「ま、そうよね。アンタは当然、そうすると思ってたわ!」

 

「ガブリアスはこっちの要だからな、やらせねぇっての!」

 

 葉っぱに【やどりぎのタネ】を乗せ、敢えて防御させることで体力を奪い続ける作戦だ。くさタイプに耐性のあるポケモンほどハマりやすいこの技は母さんが最初に繰り出してくることが多い。

 だけど貴重な攻撃のチャンスを迎撃に使ってしまった。だからこそ、カエンのリザードンは最初からジュカインを狙ってくる。

 

「【ほのおのパンチ】!」

 

「割ってください、ガブリアス」

 

 しかしこれはダブルバトルだ。ほのおタイプの技に耐性があるガブリアスが飛翔の勢いをプラスしたリザードンのパンチを受け止める。多少グラつくが、やっぱりそこはコスモスさんのポケモン。なんともないようだった。それだけじゃない、殴った側のリザードンが苦悶の表情を見せる。

 

「"さめはだ"! リザードン、いったん下がって!」

「【がんせきふうじ】で追撃」

 

 下がろうと再び翼を羽撃かせるリザードン目掛けて、ガブリアスが地面を切り裂いて作り上げた瓦礫を砲弾の如く撃ち出す。

 風を切る轟音を伴って迫る岩塊、リザードンは【かえんほうしゃ】で防ごうとするが岩塊の勢いは炎では止められない。

 

 だがリザードンに降り注ぎ、直撃する寸前の岩塊がスッパリと断ち切られてしまった。それはフシギバナが放った【つるのムチ】だった。凄まじい勢いで振るわれた蔓は岩塊をまるでバターを切り裂くように容易く両断した。真っ二つになった岩塊がリザードンを避けて落下する。

 

「【アイアンテール】!」

 

 ガブリアスに救われ、手の空いていたジュカインが飛び上がり残っていた岩塊をフシギバナに両断されるより先に尻尾で撃ち出し、それがリザードンの腹部へと直撃する。

 

「リザードン、大丈夫か!」

「【りゅうのはどう】だ、ジュカイン!」

「負けるか~! もう一度【かえんほうしゃ】!!」

 

 咆哮と共に、細長い龍の姿を模したエネルギーがジュカインの口から放たれる。それは意思を持っているようにジュカインの意のままに突き進みリザードンが放った灼熱と正面からぶつかった。

 エネルギーの塊同士がぶつかり合い、均衡する。だけど微かにジュカインの方が圧されているように見えたのはきっと間違いじゃない。

 

 だったら、攻め時だ! 

 

「【アクロバット】!」

 

 ジュカインはいち早く、波動攻撃を中断。当然押し止められていたリザードンの炎攻撃がジュカインへと迫る。しかしジュカインはそれを体勢を低くしたまま身体を捻って直撃コースを避けると一気に地面を蹴ってリザードンの懐へと飛び込む! 

 

「ドラゴン──」

 

 クロー、そう続けようとした瞬間ジュカインの身体が不自然な浮き方をする。見れば、コスモスさんのガブリアスと取っ組み合いを行っていたはずのフシギバナが()()()()()()()()()()()【つるのムチ】でジュカインの脚を拘束、そのまま持ち上げていたんだ。

 

「【パワーウィップ】」

 

 勢いよく振るわれたツル、そのまま持ち上げられていたジュカインが地面へと叩きつけられる。

 

「ジュカイン、平気か!」

「シャ……!?」

 

 立ち上がろうとしたジュカインが不意にツルで拘束されていた部分を抑えて膝を屈した。よく見ると、脚から紫色の斑点のようなものが全身に走っているのが見えた。

 間違いない、拘束の折にフシギバナが【どくどく】を使ったんだ。相変わらず一つの技に二つも三つも合わせ技を絡めてくる母さんらしい手だ。

 

「アンタから先にやっつけちゃおうかな! 【ベノムショック】!」

 

「ッ、まずい!」

 

 この技は、毒状態の時威力が倍になるという効果がある! 今のジュカインが喰らえば、ノックアウトは免れない! 

 毒素の波動がフシギバナの口から一気に放たれる。ジュカインは顔を顰めながらもギリギリのところで【かげぶんしん】を使って攻撃を回避した。

 

 だけど、ジュカインはどく状態などの状態異常を回復するための【リフレッシュ】のような技を持たない。

 一か八か、【ねむる】ことで毒をかき消すことは出来る。だけど、ジュカインが目覚めるまでの間ガブリアスは孤立する。いくら炎と草両方に耐性があって、コスモスさんのポケモンだからといって過信は出来ない。

 

 だけど、このまま毒を放置してもう一度【ベノムショック】を放たれたらどのみち終わりだ。

 

「ジュカイン! 眠って回復を────!?」

 

 身体を丸めて、ジュカインが眠ろうとする。が、ジュカインは目が冴えてしまっているのか、全く眠れる気配がなかった。

 

「なんで……まさか!」

 

「そのまさか、ジュカインには【なやみのタネ】を植え付けさせてもらったよ! 眠るに眠れないでしょ!」

 

 ポケモン図鑑でジュカインを見ると、確かに母さんの言う通り特性が"ふみん"に変えられている。このままでは眠ることは出来ない。

 だが、母さんは知らない。俺とジュカインには()()()()がある。

 

「コスモスさん、()()を使います! いいですね!」

「ダメです」

「いくぞ──ってえぇ!? ダメなんスか!?」

 

 コスモスさんに抗議の視線を送ると、彼女は腕で(バッテン)を作っていた、どうやらダメらしい。

 仕方がない、ダメならダメでまた別の策を試すだけだ! 俺は左手を前に突き出して意識を研ぎ澄ます。

 

 

「──突き進め(ゴーフォアード)、ジュカイン!」

 

 

 叫び、左腕のグローブリストのキーストーンが強い光を放つ。それがジュカインの持つメガストーンにも伝播し、より強い光を放つ。

 もうすぐ夜が訪れる、茜色の空に向かって伸びる巨大な一本の光の柱。コスモスさんとのトレーニングで、発動のコツは完全に掴んだ! 

 

 ただジュカインと、共に戦うポケモンと想いを同じくすれば"道"が俺たちの間に出来上がる。

 

「ッ、匂いが変わった……!」

 

 カエンと、それと母さんも感じ取ったらしい。そうだ、見て驚け。

 これが俺たちの、全力全開フルパワー!! 

 

 

「メガシンカ────メガジュカイン!!」

 

「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 進化の光、その中から飛び出したジュカイン改めメガジュカインが雄叫びを上げ、再誕する。そしてジュカインは今にも突っ込むという前傾姿勢を見せ、

 

 

「メガシンカして、【ねむる】!!」

 

「メガシンカして眠る!? アンタどんだけトンチキなのよ!!」

 

「こちとら大真面目だっつーの! ジュカイン、さっさと寝ろ!!」

 

 そう言うとジュカインはメガシンカしてすぐさま身体を丸め、今度こそ眠る。身体を蝕んでいた毒の斑点模様が消え去り、体力が回復する。

 メガシンカしたことで特性が"ふみん"から"ひらいしん"へと変わる。そうすれば、少なくとももう一度【なやみのタネ】を使われない限りは眠ることが出来るってことだ。

 

「コスモスさん! 少しの間、頼みます!」

「承りました。ガブリアス、【いわなだれ】です」

 

 さっき撃った【がんせきふうじ】よろしく、作り上げた巨大な岩の塊をガブリアスが敵陣目掛けて放り投げる。フシギバナはそれを【パワーウィップ】で、リザードンは飛翔してなんとか躱していた。

 フシギバナとリザードンが防戦一方になるだけ、ジュカインは安全に回復に専念できる。

 

「迂闊だったわ、まさかアンタがメガシンカまで出来るようになってるなんてね」

 

 母さんが頭を抑えてボヤく。溜め息まで吐かれる始末だ、見返してやろうと思ったけどまさかここまで露骨に見下げられていたとなると流石にショックがデカい。

 アーボックかハブネークか、頭から爪先まで吐き切るような長い溜め息の後、母さんはようやっと顔を上げた。

 

「フシギバナ、六分目くらいまで行くわよ」

 

「バナァ!」

 

 その光は唐突に爆発した。母さんの身体の一部、胸ポケットの部分が強い光を放つ。あれはもしかして、キーストーン!? 

 シンジョウさんが持っていたのと同じ、キーストーンが埋め込まれたカードだった。初めて見る、そもそも俺はラフエル地方に来るまでメガシンカの存在を知らなかった。

 

 だから、母さんがメガシンカを扱うなんて知りもしなかった……! 

 

 

「母は強し、いい言葉よね。尤も、アタシは最強なわけだけど!」

 

 

 ジュカインが放ったのと同じ進化の光から出てくるのはメガフシギバナ、背中に背負う花や葉っぱはさらに巨大化し、頭頂部にも大きな花が咲いた。

 身体も一回り巨大化し、防御数値が著しく上がっているのが見た目でわかる。事実、ポケモン図鑑が算出したデータはそう教えてくれた。

 

「う~! やっぱりかっこいいな、メガフシギバナ!」

 

 隣にいながら、カエンが跳ねながら言った。それに対し、ツルでカエンの頭を撫でるという器用さを撫でるフシギバナ。母さんのフシギバナ、確かメスだったよな……おばあちゃんみたいだ。

 

「どっちがいいかな、リザードン!」

 

「バァン!」

 

 それを受けて、カエンがリザードンと意思疎通を測る。アルバから聞いたが、カエンはサザンカさんの元でメガシンカを会得するための修業を行っているらしい。

 だとするなら当然このタイミングでメガシンカしてくるはずだ。メリット、デメリットが"XとY"どちらにも存在するが、この場で最適なメガリザードンは、恐らくY。

 

 特性"ひでり"でフシギバナをサポートしつつ、炎技の威力を上げてくる。メガシンカしたジュカインはほのおタイプにある程度の耐性を得たが、付け焼き刃と言ってもいい。

 

 

「──よぉし、こっちだ! 行くぞリザードン!」

 

 

 カエンは紐で繋がれた、そのままのキーストーンを指で摘んで空へ捧げるように掲げた。三度目の進化の光が、リザードンを包み込む。

 その光はやがて白から蒼炎となってリザードンの周りに纏わりついて、固形化する。

 

 かつて、一度破れたあの姿。黒翼と蒼炎の竜、"メガリザードンX"! 

 

「このタイミングで、メガリザードンX……なんでか、聞いてもいいか?」

 

 メガリザードンXになるということは即ち、こちら側二匹が得意とするドラゴンタイプを弱点に持つということ。それは当然俺たちも同じだけど、数の利がある以上リザードンの不利は免れない。

 だけどカエンは俺の問いに対し、なんの淀みもなく言ってのけた。

 

「ダイにーちゃんと本気でバトルしたいからだよ! 負けないからな!」

 

 主の闘志に呼応して、メガリザードンXが咆える。その雄叫びに、思わず空気だけじゃなく身体の芯まで揺さぶられた。

 それを受けて、ジュカインがバチリと開眼する。

 

「良いタイミングで目が覚めたな、相手は違うけど──リベンジだ」

 

 かつての敗北を覚えさせた一匹と、性格は違えど姿かたちは同じ。ジュカインは起き上がると前傾姿勢を保ち、いつでも飛び出せるように構えた。

 ちらりと横目にコスモスさんを伺う。聞いたことがある、ガブリアスもまたメガシンカを扱える種だって。だったら、コスモスさんも──

 

「私はこのままで構いません」

 

 らしい。相変わらず俺の意図を察して的確に言葉を投げてくる。そんなに読みやすいのか、俺の思考。

 互いにメガシンカを経て、流れが一度リセットされた。だけどやっぱり、対面のプレッシャーは半端ない。

 

 地元最強と、英雄の民。どっちも、なにかに選ばれた存在ってことだ。

 だけどそれは俺だって同じだ。足元に下げた鞄に視線を落とす。この中にいるヤツが、俺を選んだ。

 

 だったら、負けてられない。選ばれた理由が、俺にあるなら……! 

 

 

「ジュカイン、【ドラゴンクロー】!」

 

「【ドラゴンダイブ】だ、リザードン!」

 

「小手小手調べに【エナジーボール】!」

 

「躱して、【ダブルチョップ】です」

 

 

 それぞれの技が交差する。ジュカインは龍気の篭手を作り上げ、地面スレスレの低空ジャンプでリザードンへ突進する。それに対しリザードンは炎を身に纏いながら上から降り注ぐ形でぶつかり合う。

 隣ではフシギバナが放つ新緑の波動球、その連打が迫るも、それを俊敏に動いて回避し両腕の鰭鎌を振り上げるガブリアス。

 

 ジュカインの腕に宿った龍気が下からリザードンを切り裂く。だがそれを物ともせずにリザードンの突進がジュカインを撥ね飛ばす。

 やっぱり素の膂力なら、リザードンに分がある。さらに特性"かたいツメ"で物理攻撃力をさらに高めてくる以上、正面からのぶつかり合いは不利になるだけ……! 

 

 だけどそれは理屈だ、あいつらが本気でぶつかり合おうとしてるのにそれを受けないのは、ちょっと気が引ける! 

 

「もう一度【いわなだれ】です」

 

 その時だ、コスモスさんが起点を作ってくれた。ガブリアスが投げる大岩の数々が敵陣を襲う。その隙にジュカインを突進させる。

 リザードンが降り注ぐ大岩目掛けて【ドラゴンクロー】を放ち、真っ二つに両断する。

 

「いただき! 【ダブルチョップ】!」

 

 その後ろから、ジュカインが飛び出す。大岩から大岩へ飛び移り、リザードンを翻弄。そして、背後から奇襲の二撃(ダブルチョップ)を行う。

 二連撃が流石に応えたのか、リザードンが顔を顰めるが戦意は健在。

 

「捕まえて、【ちきゅうなげ】だー!」

 

 敢えて攻撃に喰らいつき、ジュカインを捕まえたリザードンがそのまま上昇し、諸共に地面へぶつかる大技。

 俺たちが奇襲で与えた二連撃よりも大きな固定ダメージがジュカインに叩きつけられる。だが只では転ばねえ! 

 

 リザードンは今、ジュカインを羽交い締めするようにして拘束している。だったら気づかれないはずだ、石を通じて俺の意思がジュカインへと伝わる。

 

 

「「【ギガドレイン】!!」」

 

 

 奇しくもそれは母さんと同じタイミングだった。ほのお・ドラゴンタイプになっている今のリザードンに通りは悪いが、拘束されている間はどのみち相手も逃げられない。

 フシギバナは器用に操ったツルをガブリアスに巻きつけ、そこから体力を奪っていた。今まで与えた微々たるダメージが即座に回復されてしまう。

 

「こちらも捕まえました、【つばめがえし】」

「っと、そういう狙いね!」

 

 しかしガブリアスもまた、敢えて相手のツルを受けることで確実にフシギバナが逃げられない状況を作り出し必殺の同時三連撃を繰り出した。

 図鑑によればメガフシギバナの特性は"あついしぼう"、花の子房と脂肪を掛けているのかはわからないがとにかく炎と氷、フシギバナの弱点をカバーする特性だ。

 

 だけどそれに遮られないのが、ひこうタイプの技。ガブリアスの高い攻撃力から放たれる三連撃がフシギバナに明確なダメージを与える。

 

「吸い付くすか、切り伏せるか。どっちが早いか!」

 

「えぇ、勝負です……!」

 

 ツルで拘束しながらの【ギガドレイン】、ガブリアスの【つばめがえし】に応戦するように放たれる【パワーウィップ】。

 どっちが先に決定打を与えるかという勝負、コスモスさんとガブリアスを信じる以外にない。

 

 そして俺たちは俺たちの戦いに決着をつけるだけだ。

 

 

「【きあい────」

 

「────パンチ】!!」

 

 

 リザードンとジュカイン、両者が裂帛の気合と共に、相手の腹目掛けて拳を突き出す。鈍い音が響き衝撃がこちらまで伝わってくる。

 ノックバックで互いによろけるが、復帰はジュカインの方が早かった。さっきの吸収攻撃(ギガドレイン)に合わせて撃たせておいた秘策が芽を出したらしい。

 

「そこだ、【りゅうのいぶき】!」

 

「負けるな、【りゅうのはどう】だー!」

 

 特殊攻撃なら、メガジュカインに分がある。正面から来る龍状のエネルギーを掻い潜り、紫色のブレスがリザードンの身体を焼き焦がす。

 その時、ジュカインを今にも呑もうとしていた龍状のエネルギーが一瞬で消滅する。これもまた、狙い通り。【りゅうのいぶき】が持つ、麻痺の追加効果が効いてきたんだ。

 

 これで素早さの差は明確、上からのしかかるだけだ! 

 

「【ドラゴンクロー】だ、決めろ!」

 

 再び龍気の篭手を召喚し、ジュカインがリザードンへと迫る。リザードンは身体が痺れて動けない。

 その一瞬が勝負の決め手になる。この勝負は貰った、とそう思ったときだった。

 

 目の前で、虹の光が弾けた。それは一瞬だったが、リザードンを包んでいた。

 リザードンはまるで最初から麻痺など負っていなかったように機敏な動きで同じように【ドラゴンクロー】を繰り出した。

 

 

 斬。

 

 

 二つの龍気の爪がぶつかり合い、両者が倒れる。間違いない、Reオーラだ。

 一瞬だけ、Reオーラがリザードンに作用して麻痺を回復させたんだ。

 

 カエンが意図してReオーラを呼び起こしたのかはわからない。だけど、やろうと思えば回復を継続させて体力を全快にすることも出来たはずだ。

 だから実質、この勝負は引き分けじゃなく俺の負けだ。悔しいけど、俺たちはまたリザードンに負けた。

 

 隣ではコスモスさんと母さんの戦いがまだ行われていた。ガブリアスは以前、凄まじい勢いでフシギバナへ猛攻を続けている。

 だがその一撃一撃を、フシギバナは器用にツルで受け止め、いなし、反撃している。

 

「思い出すなぁ、この木」

 

 母さんが懐かしげに呟く。それを受けて、フシギバナも「そうだね」と言わんばかりに頷いた。

 話では、母さんはずっと前にラフエル地方を訪れていたらしい。だからか、俺たちの後ろに聳え立つ巨大樹を見上げて呟いた。

 

フシギバナ(この子)とはね、このテルスの森林で出会ったんだ。当時はとてもやんちゃなフシギダネだったけれど」

 

 トレーナーとポケモン、必ず存在するその馴れ初め。母さんとそのエース、フシギバナの出会いはここにあったんだ。

 なんだかんだ、俺は母さんのことを知らなかったんだな、と思い知らされる。目標だなんだと見上げておきながら、その実どこかで目を逸らしていたのか。

 

「さすが、ヒメの子だね。当代の竜姫(デュメイ)は静謐にして苛烈。ポケモンも相当鍛えられている」

 

「真紅髪の女頭領にお褒めいただき、恐悦です」

 

「だけどね、息子が──愛すべきfanaticが見ている前で負けられないのが、アタシなんだな!」

 

 母さんがそう言った瞬間、その周りで黄色の光が弾けた。その光はフシギバナへ伝播し、その瞳を虹色に染め上げた。

 巨大な黄色い光の柱が空を穿つ。そしてフシギバナがその前足で地面を叩く。それは、目を覚ませという命令。

 

 何に対しての命令か、と問われればそれは自然に、と答えるほかない。

 大地を揺るがすのは()()()()。それがフシギバナを中心に地面から現れ、一気にガブリアスへと殺到する。

 

「ッ、【ドラゴンクロー】です」

 

「簡単だよ、この技を凌げればコスモスちゃんの勝ち。だけど押し通せば私の勝ち!」

 

 まるで目の前の巨大樹から根を借り受けているかのような光景だった。それほどまでに大きな木の根が幾本もガブリアスを襲う。

 

 一本目、ガブリアスの身体を正面から叩き潰そうと振り下ろされる。ガブリアスはそれを正面から切り裂く。

 

 二本目、それは横薙ぎに振るわれる。一本目の対処に追われていたガブリアスの横腹にそれが勢いよく叩きつけられる。ガブリアスが短い悲鳴を上げる。

 

 三本目、再び正面から、しかし今度は縦ではなく正面から定点攻撃として放たれる。ガブリアスがなんとか受け止めるが地面を抉りながら遥か後方へ後退させられる。

 

「凌いだ……!」

 

「いや、まだだ!!」

 

 これまでの三本は全てフェイク、本命はこの後にある。だが俺がそれを口にする前に、王手(チェック)が掛けられた。

 追加の三本がガブリアスの背後から現れ、それが獲物を上空へと突き上げた。計六本の巨大な根が矢の如く、逃げ場のないガブリアスへ襲いかかる。

 

 

 

「【草の究極技-ハードプラント-】!!」

 

 

 

それは母さんとフシギバナの切り札。これを真紅髪の女頭領に撃たせて、凌いだ相手を俺は他に知らない。

ましてや、それはメガシンカ無しですらそうだ。メガシンカ込みでこの技を放って、無事なポケモンが果たしているか。

 

世界広しと言えども、たとえ身内贔屓と取られようとも、ノーと答えるだろう。

 

巨大な根による蹂躙攻撃を空中で受け、落下するガブリアス。その身体が地面へとぶつかる前にコスモスさんはガブリアスをボールへと戻した。

これ以上はやるだけポケモンを傷つけるだけだと思ったんだろう。彼女なりのポケモンへの誠意が見えた気がした。

 

今までの爆音が嘘のように、静寂がフィールドを支配した。誰がどう声を掛けたものか、誰もが悩んでいたのだろう。

 

「くぅ~! 楽しかった! 世界にはまだまだ強い人がいっぱいいるんだなー!」

 

その中で、カエンだけが心底嬉しそうに飛び跳ねて喜びを顕にしていた。そうだな、確かに楽しかった。

母さんとポケモンバトルをするのはこれが初めてだ。直接戦ったわけじゃないし、負けはしたけど……楽しかったのは事実だ。

 

それに、また一つ目標が出来た。母さんとフシギバナの草の究極技(ハードプラント)、その技術を盗みたい。

きっと俺とジュカインにも出来るはずだ。あの技を目にした時、本能でわかった。ジュカインもそれを感じ取ったのだろう、戦いのダメージも忘れてただただフシギバナを観察していた。

 

「ナイスファイト! さっきも言ったけど、当代の竜姫は強豪だわ。こりゃ今年のポケモンリーグ進出は鬼門だね」

 

母さんがコスモスさんと握手を交わしながら言う。そうだ、ポケモンリーグに出場するにはいずれ、コスモスさんと戦って勝利しなくちゃならない。

数多の旅人の夢を打ち破る者として立ちはだかる。故に彼女の家系を、門番の一族と呼ぶらしい。

 

いずれ来る未来を想像して、俺の身体がブルっと震えた。恐怖か、武者震いかは判別出来そうになかった。出来れば後者であってほしいが。

 

「さて、じゃあそろそろ遅いし、アタシはカエンくんを送っていこうかしらね」

「あっ、そうだいっけねー! もうよるごはんの時間じゃん!」

 

カエンが頭を抱えだす。母さんは手っ取り早くリザードンを回復させると、カエンをその背中に乗せると自分もフワライドを呼び出して掴まった。

 

「タイヨウ、アンタもコスモスちゃんを送ってあげなさい。アンタより強いと言っても、夜中に女の子を一人で飛ばせるもんじゃないよ」

「わぁーってるよ、ウォーグル」

 

ボールからウォーグルを呼び出すと、母さんが首を傾げた。そして、そのもっともな疑問を口にした。

 

「アンタ、ペリッパーは?」

「アイツは……今、人に預けてる。サンビエタウンにある郵便屋のミツハルってやつに」

 

先にアイに会ってきたって言ってたけど、アイは言ってなかったんだな。母さんの疑問は当然だ。俺の旅立ちの一匹が、アイツなんだから。

俺が渋い顔をしてると、カエンとコスモスさんが「ペリッパー」と呟いて顔を上げた。

 

「もしかして、()()ペリッパーかな!」

「恐らくそうでしょう、確証はありませんが」

 

どうやら二人には思い当たる節があるのか、顔を見合わせている。どういうことか尋ねてみると、カエンがサンビエタウン方面を指差して言った。

 

「前の戦い、サンビエの方で起きてた山火事。その消火活動に協力してくれたポケモンの中にペリッパーがいたらしいんだ」

「有志のみずポケモンを率いて、素早く鎮火に貢献したそうですよ」

 

それを聞いて俺はと言うと、とてつもなく嬉しい気持ちになった。アイツはアイツの、優しいなりの戦いをしていたんだ。

だから置いてきたことは、あの夜流した涙は決して間違いじゃないと思ったから。

 

「なんか、額かゆいな。かくけど気にするなよみんな、別に泣いてねーからな」

 

見え見えの嘘だけど誰も咎めたり、冷やかしたりしない。心底ありがたいなって思った。

鼻を啜るのは一回に留めて、気持ちを切り替える。

 

「母さん、まだラフエルにいるならまたバトル教えて――」

 

「もう行ってしまいましたよ。ダイくんが背中を向けてる間に」

 

「はえーよ! 最後まで聞いとけバカ母さんー!!」

 

小さくなるリザードンとフワライドに向かって声を張り上げる。クソ、本当最後まで聞いてけよな……

テルス山に木霊する自分の叫び声を聞きながら、深い深い溜め息を吐く。

 

「ではルシエまで送っていただけますか」

 

そう言ってコスモスさんはカイリューの背に跨る。俺もウォーグルの背に乗って夜の空へと上がった。

最中で、母さんが口にしていたデュメイという言葉の意味や、コスモスさんのお母さんについて聞いてみることにした。

 

竜姫(デュメイ)というのは、ルシエシティジムを守る"エイレム家"の現当主を指す言葉らしい。

コスモスさんがそれを先代から引き継いだのはほんの数年前のことらしい。コスモスさんの年齢を考えると、今の俺よりも若い時にジムリーダーを引き継いだってことになる。

 

改めて、天才肌っていうのは怖いと思った。

 

「初めてあなたを見た時は、色を掴みかねていました」

 

ふと、夜風に混じりながらコスモスさんが言った。視線をよこさず、独り言のように。

 

「二度目に会った時は、あなたの中に強烈な蒼を見ました」

 

二週間のあの日、病院でソラのお見舞いに来たコスモスさんと出くわした時のことを思い出す。

色、というのがイマイチ掴めないが、身近に人を音で表現する不思議ちゃんと過ごしていたからか、ニュアンスは伝わってくる。

 

「だけど、今は違います」

 

その横顔は優しい笑みを携えていて、夜空と月明かりに照らされてひどく幻想的な絵画にすら見えた。

彼女の横顔を眺めていると、届かない月に手を伸ばしたくなるような、そんな無謀が頭をよぎる。

 

「その色をどうか、忘れないでほしいですね」

 

それだけ言い切ると、コスモスさんはカイリューを急かせた。彼女の長い銀髪が風に揺られて、淡い匂いを残していった。

 

 




よその子とうちの子を戦わせるのバリックソ難しいですね(今更)
コスモスさんのお母さん"ヒメヨ"さんとコウヨウさんに接点を作ってママ友にしてしまうって寸法よ。

公私ともに仲良くしてほしい。

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