ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSカイリュー 真紅髪の女頭領

 英雄の民、カエンの朝は早い。この頃は特に、先の戦いで住んでいたビルが倒壊してしまった人々の仮設住宅の設営を手伝ったりもしていたためだ。

 そうでなくとも、カエンは朝早くに家を飛びだし曜日ごとに決められたテルス山のコースを駆けずり回っている。

 

 そしてそれは今日も変わらない。山頂から少しだけ下った岬にある古民家の扉が勢いよく開かれた。

 

「母ちゃん! いってきまーす! よし来いみんな!」

 

「ガウガウ!」

 

「キキーッ!」

 

 彼のモンスターボールから勝手に飛び出してきたウインディとゴウカザルが先頭を行くカエンの後ろにピッタリとついて走る。ここ最近のカエンの朝はまず街に戻ってきた一部の住人に不安がないかを聞いて回ることだ。戦闘終盤で湧き出した膨大な量のReオーラの力で壊滅状態を逃れたレニアシティだが、それでも傷跡は小さくない。

 

 幸いにも、カエンという小さな子供が次々様子を見て回ってる姿が住民たちに元気を分け与えており、同じく復興を必要とするネイヴュシティに比べればだいぶマシと言えた。

 そんな中カエンの鼻が慣れない匂いを感じ取った。そしてカエンは風を読み、匂いが流れてきた方へとフラフラ引き寄せられていった。

 

 辿り着いた先はロープウェイ乗り場。比較的損傷は少ないがまだサンビエタウン方面のロープウェイは止まったままだ。

 だというのに、景色が望めるフェンスの傍に一人の女性が立っているのが見えた。カエンは直感で、その女性が匂いの元だと分かった。

 

「おねーさん、誰だ?」

 

 カエンは疑問を口にする。それを受けて女性は振り返る。カエンの髪の毛を赤髪とするなら、その女性の髪は()()()()()。似て非なる、"あか"を持つ女性はカエンを見てニコリと微笑んだ。

 

「突然、誰だって言う君もどなた?」

「おれはカエン! この街のジムリーダー! 見かけない人がいたから、話しかけた。おねーさん、この街の人じゃない……」

 

 カエンは少しだけ女性を警戒しているようだった。当然だろう、今のレニアシティは観光で来れるような場所ではない。

 とするなら、この女性はそれも知らない余所者か、あるいは戦後の状況監査に来た敵の一味かの二択だからだ。

 

「そっか。じゃあ"レニアの赤獅子"って君のことかぁ! 見たところ、元気いっぱいって感じだね!」

「もー、質問に答えてよ!」

 

 グルグルとカエンが牙を剥き出しにして威嚇する。カエンの腰のモンスターボールからリザードンが飛び出し、助長するように咆えた。

 すると女性は目を細めて、舌舐めずりをするような仕草と共にカエンを見つめた。

 

「おっ、やる? 言っておくけどおねーさん、それなりに自信あるよ!」

 

 そう言って女性が呼び出したのはポケモン、フシギバナ。カメックスを含めれば、著名なポケモン博士に認められて冒険する少年少女が最初に手に入れる一匹の最終進化形態。

 カエンはその時、相性では勝っているはずなのに一瞬たりとも目を離せないような凄まじいプレッシャーに圧された。

 

「リザードン、この人……超強い!」

「良い嗅覚してる! じゃあいつでもおいで!」

 

 女性が大手を広げる。誘われてると分かっていても、カエンとリザードンは前に出るしかなかった。

 火竜は口から灼熱を撃ち出す。挨拶代わりのそれを、フシギバナは身体から伸ばした()()を振るった風圧で散らしてしまう。

 

「リザードンの【かえんほうしゃ】を!?」

 

 驚愕するカエン、女性はニヤリと笑ってから歯を見せる。どんどん撃ってこいという挑発だった。

 

「んっふふ、個人的に山の上では負ける気がしないんだよね、わたし」

 

 紅髪の女性は山頂特有の薄い酸素で肺を満たし、フシギバナへの指示と共にそれを吐き出した。

 フシギバナが繰り出したのは進化前のフシギダネの頃から使える【はっぱカッター】だ。ほのお・ひこうタイプであるリザードンなら躱さずとも大したダメージにはならない。そのはずだ、それがわかっているのに、カエンはリザードンを上空へと退避させた。

 

 それを見た女性が「へぇ」と呟き、ぺろりと唇を舐めて軽く湿らせる。

 

「本当に良い嗅覚してるね、今のは普通の人なら攻めるタイミングだから、キミも避けないと思ってたよ」

「葉っぱに、【やどりぎのタネ】が乗ってた。躱さなかったらリザードンはどんどん体力を吸われちゃうから」

 

 本能的にカエンは察した。この女性は非常に頭の良い戦い方をする、と。親しい人で言えば、イリスに近いものがある。

 隙だらけに見えて、その実全く隙がないタイプのトレーナーだ。そういうタイプが、カエンは一番苦手だった。

 

 下手に突っ張って【やどりぎのタネ】を植え付けられてしまったなら、後は【どくどく】や【ヘドロばくだん】で毒状態にされてジリ貧に追い込まれていただろう。

 

 カエンがどうしたものか、と攻めあぐねていると不意に強い風が山頂に吹く。それが目の前に対峙する女性の長い髪を後ろから撫で、カエンの元へ女性の香りを届ける。そのふわりとした匂いの中に、カエンは一つの懐かしい匂いを思い出した。

 

「ダイ、にーちゃんの匂いだ……なんで、おねーさんからダイにーちゃんの匂いがするんだ?」

 

 間違いない、かれこれ数週間会っていないが間違いなくダイと同じ匂いを発していた。

 すると女性は次の手を繰り出そうとしていたフシギバナの前に手を出し、静止させた。

 

「カエンくん、あれと知り合いなんだ。どこにいるか知らないかな?」

「じゃあ、おれに勝てたら教えるって、どう!」

 

 少年の提案に紅髪の女性──コウヨウはニンマリと笑った。それは大人の悪戯っぽい笑みにも、子供っぽい無垢な笑いにも見えた。

 

「いいじゃんそういうの、負けないからね」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ダイたち四人組がそれぞれ別の場所で修行を始めてから、早二週間が経過していた。

 今日もまた、テルス山の中腹。巨大樹の元でダイとコスモスは一対一でのポケモンバトルを行っている。

 

「カイリュー」

 

 この二週間の間にダイはコスモスのエースポケモンである"カイリュー"を引き摺り出すまでになった。切り札と言って差し支えないポケモンを呼び出し、そのアメジストが目の前の橙色を捉える。

 ダイとメガジュカインが山吹色の翼竜と対峙する。見てくれは可愛らしいが、その実海の街で育ったダイはカイリューというポケモンの凄まじさを知っている。

 

 主な生息地は存在せずどこでも生きていける順応性を持ち、一度暴れれば海は必ず荒れ狂うため船乗りの間では海の竜王と恐れられているほどだ。

 

「【しんそく】」

 

「【でんこうせっか】!」

 

 直後、二匹のポケモンの姿が消える。ずんぐりとした体躯からは想像もできないほどのスピードでカイリューがジュカインと接敵、その豪腕を振るう。ジュカインもまたメガシンカで強化された敏捷力に物を言わせ、遠心力の乗った尻尾の一撃で対抗する。

 

 カイリューも【しんそく】を扱える数少ないポケモンだが、例えばアルバのルカリオが扱う【しんそく】とは同じ技のようで一部差異がある。

 同じ素早さと一口に言ってもルカリオの場合は瞬発的な素早さを、そしてカイリューの場合はマッハ2で空を飛ぶことが出来る継続的な素早さを指す。

 

 つまり、初動で言えばルカリオの【しんそく】の方が遥かに素早いのだ。それを見てきたダイとジュカインならば対処は可能だった。

 山吹が視界の中で動いた瞬間、それは必ずカイリューが攻撃を行うという前兆。それに合わせて【みきり】を行い、攻撃コースの予測。後は同じ素早さに関係のない【でんこうせっか】で攻撃をぶつけて相殺してしまうのだ。

 

 事実、カイリューの先制攻撃は全てジュカインに防がれてしまう。いくら自分で鍛えたとはいえ、こうも巧く立ち回られるとそれはそれでコスモスも面白くない。

 

「次は【りゅうせいぐん】です」

 

「来たぞジュカイン!」

 

 だからこうして、時折ぶち壊しにするのだ。戦略も、戦術も、何もかもを。

 ダイも記憶に新しい、輝く隕石の雨を降らせるドラゴンタイプの奥義。【みきり】で躱せるのも最初の数発が限度、見切り続けていればいずれ精度が甘くなって直撃、それで終わりだ。

 

 そしてこの二週間の間でダイが見つけた【りゅうせいぐん】の対処法は至ってシンプルだった。

 

「懐に、突っ込め! もう一度【でんこうせっか】!」

 

 この手のフィールド全体を攻撃するような技は使用者であるポケモンとその主が自身の技で傷つかないように絶対に攻撃が侵入してこないラインが存在する。

 そして大抵、そういう場所は使用者の周囲である場合が多い。ジュカインは降り注ぐ隕石を数度躱すと地面を蹴り、カイリューの背中を取った。

 

「そのまま【ドラゴンクロー】!」

 

 カイリューの背でジュカインが龍気の篭手を出現させ、それを振り下ろそうと腕を上げた。

 瞬間、カイリューは上昇してから即座に急降下。ほぼ地面目掛けて真っ逆さまに落下を始めた。振り落とされまいとジュカインがカイリューの尻尾へとしがみつく。

 

 

「狙いは良かったですよ、ただパワー不足です」

 

 

 が、カイリューはそのまま落下しながら錐揉み回転し、地面にぶつかる寸前で再び上昇。尻尾ごと掴まっているジュカインを地面へと叩きつけた。

 土の上をゴム毬のように跳ねるジュカインだが、さすがに一撃で伸されることはない。伊達に二週間も戦い続けていないからだ。

 

 素早く体勢を立て直すと、迫る隕石群を跳躍で回避。さらにはドラゴンタイプの技に耐性のあるはがね技【アイアンテール】で隕石の一つをカイリュー目掛けて打ち返す。さすがにその反撃は予想外だったか、コスモスが目を大きく開いた。

 

 避けるか、防ぐかの二択。カイリューが取った行動は回避だった。だがその回避先にジュカインが割り込んだ。ダイが拳を突き出しながら叫んだ。

 

「下から掻っ捌け!」

 

 ジュカインが弾丸のように上昇しながらカイリューの腹部を【ドラゴンクロー】で切り裂き、それが直撃する。カイリューは僅かに顔を顰めるが、まだまだ余裕という顔を見せている。

 ポケモン図鑑で数値化されたカイリューの残存体力を確認し、ダイが歯噛みする。

 

「やっぱ(かって)ぇな、"マルチスケイル"!」

 

 カイリューが誇る防御力の高さは、彼の種が持つ稀少な特性"マルチスケイル"によるものだ。初撃のみ、攻撃のダメージを半減してしまうというもの。

 素で打たれ強いドラゴンタイプであるカイリューにこの特性が合わさり、どれだけ強力な攻撃であろうと一撃で落とすのはほぼ不可能になる。

 

 加えてカイリューもまた【はねやすめ】という回復技を持っている。体力が完全に回復してしまうと、再び"マルチスケイル"が効果を及ぼすのだ。

 

「でも、攻略法はある!!」

「……なら、見せてください」

「言われなくても! ジュカイン、【ダブルチョップ】だ!」

 

 龍気の篭手(ドラゴンクロー)を繰り出した後、滞空しているジュカインがそのまま自由落下に任せて再度カイリューに襲いかかる。両腕の新緑刃に今度は龍気を宿らせ、一撃。それは"マルチスケイル"によって微々たるダメージに抑えられてしまうが、技名は【ダブルチョップ】。即ち、()()()()()()()()

 

 一撃目がつけた鱗への亀裂。そこ目掛けてジュカインが放つ二度目の斬撃が炸裂した。鱗を突き破り、その下の肉へとダメージを与えることに成功した。

 さらに腹部という急所に当たり、カイリューの体力が中域を突破する。

 

 ここでコスモスに与えられる選択もまた二つ。カイリューを【はねやすめ】で回復させるか、そのまま突っ張るかだ。

 だがメガジュカインの敏捷力は、カイリューのおおよそ二倍。【しんそく】で振り切らない限りは完封さえ狙える状況ではある。

 

 全てはコスモスの選択に委ねられている。ダイは額からジットリとした汗が垂れ落ちるのを感じた。

 

「【しんそく】です」

 

 来た、とダイは思った。そしてその選択はダイの予想通りであった。この二週間の修行を経て、コスモスという人間をダイなりに分析した結果とも言える。

 カイリューの姿が一瞬にして消える。ジュカインの正面から背後へと周り、彼の死角を狙ったのだ。それもまた、ダイの狙い通り。

 

 

「今だ! 【リーフストーム】!」

「……ッ、背後に来るのを」

「はい、読んでました! いけ、ジュカインッ!!」

 

 

 背後から豪腕を振るうカイリュー目掛けて、ジュカインが背中の種を爆発させると、その爆風を利用してドリルのような尻尾を刃のような鋭さの葉っぱ諸共巻き上げる。ドラゴン・ひこうタイプのカイリューにはくさタイプの攻撃は今ひとつ通らない。だがそれでも、ジュカインが放つ【リーフストーム】はその半減に次ぐ半減を補って余りある火力がある。

 

 攻撃を中断し、カイリューが回転するジュカインの尻尾を両手で受け止めた。ドリルを包む葉刃がカイリューの手をズタズタに切り裂くが、離してしまえば最後直撃は免れない。

 押しきれるか、それとも防がれるか。二匹の攻防が数秒の間、継続して行われた。

 

「いけるか……!」

 

 ダイが額の汗を拭いながらも、二匹の攻防から目を離さない。だがそうしているうち、ダイは異変に気付いた。

 カイリューを襲っていた葉の竜巻がいつの間にか、カイリューを避けていたのだ。ドリルを受け止めながらカイリューが不敵に笑った。

 

 不味い、本能的に悟ってジュカインを離脱させようとしたがもう遅かった。

 

「しまった、【たつまき】だ!!」

 

 今度はコスモスが微笑みを携えた。カイリューは【リーフストーム】を受けながら、その突風を利用して【たつまき】を発生させ、自らの技に変換してしまったのだ。

 それを操作し、ジュカインを襲わせる。大技直後の後隙で動けないジュカインは軽々と巻き上げられてしまう。そして空中なら、有翼ポケモンであるカイリューに分があった。

 

 

「【げきりん】、よく頑張りました」

 

 

 渾身のボディーブローが空中のジュカインの腹部へ炸裂し、地面へ思い切り叩きつけられる。爆弾が炸裂したかと錯覚するほどの砂埃が舞い、風が空間を洗い出すとジュカインが目を回して昏倒していた。メガシンカも解除され、戦闘不能であることが伺えた。ダイは鞄から"げんきのかけら"を取り出してジュカインの口の中へと放り込んだ。直後、酸っぱさに目覚めたジュカインがムクリと起き上がる。

 

「お疲れ」

 

 そう言って軽く拳を突き出すダイに、ジュカインが自身の拳をコツンとぶつけた。そんな二人をよそに、コスモスはカイリューの手のひらと腹部の傷に"すごいキズぐすり"を吹き付けながらダイの方へ視線を投げかける。

 

「さすが、抜け目ないですね。正直、まだカイリューの相手は早いと思っていました」

「あ、ありがとうございます……褒められるとは」

「抜け目ない、は褒め言葉になるんですね。覚えておきます」

 

 言いながら、カイリューをボールへ戻すコスモス。ダイも同じようにジュカインをボールで休ませると、修行中に倒してしまった木々をジュカインと加工して作った簡易ベンチに二人で腰掛けた。

 ダイがライブキャスターを確認すると、昼休憩の時から四つほど着信があったようだ。履歴を見ると全部ソラからだった。

 

「ここ数日、引っ切り無しね」

「ですね、元気になって良かったよ」

 

 数日前、ダイとコスモスが今日と同じように実戦を行っていた時、ソラから着信があった。なんでも声が出るようになった上、ステラの下で作曲に励んでいたという。

 ところがその翌日から恐ろしいほどのぺースで着信があり、当初とは別の意味で心配になるダイであった。

 

「そういえば、コスモスさん今日は午前中どこに?」

「その、彼女のところです。どうやら、すごいことになってしまったみたいですし」

 

 そう言いながらコスモスはダイのライブキャスターの画面を指す。ともかく、ダイは一度ソラと連絡を取ってみることにした。

 呼び出しコールが一度だけ鳴るとすぐさまソラが通話に応じた。

 

「あ、ソラか? 今時間良いか?」

 

『よくない』

 

 ぶつり、それだけ言われてなんとダイは電話を切られてしまった。一瞬の出来事に思わずショックを受けることすら出来ないダイ。

 数秒後、ソラから折り返しの電話が掛かってきた。混乱しているダイに変わってコスモスが通話ボタンを押し込んだ。

 

『もしもし。ダイ、どうかしたの』

 

「あ、いや……忙しいなら、後でもいいんだぞ」

 

『平気、なにか用』

 

 ボイスオンリーの通話も相まって、ダイはなんとなくソラと距離を感じてしまった。しかしそれもつかの間、紙面上にペンを走らせるような音と書いたものをグチャグチャと塗りつぶして消してしまうような音を聞き取って、ダイが問う。

 

「今も、曲を書いてるのか?」

 

『……よく分かったね。あのね────』

 

 それからダイは、ソラが英雄の民の歌い手でありながらアーティストとして活動している"フレイヤ"と知り合い、同時に彼女たちラフエルを代表するアイドルやアーティストが来月ステージで唄う楽曲として、ソラが作り上げた最初の曲を使わせてほしいと打診があったことを聞かされた。

 

『それで、どうしたらいいか、迷ってて』

 

「すげぇな……」

 

『え……?』

 

 ぽつり、とダイは零した。向こう側でソラが首を傾げているのが分かった。ダイはコスモスが見ているのも気にせず続けた。

 

「俺、音楽のことは全くわからない。ソラが旅の途中通信で受けてた授業内容もちんぷんかんぷんだったし。だからさ、そうやってソラがやってることの一つ一つがすげぇことだなって思うんだよ。受けろよ、その話。絶対チャンスだって、ソラが作った曲がプロの耳に止まったんだぜ?」

 

 自分のことのようにダイは嬉しかった。かねてよりコネクションを求めていた英雄の民であるフレイヤとソラに接点が出来たことなど忘れるくらいに、ダイはソラの躍進が嬉しかったのだ。

 電話の向こう側でソラが何かを言い倦ねているような間があったが、やがてソラは喉を震わせ、声を発した。

 

『私の音楽、みんなを笑顔に出来るかな』

 

「絶対出来るって!」

 

『うん……ありがとう、ダイならそう言ってくれると思ってた』

 

 相変わらず感情表現の乏しい声音だったが、ダイの受け答えに満足したのか今度は「それじゃあ切るね」と前置いてから通話を終わらせた。

 深呼吸して、ひとまず自分を落ち着けようとするダイ。だが、どうにも浮足立ってしまうようだ。

 

「よっぽど大切なんですね、彼女のこと」

「ソラが前を向けるようになったってだけで、とても」

 

 一度は自分の命すら投げ捨てそうになっていたソラが、彼女なりの早さで前を向いて、立ち上がろうとしていることがたまらなく嬉しかった。

 そして、さらにダイは思う。そんなソラが、歩いていくための明日を守ってあげられるだけの強さが欲しい、と。

 

 ソラだけではない。

 

 この冒険で得た、アルバやリエン。

 

 アストンやアシュリー。

 

 カイドウを始めとするジムリーダーたち。

 

 超えていくべき目標のシンジョウやイリスたちの力になりたいと、前以上に思う。

 

「早いところ、元の姿に戻してやれればな」

 

 鞄の中から熱を放つライトストーンを取り出し、両手で抱えあげる。あの夜以来声は聞いていない。だけど、ダイが手にした時に放つ暖かさは日に日に強くなっている。

 それは目覚めの時が近づいていることを意味し、それは同時に決戦の刻が迫っているということでもある。

 

「もうそろそろ日も暮れます、後一本で今日はお終いにしましょう」

「お願いします!」

 

 そうしてダイとコスモスが立ち上がってそれぞれズボンとスカートについた埃を払った瞬間だった。

 

 

 

「────見つけたー!!!!」

 

 

 

 大声で叫びながら斜面を爆速で下ってくる人影、カエンだった。

 カエンはウインディとゴウカザル、リザードンの三匹を置き去りにするほど素早くやってくるとダイの前で盛大にブレーキを掛けた。

 

「ダイにーちゃん! おはよう!」

「もう夕方だぞ火の玉小僧」

「そっか、こんにちはだ! こんにちは!」

 

 相変わらず元気がいい。ダイに続いてコスモスにも挨拶を交わすカエン。遅れてきたポケモンたちがカエンに追いつき一息入れる。

 しかしカエンはというと、振り返って背後を伺い見る。まるで他にも誰か後ろにいるかのような反応だ。

 

「あれ、置いてきちゃった? おかしいなー」

「他に誰かいるんですか、カエンくん」

「えっとねー、ダイにーちゃんの────」

 

 カエンがそう続けようとした時だった。妖しい風が吹き、それがダイとコスモスの肌に突き刺さるようなプレッシャーを放った。

 二人は即座にゼラオラとパシバルを呼び出し、飛来した闇色の魔球(シャドーボール)と手裏剣の如く迫る【はっぱカッター】を防御させる。

 

 敵対する意思を感じ取ったゼラオラが茂みに飛び込み、襲撃者に飛びかかる。【シャドーボール】を放ったのはどうやら"フワライド"のようで、ゼラオラが地面を強く踏みつけて跳躍する。

 腕に稲妻を纏わせて放つ【かみなりパンチ】が直撃する瞬間、フワライドはボールに戻ることでゼラオラの拳を回避する。

 

 入れ替わるように現れたポケモンはゼラオラに対して、両腕にある鋼鉄の鋏を正面から打ち付ける。真紅の鎧を纏うはさみポケモン"ハッサム"は、そのまま【ダブルアタック】でゼラオラを二度襲撃する。

 

 鋏を閉め、逆に鋼鉄の塊にすることで殴打によるダメージを増加させる。さらにハッサムは一瞬の間に、ゼラオラが怯むであろう箇所へ的確に二度の攻撃を行って効率的にダメージを与えてきた。

 これこそがハッサムというポケモンの持つ特性、超絶技巧家(テクニシャン)。低い威力の技であろうと、的確に相手の弱点に叩き込み威力を増すというもの。

 

 更に厄介なのは、ハッサムというポケモンの防御性能の高さだ。むし・はがねタイプという変わったタイプを持つハッサムはほのおタイプ以外の技をほとんど受け付けないため、攻め手を持っていなければそのままパワープレイで押し切られてしまうことすらある。

 

 だが、そのほのおタイプの技をダイのポケモンは使うことが出来る。ゼラオラがプラズマを拳に集中させ、それを振動で発火させる。

 

「【ほのおのパンチ】だ!」

 

 ゼラオラの蒼い炎を纏った拳に対し、ハッサムもまた一瞬で神速の乱打撃(バレットパンチ)をぶつけて相殺する。これもまた、"テクニシャン"によってゼラオラの拳の勢いが確実に止まる部分へと殴打を行っていた。

 

「フワライドに、ハッサム……そして【はっぱカッター】……まさか!」

 

 ダイが立て続けに現れたポケモンと、技の出処を推理しハッと顔を上げる。

 そんな馬鹿な話があるはずない。だが、そんなダイの否定をさらに否定するように状況証拠は揃っていく。

 

「最初の魔球(シャドボ)を避けられなかった時のために、ギリギリ外れるように撃たせたんだけど──」

 

 その人物は茂みの奥から現れる。燃えるような紅髪を揺らしながら、トレードマークである漆黒の手袋に包まれた手で軽く拍手を行う女性の顔を見て、ダイはサッと青ざめた。

 

「なかなかやるようになったじゃない、それに良いポケモンも連れてるようね……タイヨウ?」

 

 それはここにいるはずのない人物。故郷であるオーレ地方の闘技施設"バトル山"にて、九十九人抜きを達成した猛者の前にのみ姿を現す最強のトレーナ──―通称バトル山マスターと呼ばれ、さらに就任してから挑戦者を退け続け未だに破った者のいない存在として"真紅髪の女頭領(クリムゾンヘッド)"という大層な異名まで持っている女性は、

 

 

 

「──母さん! なんでラフエル地方にいるんだよ!?」

 

 

 

 ダイこと"タイヨウ・アルコヴァレーノ"の、実の母親なのだ。女性──コウヨウはおよそ再会した息子に向けるとは思えない嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 例えるならば、目の前に無防備な獲物が寝ている時の捕食者のそれだ。

 

 今にも丸呑みにされそうなプレッシャーに曝されながら、ダイはコウヨウとの再会を果たすのであった。

 

 


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