ラフエルリーグのチャンピオン、グレイ。
十五年前のポケモンリーグ決勝でイリスを退け、以降チャンピオンの座を死守し続けている男。それが今、リエンの目の前に立っている。
しかしながら、ラフエル地方出身でありながらリエンはグレイのことを全く知らない。
ポケモンバトルに精通しているのであれば、知っていて然るべきなのだろうが生憎リエンは冒険に出るまでバトルはからっきしの素人だったのだ。
逆に仲間内で唯一幼少の頃よりポケモンバトル一筋だったアルバも、口を開けばイリスイリスなので、グレイの情報は全くというほど入ってこなかった。
「ただ、それでもイリスさんより強いんだ、この人は……」
ソラから借り受けたチルタリスの背に乗って、前を飛ぶ漆黒のリザードンを追いかける。イリスはそのポリシー故に【そらをとぶ】を使えるポケモンを手持ちに入れていない。今日もテルス山へ向かう際はソラのチルタリスにリエンと二人で乗っていたのだが、今はグレイが使役する巨大な有翼ポケモン"プテラ"の背中に乗ってリザードンの隣を飛んでいる。
「相変わらずおっきいねぇ、プテラは」
プテラの背中でイリスが言った。プテラは褒め言葉に気を良くしたのか、上昇して大空でターンを行った。目には見えない気流がイリスの長い黒髪を大きくなびかせる。
まるで遊園地の絶叫マシンに乗っているようにはしゃぐイリスを見て、グレイが苦笑しながらリエンの隣まで後退してきた。
「彼女にバトルを教わってみて、どう思ったかな」
やけにふわりとした質問だ、と思いながらリエンは考える。イリスの教導は彼女の人柄に反して丁寧だ。一度決めたテーマがあれば、それをきちんと身につけるまでそれ以外のテーマを無視してみっちりと詰め込ませてくれる。
「色んな引き出しを持っていると思います」
「そうだね、彼女はこれまで色んなものを見てきただろうから」
子供のように空を楽しむイリスの背中を見てグレイが薄く笑みながら言った。リエンがグレイの顔をそっと覗き込む、その瞳には期待と憧れが見て取れた。
リエンは一度、似たような目を見たことがある。最初、イリスと共にラジエスシティを目指すまでの道のりでイリスが一度グレイの話をした時の目だった。
「ん、どうかしたかな」
「いえ、ただ思ったよりチャンピオンって接しやすい人だなって」
「気を使ってるんだよ。初めて会う女の子だからいつもの顔は見せられないもんね、グレイ」
すると話を聞いていたのか、イリスが割って入ってきた。グレイはこめかみを抑えて溜息を付いた。
「ち、違う。気を使ってなんかない、デタラメを言うなよイリス」
「え~? 普段なら初対面の女の子に自分から話しかけたりしないじゃん」
「それは……た、ただこれからバトルの教導をする上で、コミュニケーションが取れないと不都合があるからで」
どこか
地底湖で邂逅した時も、二人は独特の距離感を持っていてリエンにはそれが見えていた。グレイはどこか、イリスに対して下手にしか出られないような、絶妙なパワーバランスだった。
二人の付き合いは、自分の年齢と同じ時間を経ているのだと思うと、途方も無いなという感想をリエンは抱いた。
「さぁ、もうラジエスシティだ。降下するぞ、プテラ」
これ以上イジられてはたまらないとばかりにグレイが強引にプテラに高度を下げさせる。その背中でまだなにか喋っている最中のイリスを見て、思わずリエンは笑ってしまった。
「本当に、気を使ってるなんてことは」
「そういうことにしておきます、それじゃあお先に」
「あっ、おい!」
イリスを見ていると、ほんの少しだけ悪戯をしてみたくなった。リエンはチルタリスの背をとんとんと叩いてプテラの後を追わせる。上の方でグレイが深い溜め息を吐いているのが分かった。
「……人間ってやっぱり面白いなぁ」
旅に出なければ、きっとこんな気持ちは抱かなかっただろう。改めてリエンはこの冒険で得たものが多いと思うのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「で、なぜ
開口一番、溜め息を吐くステラ。リエンたち三人がいるのは天窓から夕焼けのオレンジが入り込むラジエスシティジムだった。
そもそも地底湖でバトルの訓練を行わなかったのは、あの場所でグレイのポケモンが戦うとさらに崩落する危険があったためだ。故に頑強な場所で実戦を、と思ったのだが生憎ラジエスシティで人目につかずポケモンバトルに際した場所と言えばクローズドのジムしか無かったのである。
「ごめんね、ステラちゃん。無理言って開けてもらって。ほらアンタも頭下げる」
「な、なんで僕が……むぅ」
無理やりグレイの頭を下げさせるイリスが苦笑いでお茶を濁そうとする。さらに深い溜め息を吐くステラだったが、各々の事情を察すると頷いた。
「ですが確かに、チャンピオンが公衆の目に触れる場所で一個人に教導を行っていては、目立ってしまいますからね」
「そういうことなんだ、理解してくれて助かるよシスター」
「それでも、今度からは事前にアポイントメントをお願い致しますね」
肝に銘じる、と律儀に返事をするグレイ。するとステラは天使のような笑みを浮かべて一歩下がる。即ち、バトルフィールドの開場を意味する。
ジムリーダーサイドへグレイが、チャレンジャーサイドへリエンが立つ。トレーナーサークルの中へ入ると、リエンは今までの認識が間違っていたと知る。
「……ッ」
「始めようか、イリスはダブルバトルの教導をしていたから僕はシングルバトルを教えるよ」
よろしくお願いします、リエンはそう口にしようとしたが出来なかった。というのも、トレーナーサークルに入った瞬間からリエンは対面するグレイのプレッシャーに膝を折りそうになったからだ。
チャンピオンとしての威厳、それを今まで感じさせないようにしていたとするならイリスの言う通り、グレイは本当に
「ダブルバトルと違って、片方のポケモンでもう一方をフォローするという立ち回りが出来ない。だから一匹一匹の地力が物を言う」
言いながら、グレイはモンスターボールをリリースし中からポケモンを呼び出す。それは巨大な翼を広げながら風圧さえ伴いそうな咆哮を放つと、リエンの目の前に降り立った。
ポケモン図鑑を開いたリエン、図鑑はすぐさまそのポケモンをスキャンしページを表示する。
「オンバーン、初めて見るポケモン……」
「初めに言っておくと、こいつは非常に素速い。攻撃は常に後手に回ると考えて、戦い方を工夫してみると良い」
グレイのアドバイスに頷き、リエンが三つのモンスターボールを手のひらに乗せる。オンバーンはひこう・ドラゴンタイプのポケモン、じめんタイプを主力技とするラグラージでは力不足が否めない。
というより、オンバーンを相手取るならグレイシアが最適なのだ。オンバーンの最も苦手とするこおりタイプの技を高威力で放つことが出来る上、素早さを意に介さない先制攻撃の手段もある。
しかしそれでは訓練にならない。よってリエンはパーティに加わったばかりのポケモン、ミロカロスを繰り出すことにした。
現れたミロカロスの青紫のヒレが夕日の光を受けてキラキラと輝く。オンバーンとミロカロスの両者が睨み合い、ステラとイリスが両者が動き出すのをジッと見つめていた。
「行きます。ミロカロス、【アクアリング】」
真っ先に動いたのはリエンだった。ミロカロスは歌うように滑らかな鳴き声で円状のウォーターベールを周囲に展開する。
リエンはテルス山からラジエスシティへ戻る間、ポケモン図鑑でミロカロスが現状使える技とイリスの言う通り耐久に秀でるミロカロスの戦い方を自分なりに考えていたのだ。
(ミロカロスはイリスさんのピカチュウが撃った電撃に匹敵する威力の【れいとうビーム】を撃てる。持久戦に持ち込めればチャンスは増えるはず)
それを見てグレイは小さく頷いた。リエンの動き方を見て、どう指南するべきかを考えていたのだが想像以上に理に適った動きをするので、口を噤んでしまう。
ちらりと審判席にいるイリスに視線を送る。イリスはリエンの方を見ているため、グレイの視線には気付いていない。とんでもない逸材を見つけたな、と言ってやりたい気持ちだったがそのまま言葉にするとまた意地悪をされるので、グレイは視線に込めるだけに留めた。
「【アクロバット】だ」
それは一瞬のことだった。リエンが瞬きをしたたった一瞬で、オンバーンはミロカロスに足を叩きつけていた。突然の打撃攻撃にミロカロスが驚き、【チャームボイス】で反撃する。
音が届く範囲ならば、【チャームボイス】は確実にドラゴンタイプを追い詰める。だがオンバーンは即座にミロカロスから距離を取り、音が届くまでタイムラグがある距離まで離れると、
「────グラァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!」
同じく音の技【ハイパーボイス】で無理矢理にかき消してしまう。それだけでなく、突風を伴う咆哮でミロカロスを攻撃する。ビリビリとした衝撃がミロカロスの全身に襲いかかる。
顔を顰めるミロカロス、対して未だ涼しい顔をしているオンバーンが再度睨み合う。
「ッ、本当に速い……」
恐らくは最初から【こうそくいどう】を行っているのだろう、オンバーンはこのラジエスシティジムという限定されたフィールド内ならそれこそ一瞬で間合いを詰めることが出来る。距離など有って無いようなものだ。それも一方的に、相手にとっては距離が離れれば攻撃が当たりにくくなり、逆にオンバーンは音波を司るポケモン、距離を開けていても攻撃する手段が豊富に存在する。
グレイの言う通り、攻め方を工夫する必要がある。そしてリエンには今までイリスが仕込んできた引き出しが多く存在する。後はそれをミロカロスに出来る方法で発揮するだけだ。
再度リエンはポケモン図鑑に視線を落とす。次にミロカロスとアイコンタクトを行う。ミロカロスはリエンの指示を待っていた。
「よし、【あやしいひかり】!」
ミロカロスは七色に光る黄金の尾ヒレを妖しくしならせる。夕日を受けて輝く尾ヒレが放つ光がオンバーンを魅了し飛行にブレを起こさせる。
リエンの狙いは、オンバーンの攻め手を僅かでも潰してしまうことだった。図鑑が表示したオンバーンの特性は"すりぬけ"、早い話が障壁を作り出す技を無効にしてしまう。故に行動阻害が最大の防御となる。
「次に【とぐろをまく】!」
オンバーンが接近戦を仕掛けてくることを警戒し、ミロカロスが防御態勢を取る。それは次の攻撃に備える意味もあり、同時に次の攻撃の精度を確かなものにするという意味合いもある。
「もう一度【アクロバット】」
混乱しているオンバーンが微かにフラフラしながらも縦横無尽に屋内を動き回り、とぐろを巻いた状態のミロカロスの死角を探す。
そして次の瞬間、オンバーンが回転を行いながら神速の突進を行う。
「来た! 【しめつける】攻撃!」
だがリエンはオンバーンが攻めてくるコースを予想していた。故にミロカロスは敢えてその攻撃を受けるとその長い身体でオンバーンを締め上げる。
如何に素速く動けるポケモンであっても、拘束されては動けない。
「【さいみんじゅつ】!」
「"ねむり"を狙っていたのか……」
妖艶の眼でオンバーンに働きかけ、それを直視したオンバーンが意識を手放してしまう。これこそが初動の【とぐろをまく】から狙っていたリエンの攻め手だった。
拘束、並びにねむり状態。もはやミロカロスにはオンバーンをどのように攻撃するか熟慮する隙すらあった。
「確かに良い攻撃だった。組み立て方も丁寧だ」
グレイはリエンの動き方を首肯も交えて称賛する。
その時、ミロカロスは異変に気付いた。オンバーンを拘束している自身の体が徐々に毒に侵されているのだ。
眠っているはずなのに、オンバーンが繰り出した攻撃で状態異常に陥ってしまった。それもただの毒ではない、"もうどく"状態だ。
たまらずミロカロスがオンバーンの拘束を解いてしまう。それでも眠っているのなら、まだ攻撃は当たる。
「ッ、【ふぶき】!」
口から咆哮と共に特大の冷気を撃ち出してオンバーンを攻撃する。眠ったままのオンバーンにミロカロスの【ふぶき】がそのまま直撃する。
ひこう・ドラゴンタイプのポケモンに対し、一番強力なこおりタイプの技。加えてオンバーンの特殊防御力のステータスはそこまで高くない、故に耐えられないとリエンは睨んでいた。
ただしそれは、相手が
グレイのオンバーンは【ふぶき】が命中して尚、健在だった。自身を襲う寒さできっちりと目を覚まし、かつ欠伸までしてみせた。とても弱点攻撃が直撃した後とは思えない所作だった。
対面しながらリエンはポケモン図鑑でオンバーンの現状態をスキャンする。戦闘中、相手の能力ランクまで把握できる機能でオンバーンを見てみるとすぐに分かった。
「【はねやすめ】で回復を……」
「地上で休んでいる間はひこうタイプじゃ無くなるからね……昔もこれでピカチュウの電撃に耐性をつけられたっけな……」
審判席でイリスが苦い顔をする。イリスのピカチュウが【でんこうせっか】を極め【しんそく】を会得するに至った理由の一つに、このオンバーンの素速さを如何に抜いてダメージを与えられるかというのがあった。
さらに恐ろしいのはオンバーンは【ねごと】で【どくどく】を放ってミロカロスをもうどく状態にし、次いで【はねやすめ】を行い回復と防御を成立させたのだ。
(もうどく状態にされたのは痛手だけど、ミロカロスには"ふしぎなうろこ"があるからこれで【アクロバット】を今まで以上に受けられるはず)
思考を続けるリエン。ミロカロスは一度【じこさいせい】と【アクアリング】で体力を全快にする。
「"ふしぎなうろこ"で防御を高めて、特防のステータスは元より突出しているのがミロカロスという種族だったね」
呟くグレイ。それを聞いてリエンは思考の一端が読まれていると悟った。さすがにチャンピオン、相手の手を読むなど造作もなかった。
さらに今行ったようにミロカロスには【じこさいせい】がある。上がった防御を活かし、生半可な攻撃では攻めきる前に回復することが出来る。唯一、懸念があるとすればオンバーンに仕込まれた【どくどく】だ、もうどく状態は通常の毒と違い、時間が経つほど毒によるダメージが大きくなる。持久戦をする上では当然無視できない。
「【れいとうビーム】!」
「一撃が強力な代わりに当てにくい【ふぶき】じゃなく、堅実に【れいとうビーム】でダメージを与える作戦だね」
イリスがリエンの攻め手を分析する。ミロカロスは氷の槍と化した光線を一直線に撃ち出し、オンバーンを攻撃する。一発二発ならば避けられてしまうだろうが、ミロカロスが放った冷気の光線はまるで房のように一斉に放射状に放たれ、オンバーンの逃げ場をなくしてしまう。
「たとえどれほど素早くても、動く場所さえ制限してしまえば……!」
ステラがリエンの狙いに気づく。オンバーンは徐々に壁際に追い詰められ、その周囲にはミロカロスの【れいとうビーム】によって作られた氷柱が突き刺さっており迂闊には動けない。
「もう一度、【ふぶき】!」
逃げ場を無くしたオンバーン目掛けてミロカロスが極大の猛吹雪を撃ち出す。その細身を極寒が包み込む――――
「跳ね返せ」
寸前、グレイが短く指示を飛ばす。オンバーンはその口腔から灼熱を吐き出し、それを羽撃きによって風に乗せて撃ち出す。【ぼうふう】と【かえんほうしゃ】のコンビネーションで放たれる【ねっぷう】だ。
灼熱の風が正面から猛吹雪とぶつかり合う。互いを打ち消し合う属性がぶつかった場合、地力の強さが物を言う。
均衡していた炎と氷は、やがて炎が全てを焼き尽くしてミロカロスを飲み込んだ。ほのおタイプの技を食らったところで大したダメージにはならないが、攻撃の後隙が生まれてしまう。その大きな隙をオンバーンが見逃すはずもなく、
「確かにミロカロスの高い防御能力は厄介だ、けれど崩す手立てはあるよ」
迎撃で撃ち出される【れいとうビーム】をひらりと回避しながら懐に飛び込んだオンバーンが大口を開け、ミロカロスの首元へと喰らいついた。
鋭い痛みに思わず悲鳴を上げるミロカロス。オンバーンはそのまま飛翔し、上空からミロカロスを地面目掛けて叩きつけた。落ちてきたミロカロスは痛みに思わず石舞台の上をのたうち回った。
「じ、【じこさいせい】! 急いで!」
「【ワイルドボルト】」
リエンの指示も虚しく、落雷の如く稲妻を纏った急降下突進を繰り出すオンバーン。衝撃が突風となってリエンのカーディガンを激しく煽った。
石舞台が砕け、砂煙が晴れるとミロカロスは目を回して昏倒していた。凄まじい攻撃を放ち、オンバーン自身も消耗していたがまだまだ余力は残している、という風だった。
「……参りました」
両手を上げて降参の意を示す。ステラとイリスもこれには苦笑いだった。実際途中まではいい勝負に見えた、オンバーンがこれで本気を出していたならば、だが。
しかしグレイはというと、今のバトルでリエンの中に光るものを見出したようで笑いもしなければ惜しみのない拍手を送りそうになった、嫌味っぽくなるのを避けるために控えたが。
「【さいみんじゅつ】でオンバーンを眠らされて、【ふぶき】を撃たれた時はヒヤリとしたよ」
「二重の意味で?」
「二重の意味で」
饒舌なイリスの軽口にも慣れたもので、リエンは悔しさなどはどこかに
目を回しているミロカロスをボールに戻し、ジムに設置されている回復マシーンでミロカロスを回復させるとリエンは再び石舞台に戻った。
「次、お願いします」
戻ってきたリエンがそういうと、グレイはふと思い出したようにリエンに手持ちのポケモンを見せるよう言った。ボールからラグラージとグレイシアを呼び出すと、グレイが注目したのはラグラージだった。
首筋に巻かれたストールに似た布とそれに括られた群青色の輝く石が目に入ったのだ。
「リエンさん、これをどこで?」
「以前"神隠しの洞窟"で人に貰ったんです。これって、やっぱりメガストーンなんですよね。それも、ラグラージに対応した」
頷くグレイ。ラグラージが身に着けているのは正真正銘、ラグラージをメガシンカさせる"ラグラージナイト"だった。
神隠しの洞窟で出会った男性、ディーノはこうなることを見越していたのだろうか。少なくともあの時のリエンは好き好んでポケモンバトルをするような人間には見えなかったはずだ。彼の先見の明るさに、リエンは思わず不気味にさえ思った。
だが、更に強くなる手段があるのならそれでいい。手を伸ばそう、友達が今まさにそうしているように。
リエンが決心した時、グレイは自身の中指に嵌められていた指輪を外してリエンへと差し出した。受け取った指輪はリエンの指には少しサイズが合わなかった。
「その指輪にはキーストーンが埋め込まれてるんだ。だから、これで理論上ラグラージはメガシンカが出来る」
「じゃあ後は、また私の出番ってわけだね」
帽子のツバを持ち上げながらイリスが得意げに言った。すると彼女は背負った大きめのリュックサックからレポート用のノートを取り出した。
そこに刻まれているのは今までのイリスの旅路、パラパラと捲られるページは"カロス地方"のシャラシティを訪れた時のレポートだった。
「シャラシティのメガシンカマスターに暫くひっついてた時期があってね、私もメガシンカをある程度人に教えられる資格みたいなのを持ってるんだ」
レポートと一緒に挟まれていた教導の手引に目を通していくイリス。指の根本まではめ込んでもまだぐらぐらと落ち着かない指輪を撫でるリエン。
「メガシンカはトレーナーとポケモンの間に絆が無ければ使えない。ミズゴロウからラグラージになるまで一緒にいたリエンちゃんならきっとそこは大丈夫だと思う」
「後は、お互いの精神同調が問題か」
グレイの言葉にイリスが頷く。リエンはラグラージと目を合わせるが、気持ちが完全に繋がっているかと言われればノーと答えるしかなかった。
であるなら、リエンとラグラージの課題は互いをより理解し、心を通わせる必要がある。
「ダイくんとアルバくんは、それぞれジュカインとルカリオに性格が近いからね。例えば感情の矛先が揃えばそれだけでもメガシンカ出来る」
テルス山の迷路でアルバがメガシンカを成功させた時は、ダイを助けたいというアルバの心にルカリオが同調した。
レニアシティの戦いではダイとジュカインの負けたくないという想いが重なりシンクロすることでメガシンカを成功させた。
「私と、ラグラージが……」
再び視線を合わせる。"ゆうかんな性格"のラグラージとリエンでは、ラグラージの感情が勇み足になってしまいリエンとの足並みが揃わないのだ。
かと言ってラグラージの方がリエンに合わせようとすると、戦い方に支障が出てしまいかねない。
「もう一度、実戦させてもらえませんか?」
だからこそ、リエンとラグラージはそう打診する。元よりそのつもりだ、とイリスもグレイも強く頷いた。
それを見守っていたステラだったが、ふと修道服にしまっていたポケギアが微弱な振動を放っていることに気付いた。三人に一度断りを入れて着信を受ける。
「もしもし?」
『あ、オレオレ』
「電話の時は出来れば名乗ってくださいね、アサツキさん」
電話の相手はラジエスの病院に入院していたアサツキだった。話によれば怪我もほぼ完治し、退院の許可が降りたらしい。
『明日朝、一度ユオンに帰る。ランタナもシャルムに戻るらしいしな』
「そうですか、大事無く良かったです」
『でよ、退院際にアイツらの友達……ソラの様子を見てきたんだけど、もう少しってところかな』
もう少し、アサツキは柄にもなく言い方を濁した。いつも明快な物言いをする彼女が珍しいとステラは思っていたが、ソラの様子を思い出して察する。
「分かりました、では明日もまたお見舞いに行ってみます。ダイくんにも頼まれていますし」
『頼んだ。それと、レニアの復興祭ンとき顔を出す予定だからそう伝えといてくれ』
「かしこまりました」
要件だけ伝え終わるとアサツキは通話を切る。ポケギアをしまうと再び石舞台の上では戦いが繰り広げられている。
そうしてふとステラはジムの中を見渡す。ダイのゼラオラが暴走した時の損傷はほぼ直っている。が、今日行われた戦いの跡がそこかしこに刻まれていた。
「これまた、お掃除が大変そうです」
溜め息を吐くステラの心境を、ボールから飛び出したラルトスが察する。
ラルトスと言えば、とステラは一つのアイディアを思いついた。
それはソラの精神療養に対する、名案であった。