リザイナシティのジムリーダーカイドウに敗れた俺は、その後日が暮れるまでピエール先生が受け持つクラスの講義を見学していた。
その回もあってか、ポケモンのタイプの把握はもちろんそれ以上の戦略を知ることが出来た。さすがは世界最新鋭の技術と先進化した授業内容を誇るリザイナシティのトレーナーズスクールと言ったところか。
放課後になると、何人かの生徒は学校のレンタルポケモンを使ってポケモンバトルの特訓をするようである。おかしな話で、学校から借り出されているレンタルポケモンだというのに、特定のトレーナーには早く懐いたり、反面なかなか心を開かなかったりというところが見受けられた。
当然か、ポケモンは機械じゃないから人間と同じように好き嫌いがある。人の選り好みはもちろん、甘い味の木の実が好きなやつもいれば渋い味とか酸っぱい味が好きなやつがいる。生物として当たり前の嗜好なんだ。
「おーいダイ! バトルしようぜ!」
その時だった。クラスのムードメーカーのような生徒が俺に声をかけてきた。見れば俺がこのグラウンドに降りてきたときに、マッスグマと姿の変わったペルシアンで息の合ったトリッキーな戦術を使っていた子だった気がする。
今日一日の授業の成果を見せるときだ。
「こっちからも頼むよ、俺は自前のポケモンでいい?」
「もちろん! 俺さぁ、お前の今日のジム戦、惜しかったと思ってんだよ! 見ててドキドキしたっつうか、やっぱあれがジム戦なんだろうな」
ニッと笑う彼の言葉を受けて、俺は少し気恥ずかしくなる。惜しかった、とは個人的には思っていない。手も足も出なかったと思ってるくらいだし。
ただ褒められるのは悪い気はしない。ボールの中のキモリも不遜な態度をとってはいるけど、嬉しさが滲み出してる。
「っつーわけでよ! ポケモンバトル、しようぜ!」
言うが早いか早速先程のマッスグマと姿の変わったペルシアンを出してくる。俺も手持ちから二体を選出する。どうやら方式はダブルバトルのようだ。
「よし、メタモン! ペリッパー!」
俺は二匹のポケモンをボールから出す。すると、少し変わったことが起きていた。メタモンの姿が違ったのだ、というより"ユンゲラー"に変身していたのだ。
「お前……あのユンゲラーの姿を真似したのか?」
ユンゲラーの姿で振り向いたメタモンが頷く。図鑑で徹してみれば、間違いなくあのカイドウが使っていたユンゲラーと技も数値も一致していた。
キモリが戦闘不能になるまで一人でずっと戦っていたため、メタモンには出番が無かった。そんな中、メタモンは自力でユンゲラーを分析するために変身していたようだった。
「おや、ダイくん。ポケモンバトルをするのかネ?」
突然声をかけられ、振り返ると小太りのピエール先生が現れた。するとピエール先生は俺から相手の生徒に向き直っていった。
「むむ、チミ……確かまだ筆記の課題が未提出でしたな! バトルばかりしていないで、そちらも済ませなさい! 実技だけポイント高くても立派なポケモントレーナーにはなれませんぞ!」
「いっけね! そうだった……悪いなぁダイ、俺課題を終わらせてくる!!」
マッスグマとペルシアンを残して彼は素早くグラウンドを後にした。その場にはピエール先生と俺が残されていた。
「さて、ダイくん。少し時間をもらってもいいかネ? ちょっとした、昔話に付き合っていただけますか?」
ピエール先生はマッスグマたちをボールに戻すと、俺をチョイチョイと手招きする。俺は少し気になりながらピエール先生の後に続いた。先生が赴いたのは、昼間俺が訪れた準備室だった。
授業の後で聞いたのだが、この部屋は準備室であると同時に情報管理室であるらしく、カイドウや細いピエール先生の写真が飾られているのはそれが理由だからだそうだ。
「実は、私は先代リザイナシティのジムリーダーでネ」
開口一番衝撃の事実だった。俺の衝撃を他所にピエール先生は話を続ける。
「かつて私の教え子だったカイドウくん、今よりもずっと小さな頃だが……正式なジム戦ルールに則り私を打ち破ったのだ。今思えば、私に挑んだ挑戦者の中で彼ほど私を圧倒的なまでに追い詰めた者はいなかったネ、だからこそ私はポケモン協会に彼を私の後任ジムリーダーに推薦したんだけどネ」
「そうだったんですか? カイドウのあの戦法は、ピエール先生が?」
「えぇ、ほんの小さなキッカケだったのですよ。私が彼に、【ミラクルアイ】とエスパータイプのポケモンたちの可能性を指し示した。すると彼は、ポケモンの未知に心を惹かれあっという間に学問を究め、"CeReS"へと入籍したのです。そしてエスパータイプのポケモンとの同調、完全な分析能力"
だからネ、とピエール先生はこっちに微笑みながら向き直った。
「君にも、期待しているのですよ。ジムリーダーに就任して、未だ無敗の彼を打ち破れるのではないかとネ……!」
「無敗……」
「えぇ、ジム戦は正確に言えばジムリーダーに勝つだけが勝利ではない。ジムリーダーがそのトレーナーの実力を認めれば、バッジの授与をしても良いことになっています。ですが、カイドウくんはああ見えて、まだまだ君と同い年の子供。自分を退けた相手にしかバッジを授与しないように決めているそうなのネ」
そのとき、先生が俺に指を突きつけてきた。
「ゆえに、私は君に彼を超えてほしい! もはや君は私の教え子と言っても過言ではない。私の教え子と教え子がバッジを賭けて全身全霊で戦う。これほど教師冥利に尽きることはないよ……だからこそ、私は君に一つだけ助言を残そう」
壁に立てかけられた薄型のモニターが点灯する。これは、トレーナーズスクールの別の教室……? そこでは細いピエール先生がまだ小さいカイドウらしき生徒に向かって個人レッスンをしているところだった。
その授業の内容を受けて、俺はまたしてもポケモンとその使える技に対して見識が広がったような気がした。
「彼はネ、この講義の内容を自分なりに応用して、私を打ち破った。だからこそ、君にもこの知恵と、わざマシンを授けよう」
受け取ったそれを見て、俺は首を振った。ピエール先生が首を傾げる。
「俺のポケモン、どれもこの技を使えませんから」
「Oh……! なんということでしょう、これはとんだアクシデント……!」
目に見えておどけだすピエール先生、気づいているのか気づいていないのか。いいや、きっと気づいてるだろう。先代リザイナシティジムリーダーならば。
「えぇ、
含みのある言い方をすると、ピエール先生は今までのおどけた態度を崩し、恐らくは本来の彼の目でこう言った。
「明日のリベンジを、私も楽しみにしているよ挑戦者」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それからは、ほぼ徹夜だった。ピエール先生から貰ったアドバイスと、カイドウが行っていた講義を最後にちょろっと覗いて、俺なりの戦術を組み立てた。
だが、これには一つだけ問題があった。この戦法で戦う以上、俺はキモリに頭を下げなければならなかった。
「リベンジしたい気持ちはわかる。だけど、今回は抑えてくれないか」
試合に出られないにも関わらず、徹夜の特訓に付き合わせた形になる。何より昨日のジム戦で一番悔しかったのはキモリに違いない。それから出場の機会すら奪ってしまうことになるのだから。
しかしキモリは当然だという風な顔をして俺を叱咤した。それだけじゃない、ゾロアもメタモンも闘志を燃やしキモリの分まで戦うという気概が見えた。ペリッパーは相変わらずのんびりしていたけど、それでもやはり気合は入っているのだろう。
「よし、じゃあ……行くか」
この反復練習を、睡眠なんかで忘れてちゃ勿体無いよな!
俺はガイドマップちゃんの案内を受けて、本来のリザイナシティジムへと脚を運んだ。そして、思い切り扉を開け放つ。
当たり前だが、ジムの中はグラウンドとは違った。それどころか、これではまるで……
「大学の、教室……?」
連結した机と椅子が、教壇から放射状に広がっている。そしてその教壇で、やつは待っていた。
「ずいぶんと早いな、
「一夜漬けしてきたもんでね」
「そうか、睡眠不足による判断力の低下よりも優先すべき作戦があると見た。とするなら昨日よりはマシな戦いが出来ると……まぁ期待はしないがな」
徹夜はお互い様だろう。卓上ライトと本、少し浮腫んだ顔に眠たげな目。テーブルの上には幾つもの学術書が並んでいて、恐らくあれを読破していたに違いない。
カイドウは立ち上がると、縦に連なる黒板の上下を入れ替えた。どうやらそれがスイッチらしい。入り口から教壇に向かって伸びるやけに広い階段が中央で割れた。
「俺のジムは本来研究者たちがその椅子に腰を降ろしてデータを取るため、また通常の講義に使用するため変形するように出来ている」
「男の子の浪漫ってやつか」
実際、さっきまで大学の教室のようだったジム内部が、立派なスタジアムへと早変わりした。長方形のバトルフィールド、左右には先程までは机だった板が収納され、椅子のみになって何段にもなっている。
俺は階段を降りる前に、俺より下の位置にある教壇からこちらを見上げてくるカイドウと睨み合いを交わす。
「昨日と反対だな」
「昨日……?」
「あぁ、昨日は俺が見下されてたけど、今日は俺が上だ」
「くだらん、ガキかお前は……さっさと始めるぞ」
スタジアムの中心へと歩いていくと、バーチャル映像の審判が昨日と同じルールをつらつらと告げていく。カイドウは昨日と同じシンボラーとユンゲラーを出してきた。
俺はその中で、シンボラーを見た。昨日、俺はあのポケモンとは対峙すら出来なかった。ジムリーダーはポケモンの交代が出来ないというハンデを持つ。だが、
「それで、お前のポケモンは……」
「あぁ、この二匹だ」
俺はボールを放り投げ、そのボールから出てきた二匹が雄叫びを上げる。一方は猛々しく、一方は可愛らしく。
「メタモンと、ゾロア……?」
カイドウが訝しげに呟いた。俺はスターティングラインに立つとカイドウに向かって啖呵を切る。
「こいつらがうちの主力だ、今日こそお前を打ち破る」
そして俺は完全に古い自分を脱ぎ捨てるんだ。って、昨日までは思ってたんだけどな……昨日のジム戦の後の授業や、徹夜の特訓をしてるうちにわかってきた。
俺はやっぱり、ポケモンバトルが好きで。自分の仲間と勝つのが夢で、その第一歩を踏み出そうとしてるんだって。
「その最初の壁に、お前以上の強敵はいない」
「そうか、なら俺も俺でお前の壁であろう。せいぜい乗り越えてみせろ、チャレンジャー!」
カイドウがスターティングラインに立ち、それを認識したバーチャル審判がホイッスルを咥える。俺は前傾姿勢で、戦場を把握するように睨みつけた。
3…………!
2…………!
1…………!
ホイッスルの甲高い音が、ジムの中へ木霊する。カイドウは昨日と同じく、ユンゲラーを繰り出す。それに対し、こちらもメタモンで迎え撃つ……!
と、そう見せかける。いや、たしかに最初はメタモンが表に出る。相手のユンゲラーが仕掛けてくる前に、メタモンは【へんしん】しユンゲラーになる。しかしユンゲラーへ変身が完了するとすぐさまゾロアが飛び出した。
「ゾロア! 一発かましてやれ! 【ほえる】!」
ボールから出たときと同じくらい大きな咆哮をゾロアがその小さな体から繰り出す。ユンゲラーはフィールドに入った瞬間に威嚇され、すごすごと引き下がりそれと入れ替わるようにシンボラーが前に出る。
「ほう、俺から無理やりシンボラーを引き出したか……だが、シンボラーは俺の手持ちの中で最も優れたポケモンだ。それを知っての戦略か?」
「……実は知らなかった、わけねえだろ! 【ちょうはつ】!」
俺がその指示を出したとき、明らかにカイドウは僅かに目を見開いた。ゾロアが出てきたばかりのシンボラーを挑発する。
ポケモンの技は、相手を攻撃するだけじゃなくこうして相手を煽ることにも意義がある。
「知識が力になる、俺だって研究したんだ。たった一晩だけどな……!」
【ちょうはつ】を受けて、シンボラーは暫くの間攻撃する技しか使えなくなる。カイドウの戦術はずばり、【ミラクルアイ】によってカイドウ自身の感覚をポケモンにリンクさせリアルタイムで相手の作戦に対策すること。
なら、まずはそこから崩してやれば、そこに勝機があるはずだ。俺たち双方が"通常のポケモントレーナー"という土台で勝負すればきっと……!
「ゾロア、下がれ!」
「なに……!? ゾロアを下がらせただと……?」
忙しなく俺のフィールドをポケモンが入れ替わる。シンボラーをフィールドに釘づけた、それが真の目的に見せかける。
だが、俺の作戦はメタモンにユンゲラーをコピーさせることが大前提。だがユンゲラー同士の戦いでは、意味がない。真の狙いはシンボラーとユンゲラーを戦わせることにある。さぁ、徹夜で磨いたコンビネーションを今こそ見せる時だ!
「メタモン! 懐に飛び込んで【かみなりパンチ】!」
「なるほど、俺のユンゲラーを研究しつくしたか……だが!」
シンボラーに向かって跳躍するユンゲラー姿のメタモン。しかしシンボラーは既の所で回避し、メタモンを迎撃する。翼による三連同時攻撃……【つばめがえし】か!
弾かれたメタモンはそのままスプーンをシンボラーへと差し向け、【サイケこうせん】を放つ。同じエスパータイプ、あまり効果がない技に思われるが……しかし、
「シンボラー! こちらも【サイケこうせん】!」
念波をそのまま放出しあい、お互いの頭脳に直接攻撃を与える。しかし、シンボラーは一瞬飛行状態を維持できず落下するほどに大きなダメージを受けた。
「メタモンは今、ユンゲラーの姿を模している。つまりタイプもエスパータイプ、ならシンボラーの【シンクロノイズ】が適応されれば……ハッ!?」
カイドウは気づいたようだ。シンボラーの身体を纏う不思議な色の防壁に。俺は図鑑でシンボラーとメタモンを比べて確認する。
現在、俺のメタモンの特性は"いろめがね"に。そしてシンボラーの特性が"マジックガード"へと入れ替わっているのだ。
「【スキルスワップ】か……いつの間に!」
「【サイケこうせん】を撃つ直前さ……"マジックガード"は攻撃以外でダメージを受けなくなる。例えばどく状態だな」
「だが、こんらん状態による自滅は、自らを傷つける攻撃としてダメージを受ける……だから、わざわざ【サイコキネシス】ではなく【サイケこうせん】を選んだというわけか……!」
さすがにこの戦法はカイドウの知識ベースの中に入っているはずだ。なにせ、自分のポケモンたちの技をとことんまで把握し尽くしている男なのだから、当然この戦術だって思いつく。
「そして、メタモンは"いろめがね"で確実に攻撃を見切り、弱点を突くことが出来る!」
再びメタモンがシンボラー目掛けて【サイケこうせん】を発射する。同じ【サイケこうせん】では相殺すら出来ない。このままシンボラーをこんらん状態に持ち込めれば……!
「甘く見るな、【ミラクルアイ】!」
「ッ、しまった!」
ゾロアがフィールドを離れてしばらく経ったせいで、シンボラーの頭が冷えてしまい元の知的な行動を取ることが可能になってしまった。
シンボラーとカイドウに第三の目が現れ、シンボラーの動きが著しく変化する。サイケこうせんの波が弱まるところまで後退し、ダメージを最小限に抑えてしまう。
「防衛体勢維持攻撃警戒態勢継続状況分析開始分析終了状況はやや不利と判定」
カイドウの言葉から段落が消失する。早口のようにまくし立て、シンボラーが攻めてに出る。だがカイドウの言葉が真実なら、今はまだ俺に分がある。
諦めるな、今度こそ勝ちをもぎ取るんだ。
「俺の、知りたいという意欲だ!」
メタモンがシンボラーへと飛び込む。しかしその機動から速度まで、何もかもが分析把握されているため【かみなりパンチ】は殆ど当たらない。同じく【れいとうパンチ】をもう一つの腕とスプーンで繰り出すも、やはり回避される。
逆にシンボラーが放つ【エアカッター】の刃はすべてメタモンへとヒットする。空気の刃には念波の刃を、メタモンは伸縮したスプーンを振り抜き、【サイコカッター】を繰り出す。
「範囲攻撃なら……!」
「念波形状予測開始予測終了エアカッターに類似する三日月状である確率が最有力放射角度高度分析完了回避可能」
しかしそれでも、シンボラーに攻撃は当たらない。ここは、一度フィールドをリセットする……!
「メタモン、下がれ! ゾロア、頼むぞ!」
メタモンを一旦下げさせ、ゾロアがメタモンとタッチを交わす。フィールドに入ったゾロアがシンボラーと向きなおる。【ほえる】で、ユンゲラーを引きずり出せば少なくとも【ミラクルアイ】を再発動されるまでに隙が出来る。
だけど、それではダメだ。たとえ相手が【ミラクルアイ】で全方位を観察、即時に対策を叩き出せるとしても、シンボラーと戦わねばならない。
「【ミラクルアイ】で、いかに認識力を高めてようと……それを上回れるときがいつか来る! 【こうそくいどう】!」
ゾロアがスタジアム内を縦横無尽に駆け巡り、走るほどに素早さが高まっていく。しかし、今カイドウとシンボラーは例えるならば四つの目と二つの脳みそを共有しているようなもの。
いかにゾロアがスピードをあげようと、どちらかに認識されてしまえば対策は容易に立てられてしまう。だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。今はその弾込めの時間なんだ……!
「敵こうそくいどう中上記の行動の意義以前不明恐らくは撹乱中につるぎのまいを行っている可能性を示唆」
バレている……! ゾロアは高速で場内を駆け巡りながら、【つるぎのまい】で己を高めている。高めたその身で繰り出す、最高の状態の一撃を。
「バレちゃ隠してもしょうがねえ! 【イカサマ】!」
ゾロアが弾丸のようにシンボラーに突進、前足で殴り掛かると見せかけ後ろ足による蹴撃を行う。シンボラーは素早く攻撃してきた方向を睨むと、ひらりとその身を翻して回避する。
だが、まだだ。ゾロアはそのままシンボラーの後ろに着地すると、すぐさま反転し噛みつきにかかる。【イカサマ】はブラフ、狙いはこの【だましうち】!
「敵攻撃行動終了後即時反転第二撃接近反応可能」
俺の目では、その一瞬の攻防のすべてを把握することは出来なかった。わかったのは、噛みつきにかかったゾロアがそのまま認識できない背後からの攻撃を受けて吹き飛ばされたということだ。
「【じこあんじ】でゾロアと同じく【つるぎのまい】を舞って自分を高めた状態にして、【オウムがえし】したのか……!?」
「鋭いな、その通りだ」
背後から強力な一撃を喰らい、ゾロアは予想以上のダメージを受けた。幸いなのは、メタモンが使った【スキルスワップ】でシンボラーが"マジックガード"になっていたということだ。もし"いろめがね"だったのなら、ここで勝負が決まっていたかもしれない。
頬をピシャリと撃つ。ゾロアが限界に近い今、もはや猶予は無い。眠気がのさばって来た頭をフル活用する。
「ゾロア! 俺達が徹夜で組み上げたフォーメーションで行くぞ! メタモンと代われ!」
コクリと頷いたゾロアが再びエリアから出ていく。そしてメタモンが場内へと一歩脚を踏み入れた。
ここから、俺がピエール先生と、カイドウの授業と、過去の戦いを組み合わせた独自の
「【トリックルーム】!」
指示を受けたメタモンが、スタジアムを覆うような半透明の空間領域を作り出す。【トリックルーム】は「遅い者ほど先に動ける」不可思議な空間。
だが、カイドウが行った授業に含まれていたワード――――「トリックルームの新たなる可能性」を俺が実証する!
メタモンが
シンボラーが【スカイアッパー】と酷似した振り抜きの【かみなりパンチ】を辛うじて回避する。文字通り目視不可の弾丸のようなメタモンの速度にまだ相手の視認能力が付いていかないのだ。
「急げ! 【トリックルーム】の効果は長く持たない! それまでに決めろ!!」
「これが挑戦者の最後の手か……なるほど及第点だ、お前はよく学んだ……! しかしそれが勝ちを譲る理由にはならない!!」
シンボラーが漆黒のエネルギーを充填し始めた。見間違うはずもない、あれは【シャドーボール】! あれを受けたらユンゲラーと同じステータスのメタモンではひとたまりもない……!
「ッ間に合え、【れいとうパンチ】!」
「【シャドーボール】!」
そこからは、俺もカイドウも恐らく認識できなかった。ポケモンたちだけの、攻防の時間だった。冷気を纏ったメタモンの拳が【シャドーボール】に突き刺さるも、その暴発エネルギーがメタモンの身体を容赦なく焼く。
しかし【シャドーボール】を突き抜けた【れいとうパンチ】がシンボラーの翼に直撃。しかし、当たりはどうやら浅かったらしく戦闘不能に追い込むまでいかなかった。
お互いのポケモンが大きく吹き飛ばされる中、俺はポケモン図鑑でお互いの体力を数値化した戦況を把握する。そして、
メタモンが俺の立つスターティングラインまで吹き飛ばされてきた。カイドウは、どうやら今の一撃の分析を高速で行ったために、脳が不可に耐えきれなかったのか、鼻から血を流していた。それでも【ミラクルアイ】を維持し続けていた。
ポタポタと、血の雫がスタジアムの床に落ちる音まで聞き取れるほど、先程からは考えられない静寂。
「はぁ……はぁ……」
爆風によって発生した煙幕が晴れる。バーチャル審判は、メタモンの姿を確認。未だにユンゲラーへの変身を維持していた。
「バカな、今のシンボラーの一撃は確実に相手を戦闘不能に追い込める選択だったはず……この俺が計算ミスを……?」
「いいや、確かにあのシャドーボールは戦闘不能に持ち込めるだけのダメージを与えてきたさ。ただメタモンはアンタのシンボラーから貰ったのさ……この"きあいのハチマキ"を!!」
俺とメタモンは【シャドーボール】の暴発エネルギーによって燃え尽きつつある"きあいのハチマキ"を見せつけた。カイドウは目を見開く。それはそうだろう、カイドウは
「っつ……御託はいい!! きあいのハチマキで持ちこたえたのならそれでいい! もうメタモンは戦闘を続けるほどの体力ではあるまい!! さっさとゾロアをフィールドに出せ!!」
カイドウは鼻から流れる血を止血することなく、俺へ叫んだ。俺は、最後までこらえて、不敵な表情をカイドウに向けてやった。
直後、シンボラーが急激に地面に落ちた。戦闘不能ではない、ただ飛行が出来なくなっただけだ。
「ゾロアなら、もうフィールドに入ってるよ」
「なっ……バカを言うな、ゾロアならそこに……?」
いないだろう、俺の側には。それこそ、たった今の今まで、きあいのハチマキを見せつける瞬間まではここにいた。正確には
そのとき、地面がゴリゴリと隆起しながらシンボラーの真下を目指していた。だが、地面に落ちたシンボラーはまともな回避行動を取れずにいる。
今気づいたぜ、【ミラクルアイ】と念写によるトレーナーとのリンク。これの弱点はどちらか片方が混乱してしまうと、情報の羅列が出来なくなること。現に今、シンボラーはなぜ自分が翔べないのか、なぜ自分が地面に落ちたのかを必死に演算している。
だけど、もう――――
「遅い!!! ゾロア!! 【あなをほる】!!」
スタジアムの床を掘り抜き、上昇する勢いを加算してシンボラーの頭部を今度こそ蹴り上げるゾロア。シンボラーも、カイドウも目を見開いている。
そこからゾロアが着地し、シンボラーが打ち上げられてから落下するまでの時間は俺にもゆっくりに思えた。シンボラーが地面に叩きつけられ、そして目を回す。
『Pーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!! そこまで、シンボラー戦闘不能! よってこの勝負、挑戦者の勝利!!』
試合終了のホイッスルが鳴り響く。しかしその音は、勝利を渇望する余り俺の頭がよこした幻覚と幻聴なんじゃないのか、またはカイドウが俺を油断させるためにエスパーポケモンを使って俺の脳に直接たたみかけてきてるのではないか。そんな考えに陥る。
しかし、カイドウは自らのポケモンたちと、俺のポケモンたちを見比べて俺を睨みつけた。
「説明してもらおうか、俺はシンボラーにきあいのハチマキを持たせた記憶など無い」
「そりゃそうさ、きあいのハチマキは
カイドウが首を捻る。すると未だに止まらない鼻血がポタポタと流れ出る。俺はハンカチを差し出す、カイドウは渋々ながら受け取ってそれで止血手当をする。
「まず、この作戦は昨日のバトルの直後、メタモンが変身を解除してなかったところから始まるんだ」
「ボールの中で、キモリとユンゲラーの戦いを見て、変身していたというのか」
「そういうこと、次に俺はあんたのユンゲラーを一晩かけて分析したんだ」
そして、ユンゲラーもまた【トリック】が使えることを知った。自分の持ち物と相手の持ち物を入れ替える技、だがそれではシンボラーからきあいのハチマキを手に入れたことの根本の説明にはならない。
始まりは、【スキルスワップ】の直前。きあいのハチマキを最初に持っていたのは、メタモンだ。
「メタモンは【スキルスワップ】と【トリック】で特性だけでなく道具も入れ替えていたということか」
それで間違いない。ただ、シンボラーが持っていた道具は、メタモンが持っているというわけではない。
「じゃあ、今ゾロアが持っている"ラムの実"は……」
「そう、最初はシンボラーが持っていたもんだ」
最初に道具を交換したのはメタモンとシンボラー。このときメタモンに"ラムの実"が、シンボラーに"きあいのハチマキ"が渡った。
そして、ミラクルアイによって戦況が俺に向かって圧倒的に不利になったとき、勝負を動かした。
「ゾロアとメタモンが入れ替わって、【トリックルーム】を使って不可思議な空間を作り出したときだよ。その時、ゾロアとメタモンは道具を入れ替えたんだ」
そこでメタモンからゾロアへ"ラムの実"が、そしてゾロアからメタモンに渡された道具が、シンボラーが動きを止めるに至った原因だ。
カイドウは戦闘不能になったシンボラーからとある道具を受け取った。それは黒光りする鉄球で、カイドウの手のひらサイズだと言うのに両手でようやく持てるような重さだった。
「"くろいてっきゅう"か……どこでこんなものを手に入れたんだ」
「俺、旅歴だけは長いからな……それで、相方が使いそうにないアイテムだけこっそりネコババしてたんだ、そのうちの一つがこれさ。きあいのハチマキも「タスキはハチマキよりも強し」とかなんとか言って俺に寄越してきたんだ」
時と場合に寄ると、俺は思うけどね。
メタモンが【トリックルーム】を張り巡らせる。すると、メタモンは"くろいてっきゅう"を持っていたことで、重くなった。ゆえに弾丸と見まごう超スピードでの攻撃が可能になったんだ。
そして、あの【トリックルーム】は、それだけでは終わらなかった。
「アンタの講義を見たよ、トリックルームに関しての研究もしてただろ」
「……そこまで勉強したのか。そうだ、俺はトリックルームで操れるのがスピードだけではないと、可能性を感じたんだ」
「それで、俺はトリックルームで【じゅうりょく】を擬似的に操作出来ないか、一か八かで試したんだ」
トリックルームで、遅い者から先に動ける空間と、同時に
賭けといっても、確率はかなり高かった。俺はカイドウを信用しきっていたからだ。講義にこのテーマを持ち出すほど信憑性が高い術式だと俺は睨んだ。
「そして結果的に、【れいとうパンチ】と【シャドーボール】が交錯する瞬間にメタモンはシンボラーの懐からきあいのハチマキを盗み出し、お返しとばかりに"くろいてっきゅう"を忍ばさせた」
「そういうこと……つっても、きあいのハチマキでメタモンが持ちこたえてくれなかったらと思うと、ヒヤヒヤするけどね」
アイがタスキはハチマキ云々言う理由の一つに、タスキによる気合は確実にポケモンを踏ん張らせるが、ハチマキの気合で耐えられるかはポケモン次第だからだ。
あのままメタモンが戦闘不能になることも十分あり得た。だが最終的にメタモンは耐え、そのままトリックルームを維持し続けた。
「シンボラーが床に落ちて飛べなくなったのは、【トリックルーム】の効力が切れたからか」
そう、きあいのハチマキを見せつけてカイドウの動揺を誘ったのは、トリックルームが消滅するのを待っていたからだ。
既に瀕死寸前のメタモンを下げ、ゾロアを繰り出した。だがここでも一つ、俺は仕掛けを用意した。
「メタモンが踏ん張ったと知った俺は、即座にメタモンを下げてゾロアを出した。もうゾロアは"くろいてっきゅう"を持っていないから、自由に動けたしな」
「それだ、よくもまぁ【ミラクルアイ】で認識分析能力を高めている俺達の目を欺くことが出来たな」
「うん、それもぶっちゃけ賭けだった。前から気になってたんだ、ゾロアの"イリュージョン"はメタモンの【へんしん】と違って、幻影そのものがゾロアってわけじゃない。幻影の足元にゾロアがいるだけだ。けど重いポケモンに化けたゾロアはジャンプすると化けたポケモンくらいの質量に見せかけることが出来るんだ」
重量級のポケモンに化けたゾロアは「ドスン!」という足音を立てることが出来る。つまり、カイドウにきあいのハチマキを見せつけていたとき、俺の足元にいたゾロアは
「あとはイリュージョンをキープ出来ればよかったんだけど、気がついたら消えてた。だけどシンボラーの回避よりも、ゾロアの攻撃の方が速かったってことさ」
「なるほど、お前の知りたいという知識欲が、俺の知識を上回ったということだな。思えば、俺はジムリーダーになって以来、ずっと知っていることしかしてこなかった。ポケモンバトルの戦術は当然知っていることから引き出した。当然だろう、人間は知っていることしか十全には出来ないのだから」
カイドウが語りだす。その目には、到底俺と同い年とは思えない壮年じみた光が宿っていた。
「だがお前のおかげで、思い出したよ。研究の真髄を! 知りたいと欲するその気持ちを! 突き詰め解明するその心が生み出すパワーを!」
興奮し鼻血が再び溢れ出すがそんなことをカイドウは気にしなかった。ポケットから取り出したそれを俺に突き出した。
「受け取れ、そして認定しよう」
カイドウに受け渡されたそれを、登る朝日にかざす。キラキラと煌くそれは、知恵の輪によく似ていた。
「このリザイナシティにおいて、もっとも知的で超常の力を有するこの俺が、挑戦者ダイの健闘を証明する!!」
リザイナシティポケモンジム認定トレーナー、ダイ。
俺の名前が、ラフエル地方に刻み込まれた最初の一歩だった。
ポケモントレーナーダイ
所有するバッジ:1個
お借りしたキャラクター
おや:裏腹くん(@HandstanD_p0I0d)
Name:カイドウ
Gender:♂
Age:15
Height:187cm
Weight:65kg
Job:リザイナシティジムリーダー
Badge:スマートバッジ
Catchphrase:「
※ルビは本作限定です。
※リザイナシティトレーナーズスクール講師&元リザイナシティジムリーダー「ピエール先生」も本作オリジナル。またトレーナーズスクールの講師に時折カイドウが来ることも本作オリジナルの設定です。
キャラクター詳細を初めて見た時、筆者が思ったのは「あ、無理だこいつ。企画者が思ってるようなキャラクターのまま出すのは困難だ」です。
可能な限り頑張りましたが貧相な語彙ではあれが限界でした。