ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSボーマンダⅢ キセキシンカ!

 虹の柱が立ち上るレニアシティで、キセキジュカインとメガボーマンダがぶつかり合う。

 二匹の衝突に応じて、虹の光が強く飛散する。ジュカインがビルの壁を蹴り、ボーマンダの背後を取った。

 

「【ドラゴンクロー】!」

「【げきりん】だ!」

 

 ジュカインが腕の三つの新緑刃を覆うほどの巨大な龍気の篭手を顕現させ、それを振るう。

 返すように、ボーマンダが龍気を発散させ暴れ散らす。両者の一撃がぶつかり合い、激しい閃光が舞い散る。

 

 だが、明らかに速いのはジュカインの方であった。 ボーマンダからすれば対峙し睨み合っているのにも関わらず気づけば背後を取られている。元より素早かったが、キセキシンカを経てさらに素早さが上がったのがわかる。

 

 ダイはポケモン図鑑でキセキジュカインをスキャンする。だが、画面はエラー表示のままだった。完全に未知、図鑑でさえもキセキシンカしたポケモンの詳細なステータスを測るのは難しいようだった。

 

 特性も分からずじまい、一見使い方の分からない武器のようでさえあった。

 だが身体中を覆うReオーラを通じて、ダイはジュカインの心がわかる。ジュカインもまた自分を見守るダイの心を認識していた。

 

 だから、今は分からなくたっていい。

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「くっ、全快のボーマンダとここまでやりあえるとは……ッ!!」

 

「どうした、もうヘバッたか!」

 

「ほざけェ!」

 

 グライドが激高し、それに合わせてボーマンダが飛び出してくる。"スカイスキン"の効果で勢いを増した【すてみタックル】を行うつもりだろう。

 ダイとジュカインは顔を見合わせ頷き合う。そしてジュカインが再び地面を蹴り、這うようなギリギリの前傾姿勢で突進する。

 

 接敵の瞬間、ジュカインの攻撃は一瞬の間に三度行われた。第一手は【アクロバット】でボーマンダのタックルを回避し即座に素早く殴打、さらにボーマンダの下を潜り抜けながらの【ドラゴンクロー】、そして離脱しざまに背中の枝の根本から小さな種子を飛ばした。それを一瞬の間にやってのけるスピードとテクニック、今までのジュカインではとても考えられない正確さであった。

 

 遅れてやってくる痛みと衝撃にボーマンダがグラついた。振り向きざまに放たれる【ドラゴンクロー】は背中を向けているジュカインでは回避が間に合わない。

 それが普通である。だが、起こした奇跡は普通を超越する。ジュカインはボーマンダを一瞥せずに身を屈め、ボーマンダの横薙ぎに繰り出された激爪を回避。返すように【アイアンテール】でボーマンダを打ち飛ばした。

 

「な、にっ!?」

「ジュカインに見えてなくても、俺に見えてれば避けられる。そして!」

 

 刹那、ダイが身体に纏ったReオーラを収束させジュカインへ譲渡する。虹色の波動を受け取り、自身のそれをさらに巨大化させたジュカインが腕に再び龍気の篭手を作り出し、Reオーラを纏わせる。

 

「【ドラゴンクロー】!」

「チィッ!! ボーマンダ、躱せ!」

 

 グライドの指示を受けてボーマンダが勢いよく翼を羽撃かせ、空へ回避行動を取る。

 だがジュカインの掬い上げるような激爪はReオーラのブーストを受けて巨大化、ビル一つを飲み込むほどの大きさになった龍気の篭手は空中へ回避したボーマンダを切り裂いた。

 

「俺の力がジュカインの力になる! 俺はまだまだ戦えるぞ!」

 

 ジュカインに譲渡し、小さくなっていたダイのReオーラがその一言で再度爆発するように復活する。

 そもそも死者蘇生からして出鱈目だというのに、そこからメガシンカ以上に強化されたジュカインとそれをさらに手強くするダイの存在がグライドは心底厄介だと感じた。

 

 もはや冷徹な機械と自分を称している余裕など一つもない。たかだか十代の子供に自分の本質を引きずり出されているという事実がグライドを苛立たせる。

 それでもグライドは努めた。茹だる自分の頭を強制的に冷却し、物事の一つ一つ細分のディテールに至るまでを観察する。

 

「いいだろう……貴様がそう来るのならば、もはや一片の容赦も無しだ」

「一回殺しておいて容赦があったのかよ、相当ブラックな組織だな」

 

 すぐにその軽口を塞いでやるとグライドが目の色を変え、神経を研ぎ澄ませ、次いで手持ちの全てを召喚する。

 グソクムシャ、ゼブライカ、ジュナイパー、ドリュウズ、ルガルガンがボーマンダの隣に並び立つ。フルメンバーで正面からダイを迎え撃つつもりだ。

 

 如何にキセキジュカインであっても、それだけではとても突破出来る状況ではない。

 だがダイもまた、虹の奇跡によって全快した手持ちを呼び出した。

 

 ゲンガー、ウォーグル、ゾロア、メタモン、ゼラオラがジュカインに並ぶ。メタモンは振り返り、ダイの指示を仰いでいる。どのポケモンに変身するか、それが重要になるとメタモンも分かっているのだ。

 逡巡、フィールドを見渡す。なにも手持ちや敵である必要はない。背後で見守る仲間たちのポケモンから一体を選ぶ事もできる。

 

 しかしメタモンの変身はあくまで姿や能力をトレースするだけで、そのポケモンが培ってきた経験までトレース出来るわけではない。

 つまり強力なイリスのピカチュウやシンジョウのリザードン、アシュリーのエンペルトをトレースしても状況打開には至らないとダイはそう考えた。

 

 加えて、ダイのメタモンが変身できるのは一度戦ったことか、見たことのあるポケモンだけ。要は今までダイが戦ってきたポケモンの中から選ぶ必要がある。

 グライドと睨み合いながら、ダイはラフエル地方の旅を思い出す。走馬灯なら先程死んだ時に見飽きた。哀愁よりも今は素早く記憶を巡れと頭を回す。

 

 今まで戦ってきた相手の中でも特に記憶に残っているのはやはりジムリーダーだった。

 

 カイドウのユンゲラーとシンボラーとの戦い。

 

 サザンカのクラブとゲコガシラ、およびゲッコウガとの戦い。

 

 ステラのミミッキュ、ニンフィア、アブリボン、グランブルとの戦い。

 

 アサツキのキテルグマ、ローブシンとの戦い。

 

 今までのジム戦全てを遡り終えた時だった。ダイの頭の中にたった一つ、天啓とも呼べる作戦が思いついた。

 それもグライドの手持ちで最強を誇るボーマンダを打ち倒すための作戦が、だ。

 

「よし、メタモン【へんしん】だ!」

 

 コクリと頷き、メタモンが自身の身体を変化させる。Reオーラを通して、ダイの作戦がメタモンやその他のポケモンの頭に流れ込む。

 そして満を持して変身を終えたメタモンの姿は、クシェルシティジムで戦ったサザンカのゲッコウガへと変わっていた。

 

「ほう、散々頭を絞って出した答えがそれか」

「容赦しないって割には、律儀に待っててくれたのかよ」

「十全の状態の貴様を倒し、英雄のポケモンに我々を認めさせるためだ。やむをえん」

 

 グライドの言葉に、ダイは「だってさ」と言いながら後ろのライトストーンに語りかける。宝玉はただ漂っているだけで何も答えなかった。

 彼もまた、ダイの可能性がどれほどのものかきちんと見極めるつもりらしい。静かながらに威圧的な空気を、ダイは背中越しに感じた。

 

 深呼吸を一度、ダイは行った。そして全ての息を吐ききり、肺に最低限の空気を取り入れ、叫んだ。

 

「ゲンガー! 【なりきり】!」

 

 ダイの言葉を受け、ゲンガーがその場のポケモンのどれかの特性を真似する。ひとまずダイは【のろわれボディ】より優先する特性にゲンガーを変化させた。

 だがグライドにはゲンガーがどのポケモンの特性をトレースしたのかは思いつかない。可能性があるとすれば未知数のキセキジュカインか、ゼブライカの"ひらいしん"とグライドは考えた。

 メガジュカインであれば特性は"ひらいしん"であったが今はそうではない。ゲンガーが"ひらいしん"の特性をトレースすれば少なくともゼブライカの電撃からウォーグルを護ることが出来る上、味方のゼラオラから電気の供給を受け、特殊攻撃のステータスを上昇させることだって出来る。

 

 故にグライドは、ゲンガーがトレースした特性は"ひらいしん"であると当たりをつけ、ゼブライカを半歩下がらせた。

 電気攻撃でウォーグルを潰すにはゲンガーとゼラオラを倒す必要がある。ゼブライカにはこおりタイプの"めざめるパワー"もあるがそれはあくまで切り札だ、どちらかと言えばジュカインを倒すために取っておきたいとグライドは考えていた。

 

 並び立つポケモンたちが一斉に飛び出す。ゲンガーにはジュナイパーが、ゼラオラにはドリュウズが対面する。

 

「ゲンガー! 【シャドーボール】だ!」

「ジュナイパー、迎撃せよ!」

 

 夕刻と同じように、ゲンガーとジュナイパーが闇色の魔球をお互いに放ち合い、ぶつかりあった魔球が闇の粒子をばら撒きながら消滅する。

 戦いの火蓋は再び切って落とされた。初撃は相殺、次手で出遅れた方が防戦を強いられる。

 

「ルガルガンとボーマンダは【ストーンエッジ】を放て。まずはゾロアを集中的に狙う」

「──【リーフブレード】!」

 

 だから、ダイはここで最速の手に出る。ジュカインの姿が消え、ルガルガンを切り裂く。物理攻撃に対し有利な【カウンター】を持つルガルガンも、認識できない攻撃に【カウンター】を決めることは出来ない。

 もう一方、ボーマンダが地面を踏み抜くことで放たれた石刃はゾロアへと一直線に向かっていく。

 

 しかしゾロアは避けない。覚悟を決めた瞳で迫る石刃を睨んでいる。心ではダイの言葉を待っている。

 

「ぶっ放せ、【ナイトバースト】!」

 

 宵闇を凝縮させたような暗黒をゾロアが撃ち出す。【ストーンエッジ】を飲み込む暗黒は石刃をぎりぎりとすり潰す。ゾロアのところへ届く頃には既に小粒の砂利に変わってしまっていた。

 さらに拡がった暗黒がそのままグライドのポケモンの視界を奪う。これにより攻撃の命中率がダウンする。

 

「ちっ、やはりReオーラがヤツの手持ち全てに作用しているか……!」

 

「続けていくぞ! 【ほのおのパンチ】だ、ゼラオラ!」

 

 視界を塞がれれば、防御のタイミングも崩れる。ゼラオラが腕にプラズマを纏わせ、それを元に発火させ炎を纏うと青白い軌跡を描きながら跳躍し、ドリュウズを正面から殴り抜く。さらに振り向きざまにジュナイパーを牽制する。ゼラオラの天敵はドリュウズ、だがドリュウズにとってもゼラオラは無視できない存在であった。

 

「【エアスラッシュ】! 狙いはグソクムシャ!」

 

「先手を取らせるな、【アクアジェット】!」

 

 ウォーグルが飛翔し、空中から空ごとグソクムシャを空気の刃で切り裂くがグソクムシャは上手く水に乗って滑走することでダメージを抑え、そのままウォーグルへと体当たりを行う。

 体勢を崩し、よろけたウォーグル。そのまま【アクアブレイク】で追撃しようとしたグソクムシャが見たのは、不敵に笑むウォーグルの姿だった。

 

「【フリーフォール】!」

 

「拘束技か……ッ! 抜け出せ!」

 

 グソクムシャの突進攻撃を敢えて誘発し、ウォーグルはその巨大な手でグソクムシャの身体をガッチリと拘束すると翼を羽撃かせて飛翔する。

 

「ならばジュナイパー、グソクムシャを援護せよ!」

 

「来ると思ったぜ! 【シャドーパンチ】!」

 

 上昇するウォーグル目掛けて闇色の魔球を木葉矢に乗せて撃ち放つジュナイパー。だが飛ぶ木葉矢を全てゲンガーが見えざる手による連続攻撃で打ち落とす。

 妨害を妨害、そのまま上昇し空中で反転したウォーグルが真っ逆さまに急降下を始める。

 

「落ちてくるぞ! ゼラオラ、任せた!」

 

 ダイの言葉にゼラオラは静かに頷いた。今のダイにはゼラオラの心が分かる。彼の死によって思い出した"哀"で、ゼラオラは全ての感情を取り戻した。

 リライブ直前まで来た彼らの心を、(Reオーラ)が架け橋となって繋いでくれた。だから、ダイの求める攻撃タイミングでゼラオラは飛び出すことが出来る。

 

 

「──【プラズマフィスト】ォ!」

 

『ゼララララララララララァァーッッッ!!』

 

 

 地面にぶつかる寸前、ウォーグルがグソクムシャを地面へ叩きつけ再度上昇。起き上がったグソクムシャへ、ゼラオラが特大の雷光を纏った拳をそのがら空きの腹部へ叩き込む。

 総力戦、故に"ききかいひ"は発動できない。そのまま散乱するプラズマが地面を抉りながら、迅雷は駆け抜ける。

 

 バァン、空気が爆ぜる音と共にゼラオラがグソクムシャを殴り抜いた。ゴロゴロとアスファルトを転がったグソクムシャはもう立ち上がれない。

 

「よし、メタモンは【ダストシュート】だ! ゲンガー、合わせて【ベノムショック】!」

 

 ゲッコウガへと変身しているメタモンが印を結び、現れたゴミの山を一気に投擲する。狙われたのはジュナイパー、それを飛翔することで回避すると迫るゲンガーの毒素の波状攻撃を【シャドーボール】で相殺する。

 そのまま滑空し、ゲンガーへ狙いをつけるジュナイパー。だがその間にメタモンが割って入り、ジュナイパーの突進の盾となる。

 

「そのまま【リーフストーム】で切り刻め」

 

 脚でメタモンを拘束したまま翼から放つ木葉の刃、その奔流がメタモンを飲み込む。だが、メタモンはその攻撃を耐えきった。

 別段、根性で耐えきったというわけではない。もちろんそれもあるが、今のメタモンはゲッコウガでありながら、"どくタイプ"だから耐えきることが出来た。

 

「お返しだ、【しっぺがえし】!」

 

 ゲンガーを庇い、敢えて後手に回ることで攻撃力を上昇させる【しっぺがえし】を行うメタモン。脚で拘束しているばかりに回避できず、メタモンの放つ殴打がクリーンヒットする。

 たまらずジュナイパーが殴られることでその場を離脱するが、体力はもう限界。ゲンガーが【シャドーパンチ】で追撃を行おうとした、その時。

 

 

「【りゅうせいぐん】!」

 

 

 静観していたボーマンダが大口を開け、夜空から大量の隕石を落下させる。Reオーラによって回復したのは味方だけではなく、グライドのボーマンダもそうだったことをダイは失念していた。

 だからこそ、手加減抜きに放たれたそれはダイの手持ちのポケモン全てに降り注ぐ。

 

「メタモン、ウォーグル、ゲンガーを護れ! アイツが要だ!」

 

 頷き、二匹のポケモンがゲンガーの前に立ち、ゲンガーに迫る隕石目掛けて【ブレイブバード】と【ハイドロポンプ】を放つ。凄まじい水の奔流を受けて減速した隕石に対し、ウォーグルが特攻を行い正面から砕く。

 中心点を穿たれ破砕した隕石。しかし破壊できたのは一つだけで、その他の隕石が形を保ったまま地面へと落ち、その衝撃波が軒並みダイとポケモンたちを襲った。

 

「くっ……!」

 

 ダイに迫る隕石の破片を全てジュカインが切り裂いて対処する。しかし、その一撃はやはりとても受けきれるものではなくて。

 ゲンガーを護るために前に出たメタモン、ウォーグル、そして身体の小さなゾロアは恐らくもうまともに戦うのは難しい体力だった。

 

 迷った末にダイはその三匹を場に残したまま下がらせた。戦えるポケモンはジュカイン、ゼラオラ、ゲンガーの三匹だけ。

 対してグライドの手持ちはグソクムシャとルガルガンが戦闘不能、数で言えば負け越している状態だった。

 

 しかしダイはこの状況に置いても、まだ諦めていなかった。しかしボーマンダを倒すための秘策に必要な内の一体、ウォーグルをやられてしまったのが痛打となっていた。

 もちろん、まだゼラオラが残っているため手の打ちようはある。だから、まだ諦めない。

 

「そろそろ、仕掛けるぞ! ゲンガー!」

 

 わざわざウォーグルとメタモンに護らせたゲンガーが動くとなれば、当然グライドも警戒する。どんな手を出してくるのか、ダイの一挙手一投足を注視する。

 そしてダイは一本指を立てて、それを空に向けて言い放つ。

 

 

「──【スキルスワップ】!」

 

 

 ダイの秘策、それは場のポケモンの特性をごちゃ混ぜにしてしまうこと。ゲンガーが物凄い勢いで場のポケモンと自身の特性を入れ替え続け、特性を分からなくしてしまう。

 確かにそれはグライドに取って痛手であった。例えば、まだゾロアがフィールドに残っている。実質総力戦の場で"イリュージョン"は死に特性と化す。それを押し付けられたなら、戦闘能力は激減する。

 

 反面、ルガルガンの"ノーガード"やジュナイパーの"えんかく"、ドリュウズの"かたやぶり"などの強力な特性を奪われた場合現状の戦力差など無いに等しくなる。

 

「ゲンガーを止めろ、好き勝手にさせるな!」

「いいや、もう遅い! 全部入れ替えてやったさ! さぁ、誰がどの特性になったか、当ててみな!!」

 

 そう言いながら、ダイはグライドに考える隙を与えさせない。ジュカインが【ドラゴンクロー】をボーマンダの胴体へ叩きつける。

 

「猪口才な!! 【ハイパーボイス】!」

「ッ、下がれジュカイン!!」

 

 如何にキセキシンカを遂げていようと、その大空をもひっくり返す爆音は耐え難い衝撃をもたらす。吹き飛ばされたジュカインは空中で身体を反転させ、なんとか着地する。

 だが"ひこうタイプ"になった【ハイパーボイス】はゲンガーにも通用する。幸いゼラオラには効果が薄く、衝撃波の中吹き飛ばされたゲンガーを尻目にゼラオラが突進。

 

「ゼブライカ、ゼラオラを止めろ!」

 

 グライドの指示に従い、ゼブライカが前に出る。グライドの見立てではゼラオラは特性を入れ替えられている。だがどの特性かまでは特定が出来ない。だからこそ弱点の少ないゼブライカを押し当てた。

 ────それこそがダイの狙いだった。

 

 ゼブライカが牽制で放った雷撃がゼラオラに直撃する。本来なら"ちくでん"を持つゼラオラがでんきタイプの攻撃でダメージを受けているのを見て、グライドは自身の推測が正しい確信する。

 

「今だ! もう一度【スキルスワップ】! そしてゼラオラは【かみなり】だ!」

 

 その時、ダイが叫ぶ。再度ゲンガーが指を閃かせ、二匹のポケモンの特性を入れ替えてしまう。それはゼブライカとボーマンダの特性だった。

 そしてゼラオラが受けた雷撃ごと空を稲妻で穿ち、自然の力で極大化した【かみなり】はコースを変えてボーマンダへと落ち、直撃する。

 

 ようやくグライドはダイの思惑に気づいた。そしてそれを成し得る特性がこのフィールドには存在している。否、させてしまっていた。

 

「ゼラオラの特性はドリュウズの持っていた"かたやぶり"! そしてボーマンダを"ひらいしん"に変えてしまうことで確実にでんきタイプの技をぶち当てるのさ!」

 

 "かたやぶり"は"ひらいしん"の電気吸収能力を無視して攻撃が出来る。つまりでんきタイプが弱点のボーマンダは永遠に電気を引き寄せ続けることになる。

 

「ッ、ドリュウズ!」

 

 すぐさまドリュウズが【あなをほる】で地中に潜伏する。これでゼラオラを確実に死角から攻撃するという算段だ。

 直後、ゼラオラの左斜め後ろからドリュウズが出現する。死角であれば恐らく背後だろうと、ゲンガーが当たりをつけていた。

 

「バカめ、わざわざゲンガーにじめんタイプの技を防がせるなど」

 

 グライドが言った。だが、ダイも負けじと言い返した。

 

「"ノーガード"っつーのは、そういう意味だろ? 【きあいだま】!」

 

 とびきりの笑顔を見せつけながら。ゲンガーはガッチリと拘束したドリュウズ目掛けて極大の闘気を練り上げた。

 本来なら特殊攻撃の【ラスターカノン】で相手を殴るルカリオの姿を何度も見てきた。だからこそ、ゲンガーはこの一撃を外さない。

 

 ドリュウズが腹部に闘気の砲弾を叩き込まれ、鈍い音を響かせながら吹き飛ばされる。だがゲンガーもまた正面からドリュウズを受け止めたためにダメージは大きい。

 攻撃はあと二回、三回が限度だろうとダイも判断し、グライドと戦場のポケモンを見る。

 

「ゲンガー、また【スキルスワップ】だ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それは一種の賭けだった。ゼラオラの"かたやぶり"と"ひらいしん"を組み合わせたコンボもまたボーマンダを追い詰めるための秘策の一つだった。

 だが、それでも何度も通用するほどヤツは甘くない。だけど、むしろこのコンボを警戒させることが()()()()()()()を確実にするための布石となる。

 

 ゲンガーは頷き、【なりきり】でトレースした後他のポケモンに預けていた特性を再び受け取り、それをさらに別のポケモンへと流した。

 

「ジュカイン! もう一度突っ込め!」

 

 俺はもう一度ジュカインを突進させる。ボーマンダはさっきのように【ハイパーボイス】を撃ってこない。

 それもそうだろう、ボーマンダは"スカイスキン"を奪われたから、【すてみタックル】や【ハイパーボイス】をひこうタイプの技に出来ない。

 

 それでいい、そのまま誤解し続けてくれれば。

 

「「【ドラゴンクロー】!」」

 

 ジュカインが龍気の篭手を、ボーマンダが激爪を纏って互いにそれらをぶつけ合う。キセキジュカインのスピードはやはりメガシンカした時よりも格段に上昇してる。

 だけどボーマンダもまた、咆哮を上げながら空中で反転し遠心力を伴った一撃をぶつけてきた。

 

「今度は【ドラゴンテール】か……!」

 

「特性を弄られようがやることは変わらん! フルパワーで【りゅうせいぐん】だ!」

 

 あの野郎、まだ余力を残してバカスカ撃ってやがったのか! 

 心の中で毒づくも、空には既に大量の隕石の雨。しかもその一撃はボーマンダが思う以上に()()()()()()()。それはゲンガーが押し付けた特性のせいでもある。

 

 

「小細工など通用せんことを、教えてやる!!!」

 

 

 その一言を皮切りに、隕石が凄まじい速度で落下を開始する。どうする、考えろ。考えることをやめるな、直撃までまだ時間はある。

 だけど焦りが思考を鈍らせる。頭がオーバーヒートした瞬間、隕石の纏う燐光が俺の顔を照らしあげる。

 

 

「────リザードン、【だいもんじ】!」

 

「────ピカチュウ、【10まんボルト】!」

 

「────ルカリオ、【インファイト】だッッ!!」

 

 

 まずい、と思った時だった。背後から飛び出してきた三匹のポケモンたちがジュカインへ降り注ぐ隕石を全て押し留めてくれた。

 ジュカインがその隙に俺を連れてその場を離脱、直後に隕石の数々が再度レニアシティを襲う。爆風に煽られながらも直撃は避けられた。

 

 俺が顔を上げるとシンジョウさんとイリスさん、そしてアルバが立っていた。

 

「みんな……」

「作戦があるんでしょ? 教えてくれ、ダイ」

 

 アルバがそう言った。横を見れば、シンジョウさんもイリスさんも頷いた。俺は少し迷った後、三人の力を借りることにした。

 

「アルバとイリスさんにはジュナイパーとゼブライカの相手を任せたいんだ。それで、シンジョウさんのリザードンにはやってもらいたいことがある」

「なんだ?」

 

 シンジョウさんに耳打ちをして、可能かどうかの確認を取る。それに対してシンジョウさんは首を縦に振って応えてくれた。

 やっぱり頼りになる大人だ。いつかこの人と、あの舞台(ポケモンリーグ)で決着つけるまでは誰にだって負けたくない。

 

 たとえそれが、バラル団最強の幹部だったとしても。

 

「負けられないんだ……!」

 

 煙が晴れ、俺は叫んだ。尚もグライドはそこにいる。俺たちに濁った瞳を向け、睨みつけている。

 その瞬間アルバのルカリオとイリスさんのピカチュウが同時に【しんそく】で敵陣へと突っ込んだ。

 

「ダイくん、ゼブライカの今の特性は?」

「ぶっちゃけますと、"ちくでん"です!」

「たはー、よりによってそれかぁ!」

 

 イリスさんが頭を抱えて言った。そもそもゼラオラの電撃を全てボーマンダに届かせる都合上、ゼブライカは"ひらいしん"さえ取り除いたなら後はほぼ無視するつもりだったせいだ。

 アルバがジュナイパーの相手を変わるか、そう打診しようとした時。キャップの下の艷やかな黒髪をワシャワシャと荒立て、イリスさんは不敵に笑んだ。

 

「いいや、不利上等!! ピカチュウ、抑えだとしてもこの戦い負けらんないよ!」

「ピカピッカァ!!」

 

 目にも留まらぬスピードで駆け抜け、跳躍。ピカチュウがゼブライカの頭上を取って尻尾を閃かせる。

 同じタイミングでルカリオもまた【ラスターカノン】でジュナイパーを殴打する。メタモンの奮闘もあって、ジュナイパー自体は既に瀕死寸前まで追い詰めることが出来ている。

 ゼラオラも合流し、タッグでジュナイパーを追い詰める。

 

「ジュカイン、ゲンガー! ボーマンダを牽制しろ!」 

「ジャッ!!」

「ゲンゲラゲーン!」

 

 了解、その意思が俺の中に流れ込んでくる。再度ジュカインはボーマンダへ接近戦を挑む。その補佐をしにゲンガーも飛び込んだ。

 

「リザードン! 先にゼブライカを仕留める!」

 

 リザードンにとってもでんきタイプは天敵、ゆえに先に不安要素を取り除きたいと思うのはセオリーだ。

 状況は全て揃う。後一つ、最後のピースが揃った瞬間が勝負だ。

 

 ピカチュウ、ルカリオ、ゼラオラ、リザードン、ゲンガー。彼らが自陣の周りをウロチョロしてたなら、どうする。

 さぞ鬱陶しいだろう。さぁどれでもいい、撃ってこいボーマンダ! 

 

 俺は心の中でただただ唱えて、その時を待つ。

 

「ボーマンダ、【げきりん】だ!」

 

 違う、そうじゃない。それじゃないんだ。

 ジュカインが一度距離を取る。ゲンガーがボーマンダへ肉薄し、【シャドーパンチ】を腹部へと叩き込んだ。合わせるように、ジュナイパーの傍を離脱しルカリオとゼラオラが【バレットパンチ】をお見舞いする。

 極めつけは、ピカチュウの【10まんボルト】だ。ピカチュウの身体全体を電気が迸り、チャージが完了する。

 

 

「させるものか、【じしん】!」

 

 

 ────来た! それを待ってたんだ! 

 

 乾坤一擲、俺はこの一撃に全てを乗せるためにジュカインを呼び出し、腹の底から声を上げた。

 

 

「今だ! シンジョウさん頼んだ!」

 

「任せろ!」

 

 

 シンジョウさんがリザードンを飛翔させる。レニアシティの遥か上空へリザードンが上がるのを確認し、ジュカインがその場で光を集め始める。周囲を漂うReオーラがジュカインの背中の枝に集まっていき、巨大な光の大樹を形成する。

 それを見て、グライドは訝しんだ。当然だ、この局面でボーマンダを攻撃するための技にしては不適切すぎる。

 

「【ソーラービーム】だと!? バカめ日和ったか! 避けるまでもない! チャージまでの間に叩き潰してくれる!」

 

「チャージの時間は必要ない!」

 

 その瞬間、俺達の上空で光が弾ける。シンジョウさんが天を指差し、グライドがそれをゆっくりと見上げた。

 シンジョウさんの手にはキーストーンの埋め込まれたカードが握られてる、上空の光がメガシンカ由来のものだと気づいたようだ。

 

「ッ、そうか! "メガリザードンY"!」

 

「──日輪よ、阻む闇を暴き、進むべき勝利の道を照らしだせ!」

 

 以前聞いたのとは違うキーワードを唱え、シンジョウさんがリザードンを"メガリザードンY"へとメガシンカさせる。

 その特性は"ひでり"、既に日没を終えた後のレニアシティに再び朝がやってくる。そしてその光はジュカインへ即座に力を注ぎ込んだ。

 

 

「だが、たとえチャージタイムを減らそうが、ボーマンダにくさタイプの攻撃は────」

 

 

「まだ気づかないのか? なんで俺がメタモンをゲッコウガに変化させたのか。なんでスキルスワップで特性を入れ替える戦法を取ったのか、なんでこの局面で【ソーラービーム】なのか!」

 

 

 そう言うと、グライドの顔が怪訝一色に変わる。だが、やがて一気に驚愕の色を見せた。そういう顔を見てやりたかったぜ。

 ゲンガーが【なりきり】でトレースしたのはメタモン、即ちサザンカさんのゲッコウガの特性。そして最後の【スキルスワップ】でそれを押し付けられたのは、

 

 

「まさか、貴様……ッ!」

 

「そう、ボーマンダの特性は"へんげんじざい"! 技を放つ直前、その技と同じタイプになる! 直前に使った技がなんだったか、覚えてるか?」

 

 

 だから、ボーマンダの周囲をでんきタイプ、はがねタイプ、どくタイプで囲んだんだ。そうすれば必ず範囲攻撃の【じしん】を撃ってくると思ったからだ。

 当然シンジョウさんのリザードンを【いわなだれ】や【ストーンエッジ】で狙ってくることも想定に入れていた。

 

「下がれボーマンダ! 下がれェ!」

 

「決めるぞジュカイン!」

 

 日光の輝きが、流れるReオーラが、全てジュカインの背中へ集まっていき、それは臨界点を超える。

 グライドがボーマンダを下がらせようとする。ゼブライカとジュナイパーが前方に立ち塞がり、盾になろうとする。

 

 

「俺たちが最初に勝った、あの技で!」

 

 

 それで防げるもんなら、防いでみやがれ。

 

 俺と、ジュカインの、必殺技を!! 

 

 

 

「ソォォォォラァァァアアア!!! ビィィィィイイイイイイイムッッッ!!」

 

 

 

 それは俺の名前と同じ、太陽(タイヨウ)を冠する技。俺の身体を包む全てのReオーラがジュカインへ流れ込み、ジュカインが裂帛の気合いと共に、背中に集束させた光を発射する。

 リザードンの"ひでり"で明るくなったレニアシティを一際輝かせる橙色の光線がジュナイパーとゼブライカを飲み込んだ。

 

 そしてそのまま、背を向けたボーマンダへと直撃する。Reオーラによるブーストがかかり、さらに範囲を広げる太陽光の輝き(ソーラービーム)

 

 

「いっけええええええええええええええええええええええ──ッッッ!!!」

 

 

 一つ、二つ、三つ、四つと光線に押し飛ばされるボーマンダが数々のビルを突き抜けていく。やがて光線全てがジュナイパーたちと同じようにボーマンダを飲み込み、空の彼方で臨界を超えたエネルギーが大規模な爆発を起こす。

 日光の力とReオーラの輝きがその爆発で四散する。きっとメーシャタウンくらい遠い場所なら、それは花火に見えたかもしれない。

 

 やがてジュカインが【ソーラービーム】を撃ち終え、肩を喘がせる。そして全てのReオーラが尽き、ジュカインのキセキシンカが解除される。

 それに伴って俺の身体を覆っていたオーラも消滅する。空の日差しを受けても尚、少し肌寒さを感じるくらいにはあの光は暖かかった。

 

「バカな……バカな……ッ、貴様ごときに……ぃっ」

 

 それは正面から聞こえてきた。ジュカインの【ソーラービーム】が吹き飛ばしたのはグライドもだったんだろう。肩を抑えながら、鋭い視線を俺に投げつけていた。

 

「俺たちの勝ちだ。もうお前に戦えるポケモンはいない」

 

 シンジョウさんが言った。グライドは口を噤んで、必死に噛み締めた歯を隠していた。

 そしてアストンやアサツキさん、意識を失っていた仲間の介抱をしながら戦況を見守っていたアシュリーさんが手錠を持ってグライドの方へ歩を進める。

 

 

「──間に合った、というべきかな」

 

 

 その時、俺はReオーラの消滅だけが肌寒さの理由ではないことに気づいた。青く、透明な翼を羽撃かせながらそれは舞い降りた。

 

「イズロード……!」

「随分と派手にやられたな、グライド」

 

 伝説のポケモン──フリーザーを従えながら、イズロードが俺たちの前に降り立った。

 イズロードは俺たちを警戒するように周囲を見渡し、最後に俺に視線を送った。

 

「見事だ、まさかこうも短時間でゼラオラをリライブ寸前に至らせるとは」

 

 惜しみない拍手をイズロードが俺へ送ってきた。だが次の瞬間、フリーザーが低く囁くような音を発した。

 瞬間、俺たちとイズロード、グライドの間に氷の障壁が張り巡らされる。ゼラオラが飛び出し【バレットパンチ】を叩き込む。ヒビが入ったものの、破壊するには至らなかった。

 

「撤収するぞ、ハリアーの(ふね)が来ている」

「待てイズロード。俺はヤツに言っておかねばならんことがある……ッ!」

 

 氷の障壁の向こう、グライドが俺を正面から睨んだ。俺も負けじと奴を睨み返す。

 

「ライトストーンは貴様に預けておく。だがな、我々はそれを諦めない。次に会った時が貴様の、再びの最後となるのだからな……!」

 

 捨て台詞を吐くようにして、グライドはフリーザーの脚に捕まった。上昇するフリーザーを追いかけるほどの体力は、俺達の誰にも残っていなかった。

 半ば見送るようにして、小さくなるフリーザーを見ていた俺たち。やがて俺はその場に大の字になって寝転がった。

 

「ダイ!?」

「平気だっつーの、デカい声出すなって」

 

 尤も、みんな心配してくれてるんだろうけど。"ひでり"の効果が尽き、もう一度レニアシティに夜が訪れる。

 

「けど俺たち、勝ったよな」

 

「あぁ」

 

 呟くと、シンジョウさんが頷いてくれた。だから、逃してしまったけれど心は非常に穏やかな気分だった。

 見ればステラさんとグランブルがせっせと戦闘不能になったり、負傷しているバラル団の下っ端を一箇所に集めていた。怪我をしているヤツには手当すら行っていた。

 

 VANGUARDの説明会で、ステラさんが言っていたことを思い出す。彼女にとっては、きっとこれからが本当の戦いなんだろう。

 俺は立ち上がるとみんなと顔を合わせて頷き合い、ステラさんの方へ駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 飛行船の中、グライドは傷の手当を下っ端にさせていた。だが下っ端も粗相があっては逆鱗に触れるだろうと、ビクビクしながら手当を行っていた。

 見かねたワースが「行っていいぞ」と声を掛けると、失礼しますと足早に下っ端が去っていった。

 

「んじゃ、手早く報告するぞ。結果から言うとライトストーンとダークストーンの二つは覚醒、ライトストーンはオレンジ色のガキに。ダークストーンは俺の持つヒードランを繋ぎ止めるヘビーボールを破壊してどっか行っちまった」

 

 ワースの軽口に、グライドは応えない。面白くねぇな、とワースはタバコに火をつけた。

 その時、くつくつと抑え込まれた笑いの声が耳に届いた。それはグライドを驚愕させるに値する、グライドの笑顔だった。

 

 尤も快活な笑顔には程遠い、邪悪な含みのある笑顔だったのだが。

 

「何がおもしれぇ?」

「ワース、お前は気づかないか?」

 

 首をかしげるワースにグライドは続けて言った。

 

「虹の奇跡が起きる直前、レニアシティは荒野だった。もはやビルなど無事な形で残っているものなど何一つなかったほどにな」

 

 そう言われ、ワースが飛行船の窓からレニアシティを眺める。すると、グライドの発言との矛盾に気づいた。

 

「ビル、残ってるじゃねえか」

「そうだ。Reオーラが流れ出した後もボーマンダが【りゅうせいぐん】を放ち、幾つかのビルは倒壊したが今のレニアシティ、()()()()()()()だろう?」

 

 グライドの言わんとすることが大体わかり、ワースはタバコで口を塞いだ。

 

「そもそも、死者蘇生など奇跡だとしてもあまりに荒唐無稽すぎる。だが、()()()()の仮説は正しかったのだ」

 

 そこで一度グライドは笑いを収め、窓の外を眺めながらぽつりと漏らした。

 

 

「Reオーラによるポケモンやそのトレーナーの回復効果はな、正確には回復ではない。Reオーラが対象の『時間を巻き戻している』のだ」

 

 

 だからダイは一度死んだにも関わらず、Reオーラが彼を包み込んだことにより"タイヨウ"という存在の時間が巻き戻り、死者蘇生とも呼べる奇跡が起きたのだ。

 広義的に言えばそれも回復であり、今まで対して気にしてこなかったがReオーラに時間を遡る能力があると確証が取れれば話は別である。

 

「"虹"が"風"を伴って奇跡を起こす時、"時"は一方通行のそれでは無くなる」

 

 一人呟きながらグライドが立ち上がり、部屋を後にしようとする。その背中に向けて、ワースが言った。

 

「俺のお咎めは?」

「不問とする、ただし行方をくらましたというダークストーンの捜索を最優先にせよ」

「あいよ」

 

 それを最後にグライドはワースの部屋を後にする。小さくなったタバコをワースは灰皿で潰し、ため息のように深く吐いた。

 入れ替わるようにして、ロアとテアが入室してくる。グライドが入ってきた際、席を外すようにワースが言ってあったのだ。

 

「グライドさんはなんて?」

「ヒードランの件はお咎め無しだ。その代り、ダークストーンを必死こいて探せとよ」

 

 もう一本タバコを取り出そうとして、テアがおずおずと挙手しながら言った。

 

「あの、ワースさん? 黙っていていいんでしょうか?」

 

 その視線は部屋の隅、目立たない場所に配置されたスーツケースに向けられていた。ワースはタバコを加えたままそのスーツケースのロックを爪先で開ける。

 開かれるスーツケースの中では、暗黒の宝玉が青黒い色の光を明滅させながら佇んでいた。

 

「ダークストーンは既に確保した、って報告しなくていいんでしょうか?」

「あぁ、いいぜ」

「なぜですか?」

 

 首を傾げるテアにワースは視線を向ける。指に挟んだタバコを宝玉、ダークストーンに近づけるとバチッと音を立ててプラズマが奔る。それがタバコの先端に火をつけ、ワースはそれを咥えた。

 

 

「言わば、()()()の切り札になりうるからだよ、こいつは」

 

 

 ワースが触れてもダークストーンは拒絶反応を示さなかった。それは即ち、ダークストーンが彼に触れられるを好としたからに他ならない。

 金勘定だけしていられればそれで良いとも思った。だがもし、そういられなくなった場合。

 

 

 手中の宝玉を眺めワースはただただ、煙を蒸すだけであった。

 

 ワースの言う『俺たち』が、誰を指すのか。それは彼のみぞ知る解答(こたえ)であった。

 




・キセキジュカイン

ぶんるい:もりトカゲポケモン

タイプ:くさ/ドラゴン

HP:100
こうげき:165
ぼうぎょ:110
とくこう:155
とくぼう:110
すばやさ:155

とくせい:虹のオーラ時/てきおうりょく

◇ ◆ ◇ ◆ ◇


今回、Reオーラの効能について説明がありましたが本作オリジナルです。
Reオーラには時間を行き来する能力が備わっており、人でなくともReオーラの範囲圏内に入れば損傷前に戻ったり出来ます。

ぜひ皆様の創作に取り入れてくだされば、と思います。


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