ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSボーマンダⅡ 暁

 

 激戦の影響で夜が訪れても街灯が点かないレニアシティで、その嗚咽は静かに響き渡っていた。

 少年少女の涙は、動かぬ骸と化した友人の頬を濡らす。眠ったように息を引き取った友人の傍でただただ、しゃくりあげた。

 

「ぐっ、ああ……ああッ!!」

 

 瓦礫の下から這い出る者が現れた、シンジョウだ。肩を抑えながらもモンスターボールを二つ、放り投げる。

 

「"ゴウカザル"! "バクフーン"!」

 

 現れた二匹のポケモンはいずれもシンジョウがリザードンに次いで信頼を寄せる二匹。それらがグライド目掛けて突進を行う。間に割って入るボーマンダが【ドラゴンクロー】で二匹を薙ぎ払う。

 だが妨害は既に読んでいた。ゴウカザルとバクフーンは互いの炎を身に纏い、車輪のように回転し加速する。

 

「【かえんぐるま】!!」

 

 ボーマンダの攻撃が直撃するが、二匹は回転することで【ドラゴンクロー】を受け流し威力を減退させ、そのまま炎を纏って体当たりを行う。

 だがやはり、ほのおタイプの技では二匹がかりでもボーマンダには傷一つ点かない。

 

「【げきりん】だ」

 

 見苦しい抵抗と、力の伴わない反逆。それが暴虐の王は気に食わない、故に【げきりん】は鍛え上げられたシンジョウのパートナー二匹をいとも簡単に退けた。

 だがまだシンジョウにはマフォクシーが残っている。それを再び場に呼び出そうとして、肩の痛みに思わずモンスターボールを取りこぼしてしまう。

 

「どうした、怒ったか」

「当たり前だ、ああ……俺は今、これ以上無いくらい怒りでどうにかなってしまいそうだ」

「だとしたら、見損なったぞ」

 

 グライドが底冷えするような瞳をシンジョウへ向ける。自分が執着した男はこんなつまらない男だったのか、と辟易としたからだ。

 こんな姿を見るくらいならば先に彼から仕留めるべきだったと、グライドは思った。

 

「まぁ良い、今はとにかくそこのガキを始末させてもら────」

 

 そこで一度、グライドは自分の言葉を紡ぐのを停止した。耳朶が何かを捉えた、呻くような、吐き出すような、そんな声を聞いたからだ。

 それはダイの亡骸の傍で膝を突いているアルバだ。見れば、ステラも、アシュリーも、リエンすらもアルバを驚く視線で見上げていた。

 

「…………くも」

 

 それは、盆から水が溢れ出るように。

 

「よ…………くも。よくも、よくも……」

 

 裂いた皮膚から、血が流れ出すように。

 

「よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも……よくもッ!」

 

 バキン!! 

 

 音を立てて、手の中の"げんきのかたまり"を握り潰す。粉塵と化したそれがモンスターボールの中、眠れる闘士を目覚めさせた。

 開眼するルカリオ、即座にモンスターボールから自発的に飛び出しアルバに並び立つ。見下ろすダイの亡骸はルカリオに何を思わせたのか。

 

 

「よくも、やったな…………ッッッ!!」

 

 

 アルバが振り返る。グライドはそこに修羅を見た。アルバの強い感情が、キーストーンを媒介にせずともルカリオへ伝播する。

 ルカリオが飛び出す。狙うは、グライド自身。ポケットに手を突っ込んだままのグライドでは対処できない怒りの【しんそく】が放たれる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 そこからルカリオは目にも留まらぬ乱打撃【バレットパンチ】を放つが、驚くべきことにグライドはそれらを全て目視で躱す。

 即座にグソクムシャが割って入り、ルカリオへ対峙する。短い対応ながら、グライドは"はがね・かくとう"タイプであるルカリオに対しグソクムシャという天敵を割らせた。

 

 だがアルバにとって、ルカリオにとって相性などは瑣末事だった。拳でも、脚でも、牙でも、なんでもいい。

 どれか一つを届かせろ、そのために命を懸けろと心が叫んでいる。

 

「そこを────」

 

 ルカリオがグソクムシャを突き飛ばし、距離を取らせる。怒りのまま行われる、三回の【つるぎのまい】がルカリオの攻撃力を底上げする。

 さらに練り上げた波動を全神経に渡らせ、【とぎすます】とそのまま再度地面を抉りながら突進する。

 

 

「──退けぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええッッッ!!!!」

 

 

 放たれた【コメットパンチ】、みずタイプを持つグソクムシャには通用しない攻撃。誰もがそう思った、だが事実は認識を超えた。

 めきゃり、と嫌な音を立ててグソクムシャの甲殻がひび割れる。驚愕に目を剥くグソクムシャだが、もう遅い。

 

 インパクトの瞬間に高められた攻撃力と研ぎ澄まされた波動がヒビからグソクムシャの体内をボロボロに破壊する。

 高い防御力も、耐性も意味を為さない。グソクムシャを一撃の元に殴り飛ばしたルカリオは倒した獲物を一瞥することもなく、再度グライドへ突き進む。

 

「【バレットパンチ】ッ!」

 

「ルガルガン、受け止めろ」

 

 グソクムシャに代わりルガルガンが再度ルカリオの前に立ちはだかる。だがいわタイプのルガルガンでは三回の【つるぎのまい】で攻撃力を極限まで高め、【とぎすます】ことで相手の急所が見えているルカリオの攻撃を受け止めきれるとは到底思えなかった。ルカリオが放った攻撃に対し【カウンター】を仕掛けるも、ルガルガンもまた身体中の急所へ弾丸のような拳が叩き込まれる。

 

 だがルガルガンの【カウンター】も決まらなかったわけではない。自身を殴らせながら、ルカリオの顎を掬い上げる拳が撃ち抜いた。頭部を揺らされ一度ルカリオの意識が飛ぶ。

 しかしメガストーンを通じて送られてくるアルバの怒りが再度ルカリオに目を覚まさせた。殴られた体勢そのままに足払いで繰り出す【ローキック】がルガルガンの膝を砕く。

 

 鈍痛に膝を突いたルガルガン目掛けて、着地で屈めた脚を伸ばし繰り出す【とびひざげり】がクリーンヒットする。初手の【バレットパンチ】も含め、【とびひざげり】までもが急所に炸裂しルガルガンは為す術無く昏倒する。

 

 そんなルカリオの動きと攻撃を一通り観察したグライドが眉根を寄せた。というのも、眼前に対峙するアルバが紅い闘気を纏っているように見えたからだ。自分の目がおかしくなったかと思ったがどうやらそうではない。レニアシティの、その下にあるテルス山という大地から滲み出たオーラがアルバを包み込んでいた。

 

 間違いなく、虹の奇跡。"Reオーラ"が彼の周囲に集まっているのが見えたのだ。グライド自身、虹の奇跡を目にするのはこれで二度目だが、紅単色という現象は初めてだった。

 もう少し、アルバを観察してみたくなったグライドは呼び戻したグソクムシャへ回復を施して再びルカリオの前に立たせた。

 

「ッ、何度だって! ルカリオ、【しんそく】だッ!!」

「グソクムシャ、こちらも【つるぎのまい】だ」

 

 次の瞬間、グライドの視界からルカリオが消え、鈍い音が響く。ルカリオは視界から消えたのではなく、グライドから見てグソクムシャの懐にいたのだ。だが先の攻防でルカリオのトップスピードを見切ったグソクムシャは両腕を交差させ、打撃攻撃をしっかりと受け止めていた。返すように周囲に舞う剣たちがルカリオを弾き飛ばす。高められたエネルギーがグソクムシャに充填され、攻撃力が上昇する。

 

「それでも!!」

 

 アルバが叫んだ。ルカリオが飛ぶ。上空から強襲する形で放たれる【バレットパンチ】、しかし今度はグソクムシャも防御ではなく攻撃の姿勢を見せた。

 

「【アクアブレイク】」

 

 まるで滝登りのように、グソクムシャの爪が水流を纏って駆け上がる。振り下ろされる拳と、掬い上げる爪が激突する。しかし、如何にはがねタイプの技に耐性があったとしても衝撃だけはグソクムシャも無視できない。拳と爪を撃ち合ったせいで、グソクムシャの体勢が大きくぐらついた。

 

『ルゥゥゥウウウアアアアアッッッ!!』

 

 まるでアルバの精神がルカリオに乗り移ったかのように、怨嗟のような咆哮を上げルカリオが手刀をグソクムシャに叩き込んだ。しかし今の一撃は、今までとは手応えが違った。今まで確実に甲殻の内側まで浸透していた打撃の衝撃が、全て甲殻に散らされてしまった感覚に変わっていた。つまり、今の一撃はまるでダメージになっていない。

 

「【インファイト】ッ!」

 

 偶然だと決めつけ、ルカリオは再度極限まで高めた波動を拳に乗せてグソクムシャへ撃ち込み続ける。だが、やはり手応えが無い。全て防御されきってしまったように、グソクムシャもピクリとも動かない。

 

「もう一度!!」

 

 歯噛みするアルバ。拳を撃ち込むルカリオの動きがだんだん精度を欠き始め、尚の事ダメージが入らなくなってくる。

 しかし対峙するルカリオにはこの急激な防御力上昇のトリック、そのタネが分かっていた。【てっぺき】だ、複数回重ねた鉄壁の守りがグソクムシャの甲殻をさらに堅牢なものにしたのだ。

 

 もとよりタイプ相性が悪い上、こちらの攻撃力上昇と同等に防御力を上げられてしまっては攻撃が通用しないのは当然だった。だが今のアルバは頭に血が登って、ポケモン図鑑でグソクムシャの強化ランク状況を把握することも忘れただひたすらに突破を考え続けている。

 

「だとしてもォッ!!」

 

 だが、ルカリオをアルバの強い感情が突き動かした。放つ拳が纏う波動は、淡いセルリアンブルーから紅い色へと変化を遂げていた。

 それに従い、グソクムシャの防御をまたわずかに上回り、一発拳を撃ち込むごとにグソクムシャの足の裏がアスファルトを削る。ズン、ズンと身体中に響く打突の衝撃がビリビリと全身を震わせる。

 

「頃合いか」

 

 その時、グライドが呟いた。それを合図に、グソクムシャは淡い光に乗ってモンスターボールに戻る。それはグソクムシャの持つ特性"ききかいひ"によるものだった。

 放たれたルカリオの拳は空を切るが、目標のグライドまでを阻む障害はいなくなった。ルカリオは今一度拳に極大の波動を纏わせて地を蹴った。

 

 グライドの手持ちの内、ゼブライカとルガルガンが戦闘不能。グソクムシャも体力の半分を使い切り、健在のドリュウズはかくとうタイプに弱い。恐らく場に出しても今のルカリオ相手には五分も保たないだろう。

 だが、ボーマンダは違った。これまでの戦闘ダメージは決して小さくないはずだった。だが、彼は再度グライドの隣へ並び立つと、迫るルカリオ目掛けて火球を吐き出す。

 

「そんなもの、当たるもんかッ!!」

 

【しんそく】を以てボーマンダの放つ【かえんほうしゃ】を躱しきり、その懐へと飛び込む。拳に纏うのは紅の波動と鈍色の光。ボーマンダの破壊された右側の鎧目掛けて【ラスターカノン】を叩き込むルカリオ。

 衝撃がボーマンダの身体を貫通し、グライドの髪を激しく煽った。だが、ボーマンダは動じない。

 

 逆に拳を打ち込んだままのルカリオの腕へ喰らいつき、そのまま炎を吐き出す。灼熱に腕を焼かれたルカリオが苦悶の声を漏らし、そのままボーマンダが首を振り回してルカリオを投げ飛ばす。

 ルカリオはそのままアルバに激突し、二人がアスファルトの上を転がった。さらに追撃するようにボーマンダが【だいもんじ】を放つ。

 

「ッ、ルカリオ……!」

 

 灼熱が二人に迫る。ルカリオは背後のアルバを見やった。そのさらに後ろ、もう息をしていないダイを見て、最悪の状況を想像する。

 それは駄目だ、アルバを護らなければならないと、弾かれるように立ち上がったルカリオが【だいもんじ】を受け止める。だがほのおタイプを弱点とし、かつ特防のステータスが低いルカリオでは限界があった。

 絶叫、なんとか身体を動かし大の字の炎を手刀で勢いよく切り裂いた後、膝を突くルカリオ。"げんきのかたまり"を使って全快したにも関わらず、もう体力が尽きかけていた。

 

「くそっ……だったら」

 

【だいもんじ】の余波に焼かれたアルバがゆっくりと立ち上がり、左手のグローブリストに手を伸ばす。同様に、ルカリオもまた腕輪に填められたメガストーンに触れる。

 アルバの纏う紅のReオーラが一層強く噴き上がり、それがルカリオに流れ込む。

 

 

「────だ、め……アルバ、くん……今、メガシンカを使ったら、だめ……」

 

 

 その時だった。背後で呻くような声が聞こえた。アルバが振り返ると、意識を取り戻したイリスが這うようにしてアルバの元へ向かっていた。

 イリスの声を聞いたアルバがキーストーンから手を離した。だがそれを好としない者がいた、グライドだ。

 

「やれ」

 

 それに従い、ボーマンダが地面を強く踏み抜いた。脆くなっていたアスファルトが瓦礫となって浮かび上がり、それを翼で煽って【いわなだれ】として撃ち飛ばす。

 その瓦礫は地を這うイリスを狙っていた。素早くルカリオが動き、それを粉砕する。

 

 なんの躊躇いもなく人を狙ったこと。それがアルバにとって大事な人であったこと。

 二つが重なって、再びアルバが歯噛みしながらグライドを鋭い視線で睨みつけた。

 

「なんで、そんな簡単に、人を……殺せるんだ……ッ!」

 

 血を吐くようなアルバの問いにグライドは顔色一つ変えずに答えた。

 

「違うな、間違っている。俺が殺そうと思ったから死んだのではない。ただ弱かったから死んだのだ」

「ダイは弱くなんかない! お前が、ダイを馬鹿にするな!!」

 

 尚も吐き続けるアルバに、グライドはため息を吐いて続けた。

 

「いいや、奴ではない。貴様だ、貴様が弱いから奴は死んだのだ。貴様が強ければ奴は死なずに済んだ」

 

 恐れていたその言葉が、紡がれてしまった。アルバは言葉を失ってしまった。

 フラッシュバックする。自分を突き飛ばし、安堵の顔を浮かべたダイがボーマンダの激爪に切り裂かれる瞬間が。

 

 離れていた右手が、再びキーストーンに触れる。いつもと同じ虹色の光は起きなかった。代わりに、アルバが纏い続けている血のように紅いReオーラが螺旋を描き、アルバとルカリオの二人を包み込んだ。

 

「そこなオレンジ色の小僧は、貴様の代わりに死んだのだ」

 

「アルバくん……ダメだ……!」

 

 グライドとイリスの声が交互に耳に入り、脳を侵し、支配する。アルバが歯を食いしばり、牙を剥き出しにする。

 涙が溢れる。それは悲しいからではなかった。ただひたすらに、悔しかったからだ。

 

「許せない……」

 

 アルバが呪詛のように呟いた。グライドが目論見通りと、口角を持ち上げる。そしてアルバは背後にいるイリスに視線もくれずに言い放った。

 

「すみません、イリスさん。僕は生まれて初めて、人の善意を無視します」

 

「アルバくん……ッ!!」

 

 ズドン!!! 

 

 テルス山が震える。

 

 地表から噴き出したReオーラが全て赤に染まり、アルバとルカリオに雪崩れ込む。

 

 

「許せないんだ。お前も、僕も、僕たちの弱さも……ッ!!」

 

 

 ダメだ、最後まで叫び続けていたその声が誰のものか、もうアルバには分からなかった。

 ただひたすらに、たった一つの感情を爆発させる。

 

 

「だから、ルカリオ────ッ!!」

 

 

『クォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』

 

 

 純粋な怒りに身を任せて、アルバは絶叫する。呼応するように叫ぶルカリオが紅のオーラで形成された進化の繭に閉じ籠もり内側から勢いよく突き破る。

 その時になって、アルバは初めてイリスが止めた理由が分かった。自分の感情を自分で制御出来ないことに気づいたのだ。

 

 かつて身に纏ったReオーラは暖かい光だった。だと言うのに、今のこれは熱い。血のように熱く、肌に刺すような痛みを感じる。

 紅のReオーラから出現したメガルカリオはいつもより毛を逆立たせ、瞳孔は開き切り、犬歯を剥き出しにして敵意を顕にする。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおッッッ!!!! 【バレットパンチ】ッ!!」

 

 

 宵闇の中、メガルカリオの纏う波動が紅い軌跡を引きながらボーマンダへと肉薄する。たった一発、弾丸のような速度で撃ち放たれた拳が空気を切り裂き、熱を帯びながらボーマンダへ直撃。その巨体をたった一発のパンチで十数メートル後方まで吹き飛ばした。

 

「逃がすなァッ!!」

 

 空へ舞い上がるボーマンダ。ルカリオは脚から流れ出した波動をそのまま推進力にし、逃げるボーマンダを追い詰める。しかしその動きは先程、既に一度見た。

 ボーマンダが深く息を吸い込んだ。瞬間、ルカリオは再度脚に波動を溜め込みそれを空中に固定する。波動で出来た足場を蹴り飛ばし、今まさに【ハイパーボイス】を放とうとするボーマンダの首根っこを鷲掴みにする。咆哮を妨害されたボーマンダが思わず目を剥いた。火を吐こうにもそもそも息が出来ない。

 

 ルカリオはそのまま再度空中の波動を蹴り、ボーマンダをアスファルトへと叩きつけた。既に粉々に砕かれたアスファルトへ何度もボーマンダの頭部を打ち付け、大きなダメージを与えていく。

 仰向けの状態ではボーマンダもろくに反撃出来ず、頭部をひたすら揺すられ昏倒の兆しを現す。

 

『クルルルルルルルル……ッッ!!』

 

 それはもはやルカリオと呼べるポケモンでは無いように思えた。それを見る誰もが恐怖した、ルカリオは牙を剥き出しにし敵意を超えた殺意でボーマンダを攻撃していたのだ。

 次の瞬間、【ドラゴンクロー】でなんとかルカリオを引き剥がしたボーマンダが立ち上がる。頭にこびりついた石片を左右に振って払うと口腔へ極大の炎を溜め込む。

 

 撃たせるものか、とルカリオが再度地を蹴る。血走った眼が、紅の緒を引いて夜闇を駆け抜ける。

 紅い彗星となって放つ【コメットパンチ】が闇を切り裂いた。ボーマンダが勢いよく首を擡げて今まさに火を噴く、という瞬間。

 

 

「──ドリュウズ」

 

 

 ルカリオの正面に地面から這い出たドリュウズが立ちはだかる。そして【コメットパンチ】を両腕と頭部の金属片を合体させたドリルで受け止める。

 だが、Reオーラで攻撃力が無限に上昇し続けているルカリオの膂力に為す術無く、ドリュウズのドリルが大きく歪みそのまま弾き飛ばされた。壁に叩きつけられたドリュウズは目を回して昏倒する。それを確認したルカリオが再び飛び出そうとした時だった。

 

 対峙するボーマンダの口腔には炎が溜まり切っていた。わずか一瞬、ドリュウズに気を割いたせいでボーマンダが【だいもんじ】を放つ隙を与えてしまったのだ。

 大の字の豪火に正面から突っ込んだルカリオが咆える。だが紅い彗星は炎に焼かれ続け、徐々にスピードを落としていく。

 

 

 最終的に勝負を制したのは紅い彗星だった。大の字の炎を爆散させ、突き進み、暴虐の王へ怒りの鉄槌を下す────

 

 

「なるほど、十分に観察した。ボーマンダ、もう良い」

 

 

 ──かに思われた。飛翔するルカリオの身体が突如、何かに弾かれた。それはボーマンダが予め仕込んでおいた【ストーンエッジ】の石刃であった。

 既に壊滅状態のレニアシティ、操れる石刃となる瓦礫はそこかしこに転がっている。それらが全てルカリオへと殺到する。

 

 迫る石刃を【はどうだん】や【ラスターカノン】で散らすも、とても数が多すぎる故に処理が追いつかない。そのままルカリオの身体は石に押しつぶされるように生き埋めになってしまう。

 その隙をボーマンダは逃さない。滑空し、ルカリオの身体を両腕で抱え込むと先程の意趣返しをするように地面へ叩きつけ、その細い胸部に腕を叩きつけ強く抑えつけた。

 

「【かえんほうしゃ】」

 

 ギリギリとルカリオを踏み潰しながらボーマンダが口から高熱の息吹を放つ。【だいもんじ】に比べれば火力は下がるが、その分長時間の放射が可能であり拘束され逃げ場の無いルカリオを痛めつけるにはこれ以上無いほど有効だった。全身を圧迫されながら焼かれ、ルカリオが絶叫する。

 

「ルカ──ッ!?」

 

 その時、アルバが正気に戻った。が次の瞬間。

 

 

「ぐっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!? がぁ、っ!? うああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 アルバが全身を抱えて蹲った。そのまま身体中に走る痛みにのたうち回る。慌ててリエンが駆け寄り、アルバの身体に触れた時だった。

 そっと触れたはずの前腕部分の皮膚が焼け爛れたのだ。まるで大火傷を負っていたかのようにアルバの全身が赤く腫れ上がる。

 

「やはりな。"紅の奇跡"は攻撃力を無限に上昇し続けるが、トレーナーにポケモンの受けたダメージがフィードバックされるというわけだ」

 

 尚もボーマンダは火を噴くことをやめない。彼の言うことが事実ならば、ルカリオが焼かれ続けるだけそのダメージがアルバを襲うということだ。

 これを危惧して、イリスはアルバを止めたのだ。リエンは瀕死寸前のグレイシアを呼び出し、アルバの身体を急速に冷やさせグライドに視線を向ける。

 

「ヌマクロー! 【がむしゃら】!!」

 

 ルカリオを救出すべく、グレイシアと同じく瀕死寸前のヌマクローを喚び出す。そして渾身の一撃をボーマンダへ叩き込もうとヌマクローが飛び込んだ。

 だが、グライドの「返してやれ」の一言で、ルカリオが突き飛ばされそれがヌマクローへ直撃する。

 

「【ストーンエッジ】」

 

 ルカリオとヌマクローが戦えなくなった瞬間、ボーマンダの意識は立っているリエンへと向けられた。足元には大火傷で動けないアルバがいる以上退くことは出来ない。

 リエン目掛けて、ボーマンダが石刃を撃ち放つ。その時、リエンはダイが最期に抱いた感情に思いを馳せた。諦観からか、目を逸らすためかリエンが目を瞑りその瞬間を待った。

 

 だが、その瞬間はやってこない。

 

「ほう、まだ立ちはだかるか」

 

 グライドが言った。リエンが恐る恐る目を開くと、さっきと同じようにダイのジュカインが立っていた。

 ずっとついていた主の亡骸を離れ、リエンを守るように立ちグライドと対峙している。

 

「ジュカイン……」

 

 小さく、リエンが呟いた。彼は振り向くと、顎でしゃくるようにダイを指し示す。「近くにいてあげてほしい」という意味に捉えて、リエンはアルバを介助しながらその場を離脱した。

 再度、ジュカインはグライドとボーマンダに向き直る。

 

 

 

 

 

 戦う理由なら、ある。彼は最期に「みんなを護れ」と命じた。ならば、ジュカインがここで戦うことは主への忠義の証明。

 否、忠義とは少し違うかもしれない。

 

『ジャアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 咆え、猛り、地面を蹴った。既にメガシンカは解除され、ジュカインからはドラゴンタイプが除かれている。

 ただのくさタイプでは、とても"ドラゴン・ひこう"タイプのボーマンダには対抗できないだろう。だが、それは引き下がる理由にはならない。

 

 腕の新緑刃が光を帯びる。裂帛の気合いと共に放たれたその一撃がボーマンダの胴を切り裂いた。だが、やはり傷は浅い。

 返すようにボーマンダは爪に特大の龍気を纏わせ横薙ぎに、乱雑に振るう。

 

『シャアアッ!!』

 

 一撃目を屈んで回避、迫る二撃目の激爪には遠心力で勢いを増した尻尾を叩きつける。【アイアンテール】と【ドラゴンクロー】が炸裂しあい、二匹が大きくよろめいた。

 距離を取り、ジュカインは足元の瓦礫を砕いて尻尾で撃ち出す。放たれた【いわなだれ】に対し、ボーマンダは返すように【ストーンエッジ】を放つ。

 

 瓦礫と石刃がぶつかり合い木端微塵に砕け散る中、舞い散る砂埃の中ジュカインが地面を舐めるように極限の前傾姿勢で突進する。

 

 下から掬い上げる【リーフブレード】がボーマンダの顎を撃ち抜き切り裂く。だが既のところで頭を持ち上げたボーマンダ、新緑刃はまたも浅い位置を斬りつけるに終わった。

 腕を振り上げ、がら空きの胴を曝すジュカイン目掛け、ボーマンダが【すてみタックル】を放つ。

 

 特性"スカイスキン"によりひこうタイプと化したその一撃は強力で、撥ね飛ばされたジュカインがアスファルトの上を転がる。

 

「そこまで、トレーナーが大事か」

 

 その時だ、グライドがボーマンダの前に立ちジュカインに問いかけた。ジュカインは地面を尻尾で叩いて跳躍すると小型の竜巻になったように高速回転しながら【リーフブレード】を放つ。

 が、その一撃は【ドラゴンクロー】で相殺される。ボーマンダと取っ組み合う中、ジュカインはグライドを睨んでいた。

 

「我々はポケモンのために在らねばならない。それが我々の存在意義だ」

 

 知ったことか、ジュカインは咆える。それに対し、ボーマンダが【ほのおのキバ】でジュカインの首筋に勢いよく噛み付いた。

 

「なぜお前たちを縛るポケモントレーナーの、それも死んだ者の言葉に付き従う。全ては終わったことのはずだ」

 

 グライドは尚も問う。純粋なる疑問を、ジュカインへと。

 だがジュカインは首筋を炎で焼かれようとも、グライドとボーマンダへの敵意を消さなかった。

 

 それは彼との約束を守るため。なんとしても、このボーマンダだけは倒すと心が叫んでいるからだ。

 

「それとも、形も無くなれば気が変わるか」

 

 手を真横に薙ぐグライド。ジュカインに喰らいついたままのボーマンダが首を振り回し、ジュカインを倒壊したビル目掛けて放り投げる。壁面に叩きつけられ、さらに瓦礫に押しつぶされたジュカインが苦悶の声を上げる。だがジュカインが次に見たのは、ボーマンダが再び炎を口腔に溜め込んでいるところだ。しかも、その視線はダイの亡骸へと向いている。

 

 やめろ、と叫んだ。だが無常にも【だいもんじ】は放たれる。

 ダイを囲むリエンや、ステラやアシュリーに向かう大の字の豪火。その横顔がオレンジ色に照らしあげられた瞬間だった。

 

『ゲェェェエエエエエエエエエン!!』

 

『ウォォォォォォオオオオオオオオッッ!!』

 

 モンスターボールから現れる、ダイの仲間たち。ゲンガー、ウォーグル、ゼラオラ、メタモンが立ちはだかり、その身で【だいもんじ】を受け止めた。

 見れば、戦闘不能になったはずのゾロアすら、これ以上ダイの死を穢させないと無理をおして立ちあがっていた。

 

「なぜだ、なぜそこまでする。理解に、苦しむ」

 

 ボーマンダが次の【だいもんじ】を放つが、それもまた一番前に立つゲンガーとウォーグルが身体を目一杯に開いて防いだ。

 だが、一発、もう一発と放たれる度にウォーグルに限界が訪れ、そのまま地に倒れ伏した。

 

「愚かだ、お前たちは、あまりに」

 

 石刃【ストーンエッジ】が放たれ、ゲンガーがそれを受け止める。だが、ウォーグルと同じように【だいもんじ】を受け続けていた彼もまた限界が近づいていた。

 だがせめて、とゲンガーはある一つの覚悟を決めた。頬をピシャリと打ち、ボーマンダをにらみつける。

 

 ボーマンダが大口を開ける。放たれるのはやはり【だいもんじ】、するとゲンガーは放たれる【だいもんじ】目掛けて突進する。当然、小さな身体を極大の豪火が激しく焼く。

 炎が止んだ瞬間、ゲンガーはウォーグルと同じように倒れた。その瞬間、ゲンガーの身体から蒼いオーラが走り、それがボーマンダを蝕んだ。

 

 同じようにボーマンダが口を開くが、そこから炎は出てこなかった。ボーマンダが放つ中で一番強力なほのおタイプの技【だいもんじ】を、ゲンガーは我が身を犠牲にすることで【おんねん】をかけ、撃てなくしたのだ。痺れを切らしたグライドが荒々しく指示を飛ばす。

 

「ならば【りゅうせいぐん】だ、もはや諸共に散るがいい」

 

 指示を受け、ボーマンダが夜空に向かって咆えた。次の瞬間、極大の隕石が一つダイ目掛けて落ちてくる。

 その時、夜闇を照らし出す青白い雷光が空を駆け上がった。ゼラオラだ、落ちてくる隕石目掛けて自ら特攻を仕掛けたのだ。

 

「あの、ゼラオラまでもが……!」

 

 グライドは驚愕を隠せない。イズロードの元にいた時のゼラオラと、とても同一のポケモンだとは思えなかったからだ。

 ゼラオラはダイの死を通して、また一つ感情を取り戻した。そして皮肉なことに、それがゼラオラが忘れていた最後の感情だった。

 

 

 それは悲しみだ。ダイを失った悲しみにより、ゼラオラは全てを思い出した。そしてその深い悲しみが赤黒いオーラとなってゼラオラを纏う。

 かつてステラとの戦いで暴走に陥る原因となった"ハイパー状態"を、ゼラオラは完全に制御していた。そして、思い出した極大の雷撃を今、撃ち放つ。

 

 

『ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ────!!』

 

 

 雷光の閃拳(プラズマフィスト)、ゼラオラだけが使えるその技が降り注ぐ隕石の中心に炸裂する。

 刹那、隕石表面を抉り取るように走る稲妻。隕石の勢いはゼラオラによって受け止められ、中心点を穿たれた巨岩は為す術無く砕け散る。

 

 だが、仲間たちと同じようにゼラオラもまた隕石が破裂する衝撃を諸に受けてしまい、アスファルトへ叩きつけられるとそのまま動かなくなった。

 降り注ぐ隕石の破片は、メタモンが自身の身体を目一杯に拡げバリアーのように変化させて受け止めた。だが、運悪く大きな破片がメタモンを踏み潰した。

 

【りゅうせいぐん】の回数制限の都合、一つに絞ったとは言えそれを防がれるとまでは思っていなかったのだろう、グライドが眉根を寄せた。

 それほどまでに、ゼラオラが抱いた悲しみは大きかったのだ。そうなるほど、ダイというトレーナーが彼を変えたのだ。

 

 何者なのか、突き止める前に死んだ男をグライドは睨んだ。一周回って不気味とさえ思った。

 弱肉強食の世界、死んだということは弱かったということに他ならない。だのに、彼が残した尽くが自分の邪魔をする。

 

「なんだというのだ」

 

 その問いに答える者はもういない。誰も彼もを打倒した。だから雑念を払うように、後背の憂いを断とうとする。

【だいもんじ】が使えなくなったボーマンダが代わりに【かえんほうしゃ】を放つ。その時、視界端の瓦礫の山が弾け飛んだ。

 

 ジュカインだ。ボーマンダを攻撃するためではなく、ダイの尊厳を護るためにゲンガーたちがそうしたように、灼熱の前に身を曝した。

 身体を大の字に拡げ、腹で【かえんほうしゃ】を受け止める。アルバが絶叫するほどの熱、当然ジュカインが耐えきれるはずもない。

 

 だが、それでもジュカインは膝を突かなかった。ただ身体を拡げて、炎からダイやリエンたちを守り抜く。

 一撃、二撃。ボーマンダが肺活量の限界まで炎を吐き切ること、三回。時間にして、十分。

 

 その間、ジュカインは自分を焼く炎から逃げなかった。前のめりに倒れたジュカインが呻いた。

 ボーマンダが一歩ずつ歩を進める。炎では埒が明かないのなら、もはや踏み潰して破壊してしまおうと考えたのだ。

 

『ジ、ジァ……』

 

 ガシ、ボーマンダの脚が地面に縫い付けられる。ジュカインだ、両腕でボーマンダの前足を押さえ込み、侵攻を阻害する。

 振りほどこうとするがジュカインは離れない。やがて痺れを切らしたボーマンダが【かえんほうしゃ】でジュカインの背中を焼き払う。

 

 既に体力は限界のはずだった。立ち上がるのすら困難のはずだった。

 それでもジュカインはボーマンダを止めた。未だに叫んでいるのだ、ボーマンダだけは絶対に止めると。

 

『ア……アァ……ッ!!!』

 

 ゆっくりと脚に力を込めながらジュカインが立ち上がり、ボーマンダを突き飛ばした。空気を翼で掴み、そのまま着地したボーマンダ目掛けて、ジュカインが腕の新緑刃を繰り出す。

 

「もうやめて、このままじゃジュカインまで死んじゃうよ……」

 

 背後でリエンが言った。腕に抱えたダイの頬に涙の雫が落ちる。だがジュカインは聞く耳を持たない。

 弱々しく繰り出された【リーフブレード】、それはボーマンダからしてみれば欠伸が出るかと思うほどだった。身体を軽く反らせば避けられる。

 

 結果、空を切りジュカインの身体がよろけて再び派手に倒れ込んだ。地に倒れ伏すジュカインを暴虐の王が睥睨する。

 しかし次の瞬間にはもうジュカインは立ち上がり、再度攻撃を仕掛けようとする。

 

「もう──」

「終わらせろ」

 

 ズシャア、ボーマンダの放つ竜の激爪がジュカインの胴を、ダイと同じように切り裂いた。それが決め手となった。

 スローモーションのように意識が遠のく。倒れたジュカインはもう一度立ち上がろうとするが、今度こそ身体が動かなかった。

 

 だが最期に、せめてダイの元へとジュカインが地面を這った。

 一歩ずつ、手で地面を手繰り寄せるようにしてダイの元へ向かうジュカインは、昔のユメを見ていた。

 

 

 人間の言う、"ソウマトウ"というやつだろう。自分も死ぬのか、とひどく冷めた意識でジュカインは思った。

 

 最初に思い出したのは、ステラとのジム戦だった。

暴走したゼラオラを止めるために力を合わせた。

 

 その時、彼は言ってくれた。

 

『お前なら、きっとアイツを止められる。アイツの目を覚まさせることが出来るって、信じてる』

 

 信じている。彼がそう言ってくれるたび、力が湧いてきた。

 どんな困難にも立ち向かえる気がした。

 あれからまだそんなに経っていないのに、もうすごく昔のことのように思えた。

 

 次に思い出したのは、神隠しの洞窟での出来事だ。

 脱出作戦の折、落盤に巻き込まれた僕を身を挺して助けに来てくれたのがダイだった。

 

 彼も、水かさが増す洞窟の中命懸けだった。彼を助けたいと思った時、キモリからジュプトルへと進化を遂げた。

 それからクシェルシティで、一世一代の大勝負を行うダイが選んでくれたのも自分だった。

 

 任せてくれた。それが嬉しくて、絶対に勝つんだと強く思った。

 勝って、「お手柄だったぞ」って言ってくれた時の彼の笑顔は今でもハッキリと覚えている。

 

 そうして幾つも彼との思い出を遡ること、最後の、最初の思い出に辿り着いた。

 

 

 ハルザイナの森、襲いかかってきたアリアドスを前に彼がカバンの中にいた僕たち三匹を見て、中から僕を選んで言った。

 

 

『キミにきめた!』と、そう言ってくれた。

 

 

 その時、誰かに頼ってもらえることの喜びを知った。期待に答えようと、初めて戦うアリアドスと死闘を繰り広げた。

 タイプ相性で言えば天敵、だけど彼は僕を選んだことを後悔などしなかったばかりか、またも言った。

 

『あいつは助ける必要ないよ、十分つえーからな!』

 

 会ったばかり、まだ技も知らないようなポケモンに、彼はそう言った。

 だけどそこから、彼は僕を理解するためにずっと見守ってくれた。彼が【ソーラービーム】と叫んだその時、彼についていこうと決めたのだった。

 

 

 嗚呼、だけどその冒険もここで終わりを迎えるのか。

 身体が冷えてくるのを感じる。後少し、後少しで彼に手が届く。置いて行かないでほしい、一緒に連れて行ってほしい。

 

 きっと次があるのなら、また一緒にいたいと心から思えるから。

 

 そっ、と手が彼の腕に触れた。ポロポロと涙が溢れた。悔しいから、悲しいから、それもある。

 だけど一番は、やっぱり君と一緒にいられて嬉しかったから。すごくすごく、楽しかったから。

 

 

 ありがとう。

 

 

 それで最後にしようと思った。もう眠っても大丈夫だろう、そう考えていた。

 だけどまだ浮かんでくることがあった。

 

 

 あれは、そう。まだヒヒノキ博士の研究所にいた時だった。

 

 

『みんな、見てごらん。今年のポケモンリーグが開催されるんだよ』

 

 

 そう言ってヒヒノキ博士がモニターを見せてきた。そこでは世界の中心とも思えるような闘技場で、強そうなポケモンたちがどちらが強いかを競い合っていた。

 ひと目で、その光景に憧れを抱いたのを覚えている。

 

 

『君たちもいずれ、誰かと旅に出る時が来る』

 

『もしかしたら君たちの誰かがあの舞台で戦うかもしれないね』

 

 

 ああ、ぜひともあの舞台に立ちたいとタマゴから孵ったばかりでも、強く思った。

 

 

 

 

 ────そうだ。(ダイ)とあの舞台に立ちたい。

 

 

 

 

 僕の中にあるのは、それだ。その心残りが、この涙を流させている。

 もうそれを叶えるには奇跡でも起きない限りは無理だろう。だけど、もしも奇跡が起きるなら。

 

 その奇跡が、許されるのなら。

 

 

 

 ──もう一度、君と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その光景を見たラフエル地方に住む人々は「テルス山が噴火した」と口々に語った。

 山頂の街、山で言えば火口に位置する街レニアシティをまるごと覆うような虹の光が立ち上ったのだ。

 

 足元から噴き上がる、無限の虹。グライドが思わずたじろいだ。

 

「なんだ、これは……?」

 

 口にするも、分かっている。この光はReオーラが起こす虹の奇跡だ。だがこれほどまでに濃い濃度の光は見たことが無い。

 さらに今まで微かに感じていた振動が、どんどん強くなっていることにグライドは気づいた。

 

 その時だ、通信機に連絡が入りグライドは即座に通信を繋げた。

 

「私だ、ワースか! これはどういうことだ!」

『あー、こっちも撤収準備中でな。簡単に、一度しか言わねえぞ。今、お前ンとこに熱源が一つ、ものすげぇスピードで向かってる』

 

 この大地震と見紛う揺れはそれが原因か、とグライドは納得する。だがそうなら、この空を穿つ街全体を覆う虹の光はなんだ。

 周囲を見渡したグライドはある異変に気づいた、ボーマンダだ。身体を包み込む彼の傷が次々に癒えていくのだ。シンジョウのリザードンに破壊された右肩の鎧は復活し、激戦など無かったかのように全快する。

 

「これは……ラフエルの奇跡は俺を選んだか」

 

 憶測を口にするが、それを否定する要素が現れた。それは目の前で死に体だったアルバだ。全身を大火傷していた彼の身体もまた、何もなかったかのように綺麗な身体へと戻っていた。

 それはアルバだけではない、この場の全員の身体の傷が消失していた。それは実質、仕切り直しを意味していて。

 

「これは……?」

 

 起き上がったアルバが自身の身体に手を宛てがい、訪れた変化に戸惑いを隠せないようだった。

 不味い、このままでは。グライドは本能的にそれを感じ取った。取り急ぎ、ボーマンダを呼んだ。

 

 回復しているのなら撃てるはずだ、それが実証出来るはずだ。

 

「ボーマンダ、【だいもんじ】だ! 焼き尽くせ!」

 

 頷いたボーマンダが再び鎌首を擡げて肺を目いっぱいに膨らませる。いける、そう思ったボーマンダが勢いよく今まで以上に巨大な大の字の豪火を撃ち放つ。

 それが驚愕を浮かべるアルバたちの横顔を照らした。直撃する、そう思った瞬間だった。

 

 突然、数メートル先の地面が隆起し一際濃い虹色の光が立ち上った。

 そして迫る【だいもんじ】を、地面から飛び出してきた白い球体が受け止めたのだ。対象物に触れ、大の字は極限まで拡がる。

 

 だが、白い球体は物ともせず炎を受け止めただけではなく、一瞬強い光を放つ。

 直後【だいもんじ】は蒼い炎と化してボーマンダへと放ち返される。ほのおタイプの技なら避けるまでもない、グライドはそう思った。しかし蒼い炎に飲み込まれたボーマンダが思わず苦悶に叫んだ。

 

「なに……!? あ、れは……そうか、"ライトストーン"が目覚めたか」

 

 納得する。これほどのReオーラを伴って現れたのならば首を縦に振って認めざるを得ない。

 かのラフエルと並び立つ英雄が目を覚ましたのだ。グライドの口調はどこか舞い上がっているように、有り体に言えば興奮していた。

 

「さぁ、ライトストーンを我が主中に。そして、"あのお方"の悲願へまた一歩近づくのだ……!」

 

 一歩前に出る。そしてグライドがふわふわと浮かぶライトストーンに手を伸ばした時だった。それを避けるように、ライトストーンはグライドから遠ざかっていく。

 そして、ダイとジュカインの元へとやってくると明滅を繰り返しながら、言った。

 

『ジュカイン、起きるんだ』

 

 その声は誰もが認識した。ヒトの言葉をライトストーンが発している。その時、パチリとジュカインが開眼する。

 身体の傷が癒えきっていることに気づくと、目の前のライトストーンを拝んだ。

 

『君の真実を証明するんだ、ジュカイン』

 

 言っている言葉の意味は分からない。だがジュカインは身体が動くのなら、と立ち上がって再度ボーマンダの元へ向かおうとしていた。

 だがこの白い宝玉──ライトストーンを無視することも出来ず、本能的に"瞳"と認識した場所へ視線を送る。

 

『少し難しいかな。じゃあ君が諦めきれない現実は?』

 

 そう言われれば、答えは簡単だった。

 未だに冷え切ったダイの手にそっと手を重ねた。

 

 

 ────彼と一緒にあの舞台(ポケモンリーグ)に立ちたい。

 

 

 ジュカインが諦めきれない現実、真実はそれだ。それを強く意識する。

 ライトストーンがふわりと漂ってジュカインの手中へと収まった。手が焼けて解けてしまうと錯覚する高熱だったが、なぜか放そうと言う気にはならない。

 

『なるほど、純粋で混じり気のない強い思いだ。それじゃあ奇跡を起こそう』

 

 その時ジュカインは頭の中に語りかけられた気がした。言われるままライトストーンをダイの亡骸に抱えさせた。

 

 

『──喜べジュカイン、君の真実は英雄のお墨付きだぞ』

 

 

 奇跡を起こすに値すると、ライトストーンは言った。

 言った後、眩い閃光を放ちテルス山全域に拡がる虹の光を自身へと集めて一極化させた。

 

 虹の光がダイの身体を包み込む。それはもはや燃えているかのようだった。

 いや、違う。ジュカインが目を凝らす、実際にダイの身体は燃えていた。肩口から奔る大きな裂傷が虹色の炎に包まれているのが見えた。

 

 慌てて火を消そうとダイの身体に覆いかぶさった瞬間だった。

 

 

 

 

 

「────うあああああ!? あーっちぃ!! あちちちちち!! あちっ! あっちぃ!!」

 

 

 

 

 

 誰もが、目を疑った。

 

 それはあり得ない。彼の心臓は数十分前に動くのをやめたのだから。

 

 彼の身体はもう流れ出る血すら無かったはずなのだから。

 

 だが彼は現にこうして、身悶えるようにして、暴れている。身体を覆う炎を熱いと感じて、消そうと飛び跳ねている。

 

「だ、ダイ……?」

 

「ん? おう、どうしたアルバ。なんだお前、死人でも見た、って顔してんな」

 

 恐る恐るアルバが名前を呼ぶと、ダイは振り返りいつもの笑顔でつまらない冗談を言った。

 やっぱり信じられなくて、アルバとリエンがダイの身体のあちこちに触れる。身体の傷は完全に塞がっていた。

 

「っていうか、みんなも。どうした、幽霊にでも会った顔してるぞ」

「だって……君は」

「も、もしかしてマジの幽霊が出たのか? 俺そういうのダメなんだよな~」

 

 いや、お前がそうなんだよと誰もが思った。不安そうに眉を寄せるダイの姿はなんだか何事も無かったようで。

 思わず、笑いが漏れた。最初にシンジョウが、次いでアシュリーが、口々に笑いが溢れてきた。

 

 ──なんだ、これは。

 ──なんだっていい、彼が帰ってきたのならそれでいい。

 

「よう、ジュカイン。ただいま」

 

 同じく背後で信じられないという顔をしているジュカインへ向き直り、ダイは言った。

 

「脱獄ジョークの時もそうだけど、俺のこういう冗談はウケないらしいな」

 

 そう言ってニッと歯を見せて笑うダイは、別人とは思えなくて。本人だと、突きつけられて。

 夢じゃないんだ、ってジュカインは自分の頬を引っ張ってみた。当然、痛い。目は覚めない、これが唯一無二の現実だと痛みが教えてくれる。

 

「俺たち、やっぱ最強だぜ」

 

 拳を突き出すダイに、ジュカインは涙を流しながら自身の拳を打ち付けた。

 その時ようやっと、ダイの腕の中にいたライトストーンが光を発して言った。

 

『やぁ、タイヨウ。僕のことを覚えているかな』

「そう言えばペガスシティの刑務所にいた時に見た饅頭に似てる気がするなぁ」

『ハハハ、そうか。まぁそうだよ、僕があの時の饅頭だ』

 

 その白い宝玉に、ダイは見覚えがあった。かつて無実の罪で投獄された際、夢に見た宝玉だ。それがこうして、今自分の手中へ収まっている。

 

『あの時と同じことをもう一度聞くよ、君が求めるものはなに?』

 

 かつては釈放なんて答えたかな、と思いながらダイの心はもう決まっていた。

 

「俺はジュカインと、みんなと一番(チャンピオン)になる。強くなるとか漠然な答えじゃない。一番が欲しい」

『答えが出たんだね。その思いは君だけのものじゃない、君のポケモンたちも同じことを強く思っていた。それが奇跡を生んだんだ』

 

 信じ、強く思えば、虹の奇跡は起きる。いつしかアルバがダイに言ってくれたことだ。

 まさにその通りだった。それを諦められないジュカインの想いがReオーラを引っ張り上げ、それを道標にライトストーンは現れた。

 

 

「認める、ものか!!」

 

 

 眼前で奇跡を否定する男が一人、声を荒らげていた。

 グライドだ、額に青筋を浮かべて、驚愕・怒り・焦燥全てが綯い交ぜになったような顔をしてダイを睨んでいた。

 

「なぜ貴様は生きている!! 貴様はさっき、完全に息の根を止めたはずだ! なぜ貴様が、王のポケモンと心を通わせる! なぜライトストーンが貴様を認めた!!」

 

 疑問は尽きないようだった。放っておけば思いつく限りの疑問をぶつけてくるだろう。

 だからダイは言ってやることにした。

 

「顔見知りなんだよ、こいつと」

 

 それは効果覿面だった。グライドの顔が憤怒に歪む。そして、

 

 

「ボーマンダァ!!」

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

 我慢ならんとボーマンダをけしかけた。暴虐の王はもう一度その生命を刈りとってやろうと激爪を奔らせた。

 だが、ライトストーンが放つ【りゅうのはどう】がそれを正面から弾き飛ばした。

 

「奇跡などと、認めてたまるか……!」

 

「いいや、奇跡は真実だ! それをお前に教えてやる、見せつけてやる!!」

 

 ダイはライトストーンは自分の少し後ろに放る。お手並み拝見、とばかりにライトストーンはダイを見守っていた。

 起きてから。正確には生き返ってから、ずっと燻ってる感覚を覚えていた。そしてそれはジュカインも同じようだった。

 

 

「巫山戯るな、小僧ォォォォォォォォオオオオオオオ────ッッ!!!」

 

 

 グライドが遂に咆える。吹き飛ばされたボーマンダが空を翔け、ダイとジュカイン目掛けて突進する。

 二人は顔を見合わせた。そしてダイは右手を左手のひらに打ち付けて、眼前へと突き出した。

 

「────もう一度突き進め(ゴーフォアード・アゲイン)、ジュカイン!!」

 

 足元から溢れ出る虹の光が旋風を巻き起こす。それがダイと、ジュカインの身体を包み込む。

 ボーマンダがその旋風の中へと飛び込む。眩しくて、それでもずっと眺めていられるような優しい光がその横顔を照らす。

 

 

 そしてダイは叫んだ。虹の奇跡を象徴するその言葉を、強く、轟かせる。

 

 

 

 

「──────"キセキシンカ"ッッッ!!」

 

 

 

 

 刹那、虹の中から現れたのはジュカイン。しかしその姿はただのジュカインではない。

 

「なんだ……!? そんな形状のジュカインは、見たことがない……!」

 

「当たり前だ! これは、俺たちだけの奇跡!!!」

 

 通常のジュカインよりも長く伸びた頭部のヒレ、それはまるで角のように鋭利で背後へ向けて反り返っていた。

 メガジュカインのときにはX字のアーマーだった葉の装甲はまるで襟巻きのように首元を覆っており、腕の新緑刃は葉が三つに増えさらに大きく伸びている。

 

 一番目を引くのは背中だ。ジュカインの背にある栄養の詰まった種がそのまま発芽したかのように、鋭い枝が伸びている。

 それは一見すると翼のようで、左右合わせて六本の枝がジュカインの背から空を目指している。

 

 これこそがダイとジュカインだけの、唯一無二の力。

 

 

 虹の光を散らしながら、新たなる姿を以て"キセキジュカイン"は爆現する。

 長きに渡る死闘に決着をつけるべく、その腕の刃に力を込めて今、前進する。

 

 前へ、前へと、突き進む。

 

 




伝説のポケモンを饅頭呼ばわりする男爆誕。




そしてなんと、あの伝説のキモリマスターと名高いKarasora様よりキセキジュカインの設定画を頂きました、さすがキモリ系列を愛してやまないKarasora様。ジュカインをよりシャープに、かつパワーアップしてるという感じを全面に押し出してきてます。

重ねて、Karasora様に感謝を。
ありがとうございました!

キセキジュカイン


【挿絵表示】

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