ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSサザンドラ 宵闇の静寂

 テルス山中腹から見える太陽が地平線へ消える頃、サザンカとカイドウは先遣隊として突入したユキナリのチームの援護へと向かっていた。

 しかし、どういうわけか登れど登れど戦闘が行われている現場に辿り着かない。それどころか、そういった音すら聞こえない。

 

「妙だな……」

「カイドウくんもそう思いますか、ええ妙です」

 

 先頭のジムリーダー二人が揃ってそう言うものだから、後ろを歩いていたアイラは周囲の状況が"妙な状態"であることを前提に注視し始めた。

 焼け落ちてしまった後の木々、既に日没と言って差し支えない状況でそれがハッキリと分かる。

 

師匠(センセ)、ちょい待てプリーズ~……」

「おや、すみません。置いてきてしまったみたいですね」

 

 そう言って柔和に謝罪をするサザンカ。アイラが振り返るともたもた、と聞こえてきそうなくらいふらふらの千鳥足で一人の少女が上がってきていた。

 彼女の名はプラム。サザンカが営んでいる武術教室に通う一人の門下生で、VANGUARDではアイラと同じサザンカのチームメンバーだ。

 

「大丈夫? プラム」

「あーダメTBS(テンションばり下がる)、あーし湖ガールだから山は専門外なんですけど~……」

「普段はあんなにバイタリティあるのに……でも普段、カエンと一緒に修行場の裏山を駆けずり回ってるじゃん」

 

 アイラから差し出されたペットボトルの水を一呷りするプラム。「ぷはー」と景気よくおいしいみずを嚥下し、残り数ミリリットル残した状態で口を離したプラムが残りの水を寄りかかっている木々へと思い切りぶちまけた。

 

「ちょっと!? アタシの水!」

「あ、そうだった! ごめんごめんご! でもほら、見てみーよアイラ」

 

 そう言ってプラムが指し示すのは水を掛けられた木だ。アイラが凝視すると、妙なことに気づいた。この辺一体の木々は燃やされた後のはずだが、水をかけられた木は水を弾いたのだ。普通の炭と化した木ならば水が染み込むはずなのに、である。

 

「たぶんあーしがグロッキーなのは、この辺一体に()()()張られてるからだよ。っていうかやばすぎてちょっとマジでリバりそう」

 

 お腹を抑えて気分悪そうにするプラムの介抱をするアイラ。近くの木々に触れながら、カイドウが横目でサザンカを見て言った。

 

「最初連れてきた時はなぜこのギャルを、と思ったが随分と鼻が利くようだな」

「えぇ、彼女の観察眼は目を見張るものがありますよ。特に"AIもーど"、でしたか。一度その状態に入るとすごいんです」

「AIモード? まさかとは思うが"インプラント"か? 脳科学がそこまで進歩していたなんて記憶は無いが」

 

 プラム、という人間について情報共有を図る二人。カイドウが誤解しているAIモードというのは俗に言う『頭良いモード』のことであり、ラフエル地方でも蔓延している若者言葉だ。

 サザンカは俗世に疎く、カイドウは人付き合いに疎いので当然知る由もない。

 

「つまりここは人為的に作られた空間で、アタシたちはそこに閉じ込められたってこと?」

「そうなるな、問題は『誰がどんな目的でそんなことをしたか』だが、答え合わせにもならんだろ」

 

 なんせ、答えが最初から提示されているのだから。

 

 カイドウのレンズ越しの視線を受けて、いつの間にか眼前に立っていた女性は薄く笑んだ。だがその笑いに、意味が含まれているとは思えなかった。

 アイラとプラムの二人は持ち合わせた嗅覚で、この女だけは絶対に理解出来ない人物だと感じた。

 

「さすが、超常的頭脳(パーフェクトプラン)と謳われるだけありますね。プロフェッサーカイドウ」

「その出で立ち、幹部級か」

「お察しの通り、バラル団幹部。担当は参謀と実働補助を担当しております、ハリアーと申します。以後お見知りお──」

 

 言葉を言い切る前に女性──バラル団幹部、ハリアーの背後から二匹のポケモンが飛び出してくる。それは"ジュペッタ"と"オーベム"であった。

 ゴーストタイプにエスパータイプ、この特殊な空間がポケモンの技によるものだとするなら、間違いなくこの二匹の仕業だとカイドウは当たりをつけた。

 

 飛び出しざまに放たれる【シャドーボール】と【サイコショック】を各々が散開することで回避する。当たるはずだった物に当たらず、遠方まで飛んだ闇の魔球と幾何学の念力が木々を粉砕する。

 

「"シンボラー"!」

「"ゲッコウガ"!」

「"ノクタス"!」

「"チャーレム"!」

 

 カイドウたちも応戦するように手持ちのポケモンを召喚し、ハリアーに対峙する。

 現状ハリアーが見せているポケモンは二匹、対してカイドウたちは計四匹。数の上では有利だが、相手はバラル団の幹部席を任されている女。当然数の有利など些細なアドバンテージだ。

 

「状況整理は任せろ、【ミラクルアイ】」

 

 早速カイドウがシンボラーと【ミラクルアイ】を使ったシンクロ状態に入る。挨拶代わりに、とジュペッタが再度【シャドーボール】を放つ。

 それをサザンカのゲッコウガが割って入り、【つじぎり】で散らしてしまう。蓄積されたエネルギーが臨界を超え爆散する中、ノクタスが突っ込む。

 

「視界状態光度上昇、移動する物体の自動追従開始、敵味方識別開始、敵オーベム迎撃体制に移行、行動順から特性は"アナライズ"と判断、以後オーベムの攻撃を最優先で対処」

「噂通り、独り言が激しいですね」

「あー、メガネ一度こうなるとたぶんもう聞こえないから意味ないと思うよ」

「聴覚情報取得、聞こえてるぞギャル娘」

「聞こえてるってさ!」

 

 戦闘中の軽口を咎めるカイドウと苦笑いのプラム。ノクタスが右腕と見せかけて左腕で放つ【だましうち】でオーベムを殴打する。しかし返すように、オーベムが頭頂部を輝かせた。

 それは赤、青、緑と目まぐるしく変化する色を放った。だがそれを分析したカイドウが素早く指示を出す。

 

「攻撃技特定、発射体勢から【シグナルビーム】と推測。発射までおおよそ三秒、ゲッコウガとノクタスを下がらせ対処しろ」

 

 直後、撃ち放たれる極彩色の光線。間近にいたノクタスを飲み込んだ後、ゲッコウガとチャーレムへ直進するそれをシンボラーが【シンクロノイズ】でかき消す。

 タイプ相性で言えば、絶妙にカイドウたちの苦手なタイプを司るポケモンたちだった。自分たちが来ることが分かっていて前線に出てきた、実働補助を担当するだけのことはあるとカイドウは彼女をそう評した。

 

「チャーレム、【バレットパンチ】!」

 

「【シャドークロー】で応戦なさい」

 

 キラキラと舞い散る【シグナルビーム】の残滓の中、チャーレムが敵の懐に飛び込んで神速の乱打撃を行う。オーベムを守るように飛び出したジュペッタが繰り出す影の裂爪とぶつかり合い、衝撃で二匹が弾かれるがチャーレムの方が復帰は早かった。常日頃、ヨガで高めた体幹力が功を奏したのだ。

 

「もっかい【バレットパンチ】!」

「ならオーベム、もう一度【シグナルビーム】です」

 

 ジュペッタの復帰を待っている暇は無い。ハリアーはオーベム自身に迎撃を任せる。再度極彩色の光線が放たれるものの、チャーレムには当たらない。

 予め【こころのめ】と【みきり】を併用し、攻撃射角を把握してからの攻撃だった。オーベムの頭部にチャーレムのマシンガンパンチが叩き込まれ、大きな隙が出来る。

 

「今でしょ!」

「そのようです、【かげうち】!」

 

 ゲッコウガが勢いよく地面を叩く。そのままピタリと動かなくなったかと思うと、サッと地面の上を影が走りオーベムの背後を取った。

 次の瞬間、ゲッコウガの姿がドロンと消滅し、オーベムの背後へ伸ばした影から本体が出現する。水で作り出したクナイでオーベムを切り裂き、一撃離脱するゲッコウガ。

 

「なるほど……さすがはジムリーダー、お見事です。それに、あなた方二人も。一般のトレーナーでありながらジムリーダーに追随し、さらに相性不利であろうともそれを覆す手腕は称賛に値します」

 

 手に持った古めかしい蔵書を小脇に挟みゆっくりと拍手を送るハリアー。口調そのものは相手を褒め称えているが、この場においては返って気味が悪い。

 

「こういうの、"慇懃無礼"って言うんでしょ」

「なにそれ、食べられんの? あーし知らない」

「"厚顔無恥"って言うのと一緒に食べると美味しいらしいよ」

 

 アイラが挑発する。ハリアーは顔色こそ変えなかったが、今のやり取りでアイラに一瞬興味を抱いたかのような素振りを見せる。

 くい、と顎でジュペッタに指示を送るハリアー。頷いたジュペッタが再び【シャドーボール】を放つ。だがジュペッタはゴーストタイプでありながら、ステータス上は物理攻撃値の方が高い。

 そのため、【シャドーボール】もそれほどの威力は出せない。それは奇しくも、手持ちに同じジュペッタを持つアイラだからこそ分かっていた。

 

「ノクタス、【エナジーボール】!」

 

 その時、オーベムの【シグナルビーム】を直撃して以降地面に潜っていたノクタスがアイラの正面へ現れ、両腕から抽出した新緑の砲弾を【シャドーボール】目掛けて撃ち出す。

 当たれば相殺、上手く行けばそのままジュペッタに直進する。

 

 はずだった。

 

「な、曲がった!?」

 

 その時、ジュペッタの放った【シャドーボール】がまるで意思を持っているかのように【エナジーボール】を回避したのだ。ぐりん、と不可思議な軌道を描いて飛ぶそれはノクタスの直前で再び軌道を変えその後ろにいたアイラを狙う。鎌首をもたげるように、闇色の魔球がアイラを睥睨した。

 

「っらぁ!!」

 

 だがそれを好とせず、アイラを小脇に抱えたまま踵を地面へと打ち込んだ者がいる。

 それはプラムだった。彼女が地面へと衝撃を送ると岩塊が捲れ上がるようにして眼前へ出現する。そしてそれを足場にサザンカが跳躍、破裂寸前の【シャドーボール】をなんとそのまま蹴飛ばした。

 軟質球のように形を変えたまま蹴り返された【シャドーボール】がオーベムの元で盛大に爆ぜる。ジュペッタはそれを見て「なぜ?」という疑問を隠せていなかった。

 

「ごめん、油断した」

「気にしなくていーよ! あーしらもうマブやし!」

「オーベムが念力で操っていたようです、ですがそれだけではありませんね」

 

 ズボンの裾についた砂埃を払い落としながらサザンカが悠々と言った。その言葉の続きを紡いだのはカイドウだった。

 

「あぁ、恐らく()()()()()()()()()()()使()()()()()。おおよそ射角の精度がポケモンに任せたそれではない。つまりはノクタスとゲッコウガもまたオーベムの攻撃に注意する必要がある」

 

 カイドウが一時的にシンボラーとのシンクロを解除し、ボールへと戻した。次いでフーディンを喚び出すとポケットから小さな指輪を取り出し、それを左手の中指へと取り付ける。

 アクセサリーを身につける場所に気を使うなど、少し前の自分ならば想像出来なかった。だが、元はユンゲラーだったフーディン諸共、ある一個人(ダイ)に変えられてしまったのだろう。全く迷惑な話だ、とカイドウは一人独白する。

 

「向こうが【ミラクルアイ】を使ってくる以上、こちらの動きは全て観察、認識されてるものと思え。だが、だからこそこちらに勝機はある」

「おや、あなたならばこそ、【ミラクルアイ】の厄介さはご存知だと思ったのですが」

「当然だ、つまり致命的な弱点も心得ているということだ。俺にそれを教えてくれたのはあの馬鹿だがな」

 

 不敵に笑むカイドウ。ハリアーは前髪をかき分け、額にサイコパワーで第三の目を出現させると改めて一歩前へ出て、カイドウと対峙する。

 

 

「──超常よ、我が叡智によりさらなる飛躍を遂げよ」

 

 

 目の前に掲げた左手を握り締め、指輪の頂点にあるキーストーンから放った光が戦場のフーディンと結びつき、薄気味悪い闇に包まれた森を照らしあげる。

 その光は、道を指し示す。それは言うなれば、勝利の方程式。道標として、四人の前へと顕現する。

 

 

「フーディン、メガシンカ!!」

 

 

 それは決して、ユンゲラーでは成し得なかった力。半ば事故のように進化したようなものだが、それでも。

 カイドウが口にこそしないが、友達と呼べる少年との絆を示すメガシンカだった。

 

 光の中より出現する仙人はサイコパワーに乗る形で空中に座す。"メガフーディン"はそのまま地面へとスプーンを突き立て、特殊な力場を生み出す。

 

「【サイコフィールド】」

 

 それはエスパータイプが場に居座る上で強力なアドバンテージとなる力場だ。カイドウはバラル団と戦う姿勢を見せた時から名有のメンバーの情報をPGや他に対峙したジムリーダーから聞き及んでいた。

 ハリアーのジュペッタがこちらと同じく、メガシンカを扱う個体であると知っていたからこその【サイコフィールド】だ。

 

「確かに強力ですが、私のオーベムも強化対象でありそちらのゲッコウガやチャーレムは【かげうち】と【バレットパンチ】を封じられました」

「それはどうかな」

 

 ハリアーがピクリと眉を寄せた。次の瞬間、再びゲッコウガがジュペッタの背後を取った。間違いなく【かげうち】だった、さらにそのまま離脱しざまに【つじぎり】を行い、ジュペッタへ大ダメージを与える。

 さらにチャーレムまでもが【バレットパンチ】を放ち、オーベムを攻撃する。【かげうち】を許してしまった分こちらは通さない、とハリアーはオーベムに後退を命じる。

 

「なぜ、なぜです」

「ご自慢の【ミラクルアイ】で分析してみろ、案外簡単な問題(クエスション)だぞ」

 

 尤も、そんな隙は与えないとばかりにフーディンが【シャドーボール】を放ち、オーベムを攻撃する。

 ジュペッタが前に出張り、【シャドークロー】で弾き飛ばそうとする。しかし、フーディンの放った【シャドーボール】は通常のそれと違いジュペッタは正面から跳ね飛ばされた。

 

「メガシンカしてるとは言え、その火力は」

「疑問ばかりで答えが出ないようならば──」

 

 ならば、と【ゴーストダイブ】を行うジュペッタへフーディンが【イカサマ】で返す。まるで老師が弟子をあしらうように脚を掛け、ジュペッタが顔面から地面に叩きつけられる。

 見慣れた光景にプラムがちょっとジュペッタに親近感を覚えたところで、カイドウがメガネのブリッジを指で押し上げて言った。

 

「お勉強が足りないな」

 

 今の一言でハリアーが露骨に顔を歪めた。垣間見えた彼女の本性に思わずアイラとプラムがたじろいだが、サザンカが「心配いりません」と声をかける。

 言われた通り、ハリアーが【ミラクルアイ】で周囲を異常なまでに観測する。そして推論を立て、推古を行う。そして出来上がった仮説はこの状況と一致、ほぼ確定する。

 

「【テレキネシス】と、"トレース"による"へんげんじざい"の模倣……!」

 

「正解だ、参謀担当は考える頭をきちんと持っていたようだな」

 

「……クソガキが」

 

「発言は挙手し、指名を受けてからと教わらなかったのか?」

 

 オーベム、ジュペッタ双方の攻撃がカイドウへ集中する。フーディンが当然迎撃を行うが、先ほどと同じようにジュペッタの【シャドーボール】がオーベムの念力により自在に動きを変える。

 だがカイドウは避けることはしない。避けずとも、仲間が対処してくれる。サザンカを味方に持つということは精神的にも大きなアドバンテージを生む。

 

 カイドウへ迫る魔球をサザンカが回転蹴りで撃ち返す。迫るそれをハリアーは首を少し横に傾けて回避する。後ろで爆ぜた風が彼女の艷やかな髪を乱暴に煽った。

 ハリアーは柄にもなく、多少憤っていた。相手が自分を研究し尽くすということに不快感を覚えたのだ。

 

 実際、ジュペッタはメガシンカによる【いたずらごころ】を封じられ、カクレオンやコジョンドと言った他の手持ちもそもそも相性が悪い。

 この四人の相手は自分が戦うべきではなかったと、今更ながらに思っていた。だがそれは実働補助を買って出た自分を自ら貶めていることにもなる。

 

 ハリアーが一番我慢ならない点はそこであった。プライド、という彼女を形成する大きなファクターが大きく侵されている気がしたからだ。

 

 だからこそ、否定しなければならない。踏みにじらなければならない。

 彼女にとって戦いとは蹂躙なのだから。命を冒涜することは美学なのだから。

 

 

「────"サザンドラ"」

 

 

 ジュペッタとオーベムを下がらせ、彼女が呼び出したのはジュペッタをも凌ぐ切り札。

 三首の黒竜は顕現と同時に咆哮を放ち、対峙するポケモンを強く威嚇した。ビリビリと空気を揺るがすプレッシャーが四匹と四人を襲う。

 

「いいでしょう、小細工はここまでで終わりに致しましょう。えぇ、えぇ、()()()()に」

 

 黒竜が翔ける。対象はフーディン、ではなくカイドウ。凄まじい勢いでカイドウへ食らいつこうとその三つの大顎が開いた瞬間だった。

 ゴパァ、空気が弾ける音を以てサザンドラの口内に穿たれる拳。しかもそれすら、ポケモンではなく人間のもので。

 

 一つ間違えば腕を食いちぎられかねないところであったが、彼女──プラムは気にしない。拳に次いで放たれた発勁、空気との摩擦で手のひらから微量の煙が発生するほどに洗練された一撃がたまらずサザンドラを後退させる。

 

「マトモなポケモンバトルじゃ勝ち目無いからトレーナー狙いまぁす、ってとこ?」

「おかしなこと、ポケモンバトルである前に命のやり取りをしているのでしょう? 我々は」

「アンタさぁ、矯正不可能なくらい性格ブスだよ。あーしが一番キライなタイプ」

「小娘に好かれようと、端から思ってませんので」

 

 怯みこそしたが、サザンドラはまだ動ける。今度は両の腕の(アギト)でプラムの両腕を食いちぎろうとする。だがそれを好とするほど、仲間も師も甘くはない。

 フーディンが【きあいだま】を放ち、それをサザンカが再度蹴り飛ばすことで加速させる。"へんげんじざい"によりかくとうタイプと化したフーディンが放ったそれが剛速球となってサザンドラの腕を横から飲み込もうとする。

 

「ノクタス、ありがとう。あとは任せて」

 

 そして今まで出遅れていたアイラもこれ以上は黙っていられない、とノクタスを控えさせ一番付き合いの長い相棒"バシャーモ"を呼びだす。

 相手がジュペッタとオーベムだったからこそ、先鋒をノクタスに任せたが相手が変わった今、バシャーモを出し惜しむ理由など一つもない。

 

「さぁ行こうバシャーモ! 今日のは活きの良いサンドバッグだよ」

「戯れろ小娘、その細首食いちぎってあげましょう」

「じゃあこっちはそのやたら高い鼻をへし折ってあげるわ」

 

 瞬間、カイドウが放ったのと同じ輝くがアイラの手首から溢れる。それは彼女曰く"とっておき"。

 バシャーモが光と豪火に包まれて、フーディンと同じくメガシンカを遂げる。鶏冠は大きく威圧的になり、身体中から炎が緒となってゆらゆらと漂う。

 それは歴戦の勇士が纏う羽織装束に似ていた。メガバシャーモがメガフーディンと並び立ち、サザンドラと対峙する。

 

 

「さぁ」

「死合いましょう」

 

 

 それが合図となりバシャーモとサザンドラ、両者が飛び出す。繰り出されるのは【とびひざげり】、迎え撃つは【りゅうのはどう】。

 暗黒の龍気が烈火を纏う膝蹴りと衝突し、大爆発を引き起こす。

 

 テルス山中腹のどこかに張られた結界の中、ここでもまた正義と悪の命をかけた戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方、本物の夜空が見えるテルス山中腹では今もなおワース組とユキナリ隊の戦闘が行われていた。

 

「【アイスボール】!」

 

「三度目か。そろそろ厄介だな、受け止めろ!」

 

 ユキナリの相棒"RFサンドパン"が全身を丸めて氷の砲弾へと相成り、対峙するワースの"メガヤミラミ"に向かって突進する。宝石がメガシンカにより堅牢な大盾へと変化したヤミラミはその陰に隠れてサンドパンの突進を受け止める。反動で弾き返されたサンドパンがユキナリの足元へ着地する。

 

「そろそろか、アルマ! 頼む!」

「了解。ラプラス、【あられ】!」

 

 少し離れたところで戦闘を行っているアルマが隣のラプラスへ指示を出す。ラプラスはそのまま上空目掛けて冷気を吐き出す。それが空気を冷やし、やがて戦場には雪や霙が降り出す。

 他の団員たちと違い薄着のワースが舌打ちしながらワイシャツの襟を立てる。

 

「"ゆきかき"たぁ、面倒な特性だ。この戦場じゃ死に特性だと思ってたのによおぉ」

「生憎、職場(ホーム)は氷雪地帯でね。そういう時、彼は頼りになるのさ」

「なるほど、つまりそいつぁお前さんの稼ぎ頭(エース)ってわけだ。それなら教えてやるよ、うちの稼ぎ頭もこのヤミラミだ。どっちかが倒れたら、戦況は様変わりするよなぁ」

 

 ワースの言葉が終わらない内にサンドパンが再び地面を蹴った。ヤミラミ目掛けて【メタルクロー】を繰り出し、ヤミラミもまた宝石の盾で防御する。鋼鉄の爪に引っかかれてなお傷一つつかない防御力はやはり大したもので、ユキナリも対峙しながらその手腕を称賛せざるを得なかった。

 

「だったら、さらに攻撃力を高めて一点突破だ!」

「まぁそうするわな、俺だってそうする」

 

 白む息を隠すようにワースがタバコを咥え、火をつける。その時、サンドパンの周囲に複数の剣が現れ、互いに打ち鳴らしあいさながら製鉄工場のような甲高い音が響く。

 

「【つるぎのまい】!」

「【おだてる】」

 

 サンドパンが【つるぎのまい】で自らを高めた瞬間、ヤミラミもまた【わるだくみ】で特殊攻撃のステータスを上げる。

 一点突破、ユキナリが発したこのワードでワースはユキナリの行動をある程度読んでいた。間違いなく攻撃力を底上げしてくるだろうと当たりをつけ、それは的中する。

 

「さらに【つるぎのまい】!」

「【じこあんじ】」

 

 サンドパンの攻撃が限りなく高められ、サンドパンが【アイスボール】を放つ。単調な攻撃、だがそれでも今までと変わりなく受け止められたかというとそうではない。今まで以上に盾に強い衝撃が加えられ、ヤミラミが思わず大盾から手を離してしまう。

 

「もらった! 【れいとうパンチ】!」

 

 防御力の要を失ったヤミラミ目掛けてサンドパンが特攻を仕掛ける。頭上から弾丸ライナーで迫るサンドパンの拳がヤミラミの宝石の眼に反射する。

 直後、サンドパンの拳が炸裂する。飛び散るのは純白の砂塵、だがそれはヤミラミの宝石が砕かれたのではなく、サンドパンが攻撃を外してしまったことを意味する。

 

「どうした、サンドパン! 君が攻撃を外すなんて」

「……まぁ、"ポカブもおだてりゃ木に登る"し、"エイパムも木から落ちる"っつーだろ」

「ッ……そうか、こんらんしているんだな……!」

 

 攻撃の直前、ヤミラミの【おだてる】で気を良くしたサンドパンが勢い余って攻撃を外してしまったのだ。そして鋭利な爪は雪原の下の地面に食い込んでしまい、即座に離脱は出来ない。

 

 

「仕留められる時に仕留めとかねえと、手痛い【しっぺがえし】が返ってくるぜ」

 

 

 その通りに、ヤミラミが【じこあんじ】で高めた攻撃力を以てサンドパンへ【しっぺがえし】を行う。逃げられないまま、悪戯をするようにサンドパンを痛めつけるヤミラミ。

 最後に無邪気な蹴撃がサンドパンを蹴り抜き、サンドパンは突き刺さった地面ごと引っこ抜かれるようにして吹き飛ばされた。

 

 タバコを短くしながらワースが戦場を俯瞰し、一息吐いた。

 

「まずここへ来た時、手前は「少し離れすぎていたかな」と言った。こっちは全く気づいてないのに距離を空けたまま攻撃するってことはよほどせっかちなヤツだと睨んだ。だからヤミラミの防御力を突破するために攻撃力の増強を図るっていうのも、まぁ読めていた。だから手前のサンドパンに好き勝手攻撃力を上げさせたのさ。【じこあんじ】でタダ乗りするためにな」

 

「後は【おだてる】で、サンドパンの攻撃の精度を甘くさせ、攻撃力を高めた状態での【しっぺがえし】で逆襲……大したヤツだな。さすがは幹部ってところか」

 

「ま、手前のことは予めイズロードやグライドから聞き及んでんだ。自決覚悟の心中特攻すら躊躇わない奴ってな。会計職っていうのも案外暇でねぇ、金勘定以外は飯食って映画見るか、シミュレーションくらいしかすることがねぇのよ」

 

 すっかり小さくなったタバコを捨てるワース。その小さくなったタバコをキャッチし、一息だけ吸い込むヤミラミ。

 ユキナリという人間の、たった一言から人間の出来方を予測し、即座に対策を立てる。今まで対峙したバラル団の幹部にはいないタイプだと、ユキナリは歯噛みした。

 

「だけど、僕にも負けられない理由がある。それはジムリーダーとして、PGの警部を任ぜられた者として! 君たちを逮捕する!」

 

「──ほぉ、どうやって?」

 

「こうやってさ!」

 

 直後、積もった雪の中からサンドパンが出現する。ワースは這い上がったサンドパンを見てひと目で変化に気づいた。地面に突き刺さった右手の爪がさらに鋭利になっている。

【つめとぎ】でもう一段階攻撃力を、そして攻撃の命中精度を上げて、より確実なものにしたのだ。

 

 そして、

 

「ユキナリさん!」

 

 背後から送られてくる氷柱の支援。それをサンドパンが一瞬で円錐状に研ぎ澄まし、ヤミラミ目掛けて発射する。慌ててタバコを捨て、大盾の背後に隠れるヤミラミ。

 大盾の強度は氷柱以上だ、当然儚い音を立てて氷柱は砕け散る。だがそれでいいと、ユキナリが笑んだ。

 

「ありがとう、フライツ! サンドパン、【つららおとし】だ!」

 

 砕けてしまった氷柱をさらに研ぎ出し、出来上がった細槍をヤミラミ目掛けて投擲する。その威力は凄まじく、大盾を抱えたままのヤミラミが積もった雪に後退の跡を刻むほどだった。

 さらに防御態勢を解いた瞬間に連撃されるため、ヤミラミは怯んで攻勢に移ることが出来なくなっていた。

 

「【はたきおとす】だ、見えてりゃ大したことはねぇ!」

 

 迫る氷柱をようやっと迎撃したヤミラミ、大盾による弾き攻撃(パリィ)で氷柱を破壊し徐々にサンドパンへと距離を詰める。

 

「【あくのはどう】!」

 

「【こおりのつぶて】!」

 

 接近したヤミラミが自身を中心に悪意のオーラを放射し、それに対してサンドパンは大盾に防がれ粉々になった氷柱の残骸を素早く蹴り出して【あくのはどう】にぶつけて相殺する。

 互いの遠隔技が相殺、消滅しあうとサンドパンが再び突進する。跳躍し、頭上を取ったサンドパンが思い切り上体を逸らす。

 

 

「──【アイアンヘッド】!」

 

「【メタルバースト】!」

 

 

 大盾へ鋼鉄化させた頭部を叩きつけ、遂にひび割れさせるサンドパン。その大盾が砕ける瞬間、発生するエネルギーを倍増させて破裂させるヤミラミ。

 暴発するエネルギーで両者が吹き飛ぶ。だがヤミラミが再度地面に身体を埋もれさせた時、ワースはメガシンカが解除されていることに気づいた。即ち、引き分け(ドロー)

 

 

「"ニドキング"!」

 

「"ユキノオー"!」

 

 

 エース同士の対決は互角に終わった。だが二人にはまだポケモンが残っている。ここで戦いが終わることはない。

 新たに呼び出されたニドキングとユキノオーが熾烈な戦いを繰り広げる。その爆風はまるで吹雪のように、その場の全員を強く煽る。

 

 

 

 

 

「【はどうだん】」

「【サイコカッター】」

 

 一方その頃、少し離れたところではアルマとテア、フライツとロアの戦いが行われていた。僅かな攻撃の隙を突いてフライツがユキナリを支援したのも束の間、再度フライツとパルシェンへ凶刃が降り注ぐ。

 

「【ブレイククロー】だオラァ!」

「【からにこもる】ってんだよぉ!」

 

 両者とも苛烈に、その勢いが伝播したポケモンまでもが大仰に咆える。迫るザングースの凶爪をパルシェンは【からにこもる】ことで回避する。ここで【からをやぶる】ことで敵を引き剥がし、攻撃に転じるのがいつもの戦術なのだが、如何せんアブソルに【よこどり】された先程の光景を忘れたわけではない。

 

「くそっ、ズルズキンさえやられてなきゃよぉ!」

 

 ロアが毒づく。この攻防の直前、ラプラスを下がらせルカリオを呼び出したアルマがズルズキンを可及的速やかに処理したのだ。それはもう、鮮やかな手捌きで。

 それ故、パルシェンの防御を突破出来ないのだ。それがザングースとロアの二人をイライラさせる。

 

「なら、【でんげきは】!」

 

 その時だ、アルマのルカリオを戦いかながらテアのアブソルが角から放射状の電撃を撃ち放つ。パルシェンの防御を突破する特殊攻撃、さらには弱点のでんきタイプ。パルシェンが殻に籠もったまま電撃に曝される。

 だが僅かに出来た隙を見逃すほどアルマもその尖兵も甘くはない。

 

「【とびひざげり】!」

 

 短く地面を蹴り、テアが乗ったままのアブソルへ蹴撃を繰り出すルカリオ。しかしその攻撃はアブソルがテアの持つモンスターボールへ戻ることで不発に終わった。

 予想外の回避方法にルカリオの膝はそのまま空を切り、地面を穿った。

 

「ここのところ、ルカリオと戦う機会が多いので研究し尽くしたんです。個体の差異はあれど、初速は見切りました」

「そう」

 

 アルマの脳裏に浮かぶのはVANGUARDの説明会で顔を合わせたハチマキのルカリオ使い。仮にスピードホリックであるあのルカリオと戦っているのなら、自分のルカリオの動きは容易く見切れるだろうとも思った。

 だがだからとてそれが退く理由にはならない、虚仮にされたまま引き下がるほど彼女もルカリオも聞き分けが良くない。

 

「【バトンタッチ】、ムウマージ!」

 

 アブソルの【バトンタッチ】により現れるのは【よこどり】でパルシェンから奪った素早さランクを引き継いだムウマージだ。素でルカリオよりも速い上、ゴーストタイプであるムウマージはアルマとルカリオに対するピンポイントに刺さる。

 

「だったらパートナーチェンジだ、"バルジーナ"!」

 

 やられたパルシェンを下げ、フライツが新たにほねわしポケモン"バルジーナ"を喚び出す。特性"ぼうじん"を持ち、アルマのラプラスが行った【あられ】状況下でも動けるあくタイプを併せ持つポケモンだ。

 アルマが頷き、互いの相手を変更する。ムウマージにバルジーナを、ザングースにルカリオを宛てて戦闘を再開する。

 

「ムウマージ! 【10まんボルト】!」

「ッ~、こっちも電気技か! バルジーナ! 【おいかぜ】!」

 

 迫る雷撃を風で吹き飛ばすバルジーナ、さらにはそのまま空気の流れを取りルカリオに風上を取らせる。ルカリオが風に乗った加速でザングースへと突進、【グロウパンチ】を繰り出す。

 向かい風の状況ではザングースも前に出ることは出来ない。だがそれを見越してロアは敢えて先手をアルマに取らせた。

 

「やられたやり返す! 【リベンジ】ってなぁ!!」

「……ッ」

 

 ルカリオの拳がザングースの頬へ炸裂するが、敢えて殴らせルカリオを離脱出来なくさせると、そのまま渾身のボディブローで【リベンジ】するザングース。

 弱点を突かれ、ダメージこそ許したがルカリオにも尋常ではないダメージを与える。肉を切らせて骨を断つ、アウトロー出身らしいやり口だった。

 

 再度アルマの元へ舞い戻り、敵の出方を警戒するルカリオ。バルジーナもまた、上手くムウマージの雷撃を躱して状況を見下ろす。

 

「アルマさん、いくらなんでも救援遅くないスか」

「私も思ってた。きっと、何かあったに違いない」

 

 そしてその直感は当たっていた。救援に来るはずのカイドウたちは今まさに幹部ハリアーとの死闘を繰り広げている最中なのだ。

 

「だとしても、私達の独力でどうにか切り抜けるだけ」

「ですよね。まぁ、端から他人なんて当てにしてないんですけど!」

「その割には、さっきから心が後方に向いてる。嘘は良くない」

 

 図星を突かれ、思わず吃るフライツ。視線をよこさずにアルマが言うものだから完全に見透かされていると思った。

 再び攻撃を仕掛けるか、そう思っていた矢先だった。ラプラスの【ふぶき】を受けて行動不能になっていたはずのバラル団員たちが徐々に立て直し始めた。

 

 

 そして、

 

 

「ほ、報告致します!」

 

 先程までワースが眺めていたヒードランの進行記録を現すグラフを見たバラル団員の下っ端が震える声で叫んだ。

 

 

「現在、テルス山の遥か下層より熱源が二つ、物凄いスピードで上昇してきています!! これはポケモンの素早さじゃありませんよ」

 

 

 それを聞いたワースが、心底楽しげに口角を持ち上げた。その報告を耳に挟んだユキナリが疑問を口にする。

 

「熱源が、二つ……? だがテルス山は火山ではない、だったら何が……?」

「テルス山に座す、二つの伝説が目を覚ましたのさ」

「なに……!?」

 

 ワースがモニターへと近づき、それを確認する。追撃しようとするユキノオーをニドキングが【ばかぢから】で抑え込む。モニターを覗いたワースはさらにクツクツと笑みを漏らした。

 

 

 

「今、ラフエル英雄譚に名を連ねる"ライトストーン"と"ダークストーン"が、レニアシティ目指して上昇を続けてるのさ」

 

 

 

 あっけらかんと言うものだから、嘘かと思った。だがワースの目が嘘を吐いていないことをユキナリは確信した。嘘を吐く、人を騙す人間の目ではない。

 それは真実だった。ヒードランが到達するよりも先に、自力で目を覚ました二つの宝玉が今、レニアシティを目指している。

 

「さて、ここまで教えてやったんだ。手前らはどうする?」

「バラル団がその二つをせしめようとしているのなら、止める!」

「じゃあ戦闘続行だな」

 

 放たれる【どくづき】。受け止めるユキノオーの腕から毒素が流れ込み、ユキノオーが苦悶の声を漏らす。

 二つの宝玉が地面を突き破り、上へ上へと進む度山が震え、野生のポケモンたちが王の凱旋を遠吠えで祝福していた。

 

 

 




サザンカさんはもうポケモン使わないほうが強いところまで来てしまったかもしれない、102歳だし、化物だし。


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