ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSボーマンダⅠ 日没

 その少し後、空の色の割合を紺が占める頃。レニアシティの上空は炎が舞っていた。追われる炎と追う炎、その両方がぶつかりあった瞬間だけテルス山は昼間のように明るくなる。

 追う炎──グライドとボーマンダが【だいもんじ】を放つ。それを追われる炎──シンジョウのリザードンが上下を反転させることで大の字の股下を潜るようにして回避する。

 

 リザードンの背にしがみついているシンジョウが冷静に後方を見やる。攻撃が外れたのなら次撃を、グライドはボーマンダにそう指示する。さらにボーマンダは【だいもんじ】よりも比較的に放ちやすい【りゅうのいぶき】に切り替え、リザードンを攻撃する。シンジョウはリザードンの背中を二度、三度合図を送る。

 

【りゅうのいぶき】を月面宙返りでやり過ごすと反転、そのままボーマンダへと正面から突っ込んでいく。

 

 

「【ドラゴンテール】!」

 

「【ドラゴンダイブ】」

 

 

 翼竜同士がかち合う。リザードンが衝突寸前に急制動を掛け、尻尾を横薙ぎに繰り出した。それをひらりと回避したボーマンダが急上昇したかと思えばそのまま地面に向けて急降下、上からリザードンを急襲する。

 

「ッ!」

 

 シンジョウは逡巡するとリザードンの背から飛び降り、自分の分だけ軽くなったリザードンを加速させる。その後、間一髪でボーマンダの【ドラゴンダイブ】を回避したリザードンが落としたシンジョウの真下に潜り込んできっちりと回収する。

 

「芸達者が」

「褒め言葉には聞こえないな」

 

 シンジョウが乾いた笑いを漏らす。そう言ったグライドもまた、ボーマンダの空中パフォーマンスを上げるために自ら飛び降り、控えのジュナイパーに飛行手段を変えていたのだ。

 空中に立つように、ポケットに手を突っ込んだままのグライドが自身よりも下を飛んでいるシンジョウを見下ろす。ジュナイパーはボーマンダが戻ってきたのを確認し、その背にグライドを置くようにして着地させた。

 

 その隙を逃すまいと、グライドの上空から銀光が舞い降りる。既に顔を覗かせている月明かりを受け、煌々と輝く飛翔する剣。

 エアームドとアストンだ。急降下からの滑空による体当たり、素早さを伴った【はがねのつばさ】がボーマンダへと直撃する。

 

「ぐっ……」

「ミスター!!」

 

 衝撃を屈むことで最低限に抑えるグライド。アストンが背後に呼びかけた、シンジョウが頷きリザードンを進行させる。そしてその呼びかけはもう一人にも行われていた。

 アストンが上から迫ることで、グライドの眼下への注意を逸らす。そして、そのもう一人とその従者は力を溜め込んでいたのだ。

 

「邪魔だ」

「ッ、【ラスターカノン】!」

 

 組み付いているエアームドへ、ボーマンダが【ほのおのキバ】で翼へと噛み付いた。エアームドが痛みに苦痛の声を零すが、即座に口腔から鋼鉄の波動を放ってそれを自身とボーマンダの間で炸裂させ、その爆風を利用し強引に距離を取る。そしてエアームドが離脱したのを確認し、それは翔け上がってくる。

 

 力を溜め込む時間を要するその一撃は、鳥ポケモンにとって最大の一撃。先程のアストンとエアームドを降り注ぐ流星とするなら、それは彗星であった。

 風を切り裂き、次第に黄金の燐光を帯びるもうきんポケモン"ムクホーク"がボーマンダの無防備な腹部目掛けて【ゴッドバード】をかけ、突進する。

 

「もらった!」

 

 叫ぶのはムクホークの背に乗るランタナ、確かに直撃コース。ムクホークのスピードを鑑みれば、ボーマンダが主を乗せたまま回避するのは不可能だ。

 だから、グライドは先程シンジョウがそうしたように自らボーマンダの背から身を投げた。翔け上がるランタナとすれ違うように落下するグライド、ランタナの驚愕した表情にグライドはほくそ笑んだ。

 

 それだけではない、確かに【ゴッドバード】は強力な攻撃である。だが、グライドはそれを読んでいた。攻撃方法の差異はあれど確実にアタックを仕掛けてくるならばここだろうと踏んでいた。

 落下しながら、グライドが取り出したキーストーンから光を放つ。

 

「──暴虐よ、我が信念果てるまで破壊し尽くせ」

 

 ムクホークがボーマンダに衝突する、まさにその瞬間。ボーマンダを光の繭が包み込み、それがムクホークの攻撃を和らげる。さらには衝突したそのショックを以て繭が弾け飛び、中のボーマンダがさらなる姿を伴って再誕した。"メガボーマンダ"、より飛行に適した姿へ変貌を遂げた彼は、自身にぶつかって反射したムクホークとランタナに獰猛な視線を向ける。

 

「まずいっ!」

「【たつまき】だ」

 

 ボーマンダが高速飛行に物を言わせて風の流れを作り出し、巨大な竜巻を発生させる。【たつまき】の威力は本来そこまで高くはない。

 だが、メガボーマンダというドラゴンタイプを持つポケモンが、【そらをとぶ】を行っているポケモンを攻撃するのであれば話は別である。

 

 竜巻に乗り、ジュナイパー等の補助飛行無しにグライドの身体が上昇を始める。反面、ボーマンダの直下にいたランタナとムクホーク、接近していたシンジョウとリザードンが巻き込まれる。

 今まさにランタナのフォローに回ろうとしていたシンジョウのリザードンが竜巻に巻き込まれ、怯んでしまう。

 

「エアームド、渦の中心へ突っ込むんだ!」

 

 だが唯一動けたアストンはそのままエアームドを竜巻の中心へと突っ込ませた。そして内側から【エアカッター】と【エアスラッシュ】で空気の流れを文字通り断ち切ってしまう。

 当然【そらをとぶ】を使っているのはエアームドも同じ。だがドラゴンタイプの技を半減できるエアームドだからこそ出来た芸当だった。

 

「ご無事ですか、二人共!」

「あぁ、なんとかな……」

「久々にヒヤッとしたぜ」

 

 エアームドを寄せ、アストンが二人に確認を取る。飛んできた瓦礫やガラスの破片等で怪我はしていないようなのは不幸中の幸いと言えた。

 だが無事を喜んでいる暇は無かった。というのも、ボーマンダがグライドを回収し、そのまま【りゅうのまい】を行っていたからだ。

 

「まずは各個撃破だ、【りゅうせいぐん】」

 

 グライドがパチンと指を鳴らす。ボーマンダの雄叫びと共に、大量の星を茜色の空に出現させた。それを見て、シンジョウたちは三者三様の顔を見せる。

 

「散開しろ! そんで誰でもいい、あいつをぶん殴れ!」

 

 ランタナが大手を振り、シンジョウとアストンを離脱させ、自身もまた別の方向へと飛翔する。直後、地上を巻き込むような形で星の雨が降り注ぐ。

 あまり派手に動けばレニアシティの被害は更に増えるぞ、とグライドが三人に精神的な脅迫を仕掛けていた。レニアシティではないが、仮にも街を預かる立場のランタナや人やその領域を守る立場にいるアストンは動きが緩慢になる。

 

 だが、そんな中で唯一シンジョウだけは回避ではなく突撃を選んだ。後方のポケットから取り出したキーストーンの埋め込まれたカードを取り出し、それを前方へと掲げた。

 

 

「──劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ」

 

 

 グライドとボーマンダがメガシンカしたのなら、自分も手を出し惜しんでいる場合ではない。

 だがリザードンのメガシンカはメリットとデメリットを併せ持つ。おいそれと、簡単に出来る決断ではない。

 

 それでも、やるなら今しかないとシンジョウの本能が告げていた。そしてそれを、リザードンは好とする。

 

「──メガシンカ!!」

 

 ボーマンダが纏ったのと同じ進化の繭がリザードンを包み込み、次の瞬間蒼い炎で繭を内側から焼き払った黒いリザードン──メガリザードンXが姿を現す。

 迫る【りゅうせいぐん】をひらり、ひらりと連続で回避し、そのツメに凄まじい龍気を纏わせる。

 

 

「ボーマンダ」

 

「リザードン!」

 

 

 グライドとシンジョウ、両者が叫ぶ。互いが、こいつだけには負けられないと、全く同じことを考えていた。

 何度もぶつかり合う、この地での因縁。それに決着をつけるべく、その決意を力へと変える。

 

 

「「【ドラゴンクロー】!」」

 

 

 繰り出される、竜の激爪(ドラゴンクロー)。事前に【りゅうのまい】を行っていただけあり、ボーマンダの方が技の振りが素早かった。

 リザードンの翼を打つボーマンダのツメ。だがリザードンは蒼い炎を吐き自らを鼓舞するとメガボーマンダの発達した鎧を切り裂き、破壊する。

 

「まだだ!」

「ここで下がれるものか!」

 

 衝突のインパクトで両者がノックバック、僅かに後退するがシンジョウとグライドが同時に咆える。その通りだ、とポケモンもそれを肯定する。

 ツメが届かないのなら、燃え盛る(ブレス)がある。

 

 

「「【りゅうのはどう】ッ!!」」

 

 

 肺を限界まで膨らませて放つ、極限の龍波。互いの吐き出したそれが龍の形を型取り、リザードンとボーマンダ両者の間で炸裂し強烈な爆風を巻き起こす。

 今の攻撃もまた互角、爆風に含まれた竜撃がリザードンとボーマンダを蝕む。

 

「ランタナ! アストン!」

 

 吹き飛ばされるリザードンの背中にしがみつきながら、シンジョウが叫んだ。準備は整っているとばかりに、二人はシンジョウと入れ替わりでボーマンダへ迫る。

 ランタナはムクホークの背からもう一匹の鳥ポケモン"ドデカバシ"を呼び出した。ドデカバシは【りゅうせいぐん】で破壊されたビルの上階へ立ち寄るとその瓦礫を【ロックブラスト】として撃ち出す。

 

「騎士さん!」

「はい!」

 

 そのドデカバシが撃ち出した岩塊をエアームドが研ぎ澄ませた翼で切り裂き、石刃へ変貌させ発射する。即ち、コンビネーションで放つ【ストーンエッジ】。

 エアームドもドデカバシも本来ならば覚えない技だ。しかし両者が協力することで、それを可能にした。放たれた石刃はボーマンダの砕かれた鎧を通過し、その肉体を傷つける。

 

「小癪!! "ゼブライカ"! ドデカバシを止めろ、そいつの器用さは邪魔だ!」

 

 ドデカバシがいるビルの屋上へモンスターボールを投げ、らいでんポケモン"ゼブライカ"を召喚する。ゼブライカはボールから飛び出た勢いを乗せ【ワイルドボルト】を放つ。

 飛び立つ前にゼブライカの突進が直撃し、ドデカバシが壁面へと叩きつけられ昏倒する。元々防御値の高くないドデカバシではひとたまりもなかった。

 

「くっ!」

「【10まんボルト】!」

 

 ゼブライカはそのまま雷撃を鬣から撃ち出し、ランタナを攻撃する。ドデカバシへ指示を通すため、近くを飛行していたのが仇になった。間一髪のところで回避するが、ゼブライカの攻撃範囲が広く、ボーマンダにすら迂闊に近づくことが出来なくなった。

 

「ここはボクが! "ロズレイド"!」

 

 ビルの屋上から放たれるゼブライカの対空雷撃を物ともせずアストンが接近し、エアームドから飛び降り手持ちの一匹、ロズレイドを喚び出す。着地しざまに【はなびらのまい】で苛烈な攻撃を行い、ゼブライカを牽制する。後退し、蹄で地面を叩くゼブライカ。間違いなく突進の前兆であった。

 

「先手を取る! 【リーフストーム】!」

 

【はなびらのまい】から継続して花弁と葉の刃を織り交ぜた前方向へと放つ竜巻、高速回転をしながら華麗に舞うその姿はまさにプリマのそれ。

 だがゼブライカが放ったのは突進攻撃(ワイルドボルト)ではなかった。全身にプラズマを纏い、赤熱させる。それが【オーバーヒート】であると悟った時、既に両者の技がぶつかりあった。

 

 迫る花弁と葉刃を全て焼き尽くす勢いで放たれた【オーバーヒート】はそのままゼブライカを中心にドーム状へ熱波を広げる。【リーフストーム】では押し留めることが出来ず、競り負けたロズレイドとアストンがそのまま熱風に煽られて吹き飛ばされた。フェンスに激突したアストンがロズレイドを受け止めたが、ロズレイドは今の一撃が攻撃後の隙に直撃してしまい戦闘不能になっていた。

 

 だがゼブライカもまた【はなびらのまい】と【リーフストーム】が急所に当たっていたのか、放熱後前膝を尽きそのまま横向きになって倒れた。

 

「ありがとう、休んでくれ」

 

 ロズレイドをボールに戻して労うアストン。手持ちの一体を失ったのは痛手だったが、この場で放置するのはあまりに危険なゼブライカを倒すことが出来たのだ。

 それを眺めていたグライドが舌打ちをしながら、再び手を上げた。

 

「【りゅうせいぐん】だ、撃て!」

 

「騎士さん! 早くそこから離脱しろ!」

 

 今度は最初からアストン一人に狙いを絞った隕石の雨が既に半壊したビル目掛けて降り注ぐ。アストンはすぐさま立ち上がり、数十メートル先の破壊されたフェンス目掛けて屋上を駆け抜ける。

 

「来い、エアームド!」

 

 そう叫ぶのと同時、アストンは地上数十回の高さから躊躇いもなく飛び降りた。瞬間、半壊していたビルが音を立てて崩落を始める。

 飛び込んだアストンの真下にタイミングを合わせて滑り込み、主を回収するエアームド。しかし今度はエアームド目掛けて隕石が落下してくる。

 

「後ろだ!」

 

 シンジョウが叫んだ。振り返ったアストンに砕けた隕石の破片が熱を持って迫っていた。このままならば直撃は免れない。

 しかしアストンはそのまま正面に向き直り、メガボーマンダ目掛けてエアームドを直進させる。

 

「ダメージ覚悟の突貫とは、血迷ったか!」

 

「それはどうかな! エアームド、【ボディパージ】!」

 

 それはアストンとエアームドの切り札であった。迫る【りゅうせいぐん】の破片に対し、エアームドが鎧装と金属で出来た羽を放出し、対隕石用のフレアにすることで自身の背後で炸裂させたのだ。

 さらに背後で隕石が爆発し、その爆風と鎧装を脱ぎ捨てたことによりエアームドはさらに加速する。オレンジ色の光を跳ね返し、流星のようにメガボーマンダへ迫る。

 

 

「──【ブレイブバード】ォ!!」

 

「速い! だが、やらせるものか! 【だいもんじ】!!」

 

 

 刹那、茜色の空の下、橙色の光が弾けた。それは見るものによっては流れ星であったかもしれないし、花火だったのかもしれない。

 しかし違わないのは、どちらも燃え尽きて、落ちるだけの運命であるということだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その頃、地上では二百人近いバラル団員とジムリーダープラスアルファの戦いが苛烈を極めていた。

 嵐が舞い、水が迸り、草木が跳ね、電撃がそこかしこを走り回り、炎が渦を巻く激戦区。

 

 まさに戦闘区域の真っ只中で、アシュリーが口元を上機嫌に歪めながら言った。彼女の視界の先で、エンペルトが【アクアジェット】を繰り出しみずタイプが弱点のポケモンを軒並み撥ね飛ばした。

 

「全く、どうして私達はこうも物騒な中でなければ再会出来んのかな!」

「それ、私もずっと思ってた!」

 

 答えたのはイリスだった。直後、稲光がアスファルトを砕く勢いで降り注ぐ。この場において電撃は全て彼女の"ピカチュウ"が放つものだった。凄まじい威力の【10まんボルト】や【かみなり】が時限的にバラル団員とそのポケモンへと襲いかかる。

 

「今度こそ、ゆっくりお茶でもって考えてたんですが……」

 

 とほほ、と肩を落としながらも向かってくる攻撃を全ていなしきるステラ。彼女の肩にはいつものようにミミッキュが止まっており、時折イリスの方へと手を振っていた。手を振り返すイリスを見て、アシュリーもこっそりミミッキュへ視線を送るがこちらに返ってくる会釈は無かった。

 

「だったら祝勝会で、それ叶えるっつーのはどうだ?」

「そうですね、アサツキさんもぜひ」

「ぉ、オレもいいのか? 邪魔じゃねえか?」

 

 アサツキの顔が一瞬朱に染まる。が、次の瞬間彼女の背後から迫るグラエナをローブシンが【アームハンマー】で殴り倒す。慌てて抑えに出てきたエスパータイプや、それに加えひこうタイプを有している"ネイティオ"の群れが襲来する。

 

「ド派手に【ぶんまわす】!」

 

 ローブシンは両手でコンクリートの柱を掴むと、そのまま一気にハイスピードラリアットを放つ。そのまま地面やビルの壁面へと次々叩きつけられていくネイティオやエスパータイプの群れ。それを見ながらダイは密かに焦りを感じていた。自分一人だけ異様にプレッシャーに負けそうになっている。当然だ、彼はつい最近までただのトレーナーだったのだから。VANGUARDという肩書を持っていても、意識まで簡単に変わるわけではない。

 

「あいつだ、まずはあいつを狙え!」

 

 そんなときだ、一人の団員が声を荒らげダイを指さした。次の瞬間、一斉にダイとジュカインめがけて我先にとポケモンたちが迫ってくる。

 

「ッ、ハピナス! 彼を護れ!」

「グランブル、お願いします!」

 

 しかしアシュリーとステラが手持ちの一体をダイの方へと回した。殺到するポケモンたちをハピナスとグランブルが受け持ってくれたおかげで、そこから溢れたポケモンだけをジュカインが対処する。

 対峙するのはあやつりポケモンの"ゴチミル"、接近戦を仕掛けてくることはせずジュカインから一定の距離を保ったまま【シグナルビーム】を放ってきた。

 

 だがジュカインは素早さの高さが全ポケモンの中でも秀でている部類だ。一直線に進む【シグナルビーム】、さらには混戦状態という障害物や足場に出来る物が多いこの場所では避けるのは容易かった。

 

「振り切って、【シザークロス】!」

 

 身体の大きなアシュリーのハピナスを利用してゴチミルの視界から脱出したジュカインがそのままバラル団のポケモンを蹴飛ばし足場にすることで反転、ゴチミルの意識外から両腕の刃を交差させて切り裂く。

 そう、決してダイが誰より劣っているわけではない。むしろこのような注意力が散漫になりやすいフィールドにおいて、彼の本来持つゲリラ的戦闘力は馬鹿にできないものがある。

 

「俺たちだけナメられてちゃ、たまんねぇよな!」

 

『ジャアアアアッ!!』

 

 自らを鼓舞するべく、ダイとジュカインが咆える。二人の闘争本能が同調し、ダイの左手首のキーストーンとジュカインの持つメガストーンが激しい光を放つ。

 出来る、やれる、俺たちなら。二人が視線を交わし、大きく頷いた。握り締めた左手を前方へ突き出し、再びダイが叫んだ。

 

 

「────突き進め(ゴーフォアード)、ジュカイン!! メガシンカ!!」

 

 

 ダイの左腕から放たれた虹色の光の束がキーストーンを通してジュカインへと流れ込む。それは間もなく日が暮れる夕方の街を激しく照らしあげた後、一際大きな爆発を伴って再誕する。

 腕部の新緑刃は先端が赤くなり、よりエッジの利いたVの字に成長する。同じように身体の赤いラインが縞模様のようになり、尻尾の先へ行くごとに赤く鋭く尖っていた。

 

 さらにはXの字に編まれた葉の装甲が胸部を覆っていた。それこそがジュカインというポケモンの究極系、"メガジュカイン"──! 

 すぐさまダイはポケモン図鑑を取り出し、メガジュカインをスキャンする。

 

「ドラゴンタイプが追加されてる……! しかも素早さがジュカインの時とはダンチだぜ!」

 

 さらにページを更新し特性や現状使える技を把握すると、ダイはハピナスの陰から飛び出した。ジュカインが待ってましたとばかりに彼の前へと舞い戻る。

 

「ゼラオラ、出てきてくれ!」

 

 ダイはゼラオラを呼び出し、周囲のポケモンを牽制させる。誰も自分に近づいてこないことを確認すると、ダイは大声でイリスを呼んだ。

 

「イリスさん! ちょっと電気分けてください! ゼラオラ!」

「うん!? あぁ、オーケー! ピカチュウ!」

 

 

「「【10まんボルト】!!」」

 

 

 敵陣に突っ込んでいたピカチュウが相手のツンベアーの背を駆け上がりジャンプする。それと同時にゼラオラがバラル団のポケモン目掛けて【10まんボルト】を放つ。

 しかしそれらの電撃は行き先を変え、全てがメガジュカインの元へと殺到する。避けること無く電撃を背中の種に受けたジュカインの姿が、ゼラオラの放つ雷撃と同じ青白い光を帯びた。

 

「メガジュカインの特性は"ひらいしん"! 場の電気を全て吸い寄せる効果がある! そして!」

 

 でんきタイプの攻撃を全て無効化してしまう"ひらいしん"、さらに引き寄せた電撃を全て自分の力へと変換してしまうという能力も持つメガジュカインは、今のピカチュウとゼラオラの合わせ技により特殊攻撃のステータスが凄まじい勢いで上昇していた。

 

 

「その状態で放つ、超弩級【リーフストーム】だ!!」

 

 

 ジュカインが敵陣に背を向けた。次の瞬間、首の後ろの種が弾ける。尻尾に行くにつれて赤みを増していくその種が次々に破裂し、最後には尻尾を巨大なドリルミサイルとして発射する。

 種が破裂した際に生まれる爆風を利用し、さらにピカチュウとゼラオラから受け取った電気エネルギーを蓄積した尻尾は回転と共にさらなるエネルギーを発生させ、黄金の光を纏ったまま敵陣を纏めて蹂躙し尽くす。

 

 敵陣を薙ぎ払った後地面に突き刺さった尻尾が大爆発を起こし、その爆風に含まれる電気がバラル団のポケモンにとどめを刺す。尻尾を切り離したジュカインだったが、瞬きをする間に背中の種共々何事も無かったかのように復活していた。

 

「畳み掛けるぞ!」

 

 アシュリーが音頭を取り、全員が大きく頷いた。

 

 ステラがニンフィアを、

 

 イリスがピカチュウを、

 

 アサツキがローブシンを、

 

 そしてダイがメガジュカインをそれぞれ自らの元へ呼び戻し、同時に喉を震わせた。

 

 

「【ハイドロポンプ】!」

 

「【ハイパーボイス】!」

 

「【ボルテッカー】ッ!」

 

「【ばかぢから】ッ!!」

 

「【リーフストーム】!」

 

 

 刹那、その場に収まりきらない力が爆散するようにして拡がる。

 

 コンクリートすら抉ってしまう水圧の奔流が、

 

 街全体を震わせてしまうほどの妖声が、

 

 音を超えて地走る極大の雷光が、

 

 大地震わす怪力の波動が、

 

 稲光を放ちながら翔ける螺旋の渦が、バラル団のポケモンの尽くを飲み込み主ごと吹き飛ばす。

 二百人を超えるであろう団員の半数以上を壊滅させ、随分と道路が広くなったように感じる。それでもまだ五十人近くは健在であるし、離れたところで様子を伺っているハートン、ソマリ、ケイカもまだ余力を残しているため、油断は出来ない。

 

 改めて五人が気を引き締めた直後のことだった。空が閃き、無数の隕石が降り注いでいた。遠くの路地でビルが倒壊し轟音と地響きがダイたちにも聞き取れた。

 そんな中、複数の隕石が流れ弾のようにこちら側の路地まで飛来していた。

 

「ニンフィア! 【ミストフィールド】を!!」

「【ひかりのかべ】だ、ハピナス! 急げ!」

 

 ステラとアシュリーが素早く指示を回す。ハピナスがドーム状に張り巡らせた【ひかりのかべ】の内部にニンフィアが拡散させた桃色の霧が充満する。

 刹那、大爆発を伴う隕石の衝撃が【ひかりのかべ】をも揺るがし、道路の中心地点で炸裂する。

 

「全員伏せろ!! 怪我したくなかったらな!!」

 

 そう言うなりアサツキはダイの頭を地面に叩きつけんばかりの勢いで伏せさせ、自身も体勢を低くしヘルメットで頭を防護する。

【ひかりのかべ】と【ミストフィールド】で半減に次ぐ半減を行っているにも関わらず、その爆風は凄まじく先の戦闘で発生した瓦礫や放置された自動車、割れたガラスの破片などが熱を持って吹き飛んでくる。

 

 アサツキの指示はバラル団員にも及んだ。フードを深く被り体勢を低くした団員は無事だったが、間に合わなかった団員たちは軽々と吹き飛ばされ、瓦礫の下敷きになり、大小問わず被害を被ることとなった。

 これこそが、グライドが組織の中で畏怖を集める理由の一つとなっていた。仇敵を倒すためならば、同じ戦場の味方に配慮などしない。必要とあらば切り捨てる非情さが彼にはある。

 

 しかし今の一撃で動けたはずのバラル団員五十人の半数以上が戦闘不能になり、結果的にはダイたちを助けることとなった。

 状況を打開できる、そう思った矢先だった。二度、何かがダイたちの目の前のビルに直撃した。【りゅうせいぐん】の一部かとも思ったがそれにしては爆発が小規模であった。

 

「ッ、シンジョウさん!」

「アストン……!?」

 

 それはグライドと空中戦を行っていたはずのシンジョウたちであった。ビルの壁面にクレーターを作った二人がそのまま落下してくる。ダイはウォーグルを向かわせ、シンジョウとリザードンを受け止めさせる。アストンとエアームドはアシュリーとハピナスが抱きとめた。

 

「っ、アシュリー……すまない、後少し届かなかった……」

「無理をするな……! ハピナス、【いやしのはどう】!」

 

 アストンの身体はほぼ全身が高熱に焼かれたかのように火傷を負っていた。PGの制服もところどころが焼け落ち、ボロボロになっていた。慌てて駆け寄ったステラとニンフィアが【いやしのすず】の音を奏でてアストンの火傷を治癒していく。

 

「シンジョウさん、大丈夫か!?」

「俺は大丈夫だ、だがリザードンが翼をやられた……だが、まだランタナがヤツと戦ってる……!」

 

 そう言ってシンジョウが空を仰いだ。それに続いてダイが空を見上げた時だった、何かが目の前にどさりと音を立てて落下してきた。

 

「違うな、()()()()()が正しい。だいぶ手こずらされたが、それもこれまでだ」

 

 ダイとシンジョウ、二人の目の前に落ちてきたのはランタナだった。意識はあるようだったが、高所から叩き落とされた衝撃で手酷いダメージを負っていた。

 加えて、彼のムクホークはひどい裂傷を刻まれていた。間違いなく、ボーマンダによる【ドラゴンクロー】が急所に当たった痕だった。

 

 グライドとボーマンダが目の前に静かに降り立った。見れば、ボーマンダの高速飛行のため腕を格納する鎧はボロボロになっており、こちらも無傷とは言えない状態だった。

 だがそれでもシンジョウ、アストン、ランタナの三人を相手取り、これを仕留めてみせた。

 

「終わりにしよう」

 

 サッと腕を上げるグライド、次いでボーマンダが口腔に炎を溜め込んだ。その狙いはシンジョウ、そしてそれを支えるダイだった。シンジョウがダイを突き飛ばそうとしたが、それより一瞬早くダイがシンジョウの前に飛び出した。

 

「【だいもんじ】」

 

「ッ、ジュカイン! 【りゅうのはどう】!」

 

 刹那、放たれた豪火と龍を模したオーラがぶつかり合う。ピカチュウとゼラオラからもらった電気によるエネルギーの貯金は既に【リーフストーム】で使い切ってしまった。

 そのため、メガジュカインの純粋な火力でメガボーマンダと根力の勝負となる。

 

 だが、

 

「クソッ! あっちも【りゅうせいぐん】バカスカ撃って疲弊してるはずなのに……!」

 

 ボーマンダの放つ豪火の勢いが衰えることなく、逆にジュカインの【りゅうのはどう】が炎に蝕まれ始めた。

 そして、均衡していたかに見えていた戦いが一瞬にして覆る。

 

『グガァァァアーンッ!!』

 

「ぐああっ!」

 

 そのまま押し切られ【だいもんじ】によってジュカインが吹き飛ばされ、熱波でダイがビルに叩きつけられた。障害を取り除き、再度グライドがしんじょうへと狙いを定めた。

 

「──ミミッキュ、グランブル! 【じゃれつく】!」

 

 だがそれを好としない者がいた、ステラだ。グランブルの肩に飛び乗ったミミッキュが二匹掛かりでボーマンダに組み付いた。首や翼の根本を抑えつけられ、ボーマンダが激しくのたうつ。

 ドラゴンタイプのポケモンに対して優勢でいられるフェアリータイプのポケモンが二体。だがやはり身体の大きさが違いすぎる、それは単に両者の間で膂力の違いを現していると言って良かった。

 

 翼に絡みついたミミッキュを跳ね飛ばし、遠心力を伴った【アイアンテール】で蹴散らすボーマンダ。ボキッ、と妙に小気味良い音を立ててミミッキュの本体上部のダミーがへし折れる。

 さらに首を振り回し、グランブルの拘束を無理やり逃れると【すてみタックル】を繰り出しグランブルを撥ね飛ばす。

 

「"ドリュウズ"、()()せよ」

 

 グライドが横目にステラを睥睨しながら、ちていポケモン"ドリュウズ"を喚び出す。螺旋土竜はその頭部と両腕の金属破片を連結させ、巨大なドリルの形を象ったモードへ変形を遂げるとそのままミミッキュ、グランブル諸共にステラへと襲いかかる。

 

「ッ、キテルグマ! ローブシン! 受け止めろ!」

 

 迫る螺旋の蹂躙はステラに直撃する手前で阻まれた。回転力により強化された【アイアンヘッド】をアサツキのキテルグマの"もふもふ"とローブシンのコンクリートの柱が受け止めた。

 ローブシンの持つ柱が凄まじい勢いで抉られていくが、外から打撃攻撃を半減するキテルグマが受け止めることでキッチリとドリュウズの動きを止めることに成功する。

 

「サワムラー! 【とびひざげり】!」

 

 アサツキが残る最後の手持ち(サワムラー)に、仲間の二匹が抑え込んでいるドリュウズ目掛けて渾身の一撃を繰り出させる。

 バネのような脚部を活かし、驚異的な跳躍力を以て繰り出された一撃が動きを止めている土竜へ叩き込まれる──

 

 

「【ハイパーボイス】!」

 

 

 はずだった。だがそのビジョンをグライドは読んでいた。場にかくとうタイプのポケモンが出揃う瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだ。

 これまでグライドがひた隠しにしてきた汎用切り札【ハイパーボイス】はメガボーマンダの特性"スカイスキン"により、アサツキの手持ちに深く突き刺さる。

 

 大空をひっくり返すような爆音の衝撃波にアサツキが手持ちの三体諸共軽々と吹き飛ばされる。小さな身体は嵐に手折られた小枝のようにくるくると宙を舞い、戦いの爪痕が大きく残るアスファルトに頭から叩きつけられる。

 

 二度、三度。爆音の衝撃、その名残が彼女の頭からヘルメットを弾き飛ばす。

 

 フィールド全体を吹き飛ばすような咆哮はアサツキだけでなく、グライド以外の全てを蹂躙した。戦闘不能になって倒れた部下であろうとお構いなしに全てだ。

 さすがにこの暴虐は本気を以て対処しなければやられる、ポケモントレーナーとしての本能がイリスを突き動かした。

 

 攻撃後、どの生物にも訪れる絶対的な隙を彼女は見逃さなかった。

 

 

「【ボルテッカー】!」

 

『ピッカァ! ビィーカビカビカビカビカビカビカビカ────!!』

 

 ひとまず、かのボーマンダをどうにかしなければならない。イリスの考えを汲んだ雷神が地を蹴り、音を置き去りにしながら全ての物体を足場にしながら突き進む。

 先鋒、ドリュウズが地面を強く叩き揺るがす。【じしん】だ、軽い部類のポケモンであるピカチュウは足場を揺るがされるだけで、速度が著しく減退する。

 だがそれでも、並のポケモンよりはずっと速い。稲妻の砲弾と化したピカチュウがドリュウズを抜き去り、そのまま無防備なボーマンダへと迫る。

 

「もらった……!」

 

 揺らぐ大地ではピカチュウを止めることは出来なかった。地を強く蹴り、大空へ跳び上がったピカチュウが、放物線を描いて目が潰れそうなほどの雷光を纏って、頭上からボーマンダへ襲いかかる。

 イリスが、イケると確信した。死角を突いてやったぞ、と得意げにグライドの焦った顔を拝んでやろうと思った。

 

 

 機械がそこに立っていた。二つの無機質な瞳がピカチュウを捉えていた。だらりと垂れ下がった手に握られたモンスターボールは大口を空けて、その中身を吐き出していた。

 

 

「【カウンター】だ」

 

 

 砲弾が対象に炸裂する轟音。ピカチュウの【ボルテッカー】は、確かに直撃していた。しかしそれはボーマンダに、ではなかった。

 衝突の瞬間、【いわなだれ】で放たれた岩塊占めて十五個がピカチュウの突進の威力を殺した。この場合十五の岩塊を全て粉砕して尚突き進んだピカチュウの突進力が驚異的なのだが、ドリュウズの【じしん】で勢いを削がれ、それから逃れるために空中へ飛び出したことが失策であった。

 

 ピカチュウの額に手のひらの肉球を突きつけるのはおおかみポケモン、"ルガルガン"。グライドが隠し持っていた、最後の一匹。

 そのままオーバスローで地面へ叩きつけられたピカチュウへ、ルガルガンの脚が叩きつけられる。ルガルガンは血走った眼を奔らせ、【じだんだ】で直接ピカチュウの小さな身体を踏み抜いた。

 

「ピカチュウ……ッ!!」

 

 今まで幾度となく、負けたことはあった。それはイリスが続けてきた旅の歴史の長さを物語っている。

 だから、別段初めてというわけではない。だが、ここまで蹂躙されたことなど一度も無かった。小さな相棒が、暴力に屈しただただ虐げられている光景がイリスに突き刺さる。

 

 カッと、頭に血が上る。

 

「ッ、バシャーモ! エンペルト! ジャローダ! ヌメルゴン! エーフィ!!」

 

 それは恐らく、現状における最大戦力であっただろう。イリスが手持ちを、出し惜しむことなく全て召喚する。

 五匹のポケモンに同時に指示を出すなど長いトレーナー歴の中でなかなか無い。彼女は本来、ルールに則って戦う人間だからだ。

 

 だからこそ、ルール無用のアウトローとの相性は悪い。だが個々が鍛え上げられた、高水準のポケモンたち。

 たかが悪党に遅れを取ることなど、そういった考えが一度頭を過り、目の前で蹂躙されるエースの姿を見て考えを改める。

 

 目の前の暴虐は、()()()()()のそれではない。

 

 イリスの選択に対し、グライドは右手を横に薙ぐだけだった。

 

 ピカチュウを救出するべく、一番に飛び出したのはバシャーモだった。脚部から炎を噴き出しながら放つ【とびひざげり】がルガルガンへと迫る。

 

 ──バキンッ! 

 

 その強靭な膝は、グソクムシャが受け止めた。堅牢な甲殻に包まれたその手甲で軌道を逸らされたバシャーモ目掛けて【アクアブレイク】で襲いかかる。

 ならば、とグソクムシャ目掛けてジャローダが【つばめがえし】を放つ。不可視、かつ同時に襲いかかる三つの斬撃の軌跡、避けられるはずがない。

 

 結論から言えば、グソクムシャは避けなかった。なぜなら、その一撃は頭部を鋼鉄に包んだドリュウズが受け止めたからだ。

 そしてドリュウズがジャローダ目掛けて、狙ったように【つばめがえし】を撃ち返す。頭部、両腕に別れた三つの金属は本来ドリルになって地面を掘削する。つまりは先端含め側面が鋭利に研ぎ澄まされている。その三つが放つ三連撃がジャローダに直撃する。

 

 だとしても、と三番手のエンペルトとヌメルゴンがドリュウズとルガルガン目掛けて【なみのり】と【だくりゅう】を放つ。巨大な大波が手持ちのポケモン諸共にグライドへと襲いかかる。

 が、ルガルガンとドリュウズを飲み込むかと思われた大波が突然、海割の如く両断される。

 

 ジュナイパーだ。両の翼で放たれた二連【リーフブレード】がルガルガンとドリュウズを守り抜き、グソクムシャはそもそも水攻撃が効かない。

 お返しだとばかりにジュナイパーが翼から木葉矢を撃ち出し、それが不可思議な軌道を描いてエーフィの影を的確に射抜いた。

 

 だがエーフィは動けなくなったとしてもピカチュウだけは救い出すと【サイコキネシス】でルガルガンの足元からピカチュウを念力で手繰り寄せる。

 それ自体は成功した。だが、イリスのポケモンが放つ渾身の一撃その全てが尽く無力化されてしまい、グライドにはまだ攻撃出来るポケモンが一匹だけ残っている。

 

 そもそもピカチュウが最初に退けようとした、メガボーマンダの一撃が残っている。遠吠えのように唸るボーマンダ、もはや夜空と違いない上空に煌めく星々。

 

 

「【りゅうせいぐん】、消え失せろ赤帽子」

 

 

 何度も撃ち放ったはずのそれはまだ尽きること無く、レニアシティへと降り注いだ。

 

 爆音が、熱波が、余すこと無く人々を、ポケモンを蹂躙する。

 

 その場の全員は、自分自身の身を守るのに精一杯だった。

 もはやバラル団も、ハートンが「もうグライド様だけで十分」と判断したのか意識があるメンツを統率して撤退していた。

 

 それほどまでに、たった一人で状況が覆されてしまった。舞い上がる砂煙が収まった頃、グライドは妙に甘ったるい匂いに気づいた。

 匂いの原因はすぐにわかった。ステラのニンフィアが放った【ミストフィールド】だった。それが今の【りゅうせいぐん】の威力をわずかながらに減退させたのだ。

 

 しかし、減退させた程度ではどうにもならなかった。既に彼女の修道服はガラスや石片に切り裂かれ、覗く柔肌には赤い一文字が引かれている。頭部を守っていたシスターヴェールもいつの間にか殆どが焼け落ちてしまっていた。

 

「う……」

 

 その時だ、微かに誰かが呻いた。それが戦いの始まる前に昏倒させられていたアルバとリエンだと気づいたのは彼が起き上がった直後のことだった。

 アルバは目の前に拡がる光景を数秒呆然と見つめ、寝ぼけた頭が即座に覚醒させられる。鈍器で殴られたように頭がひどく痛む中、周囲を見渡す。

 

 誰もが地に倒れ伏している。むしろ、視界の中でまだ上体を起こしているのがステラだけだった。そんな彼女も膝を突き、肩を喘がせていた。

 

「だ、誰もいない……戦える人は、誰も……!」

 

 二人は頭痛と身体の鈍痛を無視してステラの側で意識を失っているイリスに駆け寄った。近づけば近づくほど、アルバは自分の憧れが穢されてしまった事実を突きつけられた。

 

「い、イリスさんが……」

 

 思わず、リエンは彼女の傍らでへたりこんでしまった。彼女が負けるはずがない、どこかでそう揺るがない事実のように思っていたことが儚く崩れ去る。

 グライドはそんなアルバたちを見て、脳裏にしまい込んでいた情報を引っ張り出す。

 

「あぁ、そうだ。虹の奇跡を扱うルカリオのトレーナー。であれば、処分しておくに越したことはない」

 

 パチン、手短に伝えられる指でのサイン。ボーマンダがズシン、ズシンと足音を威圧的に鳴らしながらアルバとリエンに近づいてくる。

 

 戦わなければ。

 

 どうやって? 既に手持ちは全損、戦えるポケモンはいない。

 

 逃げなければ。

 

 どうやって? 相手はボーマンダ、メガシンカまでしている。どうあっても逃げられない。勝負の最中に敵に背中を見せられない。

 

 

 

 

 いや、そもそも勝負にすらなっていない。アルバが目を覚ましたのは全て状況が終わった直後だ。

 今更介入など出来るはずがない。全てが遅すぎた。

 

「ぁ……」

 

 

 翼竜が首を擡げてアルバとリエンを見下ろした。その獰猛な(まなこ)に自分が映り込んでいることを認識した瞬間、アルバもリエンも動けなくなってしまった。

 龍気がボーマンダの爪へと蓄積される。【ドラゴンクロー】、グライドが小さく呟きボーマンダが振り上げた右手を振り下ろした。

 

 迫る衝撃に、アルバとリエンが目を瞑った。だがどれだけ待っても、痛みが自分たちの身体を襲うことは無かった。

 薄く、目を開ける。すると二人の眼前、緑色の体躯が翼竜に立ちはだかり振り下ろされた激爪を受け止めていた。

 

 

「──やら、せるかよ……これ以上」

 

 

 その声は背後から聞こえてきた。アルバとリエンが振り向くと、今の今まで這いつくばっていた地面に靴の裏を勢いよく叩きつけた男が立っていた。

 白いジャージは泥で汚れ、左腕には酷い火傷の痕を見せながら男──ダイは立ち上がった。

 

「ジュカイン、まだ戦えるだろ……!」

 

『ジャアッ!』

 

 掠れた声でダイが叫んだ。それに呼応するように、ボーマンダの攻撃を受け止めたジュカインが咆える。裂帛の気合いと共に、ジュカインがボーマンダを撥ね飛ばし一度距離を取る。

 ボーマンダは翼で空気を掴み、後退を最小限に抑えるとそのまま健在な仇敵ジュカインへと狙いを定めた【ドラゴンクロー】を繰り出す。

 

「【ドラゴンクロー】……!」

 

 ジュカインもまた応戦するように龍気を纏わせた両腕の爪で飛翔するボーマンダと攻撃を打ち合う。まるで鋼鉄同士をぶつけ合っているかのように激しい火花と、二匹の手を覆う龍気エネルギーが飛散する。

 二匹とも既に蓄積しあったダメージは五分五分(イーブン)、だが素早さにおいてはジュカインが勝る。

 

 即ち、ジュカインがヒットアンドアウェイを成立させるか、ボーマンダが攻撃をクリーンヒットさせるかで勝負が決まる。

 

 ボーマンダが一度空高く舞い上がる。ジュカインは逃がすものか、と倒壊したビルの壁面を足場にして跳躍、素早さに物を言わせた追撃を行った。

 だがボーマンダが空へ上がったのは決して逃げるためではなかった。むしろ、空中という袋小路へジュカインを誘い込むための罠だった。

 

 

「【ハイパーボイス】!」

 

 

 アサツキの手持ちを全損させたのと同じ、大空の覇気を咆哮で撃ち出す【ハイパーボイス】。空中では踏ん張りの効かないジュカインを容赦なく衝撃波が襲う。その余波が地上にいるダイを再び吹き飛ばす。

 跳ね返され地面へ突き落とされたジュカインが腕を杖のようにしてなんとか立ち上がる。が、ジュカインが顔を上げた時既にボーマンダは視界から消えていた。

 

 ボーマンダが狙ったのはアルバだった。未だに動けずにいたアルバ目掛けてボーマンダが滑空。

 今度こそ万事休すか、そう思ったアルバを横から衝撃が襲った。

 

 

 

「──う、おお、おおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 

 

 痛む身体を無視して、

 動かない脚を無理矢理にも動かして、

 最後の力を振り絞って、ダイがアルバを突き飛ばしたのだ。

 揺らぐ視界の中でアルバがダイを、驚いたように見る。ダイの顔は晴れやかに見えた。

 

 そして──

 

 暴虐なる翼竜の激爪がダイの肩口から脇腹にかけてを、袈裟斬りにするように切り裂いた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ズシャア、衣服と肉を同時に切り裂く嫌な音が夜のレニアシティに木霊する。

 ボーマンダに突き飛ばされたダイの身体がゴムボールのようにアスファルトの上を二度、三度とバウンドする。

 

「ダイ……!?」

「ダイくん!!」

 

 アルバとリエン、ステラの三人が撥ね飛ばされたダイの元へ駆け寄った。今の悲鳴で倒れていた面々が意識を覚醒させ、目の前の惨状を目撃する。アストンの傍にいたアシュリーが脚を縺れさせながら遅れてダイの元へやってくる。

 

「しっかりしろ!」

 

 アシュリーが叫ぶ。ダイの真っ白なジャージは彼の身体から噴き出した鮮血で真っ赤に染まり、今尚その領土を拡げていた。

 その様を見て、無表情を貫いていたグライドがほんの少しだけ口角を持ち上げた。

 

「状況終了、バラル団に仇なす者を排除した」

 

 ボーマンダが鬨の咆哮を上げた。それは高らかなる勝利宣言、しかしそんな独りよがりの独白を無視してジュカインはダイの元へと一目散に走った。

 

「は、はは……アルバ、大丈夫か……」

「馬鹿! 何言ってるんだよ、大丈夫なわけないだろ!」

 

 アルバがダイを叱責する。手厳しいな、とダイが笑いながら血を吐いた。ビシャビシャと耳障りな音を立ててダイから赤黒い命の証が溢れる。

 

「ジュカイン、いるか……?」

 

 ダイがジュカインに呼びかけた。その言葉は既に彼の目が眼前の光景を捉えていないことを指し示して。

 

「もう喋るな! ハピナス! おい、ハピナスッ!」

 

 アシュリーがダイを黙らせ、ハピナスを呼ぶが瓦礫の下敷きになっているハピナスはもうダイを回復させるだけの体力を残していなくて。

 自分の手が汚れることも構わずステラがダイの胸部を抑え、出血を止めようとする。だが巨大な爪で大きく切り裂かれた傷を塞ぐには聖女の手はあまりに小さかった。

 

「止まって、止まってください……!」

 

 暖かい赤がステラの手を染め上げる。鉄臭いそれが水たまりを作っていく。ジュカインがそっと、ダイの手に自分の手を重ねた。

 その独特の肌触りは、ダイにジュカインの存在を認識させるのに十分だった。

 

「俺たち……最強だったよな」

 

 ジュカインはしきりに頷いた。彼は笑顔だった、せめて主を満足させようと強く何度も首を縦に振った。

 それを受けて、ダイもまた頷く。そして震える手でグライドの方を、ボーマンダを指さした。

 

「じゃあ、行け……! みんなを、護れ……!」

 

 強く、ジュカインに命じるダイ。ジュカインは逡巡し、迷いに迷った末に立ち上がると再びボーマンダ目掛けて突進する。

 メガシンカは解けていない、だから(ダイ)は大丈夫だと自分に言い聞かせ、【ドラゴンクロー】を繰り出す。

 

 

「おれ……うれし、かったんだ……アシュリーさんが、VANGUARDに推薦、してくれ、て……」

 

 

 大丈夫、大丈夫。まだ戦える、ジュカインはボーマンダの背後へ回り込み、【りゅうのはどう】を放つ。

 苛烈なまでの、スピードに物を言わせた戦い方。それは皮肉なことに、ジュカインの動きがボーマンダの知覚を凌駕していることの証明だった。

 

 

「あしゅ、りーさんが……みとめて、くれたか、ら……つよくなれ、たんだ……って……むね、はれ……ゴホッ! はぁ……はぁ……っ」

 

「そうだ……お前は十分強いんだ……だから、生きろ! 死んだら、本当に強いとは言えないぞ……!」

 

「そうなんだよ、ね……こまった、こまったよ……」

 

 

 ボーマンダを切り裂く、ジュカインの激爪。既にシンジョウのリザードンとの戦いで破損していた鎧の奥へと食い込んだ爪がボーマンダの肉体を切り裂く。

 あまりの痛みに、ボーマンダが思わず退いた。今度こそ逃がさない、ジュカインが腕の新緑刃へと龍気を纏わせた。

 

 

「ああ、シンジョウさんにリベンジ、したかった……な。ポケモンリーグ、でたか……った……」

 

 

 あと一撃、【ドラゴンクロー】を直撃させればボーマンダを倒せる。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 ジュカインが咆える。強く、強く、咆える。

 そして、地面を踏みしめた瞬間だった。ふ、と身体から力が抜けてしまい、勢い余って前のめりにつんのめって倒れてしまう。

 

 起き上がったジュカインがもう一度新緑刃に力を込めようとして、気づく。メガシンカが解除されていることに。

 何より、メガストーンを通じて感じていた()を感じない。

 

 振り向いた。涙を流してうつむくステラと、悔しげに何度も地面を叩くアシュリーと、慟哭するアルバとリエンの姿が現実を。

 

 認めたくない事実を確実なものにして突きつけてきた。

 ダイの胸はもう規則的な上下運動をしていなかった。

 

 顔だけはただ眠っているように静かだった。

 

 その時、完全に地平線の彼方に太陽(タイヨウ)が没した。

 

 常闇が廃墟と化したレニアシティを支配する。

 そんな中アルバとリエン、二人の慟哭だけがただただ夜のラフエル地方に響く。

 


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