ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSユンゲラー リザイナシティへ――

 

 跳ね上がるようにして飛び起きた。別に悪夢を見たというわけではない。周囲を確認する、ここはリザイナシティのポケモンセンターだ。

 日が暮れたあとリザイナシティに到着した俺は、暗いうちの探索で迷っても困るということからすぐさまポケモンセンターに寄って、部屋を借りたのだ。

 

 今日は楽しみにしていたジム戦を申し込みに行く。ちょっと勉強したくらいで、どこまで通用するかはわからないけど……まずはこの旅で俺の精神性を鍛える事に決めたんだから、挑まないことには始まらない。

 

「さ、朝飯食って街に出ようぜ!」

 

 身支度を整えて、レストランでガッツリと食べて、街に出る。それで俺は言葉を失ってしまう。夜のリザイナシティと早朝のリザイナシティでは、だいぶ顔が違った。

 その証拠に、動くホログラム式の標識が近寄ってきた。

 

『おはようございます! リザイナシティへようこそ! こちらシティマップでございます! 案内は必要ありますか?』

 

 そう、しかもこのホログラム式の標識喋るんだ。実は日が暮れた後、少し迷いかけたところでこの標識に出会い、俺はポケモンセンターに辿り着くことができたんだ。

 今日も案内を頼みたいところである。お上りさん丸出しだが他にも観光客らしき人たちに一台ずつ付いて回ってるようだし人の目は気にしない。

 

「リザイナシティ、改めて見ると何があるんだ?」

 

『よくぞお聞きくださいました! ここリザイナシティは未来の人材育成を第一に、さらには世界最新の技術の粋を結集した街作りを第二に、そしてラフエル地方各地に点在する研究機関の本部が置かれているのを第三に。この三つを主眼に、ラフエル地方で最も先進的な都市として機能しています!』

 

 うわ、マジでガイドがついてる……でも未来の人材育成を手掛けているってことは当然あるのだろう。

 ポケモントレーナーズスクールが。かつてのトラウマが刺激されるが、俺は身震いと咳払いで強引にそれを追っ払うとガイドに頼んだ。

 

「トレーナーズスクールってあるかな、それも授業が一般公開されてるような」

『検索……検索……検索終了、該当箇所三件が存在。案内は必要ありますか?』

「よろしく」

 

 三件か、案外少ないんだな。いや、一つの街に一般公開されている学術機関が三つもある時点でやはりこの街の教育に対する熱意を感じた。ちらほらと見える建物もほとんどが研究ラボか学校なのだろう。

 そうして俺はガイドちゃんの案内を経てトレーナーズスクール第一校舎に訪れた。

 

 扉を開けると、さっそく中等部かそれ未満。恐らくは初等部の子供たちがノートや黒板とにらめっこをしていた。小太りの先生がこちらに気づく。

 

「おや、見学者ですかな? ちょうどいいところに! ただいま小テストの最中でねぇ、もしよかったら受けていってくれたまえよ! ムフフ、腰についたモンスターボールから君がトレーナーであることは既に証明済みさ!」

 

 小太りな割に身のこなしの素早いおじさんだった。俺はあっという間に適当な席に座らされ、問題の答案用紙とペンが渡された。のだが、答案用紙から既にタブレット端末だしペンは電子ペンシルだった。この街ハイテクすぎる、こんなところで勉強なんぞしてたらそれこそ数値論者に……

 

 

『問1.旅の途中ビードルと遭遇、戦闘になったところ手持ちのポケモンが毒状態になってしまった。キズぐすり等は持っていなかったが木の実をいくつか持っていた。次のうち、解毒に適切なものを選びなさい』

『a.オレンの実 b.モモンの実 c.キーの実 d.ラムの実』

 

 

 さ、さすがに初等部の問題だけあって易しい問題だったか。でも、問題をよく読むと、一つだけ選べって問題じゃないから注意しないと×をもらうな。答えはbとdだ。

 その後も問題をすらすらと解いていく。さすがに現役トレーナーをやっていればまぁ解ける、程度の問題ではあった。

 しばらくして、チャイムの音が鳴り響く。小太りの教師がパンパンと手を叩く。

 

「さぁ、回収だ。採点はしておくから、君たちは第二グラウンドでポケモンバトルの授業に行きなさい。それと、飛び入りの君もよかったら覗いていってネ!」

 

 ウィンクされた、まぁ確かに初心に帰るという意味ではジム戦前にいい復習になるかもしれない。さすがに初等部の問題では復習になるかもわからないけど。

 ゾロゾロと前を歩く子供たちについていくと、ガラス張りの廊下から中のグラウンドが覗けた。見れば、そちらは第一グラウンドで中等部の生徒たちがポケモンバトルの講習を受けているようだった。どうせ覗くなら、こっちの方がためになることがあるかもしれないな……

 俺はそっと集団から離脱し、そのグラウンドに降り立った。そろそろ近づいていくと、これまた小太りの先生がこちらに気づいた。

 

「やぁいいところに来たね、見学者だねぇ? 見ればわかるとも、その「勝手に見に来て大丈夫かな?」といった本能的に遠慮している足取りからネ!」

 

 またしてもウィンクされた、さっきの先生とは別人なのにここの先生は軒並みお茶目な人が多いらしい。とりあえず見学させてもらう旨を伝えて、バトルフィールドに近づく。

 どうやらダブルバトルの講習らしく、二人の生徒が四匹のポケモンをフィールドで戦わせていた。

 

「ペルシアン! 【ダメおし】!」

 

「ああキルリアが!」

 

 さっそく勝負が動いたらしい。【ダメおし】は既に攻撃を受けているポケモンに対し、大ダメージを与えることが出来る。しかしそれにしてはキルリアがやけに簡単に倒されたような。何かを狙っているのか?

 俺の疑問に対して小太りの先生が興奮気味に言った。

 

「いいぞ! ペルシアンの特性が的確に決まった! ここで【ダメおし】とはなかなか我が生徒ながらニクいことをするぅ!」

 

 特性……俺はポケモン図鑑を取り出しペルシアンをスキャンする。よく見ると、通常のペルシアンとは姿形がやや違った。

 ペルシアンの特性は"テクニシャン"、弱い技を的確に相手の弱点をつき、威力を増減させるといった特性。さらに事前に相方のポケモンがキルリアにダメージを与えていたのもあり、キルリアは簡単に倒されてしまったというわけか。

 

「マッスグマ! 【トリック】から【ギフトパス】!」

 

 ペルシアンの相方を務めるマッスグマが即座に手品を披露するかの如く、ペルシアンが持っていた道具を受け取り、そのままそれを相手に渡してしまう。キラリと黒光りする何かだった、あのアイテムには見覚えがある。

 

「上手い! 【ダメ押し】を最大級の威力で放つため、あえて後攻になるようペルシアンに"きょうせいギプス"を持たせ、ダメ押しで一体をノックアウトすると邪魔な重りを相手に渡してしまうとは!」

「それだけじゃない、ペルシアンはマッスグマとアイテムを交換したことによって"せんせいのツメ"を手に入れた。"きょうせいギプス"をつけられた相手に対して、より確実に先攻でトドメを指す気だ」

 

 これがトレーナーズスクールの中等部で得られる技術だというのなら、俺はもう少し地元で勉強しておくべきだったかもしれない。しかしここまで高度な技術を教育に取り込むのは、間違いなくここリザイナシティだけだろう。

 

「お見事、いやぁ実にいいバトルだった。普通、あそこまで肩の凝る戦術は相手の動きで止められてしまったりするが、それをさせないよう上手く立ち回れていたネ!」

 

 先生がペルシアンとマッスグマを使っていた生徒を褒める。相手のキルリアとリーシャンを使っていた生徒は少し悔しそうだった。彼のポケモンの手持ちを考えると、これまた別の戦略が見えてきそうだった。

 

「そうだったそうだった、見学者のチミ……名前はなんといったかね?」

「ダイといいます。この街には、ジムに挑戦しに……」

「ほう! ジムとな! それはいい! ここで、待っていたまえ!」

 

 はい? 俺にそれだけ言い残して、小太りの先生は電光石火の如く階段を駆け上がっていき、職員室らしきところへ走り去っていった。そして俺は残された生徒たちに奇異の視線を向けられる。

 

「お兄さん、見たところジムバッジはゼロみたいだけど……」

「え、あぁ、ここが初めてなんだ、ジムは……」

 

 そう言うと、頷くものが半分。恐れ知らずだなんだと揶揄を飛ばすのが半分。なんだなんだ、何か言いたいことがあるのかよ。

 

「知らないの? リザイナシティジムリーダーの異名。常に戦場を分析し、相手のクセを即時に見抜き、最善の手を即興で作り上げる。人呼んで超常的頭脳(パーフェクトプラン)!」

「とてもジム戦が初めて、って人が挑める相手じゃないと思うなぁ……」

「うん、ピエール先生は間違いなく、ジムリーダーを呼んでくるよ。しかも、ジムリーダーの戦いを僕達に見学させるための人身御供にされちゃうよ。悪いことは言わないから、早めに次の町に行って自信をつけてから挑戦したほうがいいよ」

 

 散々な言われようだった。それにしても超常的思考か……ってことは、やっぱりエスパータイプの使い手だったりするんだろうか? 

 ……ん? ちょっと待て、俺はさっきの生徒の気になる発言を思い出した。

 

「連れてくる、ってなんだ? どういう――――」

 

「おまたせしたネ!!!!!! さぁ諸君白線の内側へ入りたまえ! これから早速だがジム戦を行うことになった!」

 

「はぁ!? い、今から!?」

 

 俺の質問を遮るように、疾風迅雷。ピエール先生が戻ってきた。その巨体とそのスピードで戻ってきたにも関わらず息一つ切らしていない。この人ひょっとしてこれでいて案外やり手なのかもしれない。

 その後ろから歩いてくる、白衣に眼鏡で俺より少し背の高い男がゆっくりと歩いてきた。グラウンドに降りるための階段の上から、冷ややかに俺を見下ろしていた。

 

「教授、そいつが俺の相手ですか」

「そうだとも"カイドウ"くん。君への挑戦者だ」

「……お忘れですか、そもそも俺は教授が特別講師に来てほしいと頼んだから、ジムを空けて来ているんですよ」

 

 喋りながら歩いてくるカイドウという男。俺の後ろで生徒たちがざわざわと騒ぎ出した。

 

「さ、さすがカイドウさんだ……オーラがすごい」

「あぁ、俺達よりも若年のときに既に院卒レベルの学力を有し、今はリザイナにおける最高位超常現象解明機関"CeReS"の研究員リーダーを務めるって話だぜ」

「だけど、眼力がやべぇ……それに、なんか俺達のことなんか、眼中にないみたいだぜ。なんで先生はあんな大物相手にあんな態度なんだ」

 

 生徒の言い分を聞くだけで、リザイナにまだまだ疎い俺ですら超絶怒涛の大物が相手であると思い知る。あの眼鏡の奥にある目にはいったい何が見えているのか、その奥にある脳では何を考えているのか。

 こちらの行動をすべて見透かされているようで、少し鳥肌が立った。

 

「まぁいいでしょう。速攻で片をつければ、講義には間に合います……おい、挑戦者。さっさと支度を済ませろ、俺には時間がない。こうして説明を要している数秒ですら、俺には惜しい」

 

 冷ややかにカイドウは俺に向かって言い放つ。ついカチンと来たが、ひょっとすると俺を挑発して冷静な思考を奪うためのアクションかもしれない。俺は誘いには乗らず、冷静を装う。

 

「挑発だと捉えているな、俺がそんなことをする必要はない」

 

 ……思考が読まれてる? いいや、ハッタリのはずだ。思考を読むなんてそんなエスパーじゃ……エスパー?

 

「お前の発汗の部位、手にかかる圧力を目視で計測しただけだ。図星を突かれて、さらに発汗が見られるな」

 

 文字通り見透かされていた。焦りからか、俺は手に汗を握っていた。頬をピシャリと撃ち、自らを鼓舞する。

 動じるな、戦いの前から負けるな。俺達はポケモンバトルをするんだ、戦うのは俺ではなく、ポケモンたち。俺の同様をこいつらに伝播させるわけにはいかない……!

 

「それでは、ジム戦公式ルールで。形式はシングル、ポケモンの入れ替えは挑戦者のみ。手持ちから二体選出し、うちどちらかが戦闘不能になった時その時点で負けとするネ!」

 

 ピエール先生の審判がルールを宣言する。俺はキモリとメタモンを選出、フィールドへ出す。昨日アランと戦って、気合も十分。特にキモリはやる気に満ち溢れていた。

 対峙するカイドウはユンゲラーと、初めて見るポケモンを出してきた。俺はポケモン図鑑でそのポケモンを記録する。

 

 

『シンボラー。古代都市を守っていた記憶を残しているため、いつも同じルートを飛んでいるらしい』

 

 

「その機械は、ポケモン図鑑か。なるほど、それなりの知識(knowledge)を有しているわけだな。だがお前のそれは外付けにすぎない。俺は違う」

 

 白衣を翻し、カイドウは俺に向き直った。その目はレンズのように澄んでいて、一瞬だがその脳裏にある膨大な知識の泉を垣間見た気がした。

 

「俺の知識はすべて、俺の頭にある。すべての戦術、戦略がな。お前の尽くを分析し、完全なる勝ちを以てお前を退けよう」

 

 そう言ってカイドウは、二匹のうち"ユンゲラー"を差し向けてきた。俺は図鑑でユンゲラーが使える技を確認する。キモリとメタモンのうち、相手に対して有効もしくは拮抗できるのは恐らくはキモリだ。

 メタモンでも切迫は出来るだろう。だが、相手の言うことが本当ならば、相当の知識を有するカイドウが相手なら、こちらのユンゲラーに化けたメタモンの戦法は完全に把握されているようなものだ。だとするならば、まだキモリの方が僅かに勝率が高いはずだ。

 

 

 

「それでは試合――――開始ッ!!」

 

 

 

「キモリ! 【でんこうせっか】!」

 

「【ミラクルアイ】から、【リフレクター】」

 

 試合開始の宣言、即座に俺はキモリを高速で接近させる。ユンゲラーはスプーンを曲げ、光る第三の目のを額に浮かべる。そしてリフレクターでキモリの突進を最小限の威力で抑えた。

 ユンゲラーがスプーンを回し、気を高める。そして、その第三の目と同じ紋様がカイドウの額にも現れた。

 

「思考ロジック単純化演算開始自軍ポケモンとの思考視界体幹シンクロ完了分析開始分析終了最善手は防衛戦と判断」

 

 異様な光景だった。目を閉じたカイドウが高速でうわ言のように、コンピュータのように呟く。それと並行するようにユンゲラーが脚を地面へと下ろす。

 

「【エナジーボール】だ!」

 

「射角確認発射速度計算開始計算終了回避の必要なし、訂正迎撃準備……【サイコキネシス】!」

 

 わざマシンによって覚えた【エナジーボール】をキモリが放出する。しかしユンゲラーが強力な念動力で()()()()()()()()()()()()、それをそのまま放ってくる。

 エナジーボールはくさタイプの技、当たったとしてキモリに対してダメージはないはず。それよりも正面から来るエナジーボールを受けて、怯んだと思わせた隙に接近して【メガドレイン】で元を取れば……!

 

 だが、エナジーボールを防いだキモリが予想以上のダメージを受けて吹き飛ばされた。発生した爆風で、その場にいたカイドウ以外の人間が身構えた。

 

「なんで、エナジーボールにそこまでの火力は出せないはずだ……まして、ユンゲラーが放った技じゃないのに。いったい、どういった仕組みだ……?」

 

「発生言語解読解読完了……特別に教えてやる。ユンゲラーの【ミラクルアイ】によって、完全に念動力を纏ったエナジーボールを確実にヒットさせた。お前が防御したと思っていても、お前のキモリの急所に的確に攻撃を着弾させた」

 

 カイドウが説明をよこす。だが恐らくそれだけじゃない。ユンゲラーは【じこあんじ】によって自らをくさタイプだとあえて誤認識することでエナジーボールをより強力に撃ちだしたのだ。

 

「つまり、防御は無意味ってことか! なら、【かげぶんしん】! そしてもう一度【でんこうせっか】だ!!」

 

 どういうわけかユンゲラーはまったく動かない。ふよふよと浮遊していた最初と違い、地に脚を縫いつけたように、体幹からしっかりしている。ならばこのまま回避するとは考え辛い。

 いかに【ミラクルアイ】で的確な攻撃が出来るとはいっても、十数体に分身したキモリの本体に攻撃を当てられるはずが……!

 

「行動パターン予測開始同時進行で経過観測予測終了……【ひかりのかべ】多重展開、そして【サイコカッター】!」

 

 ユンゲラーが念動力で不可視の壁を何重にも作る。しかし俺にはどこに壁を貼られたのか、まったく分からなかった。だけど、先程の【リフレクター】は自分の防御のため正面に張り巡らせた。

 だとするなら、今回もまた自分を囲う形で展開されているに違いない。

 

「それは違う。そうら、キモリに防御行動を取らせろ。間に合うものならな」

 

 直後、ユンゲラーを中心に念波によって発生した辛うじて可視が可能な刃が全方位に向けて発射される。それは自分を包囲するキモリの分身の数多くをかき消すと、フィールドラインで()()()()

 その瞬間ハッキリと見えた。【ひかりのかべ】は自分の周囲ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()ように張り巡らされていたのだ。

 

「まずい! 【みきり】だ!」

 

 キモリが移動先から迫ってくる念波の刃を、辛うじて回避する。しかし、それが反射した攻撃を背後から受ける。キモリが念波を受けて吹き飛ぶ。まずい、今のは"急所に当たった"!

 立ち上がるまでに時間がかかっている。キモリもかなり限界だ、だけど……!

 

 俺は先日のバラル団のイグナとの戦いを思い出していた。キモリの特性"しんりょく"を活かすなら今しかない……! しかも、屋内のバトルかと思われたが、この第二グラウンドはドーム状で空には太陽が輝いている。

 つまりあれが、【ソーラービーム】が撃てる……!

 

「一か八か、撃ち抜け! 【ソーラービーム】だ!」

 

 カッと目を見開いたキモリが起き上がり、太陽からの光を受け止め濃縮したエネルギーをユンゲラー目掛けて撃ち出す。"しんりょく"も合わせて、グラエナ戦と同じほど強力な一撃のはずだ……!

 

 しかし、

 

「射角計算完了【バリアー】と【ひかりのかべ】を統合射角に合わせて角度調整()()()()()()()()()()()()

 

 ユンゲラーが自信の目の前に、斜め上に向けた特殊な光線バリアが【ソーラービーム】を空にめがけて弾く。あれだけ強力な一撃を放ったと言うのに、ユンゲラーの身には届かなかった。

 俺の頬を、一筋の汗が伝う。ジムリーダーが相手だ、もちろん苦戦を強いられることなど予想していた。だのに、俺はかつてないほどプレッシャーを受けていた。

 

 また俺は、ジムリーダーに負けるのか。

 

 誰かの目の前で、負けるのか……?

 

 ギリッ!

 

 歯が砕けん勢いで悔しさを噛み締め、俺は相手を睨みつけた。

 

「もう一発、【ソーラービーム】だ……!」

 

 息も絶え絶えのキモリに向かって指示する。キモリは頷いて、再び太陽の光を受け止めようとして、固まった。

 

「【かなしばり】……同時に、チェックメイト」

 

 キモリの動きはユンゲラーによって止められていた。それだけではない、空から降り注ぐ太陽のような光がキモリを飲み込むように直撃。凄まじい爆風と共にキモリが吹き飛ばされてきた。

 立ち上がろうとしたキモリだったが、今の一撃を受けて戦闘不能(ノックアウト)……ピエール先生がホイッスルを吹く。

 

「そこまで! キモリ戦闘不能と判断し、この勝負……ジムリーダーカイドウの勝利!」

 

 ギャラリーがドッと湧き出す。カイドウは【ミラクルアイ】を解き、目薬を点してその場を後にしようとした。最後にちらりと俺を見る。その目は冷ややかに感じられた。

 俺は戦闘不能になったキモリを抱え上げて、ボールに戻した。ギャラリーがこちらの様子を伺っている。誰もが「まぁしょうがない、よくやった」という風な目を向けていた。

 

 最後、急に空から降り注いできた攻撃は【ソーラービーム】だった。カイドウが直前に呟いていた言葉から考えて【みらいよち】だろう。

 ソーラービームは空に打ち上がっただけではなく、そこからさらに別の【バリアー】で反射され、【かなしばり】で動きを止めたキモリの真上に撃ち放ったんだ。

 

 奥歯がギリギリ悲鳴を上げるくらいに強く噛みしめる。ラフエルの地で、なんとか上手くやってこれてたと思ったけど、まだまだ俺は全然だ。

 

「さぁ、みんな。挑戦者のダイくんに惜しみない拍手を。ジムリーダーの試合を目の前で見るなんて、そうそう無い機会だからネ。ダイくん、グラウンドの準備室に回復装置がある。ポケモンを回復させたら、いろんな授業を見ていくといい」

「ありがとう、ございます……」

 

 回復装置を使わせてもらうため、グラウンドの準備室に向かう。気分が落ちたせいかやけに荷物が重く感じた。準備室の扉を開けると、そこには色んな写真が貼られていた。

 

「これ、カイドウか……ピエール先生ほそっ」

 

 恐らくピエール先生らしき人物が、カイドウに何かを譲渡している写真だった。それは、ジムリーダーの資格だった。

 もしかするとピエール先生は先代リザイナシティのジムリーダーで、これはその引き継ぎの写真なのかもしれない。

 

「まだ、何か学べることがある。リベンジには……まだ早い」

 

 回復が仕上がったモンスターボールを手に取り、中の仲間たちと頷き合うと俺はグラウンドに再び脚を踏み込んだ。

 

 





ジム戦ですが前後編にしました。その方が初ジム戦としてはいいかなぁと思いましたので。

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