ダイ、アルバ、リエンと分断された後、ソラは真っ暗い空間にいた。窓の無い空間、ソラは爪先で地面を蹴ってみた。硬質のブーツの先が奏でる音の響きからそれなりに広い場所だと言うことが分かった。
慌てずにライブキャスターのライトを起動し、周囲を照らす。すると目の前にタキシード姿の男が立っていて、ソラはそれをボーッと見上げた。
別段、驚くことはない。なぜならそれは
紳士服の男はよく見ればマネキンで、その隣にはドレス姿のマネキンが並んでいた。他にも周囲を見渡せば、そこが所謂礼服売り場だと分かる。
「ひひ、ソ~ラちゃん、あーそびーましょ?」
「イヤ」
「やーんツレない~!」
その時だ、ぼうっと奥の空間が照らし出され先程まで対峙していたバラル団の女班長──ソマリが立っていた。
なぜ自分の名前を知っているのか、そういえばダイが叫んでいた気がする。なら知っていてもおかしくないか、閑話休題。
「【ミサイルばり】」
「あっぶね~! ソラちゃんってば見た目通りロックだねぇ?」
ソラの手持ち"マラカッチ"が僅かに照らし出されているソマリ目掛けて【ミサイルばり】を数発撃ち出す。が、元より視界状況は最悪。停電でも起きているのか、そもそも電気系統を最初からショートさせているのか電気が点かない。だが悪視界は相手も同じこと、だがソラは先程からパレードのように騒いでいる
「マラカッチ、あっち」
「なぜバレたし!? やーん、守ってカクレオーン!」
指先でソマリの回避先を示すソラ、マラカッチは頷き再度【ミサイルばり】を放つ。ソマリはたまらずカクレオンを呼び出し、迫る巨大な針の弾頭を弾き飛ばす。
「くっそーなんで私の場所がわかんのかな~」
「もう、パレードなんてレベルじゃない。ただの騒音、近所迷惑、聞くに堪えない、静かにして」
「なんのこっちゃ」
ソラがジッとソマリの場所を睨みつける。マラカッチは相変わらず
服の影に隠れてもソラは必ずソマリを見つけ出し、マラカッチに攻撃させる。
「あーもー、ソラちゃんはロックどころじゃないよ! もうメタルだよメタル~!」
「私はそんなに煩くない」
「そりゃご尤もで……ってそうじゃなくてさぁ」
追い詰められながらも、ソマリは軽口を崩さない。そろそろソラが的確に自分を狙ってくることを予見し、カクレオンがソマリに向く攻撃を全て防御出来るようになっていた。
「じゃあそろそろ! 【わるだくみ】かーらーの」
カクレオンが歯を見せて意地悪く笑う。次の瞬間、口腔に炎を溜め込むカクレオン。暗闇の中でも透明になっていたカクレオンの身体がオレンジ色に変わる。
「【かえんほうしゃ】、いってみよー!」
特性"へんげんじざい"によりほのおタイプへと変わったカクレオンが【かえんほうしゃ】で広範囲に渡り、マラカッチを攻撃する。
炎攻撃が直撃し、マラカッチが手酷いダメージを受けてしまう。さらには火傷状態に陥ってしまい、さっそくピンチに追い込まれてしまうソラ。
しかしソラはオレンジ色の炎に照らされながら、涼しい顔でモンスターボールをリリースする。
「"アシレーヌ"、【うたかたのアリア】」
現れたのはソラの手持ちで二番目に付き合いの長いポケモン、アシレーヌだ。このアシレーヌが歌えば、それは全てみずタイプの技となる。そうでなくとも【うたかたのアリア】は元よりみずタイプの技。今、カクレオンはほのおタイプのポケモンであり、一気に大ダメージを与えることが出来る。
さらに、それだけではない。アシレーヌの水の滴るような歌声を隣で浴びたマラカッチが途端に癒やされだした、マラカッチの特性"よびみず"である。
【うたかたのアリア】を受けることで、ダメージは受けずに特殊攻撃のステータスを上昇させる効果を持つ。
「うわー! 【くさむすび】! 【くさむすび】だよ!」
「遅い」
慌ててソマリがカクレオンにくさタイプになるよう指示をするが、ソラの言う通りもう間に合わない。水気滴る歌声を浴びてカクレオンがずぶ濡れになる。
戦闘不能こそ回避出来たものの、ソマリの攻め手は完全に潰されていた。残る二匹のポケモンもどちらかと言えば搦手を扱うタイプだ。今までの攻防でわかった通り、ソラにはそういった攻撃が一切通用しない。
「ぐぬぬ、意外と強情だなぁ……」
「バラル団と話すことなんてない、私は貴方達を絶対に許さない」
勝負を投げたのか、あぐらをかいてその場に座るソマリ。バラル団班長服から覗く生足をチラつかせるがソラは女の子、色仕掛けなど通用しない。唇を尖らせるソマリに対し、ソラは冷え冷えとするような声で言い放った。
「へぇ……じゃあ
「話すことは無いって言った」
「聞いたよ、これは私の独り言だもーん」
ソマリがちらりと含みのある視線でソラを見つめる。が、それすらもソラは受け流す。
「ところでさぁ、この部屋ちょっと寒くない? 陽の光が入って来ないからかなぁ?」
「それが、どうかしたの」
「いやぁ、私でも寒いからさぁ? ソラちゃんのそんな肩出しのエッチな服装で寒くないのかな~って心配してるのさ」
「余計なお世話」
「さいで」
徐々に苛立ちを募らせるソラ、それを見てソマリは満足そうに笑む。笑顔だけなら屈託のない、ご機嫌なものなのだがこのソマリという女性が放つそれはご機嫌を通り越して不気味でさえある。
「もしかして~、ひょっとして~、ソラちゃんはどこか寒いところ出身だから寒さ慣れしてて、そんなエッチな格好でも平気なんだぁ?」
「……ッ」
「あ、今動揺したね? マリーちゃんそういうのに敏感だからさぁ、わかっちゃうんだ」
もちろんエッチな格好って言葉に反応したわけじゃないよね、とソマリが追撃する。ソラは頬を伝う汗を認識した、明らかに自分は焦っている。
何が寒いくらいだ、この部屋はもはやジメジメとした嫌な湿気に温められている。
「仮にソラちゃんが寒いところ出身だとしようか、それで私らバラル団に因縁があるって言ったらさぁ……君がネイヴュシティ出身なんて答えに簡単に繋がっちゃうんだなぁ」
「もう黙って」
「図星かなぁ? じゃあネイヴュシティ出身のソラちゃんは、どうしてバラル団を恨むのかな? 住むところを追われたから?」
「黙って、って言ってる」
ソラが語気を強める。が、ソマリの饒舌は止まらない。口角が三日月状に持ち上がる、それは捕食者の唇だった。
「違うよねぇ、もっと違う理由が君にはある。それがなんなのか、教えてほしいなぁ」
「私が、教えるわけない」
「そっかぁ、じゃあ質問……じゃねーや独り言の内容を変えるね」
またしてもニコリと笑ってソマリが言う。これ以上付き合うのは危険だ、とソラの
「ソラちゃんおしゃれだよねぇ、そのパンキッシュな見た目もそうだけど特にワンポイントのヘッドフォンがさぁ」
ソマリがソラの首元、モンスターボールのマークがあしらわれたヘッドフォンを指差す。指摘されたソラはヘッドフォンを腕で隠すようにしてソマリの視界から逃した。
「やっぱ音楽とか聞いちゃったりするんだよね、どんな音楽なのかな。やっぱりロックとか」
「知らない……!」
「うんうんそれでいいよ~、これはマリーちゃんの独り言だもん。ソラちゃんに答える義務はないよぉ」
ニタニタと、ソマリの口元目元がこれ以上無いほどに歪む。ソラは自身の心が放つ警鐘の音を落ち着かせるのに精一杯で、もはやソラの心の音を聞く余裕がなくなっていた。
「でも人は見た目で判断出来ないからねぇ、意外と"クラシック"とか聴いちゃったりするんじゃないかな~」
「……っ、う」
「おほぉ、いい反応! ビンゴってところだね? わかるよ、わかるとも、わかっちゃうんだよぉ」
もう駄目だ、ここから逃げ出せ、暴かれてしまう前に、悟られてしまう前に。
ソラの心がガンガンと音を立てて、逃げろと急かす。しかし
「意外とねぇ、私物知りだからさ。ネイヴュシティ出身で、クラシック音楽に傾倒してるって条件を満たす人を知ってるんだよねぇ」
「もう、黙って……っ」
「"コングラツィア"っていうさぁ、ラフエル地方で音楽を嗜んでいるなら知らない人はいない音楽家系があってさぁ」
「やめて!」
狼狽え、後退しマネキンに衝突するソラ。尻もちを突いてしまい、ソラが怯えた声を出す。攻守が逆転した、ソラの動揺を目にしマラカッチもアシレーヌもどうすればいいのか、決め倦ねていた。
それでもソマリを近づけてはいけない。アシレーヌは【チャームボイス】を、マラカッチは【ミサイルばり】でソマリを狙う。
しかしそれは当たらない。【チャームボイス】はカクレオンが受け流してしまう。
「そのコングラツィア家の一人娘が、ソラって名前だったと思うんだよねぇ?」
「知らない! 知らない!」
「ヒハハハハッ!! それは肯定だよォ! 知ってます、私です、って言ってるようなものだよソラちゃぁん!」
ケタケタケタ、ソマリがおかしくてたまらないと腹を抱えて笑い出す。頭を抱えて、イヤイヤをするようにソラが暴れる。ソマリがゆっくりとソラに手をかける。
この距離に近づけてしまっては、もうアシレーヌもマラカッチも迂闊に攻撃は出来ない。
汗と涙、蒼白になったソラの顔にソマリが妖しい指を奔らせる。それは蛇の舌、ちろりと撫でられれば神経が硬直する、魔の毒。
「じゃあ、私らバラル団が起こした"雪解けの日"。その日に、ソラ・コングラツィアさんに何があったのかなぁ。もっと言うならソラ・コングラツィアさんの関係者に、何があったのかなぁ?」
「知らない……知らない……っ!」
「そっかぁ、知らないかぁ。じゃあ私、親切だから教えてあげるねェ?」
蠱惑的な声音でソラの耳元でささやくソマリ。ソラの目にはもうソマリは人として映っていなかった。
悪魔か、それに類する何か。自分の心を読み透かしてしまう、そんな何かだった。
「お父さんの"ハンク・コングラツィア"さんとお母さんの"チェルシー・コングラツィア"さんが死んじゃったんだよねぇ」
「────ひ」
「あぁ、死んじゃったんじゃなくて、殺されちゃったんだっけェ」
「────やだ」
涙を流し首を振るソラ、懇願するように目を瞑りソマリの接触を拒否する。しかしソマリはソラの手首を掴み、耳元で再度囁いた。
「ねぇ、そうでしょう? ソラ・コングラツィアさん。あの日、君はだ~いじなパパとママを殺されちゃったんだよね?」
崩れた、瓦解した。
それはソラの涙腺だったのか、心の均衡だったのか、定かではない。あるいはどちらでもあったのかもしれない。
ソラの目が涙を溢れさせる。とめどなく溢れて、ポタポタとカーペットに染みを作る。仕掛け時だ、ソマリは舌舐めずりをして、モンスターボールを取り出した。
そこから現れたのは、先程までユンゲラーだったメタモン。ぐにゃりと姿を変え、このメタモンがかつて変わったことのある姿。
奇しくもダイが連れているゲンガーが前身の、ゴーストの姿だった。裂けそうな口元は愉悦を表す歪み方をしていた。
「メタモン、【ナイトヘッド】だ。とびっきりのを見せてやってよ」
ゴーストに化けたメタモンが呆然とするソラの視界に手を翳す。闇が彼女の視界を覆い、意識を侵食する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
気がつくとソラはレニアシティの礼服売り場ではなく、薄暗い廊下にいた。
知らない場所だったが、その寒さをソラは知っていた。故郷であるネイヴュシティが持つ、人を拒絶する寒さだった。
ソマリが言った通り、ソラは肩を露出させた挑発的な格好をしている。途端に寒さに耐えられなくなり、少し大きいパンクジャケットをきちんと着込んだ。
「────ソラ」
その声は、もう二度と聞こえないはずのものだった。ゆっくりと振り返る、ソラの目がゆっくりと見開かれる。
振り返った先にいたのは、ドレス姿の女性。メイクもきっちりと済んだ、ステージに上る直前のチェルシー・コングラツィアそのものだった。
「────ソラ」
さらに背後から声がする。もう一度振り返ると、ヴァイオリンを持った美丈夫が立っている。
整髪料で整えられた髪、首元で丁寧に締められたタイ。こちらもまた、ステージに上る直前のハンク・コングラツィアだった。
そう、ソラの目の前に父と母がいたのだ。
「パパ、ママ……どうして、死んじゃったのに」
ソラが呆然と呟いた。まだ喉は震えて、音を発してくれる。
その疑問にチェルシーはニッコリと微笑んだ。陽だまりのような暖かい笑みで、見ているだけでソラは安心できる────
「えぇ、
できる、はずだった。見えないなにかに首を締められたように、「ひゅ」と吐息が漏れる。
まるで呼吸の仕方を忘れたかのように、息が出来ない。ソラが狼狽え、チェルシーの形をした何かから遠ざかる。
「あの日、ソラが
背後からハンクが言った。振り向くと、ハンクもまた笑みを浮かべている。笑みだけは本物だ、見間違えるはずがない。
しかし発せられる言葉は糾弾のそれ。ソラの記憶の中で一番忌まわしいものがフラッシュバックする。
「違う、違うの……そんな、つもりじゃなくて……わ、わたしはただ……」
言い訳をしたかった、ソラが震える声で言う。徐々に声が掠れて、思わずソラは咳き込んだ。
再びチェルシーの方へ振り向く。母はもう笑っていなかった、無表情でソラを見つめている。
「いいえ、あなたが私達を殺したのよ」
白魚のような指がソラを指差す。ソラはチェルシーから逃げようとした、だが背後にはハンクがいる。
二人の糾弾は、ソラを逃がさないとばかりにソラを狭い廊下で挟み込んでいる。
「違う、わたしじゃない……! わた、しのせいじ……あ、あ────」
その言葉を最後にソラの喉からは空気の音しか出なくなった。震える手で喉に触れる、咳払いをする、しかし声は出てこない。
ぶわ、と全身の汗腺が開いたかと思うほど冷や汗が止まらなくなる。彼女の中の忌まわしい記憶、その一番手と二番手が容赦なくソラを追い詰める。
廊下の電気が消える。真っ暗闇の中で、ソラはもう泣くことしか出来なかった。
「あなたが殺したのよ」
「ソラのせいだよ」
パッと、灯りがつく。目の前にチェルシーとハンクが立っていた。しかし姿はまるで違っていた。
チェルシーのドレスは見るも無残なほどボロボロに破れ、ハンクのタキシードも同様だった。そして何より二人の身体が血染めになり、肌は生気を失くしていた。
死人となった姿でチェルシーとハンクがソラを責める。壁に追い詰められたソラがへたりこんだ。
その時、手の中になにかの感触を得た。縋るようにそれを手に取った。
ナイフだった。ほんのちいさな、果物ナイフ。
その刃、柄、それを持つ手、腕がチェルシーとハンクの血でみるみる内に汚れていく。
「──っ! ──っ!!」
ソラが何かを叫ぶ、呼気しか漏れない。
両脇からチェルシーとハンクがゆっくり迫ってくる。自分を糾弾しにくる、ソラに出来るのは赦しを乞うことと言い訳くらいだった。
「あなたが──」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「────いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
幻覚を見せられたソラが声の限りで叫んだ。身体を丸めて抱え込み、耳を塞いで目を瞑りながらの慟哭が真っ暗闇の礼服売り場へと響き渡る。
「おほぉ~! やはり美少女の悲鳴は良いものですなぁ……!」
暴れるソラを睥睨しながらソマリがこれ以上無いほどに愉悦を含んだ笑みを浮かべる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」
「あ~あ~! 可愛い~! どんな
ソマリは傍らに浮かぶゴーストの姿をしたメタモンに提案をする。次の瞬間、メタモンの姿はゆめうつつポケモン"ムシャーナ"へと変わった。
メタモンはそのまま暴れるソラの頭に組みつくと、ソラの頭の中の夢を食べだした。
メタモンが食べたソラの"夢"がメタモンを取り囲む煙にスクリーンのように投影される。それを見たソマリは舌舐めずりをして身震いした。
「さいっこうじゃん……まだ遊べそうじゃんね、この子! うっひひ、ひひひひ、ヒハハハハハハッ!!」
元に戻ったメタモンとソマリが顔を見合わせ、やがて堪えきれないとばかりにけたたましい笑い声を上げ始めた。
悲鳴と笑い声が入り混じり、デパートは地獄の顔を覗かせていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方その頃、外に取り残されたダイはランニングシューズをフル活用して逃げ回っていた。メインストリート全体を襲う【りゅうせいぐん】からなんとか逃げるも、このままでは確実に体力が尽きてしまう。
逃げの一手だけ取ってはいられない。そんなことはダイも分かっている。だが、逃げざるを得なかった。
恐怖だ。今、追いかけてきているバラル団の幹部を自称するグライドに対しダイは明確に恐怖を抱いていた。
戦ったらまずい。
一人では絶対に勝ち目がない。
逃げなくては。
その思いだけで、ただひたすらに逃げ回っていた。だがダイが逃げれば逃げるほど、【りゅうせいぐん】はレニアシティを壊滅させていく。
「流石に鬱陶しいな、こうも逃げ続けられるというのは」
グライドが言った。飛行する翼竜──ボーマンダの背から一度降り、曲がり角に身を潜めたダイに向かって言い放つ。
肩を喘がせながらダイが角から様子を伺い見る。次の瞬間、ボーマンダが放つ【だいもんじ】が曲がり角を豪火で焼き尽くす。後もう少し身体を引っ込めるのが遅ければ丸焼きになっていたところだ。
「どうする、考えろ……正攻法じゃまず勝てないって、本能がそう言ってる」
持ってる道具、場、手持ちのポケモンと相手の相性、それら全てを鑑みダイは頭をフル回転させる。
「なら、本来の戦い方で行くしかない……!」
並べたモンスターボールの中から仲間たちが頷いた。覚悟は十分、後は前に出るだけだ。
ダイは深呼吸を済ませ、曲がり角から一気に飛び出す。ボーマンダは飛び出してきたダイ目掛けて再度【だいもんじ】を放つ。
「ウォーグル!」
予めボールから出しておいた大鷲が曲がり角から遅れて現れ、ダイの肩を掴んでそのまま上昇。なんとか【だいもんじ】を回避するとウォーグルがダイを投げ飛ばすようにしてボーマンダに急接近させる。
「まさか特攻とは」
「そいつはどうかな……!」
ボーマンダが口に炎を溜め込み、それを発射しようとする。ダイはその隙を見逃さず、ボーマンダの口目掛けてモンスターボールを投擲する。ボーマンダが炎を吐こうとした瞬間、その口にモンスターボールが収まり開閉スイッチが押され、中からポケモンが飛び出してくる。
「ゼラオラ! ゼロ距離で【10まんボルト】!」
ボーマンダの口から現れた迅雷は、離脱しざまに練り上げた電撃を放出しボーマンダを急襲する。さすがにボーマンダもでんきタイプの攻撃は堪えるのか、攻撃が中断される。
「ほう、そのゼラオラ。イズロードから譲り受けたポケモンだな」
グライドが無表情で呟いた。以前見た時よりもゼラオラの態度が柔らかくなっているのを見て、グライドは唸る。
ほれ見たことか、こうしてゼラオラは以前よりもトレーナーを信頼し脅威として立ちはだかっているではないか、とグライドは頭の中でイズロードを責めた。
「【りゅうのいぶき】、蹴散らせ」
「【ボルトチェンジ】!」
ボーマンダが噴き出したのは炎ではなく、細長い龍の姿をしたエネルギーの塊だった。それが意思を持ってゼラオラに襲いかかるが、ゼラオラはそれに対し雷撃を二度行いボールごとダイの元へと戻ってくる。
ゼラオラを引っ込めるのと同時、ダイはモンスターボールを二つ投擲する。
「ゲンガー! ゾロア!」
飛び出してきた二匹、ゾロアはゲンガーに化け揃って【シャドーボール】を撃ち出す。二つの内、一つは本物のゲンガーが放った強力な【シャドーボール】である。それに対しグライドが取った選択は、
「"グソクムシャ"、"ジュナイパー"、撃ち落とせ」
ボーマンダを控えさせ、新たに呼び出したポケモンが的確にゲンガーとゾロアの【シャドーボール】を弾き飛ばす。
ダイは歯噛みする。なぜなら、出てきた二匹はどちらもゲンガーとゾロアに対し有利なタイプを持っているからだ。特に"グソクムシャ"が出てきたとなれば次の技は決まっている。
「【であいがしら】!」
天運はグライドの味方をした。グソクムシャが飛びかかった方のゲンガーはゾロアが化けた偽物だ。グソクムシャがその硬質な甲殻に生えた二つのツメでゾロアへと斬りかかる。
だが自分に攻撃が向かってきているとわかっているのなら、ゾロアも対処することは出来る。ゾロアはイリュージョンを解除し、グソクムシャの攻撃を正面から受け止めた。
そのまま突進の勢いを利用して【イカサマ】をする。グソクムシャは勢い余って地面に叩きつけられるが、やはり全身の甲殻は堅牢で転んだ程度では大したダメージにはならない。
ゾロアとグソクムシャが睨み合う最中、ゲンガーはジュナイパーと対峙していた。お互いに【シャドーボール】を撃ち合っては避け、周囲を破壊していく。
「ゲンガー! タイミング合わせていくぞ!」
「ジュナイパー、仕掛けてくるぞ」
刹那、両者が同時に飛び出す。ゲンガーは両手で練り上げた【シャドーボール】を腰溜めに構え、
「────【シャドーパンチ】!」
「────【シャドークロー】」
ゲンガーが練り上げた闇色の魔球はブラフだった。即座にゴーストの時から持っている浮遊している腕を呼び出し、それをジュナイパーの死角からフックパンチを放つ。
しかしジュナイパーもそれを読んでいたのか、左右から襲い来る拳を翼の振りによって生まれた闇色の軌跡で弾き飛ばす。
「イリュージョンが解けてる今、無理は出来ねえ! ゾロア、下がれ!」
ダイがそう言ってモンスターボールを掲げた。ゾロアが頷き、ダイの方へ戻ろうとした時だった。ゾロアは前のめりになって、そのまま地面に突っ伏してしまった。
ゾロアの両足が地面に縫い付けられたように動けなくなっていたのだ、それを見てダイはようやく異変に気づいた。
ゾロアの足元、一本の木葉矢が突き刺さっていた。それは地面に
「しまった、【かげぬい】が!」
ジュナイパーがゲンガーと【シャドーボール】を撃ち合ってる間、密かにゾロアの影を木葉矢で撃ち抜いていたのだ。
むしろ、それを隠すためにわざと【シャドーボール】を乱打させていたのだと思い知る。
「その特性は厄介だ、先に始末させてもらう。【アクアジェット】、【とんぼがえり】!」
そこからはまるで電撃のようだった。グソクムシャが水に乗り、動けないゾロアの背中に体当たりを行う。そしてその間隙を縫うようにジュナイパーも滑空し体当たり、反転しグライドの持つボールの中へと戻っていく。二匹の猛攻に曝され、ゾロアは地に倒れ伏す。
歯噛みしながらダイがゾロアをボールに戻す。幸い、ゲンガーはゴーストタイプで【かげぬい】の効果を受けないがそれも影響を受けないと言うだけであって、正面から掛かってこられては元の子もない。
「グソクムシャは"むし・みずタイプ"のポケモン、ならこのままウォーグルで────」
ダイがポケモン図鑑と相談するようにグライドの対策を立てている時だった。
「レディースエーンジェントルメーン!! あ、レディースはいないのか。まぁいいや」
グライドとダイの両者を睥睨する位置にあるビルの屋上から聞き覚えのある声が響く。ダイがそちらに目を向けると、そこにソマリが立っていた。その両脇にはバラル団の女班長と、見知ったケイカが立っているのが見えた。
「おっすおっす、オレンジ色くんさっきぶりだね~!」
「お前ら……おい、みんなをどこへやった! 答えやがれ!!」
煽るソマリにダイが叫んだ。それを受けてソマリがニッと歯を見せて笑った次の瞬間、ケイカとその隣のハートンがずい、と何かを持ち上げる所作をした。
二人が持ち上げたものを見て、ダイは絶句した。
ハートンが掲げているのはアルバだった。全身ボロボロの泥まみれで、意識を失っているようだ。
その隣でケイカが掴んでいたのはリエンだった。彼女は傷こそ見受けられなかったが、アルバと同じように意識を失った状態でケイカに拘束されている、危険に代わりはない。
だがソマリは勿体ぶってそのまま話を進めようとした。だがダイはまだソラの姿を見ていない。
「ソラはどうした!」
「気になる? 気になっちゃう? 気になるよねぇ、男の子だもんねぇ?」
からかうように笑うソマリ。犬歯を剥いて威嚇するダイを見下ろし満を持して、という風にソラを引きずってビルの縁に連れてきた。
遠目、しかも逆光では詳しいことは分からない。だがソラの目は開かれており、意識はあるように見えた。だがその目は虚ろ、唇は何かを常に呟いているようにぱくぱくと動いており、目からは涙が流れ続けている。
「何を、した……?」
ダイが呆然と呟く。常に無表情だったソラ、一緒に旅していても表情豊かとはとても言えなかったソラの変わり果てた姿を見て、ダイは狼狽えた。
その反応を待ってました、とばかりにソマリが饒舌に説明を始めた。
「彼女にはねぇ、とっておきの
「ゆめ……?」
ゆっくりと、拳が握り締められる。ふつふつと心が茹でられているように、熱を帯びていくのを感じる。
「そう! 悪夢! ソラちゃんはねぇ、過去に大事な大事なお父さんとお母さんを殺されちゃったんだよぉ! 皆さんご存知"雪解けの日"にねェ!」
それは初耳だった。当然だ、好き好んで人に話す内容ではない。
「だけどねぇ、寝言ですごい興味深いことを言ってたんだよ彼女、なんて言ったと思う?」
ダイは応えない。ソマリは両手でバツを作り「ぶっぶー、時間切れ~」とおちゃらけてみせる。
「『パパとママを殺したのは私』って言ったんだよ、ソラちゃん! だからねぇ、【ナイトヘッド】でソラちゃん
腹を抱えて笑うソマリ、グライドは部下の下品さに辟易していたのかため息を吐いた。他人の趣味にどうこう言うつもりはないが、些かバラル団の品位を疑われると考えている顔だった。ハートンもケイカはソマリの趣味は理解していたため何も言わない、むしろケイカに至っては興味津々と言った風に聞いていた。
「────ぇ」
その時だ、ダイが俯き加減に呟いた。呟くというよりは、吐き捨てた。
「ん? なんて? 聞こえないよー、もっと大きな声で言っておくれ~」
ソマリが眉を寄せ、わざとらしく耳の横に手を広げてみせる。そして、あろうことか涙を流し続けるソラの頬から目尻に掛けて舌を奔らせた。
舐め取った涙の雫を吟味するその仕草に、ぶつりとダイの中で何かが音を立てて、切れた。
「────ぜってぇ、許さねえええええええええええええええええええッッ!!」
ダイの中に残っていた理性の一滴が、怒りという炎に焼かれて蒸発した。ウォーグルの背に飛び乗り、ビルの壁面を滑るように翔け上がる。
ウォーグルの高度がビルの屋上を抜き去る。今度は見上げる側と見下ろす側が逆転する。見上げる側は、自分を見下ろす顔に修羅が宿っているのを垣間見た。
「【リーフブレード】ッ!」
大鷲の背から飛び降りたダイがジュカインを呼び出し、ソマリを攻撃させる。ジュカインが放った新緑刃の斬撃をソマリは後転で回避する。
「ひゅーっ! あっぶね!」
「お前だけは、絶対に! 絶対、絶対、絶対!! ここで倒すッ!!」
ソマリが軽口を挟もうとする、がそれを許さないほどのジュカインの苛烈な攻め。ハートンとケイカが助力しようとするが、それをウォーグルと、ウォーグルに化けたダイのメタモンが邪魔をする。
「やだなぁ、ちょっとイジメただけじゃん! 大マジになってかっこ悪いぞ、男の子」
「黙れ!! 【リーフストーム】ッ!」
カクレオンを喚び出すソマリ、ソラとの戦いでもそうしたようにカクレオンが口腔に炎を溜め込み、一気に放出。木葉の旋風と火炎放射が正面からぶつかり合う。
タイプ相性で考えれば、当然ほのおタイプであるカクレオンが勝る。だが、木葉の旋風は勢いを増し、横向きの竜巻となると炎を飲み込み逆にかき消してしまう。そのままカクレオンを飲み込み、葉の刃がカクレオンを無数に切り裂く。
だが、
「【だいもんじ】」
無常にも背後から現れた大の字の豪火がジュカインを飲み込み、焼き尽くす。振り返ると、ボーマンダの背からダイを見下ろしているグライドの姿があった。
さらにハートンがバンギラスを、ケイカが赤いギャラドスを呼び出しダイを包囲している。
「っ、くそ……!」
ダイは戦えるゾロア以外のポケモンを自身の周囲に呼び出し、円陣を組ませる。包囲されてる以上、どうにかして脱出する他ない。
だが、撤退する前に一度ソマリのニヤついた顔に一泡吹かせなければ気が済まないとダイは燃えていた。
「【ストーンエッジ】!」
「【ハイドロポンプ】」
「【りゅうのはどう】」
バンギラスが瓦礫を石刃へと研ぎ澄まし、一斉に発射する。その反対側からギャラドスが岩をも砕く水圧のブレスを放つ。
そしてそれを確実にヒットさせるべく、逃げ場を奪うボーマンダの追撃。
対処しきれず、全てのエネルギーがダイとその手持ちのポケモンを巻き込んで爆発する。吹き飛ばされたダイの身体がビルの谷間に投げ出される。
「うわあああああああああああああああああああっっ!」
ビルとビルの壁面がダイの絶叫を反射する。ウォーグルとメタモンがなんとかしてダイを助けようと急降下するが明らかに間に合わない。
字面にぶつかる、逆さまになった状態でダイが目を瞑った。
次の瞬間、何かが自分の足首を掴んでいることに気づいた。頭に来ると思った衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
恐る恐る目を開けるダイ、そして自分の足を掴んでいる者の正体に気づいた。橙色の体躯、尻尾に火を灯した翼竜──リザードン。
「──し、シンジョウさん!」
そのリザードンを駆る者の名を呼ぶ。低空まで高度を下げるとダイを地面に落とすついでにリザードンの背に乗っていたもうひとりの人物も降ろす。
ポニータの尾のように彼女の挙動に合わせて跳ねる長い髪を赤いキャップが束ねている。背中に担いだ大型のリュックサックに詰まったのは夢か、それとも希望か。
「間一髪だったね、ダイくん」
「イリスさん……! 二人共、来てくれたんだ!」
今のダイにとっては、希望そのものだった。イリスはニッと笑ってダイに向かって親指を立てる。リザードンの背に乗ったまま、シンジョウが笑った。
「俺たちだけじゃないぞ」
「……え?」
そう言ってシンジョウが後ろを指差す。ダイがその指に従って振り返ると、もうすぐ茜色に変わりそうな空の下、幾つかの影が降りてくる。
ひこうタイプのポケモン、"ムクホーク"、"ドデカバシ"、"ファイアロー"、"エアームド"に牽引され、その人物たちがダイの周りへと集まった。
「悪い、遅くなった」
真っ先にドデカバシから降りたのはアサツキだった。ヘルメットを被り直し、ダイの隣へと並び立つ。その身に纏う作業服は彼女にとって最高の一張羅。
「お怪我はありませんか?」
続いてファイアローから降りたのはステラだ。駆け寄るなり、ダイの顔に付着した泥をハンカチで拭い取る。心配そうに揺れる瞳は彼女を聖女たらしめる慈愛に満ちていた。
「や、既に派手にやられたみてーだぞ」
最後に、ムクホークに乗ったまま言ったのはシャルムシティジムリーダー、ランタナ。飛行手段のないアサツキとステラをここへ連れてくるため、シャルムシティから急いで飛ばしてきたのだと言う。
VANGUARDの説明回や、ユオンシティの会議で顔を見知っていたが話したことはない。それでもダイたちのピンチに駆けつけてくれたランタナに、ダイは頭が下がる思いだった。
さらにエアームドがその背から二人の人間を投下し、その二人は高度を物ともせずに着地するとすぐさま立ち上がり、ダイの傍へと駆け寄った。
「よくやってくれた」
「あとはボクたちに任せてください」
「アストン、アシュリーさん!」
二人もまた、レニアシティとサンビエタウンの避難誘導を迅速に済ませこの場に馳せ参じた。
全ては先行したダイたちを救うために。柔和な笑みでダイに笑いかけるアストンはこの場において安心感の塊のような存在であった。
「他のジムリーダーは山の中腹で別働隊を叩いている」
「た、たぶんヒードランはそっちにいるはずだ! アサツキさんは、そっちに行った方がいいんじゃ……」
「そうしてぇのは山々だけどよ、そうも言ってられねえだろ」
ヘルメットを目深に被りながらアサツキが言った。その視線の先にはボーマンダの背でポーカーフェイスを貫いているグライドを捉えていた。
「また貴様か、つくづく邪魔をしてくれる」
「いい加減終わりにしたい縁だがな」
グライドがシンジョウへ投げかけた。シンジョウもまた、自嘲を含んで言い返した。
それが合図だった。ジムリーダーが、イリスが、アストンとアシュリーがダイの一歩前に出た。
極めつけの、シンジョウの一言。それは短い一言だった。
しかし、今この場においてそれ以上の言葉は必要ない。
「────行くぞ」
『おう!』
『はい!』
もう間もなく夜の帳が降りるレニアシティで正義と悪の戦い、その第二幕が始まろうとしていた。
うちの子強度実験×ア○ンジャーズ的なノリを組み合わせてごった煮にするスタイル。
今明かされる衝撃の真実、ソラちゃんのご両親はソラちゃんに殺されたらしい。