「前にレニアシティに来た時、バラル団が拠点に使ってたビルがあるんだ。たぶん今回もそこが使われてるはずだ」
「そっか、今はPGも軒並み出払ってるから別の拠点を用意する必要はないんだね」
こっそりと建物の陰を利用しながらダイが以前行ったことのある廃ビルを目指す。
と、その時だった。曲がり角を曲がった瞬間、廃ビルの前に数人のPG警官と思しき制服姿の女性を発見した。
「ちょっと、君たち! 今は避難指示が出てるのよ! 早くロープウェイ乗り場に……あら?」
警官の女性はダイたちの姿を見るなり近づいて避難させようとしたが、ダイがジャージの襟につけられているVGバッジを提示すると大人しくなった。
アルバが一歩前に出て、同じようにバッジを見せて説明を始めた。
「僕たちVANGUARDです。避難誘導でPGが出払ってると聞いて、応援に来たんです。この先にバラル団が潜伏してるかもしれない廃ビルがあるらしくて」
「そうだったの、私は今避難出来てない人がいないか確認していたんだけれど、そういうことならあなた達に協力するわ。そこまで連れて行ってちょうだい」
現地で味方が出来るのはありがたい、ダイたち四人は警官の女性を引き連れて廃ビルへと訪れた。前回も訪れた時とは違い、正面玄関は空いていた。
警官の女性を先頭に建物へ突入しようとした時だった。ソラが前三人の上着の裾を引っ張った。
「どうした、ソラ?」
「一つ、聞いてもいい」
そう言うとソラは振り返り、後ろの誰もいない空間目掛けて突然話しかけた。
「あなたはいつまでそうしてるの」
ソラがピッ、となにもない空間を指さしていた。否、何も無くはなかった。そこには
そのギザギザはソラに指さされると、まるで「ギクッ」といった風にビクリと跳ねた。加えてソラは振り返り、玄関の戸に手を掛けた警官の女性にも指を向けた。
「あと、さっきから音楽がさわさわして、心が楽しそう。それはどうして」
追求の視線を向けるソラ。警官の女性はその問いには答えなかった。返答の代わりとして、背後から細長い何かがギザギザの上から襲いかかってくる。
それからソラを庇うようにアルバが飛び出し、モンスターボールからエースを喚び出す。
「ルカリオ! 引きずり出せ!」
現れたルカリオが地面を穿ち、その飛礫をギザギザ目掛けて撃ち出す。連続で飛礫の雨に曝されたギザギザは遂にその正体を現した。
全身が顕になると、その正体をポケモン図鑑が認識する。
「"カクレオン"! まさか……」
潜伏者の正体に気づいたアルバが振り向いた。すると先程までドアノブに手を掛けていた警官の女性はいなくなっており、代わりにそこには灰色の装束を纏った女性が立っていた。
フーセンガムを膨らまし、パチンとそれを割る。舌舐めずりをするように唇の周りに纏わりつくガムを咥え直すその仕草は妖艶そのものであった。
「あーあ、バレちゃった。やぁハチマキくん、"ハルザイナの森"以来だね? 私のこと、覚えてる?」
「忘れるもんか!」
「そっかそっか、ちゃんと覚えててくれたか! やぁうれしーなぁ、私だけきっちり覚えてるってのも、なんかムカつくからさぁ~」
音を立ててガムを噛むその女性はアルバを知っているようだった。アルバもまた、彼女を忘れるわけがないと牙を剥いた。
「知ってるヤツか……?」
「ダイと会う前、リザイナシティで戦ったヤツなんだ……! 名前は──」
アルバがダイに彼女の名を言おうとした時だった。再びカクレオンが姿を消し、ルカリオを撹乱するとアルバ目掛けて襲いかかった。
「ダメダメ、マリーちゃんは自分で自己紹介する派なんだから。あ、言っちゃった。まぁいいか、バラル団のソマリちゃんでーす! よろしくね、オレンジ色の君! 呼び方は好きにしていいよ」
まるで覇気が無い振る舞いだったが、それが返ってプレッシャーを生み出していた。仮にも四人相手にしながら、なぜああも楽観的でいられるのか。
それにしても、と警官の女性改めバラル団の女性──ソマリはソラに視線を向ける。
「なぁんで分かったのかなぁ。参考までに教えてもらってもいい? 音楽とかなんとか言ってたけど」
ソマリが笑顔で問いかけるが、ソラは歯牙に掛けない。すぐさま"マラカッチ"を呼び出し【ミサイルばり】でソマリに狙いを付けた。その場から飛び退き回避するソマリ、代わりに彼女が手をかけていたガラス張りの扉が粉々に砕かれた。
「まぁおっかない子。見た目は良いのに。もっと笑顔でお話しよーよ」
「興味ない」
「あっそ、そりゃあ残念」
マラカッチの攻撃を避けながら大仰なジェスチャーで肩を竦めてみせるソマリ。しかし次の瞬間、カクレオンとは別のポケモンを呼び出した。
「ハチマキくんは知ってるよね? 私の相棒」
「"メタモン"……!」
奇しくもダイが連れているのと同じ種のポケモン、メタモンだった。場に出てくるなりメタモンはうねうねと身体を次々に変化させる。
「さぁ問題でーす! このメタモンは今から何に化けるでしょーか?」
歯を見せて笑うソマリ。その時、直感でそれをさせてはいけないと悟ったダイがモンスターボールを投げる。
「ゾロア! 【バークアウト】!」
「うおっと、良い勘してるじゃん。正解は"ユンゲラー"でしたぁ、以前リザイナシティのメガネが使ってたのを覚えてたんだよね」
ユンゲラーに化けるメタモン、それはダイにとってデジャヴを呼び出した。以前、自分も全く同じ手を使ったことがあるからだ。
まだ姿が変わりきっていないメタモン目掛け、ゾロアが咆哮をぶつけた。ゾワゾワとメタモンの身体が震え、後退する。
「じゃあ続いての問題です、ジャジャン! このユンゲラーに化けたメタモンは一体どんな技を使うでしょーか?」
ソマリの言葉通り、メタモンは手のひらにサイコパワーを練り上げる。どんな攻撃が来ても大丈夫なように、全員がそれに備えた。
「ブッブー、時間切れ~!」
顔だけで見ればキマワリのように屈託の無い笑みのまま、腕を交差させて☓を作るソマリ。
「じゃあ答え合わせの時間だよ」
その声音は今までの陽気さからは考えられないほど低く、メタモンのサイコパワーと共に放たれた。
目を眩ませるほどの閃光の後、ダイは周囲を見渡す。
────
アルバも、リエンも、ソラも、ソマリさえもいなくなっていた。ゴーストタウンのレニアシティにぽつんと一人取り残されたのだ。
まるで世界に自分一人しか人間がいなくなってしまったかのような、不安と虚無感が押し寄せる。
「っ、アルバ! リエン! ソラ! どこだ!?」
『心配しなくても大丈夫だよ、メタモンの【テレポート】で一人ずつこの街のどこかに飛ばしただけだから~』
ダイが叫んだ直後、どこからかソマリの声が響いてくる。ダイが周囲を見渡しているのを確認できるところにいるのか、ソマリの高笑いがビルの街に反響する。
『ハハハハハ! お友達はねぇ、私含め三人の班長が一人ずつ相手して徹底的に潰していくんでぇ、それを止めたかったら必死に探し回るのもいいと思うよ!』
反響する下卑た笑い声にダイが歯噛みする。ライブキャスターで全員にコールを掛けるも、当然のように繋がらない。ダイは手持ちのポケモンの中で一番鼻の利くゾロアを肩に乗せ走り出した。
三人が【テレポート】で飛ばされたのは屋外なのか、それとも屋内なのか。それさえも分からない。
『──出来るもんならね』
その不穏な言葉を最後に、ぶつりと音を立てて不快な音は聞こえなくなった。どうやらソマリの方でマイクかなにかを切断したらしい。
ダイは一度来たことがあるという経験を活かし、レニアシティの地図を頭の中に浮上させる。山頂に拓かれた街、それほど広くはないこの街でバトルをするのに向いている場所といえば数少ない。
「まずは、レニアシティジムに……」
行こう、そう言ってゾロアと走り出そうとした時だった。やけに空が明るい気がした、というのも見下ろす影が
「【りゅうせいぐん】」
振り返り、空を仰ぐとそこには無数の星が極大の光を放ちながら、徐々に落下を始めていた。ゆっくりに見えたそれは近づくほど速度を上げていき、
「────ッ、やばい!!」
やがて、隕石のように降り注ぎダイの隣に立つビルを次々に破壊していく。一発の星がビルに当たる度、凄まじい衝撃がダイの身体を襲う。
まるで風に吹かれたちり紙か何かのように空中に投げ出されるダイの身体。ぐるぐると回る視界の中でダイが目にしたのは、翼竜の背に乗った男。
星を数えるように、その男は言った。
「──喜べ、これは栄えある名誉である」
だが星を数えるには些か、声音が冷たすぎた。男は地面に転がるダイを睥睨し、さらに言った。
「バラル団の仇敵と認め、私──バラル団幹部の席を預かるこのグライド手ずから引導を渡してやる」
吹き荒れる爆風の中、金髪の髪を揺らし、灰色に濁った瞳にダイを捉えながら男──バラル団のグライドは言い切った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
メタモンが放ったサイコパワーの眩しさに目を瞑り、目を開けた次の瞬間にはアルバの目の前に広がる景色は全く違うものだった。
昼間だと言うのに薄暗い空間、足場は岩場のように露出しておりそこだけ屋外のような雰囲気を醸し出している。
「レニアシティの、ポケモンジム!」
「大正解」
突如闇の中から響く声、アルバが周囲を警戒するとスポットライトが二十メートル先の空間を照らしあげる。そこにはまたしてもバラル団の班長服を身に纏った女性が立っていた。
フードを捲りあげたそのバラル団員の女班長はニッと笑うと自身の対角線上向けて指を指し、アルバを促した。
「さぁ、立ちなよ
「悪党がジムリーダーの真似事か!」
「好きでしょう、ポケモンバトル。そういう匂いがプンプンしてるよ」
アルバはドアノブを捻るが、どういうわけか内側からも扉が開かない。ここを脱出するには、このバトルを制するしか無いと直感で悟った。
チャレンジャーサークルに入り、バラル団の女班長と対峙する。姿勢を低く維持し、ルカリオとブースターを喚び出す。
「オーケー"ダブルバトル"だね、受けて立つよ。アタシの名前はハートン。よろしく、ハチマキの君」
バラル団の女班長──ハートンはアルバに合わせて二つ持ったモンスターボールをリリースする。
一匹は二頭の頭を持つくびながポケモンの"キリンリキ"、そしてもう一方はアルバの見たことの無いポケモンだった。素早くポケモン図鑑を取り出し、そのポケモンを読み取る。
四足歩行、鶏冠のようにも見える独特の鬣が鮮やかな色を放つ四足歩行のポケモン。その名は、
「──"シルヴァディ"! 不思議な特性で、タイプが変わるポケモン!」
「初見でそれを見抜かれるとは少々厄介だね! でも、今のタイプが分かるかな! 【いわなだれ】!」
先に動いたのはハートンだった。シルヴァディが咆哮するとジムの足場が何かで切り抜かれたように浮かび上がり、粉々に砕けて飛散する。さらにキリンリキが【サイコキネシス】で瓦礫を思いのままに操り、ブースターを狙い撃つように放つ。しかしブースターはひとまず【でんこうせっか】で回避に専念し、避けきれないような瓦礫はルカリオが対処する。
「いわタイプの技……! それなら【ラスターカノン】だ!」
素早くルカリオが動く。ジグザグの軌道でキリンリキが操る瓦礫を回避し、シルヴァディの懐へと飛び込んだ。そのまま鈍色のエネルギーを拳に纏わせ、発勁と共に繰り出した。
鋼鉄の波動が照射され、シルヴァディを襲う。しかしシルヴァディの身体を貫通してなお、ダメージを負った様子はない。効果は今ひとつのようであった。
「続けて【ほのおのキバ】!」
ルカリオの背後を着いて走っていたブースターがルカリオと入れ替わるようにシルヴァディに食らいつく。燃え盛る牙がシルヴァディの肉体を焼く、がこれすらも効果が今ひとつの様子。
「はがねタイプとほのおタイプの技が効かないなら、そのタイプは一つ!」
「賢いね! まずは【ラスターカノン】でおおよそのタイプに見切りをつけたってところか! 【マルチアタック】!」
シルヴァディが淡い水色の光を帯びてブースター目掛けて突進する。攻撃直後ということもあり、回避出来ずに直撃する。今までのアルバ側の攻撃とは打って変わり、その攻撃はブースターにとって効果抜群だった。
これで確信する。今のシルヴァディのタイプはみずタイプである、と。思えば、先に手持ちを見せたのはアルバだ、後から"ウォーターメモリ"を持たせてブースター対策を取ることも十分可能だ。
「畳み掛けな、キリンリキ【しねんのずつき】!」
「反撃だ、【ニトロチャージ】!」
サポートに徹していたキリンリキをも前衛に出させるハートン。キリンリキはサイコパワーを頭と尻尾、即ち両方の頭に纏わせてブースター目掛けて突っ込む。
一方、ブースターも自身で吐いた炎を纏いながら【でんこうせっか】と見紛う速度でキリンリキへと体当りする。キリンリキが衝突のダメージを回転することで受け流し、尻尾の先の頭を再び叩きつけることで二度ブースターを攻撃する。
が、
「そっちは通さない! 【バレットパンチ】!」
素早く間に割って入ったルカリオが尻尾での頭突きを防御、そのまま背中を向けているキリンリキ目掛けて神速の乱打を行う。
当然防御などする暇も無く、キリンリキに攻撃が全てヒットする。
「そのままもう一度【ほのおのキバ】だ!」
ルカリオが作った絶好のチャンスを逃すまいとブースターがキリンリキの尻尾に噛み付いた。そのまま炎を噴き、キリンリキを攻撃する。
キリンリキはエスパータイプ、即ち防御値が平均を下回っていることをアルバはトレーナー向け通信講座と、カイドウとの戦いを経て知っている。
二匹による攻撃が終了し、ルカリオとブースターは一度距離を取った。キリンリキは顔を顰めながら膝を突いていた。
と、その時だった。今まで対峙してきたバラル団の中では比較的明るく、快活に思えていたハートンの表情が一変していたのだ。
「──"やけど"程度でヘバッてんじゃねえよ! 立て!」
怒号とも呼べる叱咤、もはや叱責の域に達したそれを耳にして、アルバは驚愕した。しかしそれを受けてキリンリキは立ち上がったのだ。
「シルヴァディ! 【マルチアタック】!」
「ルカリオ! 前に出て、ブースターを護るんだ!」
再度エネルギーを纏った突進を放ってくるシルヴァディ、アルバの指示通りブースターを護るため前に出て腕を交差させるルカリオ。
次の瞬間、ハートンは獰猛に牙を剥いて笑んだ。
「──それを待っていたッ!」
「なっ!?」
瞬間、シルヴァディの鬣と目の色が変わる。今まで群青色だったそれが、まさにレニアシティジムの足場と同じ土色に変わったのだ。
当然【マルチアタック】でシルヴァディが纏うオーラの色も変わる。それはルカリオが防御するにはあまりにも強烈過ぎた。
「じめんタイプの【マルチアタック】! でも、なんで!」
言ってから気づく。視界端で再度サポートに徹していたキリンリキが口に何かを咥えている。それが先程までシルヴァディが持っていた"ウォーターメモリ"だということに。
今まで何度も目にしてきた技【トリック】で、キリンリキは予め持っていた"グラウンドメモリ"をシルヴァディのものとすり替えたのだ。
しかも、じめんタイプは現状アルバの手持ち全てに有効打を与えることが出来るタイプだ。
みずタイプになることでルカリオのはがねタイプ、ブースターのほのおタイプによる攻撃のダメージを最小限に抑え、攻撃時に再びメモリを入れ替えることでじめんタイプになり、一気に攻め立てる。
さらに攻守のたびに【トリック】でメモリを入れ替えられてしまったら、アルバはいつまで立っても有効打を与えられないことになる。
「強い……!」
「ダブルバトルを選んだのが運の尽きだったねェ! シングルなら、まだマトモにやれただろうさ!」
「まだ、まだわからないよ!」
拳を握り締めて、アルバがハートンを睨みつける。その瞳の闘志はまだ燃え尽きていなかった。
このサイクルを崩す手段が確実に存在する。そしてそれは目の前にある、それを見落とさなければまだ負けていない。
アルバは極めて集中して状況を見極めた。最善の手を見つけ、その道を進むことで勝機を手繰り寄せる。
「ルカリオ! 【バレットパンチ】!」
「性懲りもなく! シルヴァディ、受け止めな!」
再びキリンリキが【トリック】でシルヴァディのメモリを入れ替える。鬣の色が再び群青に染まった瞬間、ルカリオの鋼鉄の拳がシルヴァディのボディを直撃する。当然、ダメージは極小だ。
「もう一度!」
ルカリオは下がらない。再度シルヴァディ目掛けて神速の乱打を繰り出す。しかし何度やっても、ダメージは蓄積されるが大したことはない。
ハートンが露骨に不快感を顕にする。彼女の精神性が垣間見えた瞬間だった。
「ヤケになって勝負を投げたか、思ったよりもつまんねぇヤツだったな……これならオレンジ色の方がまだマシだったか?」
アルバは応えない。ただひたすらに【バレットパンチ】でシルヴァディを攻撃させている。しかし相手の出方を封じるほどの速度で攻撃を続けていれば、いずれスタミナが切れ動きが鈍重になりだす。
「まずはそのルカリオから潰してやる! キリンリキ!」
来た、アルバは全神経を集中させた。ハートンの指示通り、キリンリキが再度サイコパワーで咥えているメモリをシルヴァディに受け渡した、この瞬間。
「今だ! ブースター! 【フレアドライブ】!」
キリンリキが動作を終了したこの隙を利用して、ブースターが極大の炎を纏って突進を繰り出す。その小さな足が地を蹴るたびに速度を増していき、キリンリキに接敵する瞬間などはもはや弾頭のそれに匹敵する勢いだった。凄まじい爆音を鳴らしながらキリンリキを吹き飛ばすブースター。自分もダメージは受けるが、キリンリキはそのまま昏倒し戦闘不能になる。
「攻めてくる瞬間! シルヴァディがじめんタイプになるとき、キリンリキは【トリック】に意識を集中させる。そこに特大の一撃を喰らわせるのが僕の狙い!」
「だが、シルヴァディをじめんタイプにしたのは間違いだったね! みずタイプなら少なくとも攻めあぐねるだけでルカリオが弱点攻撃を食らうことはなかった」
ハートンの言うことは尤もだ。ルカリオとブースター、どちらに対しても有利を取れるじめんタイプであるシルヴァディを残してしまった。が、それもまたアルバの狙い通りだった。
アルバは弱点攻撃を食らうリスクよりも、攻めあぐねてジリ貧になる方がハイリスクだと判断したのだ。
故に、
「行こう、みんなが待ってる」
コクリ、ルカリオが頷いた。ブースターは今、ルカリオに時間が必要であることを察しシルヴァディを牽制する。
アルバの左手の甲、キーストーンが眩い光を放った。それがルカリオの持つメガストーンに伝播し、二人の間に虹色のパスが生まれる。
「
キーストーンを強く叩き、握り締めた拳を天高く突き上げた。ルカリオが凄まじい突風の中、光の繭に包まれる。
そして突風ごと繭を散らし、中からメガルカリオの姿を以て再誕する。光が止んだ瞬間、ハートンは自らの頬を伝う汗を無視できなかった。
「──懐に!」
「──飛び込ませるか! シルヴァディ!」
シルヴァディが地を蹴った。繰り出される土色のオーラを纏った突進が道を塞ぐブースターを薙ぎ払い、そのままルカリオを襲う。
「【マルチアタック】!」
「【インファイト】だァァァァ──ーッ!!」
頭部に力を込め、渾身の頭突きを放とうとするシルヴァディ。インパクトの瞬間、最も大きなダメージを与えるためグッと足に力を込めた。
だが踏み込んだ瞬間、懐に飛び込んだルカリオが同じく渾身の一撃をシルヴァディの胴体へ叩き込む。地面を踏みしめる、そのたった一瞬でリズムを崩されたシルヴァディはレニアシティジムの足場を抉りながらハートンの足元まで吹き飛ばされた。
「一撃、だとッ……!? いや、違う!」
ハートンが疑ったのは最初にシルヴァディが跳ね飛ばしたブースターだ。幾度となく弱点タイプの【マルチアタック】を喰らってしまい、既に満身創痍だったがそれこそがブースターが自ら下した判断。
「【てだすけ】で、ルカリオの一撃を確実なものにした、のか……!」
どの攻撃にも、一番効率的にダメージを与えるためのリズムがある。突進なら接触の瞬間に強く地を踏みしめるタイミングが必ず存在する。そのリズムをブースターは自らを防壁とすることで崩し、さらに【てだすけ】でルカリオの【インファイト】をさらに強化したのだ。
「これで2対0、僕の勝ちだ! ここを通してもらうよ!」
大きくアルバが咆える。ハートンは戦闘不能になった二匹をボールに戻し、ジッとアルバの目を見据える。
「確かに、
そう言うとハートンはさらに二つのモンスターボールを投げた。飛び出してくるなり、ジムの中に不可思議な砂塵が舞い散る。
防塵ゴーグルを持たないアルバが目を開けていられないほどの勢いで吹き荒れる砂嵐に思わず顔を顰めた。
「なにを!」
「ふふ、アタシはアンタが指定したダブルバトルのルールに則っただけで
そう、ハートンの手持ちポケモンは六体、つまりフルメンバーである。対するアルバの手持ちポケモンは今フィールドに出ている二匹のみ。
使うポケモンに制限などないこの戦い、アルバは最初から不利を強いられていたのだ。
「卑怯とでも、なんとでも言うがいいよ、アタシたちは悪党だからさぁ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダイがグライド、アルバがハートンと戦闘を始めたのと同じ頃、リエンはレニアシティの数少ない遊興施設に移動させられていた。
見れば周りはコースに沿った水が張られている、市民プールのエリアだった。リエンは即座にモンスターボールからヌマクローを呼び出した。なんにせ、このエリアは水が多い、自分にとって有利に戦える場所だ。
ビビビっとヌマクローのヒレが動く。振動を感知したのだ、そしてそれはリエンの背後。流れるプールの中からであった。
次の瞬間、ざざんと音を立ててリエンの背後の水が噴き上がった。否、その中にいたポケモンが自ら飛び出た音だったのだ。それは紅のきょうあくポケモン"ギャラドス"。
ギャラドスは身体を振り回し、弧を描いた尻尾でリエンごとヌマクローを薙ぎ払おうとした。
「【カウンター】!」
が、事前に
プールサイドの上をのたくるう大蛇のようにギャラドスが暴れまわり、やがて体勢を立て直す。
その頭の上にいたのは、小柄な少女。ギャラドスと一緒にプールに隠れていたせいでそのフードも前髪もぼたぼたと水滴を零していた。
「──お姉さん、久しぶり」
薄っすらと笑いを浮かべるその口元にリエンは見覚えがあった。そもそも、あの赤いギャラドスを見るのもこれで三度目になる。そしてその上の少女とは四度目の邂逅を果たしてしまった。
バラル団暗部班長のケイカだ。ラジエスシティでわずかに相見えたきり、およそ一ヶ月後の早い再会であった。
「服、濡れてるよ」
「心配してくれるの? お姉さん、優しいな」
刹那、ギャラドスが【だいもんじ】を放つ。が、ヌマクローはそれを【マッドショット】で散らしてしまう。焼かれた泥が砂となり、プールサイドに撒かれる。
「心配じゃないよ。正しくは忠告、かな」
静かにリエンが言い放った。雫を滴らせながら、ケイカが首を横に捻った。
「……へぇ?」
「風邪、引いちゃうかもしれないからね」
異変はその直後に起きた。ビキビキと音を立てて、流れるプールが固形へと変わっていった。ケイカが周囲を見渡していると、フードの先端から溢れた水滴が空中で氷になって地面へぽとりと落下し、地熱でジワリと溶け出した。
見れば、リエンの足元にはグレイシアがいた。全身から冷気を迸らせ、このプール全域を凍らせてしまったのだ。
寒さにケイカが震え上がりながら、歯を見せてキシシと不気味に笑った。
「──じゃあ、アタシがやっちまってもいいんだな! ケイカ!」
瞬間、凍りかけていたフードを捲りあげ前髪をかきあげたケイカ。彼女の中でマインドセットが完了し、獰猛な方の人格のケイカが顔を見せる。
しかしリエンはそれを知っている。さらに一度敗北を喫した相手、ただあの時はまだ旅立ったばかり。戦い方のいろはも知らないような状態だった。
今は違う、
「【だいもんじ】ィ!」
「【れいとうビーム】!」
再び豪火を放つギャラドスに、グレイシアとミズが揃って凍結光線を撃ち出す。二つのエネルギーが衝突した瞬間、炎はかき消され氷は蒸気となって周囲へと拡がる。
いける、今なら一対一でケイカと渡り合えると、リエンは確信した。
「マルチバトルが好みなのかい?」
「別にそういうわけじゃないけど」
「じゃあアタシも作法に則らねえとな! "サメハダー"!」
モンスターボールから現れるサメハダー。これもクシェルシティでは苦労させられた記憶が蘇る。
しかしリエンは物怖じしない、冷え冷えとした眼で冷静に状況を把握する。ポケモンたちもリエンの観察眼を信じている。
ポケモン図鑑を託され、"見定める者"として認められた彼女のその眼を、だ。
「【アクアジェット】!」
「ヌマクロー、受け止めてから【どろばくだん】!」
発射された水に乗り、サメハダーが素早くヌマクローへ迫る。リエンの指示通り、ヌマクローが両手でサメハダーの突進を受け止めた。ざらつく鮫肌で多少傷つくが、ヌマクローはその程度の怪我を気にしたりなどしない。そのままサメハダーの顔目掛けて【どろばくだん】を発射する。視界を覆うほどの泥を喰らい、後退するサメハダー。
「追撃だよ、【いわくだき】!」
下がろうとするサメハダー目掛けてヌマクローがその腕を振り下ろした。繰り出された手刀は回避され、ヌマクローの手はプールサイドのアスファルトを砕く。
「ギャラドス! 【りゅうのまい】だ!」
「ならグレイシアは【こおりのつぶて】を、ミズは【あやしいかぜ】!」
その場をジャンプしたヌマクローが凍らせた流れるプールの氷を砕き、氷の瓦礫を作り出す。それをグレイシアが研ぎ澄まし、鋭い氷の氷柱に仕立て上げるとミズの放つ【あやしいかぜ】に乗せて全弾発射する。
【りゅうのまい】で自身の能力を高めようとしていたギャラドスを【こおりのつぶて】と【あやしいかぜ】が集中的に狙う。
全てが炸裂し、たまらず地に倒れ伏すギャラドス。戦えないことはないだろうが、リエンがポケモン図鑑でスキャンしたギャラドスの体力はゲージで見れば中域を下回った。
「行かせてくれると嬉しいんだけど」
「つれねえこと言うなよな、アタシはまだ────」
ギャラドスを一度ボールに戻し、もう一つのモンスターボールを取り出すケイカ。ギャラドスでの大暴れを好む彼女がギャラドスを戻すのが意外で、リエンは眉をピクリと動かした。
「──遊びたりねぇ! "ミカルゲ"!」
それは見たことのないポケモンだった。モンスターボールから出てきた石のようなものがゴトリ、と音を立ててプールサイドに降り立った。
かと思えば、そこから吹き出る何かがそのままポケモンとして生を受けたかのようにリエンを睨みつけた。
「サメハダー! 撹乱しろ!」
言われた通りにサメハダーが【アクアジェット】で誰彼構わず攻撃を行う。ヌマクローが対処しようとするが、そのときには既にグレイシアへと標的を変えその場を飛び去った。
次にリエン、ミズ、ヌマクロー、グレイシアを取り囲むように高速で移動し後退を封じたサメハダー。リエンがなんとかサメハダーの動きを見極めようとしたその時だった。
不意に身体が動かなくなった。それはどうやら他のポケモンたちも同じようで、表情に焦りが見えた。
なんとかリエンが顔を正面に向けた時だ。目の前、それも手を伸ばせば届くほどの距離に、ケイカのミカルゲが迫っていた。
ミカルゲの【かなしばり】だ、と悟った時にはもう遅かった。
「しまっ────」
「【さいみんじゅつ】」
ミカルゲの身体を構成するオーラのようなものが渦を作り、リエンはそれを直視してしまった。抗おうにも、既に瞼は重く焦点も定まらなくなっていた。
ふ、と足から力が抜け、リエンはまるでベッドに吸い込まれるようにアスファルトに倒れ込んでしまった。
「作戦、成功」
眠ってしまったリエンの頬を指でなぞりながら、前髪を垂らしたケイカが薄気味悪く笑った。