ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSチルタリス 晴天に穿つ黒

 ユオン鉄鉱山でのヒードラン争奪戦の後、飛行船で逃げたワースの一味はテルス山の一角に飛行船を下ろす。タラップを下ろすと、その先にあるテントから人影が現れた。

 

「ご苦労」

 

 言葉だけで心の伴わない労いを掛けるのはバラル団のNo.2、グライド。タラップから降りたワースは適当にそれをあしらうと、熱を帯びたヘビーボールをグライドの手に渡した。

 

「これで計画は第三段階に移行できる」

「そのためにわざわざ俺を動かしやがって、高くつくぞ」

 

 グライドに不満げな視線を送るワース。そもそも彼は幹部でありながら会計を任されている身である。その役職を好とするのは、ひとえに現場に出る実働を好まないためだ。

 ただし、逆に彼を実働させることによる実益は大きい。良くも悪くも組織で動いているという自覚が薄いワースは人の目を欺くのに長けている。従ってPGであってもバラル団の幹部会の中でワースの顔だけ知らないのだ。

 

 尤もそれも終わりを告げた。多くの目撃者を作った、恐らく戦闘記録から顔の特定もされることだろう。

 

「それにしても、本当にあるもんかね。この山のどこかに」

「ある」

 

 断言するグライド。バラル団の目的、その第三段階とはこのテルス山の内部、天然の迷路が続くどこかにあるとされる()()の発見だ。

 

 それはラフエル英雄譚にも記されている伝説の()。白と黒、二つの珠からなる時間の流れが違う生きた空間。

 ただ穴が掘れるポケモンではなく、ヒードランで無くてはならない理由がそこにある。存在するだけで大地の力を操るヒードランの力を以てテルス山全体を暖め続け、熱の変わらない空間を探し出すこと。

 

「"対極の寝床"か」

「そうだ、かの英雄ラフエルが終わった後、伝説に名を連ねるポケモンが眠りについた場所。そこが我々の到達すべき肉体的な到達点だ」

「眉唾モンだと思うがな……そう目だけでカッカするな」

 

 無言で睨みつけるグライドにワースは降参の意を示しながらタバコに火をつける。

 

「ところで、ヒードランの奪還は首尾よく行ったのか」

「それがな、お前がご執心のオレンジ色のガキに出くわしたぜ」

 

 その言葉が引き金だった。グライドが眉根を寄せ、ゆっくりとワースの方に振り向いた。

 

「それで、どうした?」

「逃げるのが精一杯だったつったらお前怒るだろ」

「当たり前だ!」

 

 否、それはもはや激昂と呼べるものだった。グライドがワースの胸ぐらを掴む。

 

「なぜ処分しなかった……? よもや貴様ほどの男が、逃げるだけで精一杯など……手を抜いたな」

「いいや。なんせ俺は手持ちを全部見せちまった。だがヒードランの確保には成功していたわけだし、これ以上手の内を見せたら俺としちゃあ破産もいいとこよ。その上、万が一捕まってたらそれこそ、お前の大事な大事な計画が()()()ってね」

 

 胸ぐらを掴まれながらも飄々とグライドをからかうワース。破産と破算を掛けたジョークのつもりだったが、グライドはさらに機嫌を損ねた。そもそも彼はワースのこういう肝心な時に限って冗談で誤魔化す姿勢が好きではなかった。

 

「……よい、確かに計画のためにもヒードランは必須だった。それを死守したのであれば、不問とする」

「グライド様はご寛容ですねぇ、ありがたやっと」

「ふざけている場合ではない。早速ヒードランを山に突入させる、今彼のトレーナーはお前だ。指揮もお前に任せる」

「へぇ? それじゃあお前は?」

 

 ワースの胸元から手を離し、グライドがテルス山を見上げた。

 

「このまま山を熱し続ければ、レニアシティは住民に避難指示を出すだろう。ゴーストタウンになったところに、ヤツは現れるはずだ」

 

「……ほぉ、そんじゃあまさか」

 

 タバコの先端が灰となってはらりと落ちる。そして橙の光を放っていた灰はやがて命を全て燃やしきったかのようにふと、消える。

 

 

「あぁ、私自ら出る。そして我々の、あの御方の邪魔をする無粋な小僧をこの手で捻り潰す」

 

 

 感情を捨てた男がそう呟く。曇天は今にも哭き出しそうであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ヒードラン争奪戦から数日後、ユオンシティにいたダイたち一行はカヤバ鉄工に顔を出していた。

 アサツキたち作業員は出来ることを出来る内に作業を進めようとピッチを上げていた。

 

 それもそのはず、ヒードランが奪われてからユオンシティははっきりと分かるほど気候を変えた。

 四人組の存在に気づくとアサツキは手を軽く挙げて、一度だけ長く笛を吹いた。作業員たちはその笛に応じた行動を取る、今のは作業中断、休憩の合図だった。

 

「チビっ子たちは、どうだった」

「元気そうでしたよ、ボルトが二の腕、ネジが脚に火傷を負って、ナットは脱水症状。けど暫く様子見したら退院出来るそうです」

「そうか……悪いな、アイツらの親もここの従業員でな、まとまった時間取らせてやれなくてよ」

 

 バツが悪そうにしているアサツキ。どちらかと言うと子供が入院しているにも関わらず見舞いにも行かせられない方を気にしているみたいだった。

 

「それにしても、やっぱり暗いですね」

「あぁ、出来るだけ今ある電気を節約しておかないといけねぇからな……」

 

 アサツキの言う通り、ユオンシティの地熱による発電力は以前よりも大幅に低下した。東の街ということもあり、次点で効果が見込めそうな太陽光による発電システムの増築が急がれているが、やはりそれでも地熱発電に勝ることはないだろうと業者は語っていた。

 

「そういや、そろそろ時間だったな」

 

 そう言うとアサツキは遠くで従業員と話をしている工場長、即ち父親に話をつけ少しだけ現場を離れることを伝えた。

 そして普段は会議室として使われている長机のある二階の部屋へと移動する。そこには大きなモニターがあり、その画面は六つに分割された窓があった。それらに全てジムリーダーが映されていた。レニアシティジム、カエンの窓だけは繋がっていなかったが、どうやら今はクシェルシティにいるらしくサザンカの後ろにその姿が確認できた。

 

『やっほー! ダイにーちゃん! ウォーグルは元気!?』

「あれ、お前ウォーグルのこと知ってるのか」

『アイラねーちゃんがユオンシティに向かわせるの見てたからね! ダイにーちゃんに久しぶりに会えるって、喜んで飛んでった!』

 

 どうやらアイラとも仲良くやってるらしい。ダイはボールの中で笑うウォーグルに目配せし、少し顔を綻ばせた。

 

「んんっ、話進めていいか?」

『そうだった、ごめんアサツキねーちゃん』

「前に言った通り、ユオンシティのヒードランがバラル団に奪われちまった。だけど奴らの逃げた先が分かったから、共有するぞ」

 

 アサツキが議題を提示すると、ジムリーダーたちが頷く。慣れない手付きでパソコンを操作するアサツキ。ケーブルで繋がったソラのポケモン図鑑の分布図がそれぞれの画面に転送される。

 赤く点滅する光、即ち発信機の位置は四日ほど前からテルス山の中腹から動いていない。

 

「動かないところを見ると、やっぱり発信機はあの飛行船にくっついたっぽいな」

「人物やポケモンならこうは行かないしね」

 

 ダイとアルバが顔を見合わせる。本来ならポケモンのことを調べるために使うべきだが、こういった機能ばかりが有効活用されてしまい遠くのヒヒノキ博士に少し申し訳ない気持ちになる二人であった。

 

『それで、ユオンシティは大丈夫なのか。地熱発電がストップしたと聞いている』

「あぁ、今太陽光発電に切り替えられるかどうかってところだ」

 

 横槍を入れたのはカイドウだった。彼がそういう安否の確認を取るというのが少々意外で、会話しながらもアサツキは彼という人間を見直した。

 

『ならいい。次の議題に移るぞ。バラル団の目的、その考察。各自知ってることを話せ』

 

 それを皮切りに、サザンカからバラル団との戦闘記録を話す。困ったことに、バラル団と戦ったジムリーダーの近くにダイたちはいたため、その情報を補足することが出来た。

 さらにダイもバラル団と一緒に拘置所に入れられていた時の話や、そのきっかけになったレニアシティで知った情報を教えた。バラル団の強襲班がカエンの拉致を目的に動いていたことを話すとカエンは心底驚いていた。

 

『なるほど、思いの外情報が集まるな。次に奴らがヒードランを奪った理由だが……』

「……オレには見当もつかねえ」

『だろうな、頭脳労働は相変わらず苦手なようだ』

「うっせぇな! やっぱお前イヤミなヤツ!」

 

 一瞬カイドウのことを見直したアサツキであったがやはりカイドウはカイドウであった。声を荒らげてそっぽを向くアサツキ。

 

『やることは変わらん。要は奴らの目的が"初めからヒードランが目的だった"のか、"ヒードランを使って何かをすること"なのか突き止めればいい。まぁ俺は後者の確率が高いと睨んでいる』

「それって違うのか?」

『大きく違うぞ、前者の場合ヒードランである意味が薄い。強力なポケモンを手に入れるだけならヒードランなどという、わざわざ街一つをまるごと敵に回すような危険な相手に挑むメリットはない』

 

 確かにそうだ、とダイが頷いた。一度伝説のポケモンを従えるイズロードと交戦したことがあるため、先入観に囚われてしまっていたのだ。

 

『では、ヒードランがいなくなってしまったことで起きる事柄が、バラル団の人たちにとって都合がいいということでしょうか?』

『その線で一度考察を進めるぞ』

 

 ステラの発言を肯定し、カイドウが議論を進める。となればやはりアサツキやダイたち、ユオンシティにいる人物の発言が肝となる。

 

「やっぱり、ヒードランがいなくなってだいぶ涼しくなった気がするな。俺たちが来た時は、真夏みたいな暑さだった」

『即ち、最初の通りユオンシティの地熱発電がストップする。当然、電気がなければ工場は稼働しない、か』

「ユオンシティの工業を止めるのがバラル団の目的なのか? それにしてはちょっと回りくどすぎやしないか?」

 

 大袈裟な話になってしまうが、変電所を破壊するテロでもそれは十分可能だ。しかも、バラル団には隠密部隊もあるためそういった工作活動には事欠かないはずなのだ。

 ダイとカイドウが唸っているとモニターの一つ、ネイヴュシティジムリーダーのユキナリが「一ついいかな」と口を挟んだ。

 

『ユオンシティには現状、ネイヴュ復興のための資材を都合してもらっている。ユオンシティの工業がストップすれば当然ネイヴュシティの復興は先送りになる』

「悪いな、ユキナリさん。やれるだけやってはいるんだけどよ……」

『ああいやすまない、話し方が悪かったかな。僕が言いたいのは、つまり本命はネイヴュシティの復興阻止にあるんじゃないか、ってことだ』

 

 その線も有り得る、とカイドウが言うとリエンとソラがホワイトボードに箇条書きで書き連ねていく。

 

「けど、もしネイヴュシティの復興を遅らせるのが目的で、そのためにユオンシティを落としたっていうなら、それをする()()()()()は?」

『それに関してはなんとも言えないが、ただネイヴュシティ近郊には、"アイスエイジ・ホール"がある。もし彼らの目的がそこなら……』

 

 モニターの奥で、ユキナリは後ろに控えていた補佐のアルマに二つ三つ言伝を頼む。すると彼女は顔色一つ変えずに頷き、傍らの仏頂面(フライツ)を引っ掴んで退出する。

 

「うーん……うーん……」

『どうした、ダイにーちゃん。顔が悪いよ』

「それを言うなら顔色だ。それに気分は悪くないっつの。いや、なんつーか……とにかく回りくどいんだよな、やってることがさ。いつものバラル団らしくないっつーか……」

 

 何度もバラル団と交戦した経験のあるダイだからこその意見だった。まるで()()()()()()()()()()()()()があるかのような、そんな違和感が強く残る。

 

『例えばだが、"ヒードランを確保すること"と"ユオンシティの工業をストップさせ、ネイヴュシティの復興を遅延もしくは阻止すること"が最終目標ではなく、あくまで目的は別にありそのために上記二つが必要だった、とするならどうだ』

「そうすると、いつものバラル団っぽい気がするな。計画に対して入念な準備をしてる、っつー感じだ」

『なら、今奴らが潜伏していると思われるテルス山及びレニアシティで、奴らを叩く。そこで奴らの計画を挫き、ヒードランを奪い返す』

 

 カイドウが議論を総括する。ジムリーダーたちも全員が異議なし、と頷く。

 

 

『──悪いのだけど、私は少しだけ別行動をさせてほしいわ』

 

 

 ──ことはなかった。今まで相槌を打ったりメモを取る仕草はしていたものの会議に参加してるとは言いがたかったルシエシティジムリーダーのコスモスが言った。

 

 

『理由を聞かせてもらっても』

『少し気になることがあるのよ。"アイスエイジ・ホール"に"テルス山"、ラフエル英雄譚に名を連ねる場所ばかり話題に上がったでしょう。だから、"メティオの塔"を見てこようと思って』

 

 メティオの塔、ラフエル地方に馴染みの無いダイには分からなかったが他の面子には分かったようだった。それはラフエル地方の南東に位置する場所に存在する遺跡だ。

 かつて英雄の民が星を詠むために用いていた塔なのだが、詳しいことは謎に包まれた場所である。それが気になるとコスモスは言った。するとサザンカのモニターの奥からズイッとカエンが身を乗り出した。

 

『コスモスねーちゃんがメティオの塔に行くならおれも行くよ!』

『……子守は苦手なのだけれど』

『なんでそうなるの! ちがくて、メティオの塔は管理されてて英雄の民の許可がないと中を調べられないんだよ。だから、おれもいく!』

 

 そういうことなら、とコスモスも了承した。話が纏まったところでアサツキがモニター上のカメラに向かって顔を寄せた。

 

「悪い、こんなこと言うのも気がひけるけど……みんなの力を貸してほしい」

 

 真摯に頭を下げて頼み込むアサツキに、他のジムリーダーたちの反応は様々だった。

 

 カイドウは変わらずムスッとしたまま。

 

 サザンカとカエンは力強く、頷く。

 

 ステラもまた困っている人たちがいるなら助けないわけにはいかない、と微笑んだ。

 

 ランタナは終始コスモスと同じように話をメモしたりしたままだったが、力を貸すのはやぶさかではないといったようである。

 

 ユキナリは何か決意を秘めたような、強い瞳で応えた。

 

『私はさっきも言った通りメティオの塔を調べに行くから。代わりにそちらには私のチームのメンバーが一人いるでしょう?』

『おれはコスモスねーちゃんの付き添いが終わったらすぐに向かうから!』

 

 コスモスの言う人物はソラのことだ。名指しされたことに気づいたソラが首を傾げて見せた。それぞれが言いたいことを言って確認を取ると、会議は終了。続々と画面から姿を消すジムリーダーたち。

 

「さてと、オレも準備しないとな……」

 

 席を立ったアサツキが傍らに置いていたヘルメットを被り直し意思の伴った音で呟く。それを受けて、ダイたち四人も頷き合う。

 

「当然、俺たちも行きますよ」

「いいのか? オレたちは近々ポケモン協会から指示が出てバラル団と戦うことになるけど、VANGUARDにはまだ正式な辞令は降りてないだろ」

「それでも、乗りかかった船! な、アルバ」

「もちろんですよ! ヒードランを取り返して、正式にジム戦して改めてギルドバッジを手に入れないと気分悪いし!」

 

 息巻くアルバに対し、リエンも舵取りをするように「まぁ、見過ごせないのは本当ですから」と頷く。未だにぽけぽけとしているソラも三人がそうするなら、と同調の姿勢を見せた。

 四人のやる気を見てアサツキが逡巡するような仕草を見せた。

 

「分かった、けどお前たちは四人で一纏まりになって行動しろ。全員でカバーしあえ、そうすれば少なくとも怪我はしないで済むはずだ」

「怪我が怖くてアイツらとドンパチ出来るか、って話ですけどね」

「茶化すな、安全には常に意識を向けておけ。オレだってファッションでヘルメット(こいつ)を被ってるわけじゃねえんだ」

 

 コンコン、と頭の上の相棒を叩くアサツキ。小さいながら凄みのある視線を向けられ、ダイもアルバも少したじろいだ。

 しかしそこまで念入りされては従う他無い。尤も最初から反抗するつもりなど無いのだが。

 

「分かりました、覚えておきます」

「よし、そっちでも準備しておけ。今日の夕方には"バンバドロ"でレニアシティに向かう」

 

 それだけ言い残すとアサツキは再び作業場に戻った。残った四人も顔を見合わせ、カヤバ鉄工を後にする。

 外に出ると、周りが騒がしいことにソラが気づいた。そして耳を済ませ、聞こえてきた言葉に従ってテルス山を見た。そしてダイたちは目を見開いた。

 

「あの煙、って……」

「山の中腹付近だ、山火事……?」

 

 黒い煙がまるで青空に楯突くように伸びていた。そしてその煙は数日前にも目撃したものに、非常によく似ていて。

 ダイはゾワリと背筋が凍るような、強烈な不安感を抱いた。

 

「ソラ、ポケモン図鑑」

「……ん」

 

 恐る恐るソラにポケモン図鑑を出させたダイ。全員でその画面を確認すると、やはり発信機の位置は変わっていない。

 だとするなら、あの煙はやはりヒードランがテルス山に働きかけて発生しているもので。

 

 その時だった、ダイのライブキャスターが緊急速報のアラートを鳴らした。画面を開き、そのニュースを凝視する。

 

『只今入りました速報です。テルス山中腹からサンビエタウン方面に向かい山火事が発生している模様です。消防やポケモンレンジャーのヘリにより消火活動が行われておりますが、依然燃え続けております。それによりレニアシティ、サンビエタウンでは避難勧告が出されました。該当地区の方はPGやポケモンレンジャーの指示に従い速やかに避難してください。繰り返します……』

 

 それにより、ダイたちは一歩遅かったことを思い知った。既にバラル団の作戦は始まっている。

 アサツキとの待ち合わせは夕方だが、それを待っている時間は無い。かと言って、ダイたちだけで先行したところで出来ることは限られている。

 

 ダイは震える手でライブキャスターを操作、二人の人間にコールを行った。それはVANGUARD設立に伴い、PG側の責任者であるアストンとアシュリーだった。

 幸い二人は同じ場所にいたのか、アストンが通話に応答した。

 

「アストン! 今話せるか? いや話せなくても聞いてくれ!」

『……その様子ですと、テルス山の火災について、でしょうか』

 

 神妙な面持ちで告げるアストン。どうやらアシュリー含め、二人はその件に追われているようであった。

 ダイは先程行われたジムリーダーの会議の内容を出来るだけ簡潔に、急いで説明した。

 

「それで、今日の夕方にはレニアシティに向かうことになってたんだ。だけどそれを待ってたら間違いなく手遅れになる!」

『分かりました、レニアシティのPG支部に掛け合ってみます。ですが、先程も話した通り消火活動と避難指示に人員を割かれています。増員を送るにしても、少しばかり時間がかかってしまうと思われます』

「じゃあそれまでは、俺たちがなんとかする!」

 

 ほぼ勢いで叫んだ。見ればアルバもリエンも驚いた顔をしていた。ソラに関してはいつもどおり無表情であった、むしろダイならそう言いだすだろうと思っていた顔だった。

 するとアシュリーが自身の端末で通話に応じた。

 

『わかっているのか? 下手をすれば総力戦に巻き込まれるぞ』

「そのためのVANGUARDだろ! 少なくともPGやジムリーダーが駆けつけるまでの時間どうにかしてみる!」

『……本来なら、私も一般市民に協力を仰ぐことは不本意だ。だが、今はそれに頼る他ない。私とアストンも救援に向かう、それまでの間、頼んだぞ』

 

 その言葉に全員で頷き、通話を終了する。アルバは素早くカヤバ鉄工に戻り、事情が変わったことをアサツキに通達する。残った三人はポケモンセンターに戻り、荷物を回収するとすぐさま表に戻った。

 アルバに荷物を手渡してダイはウォーグルを、ソラはチルタリスを呼び出しその背中に二人ずつで乗り込んだ。

 

「どうする? ロープウェイはきっと止まってるよ」

「だったらそのままレニアシティに向かうしかないな! 飛べ、ウォーグル!」

 

 ダイの言葉にウォーグルは力強く雄叫びを上げるとその大きな翼を羽撃かせ、空へと舞い上がった。遅れてチルタリスもふわりと上昇を始め、ウォーグルの後を追う。

 風を切り裂きながら小さくなっていくユオンシティと、反対に大きくなっていくテルス山。

 

 不安に駆られながらも、ダイたちは空を翔ける。太陽はもう間もなく、テルス山の頂点を満遍なく照らし出す。

 そして暫く飛ぶと、サンビエタウンの上空に差し掛かる。視界の片隅にある朱い屋根の郵便屋を一瞥して、ダイがウォーグルを急かす。リエンの予想通り、ロープウェイは運行を止めていた。

 

 眼前で未だに立ち上る黒い煙、木々を焼き尽くす火は勢いを増し続けている。消火活動は難航しているのがひと目で分かった。

 

「レニアシティの人たちはラジエスシティ方面のロープウェイで避難したのか。あっちには見たところ、火の手が上がってない」

「だね、バラル団はどうしてると思う?」

 

 ウォーグルの上でダイとアルバが状況を観察する。すると寄せてきたチルタリスの上からリエンが言った。

 

「今回の火事が偶発的に起きたものなのか、それとも意図的に起こした火事なのかでまた変わってくるよね」

「……たぶんわざとだと思うよ」

 

 リエンの言葉に注釈を付け加えたのはソラだった。疑問に思ったダイが「どうして?」と尋ねると、ソラは耳の後ろに手を当てるようにして言った。

 

「火事なら当然、野生のポケモンにも被害が出る。だけど、火事に巻き込まれたポケモンの数が、少ない。事故で起きた火事ならもっといっぱい巻き込まれて音楽が騒々しくなるはず」

 

 それはソラならではの観点だった。もちろん火の手が拡がり続ければその限りではないが、今現在確かにそういった野生のポケモンたちの悲鳴などは聞こえてこない。

 

「なるほど、バラル団はポケモンには危害を加えないってことで有名な組織だからな……先に追い払っていたってことか」

「そうなるかもー」

 

 とするならばこの火事はひとえに人払いが目的となる。レニアシティやその近郊から人を追い払うことでバラル団は何かをしようとしている。

 つまりそれは逆に、レニアシティにこそ今敵の拠点があることの証明になる。

 

「見て、発信機の位置が変わってるよ」

 

 ソラがポケモン図鑑の画面を見せる。すると出発前はまさに今視界に拡がる火災現場の中にあったはずの飛行船が、レニアシティの一角に降り立っているのが分かった。

 ここまでくればバラル団の目的がだいぶ明らかになった。

 

「火事を起こすことでレニアシティのPGを避難指示と誘導に宛てさせた。ってことは何かをやろうとしてる。それを食い止めなきゃな!」

 

 ダイの言葉にアルバが頷いた。それにリエンとソラも同調し、改めてウォーグルとチルタリスはスピードを上げて山の斜面を滑るようにして上昇した。

 そして山頂に近づくほど、ユオンシティと同じようにレニアシティの温度が上がっていることにダイは気づいた。

 

「到着!」

 

 ロープウェイ乗り場に降り立ったウォーグルとチルタリス。二匹がボールに戻ると、ダイ以外の初めてレニアシティに降り立った三人は山から望める絶景に感嘆の声を零す。その景色の中に墨を塗るように立ち上る煙に悪態でも吐きたくなるのを必死に堪え、アルバたち三人はレニアシティ市内に向き直る。

 

 三人と違い、ダイは初めて来たときとまるで違うレニアシティの姿に戸惑いを隠せなかった。ユオンシティでも感じたような蒸し暑さと、反面道路に放置された車両の数々。子供の声すら聞こえない、完全な無音。

 

「どこから襲いかかってくるか分からない。気を引き締めていこう」

「うん、アサツキさんの言った通り四人で行動すること、いいね?」

 

 リエンが念を押すとダイ、アルバ、ソラの三人は深く頷いて腰のモンスターボールに手を伸ばし、ゴーストタウンと化したレニアシティへ脚を踏み入れた。

 

 


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