ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSヤミラミ オレのポリシー

 ヒードランの捕獲に成功した、バラル団員の下っ端がそう告げた瞬間。覆そうと思った不利がそのまま覆らなかったことを悟った。

 アサツキさんが歯噛みし、アルバが呆然とし、目の前のバラル団幹部──ワースはご機嫌そうに笑っていた。

 

 だからこそ、この状況を覆すには今しかないと思った。

 

「ッ、ゲンガー!!」

 

 まだ戦闘と呼べる状況が続いているせいか、ゲンガーはメガシンカを維持している。ゲンガーが両手を地面に突っ込むように突き立てた。瞬間、物凄いスピードで奔るゲンガーの影。

 それがアサツキさんやアルバも巻き込んで全員を拘束する。この際敵味方区別している場合じゃない。"かげふみ"の効果でゲンガー以外が動けないこの状況で勝負に出るしか無い。

 

「ゲンガー! 今のうちにあのヘビーボールを!」

 

 コクリと頷き、一直線にヘビーボール目掛けて突進するゲンガー。ボールさえ破壊してしまえばヒードランは開放できる。

 ゲンガーが腕に闇色の波動を集め、撃ち出す。今までとは比べ物にならない威力の【シャドーボール】だ、当たりさえすればヒードランを拘束するヘビーボールを破壊できるはずだ。

 

 いや、()()()。ヘビーボールを狙ったはずの闇の砲弾は間に割って入った何者かによって軌道を上空に逸らされた。

 

「なんだ!? 何かが【シャドーボール】を防ぎやがった……!」

 

 ポケモン図鑑を取り出す。如何に素早くとも、ポケモン図鑑がその動きを一瞬でも捉えれば正体がわかる。ピッ、と軽快な音と共に図鑑がスキャンモードから詳細モードへと切り替わった。

 

「"ヤミラミ"……! そうか、"かげふみ"はゴーストタイプのポケモンには効果を及ぼさない!」

 

 アサツキさんのポケモンと戦っていたワースのポケモン、ヤミラミ。ゴーストタイプとあくタイプを持つ、特殊なポケモン。

 どちらのタイプもゲンガーに対して有利を取れる、俺にとっても厄介なポケモンだった。

 

「そういうことだ、オレンジ色のガキ。せっかくだ、ちょっと査定()させてもらうぜ」

 

 恐らく、【シャドーボール】を弾いた攻撃は【かげうち】だ。いかなる場合も相手の影を渡って先制攻撃が出来る。でもそれはゲンガーも一緒だ、こういうこともあろうかと練習し続けてきた【ふいうち】は相手の攻撃に対してカウンターを決めることが出来る。

 

 さらに、ゲンガーの素早さはヤミラミのそれを大きく上回る。普通に戦って、遅れを取ることはほぼ無いはずだ。

 

「もう一度【シャドーボール】!」

 

「こっちも【シャドーボール】だ」

 

 ゲンガーとヤミラミ、双方から放たれる闇の砲弾がぶつかり合い、四方に散る。ふわりと漂う闇の残滓がまるで雪のように消える中、次の手を打つ。

 再びヘビーボール目掛けて突進するゲンガー。その進行上に割り込みキシシと不気味な笑いを上げるヤミラミ。

 

「【ヘドロばくだん】!」

 

「【あくのはどう】」

 

 ゴーストの時には口から吐き出していた毒素を、メガゲンガーは足元の影から引っ張り出し撃ち出す。その毒素の塊の(コア)をヤミラミを中心にして放射される黒いオーラが切り裂いた。

 威力はこちらが勝っているはずなのに、最低限の攻撃でこちらの攻撃を散らしてしまう。

 

 こいつ、やっぱり見た目以上に頭がいい。かなり狡猾な搦手の使い手だというのがこの二回の攻防でわかってしまった。

 そして俺もどちらかと言えば正面からの戦い方は積極的に行わない、搦手の使い手。搦手同士の戦いは個人の技量が如実に現れる、だからたった数度の駆け引きで実力差を突きつけられてしまう。

 

 尤も、今の状況でそれを理由に退くなんてことは絶対にしない。

 こっちは勝つよりもヘビーボールの確保、ヒードランの開放が目的だ。だったら、端から真っ向勝負なんかしなければいい。

 

「ゲンガー! 【かげぶんしん】から【シャドーボール】! 全方位からヤミラミ目掛けて、撃ち尽くせ!」

 

 直後、十数体に及ぶ分身が一斉に【シャドーボール】を練り出し、撃ち込む。しかしワースは動こうとしない、ヤミラミも同じだ。

 次の瞬間ヤミラミがいた地点に【シャドーボール】の雨が着弾、破砕音と共に瓦礫が弾け飛ぶ。

 

「やったか……!?」

 

 アサツキさんが呟いた。アルバもまた固唾を呑んで状況を見守っている。そんな中、煙幕の外にいたワースだけが無表情を貫いていた。

 

「お前知ってるか? 【かげぶんしん】は確かに有用な技だけどな、欠点もあるんだよ」

「なに……?」

「本物以外には()()()()んだよ。影から出てくるメガゲンガーはすぐに本物が分かる」

「なっ!?」

 

 俺は思わず本物のゲンガーに向かって視線を送ってしまった。が、それこそがワースの張り巡らせた狡猾な罠だと思い知らされる。

 

「嘘だよ、だが本物はそいつだな。ヤミラミ、【シャドーボール】だ」

「しまった!」

 

 失敗を呪った時には既に遅かった。煙幕の中からゲンガーの弱点である額にある第三の目を、ヤミラミが撃ち出した【シャドーボール】が的確に撃ち貫いた。

 

「そんな……そもそも、こっちの【シャドーボール】は命中していたはず。なのに、まだ動けるなんて……」

 

 呆然としていると、後ろでアサツキさんが「あっ」と声を上げた。

 

「オレと戦ってる間、あのヤミラミは後方支援に徹してた。もしその間に【めいそう】を積んでいたなら……」

「そう、たとえメガゲンガーの【シャドーボール】であろうと受け止められる」

「先を見越してたっていうのか? オレと戦いながら」

 

 アサツキさんが叫ぶ。するとワースはニンマリといやらしい笑みを浮かべて頷いた。

 

「まぁ、この戦場で俺が一番警戒していたのはそこのハチマキのガキだ。ヤミラミには物理攻撃が効かない以上、攻撃手段は限られる。まぁ要は、先行投資ってことだ。それが運悪く、オレンジ色のガキのポケモンに刺さった、残念だったな」

「ッ、野郎……ナメやがって」

「そうカッカするなよ嬢ちゃん。もちろんこの街でドンパチやるとなったら最初に警戒したのはお前だ。ところが偶然、モンスターボール工場で俺たちの邪魔をしようっつー組織(VANGUARD)の人間と出くわした」

 

 胸ポケットからタバコを取り出し、足元のマグマで火をつけるワース。見れば、最初はオレンジ色で液体のようだったマグマがいつの間にか水飴のように粘性を帯びてきた。

 それだけじゃない、色もどんどん黒ずんでいる。まるでヒードランの不在を知った大地が冷え切っていくかのように。

 

「だからあの時、僕に手持ちを見せろって……」

「そういうことだ。だからお前のポケモンに対する対策も立ててきた。ただ、今回その必要は無さそうだからな」

 

 タバコを咥えながらニンマリと笑うワース。そのままヤミラミにヒードランの入ったヘビーボールを回収させようとする。

 だけど、まだ終わってない。そのタバコを口に咥えたこと、後悔させてやる。

 

「アルバ!」

 

 俺はアルバを呼び事前に決めておいたハンドサイン、即ちルカリオに【はどうだん】を撃たせるサインを送った。それはアルバとルカリオに伝わる。

 ヤミラミがキシシ、と笑いながらヘビーボールを大事そうに抱え上げた。

 

 やるなら、今だ! 

 

「────Go!」

 

 瞬間、アルバのルカリオが動けるようになる。しかしそれはルカリオに限った話じゃない。アサツキさんのサワムラーやローブシン、さらにワースのニドキングも同じだ。

 即ちゲンガーの"かげふみ"が解除された。そしてその瞬間に【はどうだん】でルカリオが狙うのは、俺のゲンガー! 

 

「ルカリオ! 【はどうだん】だ!」

 

「ゲンガー! 【トリック】!」

 

 倒れていたフリをしていたゲンガーがスッと起き上がり、両手を抱えあげてエスパータイプのポケモンが放つ特殊な光を放つ。それはヤミラミの手中にあるヘビーボールを自らの手に瞬間移動させる光。

 ゲンガーは【なりきり】を使い、メガルカリオの"てきおうりょく"を手に入れたことにより"かげふみ"が消失。ルカリオを始めとするこの場のゴーストタイプ以外が動けるようになり、かつゲンガーは最速で【トリック】を撃ち出せるから、瞬く間にヘビーボールを手中に収めることに成功する。

 

 同時に、ルカリオが【はどうだん】でセルリアンブルーの弾丸を撃ち出す。それがゲンガーが抱え上げたヘビーボールを直撃、ヘビーボールは粉々に砕け散った。

 

「よし!」

「──それはどうかな」

 

 ワースが呟いた。その言葉は、ボールが破壊されても一向に解放されないヒードランという現実を突きつけた。

 ゲンガーが自分の手の中にあるヘビーボールの破片を見て戸惑い、周囲をキョロキョロと見渡す。

 

「探しモンはここだ」

 

 そう言ってワースが手の中にあるヘビーボールを見せつけた。それと同時にヤミラミがさっきまでワースが持っていた火の着いたタバコを口に咥え次の瞬間煙に咽せた。

 すべての状況を見渡した瞬間、やられたと思った。あの野郎、この手すら読んでやがった。

 

「ヘビーボールのすり替え……!」

「その通り、お前のゲンガーがまだ動けるのはメガシンカが解除されてない時点でわかってた。となれば、ヤミラミがボールを手にした時点で【トリック】を狙ってくるのは読めてた」

 

 ゲンガーがヤミラミからヒードラン入りのヘビーボールを奪う直前、ヤミラミはそこに向かう途中で使い終わった不発のヘビーボールを隠し持ち、それを抱え上げた。それをヒードラン入りのボールだと思い込んだ俺たちは見事にそれを奪い取ってしまい、ルカリオの手で破壊してしまった。

 

 そもそも、ヤミラミは"いたずらごころ"を持つポケモンだ。悟られないように【トリック】で、触れたヒードラン入りのヘビーボールをワースのタバコと入れ替えてしまうことが出来た、だというのに俺はそれを失念していた。

 

「大人を出し抜くには少し浅知恵すぎたな、クソガキ」

 

 言いながらワースはボールからヒードランを喚び出す。先程までの戦闘のダメージはそのままだ、まひ状態は残り体力も残り少ない。

 だけど、伝説のポケモンが持つ相応のプレッシャーが対峙して初めて分かる。

 

「お手並み拝見といったところか、【マグマストーム】」

 

「まずい、ゲンガー! 【シャドーボール】!」

 

 ヒードランが口を開け、高らかに咆える。次の瞬間、畝るように噴き上がってきたマグマが渦を作り、そのままゲンガーへと迫る。

 ゲンガーは闇色の砲弾を練り上げ、それを撃ち出す。灼熱溶岩の渦(マグマストーム)闇色の砲弾(シャドーボール)がぶつかり合う、が物量が違いすぎる。

 

「押し切られる……!」

 

 飛び散るマグマ、そのオレンジ色の光が【シャドーボール】すら焼き尽くしゲンガーを飲み込もうとした、その時。

 

 

「──アシレーヌ、【ハイパーボイス】」

 

 

 涼やかな声。直後、この空間がまるで水中と錯覚するような水色の旋律が【シャドーボール】を後押しする。【マグマストーム】を相殺した声の主が後ろから現れる。

 

「おまたせ」

「大丈夫? ダイ、アルバ」

 

 振り返るとチルタリスに乗り、泥だらけの姿でリエンとソラの二人が駆けつけてくれた。見ればその後ろからギャロップに跨がり、シイカも駆け上がってきた。

 

「ボルトたちは?」

「ちょっとの火傷と脱水。念のため、今ポケモンセンターに放り込んできた」

「そうか……」

 

 ホッと一息つく。リエンは俺にウォーグルの入ったボールを渡すと柔和な笑みから一点、凍りつくような冷ややかな顔で下からバラル団を睥睨する。隣では相変わらずソラが眠そうな顔をしてい──

 

「バラル団」

 

 ──なかった。いつもより緊張感を増した、ちょっと険しい顔をしている気がした。見れば、アシレーヌもチルタリスも相手を威嚇するように睨みつけていた。

 

 俺がソラの雰囲気に圧されていると、後ろからやってきたシイカがギャロップから降り俺の隣へやってくる。

 

「お待たせ、はい二匹無事に連れてきたよ」

 

 そういう彼女の手にある二つのモンスターボール、その中からジュカインとゼラオラが飛び出してくる。シイカの言う通り二匹ともまだ動けそうだった。

 ヘロヘロになっていたゲンガーとバトンタッチするようにジュカインとゼラオラが前に出る。援軍の到着にゲンガーが無邪気に笑う。

 

 俺、アルバ、リエン、ソラ、シイカ、アサツキさん。今この街で動ける全員が揃い、それぞれのエースも健在。

 まだ敗けてない、戦える。

 

「さすがにこの数を相手にするのは面倒だな」

 

 ワースはそう言い、新しくタバコに火をつけるとハンドサインでロアへ指示を送る。するとロアは舌打ちしながらこの場を離れ、ワースにテアと呼ばれていた女の子もそれに着いていく。

 すると次の瞬間、ワースはヒードランをボールに戻した。

 

「お前らの目的はこのボールの奪還、俺たちの目的は捕まえたこのヒードランを本部へ移送すること、見事に食い違うな」

 

 そう話している間にもマグマは冷え切り、岩石へと姿を変える。ユオンシティがゆっくりと、しかし確実に死んでいってるのが肌でわかる。

 

「出来る限り手持ちを見せたくは無いんだけどな」

「ああ、せいぜい出し惜しんどけ!」

 

 言って飛び出したのはアサツキさんとローブシンだった。繰り出された技は【マッハパンチ】、ずんぐりとした身体からは想像もつかないスピードで放たれる拳がワースの手の中、ヘビーボールを狙う。

 アサツキさんのポケモンはかくとうタイプ、それを見越してワースはニドキングとヤミラミを出していた。だとするなら、あの二匹さえどうにかしてしまえば勝機はある。

 ところが、そのニドキングが想像以上に厄介だ。なぜなら、どくタイプはこの場において俺のジュカイン、シイカのジャローダ、ソラのアシレーヌに対して有利を取れる。アルバのルカリオは毒を無効化出来るものの、ニドキングの武器は他にも、その巨体から繰り出されるじめんタイプの技がある。

 

「ヌマクロー! 【だくりゅう】!」

「アシレーヌ、【チャームボイス】」

 

 アサツキさんのアタックをフォローするようにリエンとソラが動いた。【マッハパンチ】を受け止めたニドキングの隙を突いてみずタイプの強力な技を放つ。

 ヌマクローが地面を叩き、呼び出した泥水の波がニドキングに迫る。さらにソラのアシレーヌが【チャームボイス】の音波で泥水の波を操作、確実に着弾させる。

 

「チッ、"ドレディア"!」

 

 舌打ちついでにワースが呼び出したのはくさタイプのポケモン、はなかざりポケモンの"ドレディア"だった。まるで見越していたかのように、くさタイプのポケモンだった。

 違う、全部見越しているんだ。ニドキングに有利相性を取れるポケモンへのカウンターとして。さらにドレディアの弱点であるほのおタイプやこおりタイプは、逆にニドキングが抑えとして現れることで対処する。

 

 つまり、総力戦になればなるほどピンチに陥る可能性が高いのはこちらだった。

 

「【はなびらのまい】」

 

「させないわ! 【リーフストーム】よ、ジャローダ!」

 

 ヌマクローとアシレーヌを狙って放たれた花弁の嵐と、それを相殺するようにシイカのジャローダによって撃ち出される葉刃の嵐。それらがぶつかり合い、入り乱れ、咲き誇り、舞い散る。

 威力は僅かに【リーフストーム】が勝っていたが、より正確に撃ち出されたのは【はなびらのまい】だった。ドレディアは自分に当たる葉の刃を物ともせず、すり抜けた花弁で確実にヌマクローを撃破する。

 

「ッ、グレイシア!」

 

 リエンが後続としてグレイシアを喚び出す。が、彼女は明らかに疲れが見えていた。そもそもここに来る前、熱い瓦礫を冷やし続けていたのだから無理もない。

 大きく息を吸い、肺を膨らませるグレイシア。それは彼女の必殺技【ふぶき】の前兆。狙いはドレディアとニドキング、満を持してそれが放たれる。

 

 

「──【ふぶき】!」

 

「【アクアジェット】」

 

 

 グレイシアが息も凍るような(ブレス)を吐き出すのと同時、ワースの懐から飛び出てきたこうていポケモン"エンペルト"が斜面を滑るようにして、【ふぶき】を物ともせずグレイシアへ突進する。

 しかし直撃は許さない。俺はジュカインに目配せし、頷いたジュカインが【リーフブレード】を伴ってエンペルトを正面から迎え撃つ。

 

 エンペルトは突進中に体勢を起こし、翼の縁を硬質化させてジュカインの攻撃を受け止める。【はがねのつばさ】と【リーフブレード】による剣戟が行われ、ジュカインが一進一退の攻防を繰り広げる。

 

 これでワースの手持ちの内四体を明らかにさせた。多くてもあと二匹、内一匹はヒードランだと考えれば残るは一匹。

 ワースは未だにヘビーボールを手で持っている。後ろポケットなりどこかへ隠せばいいだけだが、流石にこの布陣を相手にその隙を与えたらマズいと考えているのかもしれない。

 

 だとするなら、逆に今しかない。

 

「行くぞアルバ!」

 

「うん!」

 

 俺とアルバが駆け出す。傍にはルカリオとゼラオラ。撃ち出すのは、神速の乱打撃(バレットパンチ)! 

 直後、ワースの前に飛び出し防御を行うヤミラミ。小さいながらに宝石を埋め込んだポケモンはそれなりに堅い、がゼラオラとルカリオの二匹がヤミラミを抑えてくれるならそれでいい! 

 

「喰らえ、お前んとこのヤツにやられたラフプレーだ!!」

 

 そう叫び、俺はワース目掛けてストレートパンチを繰り出す。が狙いは単調、簡単に受け止められる。

 

「残念」

「いいや、これでいいのさ。本命はこっちなんだなぁ!」

 

 ズズズ、俺の影からニヤリと顔を覗かせるのはメガゲンガー。ボールに収めたフリをして影に潜んでもらっていた。

 ゴーストの時からある浮いている影の手を握り拳に変え、素早く撃ち出す。高い素早さから放たれる【シャドーパンチ】がワースの手を狙う。片腕は俺の腕を掴んでいる、つまり防ぐことは出来ないし【シャドーパンチ】は避けられない! 

 

 パキンッ! 

 

 儚い音を立ててワースの手の中にあるヘビーボールが砕け散る。その場の全員が顔を綻ばせたが、ワースだけはため息を吐いていた。

 

「──惜しかったな」

 

 それはヒードラン奪還を許したから、というわけではなかった。

 ゲンガーが破壊したヘビーボールはまたしても空。ヤミラミによる【トリック】を警戒し、ゼラオラとルカリオでヤツの気を逸してもいた。だと言うのに、またしても俺は偽物を壊させられた。

 

「俺が今持っていたヘビーボールはな、お前たちが来る前に持ってたもんだ。本物は今、あそこにある」

 

 そう言って空を指差すワース。全員がそこに目を向けると、光学迷彩を解除して現れるバラル団の飛行船があった。その入り口付近で丸くなって寝ているポケモンが傍らにヘビーボールを置いていた。

 

「"ペルシアン"……!」

「手癖が悪いヤツでなぁ、尤も俺はその手癖の悪さを買ってるわけだ」

 

 飛行船が縄梯子を下ろし、ワースが右手でそれを掴んだ。俺は左手で腰の後ろに手を回し、モンスターボールを取ると開閉スイッチを押し後ろへ落とす。

 

「ウォーグル!」

 

「【スピードスター】」

 

 落としたモンスターボールを踵で蹴り上げ、頭の上で開閉。中から出てきたウォーグルが俺の肩を掴んで勢いよく飛翔する。

 しかし上空から俺たちを撃ち落とすべく、流星の雨が降り注ぐ。ウォーグルが一瞬動きを止めてたじろいだ、だけどまだ止まらない。

 

「誰でもいい! 飛行船の動きを止めてくれ!」

 

 直後、地上から援護射撃が飛んでくる。ルカリオの【はどうだん】、グレイシアの【こおりのつぶて】、チルタリスの【りゅうのいぶき】が飛行船のペルシアンを攻撃するが遠すぎて当たる前に威力が減退してしまう。

 

「待てこの野郎! 【エアスラッシュ】!」

 

 羽撃きながらウォーグルが空気の刃を撃ち出し、飛行船そのものを攻撃する。このまま、後少しでいい、近づくことが出来れば────! 

 

 

「【れいとうビーム】だ」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、俺とワースの位置が逆転する。上昇する飛行船、それに伴い上がってくるワースが俺を見下ろしている。

 見ると、ジュカインが腕を凍らされて膝を突いていた。エンペルトを抑えきれなかったんだ、そしてそのエンペルトがウォーグルの翼を凍らせた。

 

「逃がさない」

 

 だけど俺と入れ替わるように、チルタリスに乗ったソラが飛び上がる。その首にしがみつくようにしてソラがペルシアンを目指す。

 その顔はやっぱり焦ってる、ともすれば冷静さを欠いているように見えた。

 

 当然、ウォーグルを落とした一撃(れいとうビーム)がさらにソラのチルタリスを氷漬けにする。飛行能力を失ったチルタリスごとソラが真っ逆さまに落ちる。

 

「ッ、ウォーグル! 俺を投げ飛ばせ!」

 

 空中でバランスの取れないウォーグルが振り子の原理で俺を放り投げる。正直物凄い勢いで飛ぶ身体に思わず悲鳴を上げそうになったが、これからの衝撃に備えて口を噤んだ。

 ソラを空中で掴まえるとそのまま抱き寄せ、背中から地面に落ちる。

 

 刹那、ボヨンと柔らかい衝撃が背中に。どころか、柔らかすぎてその物体が俺を反射した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

「きゃ────ー」

 

 叫んだ俺に合わせてソラが棒読みで悲鳴を上げる。飛行船の高さから落ちるよりかはマシだが、柔らかいなにかに反射させられた俺たちが岩肌に叩きつけられた。

 身体を起こすと、柔らかいそれの正体がわかった。ソラのアシレーヌが作り出したバルーンだ、それが俺たちを落下の衝撃から守ってくれたみたいだ。守りきってはくれなかったけど。

 

 周囲を見渡す。シイカが退けた下っ端たちもみんな消えていた。俺たちが戦ってる間に、きっとロアとテアの二人が撤収準備を進めさせていたんだ。倒したポケモンすらいない、残ったのはボロボロのテントと使われなかった幾つかのヘビーボールくらいだ。

 

「クソ……逃した……!」

 

 安全のため被っていたヘルメットを地面へ投げつけるアサツキさん。直後、我に返り投げ捨てたヘルメットを拾って被り直す彼女に合わせる顔は、正直無かった。

 後少しのところで、取り返せなかった。それはもう、このユオン鉄鉱山の岩肌に触れることですぐに分かった。

 

 いずれこの街は冷え切る。地熱発電がライフラインに直結しているユオンシティは間もなく死ぬ。

 

「バラル団、ヒードランを使って一体何をする気なんだ……」

 

 アルバが呟くが、それに答えられる人はいない。今回の相手は情報という情報をとことんまで出し惜しむ、まるで守銭奴のようなヤツだった。

 だから組織の目的なんかそう安々と口にはしなかったし、俺たちはヒードランが何に利用されるかなんてまったくわからない。

 

「とにかく、オレは戻る。このこと、街のみんなに知らせなくちゃならねえからな……」

 

 消沈気味の肩を隠しもせず、アサツキさんが下山を始めた。シイカが何も言わずに、それに着いていく。

 俺はその背中になんとか声を掛けたくて、でも素人が口に出来ることなんか何もない気がしていつものように口が勝手に動いてはくれなかった。

 

 そりゃ、ユオンシティに詳しくないどころかそもそもラフエル地方の人間ですらない俺に、ヒードランを使わないクリーンな発電方法なんて言われても簡単に答えなんか出ない。

 じゃあヒードランを取り戻すか、正直なところこの案が一番現実的なのが頭を抱えるポイントだ。

 

 だけどどうする、バラル団の飛行船は既に光学迷彩で姿を消している。どの方向に飛び去ったのかなんて当然分からない……唯一分かるのが、ユオンシティがラフエル最東の街だからまず西の方向ということくらいだ。

 

「せめて、ヤツらの行き先さえわかれば……」

「行き先ならわかるよー」

 

 俺のなんとはなしの呟きを拾ったのは、まさかのソラだった。さっきまでの険しさはどこかへ消え、いつもの眠そうな顔でソラが取り出したのはポケモン図鑑だった。

 

「逃がさない、って言った」

 

 その画面には以前俺が使ったポケモンの分布調査に使用される発信機の場所が浮かび上がっていた。あの瞬間、ソラがチルタリスで飛行船に喰らいついたのはこれを設置するためだったのか。

 しかも、発信機が飛行船に付着したのならそれはいずれヤツらのアジトに向かうはず。少なくとも今発信機はレニアシティの方向へ飛んでいるのが分かった。

 

「で、でかした……いや、お手柄すぎ」

「えへん」

 

 無表情で胸を張るソラ。それを聞いていたのか、アサツキさんの猫背が少しずつ伸びやがて元の姿勢に戻る。ゆっくりと振り返ると、その顔は真剣そのものだった。

 

「ヒードランを取り返す手立てはある、ってことで良いんだよな」

「えぇ、まだ敗けてないみたいです、俺たち」

「……じゃあ、胸張って伝えてくるわ。ヒードランは奪われちまったけど、ぜってぇ取り返すってな」

 

 そう言いながら、シイカのギャロップに跨るアサツキさん。シイカがギャロップを走らせようとしたその時だった。アサツキさんがシイカに急制動を掛けさせ、ポケットから何かを取り出すとそれを俺とアルバ目掛けて放り投げる。ギラリと鈍色の光を放つそれを俺とアルバは両手でキャッチする。

 

「ほらよ、ギルドバッジだ」

「へ……?」

「でも、ダイはともかく僕は戦ってもいないのに……」

 

 二人して投げ渡されたバッジにちょっとの困惑を抱く。アサツキさんとの戦いは、元はと言えば英雄の民を紹介してもらうかどうかっていう話だったはずだし。

 

「アイツらと戦ってる最中でもオレはちゃんと見たし、聞いた。オレはジムリーダーとして大事にしているポリシーがある。それは『何度でも立ち上がり、ぶつかっていくこと』だ。職人っていうのは基本的にトライアルアンドエラーが原則だ。だからジムリーダーとしても『負けても勝つまで粘る』っていうチャレンジャーが好きだし、そういうのを見せてくれた以上オレはお前たちを認める。お前たちのゲンガーとルカリオを見てたら、渡さないわけにはいかねえだろ」

 

 ジムリーダーに託されたバッジには意味がある。それは彼、彼女が認めてくれたその精神を体現し、肯定し続ける義務が発生するということだ。

 だから、俺たちはこのギルドバッジに宣誓する必要がある。

 

 何度でも立ち上がり、ぶつかっていくことを。

 

「それでもまだ公式のジム戦をしなきゃ納得できないってんなら、ヒードランを取り戻した後できちんと戦ってやるよ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 アルバが腰を折ってお辞儀をする。アサツキさんはヘルメットのツバを触り、しっかりと被り直すと首から下げているホイッスルを短くピッと吹く。

 ギャロップはそれを受けて山の斜面を静かに降り始める。去っていくアサツキさんの背中を見ながら、俺は手の中にあるギルドバッジをずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ユオンシティから飛び去るバラル団の飛行船の中、ワースは追撃を振り切ったことを確認しタバコに火をつけた。それを見てロアが顔を顰める。

 

「おいオッサン、こんなとこで吸うんじゃねえよ」

「悪い悪い、なんなら窓でも開けるか?」

「チッ……」

 

 飛行船で窓など開けようものなら大惨事だ、それをワースはわかって言ってるのだからタチが悪い。ロアは舌打ちと頬杖で不快感を顕にする。

 

「なんだ、やけに苛立ってんな」

「当たり前だ! ヒードランを捕まえるまでは良い! だが、俺は敗けるしオッサンは手持ちを全部見せちまった! こんなの、実質的な負けと同じじゃねえか」

「……まぁ、確かにちょっと大安売りしちまったわな」

 

 タバコがどんどん小さくなる、ワースは窓の下から小さくなっていくユオン鉄鉱山を見やる。

 

「でもまぁ、大事なカードはもう幾つか取ってあるからな」

 

 そう言って、ワースは手首のバングルを撫でる。もう一度口に咥えたタバコを吸い込み、ロアから顔を逸して煙を吐き出すと、ワースは「そういや」と切り出した。

 

「お前あのオレンジ色のガキをどう思った?」

「あん? ンなもん、ムカつく野郎だとしか」

「あーあー、お前何年俺の部下やってんだ。いい加減ちったぁ目を利かせらんねぇものかねー」

「うっせぇ! 数を数えんのは苦手なんだよ!」

「そういう話じゃねえだろ、ったく。良いか、今回俺が手持ちを全部曝さざるを得なかったのはひとえにあのオレンジ色のガキの奮闘有りきだ。ジムリーダーにルカリオのガキだけなら、ニドキングとヤミラミだけで十分だったんだよ」

 

 根本まで灰になったタバコを灰皿で潰す。そしてもう一本に火をつけようとしたところで今のが最後の一本だったことを思い出す。手のひらの中でぐしゃりと箱が形を変える。

 

「お前も見ただろ。あのガキ、虹の奇跡を起こしやがった。イズロードの野郎が気に入ったってのも頷ける話だ」

「呑気なこと言ってる場合かよ、このままじゃまた邪魔されちまうぞ」

 

 ロアがテーブルを叩き、ワースに詰め寄った。するとワースは小さく笑い、あっけらかんと言い放つ。

 

「結構じゃあねえか、邪魔妨害大いに結構」

「はぁ?」

 

 訳がわからない、とばかりにロアが首を捻るがワースは構わず続ける。

 

「このままバラル団の目的が順当に進めば、間違いなく()()()()()()()()()()()()()。ただバラル団に全部都合のいい世界っていうのも気持ちが悪くてかなわねぇ」

「だから、なんだよ?」

「だァから、あのオレンジ色がかき回してくれりゃあ、()()()()()()()()()()()()ぶっ壊してくれるんじゃねえか、って俺は密かに期待してんだよ」

 

 あまりにも、軽く言ってのけるものだからロアは一瞬ぽかんとしてしまった。ワースは口が寂しいのか、適当に機内に積んであった乾物を口に放り込んだ。

 

「それで、いいのかよ?」

「……まぁ、組織の幹部としてはダメダメだわな。だがよぉ、ロア」

 

 口の中の乾物を喉に流し込み、ワースはロアの頭をクシャクシャに撫で散らすとその目を覗き込んで言った。

 

 

 

「お前はバラル団のロアか、それとも俺が拾ってやったロアか、どっちだよ」

 

 

 

 その目はまるで、蛇のようだった。身体が麻痺したみたいに、感覚を置き去りにする。一秒が三十秒に感じるような、ねっとりとした時の流れ。

 

「……言わせてえのかよ」

「いいや、聞きたかねーなぁ」

 

 次の瞬間ケロっとしているワースに毒気を抜かれてしまったロアは「なんなんだよ……」と呟いてぐしゃぐしゃになった髪を整えた。

 窓に映る半透明の自分が、どっちの顔をしているのかひと目でわかってしまい、ロアはなんとなく悔しくなってワースが使った後の灰皿をテーブルから突き落とした。

 

「吸い殻掃除しとけよ~」

 

「だーもう、うっせぇ!」

 

 


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