ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSザングース 突き進む者

 小さな火山が噴火する。その度に大地が大なり小なり揺れ、その場に立つ人間は体勢の維持を強いられる。

 ゴポゴポと音を立てて、身体に空いた穴から血が流れ出すみたいにマグマが吹き出る。

 

 そのマグマはヒードランの怒りと連動していた。かれこれ百八回目の脱出だった。彼の周囲に転がる、無残にも捕獲しきれなかったヘビーボールの山がその失敗の数々を物語っていた。

 

「ワース様! 捕獲、難攻しています!」

「わぁってるよ見てりゃあな、焦らずじっくりやれ。時間はたっぷりある」

「はっ!」

 

 ヒードラン捕獲作戦の首魁、ワースが部下に言う。彼はとにかく先を見ることの出来る人間だ、ゆえに彼が笑いかければ部下から不安は取り除かれる。

 しかしワースはすぐさま笑みを引っ込め、眼前の敵と対峙する。

 

「サワムラー、【ブレイズキック】!」

 

 対峙するジムリーダー、アサツキが咆える。その声に従い、サワムラーが足を地面に擦りつけ摩擦でほのおを起こし、足に纏わせる。それを構え、左足で跳躍しようとしたその時だ。

 

「【じしん】だ、揺すってやれ」

 

 ワースのニドキングが地団駄を踏むようにして、大地を揺らす。当然片足立ち、しかも跳躍しようとしていたサワムラーに振動が加わり、跳躍は不発に終わる。

 しかしサワムラーの足はバネのように伸びる。倒れた状態から足を真横に大きく振るうことで伸びた右足がニドキングの頭部に炸裂する。

 

「ルカリオ! 【ラスターカノン】!」

「撃ってくるよ、気をつけて"サーナイト"!」

 

 一方、隣で行われているのはワースの部下、テアとVANGUARDのアルバの戦いだ。アブソルで一合やり合い、それだけでルカリオの攻撃を数度見切ったテアは"サーナイト"を呼び出した。

 ルカリオが拳に鈍色の光を纏わせ、懐へ飛び込んでいく。このままなら完全にルカリオの【ラスターカノン】を用いた打撃がサーナイトに直撃する。

 

「もらった!」

 

 アルバが手応えを感じた。ルカリオが拳のエネルギーを流し込むべくサーナイトに触れる、というまさに一瞬。

 ルカリオの背後から突然光が照射され、ルカリオの背中を焼いた。その隙にサーナイトはさらりと攻撃を躱した。

 

「なんだ、今の技は……!?」

「ふふーん、なんでしょうね」

 

 ヒヒノキ博士に託されたポケモン図鑑を起動し、サーナイトを読み取るアルバ。そして今降り注いだ光の出処に気づく。

 

「そうか、真昼の月! 今の技は【ムーンフォース】! つまり、今僕たちは見えない衛星兵器と戦っているようなもの!」

 

 頭上には太陽が輝いているため、月を探すことは難しい。ルカリオはこれより、前方だけではなく全方位360度の集中を以て攻撃に備えなければならないのだ。

 

「サーナイト、今のうちに【めいそう】だよ」

 

 ルカリオが攻めあぐねている隙にサーナイトが呼吸法を変え、神秘的な光を帯び始める。一段階、二段階と特殊能力を高めていく。

 

「そして【チャージビーム】!」

「【しんそく】だ!」

 

 放たれたのはエネルギーを蓄えつつ放つ電撃【チャージビーム】。しかしルカリオが縦横無尽に駆け回り、それを回避する。

 

「いかに特殊攻撃のステータスを上げても、当たらなければ!」

 

 ルカリオが再度、死角からサーナイトの懐へ飛び込んだ。喰らわせるのは当然、フェアリータイプが苦手とする【ラスターカノン】だった。

 

「……確かに、純粋な戦闘力なら私はあなたに敵わないと思います。でも──」

 

 とその時、不意にテアが呟いた。それはアルバとルカリオの戦闘能力の賛辞。しかし、次の瞬間光が弾けた。

 サーナイトを中心に、ドーム状に拡がるサイコパワー。ルカリオはその余波に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。

 

「駆け引きならきっと、私の方に分がある」

 

「今のは……【アシストパワー】! そうか、【めいそう】も【チャージビーム】も全部このための布石……!」

 

 能力値を上げただけ威力の上がる【アシストパワー】。それを悟らせずに直撃させる、勝負の駆け引き。それにおいては、アルバを大きく上回っていた。

 

「自分で言うのもなんですけどハンデ背負って生きてますから、私。ちょっと考えて生きなきゃ、生きていけなかったですから」

 

 トントン、と右足で地面を小突くテア。その自嘲的とも取れる笑みはアルバのちょっとした好奇心をくすぐった。

 

「考えた末に、バラル団やってるの……?」

 

 アルバは尋ねた。彼にはわからない、人を傷つけ誰かに犠牲を強いてでも何かを成し遂げようとするその純度の高い悪に身を寄せる意味が。

 だがそれはテアにとってはまるで意味のない問答だった。彼女にとっては悪と正義に違いなどないのだから。

 

「本当に困ってる時に助けてくれるのが正義の味方だって言うのなら、私にとってはバラル団がそうだった。心を救ってくれた、()()居場所をくれた」

「違う! そんなの本物じゃない!」

「なら本物ってなんですか? 助けてほしい時に助けてくれなかった正義に媚び諂って生きることが本物なんですか?」

 

 テアの口調は緩やかではあったが、棘を含んでいた。これ以上の問答に意味はない、と彼女の意思が込められていた。

 

「喋り過ぎだ、情報は高価な値で売りつけろ。タダ売りはすんじゃねえ、っていつも言ってるだろうが」

「にひ、ごめんなさ~い」

 

 一言釘を刺すワースにテアは童女のような笑みで返す。

 歯噛みし、アルバはグローブの甲を眺める。手の甲の半分を覆うほどの大きさのキーストーンが埋め込まれている。

 

 ルカリオが「やるのか?」と視線を送る。同時に脳裏に浮かぶのはラジエスシティでの、カイドウの助言。

 

「僕は問い続けなくちゃいけない気がする。何が正しいのか、決着をつけなくちゃいけない気がする!」

「それでいいんじゃないですか? 平行線になる議論よりは、ずっと」

 

 アルバの左手が眩い光を放つ。それがルカリオのガントレットにも伝播し、より強い輝きを放つ。その時ちらりと、ワースがアルバの方へと視線を向けた。

 させてはいけない、サーナイトが自発的に【ムーンフォース】でルカリオを狙う。頭上の衛星から放たれる不可視の一撃がルカリオへ降り注ぐ。

 

 だがアルバは左手の甲のキーストーンに触れ、天高く拳を突き上げた。

 

 

 

「────"立ち上がれ(スタンドアップ)、ルカリオ"!!! メガシンカッ!!」

 

 

 

 しかしその月の光は、虹の光によって霧散させられる。光の繭から咆哮と共に現れた、メガルカリオ。闘気を漲らせ、サーナイトへと対峙する。

 そんなアルバとルカリオを見て、ワースは一人呟く。

 

「なるほど、"虹の奇跡"を扱うと聞いていたがメガシンカで安定した強化も行えるか……」

「よそ見してる場合か!」

「おっと、危ない危ない」

 

 薄ら笑いを浮かべてアサツキの攻撃をいなすワース。僅かに出来た隙さえ、アサツキに有効打を与えさせてはくれない。

 完全にアサツキが()()()()()の戦い方を強いられてしまっている。だからこそ、アルバとダイに求められるのは対峙する者の打倒及びアサツキの助勢。

 

「行け、ルカリオ! もう一度【ラスターカノン】だ!」

 

 サーナイトが再度【ムーンフォース】で不可視の照射攻撃を行うがメガルカリオは瞬間移動と見紛う速度でそれを回避、一気にサーナイトの眼前へ滑り込む。

 静止するべく地面を抉り、慣性力によって生まれる突風の衝撃がサーナイトの頬を撫でる。鈍色の光がメガルカリオの拳から放たれ、その掌底がサーナイトの腹部へと突き刺さる。

 

 バンッ、と破裂する空気。吹き飛ばされたサーナイトが念力の力で滞空中に体勢を立て直すが、メガルカリオはその隙に再度地面を蹴った。

 

「もう一度【アシストパワー】!」

 

 サーナイトを中心に再度サイコパワーが放出される。【めいそう】と【チャージビーム】によって高められた攻撃は、如何にルカリオがメガシンカで強化されようと危険な攻撃だった。

 だがルカリオは落ち着き払っている。このまま突っ込めば間違いなく返り討ちに遭うとわかっていても。

 

 背中を見守る(アルバ)を信じているから。メガルカリオは身体を静かに直立させ、瞑想の構えを見せる。それによって、より高純度の波動が練り上げられる。

 そのすべてを拳に一点集中させる。やがて波動はセルリアンブルーの輝きを帯びる。

 

「跳べ! ルカリオ!」

 

 目を見開き、(そら)を指差すアルバ。メガルカリオは跳躍すると、波動エネルギーを空気中に配置し足場としながら自由落下の速度も加算して急降下を行う。

 

「もっと速く! 彗星のように!!」

 

 一段、二段、さらに加速するメガルカリオ。速度の限界を超え、燐光が彼の身体を包み込む。全身を包む波動に防御を任せ、サーナイトを中心に拡がるサイコパワーの中へと突っ込む。

 不思議な力が身を焼く感覚、だがそれでは止まらない。拳に纏ったこの彗星の光を今、全身全霊で撃ち込むために。

 

 

 

「────全力、全開!! 【コメットパンチ】だァァァア──ッ!!」

 

 

 

 淡色のエネルギーで構成されたドームを突き破り、彗星はサーナイトの胴を的確に貫いた。【アシストパワー】もまたメガルカリオには直撃していたが、こうして勝利を収めたのはアルバだ。

 

「どうする、まだ続けるかい!」

「当然」

 

 後続として喚び出されるアブソルとムウマージ。後者は奇しくも同行者のソラが連れているのと同種のポケモン。

 アルバはさらにブースターをリリースし、ダブルバトルの格好へ持ち込んだ。

 

(ムウマージはゴーストタイプ。ルカリオでは分が悪い、でもアブソルに対しては有利を取れる。気になるのは彼女の背後に控えているビビヨン、ずっと飛び回ったままだ)

 

 焦りを生む状況だからこそ、的確に周囲を観察する。アルバはビビヨンもまたテアの手持ちであると当たりをつけた、実際それは当たっている。

 

(状態異常を起こすビビヨンを残しておくのは危険だ、場に引きずり出して戦闘不能に────)

 

 熟考を重ねるアルバ、その耳が突如爆発音のような大きい音を捉えた。音のした方に視線を向けると、ダイが瓦礫の下から這い出てくるのが見えた。

 

「ダイ!?」

 

 なんとか瓦礫の下から脱出するも、今ので負傷したのか右肩を抑えていた。アルバが急いでダイのフォローに向かおうとした時だった。

 

「いかせませんよ」

 

「なにを……ぐッ!?」

 

 テアが冷ややかに言い放つ。アルバは振り向くと、自身を襲うとてつもないプレッシャーに気づいた。その原因はムウマージだとすぐに分かった。

 ムウマージの頭上に黒い空間が広がっていた。それが()()()()()()()()。そのせいで身体が重く、とてもじゃないが動ける気がしない。

 

【くろいまなざし】だった。それがアルバを地面に縛り付けていた。見ればルカリオもブースターもジリジリと後退を余儀なくされるほど強いプレッシャーに圧されている。

 

「よそ見すんなよアルバァ! 自分の戦いに集中してろ!」

 

 ダイが瓦礫の下から抜け出しながら叫んだ。どうやらズルズキンが【ストーンエッジ】を行い、メタモンとゴーストに回避を優先させ、直撃コースの先にいたダイを瓦礫が襲ったようだった。

 

「助けを求めないのは、まぁ好感度高いな」

「嬉しくねぇなー! 悪党に褒められてもよ!」

 

 メタモンが【シャドーボール】を放つ。ゴーストもそれに合わせて攻撃を行う。しかしズルズキンは身体を包皮で覆うと途端に堅牢な防御力を手に入れる。元々ズルズキンにゴーストタイプの攻撃が効かないこともあり、ダイは攻めあぐねていた。

 

「さっきから聞いていればよ、悪党悪党とこっちを詰ってくるけどな」

 

 ロアが手をサッと上げる。ズルズキンは防御姿勢を解除、そのままゴーストへ接近する。薄紫色の光を手刀に纏わせ、一気に突き出す。

【じごくづき】だ、それがゴーストの口の中へ一直線に奔る。

 

「オレに言わせりゃ、いつまでもつまんねぇことウダウダ言ってんじゃねえよ。正義だ悪だなんていうのはな、所詮ヌルい世界で生きてるヤツが惰性で吐く言葉なんだよ」

「小難しいな、何が言いてぇ!」

「だからよぉ、()()()()()()()ってんだよ!」

 

 ゴーストが突き飛ばされる。あくタイプの攻撃は非常に高い攻撃力を持ち、さらにゴーストにとっての弱点だ。直撃してしまった以上、無理はさせられない。

 

「何が悪い、だと! 人を傷つけて、平気な顔をしていいっていうのか! たくさんの人の居場所を奪って、それが悪じゃないって開き直るつもりか!」

 

 ロアの言葉にダイが咆える。ゴーストに追撃を仕掛けようとするズルズキン目掛けて、メタモンが腕を撃ち出しフォローに入る。

 

「そうじゃねえんだよオレンジ色、オレが言いたいことの本質はな」

 

 メタモンが【シャドーパンチ】を撃ち出し、右手で拘束したままのズルズキンを攻撃する。如何に効果が今ひとつであっても連続で浴びせ続ければダメージに繋がる。さらにズルズキンは攻撃に使う腕も抑えつけられているため、反撃はおろか包皮を持ち上げ防御もままならない。

 

「このまま押しきれるか……!」

「させねえよ、ザングース!」

 

 その時だ、ロアの背後に控えていたザングースが【でんこうせっか】でメタモンに詰め寄り、【はたきおとす】攻撃でズルズキンを開放させる。

 不意打ちを食らったメタモンがそのままザングースに吹き飛ばされる。ゴーストが慌ててフォローに回ろうとするが、メタモンはふよふよと漂っている左手でをそれを制した。

 

 来るな、と言っていた。メタモンには作戦があった。

 

「【じごくづき】!」

 

 薄紫色に光る手刀がメタモンの口内に突き刺さる。だが次の瞬間、ズルズキンの腕を噛み千切らん勢いで口を閉じたメタモンが言葉ではない()()を唱え始めた。

 それは呪いだ、呪詛の類を放ちそれがズルズキンの細腕に取り付いた。

 

 メタモンがゴーストの姿から元の姿に戻り、戦闘不能になったことを告げる。開放されたズルズキンの腕はまるで焼け爛れたように真っ黒になっていた。

 

「【おんねん】……!」

 

 ダイが初めてそこでメタモンの作戦に気づいた。自分の体力の限界を悟っていたメタモンは敢えてズルズキンに【じごくづき】を誘発させ、【おんねん】を発動しそれを使えなくしたのだ。

 独断でそれを行ったのは、ダイが反対することに気づいていたからだ。だがメタモンは、自分がやらねばならないと思っていた。

 

 全てはゴーストに繋げるための、決意と覚悟だった。

 

「ッ、【ヘドロばくだん】!」

 

 呆然と腕を眺めていたズルズキンを捕まえ、ゼロ距離でヘドロの塊をぶつけるゴースト。防御姿勢を取れずに攻撃を直撃させられたズルズキンが地に倒れ伏す。

 これで残るはザングースのみ。ダイとロアが再び睨み合う。

 

「オレンジ色。お前さぁ、泥啜ったことはあるか? 飯を食うためにゴミを漁ったことはあるか? 寝床を奪われたことはあるか? ねぇだろ」

 

 ザングースをけしかけながら、ロアがぽつりと漏らした。それは少し離れた位置にいるワースには聞き取れないほどのボリュームであったが、対面するダイには聞こえていた。

 

「オレはあるぜ、全部な。泥を啜りたくねぇ、少しでもマシなもん食いてぇと思ったら、盗むしかなかったさ。暖けぇところで寝たかったら奪うしかなかったさ。それは()()()の世界では悪だろうよ。だけどな、綺麗事が通じない世界はいつ、どこにだって存在する。生まれが偶然まともだったからって高いところから見下ろして「悪いことはいけません」なんて綺麗事言うようなヤツがオレは大ッ嫌いだ!」

 

 その時だ、ザングースはゴーストから狙いを逸しダイに向かって突進してきた。体当たりを直接食らってしまい、ダイは再び斜面を転がった。

 思わぬラフプレーにダイが驚いているとロアが目の前まで降りてきていた。ダイの胸ぐらを凄まじい勢いで掴むロア。

 

「驚いたか? ポケモンがトレーナーを狙うし、トレーナー同士でも戦いだす。それがオレが生きてきた世界だ、オレが強いられてきた現実だ!」

「ぐっ、離せよ!」

「ほらよ」

 

 離せと言われたから離した、ロアはそう訴える目でダイを睥睨する。胸ぐらを離されてしまったせいで再び体勢を崩す。その隙を見逃さず、ロアはダイの腹部目掛けて足裏を思い切りぶつけた。

 

「がッ!?」

 

 転がり続け、戦闘不能になって倒れているバラル団のドサイドンにぶつかってようやく停止したダイの身体。既に打撲数カ所、切れてる部分もあるのか血が流れ出していた。そうでなくとも噴き出すマグマのせいで汗と泥で全身が煤けているようにすら見える。

 

「オレンジ色、確かにてめぇはすげぇよ。今までイグナ、ジン、両方のケイカと戦いながらもこれを退け、幹部のイズロードさんが認めたっていうのも頷ける話だ。実際問題、オレは実働部隊の班長じゃあねえ。イグナほど強くもないし、ジンほど脚が速いわけでも、ケイカほど器用でもねえ。だけどな、アイツらにないものをオレは持ってる。そして、てめぇはそれに敗けるんだ」

 

「お前が、持ってるもの……?」

 

 ダイが立ち上がると同時、再びザングースがダイへ襲いかかる。しかしゴーストが間に割って入り、それを防御する。

 

「"生き汚さ"だよ。絶対に生き延びるためならどんな汚いことでもやってのける。相手の首を取るためにあらゆる手を、手が吹っ飛ばされたなら脚で、脚も失くなったなら牙で首根っこに喰らいついて、噛み殺すっていう生きることへの執着こそがオレの武器。今までおままごとみてぇなポケモンバトルしてきたてめぇには、絶対に覆せやしないんだよ!」

 

 ザングースは標的をダイに定めたまま依然として周囲を駆け回っている。そして闇討ちのように繰り出されるツメをゴーストが決まって左手で弾いて防御する。

 それに対して、ダイは微かに違和感を覚えていた。というのもこの戦闘が始まってから今まで、ゴーストは手の中にある()()を庇いながら戦っていた。

 

 当然、それはロアも気づいていた。

 

「てめぇのゴースト、さっきから頑なに右手を開けようとしねえな。何を隠し持ってやがる。ザングース!」

 

 先程メタモンに向かって放った【はたきおとす】でゴーストの右手を狙うザングース。しかしゴーストはその攻撃を左手で防ぐ。それを見て、ロアとダイの中で違和感は確信へと変わる。

 

「もう一度【はたきおとす】!」

「どうしたゴースト! なにやってんだ!」

 

 ダイも困惑を隠せない。敗けられないこの戦いで、ゴーストは本気を出せていない。両手をフルに使っていた分、メタモンの方がまだ戦えていたと言える。

【ヘドロばくだん】でザングースを牽制するが、【でんこうせっか】で回避するザングースには当たらない。

 

 そして回避後、右から襲いかかるザングース。この攻撃を防御するには左手では間に合わない。右手で防がなければ直撃してしまう速さだ。

 次の瞬間、鈍い音が響いた。

 

「なっ!?」

 

 驚くダイ。ゴーストは硬く握った右手の上に左手を被せ、さらにその上に身体を覆い被せることで右手を守り抜いた。当然ザングースの【はたきおとす】攻撃は大きな身体に直撃する。

 叩きつけられ、瓦礫に顔を埋めながらゴーストは戦闘不能になる。ダイは実質、戦える手持ちを全損して敗北したことになる。

 

「ゴースト、なにやってんだよ……大丈夫か!?」

 

 ゴーストに駆け寄るダイ。ゴーストは弱々しく笑い、その頑なに開かなかった右手を開いて中を見せた。その中にあったのは闇色の宝玉。

 

「"ゲンガナイト"だとぉ……!? そもそもゲンガーでもねぇくせに、後生大事にそんなモン抱えて、守って、それで敗けましたってか?」

 

 ロアが不機嫌を顕にする。彼はわからないことが何より嫌いだ、だからこのゴーストの不可解な行動は彼を苛立たせる。

 だがその行動の意味を悟ったダイだけは、驚き瞳を震わせた。

 

「お前、それを守ってたのか? ザングースが【はたきおとす】を使ってくることを知ってから……」

 

 ゴーストは頷く。だからずっとそれを落とさないように、失くさないように守り続けていた。

 

「意味がわかんねぇ、使えない道具を守り続ける意味はなんだよ……!」

 

「お前には、分かんねぇだろうな。だけどな、人には、ポケモンには、そして道具にはそれぞれ歴史(エピソード)があるんだよ」

 

 ダイがゴーストの頭を撫でて立ち上がる。ザングースが今にもダイを襲おうとフットワークを軽くして待っている。

 

「このゲンガナイトはな、俺が……俺たちがダチ(カイドウ)からもらった大切なモンだ。あのムッツリ野郎が臆面もなく友達って言えるヤツの持ち物だ、相当大切なモンだって嫌でもわかる。だけどカイドウはそれを俺たちに渡した。だから、こいつはそれを守ったんだよ。落とさないように、大事に持ってたんだ」

 

 ゴーストがダイを見上げる。ダイの声音には棘が感じられなかった。とても優しい声音で、しかしロアを睨みつけながら言ってみせた。

 

 

「俺は、たとえ敗けてしまうとしても、それでも、大切なものを守ったゴーストの行動を、尊いとさえ思うよ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ゴーストは思った。

 

 嗚呼、(カイドウ)の言うとおりだった、と。

 

 

 ────お前のトレーナーは馬鹿だが、お前の気持ちを汲んでくれるはずだ。

 

 

 ゴーストは頭の中でカイドウの言葉を思い出していた。この重要な局面、敗けることは許されないはずだ。

 だと言うのに、ダイは自分がしたワガママを許してくれた。自分(ゴースト)の気持ちを汲み取ってくれた。

 

 嬉しくて、ともすれば涙が出てしまいそうになる。それを必死に堪え、ゴーストはゆっくりと身体を持ち上げた。

 脳裏に奔るのはカイドウの言葉、その続き。

 

 

 ────本気でこいつの力になりたいと思ったのなら、こいつのために進化してやれ。

 

 

 強くならなきゃ。強くなろう、大好きな(ダイ)のために。

 

 

 ────その時、これはきっとお前の力になるはずだ

 

 

 ゴーストは右手でゲンガナイトを強く握り締めた。その右手に左手を重ね、祈るように静かに、けれど嵐のように苛烈に。

 

 ただひたすら、思った。

 

 

 強くなりたい。

 

 

 強くなりたい。

 

 

 強くなりたい! 

 

 

 強く、なるんだ!! 

 

 

 地に塗れても、立ち上がろう。そして、何度でも突き進もう。

 

 

 

 自分は、

 

 

 突き進む者(ダイ)の、

 

 

 家族(ポケモン)なのだから────!! 

 

 

 

 刹那、ユオン鉄鉱山が再びマグマを吐いた。ヒードランが出現したときよりも過激に、火を噴くように。

 それと同時に、地表面から虹色の光が溢れそれがゴーストを包み込んだ。それはまるで、進化するための繭のようであった。

 

 同じようにダイの左腕、グローブリストに埋め込まれたキーストーンが虹色の光を放った。

 かつてラジエスシティでジュプトルがジュカインに進化したときと、全く同じ光だ。

 

「なんだ、この光は……!?」

 

 ロアとザングースはあまりの眩さに目を覆った。しかしダイはその光を暖かいと感じた。痛いほど眩しいはずなのに、直視できる優しさを感じた。

 虹の光を放つ繭はやがて一本一本の糸になるように解かれていく。

 

 

 

「ゲェェェェェェェエエエエエエンガァァァァァァァァ──────────!!!」

 

 

 

 光の繭から飛び出したのはゴースト改め、シャドーポケモン"ゲンガー"。本来ならば人為的に進化させるには通信交換で発生する特殊なエネルギーを必要とする。

 だがそれを用いず、尚且戦闘中に進化させた。それは上で戦っていたワースを驚かせた。

 

「あのガキ、虹の奇跡を起こしやがった……!」

 

 紛れもなくラフエル地方に伝わる"虹仙脈"、今では"Reオーラ"と呼ばれる力を用いて行うラフエル地方特有の現象"キセキシンカ"。

 さらに、戦闘不能になるほど痛めつけられていた身体の傷が癒えている。見れば、トレーナーであるダイの身体の傷もまたみるみる内に塞がってしまう。

 

「お前……」

 

 呆然とするダイの手を取り、自分の進化を飛び跳ねて喜ぶゲンガー。その姿に一瞬毒気を抜かれたが、ロアはすぐさま正気に戻る。

 

「虚仮威しだ、ザングース!」

 

 再びダイとゲンガー目掛けて飛び込むザングース。ゲンガーはダイの方を一瞥し、頷く。ダイはそれだけで十分だった。

 

「【ドレインパンチ】!」

 

 突き出されたツメを回避、そのままザングースの横腹へとフックパンチを撃ち込むゲンガー。鈍い音と破裂音が響いて、ザングースが吹き飛ばされる。

 キセキシンカの影響と、【ドレインパンチ】で生気を奪いゲンガーは完全に体力を回復させた。

 

「ロア、一度下がれ。そんな位置じゃフォローもしてやれねえぞ」

「うるせぇ! オッサンの手助けなんかいるかよ、こいつはオレが!」

「俺が、下がれと、言ったんだ」

 

 冷ややかな声音だった。ロアは心底悔しそうにしながら、ダイに背を向けた。その撤退をフォローしようとザングースが殿を務める。

 だが、逃がすつもりはない。決着をここでつける。

 

「行けるか、ゲンガー」

 

「ゲンゲラゲーン!!」

 

 

 再び目配せしあい、頷き合う。ダイもまた、確信を持っていた。左手のグローブリストが熱く燃えている感覚。

 構えた左腕のキーストーンを叩き、前へ拳を突き出す。

 

「借りるぜ、カイドウ。力を貸してくれ!」

 

 それは自分たちが、突き進む者としての証を示すかのように。

 

 

 

「────"突き進め(ゴーフォアード)! ゲンガー!! " メガシンカッ!!」

 

 

 

 再び、進化の繭がゲンガーの身体を包み込む。突風が吹き荒れ、積み上げられた瓦礫の山が一気にダイとゲンガーを中心に吹き飛ばされる。

 繭の中から現れたのは、全身をより鋭利に、より攻撃的に変化させ額に第三の眼を生み出したゲンガーのさらなる姿。

 

 

「"メガゲンガー"!!」

 

 

 まるで影から飛び出してきているかのようにメガゲンガーの下の空間は淀んでおり、その下を伺い見ることは出来ない。

 しかし次の瞬間、メガゲンガーの影が素早く手をのばすようにして、ロアの影を()()()()()

 

「う、ごけねぇ……!?」

 

「特性"かげふみ"。お前とは、ここで決着をつける!」

 

「こ、のぉ……! ザングースゥ!!」

 

 ロアがなんとか影の拘束を振り切ろうとしながらザングースに指示を出す。ザングースはツメを伸ばし、メガゲンガーに襲いかかろうとしたが動きがピタリと止まってしまう。

 相手が使った技を使えなくしてしまう【かなしばり】だ。そして、その硬直の隙を無駄にはしない。

 

 

「ぶっ放せ、【きあいパンチ】!!」

 

 

 ルカリオの【しんそく】と見紛う速度で地を駆け、跳躍したメガゲンガーが身体を捻り裂帛の気合と共に暗色の拳を叩きつける。

 拳が肉を穿つ鈍い音と衝撃波がザングースに襲いかかり、その身体を砲弾のように吹き飛ばす。瓦礫の山を抉り、ロアのところへ辿り着く頃にはザングースも意識を手放していた。

 

「俺たちの勝ちだ! 先へ行かせてもらう!」

 

 ゲンガーがロアを牽制しながら、ダイが山の斜面を駆け上がる。急いでアサツキのフォローに向かわねばならない。

 後少しでアサツキとワースの戦いに介入できる、そう思った矢先だった。

 

 

「報告致しまァ──────す!!」

 

 

 ワースよりもさらに高い位置、ヒードランと戦っていたバラル団下っ端が声を張り上げた。

 誰もがその声の主に向かって振り向いた。ある者は笑みを、ある者は絶望を顔に浮かべていた。

 

 

 

「ヒードランの捕獲に成功いたしました!!」

 

 

 

 そして、残酷にもその真実は放たれる。

 それを聞き届け、ワースはニッと笑ってアサツキを睥睨する。

 

「ご苦労さん、っつーことで撤収」

 

 マグマの中心、中洲のように出来上がっていた岩場の中心で、物言わぬヘビーボールがぽつんと佇んでいた。

 

 




隙あらばカイドウさんを持ち出す男。

自分のいないところで株の上がる男、カイドウ。


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