ダイとアサツキの戦いが始まったのと同時刻、ユオンシティジム裏にある山"ユオン炭鉱山"では不審な人影が辺り一面を彷徨いていた。
灰色の装束、胸元に大きく描かれた"B"のエンブレム。世間を騒がすポケモンマフィア、バラル団だ。その下っ端団員たちが皆一様に巨大なリュックをパンパンにして登山をしていた。
山の中腹、臨時拠点として張られているテントの中で椅子を倒し、組んだ腕を頭の下に入れて横になっている男がいた。
その男に向かって、フードを被った部下が言った。フードの奥では鋭い目つきが無表情の上に乗っていた。
「物資搬入、完了したってよ」
「そうか、んで
「相当ピリピリ来てるな」
起き上がり、部下の顔を覗き込み不敵に笑むのは幹部──ワース。他の団員たちと違い、くたびれたワイシャツにツータックのスラックスといった"だらしないサラリーマン"風の格好をこれでもかと着こなしている。
一方、フードを脱いだ赤毛の部下の名はロア。ワースの直轄部隊の班長を務めており、今まさに山を登ってくる者、テントの外で準備を進める者たちを統括する存在だ。
テーブルの上のモニターには山の内部の映像が映されていた。事前に山の中に向かわせたポケモンが持っているカメラがその内層を捉える。
一面のオレンジ色のマグマがコポコポと音を立てている。その中心、四足でただジッと鎮座しているポケモンがいた。
「ロア班長! 先行隊のポケモンによる攻撃準備、完了致しました!」
「うい、だってよおっさん」
「ん……じゃあそろそろおっぱじめるか」
立ち上がり、身体を慣らすワース。インカムを手に取り、スイッチを入れる。
「あーあー、聞こえるか?」
視界内に映る部下が全員右耳のヘッドセットに手をやり、頷く。感度良好、声は全員に行き届いている。
「これより、伝説のポケモン……"ヒードラン"捕獲作戦を開始する。お前ら、準備はいいな? そんじゃ、各自やってくれ」
そう言い、ワースが再びモニターを確認する。マグマの中心でジッと動かないヒードラン目掛けて、先行させたポケモン"ボスゴドラ"や"ドサイドン"の群れが一斉に攻撃を始めた。
ヒードランは"ほのお・はがね"タイプのポケモン、ゆえにいわタイプの技ならそれなりに耐えることが出来る。だが総勢数十体のポケモンから【ロックブラスト】や【いわなだれ】を喰らえば当然ダメージは受ける。
「抵抗、確認しました」
「わぁってるよ。ロア、どう見る」
「そうだな、まだ余裕そうに見える。崩せる内に崩しちまった方が良いんじゃねえか?」
ロアが言うと、ワースが顎髭をなぞって思案する。そして、インカム目掛けて言い放った。
「【じしん】を指示しろ、ヒードランを表に引っ張り出す。ロア、念のため衝撃に備えさせろ」
「お前ら! でけぇのが来るぞ! 踏ん張れよ! おいテア! チョロチョロしてんじゃねえ!」
「す、すみませ~ん~! けどボールが転がってちゃって~!」
ロアの視界の先には斜面をコロコロと転がるヘビーボールを追いかける下っ端の少女"テア"の姿があった。ワースが特別目をつけている少女ゆえ、ロアも時折面倒を見ているがどうも緊張感に掛けている気がしないでもない。ロアは舌打ちしながら転がっていくボールを回収する。
「たかだか一個だろ、放っとけよ」
「にひ、そう言いながら拾ってくれるんですよね~班長」
「うっせぇ。っと、始まったか?」
足元にビリビリと来る感覚。ロアはまるでニャルマーを持つみたいにテアの首根っこを掴み、体勢を低くする。それを見た他の下っ端たちも地面に手をついたりして揺れに備えた。
直後、山が崩れるのではないかというほどの衝撃がその場の全員を襲った。テントから少し先の斜面が崩れ落ち、音を立ててユオンシティジムになだれ込んだ。
「おいでなすった、まずは足を止めるぞ」
ワースがパイプ椅子から立ち上がり、吹き上がったマグマの根本を見た。そこには鋭い鉤爪を地面に食い込ませ、ギロリとワースを睨むかこうポケモン"ヒードラン"の姿があった。
ヒードランは咆哮と共に【かえんほうしゃ】を放つが、先遣隊のドサイドンが地上に復帰。炎を土手っ腹で受け止める。
「……っつーわけだ、テア。お前の腕の見せ所だな」
「ガッテンでーす! おいで、ビビヨン!」
ロアとテアの二人がそれぞれネコイタチポケモン"ザングース"とりんぷんポケモン"ビビヨン"を喚び出す。ザングースは山の斜面を凄まじい勢いで駆け上がり、持ち前の鋭いツメを振りかぶる。
ザングース必殺の【ブレイククロー】だ。しかしヒードランの纏う装甲はかなり頑丈で、容易く弾かれてしまう。
「見たところ、斬撃は効かなそうだな。ザングース、そのままヤツの意識を引きつけろ!」
コクリ、と視線をやらずに頷いたザングースが【でんこうせっか】でヒードランの周囲を駆け回る。そしてヒードランの視線がザングースに釘付けになった瞬間、頭上を取ったビビヨンが羽から鱗粉を降らす。
しんしんと降り注ぐ黄色の粉がヒードランの身体に付着、ザングース目掛けて再び【かえんほうしゃ】を放とうと息を吸った瞬間、ヒードランの身体が麻痺した。
「【しびれごな】、通りました!」
「よし、後は体力を減らすぞ。ロア、徹底的にやれ」
「あいよ、ザングース! 【インファイト】だ!」
続々と復帰する先遣隊のボスゴドラやドサイドンたちが地上に戻り、ヒードランが上昇するのに合わせて崩れた山の瓦礫を利用し【いわなだれ】で援護をする中、ザングースが目にも留まらぬスピードでヒードランを殴打する。如何に硬かろうとも、内部に衝撃を届かせれば無意味。むしろ衝撃が外殻の中で反射し、ダメージは倍増する。
伝説のポケモンと言えど動きを止めて包囲網を完成させれば恐れることはない。包囲するポケモンはすべてほのおタイプに有利ないわタイプで固めてある。強力な攻撃であっても受け止めることができ、さらに反撃で消耗させることが出来る。
あっという間にヒードランを追い詰めたワースがコンテナに積んである大量のヘビーボールから一つを手に取った。
「そんじゃ、お仕事しますかね。ところでロアよぉ」
「あん?」
突然話かけられたロアが鼻で返事をする。ボールを振りかぶりながら、ワースは言った。
「いったい幾らかかるだろうな、
「知らねえよ。ただ言えるのは」
「言えるのは?」
綺麗な投球フォームでヘビーボールを投擲するワース。ボールがヒードランにぶつかり、キャプチャーネットがヒードランを確保する。
ロアはその光景を見守りながら、淡々と呟いた。
「破産はまず
しかしロアの言葉の最中にヒードランはヘビーボールの拘束を破り、外に脱出する。さすがに一発で捕まえられるほど伝説のポケモンは聞き分けが良くない。
ヒードランが威嚇する。ワースはダメになったヘビーボールを蹴飛ばし、新たにコンテナからヘビーボールを取り出す。
「じゃあもう一発、今度は頭部を狙う……ッ!」
そうして振りかぶり、ボールを投げた。豪速球とまではいかないが一般成人男性を大きく上回る速度でヒードランへ向かうヘビーボール。
「────"シュバルゴ"、【メガホーン】!」
突如後ろから飛来した角を象ったエネルギーの塊がヘビーボールを貫き、破壊する。粉々に砕け散ったヘビーボールを一瞥、嘆息。
振り返りながら闖入者へとワースが言った。
「あー、あー……高かったんだぜ、お嬢ちゃん」
「お生憎様、弁償は出来ないわ」
ワースの目の前にいたのは火車。
否、ひのうまポケモン"ギャロップ"に跨った騎兵だった。両手に槍を持つポケモン"シュバルゴ"を伴い、ギャロップから降り立ったのは少女。
しかし胸元に輝くその金色のバッジが、この悪行を止めろと強く輝いていた。
「VANGUARDのシイカよ。わたしの持ちうる権限において、あなた達を逮捕するわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ウォーグルを急がせた先に空き地と呼べそうなスペースがぽつんと空いていた。そして、ウォーグルが視界の先で何かを捉えたらしく俺に合図を送ってきた。
デボンスコープで拡張すると、ウォーグルが見つけたのはチャオブーだった。土砂崩れで流れてきた木々や瓦礫を必死に退かそうとしていた。
「チャオブー! どうした!」
降下するウォーグルから飛び降り、チャオブーに駆け寄る。チャオブーは困ったように瓦礫と木々の下を指さし続けていた。
「ダイ兄ちゃん! そこにいるの!?」
「ボルトか!? お前ら、どこにいるんだ!」
「土砂の下! でも、シイカ姉ちゃんの"エルレイド"が【リフレクター】と【ひかりのかべ】でドームを作って、みんな無事だよ!」
ボルトの後にネジやナットの声が聞こえてきた。俺はひとまず安堵の息を零すと、手持ちのポケモンを総動員する。
「瓦礫を退かす────あっちぃ!!」
チャオブーの手伝いをしようと瓦礫に触った瞬間、熱さに思わず脊髄反射で手を離してしまう。さっそく瓦礫を掴もうとしていたジュカインにストップを掛ける。こんなの大抵のポケモンじゃ無理だ。
ひぶたポケモンのチャオブーだからこそ、熱さをものにせず瓦礫の撤去が出来ている状況だ。
しかしいつ次の崩落が起きるかわからない現状、手を拱いているわけにもいかない。これだけ暑いんだ、エルレイドが張ったドーム状のバリアーの中は凄まじい熱気のはずだ。そんなの、ボルトたちが耐えられるとは思えない。
「せめて木の方を退かすぞ、そっちなら大丈夫のはずだ」
ジュカインとウォーグルが協力し、倒れている樹木を持ち上げ遠くへ投げ捨てる。チャオブーは一人瓦礫の撤去を続けている。
「ダイ! みんなは!」
その時だ、ソラのチルタリスに乗ってアルバたち三人とアサツキさんがやってきた。俺はこの下にボルトたち三人が閉じ込められていることを簡潔に教えた。
「お前の話がマジなら、あと十分も保たないぞ。"ローブシン"!」
アサツキさんがローブシンを呼び出し、瓦礫の撤去に回させる。が、やはりローブシンと言えども瓦礫が放つ熱に耐えきれず火傷してしまう。リエンが持っていた"やけどなおし"でローブシンを治療する。
「ひとまず、瓦礫の熱をなんとかしないと! リエン、出来るか?」
「やってみる。グレイシア! 【こごえるかぜ】!」
リエンが呼び出したグレイシアが自分を中心に外気を凍らせ始める。そしてマイナスの域に達した吐息で瓦礫を一気に冷やし始める。
「そ、そうだダイ兄ちゃん! シイカ姉ちゃんそこにいる!?」
「いや、いない……もしかして埋まってるのか!?」
「ううん、それはないと思う! ただ、ただシイカ姉ちゃんが言ってたんだ! 山の上にバラル団がいるって! 姉ちゃん、もしかしたらあいつらを捕まえに行ったのかもしれない!」
その言葉に俺たちが一斉に山の中腹を見上げた。言われてみれば、先程からチカチカと小さな光が見える。
「リエンとソラ、二人はボルトたちを頼む。ヌマクローなら、瓦礫を冷やせばチャオブーと同じくらいの力を発揮できるはずだ。ソラもムウマージと念力で瓦礫の撤去を手伝ってくれ」
「ダイはどうするの?」
「俺はシイカを助けに行く。バラル団がいるなら、俺たちVANGUARDの出番だ」
「なら僕も行く、戦力は多いほうがいいよね」
アルバと頷き合い、ウォーグルの背に飛び乗った時だ。もうひとりウォーグルの背に飛び乗った人がいる。
「アサツキさん?」
「オレも行く。あいつらがしようとしてることは、ユオンシティの命に関わる件だ。この街を預かるジムリーダーとして見過ごすわけにはいかねえ」
ウォーグルが上昇する。さすが、自動車を持ったまま飛べる力持ちなだけある。俺たち三人が乗っても速度を落とさずに飛んでいく。
ヘルメットを抑えながらアサツキさんがぽつりと語り始めた。
「この際だから言っておく。この街は"ヒードラン"ってポケモンと共生してるんだ」
「ヒードラン……?」
「あぁ、アイツがいてくれるからこの街は地熱発電で動けるんだ。もちろん、海からの潮風を利用した風力発電もあるにはあるが、地熱の発電量に比べりゃ微々たるもんだ」
なるほど、工業の街を動かす電気はクリーンな方法で生み出されていたのか。ポケモン図鑑を起動すると、ヒードランのページは無かった。
名前の横にある"L"のマーク。即ち、伝説のポケモンを意味する。
「だから、もしバラル団がアイツを捕獲しようとしてるなら全力で止める。じゃないと、ユオンシティは死ぬ。そしてそれだけじゃない、ヒードランがいるおかげでユオンシティは護られているんだ」
「護られている……?」
「あぁ、ユオンシティの北部にある"ネイヴュシティ"、その横にある魔窟"アイスエイジホール"からな」
タウンマップを覗き見ると、アルバが「ダイは知らないよね」と前置きする。
「ずっと昔のことだけど、元々温暖だったラフエル地方に隕石が落ちてね、それが原因で出来たのがアイスエイジホール。その洞窟から漏れる冷気で、ネイヴュシティが氷の街になったって言われてるんだよ」
「そしてその冷気は年を重ねるごとに強くなっていき、その範囲を広げている。だけどヒードランがいるからこの街は冷気に侵されずにいられるんだ」
アサツキさんとアルバの話に頷いていると、山の中腹付近に差し掛かった。眼下ではシイカが下っ端に囲まれているのが見えた。
「行くぞアルバ! アサツキさんはそのままヒードランの保護に向かって! ウォーグル、俺たちを下ろした後は下に戻って瓦礫の撤去だ!」
「うん!」
俺とアルバはウォーグルの背中から飛び降り、シイカの横へ着地する。バラル団の下っ端たちがざわめく中、アルバのルカリオが先に動く。
「【しんそく】!」
「ゴースト! 【シャドーパンチ】!」
ルカリオが目にも留まらぬスピードで敵陣を蹂躙する嵐のように駆け巡る。動揺の隙を突き、ゴーストが【シャドーパンチ】でドサイドンを撃破する。
「ダイ、アルバ! 来てくれたんだ!」
「おう、初仕事だ!」
「お互い頑張ろう!」
敵陣の包囲網は崩せたが、どの道ここを抜けても追いかけてくるようなら変わらない。
「ゼラオラ! 出来る範囲でいい、蹴散らせるか?」
呼び出したゼラオラに尋ねる。彼は俺の方を一瞥、それからニッと笑って頷いた。
「オーケー、じゃあ暴れろ」
その言葉が合図だった。ゼラオラは自身の身体にプラズマを纏い、それを利用して跳躍する。弾丸のように飛び出したゼラオラが"マリルリ"や"キバニア"を撃破していく。
やっぱりみずタイプのポケモンが多い。アサツキさんの言う通り、バラル団の狙いはヒードランを捕獲すること。
「もしかして……」
アルバがぽつりと呟いた。アルバはヒードランに向かってポケモン図鑑を向け、そのデータを読み取った。
「やっぱり……体重430kg! 超重量タイプのポケモンだ! だとしたら、あの人は……!」
「どうした、アルバ?」
「昨日、街でモンスターボール工場に寄ったんだ。その時、ヘビーボールを大人買いしてるおじさんに会った。もしヒードランを捕まえるつもりなら、ヘビーボールほど適したボールはない……」
「じゃあなにか、バラル団の人間が街で堂々とボール買ってたっていうのか!?」
視界の先、ボロボロのテントに阻まれてよく見えないがヒードランの近くに、恐らく今回の事件の主格がいる。
「シイカ、なんとかここを突破したい」
「わかった。なら、ならどこが一番突破しやすいかしらね」
俺は視界に広がる包囲網を観察する。後ろは駄目だ、突破する意味がない。だとすれば前方、立ちはだかるドサイドン二匹。堅牢だが、一番手薄な場所だ。
「あのドサイドン二匹を倒して、その隙にルカリオの【しんそく】で駆け抜けよう!」
アルバの作戦に二人で頷く。しかしアルバもわかっているんだろう、あのドサイドンは二匹とも特性が"ハードロック"、効果抜群技であっても容易に通るのは難しい。
だけど俺たちなら抜ける、そう信じて突き進むだけだ。
「アルバ、お前に合わせる! ゼラオラ!」
「わかった、行くよルカリオ!」
「「【バレットパンチ】!!」」
飛び出した青と黄の閃光がドサイドンの頭部目掛けて神速の乱打を行う。如何に堅牢だろうと、頭部への攻撃は隙を生む。
そしてその隙こそが、本命のアタックチャンス!
「ジュカイン! フルパワーだ!」
「"ジャローダ"、こっちも行くよ!」
「「【リーフストーム】!!」」
ゼラオラとルカリオが突入した瞬間、ボールから放たれそのまま突進するジュカインと、シイカが繰り出したロイヤルポケモン"ジャローダ"。
二匹がコンビネーションで生み出した葉の手裏剣の竜巻がドサイドンを無数に切り刻む。だが、後少しが削りきれない。
「「【リーフブレード】!!」」
だが続けて二匹がそれぞれ腕の刃と尻尾の穂先を振るい、今度こそ地に伏させる。ズシンと音を立てて道を開けるドサイドン。
その間目掛けて、ルカリオが【しんそく】で突っ走る。俺たちはその後ろに引っ付き一直線に駆け上がる。
「ジュカイン! ゼラオラ! シイカの援護を頼む!」
視界を阻むテントを超えると三人のバラル団がアサツキさんと対峙しているのが見えた。
「やっぱり、あの時のおじさん……えっと、名前は……ワー、なんとかさん」
「ワースだ、人の名前くらい覚えとけクソガキ」
そう言いながらも飄々とした笑いを浮かべている、真ん中の男──ワース。彼の隣には男女のバラル団員が控えている、そのうち一人はジンやイグナと同じ班長服に身を包んでいた。
「おやまぁ、ジムリーダー様にルカリオのガキ。そして……」
その時だ、唐突にワースの視線が俺の方へ向けられた。頭の天辺から爪先まで観察するようなその視線に、思わず背筋にゾクリと来た。
前に遊園地でイズロードに睨まれたときと同じプレッシャー。だとするなら、こいつもまた──
「バラル団の、幹部……!」
「ほー、お前さんもなかなか目が利くようじゃねえか。まさかイズロードに頼まれてた査定待ちのガキの方からやってくるとは思ってなかったぜ」
口角を小さく持ち上げて笑うワース。邪悪さは感じないが、底知れなさ故に不気味とすら思う。
「ただまぁ、こっちは大事な作戦中だ。悪いが今日のところはお引取り願えるかね」
「そう言われて、帰るわけねえだろッ!!」
アサツキさんがボールをリリース、中から現れた"サワムラー"が【とびひざげり】をワース目掛けて行う。素早い、このままなら直撃する。
が、それは紫紺の肉壁に阻まれる。膝をそのまま握り潰さん勢いで受け止めるのはドリルポケモン"ニドキング"。
サワムラーの攻撃は初速も相まって、まず確実に決まる勢いだった。だというのに、あまりにも早いボールリリース。防御の指示。それらを完璧に行い、ニドキングはサワムラーの攻撃を防いでみせた。
ニドキングはサワムラーを投げ飛ばす。投げ飛ばされたサワムラーはその足を用いて器用に受け身を取った。
「やれやれ、寡黙な職人と聞いてたんだが、意外とお転婆だ」
「口よりも先に手が出る性分でな。怪我する前に、下山するのを勧めるぜ!」
さらにローブシンを呼び出し、二匹が戦う構えを見せた。それに対し、深い溜め息を吐いたワースがさらにポケモンを喚び出す。それはニドキングに比べれば小柄だったが、明らかに一番手が込んだ育成を施されていたのがわかった。
「"ヤミラミ"か……それにどくタイプのニドキング……!」
アサツキさんが歯噛みする。ヤミラミはゴーストタイプ、ニドキングはどくタイプ。それぞれかくとうタイプに対し強く出られるポケモンだった。
明らかに彼女を警戒しての選出だ。アルバのルカリオもまたかくとうタイプ、さらにブースターもニドキングが併せ持つじめんタイプに弱い、なら答えは簡単だ。
「アイツは俺が────」
「やらせるかよ!」
前に出ようとした時だった。ワースの脇に控えていた班長格がポケモン、ザングースと共に俺に向かって突っ込んできた。ゼラオラもジュカインもいない、俺は慌ててゾロアとゴーストを呼び出しザングースの攻撃を防御する。
「ぐあっ!」
だが班長の男が繰り出した膝が俺の腹部へと突き刺さる。勢いのまま山の斜面を転がり落ちるが、途中で踏みとどまる。
「おっさんの手を煩わせるまでもねぇよ、お前は俺が相手してやる」
「邪魔すんな! 【バークアウト】!」
ゾロアが咆え、その勢いでザングースを攻撃する。そのままグルグルと威嚇を続けるゾロアとザングースが睨み合いを続ける。
体格的に圧倒的不利だが、こっちにはゴーストがいる。ザングースの切り札の大半を無効化出来るのはアドバンテージだ。それはゴーストも同じだが、ゴーストにはどくタイプの技がある。
ザングースを警戒しつつ、アルバとアサツキさんの方を一瞥する。アルバはあの下っ端の少女と対峙していた、ケイカが連れていたのと同じ"アブソル"がいた。
直後、ニドキングとローブシンが腕と腕で取っ組み合いを始めた。ニドキングが暴れるたびに大地が揺れる。
「ワース様!」
「ご無事ですか!」
その時だ、上空に突然影が指したかと思えばそこには飛空艇があった。今の今まで空には青空が広がっていたはずなのに。
ロープでそこからバラル団員が補充されていく。下では未だにシイカが下っ端と大立ち回りを続けている最中だと言うのに、だ。
「お前らか、ちょうどいい。そこのコンテナにヘビーボールが積んである。誰でもいい、投げまくれ」
『了解!』
新たに現れたバラル団員たちがボールをヒードランへ投げ続ける。
「これで、俺の仕事はヒードランの捕獲からお前の足止めに変わった」
「くっ……」
ワースが厭味ったらしく笑い、アサツキさんが歯噛みする。後少しで手が届くのに肝心のあと一歩が絶望的なまでに高い壁に阻まれれば、当然だろう。
「ふんわりよそ見たぁ、随分と平和な脳みそだなぁ!」
「しまったッ! ぐっ!」
その時だ、班長の男が斜面を滑る勢いで俺に殴りかかってきた。直撃は避けたが俺は再び尻もちを突いてしまう。だがこのまま追撃を許すわけにはいかない。俺は足を真横に振るい、足払いで相手を転ばせようとする。
しかしその攻撃もバックステップで器用に回避されてしまう。その時、ポロリと男の胸元から何かが落ちた。バラル団のメンバーが持っている団員証のようだった。
写真の中でも目付きの悪い男の名は、
「あーあ、見られちまった。じゃあバラしちまうか、俺の名はロア。お前のことは知ってるよオレンジ色、行く先々で俺たちの邪魔をしてんだろ」
「そうだよ、悪党の邪魔が趣味でね」
「文字通り、趣味が悪いことで!」
班長の男──ロアがザングースをけしかけてくる。懐に飛び込んでの【インファイト】! だけど白兵戦ならゾロアに来るのが読めている分、俺にアドバンテージがある。
「【イカサマ】だ!」
ザングースがツメを突き出す。それに対してゾロアは足元の瓦礫を撃ち出す。すると熱い瓦礫にツメが突き刺さり、ザングースにダメージを与える。
抜こうにも、ザングースの腕力が強いために深く突き刺さり、抜くことが出来ない。
「戻れ、ザングース!」
「逃がすかよ、【おいうち】!」
ボールに引っ込もうとするザングース目掛けてゾロアが突進する。次の瞬間、空気が弾けるような音がした。
瞬きの瞬間だった、見ていなかった。だがその空気が弾けるような音は
「ズルズキンの【とびひざげり】、結構
いつの間にすり替えたのか、ザングースが引っ込んだボールの代わりに今繰り出したあくとうポケモン"ズルズキン"がロアの手の中にいた。
蹴り飛ばされてきたゾロアは一撃で戦闘不能に追いやられていた。どうやら完全に意識外からの攻撃のせいで防御も出来ず、急所に当たってしまったらしい。
「こいつ……!」
「ワンダウン、さらにこれで終わりじゃねえ」
ロアの言う通り、ズルズキンは「ふんす!」とばかりに鼻を鳴らしていい気になっている。特性"じしんかじょう"だ、ズルズキンの攻撃力が上がる。
そして、今の俺の手持ちはメタモンとゴーストのみ。相手はあく・かくとうタイプのポケモンだ、このままでは間違いなくジリ貧になる。
メタモンをどのポケモンに化けさせるかが勝負の決め手になる。
「さぁ、どうする? 俺としちゃ、黙って見学しててほしいところなんだが」
「誰が!」
迷った末に俺はゾロアとゴーストを一気にボールから出させる。メタモンは隣に並ぶゴーストへ変身する。
ボルトたちにもやった【サイドチェンジ】戦法は、そもそもゾロアがいないから成り立たない。
せめてズルズキンをどうにかしたいが、ヤツにはゴーストの【サイコキネシス】が効果を及ぼさない。念力をあの皮で防がれてしまうからだ。
「何を迷ってんだ? ゴーストには【みちづれ】って技があるだろう? そうすれば少なくとも、お前はゴーストと引き換えに俺の戦力を削ぐことが出来るんだぜ」
ロアが口を挟んでくるが、無視。
────出来なかった。
「ふざけんな、【みちづれ】なんかさせるかよ。それこそ、俺が死んだってさせねえよ」
今なら分かる、暑さのせいじゃない。俺の頭は確実にヒートアップしていた、怒りで全身が煮えたぎっている。
「俺たちは勝つ。お前を倒して、ヒードランも守る……!」
「咆えてるだけじゃ負け犬となんら変わらねえんだよ、オレンジ色」
ゴーストとメタモンに並ぶ。二匹が俺の方を向く、特にゴーストはロアの言う通り自分が【みちづれ】を行えば相手を倒せると思っていたらしい。
「大丈夫だ、お前らに【みちづれ】なんかさせない。俺たちは勝つんだ!」
そう言って二匹を送り出す。あのズルズキンさえ倒してしまえば勝機はある。
だから頼む、勝ってくれ。勝たせてくれ。
俺は汗を拭いながら、登りゆく太陽に静かに祈っていた。
なんとユオンシティにはヒードランが住んでいたのである、まる
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