日が暮れ、すっかり夜の顔を見せたユオンシティ。俺は肩を落としながらポケモンセンターに戻ってきた。隣には少年たちを送り届けてきたシイカの姿が。
「それで、アサツキさんとヨルガオさんを間違えてきたの? あっはは、何度見ても面白いわね」
「こっちは面白くないよー……」
結局俺が声を掛けた女性はアサツキさんではなく、その妹のヨルガオさんだった。しかもどうやら間違われるのに慣れてるらしく、恐ろしく論理的に間違いを正された。
しかし聞いた話によるとアサツキさんは今日家すら空けていたらしい。ジムを開けられない用事っていうのはカヤバ鉄工の手伝いではなかったみたいだ。
「っていうと、アレかしらね……ジムの裏に山があるでしょ?」
「そういえば、切り立った崖の上に成り立ってる街にしては結構不自然な山があるな」
「あそこにはユオンシティの地熱を管理する何かがあるみたい。この街を預かるジムリーダーとして、様子を見に行ってたのかもね」
もっともそれが何かはわからないけどね、と肩を竦めるシイカ。部屋を取ってる方角が別らしく、シイカとは入り口でお別れだ。
自分の部屋に戻ると、アルバたちが集まっていた。どうやらリエンたちが色々役立つアイテムを買ってきてくれたらしい。キズぐすりの類を分けてもらい、代わりに代金を支払う。この辺りリエンはきっちりしてる。
「あ、木の実もあるよ」
「おっ、じゃあアレやろうぜ。"きのみブレンダー"! せっかく四人いるしよ」
俺が鞄から取り出した正方形の機械に木の実を放り込む。四人でそれを囲み、メーターに合わせてポチポチとボタンを押す。
出来上がったポロックをケースに入れて保存する。入り切らなかった分は俺たちのポケモンがシェアしあっておやつにする。
「これでよし」
「そういえば、ダイはどこかに行ってたの?」
「ジムを見に行ってた。そしたらVANGUARDのシイカに会ったぞ、こっちの街に来てたらしい」
アルバはメーシャ出身だから、ひょっとすると顔見知りかもしれないな。リエンも彼女の事は覚えていたらしい、結構インパクトあるビジュアルだからな。ちなみにソラは当然覚えていなかった。
その代りアサツキさんに会うことは出来なかったことを話す。するとアルバが「そうだ」と身を乗り出した。
「あのね、ダイ。悪いかな、って思ったんだけどアイラにダイとペリッパーのことを話したよ」
「……そうか、ありがとな」
俺は礼を言った。アルバなりに俺を気遣ってのことだろう、それを責めるなんてしない。俺が気にしてないことを伝えるとアルバは少しホッとしたような顔を見せた。
「それでね、アイラが「いざという時空を飛べるポケモンがいないのはマズいから」って、手持ちのポケモンを一匹ユオンシティに寄越すって言ってたよ」
続けて発されたその言葉は少しだけ、いやかなり驚いた。あのアイが俺にポケモンを渡してくるなんて思わなかったからだ。
そしてアルバが口にした情報と俺の頭の中の推論が組み合わさリ、俺はスッと立ち上がると鞄の奥底に眠っていた空のモンスターボールを手にとった。
「ダイ?」
「少し、外に行ってくる。たぶん、
それだけ言い残して、俺は部屋を出た。ポケモンセンターを出て、広場に出る。後ろからアルバたち三人が追いかけてくる。
すると星空と俺たちの間に影が差す。それは俺を見つけると、凄まじい勢いで急降下を始めレンガ敷の道路に力強く降り立った。
「やっぱり、お前だったか」
そう言うと、そのポケモンは目を細めて笑った。手を伸ばすと、頭頂部を俺の手のひらに擦りつけてくる。
「それが、アイラの言ってたポケモン……?」
「でっかい……」
「大きいー」
アルバたちが口々に感想を言う。赤茶げた羽に包まれたその巨躯は、通常の個体よりもやや大きい。頭頂部の白い立派な鶏冠が街灯の光を受けてキラリと輝く。
ゆうもうポケモンの"ウォーグル"だ。かつて、アイと一緒にイッシュ地方を旅していた俺が見つけたポケモン。
「背中の傷はもう良いのか?」
尋ねるとコクリと頷くウォーグル。あの時はポケモン図鑑を持っていなかったから知らなかったけど、ウォーグルというポケモンは向かい傷が多ければ群れの中で英雄視され、逆に背中に傷があれば群れの中で鼻つまみものにされてしまう習性がある。俺が見つけた時、このウォーグルは背中に大きな三つの引っかき傷を作っていた。ポケモンバトルを避けるようになっていた俺は必然的にキズぐすりの類を持て余していたため、ウォーグルの治療に惜しみなく使った。
「それから暫く俺を追いかけてきてくれたんだよな」
背中の傷が原因で群れで相手にされなくなったウォーグルは俺の後を着いてくるようになった。ただ、さっきも言っていた通りバトルを避けるようになっていた俺はゲットするか最後まで迷っていた。
そうしてる内に、アイがウォーグルとバトルしてゲットしてしまったというわけだ。再会した時はフライゴンに乗っていたから、アイもきっと持て余してはいたのだろう。
「お前、また俺と来てくれるか?」
その質問に、ウォーグルは沈黙で返した。そして俺から少し距離を取ると、羽撃き上空に上がるとそこに留まった。
「その子、ダイとバトルがしたいって」
「……そうなのか、ウォーグル?」
ソラが教えてくれる。聞き返すと今度は強く頷く鷹。確かに、そういうのはウォーグルらしい。
俺もある程度ウォーグルから距離を取る。ちょうどポケモンバトルのフィールドと同じくらいに離れると、俺はモンスターボールを取り出し開閉スイッチを押し込んだ。
「よし、ジュカイン頼んだ!」
ボールをリリース、中からジュカインが勢いよく飛び出してくる。大鷹と森蜥蜴が睨み合う、過去に出会った時にはいなかった新しい仲間。
確かにタイプ相性は不利だ。だけどそれを覆しての勝利じゃなきゃ、ウォーグルは俺を認めてくれないはずだ。なんせこいつは"いじっぱり"、一度決めたらやり抜くヤツだ。
だからこそ、ヒヒノキ博士が認めてくれた"突き進む者"として、こいつを仲間にする価値がある。
「ジュカイン、【リーフブレード】!」
まずは小手先を調べる。ジュカインは以前より大きさの増した腕の新緑刃を輝かせ、地面を蹴り跳躍する。ウォーグル目掛けて一瞬で距離を詰めると、独楽のように空中で高速回転。ウォーグルの胴体を薙ぎ払おうとする。
しかしウォーグルも相手が素早いことはわかっていたのだろう。だからこそ、敢えてジュカインの一撃を腹で受け止める。ウォーグルにとって、前面の傷は名誉の負傷。端から受けること前提だ。
そしてお互いの攻防が終了した瞬間、ウォーグルは翼を大きく羽撃かせた。俺たちに対して強い向かい風の流れを作る、即ちウォーグルの【おいかぜ】だ。
「スピードを上げてくるぞ、【ドラゴンクロー】!」
ジュカインは今度はツメにエネルギーを灯し地面スレスレを滑走するようにウォーグルへ接近、再び跳躍する。だが空中に上がった瞬間、相手の【おいかぜ】の影響を強く受ける。
ウォーグルは空中で身を翻し、空気の流れを切り裂き真空の刃を作り出した。【エアスラッシュ】だ、それがジュカインの胴へ炸裂する。
迎撃され、地面に叩きつけられたジュカインが腕で受け身を取って体勢を立て直す。着地した隙を見逃すまいとウォーグルが攻めてくる。
急降下からの滑空、勢いを加算しての体当たり。即ち、
「【ブレイブバード】が来る! もう一度【ドラゴンクロー】!」
燐光を帯びながら突進してくるウォーグルの翼を、エネルギーを灯したツメで掴みながらジュカインが受け止める。地面を抉りながら踏みとどまるジュカイン、しかしウォーグルもまだまだ止まらない。
ウォーグルが吠え、さらに速度が上がる。【おいかぜ】を受け、さらに勢いが増す。だがジュカインもその翼を握り潰さんとツメに力を込めた。
互いが苦悶の声を零す。押し負けた方がそのまま敗北する図式、軍配は文字通り追い風に吹かれているウォーグルにあると言えた。
「ウォーグルの【おいかぜ】を利用してやれ! 反転だ、ジュカイン!」
ジュカインが頷き、ウォーグルの突進の勢いを利用してぐるんと体勢を入れ替えた。するとウォーグルは風の流れに逆らう形で突進し続けることになり、徐々に速度と力が衰え始めていく。
だが逃げ出そうにもジュカインの拘束から逃れられない。翼を使えなければ【エアスラッシュ】も撃てない。
それでもウォーグルは敗けてたまるかとばかりに身体を大きく動かし、その巨躯に相応しい巨大な両腕でジュカインの肩口を思い切り掴む。
「【ブレイククロー】だ! 負けるな!」
ギリギリとウォーグルがジュカインを腕で締め付ける。が、ジュカインは勝負に出る。あれだけ強く掴んでいた翼から手をパッと離したのだ。そもそもウォーグルは既に
つまりジュカインという木に立ち止まっている状態とも言えた。まさかこの状態で反撃してくるとは思わなかったのだろう、ウォーグルは離れる隙もなくジュカインの【ドラゴンクロー】を急所に受けてしまう。
急いで飛び退り、降り立ったウォーグルが【はねやすめ】をする。しかしこの瞬間、ウォーグルは一番の弱点を晒すことになる。
「【マジカルリーフ】! そして────」
ジュカインが尻尾から葉の手裏剣を撃ち出す。不思議な光を放つそれがウォーグルにすべて命中、動きを止めさせる。仰け反った隙に
「────【かわらわり】だ!」
目にも留まらぬスピードで振り下ろされた手刀がウォーグルの頭頂部に突き刺さり、ウォーグルは倒れ伏す。【はねやすめ】をしている間、すべてのポケモンはひこうタイプとしての優位を失う。その瞬間をジュカインは狙い撃ったんだ。
レンガの上に大きく倒れたウォーグルは戦闘不能になっていたが、すべての攻撃を腹や頭など前面で受けきったことから清々しい顔をしていた。
俺は右手に持ったモンスターボールを振りかぶる。思えば、こうするのは初めてだな。振り上げた足を地面へ叩きつけ、
「いけっ、モンスターボールッ!!」
放たれた豪速球がウォーグルの腹部へ命中、開閉スイッチを事前に押し込んでいたことにより衝撃でボールがオープン。中から"キャプチャーネット"と呼ばれる不思議な繊維質がウォーグルを確保して逃さない。
ボールに閉じ込められた野生のポケモンは当然抵抗するが、ウォーグルはそうせず地面に落ちたモンスターボールはすぐにカチリと捕獲完了の合図を鳴らした。
「やった、ウォーグルゲットだ!」
「おめでとう、ダイ」
「すごかったー」
外野で見ていたアルバたちが口々に言う。俺は転がっているモンスターボールを持ち上げ、開閉スイッチを押し込んでウォーグルを再度ボールから出す。
ひとまず戦闘で出来た傷を癒やさないとな、取り出したキズぐすりを【リーフブレード】が直撃した腹や【ドラゴンクロー】で掴まれた翼に吹き付ける。
「改めて今度こそよろしくな、ウォーグル」
「ウォン!」
翼と手で握手を交わすと、俺の腰から勝手に飛び出してくるポケモンたち。ペリッパーがいなくなって寂しかったのはきっと俺だけじゃなかったんだろう、ウォーグルの参加を快く認めてくれた。
特にゾロアは過去に一度会ったことがあるため、特に仲良くやれてるみたいだった。
「にしても、本当大きいねぇ……図鑑の平均表記よりもずっと大きいよ」
アルバの言う通りだった。通常1.5mほどがウォーグルの平均身長だが、このウォーグルは2mはくだらないだろう。俺とアルバなら二人同時に背に乗っても大丈夫なくらいだ。
早速持っているわざマシンでウォーグルに最適な技を幾つか覚えてもらうことにした。ウォーグルは特に嫌がる仕草も見せずにわざマシンパッチを受け入れる。
「そうだ! ダイがウォーグルをゲットした記念に、良いものがあるよ!」
そう言うなり、アルバが自室に俺たちを招き入れると冷蔵庫を空けた。そこにはラフエル地方でも大人気の"仲良しバイバニラバー"が入っていた。
ポケモン"バイバニラ"をモチーフにした、二匹が寄り添うようにしてくっついているシェア用アイスクリームだ。若者からお年寄りまで大人気、イッシュ地方では夏場のベストセラーとまで言われる。仲良く笑顔で寄り添うバイバニラが二つに分たれる姿は涙を禁じ得ない。
「本当はダイを元気づけようと思って買ってきたんだけど、この際だからウォーグルいらっしゃい記念に変更! みんなで食べようよ!」
アルバは二つ取り出したそれを俺とソラに渡そうとして、何か思い出したのかパキッと音を立ててその片方をリエンに差し出した。もう一つのバイバニラバーをソラに渡すアルバ。
「ちょっと、なんか古い傷が疼くんだ」
「なんだそりゃ」
ともかく、アルバとリエンが分け合ったのなら俺とソラが分け合うことになる。そう言ってアルバに手渡されたアイスを持ってるソラの方に向き直ると、
「……なんで二つとも咥えてるんだ?」
「……ダメなの?」
「ダメだろ! 二つあるんだからシェア!! えっ、常識でしょ!?」
しかしソラは首を傾げて「なんでダメなんだろう」って顔を崩さない。アルバの言う古い傷ってもしかしてこれか、アルバの方を見ると力なく頷いていた。
「じゃあ、はい」
「いや、はいって……出来れば咥える前にそうして欲しかった」
幸い俺はそういうの気にしないので冷たいそれを口の中に放り込む。笑顔で口の中に消えていくバイバニラの姿には、やはり涙が出てくる。ごめんよバイバニラたち、めっちゃ美味しい。
「確かに今日、恐ろしく暑いよな……アイスを買ってきたのは名采配と言わざるを得ない」
俺がそう言うと、リエンが思い出したように「あっ」と声を上げて指を一本立てていた。
「今日、ソラとデパートに行ってきた帰りにこの街の工場で働いてる作業員の人たちとすれ違ったんだけど、やっぱりユオンシティに住んでる人でもここのところ暑すぎって思うみたい」
「そう言えば、シイカも言ってたな。アサツキさん、どうやらジムの裏山に行ってたみたいなんだ。そこで地熱の管理をしてるとかなんとか……まぁ詳しい話は分からなかったんだけど」
ユオンシティの人ですら暑さを感じるほどの地熱、これって異常気象に当たるんだろうか。きっとそうだろう、だからこそアサツキさんはその確認に行ったに違いない。
だけど街全体の地熱を管理する、っていうのはどういうことだ? まさか街の下に巨大なホットプレートでもあるわけじゃあるまいし。
「まぁ考えても仕方ないか、俺たち余所者だしな」
「言えてる」
そんな他愛もない話をしながら口の中のアイスを溶かしては飲み込んでいく。程よく身体がスッキリしたところで今夜は解散という流れになった。それぞれの部屋に戻ったあと、俺はベッドに寝転がって天井を見る。
ついさっきまで寝ていたのもあって、眠気はそこまで無い。かと言って誰かの部屋に遊びに行くのは、解散後ということもあってなかなかに気まずい。アルバ辺りなら気にせず部屋に入れてくれそうでもあるが。
「そういえば、ステラさんが言ってた英雄の民、アサツキさんの知り合いなんだよな。ちゃんと紹介してもらえるかな」
VANGUARDの説明会でひと目見たアサツキさんの印象はなんというか、取っつき辛そうという感じだった。初対面の時のカイドウに通ずる、人と極力接するのを避けてきた人特有の雰囲気とも言うんだろうか、そういう感じ。
ボールの中で鎮座しているゼラオラを見る。出会ってそろそろ一ヶ月以上になる、だいぶリライブが進んでるのかゼラオラは感情表現をするようになった気がする。
初めて感情を発露させたのは、ラジエスシティでケイカと戦った時に見せた"怒り"。そしてステラさんとのジム戦を経て、"喜び"も見せるようになった。現に、サンビエタウンでシーヴさんに毛繕いをしてもらったときは嬉しそうにしていた。
「だけどまだ足りないんだよな」
後もう一息、後少しで元のポケモンに戻してやれる。そしたら色んな話をしようと思う。どんなことが好きなのか、どんな性格なのか、お互いを知るために。
それが出来たら、本当の意味で俺はゼラオラのトレーナーとして胸を張れる、そんな気がしているんだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、頭の中の泥が全部抜け落ちたみたいにスッキリ目が覚めた。シャワーを浴びて寝汗を流すといつもどおりの俺が鏡の前に立っていた。
今日はヨルガオさんが繋いでくれたおかげでアサツキさんに会うことが出来る。今日はジムを開けているらしいから、そっちに顔を出すのが良いだろう。
「おはよう、みんな」
どうやら俺が最後だったみたいで、全員がポケモンセンターのロビーで待っていてくれた。ソラに関しては完全に意識が覚醒していた、珍しいこともあるもんだなぁ。
それじゃあ行くか、とポケモンセンターの扉を潜った時だった。遠くのレンガから陽炎が発生するほどに異常な暑さを感じた。
「昨日より暑くないか……?」
「本当だね、昨日がむしろ涼しかったんじゃないかってくらいだ」
しかしそんな暑さも作業員たちはなんのその、豪快に笑い飛ばして汗を流しながら業務に勤しんでいる。俺たちはなるべく日陰を選びながらユオンシティジムを目指した。
ジムの目の前に来ると、シイカと昨日の三人組が立っているのが見えた。
「あっ! 昨日のオレンジ色の兄ちゃん!!」
「ジム戦に来たのか!?」
「今日こそやっつけてやる!」
再び放たれる"ダゲキ"、"ナゲキ"、"チャオブー"。突然の
「いてっ!」
「ボルト、ネジ、ナット。これからダイはアサツキさんに話があるんだから、邪魔しないの」
どうやら三人の名前はボルト、ネジ、ナットというらしい。チャオブーのトレーナーがボルト、ダゲキがネジ、ナゲキがナットのようだ。
「お前ら、ユオンシティジムのトレーナーになりたいのか?」
「そうだよ! みんなで毎日修行してるんだから!」
俺が尋ねると、ボルトが二の腕を叩いて言った。見ればネジもナットも頷いていた。
「なぁ、シイカはこいつらの面倒見てたよな」
「そうだけど、なんで?」
「アサツキさんとの話が済んだら、俺も見てやろうかと思って」
そう言うとボルトが「本当!?」と食いついた。
「約束だよ、オレンジ色の兄ちゃん!」
「俺の名前はダイ、覚えとけ」
「うん、ダイ兄ちゃん! よしお前ら、ジムの裏山で特訓だ!」
忙しなく走り去るボルトたちを見送る俺たち。シイカが首を傾げながら俺に尋ねた。
「ねぇ、どうして面倒を見てあげる気になったの?」
「そうだな、強いて言うなら……うちのチームリーダーを思い出したんだよ。もっと強くなりたいってがむしゃらなところとか、そっくりでな」
ソラ以外の三人が「あぁ~」と頷いて手を打った。今頃きっとテルス山を駆け巡ってるんだろうか、きっとライブキャスターで電話しても繋がらないだろうし確認のしようはないんだけどな。
とにかく俺はそういうボルトたち三人の姿勢が気に入った。だから少し面倒を見てやろうという気持ちになったんだ。
「それじゃあ私は行くね、
遅れてボルトたちを追いかけるシイカを見送り、俺たちは再びユオンシティジムの門扉を開く。
昨日と違い、ジムの電気が通っているのを確認してスライドドアを潜る。
巨大な階段状に段々と高くなっていくバトルフィールドの奥に積み上がった鉄骨。その上に鎮座し恐らく朝食であるパワーバーを齧っている女大工。
昨日は見間違えたが、間違いない。彼女がアサツキさんだ、だってちゃんと小さいし。
「来たな」
だいぶ離れているというのにその呟きははっきりと聞こえた。指先に着いたチョコをぺろりと舐め取り、彼女は鉄骨の城から降りる。
「今日は時間空けてもらっちゃってすいません。話はステラさんから聞いてると思うんですけど」
「あぁ、英雄の民を紹介してほしいんだろ。それも、"唄"を歌えるヤツを」
俺は頷いた。直接英雄の民であるカエンでなく、アサツキさんに繋いだステラさんの考えを信じる。
するとアサツキさんは安全用に常に被ってるヘルメットを二度三度、コンコンと叩いた。
「このゼラオラを元に戻してやりたいんです」
ボールから呼び出したゼラオラがアサツキさんと対峙する。リライブが進んでいるおかげか、穏便にアサツキさんをジッと見つめるゼラオラ。
するとやはりアサツキさんにも通じたのか、加工品の良否を見極める職人の目がゼラオラを射抜く。
「そうだな……教えてやってもいいぜ。たぶん"アイツ"も、そういうことなら協力は惜しまない、と思う」
「そ、それじゃあ!」
「ただし、一つ条件がある」
アサツキさんはピンと立てた人差し指を俺に突きつけた。彼女は続ける。
「お前のことは前の説明会で肝の据わったヤツだと思った。それに今、底知れねえくらい良いヤツだってのも肌で感じてる。だけどな、仮にもオレは友達を紹介することになる。しかもアイツは結構デリケートな人種だ、そう安々と会わせるっつーわけにもいかねえ」
だからよ、と人差し指を引っ込め代わりに取り出したのはモンスターボール。
「オレと戦え。お前が本気も本気の大
思わぬ形で戦うことになった。恐らくジム戦という体ではない、だけど俺の心意気をアサツキさんに認めさせるという意味ではこれは立派なジム戦だ。
「ルールはどうする、お前に決めさせてやる」
「シングル、二匹選出入れ替え有りでお願いします」
「わかった」
俺は挑戦者の間へ、そしてアサツキさんはジムリーダーの間へ。互いに睨み合い、アサツキさんはツナギの胸元のファスナーを軽く開け深呼吸をする。
アルバ、リエン、ソラが見守ってくれる中俺は手持ちから二匹を選ぶ。アサツキさんはかくとうタイプの使い手、なら順当に考えてゴーストを出すのがセオリーだ。
だけど、これは俺の覚悟を示す戦い。有利な戦いで勝つのが目的じゃない。
だったら、ここで俺が出す二匹は決まっている。
「ジュカイン! ウォーグル! お前たちに決めた!」
俺の手持ちのエースと、新たなメンバー。先鋒をウォーグルに任せると、アサツキさんもまたボールからポケモンを出す。
「"キテルグマ"、"ローブシン"!」
出てきたのはアサツキさんの身長の二倍はあろうかという桃色のもふもふと、コンクリート製の柱を杖のようにして立つ筋骨隆々。
どちらもかくとうタイプとしてポピュラーな類。先鋒で出てきたのはキテルグマだった。俺もウォーグルをステージに入れる。
「先手必勝! 【つばめがえし】!」
羽撃き、キテルグマへ接近すると身体を翻し回避不能の斬撃を繰り出すウォーグル。キテルグマの土手っ腹にそれは命中する。
が、
「効いてないのか!? 身動ぎ一つしないなんて……!」
「こっちの番だな、【すてみタックル】!」
キテルグマが地面を叩き、その勢いを利用して跳躍する。弾丸ライナーの如く放物線を描いてウォーグルに突進するキテルグマ、避けようにもあまりの勢いに回避行動が間に合わない。
しかしウォーグルは空中で体勢を立て直す。昨夜、ジュカインとの戦いで分かっている通り、【はねやすめ】はウォーグルにとって切り札だが同時にかくとうタイプに弱点を見せることになる。ここぞという場面で使うわけにはいかない。
「もう一度【つばめがえし】だ!」
ジムの中を旋回し、キテルグマの死角へ回り込む。そのままもう一度身を翻しての斬撃を浴びせる。だが、それでもキテルグマは一向に動じない。
「どうした、そんなもんか?」
「ただデカいだけじゃない。闇雲に突っ込んでもやられる!」
俺の指示が停滞するとウォーグルは攻めあぐね、時折こちらに視線を送るようになった。
やっぱり昨日捕まえたばかりで、息の合ったコンビネーションが出来てない。俺は歯噛みする。
「──もしかして、と思ったけどまさか本当に昨日捕まえたポケモンか」
「な、なんでそれを」
「昨日帰りに歩いていたら、ポケモンセンター前でポケモンバトルしてる集団を見たんだよ。戦ってるうちの一匹がまさにウォーグルだったからな」
「見られてたのか……」
思わぬ状況に汗がツーっと頬を伝う。アサツキさんはヘルメットを目深にかぶり、大きなため息を吐いた。
「本気で来いって言ったはずだぞ。お前その程度の気持ちでここまで来たのか?」
キテルグマが再び【すてみタックル】でウォーグルに体当たりを行う。吹き飛ばされたウォーグルが地面に叩きつけられてしまう。
ウォーグルはまだキテルグマを睨んでいるが、かなり手酷いダメージを受けたらしい。アタックは後数回が限界と見えた。
「捕まえたばかりのポケモンでオレを認めさせるなんて本当に出来ると思ってたのか? 肝が据わってるとは言ったが無謀の間違いだったか?」
アサツキさんの目が俺を射抜く。その目に見えたのは、明らかな失望。
だけどそれは間違ってる。誰が本気じゃないなんて言った。
「ウォーグル
俺の言葉にウォーグルがこちらを振り向く。その目に映るのは紛れもない、俺。
目と目を合わせる。そうだ、捕まえたばかりだからと言って出会ったばかりじゃない。俺たちには微かに、共に過ごした時間が確かにある。
立ち上がり、ウォーグルと共にもう一度アサツキさんとキテルグマに対峙する。
「失望するには、まだ早いんじゃないですか!! なぁ、ウォーグル!!」
「ウォォォォォォォオオオオオオオオオッ!!!」
雄叫びを上げ、勇猛は空中へ再び舞い上がるとダメージ覚悟でキテルグマへ突っ込んだ。腕に闘気を迸らせ振り回す【アームハンマー】で迎撃しようとするキテルグマ。
だけどウォーグルはそれをひらりと躱し、もふもふの土手っ腹に潜り込んだ。
「【やつあたり】!」
「なに……?」
ウォーグルはキテルグマへ乱雑な、怒り任せの攻撃を行う。それは【つばめがえし】よりも威力を持っていたんだろう。初めてキテルグマが打撃痕を抑えて後退した。
「俺が持ってるこの"オールドバッジ"! ステラさんからもらったものだ!」
再度【やつあたり】を行うウォーグル。キテルグマがウォーグルを振り払おうと拳に稲妻を纏わせた。やっぱり撃ってくる、【かみなりパンチ】!
空気を切り裂くほどの勢いを以て突き出された拳。しかしウォーグルはその腕を止まり木にするように着地、【はねやすめ】を行った。今ならでんきタイプの技は通らない、ウォーグルはさらに【やつあたり】でキテルグマの腕に止まったまま渾身の頭突きを叩き込む。キテルグマが明らかにふらついた。
「このバッジを手に入れた時、
【つばめがえし】を直撃させ、ウォーグルが反転する。そして円を描くようにして再度キテルグマへ突進する。
そう、徐々に威力が下がり続けている【やつあたり】はこれまでだ。
「だからお前も、俺を信じてくれ!! ウォーグル、【おんがえし】だ!!」
これまでと変わって、俺の指示が的確に通った一撃がキテルグマを遂に押し倒させた。まだ起き上がれるようだが、それでも最初に比べれば大きな進歩だ。
ウォーグルは再び咆える。これでもまだ自分が本気じゃないと思うかアサツキさんに問い掛けているみたいだった。
「……今、ビリビリ来たぜ、お前のガッツ。でもまだだ、もっと響かせてみろ」
キテルグマが立ち上がり、ウォーグルに対峙する。どちらも満身創痍、あと一撃で決着がつくだろうと言う風体だ。
どちらともなく、相手目掛けて突進する。キテルグマが繰り出すのは【アームハンマー】、遠心力を溜め込み敢えて素早さを落とすことで確実にカウンターを狙う作戦だと分かった。
「試されてるぞ、ウォーグルッ!!! 【ブレイブバード】!! 突っ込めェェー!!」
身を捻り、錐揉み回転を加えることで突進力を底上げするウォーグルがキテルグマへ突き刺さる。ドンッ、と身体の奥底に響くような衝撃がジム内に広がった。
だけどその一撃を受けてもなお、キテルグマは最後のあがきとばかりに拳槌をウォーグルへ叩き込んだ。慣性力のまま墜落するウォーグルとキテルグマがフィールドに倒れ伏したのは同時だった。
「ダブルノックアウト、引き分けか」
アサツキさんがキテルグマをボールへと戻す。俺もウォーグルを戻すと労いの言葉を掛ける。傍らに立つジュカインに視線をやると、コクリと強く頷いてくれた。
ローブシンもまたフィールドに入ってくる。二匹のポケモンが睨み合う中、俺は心臓の鼓動が速く、強くなるのを感じた。
ドッ。
ドッ。
ドッ、ドッ。
────ドドドドドドドドドドド──────ッ!!!
心臓の音だと思っていたその響きは、そうではなかった。地面を揺らし、建物を揺らし、大地がまるで身震いするかのように。
「地震ッ!? うわっ!」
俺は思わず尻もちを突いてしまった。アサツキさんは身を屈めてヘルメットで頭を守る。観客席の方ではソラがチルタリスを呼び出し【コットンガード】でアルバとリエンを守る。
その時だ、ジムリーダーの間。即ちジムの奥に位置する壁が土砂によって突き破られた。バトルフィールドまで土砂が流れてくることは無かったが、突然の衝撃に俺たちは唖然とした。
「お前ら、無事か!」
もくもくと立ち込める煙幕の中、アサツキさんが叫ぶ。俺たちはそれぞれ無事な旨を伝える。ジュカインが腕の刃を振るい、真空波で視界を晴らす。
「今の、地震じゃなくて裏山が崩れた音だったのか」
「違うよダイ、多分両方。地震の影響で山が崩れたんだよ」
リエンが言う。俺たちの視線の先には壁を突き破って入ってきた土石流がある。
その時、ふわりと臭い立つ嫌な予感が脳裏をよぎった。何かが警鐘を鳴らしている、なんだ。何が気がかりになっている。
アルバもいる、リエンもいる、ソラもいる。アサツキさんだっている。手持ちのポケモンも無事。
「シイカは……? そうか、アイツらは……!?」
────約束だよ、オレンジ色の兄ちゃん!
────よしお前ら、ジムの裏山で特訓だ!
俺の脳裏をよぎる、ボルトの言葉。俺はウォーグルに高価な"かいふくのくすり"を吹き付け、体力を全快させるとその背に飛び乗った。
「ウォーグル、頼む!」
頷き、壁の空いた穴から屋外へ飛び出すウォーグル。その視界に広がった光景は信じがたいものがあった。
遥か先の、山の中腹付近。そこからオレンジ色の血液が吹き出しているように見えた。それはマグマ、大地が内包する最強の熱エネルギー。
今の地震は、間違いなくあの中途半端な場所での噴火によるものだとわかった。
「シイカ、ボルト! みんな、無事でいろよ!」
半ば祈るようにして、俺はウォーグルに先を急がせた。