十番道路、サンビエタウンからユオンシティを繋ぐ唯一の国道。
その整備された道を打つ、蹄の音のオーケストラ。その音の出処はポケモンだった。車を除けば、ラフエル地方で唯一の交通手段"バンバドロ・キャリッジ”だ。
「ポケモン、"バンバドロ”が引っ張っている馬車」と説明は簡単だ。しかし馬力と快適さ、何より風情からタクシーよりも利用する客は多い。
その荷車の中で哀愁漂う表情で流れる景色を眺めているのは昨夜サンビエタウンを旅立ったダイだ。
夜中の間、歩き続けていたダイたち一行。朝になったら休憩しようと思っていた矢先、偶然ユオンシティに戻る最中だったバンバドロ・キャリッジに遭遇したのだ。話すと、老齢の運転手は快くダイたちを乗せてくれた。しかも代金は距離分、ラジエスから乗ったのと十番道路から乗るのではだいぶ違う。運転手の気持ちに甘えながら、ダイたちは荷車に乗り込んだ。
アルバたちは夜中の間は言葉にしなかったが、元々サンビエタウンに到着してその夜には出発していたため、恐らく想像以上に疲労していたはずである。荷車に乗り込むなり、背もたれを枕にして寝息を立て始めた。ダイはまだまだ眠る気分ではなかった、だから一人で景色を眺めている。
「お兄ちゃん、珍しいね。ユオンシティに行こうってことはポケモントレーナーかい?」
「はい、ジムリーダーに会いに行くんです」
「そうかい、かくとうタイプの使い手じゃから、ひこうタイプやエスパータイプのポケモンを連れてたら有利じゃなぁ」
ひこうタイプ、その言葉はダイから乾いた笑いを引き出した。つい数時間前そのひこうタイプの、それも一番付き合いの長い家族と別れたのだ。思い出すなという方が無理である。
「にしても、男二人、女二人。いいねぇ、楽しかろう」
「そうですね……賑やかなので。それに、みんな俺の気持ちを汲んでくれるし」
「そうかそうか。じゃあ、いざってときは兄ちゃんも力を貸してやらんとな。それが友達っちゅーもんや」
カラカラと笑いながら、バンバドロを巧みに操る運転手。それからはダイも高速で流れる景色をただボーッと眺めていると、鼻が煙や油の臭いを捉えた。荷車から半身を乗り出すと、巨大な煙突がいくつも天に向かって手を伸ばしているのが見えた。
「見えてきた、あれがユオンシティじゃ!」
「職人の街……」
そのキャッチフレーズに違わず、早朝にも関わらず煙突は既にもくもくと煙を吐き出している。職人の朝は早いと聞く、さっそくポケモンジムを訪ねよう、とダイは考えを固めた。
ゲートを潜り、名実共にユオンシティへやってきたダイたち。運転手が徐々に速度を落とす。
「ジムはすぐそこじゃあ。ここからは歩きの方が近かろうて」
「本当にありがとうございました!」
寝ぼけ眼を擦りながら荷車から降りたアルバたち共々頭を下げて礼を言う。運転手は片手を上げ、なにも言わず笑顔で応えた。
蹄の音が遠のく中、徐々に意識が覚醒するアルバとリエン。特にアルバはジムのある街ということで既にテンションが上り始めていた。
「ソラ、まだ眠いだろ」
「平気」
いつものようにソラを背負うべく、しゃがもうとしたダイだがソラは確かにいつもの朝に比べてきっちりと目を覚ましていた。
「それより、すぐジムに行くつもり?」
「そうだよ」
「なら、ダメ。少しは寝た方がいい」
いつになく強い口調で言い切るソラ。アルバとリエンもそれに同調した。というのも、ダイは気づいてないが明らかに目元に泣き腫らしたあともある上、顔も浮腫んでいる。自分たちが寝てる間も起き続けていたのがバレている。
「そうか……わかった、ひとまずポケモンセンターに行こう」
「荷物持つよ」
「じゃあダイは僕がおんぶしてあげるよ!」
「いいよ、ソラじゃあるまいし!」
ダイから半ばひったくるようにして荷物を取るリエンと、先程ダイがしようとしたようにアルバがダイに背を向けてしゃがむ。
思わず大声でツッコんでしまうダイ、フラッと身体がグラついてしまいソラの言う通り睡眠の重要性について気付かされた。
レンガ敷の道沿いに歩けば、ポケモンセンターはすぐ辿り着けた。それぞれが部屋を取り、アルバはベッドにダイを寝かしつけるとライブキャスターで今クシェルシティにいるアイラにコールをかけた。
「あ、もしもし。アイラ? 僕だよ、アルバだよ」
『おはよう、どうかしたの? アルバからアタシにかけてくるなんて珍しいじゃない?』
「うん、ダイのことでちょっと相談があってね」
アルバはダイがペリッパーを手放したことを簡単に説明した。電話の向こう側のアイラはというとやはり驚いていた。ダイとペリッパーの馴れ初めから知っている人間であるなら、尚更だろう。
『それじゃあ、今ダイはひこうタイプのポケモンを持ってないのね?』
「うん、そうなるね」
『いざという時、それは致命的ね。わかった、ダイのことを知ってるアタシのポケモンを一匹ユオンシティに向かわせるわ。きっとダイもそのポケモンのことは覚えてると思うから』
「そうなの? いったいどういうこと?」
アルバが端末越しに尋ねると、アイラはカメラの奥で少し気まずそうな顔をしていった。
『本来なら、ダイの三匹目のポケモンになるはずだったポケモンなの。ちょっと訳ありで、今アタシのところにいるんだけどね』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「仮眠は取ったけど、やっぱりまだ眠いね」
「あんまり遠出とかは出来そうにないかも、ジムリーダーには明日会おうか」
「賛成~」
頭をふらふらさせながら言うソラにアルバとリエンが苦笑する。三人はポケモンセンターで軽く朝食を済ませることにした。サンビエタウンの豪華な野菜サラダに比べると少し質素だが、やはり職人や工場の人間が多く利用することもあるからか、肉料理など精のつくメニューが多かった。ユオンハンバーガーセットを三人で注文し、テーブルについてモソモソと食べ始める。
「シティマップを見てみると、ポケモンセンターから暫く歩いたところに市街があるみたい。色々役立つ道具とかもあるかな」
「面白そうだね、ソラ行ってみない?」
「行く、夕方」
「決まりだね」
ユオンシティは、かつてラフエル地方で最も東にある街として切り立った崖の上に作られた。外の世界からの侵略を防ぐべく、軍事的な要塞としての役割が大きかった。
そのため、今でもところどころでは戦闘機の発着場や、要塞跡地、他国との戦の爪痕が残されている。
それでも今はその上に、新たな一般工業施設が立ち並ぶようになりアルバが言ったように新市街も確立、他の街と変わらないラフエル地方の街の一つとして成り立ったという歴史がある。
「それにしても、こんなにたくさんの工場があって、電気はどうしているのかな」
「シティガイドに載ってたよ。ユオンシティは地熱発電と海からの風力を利用して発電、電力をユオンシティだけで賄ってるみたいだ」
「地熱か~、そういえば工場の熱気かと思ったけどこの街は全体的にどこか暖かいかもね」
リエンが納得すると、ソラが床に触れる。小さく「暖かい」と呟くがここは屋内、ただ床暖房が効いているだけだ。尤も、その床暖房を地熱を変換している可能性は十分にあり得るが。
そうこうして、全員が胃袋に朝食を詰め終わった頃には日も高くなり、街の到るところから金属特有の甲高い音が響くようになった。
三人がそれぞれ自由時間ということになり、アルバはシティマップを眺める。
「そういえば、モンスターボール工場もユオンにあるみたいだね。補充しておこうかな」
地図に従って歩くと大きな柱の先端に巨大なモンスターボールのレプリカが飾られている豪華なオブジェクトが見えた。如何にも、と言った工場の隣には生産直後のモンスターボールの販売を行っているような工場と違い綺麗なショップが立てられていた。アルバはその自動ドアをくぐると、ショーケースに飾られているモンスターボールを眺める。
「へぇ、色んな種類があるんだなぁ……でも、ここから先のボール見たことがないや」
モンスターボール、スーパーボール、ハイパーボールなど他の街のフレンドリィショップで並んでるおなじみのボールや、ネストボールやダークボール等一部の街やデパートでしか見たことのないボールもある。
だがアルバの目を引いたのは、それでもないボール。
「"レベルボール"、"ヘビーボール"……なんだろう、このボール。"ラブラブボール"なんていうのもある」
アルバがジッとショーケースを眺めていたときだった。
「──そいつはジョウト地方の名工が"ぼんぐり"っつー木の実を加工して作ったボールだ。ラフエル地方にも伝わったそれを、この街の職人たちが量産まで可能にしちまったってんだから大したもんだ」
突然後ろから男性が声を掛けてきた。アルバが振り返ると、多少整えられているヒゲとよれよれのシャツが目につく男性が立っていた。まるで仕事を放棄して公園で暇を潰しているサラリーマンのような風体だが、どこか油断できないプレッシャーのようなものを放っていた。
「この"ヘビーボール"、あるだけくれ。ああ金額は気にしなくていい、財布とはキッチリ相談してきた」
「かしこまりました、包装致しますか?」
「いやいい、多分すぐ使うことになるからな」
受付の女性が奥に引っ込むのを見て、男性は隣のアルバを眺める。顎に指を添えて、「ふんふん」と観察しているようだった。アルバは身じろぎすると尋ねた。
「な、なんですか?」
「お前さんポケモントレーナーだな。それも結構冒険してきたっつー面構えだ。気に入った、ちょっとポケモンを見せてくれよ」
「いいですけど、変なことはしないでくださいね!」
「しねえよ。俺は上等な値打ちモンには慎重に接するタチだからよ」
ひらひらと手を振って答える男性に、アルバは訝しみながらボールからルカリオとブースターを出した。すると男性は一瞬目つきを鋭くするような仕草をしてから、もう一度ルカリオとブースターに視線をやった。
「坊主、リザイナシティに行ったことは」
「あります、ジムバッジも持ってます」
「なるほど……じゃ次の質問だ。クシェルシティに行ったことは?」
「そっちもあります、ほら」
アルバはそう言ってピュリファイバッジを見せる。すると男性はなぜか納得したように含みのある顔で笑いながら頷いた。
「ってことは、ユオンシティにはラジエスシティから来た。当たりか?」
「なんでわかったんですか!?」
「っと、ちいっと喋りすぎたな。気にすんな坊主、ただの勘だ。それ以上でもなんでもねえよ」
大量のヘビーボールが店奥から運ばれてくる。表に止めてあったトラックにそれを詰め込むとその男性は肩に担いだ上着を翻しながらその場を後にした。
「じゃあ俺はこの辺で。時は金なり、ってな。お互い大事に使おうぜ」
「おじさん、名前は?」
去りゆく背中へと問いかけるアルバ。すると男性は振り返らず、トラックの扉を開けながら言った。
「────ワース。ただのしがない会計係だ、またどこかで会おうぜ坊主」
走り去るトラックを見送りながらアルバは肩を竦めた。不思議な男であった、と。しかし隣にいたルカリオは違った。
「どうした、ルカリオ」
「くわんぬ……」
小さくなるトラックを見ながらルカリオが渋い顔をしていた。今のワースという男からなにかを感じ取ったのだろうか、それを確かめる術はもう遠のいてしまったのだが。
とにかく気にしても仕方がない。アルバは再び店内に戻ると、ヘビーボールの欄に『SOLD OUT』の札を立てている受付にモンスターボールを頼んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あっちはキズぐすりのスペースみたい。幾つか買っておこうか」
「うん、買う」
一方その頃、市街の小さなデパートの中でリエンとソラがトレーナー雑貨のコーナーを眺めていた。財布に余裕を持ちつつ、万が一に備えてのキズぐすりを購入する二人。
思えば、たまにポケモンセンターで二部屋しか取れなかった時以外はソラと二人きりというのは初めてだということに気づいたリエンはソラの横顔をジッと見つめる。
どういうわけかパンク風な格好に身を包み、それでいて性格は不思議ちゃんそのもの。人の感情を音で捉える女の子、リエンはソラのことを嫌いではないがいまいち踏み込み辛いところがあると思っていた。
「ねぇ、あの日さ。私達の音楽が好きだ、って言ってたけど私達のはどんな音楽に聴こえてるの?」
「うーん、グチャグチャだよ」
「ぐ、グチャグチャ?」
また要領を得ない答えが返ってきたなと思ったリエンだが、ソラは首を傾げながら例えるように言った。
「そう、ダイがロック、アルバがポップ、リエンはバラード。なのに、
「やっぱり、人柄が音楽に出るの」
「出る。粗雑な人は音楽も粗雑。繊細な人は音楽も繊細、リエンはね……」
そう言いながらリエンの目をジッと見つめるソラ。そして目を瞑り、軽くハミングをするとソラは答を得たように頷いた。
「中に空洞がある、ガラスの玉」
「ガラスの玉?」
「弾く人、弾き方、それぞれのやり方で違う音を出せる。リエンは一緒にいる人で音楽が変わる、不思議な子」
「まさかソラに不思議って言われるとは……」
リエンが苦笑する。しかし確かに的を射ていると、自分でも思った。話す人で態度を変えている、ではないがどこか人で在り方を変えて生きてきた気はする。
マリンレスキューの手伝いをしていた頃は、そういう振る舞いを求められれば鏡のようにそう振る舞っていた。
一人で納得して頷いていると、不思議というワードに反応したソラが頬を膨らませている、無表情で。適当に謝ってあしらうリエンが会計を済ませる。
他にもわざマシンや戦闘中に使う道具、サンビエタウンから直送されてきた木の実など色々見てから外に出ると、日は既に傾きつつあった。
「ダイ、そろそろ起きたかな」
「起きてる、と思うよ」
「ペリッパーのこと、どうしたんだろうね」
リエンがぽつり、と疑問を口にする。それは今の今までダイを気遣ってアルバも聞かなかったことだ。
そして人の感情の機微に敏く、ダイとペリッパーのやり取りを聞いていたソラが答える。
「ダイは、本当はペリッパーと離れたくなんてなかったよ。あの時も、ずっと泣いてたから」
「やっぱりそうだったんだ」
納得がいく。手放したくて手放したなんてことは絶対に無い。なら何故だろう、リエンはずっとそれが引っかかっていた。
これから激化するバラル団との戦い、傷つくのも傷つけるのも嫌がるペリッパーを連れて行くわけにはいかない。だからラフエル地方で一番長閑なサンビエタウンの心優しい少年に託したのだ。
「気遣い上手なのに、下手だよね」
「うん、下手っぴ。とっても」
二人で言い合って笑う。要は不器用なのだ、人の気持ちを汲み取るのは得意なくせに、自分の気持ちを伝えるのはとてつもなく下手だ。
デパートを出て暫く歩くと、工場からぞろぞろと作業員が汗を拭いながら出てくる。
「いやぁ、近頃はあちぃなぁ!」
「ほんとほんと! もうサウナかってね! おかげで冷えたビールがうめぇのよ!」
「ちげぇねえ!! ガハハ! 今日も一杯やってくか!」
「いいねぇ!」
中年の作業員が笑い合いながら路地の先に消えていく。リエンとソラも確かにサンビエタウンでは感じなかった暑さを感じている。
だが「近頃」というワードが気になる。ユオンシティの人間にとっても違和感を覚える暑さだというのだろうか。
なんてことを頭の隅に思いながらもリエンは「考えすぎかな」と脳裏に消えたそれを一蹴する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
パチリ、と一瞬で意識が覚醒する。ベッドから上体を起こすと、部屋の中でポケモンたちがまるで塔のように積み上がっていた。
ゴーストの頭の上にジュカインが寄っかかり、その上にゾロアとメタモンが乗っていた。ゼラオラはゴーストに背中を預けるようにして寝ていた。
俺が起きたのを感じ取ったのか、ゾロアがまっさきに目覚めジュカインの上から降りる。その小さな衝撃でジュカインもゴーストも目を覚ます。ゴーストがふわりと浮き上がると、背中を預けていたゼラオラがごろんと転がってようやく起きる。
「おはよう、んー……よく寝たわ」
肩に乗ってくるゾロアの顎を撫でてやると気持ちよさげに身体を揺する。個室から出ると、隣の三つの部屋は全部外出中になっていた。多分自由行動時間なんだろう、俺も外に出ることにした。
ポケモンセンターのドアを潜ると、ユオンシティの東側に位置する海上の空はもう星が見え始めていた。テルス山に後少しすれば夕日が隠れてしまう、と言った時間帯だ。
「ジムの方、行ってみるか。たぶんアルバはいるだろ」
なんて予想をしながら歩く。街灯がパチパチと音を立てて道を照らし出す。するとバンバドロ乗りのおじさんが言ってた通り、すぐユオンシティジムが目に入った。
しかしなんだか見覚えのある景色が目の前に広がってる。というのも、ジムの扉が開かない。レニアシティの時のように誰かが出てくるか、そんなうまい話は────
「ん? ジムの前に怪しい人影を発見!」
「チャレンジャーかもしれない!」
「やっつけよう! 行け、"チャオブー"!」
──あった。あったんだけど、なんだか妙な感じに転がってきた。
ひぶたポケモンの"チャオブー"が俺目掛けて突進してくる。俺は近くのブロック塀をよじ登ってさらに跳躍すると電柱に掴まる。
ゾロアが俺の肩から降り、チャオブーと対峙する。するとトレーナーが明かりの下に現れる。見たところ、この街のヤンチャなガキどもみたいだ。
「すばしっこいヤツだ! "ダゲキ"!」
「"ナゲキ"!」
三匹のポケモンが出揃う。ポケモン図鑑を起動すると、どれもかくとうタイプのポケモンだった。そして俺がいる場所はユオンシティジム前。
なるほど、ジムトレーナーってことだ。
「相手がかくとうタイプならこっちはひこう────」
そこまで呟いてから、腰のモンスターボールが五つしかないことを思い出す。俺はその中から二つを選択すると放り投げ、電柱から手を離した。
「マルチバトル形式だな、受けて立つぜ。ゴースト! メタモン! レッツ変身!」
俺が呼び出したポケモンはゴーストとメタモン、メタモンとゾロアはゴーストに姿を変え俺のフィールドはゴースト一色になる。
だけど内一匹はゾロア、かくとうタイプのポケモンに殴られれば大ダメージは避けられない。
そこで、
「ゴースト、メタモン【サイドチェンジ】!」
フィールドの三体の場所がテレポートで入れ替わる。先程までゾロアがいた場所を分かりにくくさせる。それでも一匹は確実にゾロアだから、油断は出来ない。
しかし相手はかくとうタイプが二匹、チャオブーはほのおタイプも併せ持っている。だから本当はひこうタイプで、かつみずタイプのポケモンが欲しかったところなんだけど、言ったところでしょうがない。
「よーし! ダゲキ! 左のゴーストに【ローキック】だ!」
突っ込んできた道着姿のポケモン"ダゲキ"が鋭い蹴りを打ち込んでくる、がハズレ。それは本物のゴーストだ。
「【シャドーパンチ】!」
空振って体勢を崩したダゲキ目掛けてゴーストが腕を発射、そのままワンツーパンチでノックアウトする。
「じゃあナゲキ! 真ん中のゴーストに【やまあらし】だ!」
勘がいいな、確かに真ん中のゴーストはゾロアが化けてるポケモンだ。だけど、ゾロアが化けてるポケモンだからこそその攻撃は失策だ。
「【イカサマ】!」
"イリュージョン"を解除し、ナゲキの手の中に敢えて収まるゾロア。そのまま身を翻しゾロアを地面に叩きつけようとするナゲキだが、そこを利用する。
身体の小さなゾロアを背負い投げようとすれば当然叩きつける位置は低くなる。つまり、ナゲキは前のめりにならざるを得ない。そこで自身を拘束するナゲキの手を取り、ゾロアがさらに背負投する。地面に自身の勢いを加算した状態でぶつかったナゲキは当たりどころが悪かったのだろう、そもそも【やまあらし】は急所を確実に狙う技だからだ。
「でも、偽物は見つけた! チャオブー! 【ヒートスタンプ】!」
小さなゾロア目掛けて、巨体のチャオブーが跳躍。ヒップドロップの要領で踏み潰そうとする。が、ゾロアは動じない。
なぜなら、落ちる寸前でチャオブーの身体が浮いているからだ。
「メタモン、ゴースト【サイコキネシス】! ぶん回してやれ!」
グルングルンと空中で大回転させられるチャオブー。そのまま念力で吹っ飛ばし、壁に激突させる。するとチャオブーは起き上がる事はできたものの、前後不覚でトレーナーの男の子に突進、あえなく戦闘不能となった。どうやらもう戦えるポケモンはいないらしく、なんとか俺は勝利を収めた。
「負けちゃった……」
「しかも一撃……」
「つえー……なんだアイツ」
まぁ、ジムトレーナーならもう少しやるだろ。せいぜいがジムリーダーに憧れてる近所の少年たちってところか、ジムに挑戦するように見えた俺に辻バトルを挑んできたってことは、きっと強くなりたかったんだろう。気持ちはわからないでもない、だからか少しだけ微笑ましい気持ちになった。
と、俺が少年たちに声を掛けるか迷っていると、彼らの後ろから手を叩きながら一人の女の子が現れた。
「うんうん、良かったよ! ただやっぱ相手が悪かったね、次勝てるよう頑張ろう!」
街灯の下に現れたその女の子に俺は見覚えがあった。赤毛のツーサイドアップ、青系のジャケットとクリーム色のシャツ。そして襟元で光る、俺のと同じ金色のバッジ。
「お前、確か……」
「ん? なんだ、相手ってアナタだったんだ! 覚えてるかな、"シイカ"だよ! VANGUARDのメンバーの。説明会と結成式で一度顔合わせしたよね?」
そうそう、シイカ。確か所属チームはGuild……つまりここユオンシティのジムリーダー"アサツキ"さんのチームだ。
「なんだ、シイカはこっちに来てたのか」
「うん、旅人でも関係なくチームに入れるけど、暫くはチームリーダーの街で過ごしてみようかなって思って。いざ戦う時、チームワークが取れなかったら大変でしょ?」
「一理ある」
そう言えば俺、カエンが戦ってるところみたことないぞ……そんなんで一緒に戦えるのか、と聞かれたらちょっと不安だ。
俺が苦笑しつつ頬をかいてると、さっきの少年たちがシイカの傍にやってきた。
「シイカ姉ちゃんの知り合い?」
「うん、チームは違えど目標は同じ仲間! ってところかな?」
「なにそれー」
シイカの物言いに声を出して笑う少年たち。随分と懐かれてるな、人柄の良さがそうさせるんだろう。
「この子達はね、アサツキさんに憧れてるこの街の子だよ。ただアサツキさん今日は用事があるってジムを開けられないから、私が預かってたの」
「保母さんか」
「アハハ、でも言えてる。私も一応、ジムトレーナーとして手伝いはしてるんだ、かくとうタイプ連れてるからね。だからアサツキさんに頼まれれば子守もするよ」
困ったように笑うシイカ。だけど俺が気になったのはアサツキさんの用事だ、ジムを開けられない都合ってなんなんだろう。
俺の疑問に気づいたらしいシイカが首を傾げながら言った。
「一応、アサツキさんは"カヤバ鉄工"っていう、実家の手伝いをしながらジムリーダーをしてるからそれじゃないかな」
「なるほど、家の手伝いか」
記憶の中のアサツキさんはこじんまりとした人で、鉄工場の手伝いをしている姿なんて想像もつかないな。それに無口な印象を受ける。
「でも、俺の用事はジム戦じゃないんだ。良ければ会えないかな」
「そうなの? それならこの道を真っ直ぐ行ったところにカヤバ鉄工があるから」
「シイカは来ないのか?」
「もうじき暗くなるし、行くとしてもこの子達を家に送ってからね」
そう言うとシイカは少年たちを連れて反対側の方へ歩いていった。俺はシイカの証言とシティマップをすり合わせ、地図通りに歩いていく。
すると内側から光るタイプの看板で「カヤバ鉄工」とデカデカと書かれた巨大な工場を発見した。ちょっとしたドーム球場くらい広いんじゃないのか、この工場。
「すいませ────」
チュイイイイイイイイイイイン!!!
ガガガガ!! ダン!! ダン!!
トンテン、トンテン、カンカン!!
扉を開いた瞬間、耳を劈くような音に目眩を起こしそうになった。なるほど、外で聴こえなかったのは防音仕様だったからか、ご近所に配慮がされてるってわけだ。にしてもうるさい!
「すいませーん!!! ジムリーダーのアサツキさんを探してるんですけどー!!」
叫んでみるが返事はない。これはとてもじゃないが伝わらない。人を探そうにも稼働している工場の中を素人が歩き回るわけにも行かない。
もうすぐ日が暮れる。作業ももうじき終わりそうな気もするが、いつになるかわからないものをただ待ってるというのも性に合わない。
「出直すか」
ゾロアに言うとコクリと頷いて俺たちはドアを空けて外に出た。とその時、ガサガサとビニールの袋が揺れるような音が右から聴こえた。
見れば、鼻歌混じりに重そうなビニール袋を持って歩く女性がいた。そして、その姿に微かに見覚えがある。
肩口までの赤茶色ミディアムショート。間違いない、アサツキさんだ。
しかし彼女は俺を素通りしてそのままカヤバ鉄工の中に入っていこうとした。俺は慌ててその人の肩に触れた。
「あの、アサツキさん!」
「はい?」
振り返った彼女を見て、さっきの微かに見覚えがあった自分を疑いたくなった。
というのも、アサツキさんは
「ひょっとして、ジム挑戦者の方ですか? それならごめんなさい、私アサツキじゃないです」
「や、やっぱり?」
微かにあったはずの見覚えが崩れ去る。そして別の何かが俺の中に出来上がってくる。
それで納得する。手をポンと打って彼女の正体を言い当てる。
「あー、なるほど! アサツキさんのお姉さん!」
「妹です! 妹のヨルガオと申します!」
妹さんだった。