ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSペリッパー 小さきもの

 君と出逢ってから、もう随分経つね。

 

『──おとうさん、このポケモン怪我してるみたい。キャモメ、っていうのかお前』

 

 意地悪な"オニドリル"に襲われて怪我をした僕を見つけて、手当してくれたんだったね。ヒビ割れたクチバシが元に戻るまで君の部屋にいさせてくれた。

 怪我が治っても、ショックで上手く飛べない僕を君は馬鹿にしたりはしなかったね。

 

『──なら、飛べるようになるまでおれと一緒にいればいいよ! おれはタイヨウ! みんなはダイって呼ぶんだ!』

 

 君は子供の頃からすごいヤンチャで、お父さんの手伝いだって港を走り回った。僕もそれに着いていくようになるうち、空を飛べるようになって。

 やがて君は近所の郵便屋の手伝いをするようになった。手紙や小包を抱えて走る君を僕は追いかけた。そのうち、アイオポートではダイとペリッパーなんてお馴染みの二人になったね。

 

『──父さん、母さん。俺、アイラと旅に出る! ペリッパーも一緒だ!』

 

 ずっとポケモントレーナーに憧れていた君と一緒に旅出った。そして、僕は長いこと忘れていた他のポケモンと戦う恐怖を思い出してしまった。

 騙し騙し戦っていたけど、決定打が出てしまったのは君が最初にジムに挑んだ時。

 

『ポケモンを見る目はあるのに、センス無いよな』

『本当、惜しいよな』

 

 トレーナーズスクールも兼ねてるそのジムで、生徒たちの心無い一言が君の心に深い傷を作ってしまった。

 僕がもう少し頑張ってさえいれば、君を傷つけずに済んだ。

 

 それが僕にとって、一番の心残り。

 

 僕はまだ、本当の意味で飛べるようになっていなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「お、もてぇ……」

「女の子に向かって、重いは無いんじゃない?」

「寝てる人間をかれこれ二時間背負って歩いてるんで愚痴くらいは勘弁してくれませんかねぇ……!」

 

 現在、テルス山のトンネルを超えた俺たちはユオンシティに向かう途中地点のサンビエタウンを目指していた。のだが、かれこれ一週間俺は朝の苦行を強いられていた。

 というのも、新しい俺たちの仲間のソラだ。まず、こいつは低血圧が原因なのか朝が決定的に弱い。

 

 目を覚まし、簡単な朝食を済ませるまでは良い。だがそこでまた意識が途切れ始めるため、とてもじゃないが歩けない。

 だからこうして本当に意識が目覚めるまで俺が背中に乗せて運んでいる。そもそも、ソラの手持ちには俺よりも乗り心地良さそうなポケモンだっている、なんなら空だって飛べる。

 

 だと言うのに、なぜか俺が背中を化すハメになっている。

 

「まぁまぁ、サンビエタウンまで後少しだよ。頑張れダイ!」

「お前ー! 頑張れって言うけどねぇ!」

「ほらほら、騒いだらソラが起きちゃうよ」

「むしろ起きてほしいんだよ、自分で歩いてほしいんだよ俺は!」

 

 リエンとアルバは俺をからかって遊んでいる。まぁ、俺の荷物はアルバが持ってくれてるし、リエンがタウンマップで逐一残りの距離なんかを教えてくれるからまだやれてるけど。

 と、その時だ。騒いでいたからか背中のソラが身体を揺する。

 

「ん……ふわぁ……」

「お、起きたか?」

「……寝てます」

「起きてくれぇ!」

 

 俺の祈りが(そらに)に届いたのか、ソラは俺から降りると伸びをして眠そうな顔から徐々にいつもの無表情へと変わると俺たちの顔を見渡して頭を下げた。

 

「……おはようございます」

「おはよう、ソラ!」

「ぐっすりだったねぇ」

「俺の背中でな!」

 

 ようやくソラが自分で歩いてくれるようになり、アルバからそれぞれ自分の荷物を受け取る俺たち。この流れが、ここ一週間の朝の流れだ。

 ソラはボールからポケモンたちを出す。マラカッチ、ムウマージ、アシレーヌ、そして彼女のエース"チルタリス"。本当、二度寝するならチルタリスに乗ってほしい。切実にそう思う。

 

「おはよう、みんな」

 

 ソラがそれぞれの頭を撫でたり、お辞儀を交わしたり朝の挨拶を済ませる。これもまた一週間で見慣れた光景。実はかなり良いとこのお嬢様なのではないか、という仮説を立てた。が、ソラはあまり自分の話をしたがらない。アイラにも過去のことを聞くのはデリカシーに欠けると釘を差されたばかりなので、聞き出せないのもあるが。

 

「尤も、お前のテントを片付けたのはマラカッチだし、お前の髪をセットしたのはアシレーヌだし、お前を再び快眠状態にしたのはムウマージとチルタリスなんだけどな」

「え、そうなの……? 知らなかった」

「ここ一週間毎朝だったんですけどね!」

 

 やっぱり朝は頭が働いてないみたいだ。これからもずっとこうなのかな、って思いつつなんだかんだ楽しんでいる自分に気づいた。

 ソラが自分で歩いてくれるようになってからは進行ペースもだいぶ上がり、太陽が真上に上がる昼頃にはサンビエタウンの入り口が見えた。

 

「着いた、ほぼ一月ぶりのサンビエタウン!」

「ダイは途中で離脱しちゃったもんね」

「言うな、あの事件はアシュリーさんの誤解100%で出来てるんだ」

 

 今となっちゃ笑い話だけど、確かに俺一度マジで逮捕されてるし手錠もつけられたし脱獄までしちゃったんだよなぁ……今思ったけど俺、アグレッシブすぎやしないか。

 ポケモンセンターで部屋を取って、荷物を預けようとした時リエンが手を差し出してきた。

 

「なに?」

「ダイの部屋は私とアルバで取っておくから、シーヴさんに顔見せてきたら?」

「ああ、そうだね。きっと心配してると思うよ。言ってきなよ、ダイ」

 

 確かに、あれっきりだしな。俺はアルバとリエンに荷物を預けるとシーヴさんの育て屋の方へ向かって走る。昼のサンビエタウンは農家のみんなが畑で精を出している。

 すると育て屋前に止まったトラックから少年が出てきた。その少年はトラックの荷台に乗っている木の実がどっさり詰まった箱をシーヴさんの育て屋に持ち込んだ。

 

「シーヴさん、お届けに上がりました!」

「あぁ、ミッチ。今日もご苦労さま、重いでしょ。私も手伝うよ」

 

 ミッチと呼ばれた少年とシーヴさんが店の中から出てくる。俺は少し離れたところから、ミッチの働きぶりを見て、少し感慨にふけった。

 

「なんだか、昔の俺を見てるみたいだ……あれ、ペリッパー?」

 

 ボールからペリッパーが飛び出してくる。ペリッパーはトラックの上に乗ってる木箱を翼と頭で器用に抱えるとそのままシーヴさんたちの前に出ていった。

 

「あれ、このペリッパーは……あ」

「ど、どうもシーヴさん。その節はご心配をおかけしました」

 

 小走りで俺のところへ駆け寄ってくるシーヴさん。今まで木の実を運んでいたからか、ふわりといい匂いがした。

 

「良かった、イリスから電話で聞いていたけど、ちゃんと釈放してもらえたんだね」

「はは、釈放と言うか、脱獄と言うか」

「はい?」

「ああいえ、今は大丈夫ですよ!? ほら、この通り! 俺、VANGUARDのメンバーになったんだ! ちゃんと推薦で!」

 

 ジャージの襟につけられている金色のバッジを見せると、シーヴさんはホッと胸を撫で下ろした。もしかしてヒヒノキ博士の時もそうだったんだけど、脱獄ジョークってそこまでウケが良くない? 

 と、その時だ。シーヴさんと俺のやり取りを見ていたミッチが渋々と言った風に口を挟んだ。

 

「あの、お知り合いですか?」

「彼がダイくんだよ。以前にも話したことがあったね」

「あぁ! じゃあ、あなたが変わり者のダイさんですね!」

「変わり者!?」

 

 なんか、不本意な話の広がり方してる! ミッチは木箱を地面に置いて俺の手を取った。ブンブンと、それは強く上下に振って握手してきた。

 

「僕、"ミツハル"って言います! この町で配達員見習いをしてます!」

 

 なるほど、ミツハルだからミッチね。そして配達員見習い、その響きもなんだか懐かしい。今でこそ俺の肩書はポケモントレーナーだけど、アイオポートにいたときはミッチと同じように配達員見習いをして旅に出るための準備をしたりしていた。その頃から壁やら雨樋みたいなパイプを足場にしたパルクールでスピード配達を心掛けていたら、"エイパムから生まれた子"なんてあだ名が着いたわけだが。

 

「またサンビエに遊びに来たのかい?」

「はい、と言ってもユオンシティに向かう途中なんです。こいつ、ちょっと訳ありで」

 

 そう言ってボールからゼラオラを出す。ミツハルは「かっこいい!」って言いながらゼラオラを見上げていた。シーヴさんは周囲からゼラオラを見渡して「ふむ」と唸った。

 

「なるほどね、それにしてもなんだか毛並みが荒れてるね。バトル続き?」

「やっぱりわかりますか?」

「もちろん。おいで、せっかく来たんだから毛づくろいしてあげるよ。っと、その前に荷物を運んでしまわないとね」

 

 ミツハルの乗っていたトラックから木の実の箱を下ろす。預かってるポケモンたちのお菓子を作るのに使うんだろうか、シーヴさんお菓子作りが出来るって前回来たときに聞いたことがある。

 俺とペリッパーも荷物の搬入を手伝う。すると木箱はあっという間にトラックから姿を消した。仕事が終わったこともあり、ミツハルはシーヴさんの膝の上でジッとしているゼラオラを眺めていた。

 

 シュッシュッ、とブラシがゼラオラを撫でる音だけが建物の中に響く。ゼラオラも気持ちいいのか、抵抗せずにブラッシングを受けていた。

 不揃いになっていた長い毛をハサミでカットしたり、コロンをつけたりしてゼラオラがどんどん小奇麗になっていく。

 

「はい、おしまい。どうだった?」

 

 シーヴさんが手をパン、と叩くとゼラオラが渋々シーヴさんから離れた、相当気持ちよかったんだろうなぁ。

 とその時だ。ゼラオラのブラッシングを見て興味を持ったのだろう、俺の手持ちのポケモンたちが一気にボールから飛び出してきた。ゾロアが無遠慮にシーヴさんの膝の上へ飛び乗った。

 

「おいおい、ゾロアもか? ってまさか、ジュカインとゴーストも? メタモン! お前はツルッツルでブラッシングの必要無いだろうが!」

「別にいいよ、今日は預かっているポケモンもいないからね。ただ、ミッチはいいのかい? 次の配達があるんじゃないの?」

「ああっ!? 郵便配達の方をすっかり忘れてた! 失礼します! それじゃダイさん! また!」

 

 ミツハルは慌てて帽子を取って一礼すると、トラックに乗り込んだ。しかしトラックはキーを差し入れて回しても反応がない。ミツハルが何度もキーを回すがエンジンはうんともすんとも言わない。

 

「まさか、故障か?」

「かもしれないです……だいぶ昔から使ってるらしいので」

「らしい、ってことは譲り受けたもんか?」

 

 コクリ、と頷いたミツハル。トラックの中には小さい頃のミツハルと、今の彼と同じ格好の男が写っていた。きっとミツハルの父親だろう。

 家族経営なのかなとか、どれくらい長い間走ったトラックなのかな、とか色々思うところはあった。けど、一番は彼が仕事をきっちりと完遂することだ。

 

「シーヴさん! 少し俺のポケモンたちを見ててもらってもいいですか?」

「構わないよ。けどどうするの?」

「ミツハル、俺が自転車で送ってやる! 乗れ!」

「けど、荷物は?」

「郵便物だろ? それくらいなら、ペリッパーがなんとかするさ!」

 

 ミツハルの郵便物を入れた肩掛け鞄をペリッパーが自分の胴体に掛ける。随分と久しぶりに見るその姿に感慨深さを懐きながら、俺は自転車を鞄から引っ張り出す。

 本来は荷物をくくりつけるようのリアキャリアにシートを敷いてそこにミツハルを乗せる。

 

「何件ある?」

「結構多いですよ! ダイさん、この町の地理は?」

「ポケモンセンター周辺くらいしか詳しくはないな!」

「じゃあ僕がナビしますから、それに従ってください!」

「オッケー、ちょっと荒っぽい運転になるから、お巡りさんには内緒だぞ」

 

 町中の走行に適した重さにギアチェンジすると俺はペダルを踏んだ。幸いにも今日は無風、自転車は軽々と俺とミツハルを目的地に連れていく。

 ポケモンスタンプが押されたはがきをポストに投函するミツハルを乗せて次の目的地へ。

 

 するとポケモンセンターの前に到着するのと同時にリエン、アルバ、ソラが表に出てきた。

 

「あれ、ダイ?」

「なにしてるの?」

「ちょっとな、人助けだ」

 

 三人にミツハルの車が壊れたからこうして車代わりになっていることを説明する。三人はどうやらシーヴさんのところに行ったままPCに来ない俺を心配して今からシーヴさんのところに行くらしい。

 育て屋方面に向かう三人を見送ると、もう一度ペダルに力を込める。空を飛ぶペリッパーも、久々に郵便配達の手伝いが出来て嬉しいみたいだった。

 

 そもそも、ペリッパーがあまりポケモンバトルに積極的じゃないことに気づいたのはいつ頃だったか。

 アイツは俺が子供の頃、父さんの仕事場に顔を出した時ひどい怪我をしていたのを発見したのが始まりだった。その頃はまだキャモメだったなぁ。

 

 父さんの話では、近くに暴れん坊のオニドリルが生息しているって話で、きっと海で餌を探しているところを横取りされたのかもしれないって父さんは言っていた。

 折れた翼や、割れたクチバシの手当をしてやったら俺のことが気に入ったのか、群れには戻らず家で預かる形になった。

 

 けど、翼の怪我が治ってもなかなか飛ぶことが出来なくって。アイラがアチャモを育て始めたのもこの頃で、相性では勝るはずのアチャモに良いようにされていた。

 ああそうだ、たぶんこの時、ひょっとするとこのペリッパーは戦うのが好きじゃないんだって思い始めたんだ。

 

 それでも、野生のポケモンを捕まえる度胸なんかもなくて、俺は無理やり旅に出る口実にペリッパーを使った。けど最初のジム戦で敗けてから、ポケモンバトルとは疎遠になっていた。

 次にゾロアに出会うまで、俺たちはバトルをしなかった。ペリッパーはそれで満足だったんだろう、きっと傷つかず、傷つけずいられるから。

 

 そんなペリッパーも、このラフエル地方に来てからは戦いを強いられる機会が増えた。言うまでもない、バラル団との戦いだ。

 身を護るための戦いだから、ペリッパーも俺の指示には従ってくれた。クシェルシティのジムでは、サザンカさんのポケモンとも勇敢に戦った。

 

 だけどこれから激化する戦い、ペリッパーはどう思うんだろうか。

 一番付き合いが長いからこそ、俺はそんなことを思ってしまった。

 

「ダイさんは、いつからペリッパーと一緒なんですか?」

「ちょうどその時のことを考えてたよ。モンスターボールの携行が許可されるよりもずっと前だ。そう考えると八年とか、それくらいになるな。トレーナーになる前は、俺もミツハルみたいに配達の手伝いをしていたんだ。だから、随分久しぶりにこういうことをするんだ」

「そうなんですね、ダイさんと一緒にこうして配達するの、すごく楽しそうに見えます」

 

 ミツハルの言葉を受けて、俺は空を見る。風に乗り羽ばたくペリッパーは確かに心から楽しげに飛んでいるのがわかった。

 ふつふつ、と俺の中である感情が大きくなるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ダイさん、今日は本当にありがとうございました!」

「いや、気にするなって。俺も久々にいい汗かいたしな」

 

 それから日が暮れ、サンビエタウンは夜の顔を見せる。ダイがシーヴの育て屋に屯していた仲間を迎えに行くと今度はルカリオがブラッシングをされていた。どうやらシーヴは今日一日中毛づくろいをしていたらしい。見れば、アルバとリエンがもらったタマゴから生まれたグレイシアやブースターも綺麗な毛並みになって、丸くなって眠っていた。

 

「それで、車の方はどうだ?」

「はい、やっぱりエンジンがダメになってて。父さんもそれを話したら買い替え時だなってことになりました」

「ってーと、新しいのが来るまで時間がかかるよな」

「はい……」

 

 肩を落とすミツハル。ダイはミツハルの前に一歩踏み出すと、モンスターボールと自転車を渡す。

 

「俺は暫くこの町にいる。その間、ペリッパーと自転車をお前に貸してやるよ」

「えっ、いいんですか!?」

「あぁ、ペリッパーも久しぶりに人のための仕事が出来て、楽しかったみたいだからな」

 

 ペリッパーが未だにミツハルの肩がけ鞄をぶら下げて嬉しそうに目を細めた。ダイの申し出がよほど嬉しかったのだろう、ミツハルもまた目を輝かせていた。

 

「ありがとうございます! それじゃ、僕父さんを呼んで車を回収する手はずを整えますね!」

 

 郵便局の方に走っていくミツハルを見送る。その背中が見えなくなったところで、ダイはシーヴさんの育て屋の中にいるリエンたちに声を掛けた。

 

「悪い、ちょっと暑いから散歩してくるわ」

「行ってらっしゃい~」

 

 呑気にダイを見送るアルバ、苦笑するリエン。しかしそんな中、ソラだけは一人席を立った。

 急に席を立つソラを訝しんで、ポケモン用のお菓子の作り方が載った雑誌に目を落としていたリエンが顔を上げる。

 

悲しそう(エレジアーコ)……ダイは、嘘を吐いてる」

「わかるの?」

「うん、私ちょっと見てくる。二人はここにいて」

 

 とてとて、と小さい歩幅でダイの後を追いかけるソラが彼の姿を見たのはレニアシティに向かうロープウェイの目の前だった。テルス山を眺めながら、ダイはしみじみと呟いた。

 

「良いやつだったな、ミツハル」

「クワッ!」

 

 勢いよく返事をするペリッパーの頭を撫でるダイ。

 やがて、その頭から手を離しダイはペリッパーに背を向けて、胸から空気を絞り出すように小さな声で言った。

 

 

「────なぁ、ペリッパー。お前、ここに残る気は無いか?」

 

 

 流石にその言葉はペリッパーも予想してなかったのだろう。今までの浮かれようが嘘のように悲しそうな顔をした。

 背中を向けるダイの手に翼でそっと触れるペリッパー。

 

「正直、お前と戦うの、もう嫌なんだよ」

 

 しかしペリッパーの翼から手を退ける。納得がいかない、という風に鳴き始めるペリッパー。

 

「今日一日、ミツハルの手伝いをしてわかったんだ。お前はやっぱり、戦うより誰かのために飛ぶ方が良い顔してる」

 

 ペリッパーと顔を合わせずに、ダイは淡々と続けた。月を見上げながら、ダイはゆっくりと空気を吐き出す。

 

「それに、ミツハルもお前がいれば嬉しいだろ。途中から見てたけど、お前らいいコンビに見えたけどな」

 

 遠目から見ていても、ソラにはわかった。ダイは嘘を吐き続けている。乾いた笑いに返されたのは【みずでっぽう】だった。

 ダイの頭目掛けて放たれたそれが、ダイの上半身を水浸しにする。

 

「……なんだよ」

 

 ポタポタと雫が頬を伝って流れ落ちる。ダイはようやくペリッパーの方を向いた。そして彼を見下ろしながら、口を開いた。

 

「これから激化するバラル団との戦いに──お前みたいに弱いポケモン、連れて行きたくないんだよ」

 

 それが決定打だった。ペリッパーは一歩、二歩と後退る。その時だ、シーヴの育て屋の前にミツハルが戻ってきた。

 父親らしき男が業者と共にトラックを牽引する準備をする中、ミツハルはダイを探していた。

 

「ダイさーん! ペリッパー! どこですかー!?」

 

 そちらに視線を向けると、ダイはペリッパーに目線を合わせて言った。その時、ペリッパーはようやくダイが今まで顔を合わせなかった理由に気づいた。

 

「ほら、お前を呼んでる」

 

 ──声が聞こえる。

 

 ダイはペリッパーに、往くべき道を指差した。

 夜風が二人の間を吹き抜ける。水浸しになったダイの身体を優しく乾かす風。

 

 ペリッパーはやがて、コクリと確かに頷いてダイに背を向けた。

 そして小走りでミツハルの元へ戻ると、ペリッパーが彼に飛びついた。

 

「うわぁ、ペリッパー! どうしたんだい?」

「明日からよろしくってことだろ。あんまり無理はさせないでやってくれよな」

 

 ダイは後ろからペリッパーを追いかけ、ミツハルに言った。夜の闇が、彼の嘘を上手く隠した。

 ミツハルは飛びついたペリッパーの頭を撫でると、自転車のスタンドを上げながら言った。

 

「はい! 重ね重ね、ありがとうございます! それじゃあ今日は失礼しますね!」

「おう、明日からも頑張れよ」

 

 自転車とペリッパーを連れ、ミツハルがその場を後にしようとする。ダイはペリッパーを呼び止めた。

 

「ほら、忘れ物だ。郵便屋さん」

 

 ペリッパーが下げている鞄に一つの小包と、一枚の便箋を入れるとダイはそっとペリッパーの背を押した。ペリッパーも、もう迷わない。

 ミツハルの後を追いかけるペリッパーの背中を見送りながら、ダイは満足げに口角を持ち上げる。

 

「良かったの?」

 

 後ろからずっと見守っていたソラが尋ねる。ソラにはきっと嘘を吐けないだろうと、ダイはこの一週間で思っていた。

 だから、嘘はもう吐かない。

 

 

「────良かったさ。アイツは、やっと……飛べるようになったんだよ」

 

 

 今までずっと隠し続けた嗚咽が溢れる。ペリッパーの【みずでっぽう】で隠せると思っていた。けれどダメだった。

 振り返ったダイの顔は涙と鼻水でグズグズになっていた。ソラは黙って、パンキッシュな見た目にそぐわないレースをあしらったハンカチを差し出した。

 

「また会えるお別れは、笑顔でしようよ。笑顔のお別れは『また会おうね』ってメッセージだから」

 

「そうだな……そう、だよな……笑っていなきゃ、アイツも心配するよな……わかってる」

 

 ハンカチは使わず、袖口で乱雑に顔を拭うとダイは無理やり笑った。目尻は赤く、鼻も時々啜り上げるが、それでも笑った。

 ずっと一緒だった家族の門出を笑顔で祝うために。

 

 

 

 

 

「えぇっ!? 今日サンビエを出る!?」

「どうしたの、ダイ。別に明日でも良いんじゃないの?」

 

 ポケモンセンターに戻ったアルバとリエンが声を上げた。するとダイは頷きながらも、口を開いた。

 

「明日になったら、決断が鈍っちまう気がする。今夜しか無いんだ。もし無理なら俺だけでも今夜中にサンビエタウンを出発する」

「決断……?」

 

 リエンが尋ねると、ダイは首を縦に振った。しかし説明しかねていると、ソラがアルバとリエンに耳打ちする。二人も当然驚いた。

 だが、ダイが今しがた口にした決断という言葉の重さを尊重したのか、なぜとは聞かなかった。

 

「こんな事もあろうかと、出発の準備自体は出来てるよ。っていうか、荷解きすらしなかったからね!」

 

 アルバが明るく振る舞う。リエンも小さく笑いながら言った。

 

「少し食料の買い足しをしたら、私も出られるよ。ソラも準備出来てる?」

「出来てる」

 

 小さく頷いたソラを見て、三人が了承する。ダイは小さく「ありがとう」と礼を言うと、自分の荷物が置かれた部屋に入る。

 荷物を纏めていると、ジム戦の証であるジムバッジが出てきた。その一つ、ピュリファイバッジを眺めてダイは一筋の涙を零す。

 

 三人が待っているポケモンセンターの前に出る。シーヴにも今夜中に出発することを告げると、彼女は何も言わなかった。ただ微笑んで「またいらっしゃい」と言ってくれた。

 四人が十番道路への入口を目指している最中、目に入る郵便局。

 

「悪い、ちょっとだけ待っててくれ」

 

 ダイはそう言って荷物を地面に下ろすと、まるでエイパムのように身軽に郵便局の二階ベランダまでよじ登る。わずかにカーテンの隙間から中が伺えた。

 中では、ペリッパーとミツハルが寄り添うようにして眠っている。それを見て、ダイは満足げに笑むとベランダから飛び降りる。

 

「本当に良いの?」

「……あぁ、行こう」

 

 リエンが最後の確認を行うが、ダイは迷わない。荷物を拾い上げ、早足でサンビエタウン東区のゲートを目指した。

 今夜の月は僅かに欠けていた。まるで大切なものと分たれた彼の心を表してるようにも思えた。

 

 せめて彼の旅路を照らそうと、煌々と優しい光で夜の道を彩っていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ミツハルへ

 

 ペリッパーのこと、よろしくお願いします。

 バトルは好きじゃないみたいだから、無理やり戦わせないでやってほしい。

 

 でも、お前が困ったときはきっと力を貸してくれるはずだ。

 そういうときは遠慮なく頼っていいと思う。

 

 おっとりしたヤツだから、酸っぱいものが好きだ。

 まぁなんでも食べるヤツだから、食べ物の好みは別にいいよな、割愛する。

 

 一人だけシーヴさんのブラッシングを受けられなかったから、気にしてると思う。

 お前が暇な時でいいから、預けてやってほしい。シーヴさんには俺から伝えておく。

 

 自転車、多分少しサドルが高いと思うから好きに調節してくれ。

 アレはペガスシティの遊園地でもらった良い自転車なんだ。

 

 貸すだけだぞ、いつか返してくれよな。

 

 

 

 

 

 ペリッパーへ

 

 ミツハルに迷惑をかけないようにな。仲良くすること。

 今までありがとう。ありきたりだけど、これが一番大事だと思ったから。

 

 

 本当にありがとう、相棒。またいつか会おうな。

 

 


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