ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSコジョンド 戦う理由

 新たにソラという旅の仲間を加えたダイたちがユオンシティを目指してラジエスシティを出発しておよそ一週間ほどが過ぎた。

 ユオンシティの南に位置する、湖畔の都"クシェルシティ"ではダイの幼馴染"アイラ"がサザンカの元で修行を積んでいた。

 

 ジムの裏手にあるサザンカが私有する"修行の岩戸"では四匹のポケモンが対峙していた。

 

「【ばくれつパンチ】仕掛けてくるよ! ジュペッタはノクタスとチェンジ! 受け止めて!」

 

 修行の岩戸、その門番を務めているニョロボンとニョロトノがコンビネーションを以てアイラに迫る。

 そのうちの一匹、"ニョロボン"が拳から闘気を迸らせ跳躍する。ぐるぐると腕を回し、遠心力を拳へと集束させる。ノクタスはニョロボンに対してくさタイプで有利を取れるが、同時に複合タイプゆえのあくタイプを、かくとうタイプで打ち消されてしまう。

 

 ニョロボンの渾身の拳がノクタスへぶつかる瞬間、【サイドチェンジ】を用いてノクタスと自分の位置を入れ替えたジュペッタが【ばくれつパンチ】を受け止める。

 ゴーストタイプのポケモンにかくとうタイプの技は効かない。だが、そんなことはニョロボンも承知の上。ジュペッタに投げ飛ばされた後受け身を取ると、拳を解き手刀に切り替え再度ジュペッタへ迫る。

 

「もう一度【サイドチェンジ】! ノクタス、【ニードルガード】スタンバイ!」

 

 テレポートによってジュペッタとノクタスの位置が再び入れ替わり、ノクタスは両腕を身体の前面に展開し針を伸ばす。ニョロボンの【じごくづき】がノクタスの身体へと突き刺さるが、同時にニョロボンの手にノクタスの針が刺さる。あまりの痛みにニョロボンは目を腹の模様よろしくグルグル回して倒れる。

 

「よし、ダウン取った! 残るはニョロトノ!」

 

 アイラが宣言するとニョロトノはギクリ、と顔を引きつらせて思い切り息を吸い込む。恐らく放ってくるのは【ハイパーボイス】、しかし対策は出来ている。

 ジュペッタだ、既に攻撃姿勢に入ってるニョロトノに突進し、ニョロボンがしたのと同じように手刀を作り、ニョロトノの顎目掛けてそれを突き出す。

 

「【じごくづき】返し!」

 

 そもそもジュペッタに【ハイパーボイス】は効果がない。ではなぜニョロトノの攻撃を封じたのか。

 当然、その後の攻撃に繋げるためである。ジュペッタの後ろから飛び出したノクタスが両手の針にエネルギーを宿してニョロトノをアッパースタイルで殴りぬく。

 

「【ニードルアーム】!」

 

 打ち上げられたニョロトノが吹っ飛び、修行の岩戸内の滝壺に飛び込み派手な水柱を上げる。水に飛び込んだことでわずかに回復したが、どちらも健在なアイラの手持ちを倒せるかは怪しいと判断したらしく、両手を上げて降参の意を示した。

 

「はーい、お疲れ様でした」

 

 降参を了承したアイラが武道礼をし、ノクタスとジュペッタがそれに続く。アイラがニョロトノを滝壺から引っ張り上げると先にダウンしたニョロボンと一緒に回復させる。

 

「おや、ちょうど終わったところのようですね」

「サザンカさん! はい、それはもうベストタイミングに」

「それは良かった、お茶を入れたのでどうぞ。休憩にいたしましょう」

 

 その時、ちょうど岩戸の入り口に盆を持ったサザンカと、その師"コジョンド"が現れた。ニョロボンとニョロトノが礼をするとコジョンドは静かに頷いた。

 サザンカが冷たいお茶の入った湯呑を渡すとそれを一息に呷るアイラ。コジョンドもまたノクタス、ジュペッタに羊羹を差し出す。それを嬉々として口に放り込む二匹、続いてニョロボンたちにも羊羹が配られる。

 

「どうです、そろそろ一週間になりますが調子のほどは」

「ぼちぼちですね。ノクタスとジュペッタのコンビネーションも洗練されてきたとは思います」

 

 お茶を口に流し込みながら頷くアイラ。なおもサザンカは続ける。

 

「それは良かった。ではそろそろ座学にしましょうか」

 

 ニッコリと笑んだサザンカにアイラはお茶を飲み干して向き直った。

 

「数ヶ月前、バラル団に奪われた"秘伝の巻物"の上巻、そこには"虹仙脈"について記されていました」

「虹仙脈……?」

「えぇ、カイドウくんの論文により、今では"Reオーラ"と呼ばれるようになりましたね。お聞きになったことは?」

 

 アイラは首を横に振った。するとコジョンドが残った巻物のもう一つをアイラの元に持ってきた。確認を取ると、サザンカが首を縦に振った。

 どうやらコジョンドもアイラの実力をそれなりに認めているらしい。それを見せることに抵抗は無いようだった。

 

「なになに……えっと」

「ハハハ、"ラフェログリフ"ほどではありませんがそれなりに古い言葉が使われていますからね、まずは解読から入らねばなりません」

 

 そう言うとサザンカはアイラの手から巻物を借り受けると一説一説指さしながら説明を始める。

 

「虹仙脈……即ち"Reオーラ"とはこのラフエル地方全土に流れる力のことを指します。我々がこうしている、今この真下にも流れているとされていますね」

「それが、ポケモンに及ぼす作用は?」

「──メガシンカ、アイラさんもご存知ですね? そのメカニズムは?」

 

 いざという時の切り札として重宝しているメガシンカ。アイラはカロス地方のシャラシティにて、メガシンカを継承する資格も手に入れてきたため、メガシンカに対する造詣は深い。

 

「メガシンカは、トレーナー側にキーストーンを持たせポケモン側に対応するメガストーンを持たせることで、双方の絆をトリガーにストーンを介してシンカエネルギーがポケモンに作用し姿かたちを変える、ですよね?」

「そうです。そして、Reオーラがポケモンとトレーナーに及ぼす作用はメガシンカのそれに限りなく近いとされています、しかもキーストーンのような特別な道具は一切介さず、意識のみをトリガーに発動が可能なのです」

 

 サザンカはなんとなしに言ったが、それはアイラにとって衝撃的だった。シャラシティでの修行を経験しているからこそ、その修業なくしてメガシンカと同等、もしくはそれ以上の力を手に入れることができるとなれば驚きもする。

 

「じゃあ二ヶ月前のあの時、そのReオーラについて記された巻物がバラル団に盗まれたってことですよね!? それ、やばいんじゃ……」

「えぇ、やばやばです」

「やばやば……?」

 

 あまりにサザンカらしくない言葉が彼の口から飛び出してきたせいでアイラは思わずオウム返しをする。サザンカ曰く「武術教室の子供たちが教えてくれた言葉」らしい。若者言葉に毒され気味のサザンカにアイラは少し頬を引きつらせたが、咳払いで話を戻す。

 

「ですが、幸いなことにこの"秘伝の巻物”下巻に記されている情報が無ければ、Reオーラを媒介にした"キセキシンカ”は利用できないでしょう。いかにバラル団がメガシンカを扱えるほどポケモンたちと絆で結ばれていようと、ね」

 

「そう言えば、名称がついているってことは、キセキシンカの発現にはもう成功しているんですか?」

 

「えぇ、かの"雪解けの日”に隊員の一人、説明会の日にもいらっしゃったアルマ警部補、それに彼のことはよくご存知でしょう。アルバくんとルカリオもキセキシンカを一度発動させているとカイドウくんから聞いたことがあります」

「アルバとルカリオが……」

「状況を整理すると、両者とも命の危機に陥っていたそうです。それがトリガーになったのかどうか、今もカイドウくんが検証を重ねてくれています。ので、我々は別のアプローチでキセキシンカを会得しようと考えています。幸い、明日はもうひとりの経験者が訪ねてくる予定になっています」

「経験者?」

「えぇ、ジムリーダーの中でも最年少。英雄の民とお馴染みのカエンくんです」

 

 あの子もキセキシンカの経験者、とアイラは感嘆を口にする。サザンカは自分の湯呑にお茶を追加する。

 

「彼はまだまだ子供ですが、ポケモンと共にあろうとする姿勢、ポケモンに対する歩み寄り、心の通わせ方はジムリーダー随一です。きっと学べるところは多いはずですよ」

「なら、もてなしの準備をしないとですね! 明日はフルで修行修行修行、ですよ!」

 

 アイラが気合十分、とばかりに立ち上がったときだった。湯呑みを片付けながら、サザンカがかねてより抱いていた疑問を開放する。

 

「疑問なのですが、なぜアイラさんはバラル団と戦うのでしょうか?」

「アタシ、首突っ込まないと気がすまないタチで。今まで旅してきたところでも何度か悪党とは戦ってきたし、今回もそんな感じですよ」

 

 戯けて言ってみせるが、サザンカはそれだけでないことを見抜いていた。そして見抜かれていることもアイラは肌で感じ取った。

 白状してアイラが星を数えるように、過去を振り返り始める。

 

「……あの日、サザンカさんとダイのジム戦を見て思ったんです。あぁ、あいつ私が目を離した隙にどんどん強くなっていたんだなって。きっと、ダイはもっと勝ち進んで、きっとポケモンリーグに出場できる。だからアタシは、ポケモンリーグの開催が危ぶまれるような危険要素を排除するために戦うんだって、あの日決めたんです」

 

「一緒に戦う、という選択肢は無かったのですか? 彼もVANGUARDの一員ですし、その道も選べたはずでは?」

 

「アタシがVANGUARDの設立をPGに促したのは、あくまで民間のトレーナーに逮捕権を与えることですから。ダイには、本当はバラル団と正面切って戦ってほしくはないんです。だからアタシが一番に、ダイが頑張る暇もないくらい頑張って、バラル団を倒して、揃ってポケモンリーグに出場するって約束を叶える。それがアタシにとって一番大事な目標です」

 

「なるほど、大事に想われてますね彼は」

 

 サザンカがニッコリと微笑むと、アイラの顔はまるで爆発するように真っ赤に燃え上がる。

 

「そそそ、そんなんじゃないです! ただの幼馴染だし! いつもいっつも手のかかるヤツで、アタシがいないとダメダメだな〜とか! そもそもダイのくせに勝手にアタシの前からいなくなって生意気だし!」

「おやおや、わかりやすいですね」

「だから違うって言ってるじゃないですかー!!」

「良いことですよ、()()もあなたくらい明け透けな方が好感が持てるのですが」

 

 蒸気機関でも積んでいるのか、という程に顔を赤く上気させて湯気を噴き出しそうなアイラを横目にサザンカが一人ごちる。アイラも気恥ずかしさを隠すために湯呑に口をつけるが、既に中身は空。

 それを見てコジョンドが口元を隠すようにして小さく笑った。恥ずかしさが倍増してしまい、アイラはそのまま背中から滝壺に突っ込んだ。

 

「おや、大丈夫ですか?」

「っっっっぷはっ! 大丈夫です! さっぱりしました! ニョロボン、ニョロトノ! もう一本!」

「やる気十分なのは良いのですが、暗くなってから夕餉の支度をしていては遅くなってしまいますよ。先に済ませてからにしましょう、今度は僕も付き合いますよ」

 

 アイラに乾いたタオルを差し出しながら立ち上がり、着物の裾についた砂を叩く。火を起こすための巻をコジョンドがせっせと集め、ニョロボンとニョロトノは水を汲みに行く。

 ここ、クシェルシティジムのサザンカといえば自然の中で生きる者として有名だ。ジムには電気が引かれておらず、すべてが彼の自給自足によって成り立っている。

 

 その生活の歯車に組み込まれて一週間、アイラも旅慣れしていたため気苦労は無かったが、やはり思う。

 今頃ユオンシティに向かっているダイはどうしているだろうか、と。一緒に着いて行っても良かったのではないか、と。

 

「ううん、決めたことだもんね。やり遂げよう、アタシが」

 

 半分以上空が茜色に染まり、星たちが顔を出す中アイラは一人決意を胸に抱いて、コジョンドが集めた薪を火に焚べた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 同時刻、大陸のどこかで。

 

 怪しげな機械が定期的に音を奏で、黄緑色の光を点滅させる。ひと目見て、科学者のラボラトリーだと分かるような配線まみれの部屋。

 そんな部屋の中で一人の白衣を着た男が灰色の多目的デスクをひたすらに蹴り飛ばしていた。

 

「くそっ、くそっ!! ボクに、ボクにィ、またこんな結果を見せつけやがってェ……!」

 

 頭を掻きむしり、デスクの上の書類をひっくり返しながら男は喚くようにして言った。彼を見守る灰色の装束の団員たちは気まずそうにその背中を眺めている。

 

「二ヶ月、二ヶ月だぞ。ボクにこんな、こんな曖昧で不確定的な資料を読ませ、あまつさえ解読しろなどとッ!! くそっ!!」

 

 彼が散らかしたデスクの上には二ヶ月前、バラル団によりダッシュされたクシェルシティの"秘伝の巻物"その上巻が開かれていた。

 古いラフエル地方独特の言葉が使われており、専門家無くして読解は困難。故に研究は難航している、だというのに求められるのは成果のみ。

 

 男の怒りはある種真っ当と言えた。

 

「なにをォ、なにをジッと、ボーッと、ヤドランみたいに突っ立っているんださっさと片付けろ!! ボクは、ボクは忙しいんだぞ! 一刻も早く解析せねば!! いやぁだがしかし、こんな研究を続けていてはいずれ精神崩壊を引き起こしかねない!! 今にも具合が悪くなりそうだ、くそっ!!!」

 

 明らかな情緒不安定、近づくべきか放っておくべきか灰色の装束──バラル団員たちが決め倦ねていると自動ドアが入ってくる人間を感知、まるで左右に退くように扉が開いた。

 その扉のスライド音すら、男を苛立たせる。白衣の裾を乱雑に翻しながら振り返る。

 

「なんだァ!! 騒々しい!! ボクっ、ボクがこんなにも頭を悩ませているというのに君君君君君たちはァ!!」

「……うわ、鏡見てから言ってほしいんですけどー」

「まぁそういうなや"ソマリ"。おい"ザイク"、研究は進んでるか?」

 

 自動ドアが招き入れたのはバラル団強襲班長の"ジン"と、スカウト班長"ソマリ"。どちらも幹部イズロードの元で下っ端を導く責任を与えられたメンバーだ。

 白衣の男──ザイクは入り際にジンが投げかけた言葉を聞いてこめかみをヒクつかせた。

 

「進んでるわけないだろうがァ!! さっさと古文書解読の専門家でも連れてこいよォ!! ボクに丸投げしてェ!! 作業が捗るわけ無いだろうがァ!! こんなっ、こんな確証の取れない空論を読まされあまつさえ実証しろなどと言われるボクの気持ちになってみろォ!!」

「アンタ科学者でしょ~? なんで自分で実証したいと思わないわけ?」

「良い質問だ!! ボクに、ボクが知らない未知を認めるつもりがないからだ!!」

「でも他の誰かに先取られるのも嫌なんでしょ?」

「当たり前だ!! ボクは科学者だぞソマリィ!! ボクをっ、ボクを馬鹿にしているのか!!!」

 

 論理破綻もここまでくれば正論に見えなくもない。ソマリは露骨に嫌悪感を隠さずにザイクとのやり取りを終えた。仕方がないのでジンが引き継いだ。

 

「幹部会から研究と、それとポケモンに利用できる追加兵装はどうなってるかってさ」

「…………ん? そっちなら順調も順調、むしろ良いのが出来上がっている。飛行可能なポケモンに牽引させるコンテナ。しかも空襲可能なようにウェポンラックも装備してある。尤もこのコンテナのメインは軽く、かつ丈夫であることだ。ドラゴンタイプのポケモンの攻撃にも耐えられるよう設計してる。さらにエスパータイプのポケモンから抽出した力学的パワーを使って、中の重力を半分以上に軽減できる。ひこうタイプのポケモン、そうさな……例えるなら"ピジョット"。コンテナに搭乗可能な人員は十人。普通ならドラゴンタイプのポケモン数匹掛かりでもない限りはそんな重さのコンテナの運搬不可能だ。だがこのコンテナなら最大数の乗員数であってもピジョット一匹でも運搬が可能。これから生産数を増やせば大規模な投入作戦も可能となるだろう。いいか、ここからが大事だぞ。このコンテナの原案こそ幹部会だが実用に耐えうるスペックを実現したのはこのザイクだ!!」

 

 先程までのヒステリックはどこかへ消え去り、まるで科学者のように饒舌に語りだすザイク。それを耳にしてさらにソマリが鬱陶しそうな顔をしだしたが、ジンは歯を見せて笑った。

 

「流石だなぁ、俺の煙玉を発射するグローブも元はと言えばお前が作ったもんだしな。使う薬剤の調合はこっち任せだけど」

「当たり前だ!! 勝手に補充される道具などあるものか!!」

「いや、出来れば装填するシリンダーのカートリッジくらいは大量生産が可能になってくれないと困るんだよなぁ、いざっていう時」

「ぐぬぬぬぬ……まぁいい、今のボクは気分がいい。生産ライン確立に助言くらいは出してやっても良い。今のボクは、気分がいいのだ!!」

「二回言わなくてもわかってるっての……」

 

 これ以上この場にいるとソマリの方が機嫌を損ねかねないので、ジンは気分の良くなったザイクを適当にあしらうことにした。

 

「とりあえず、そのコンテナ今夜中に使えるようにしておいてくれ。三つもあればいいってさ」

「任せておけぇい!!」

「それと、秘伝の巻物の解読もな」

「貴様ァァァァァ!! 最後に、最後にそれを思い出させるなァ!! おい待て!! 待てと言ってるだろジン!! 待て!! 戻ってこい!! このっ、クソっ!! クソっ!!」

 

 ジンとソマリがここに来た理由は一つ。彼が開発した運搬コンテナを使うためだ。

 明朝、太陽よりも先に打って出る。前回奪い損ねたもう一つの巻物を奪うために。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌朝、アタシは風が頬を撫でる感覚で目を覚ました。それと同時に、サザンカさんもスッと起き上がると妙な風を感じたのか、立ち上がると寝間着からサッと動きやすいいつもの民族衣装に着替える。アタシも上着とズボンだけ履き替え、お守りのゴーグルを装着して外に出た。

 

「まだ夜も明けていないんですが」

 

 クシェルシティを囲む、山の向こう側に太陽の光が微かに見えるほどの暗闇。しかしその中であってもはっきりと分かる、敵意。

 自分たちをぐるりと取り囲む圧倒的な数の敵意。

 

「ずいぶんな数のお客さんですね」

「サザンカさん二ヶ月もジムを空けてたから、挑戦者じゃないですか?」

「そういえば、他の地方の友人と遠征修行を行っていたので、そうかもしれないですね」

 

 アイラとサザンカが軽口を叩き合う。挑戦者のはずがない。挑戦者はこんな無遠慮な時間を選ばない。そして殺意に近い敵意など発するはずがない。

 であるなら、彼らは誰なのか。

 

 答えは簡単だ。

 

「"コマタナ"! 【メタルクロー】!」

 

 闇の中で閃く銀光。それがサザンカの首筋を綺麗に狙っていく。が、途中で何かがその刃を防いだ。それはサザンカの手持ち、クラブだ。

 ただ【はさむ】攻撃だけでコマタナの刃を防ぎ、そのまま勢いを利用して投げ飛ばす。

 

「やっぱバラル団ね、ってことはきっと秘伝の巻物狙いでしょうけど」

 

「その通り! 前回貰い損ねた方、きっちりと奪いに来たぜ」

 

 アイラの言葉に快活に応えるのは金髪のウルフカット、サザンカは彼に見覚えがあった。それこそ二ヶ月、不意をついて秘伝の巻物を奪った三人組の一人、バラル団三頭犬のジン。

 

「今回は三十人で押しかけさせてもらったぜ、サザンカさん」

「アポイントメント無しは困りますね、今日のところはお引取りいただけますでしょうか」

 

 そう言うとサザンカはモンスターボールからギャラドスを喚び出すとそのままクシェルシティの湖上へと崖から飛び降りた。ギャラドスの上に着地し、崖に立っているバラル団員に向けて懐から巻物を取り出してみせた。

 

「巻物はここです。これが欲しいのなら、僕から奪い取ってください」

 

 ジンはその時、微かな違和感を覚えた。二ヶ月前のサザンカはこのような男だっただろうか、言葉尻から自信に満ちた感情が見えるような男だったろうか、否だ。

 口で自らを未熟と言いつつも実力者の片鱗を見せるような男ではあった。だが、ここまで変化するものだろうか、怖気に近いものをジンは感じ取った。

 

「お前ら、行くぞ!」

「ジュペッタ! 【ふいうち】!」

「あぶねぇっ!?」

 

 下っ端を引き連れて湖上に向かおうとしたジン目掛けてアイラがジュペッタをけしかける。続々と湖上へ向かうバラル団員たちを尻目に、ジンがアイラと対峙する。

 

「なるほど、オレは行かせてくれなさそうだな」

「アンタはここでアタシと遊んでればいいよ」

「ふぅん、おもしれぇ女」

 

 ジンはそう言うとスピアーを喚び出す。速さを信条とする彼のエースだ。アイラはスコープを取り出し、暗視モードを起動する。少なくとも太陽が出てくるまではこれでやり過ごす。

 

「しかし、サザンカさんは大丈夫かな? オレの部下は三十人、とても一人で相手できるとは思えねえけど?」

「部下の心配より自分の心配をしなさい。アンタたちはね、とっても悪いタイミングで喧嘩吹っ掛けてきたってこと、教えてあげるわ」

 

 

 

 

 

「ゴルバット! 【エアカッター】!」

「そっちへ行ったぞ! 回り込め!」

 

 湖上へ降り立ったギャラドスとサザンカ目掛けてバラル団員たちが殺到する。多数のゴルバット隊が真空の刃を撃ち、サザンカを狙い撃つ。サザンカはギャラドスのヒレに掴まりながら状況を把握する。

 バラル団員たちは空を飛べるもの以外は【なみのり】を使えるポケモンと、ボートとその上で陸上ポケモンによる援護を行うチームに分かれているようだった。

 

「まずは、頭上のを落としますか。ギャラドス、【はかいこうせん】です」

 

 口腔に溜め込んだ蹂躙を思わせる色の光線が夜明け前の湖上を彩る。空に浮かぶバラル団員たちを薙ぎ払うように放たれた【はかいこうせん】、点攻撃ではなく線上に放たれる攻撃が多数のゴルバットを戦闘不能にし、バタバタと湖へと突き落とす。

 

「臆するな! ボート隊! 電撃を浴びせてやれ!」

「エレブー! 【10まんボルト】!」

「【ほうでん】だ!」

 

 恐らくジンがいない際に下っ端の統括を任されているであろう団員が指揮を取る。するとボートに乗ったでんきタイプのポケモンたちが軒並みギャラドス目掛けて電撃を行う。

 さすがのギャラドスも電撃を食らうのはまずい。サザンカはギャラドスの頭部からジャンプすると向かってくる電撃の手前の水面目掛けて踵落としを繰り出した。

 

 直後、吹き上がった水柱が電撃を防ぐ盾となる。それだけでなく、巻き上がった水柱が電撃を吸収したまま空へと登っていく。

 

「こちらも【10まんボルト】です! あれを利用してください」

 

 サザンカの指示を受け、ギャラドスが巻き上げられた電撃を自らの電撃へ加算、そのまま【なみのり】による水上攻撃を行い分隊目掛けて撃ち放つ。

 

「アビビビビビビッ!?」

「ごばごばっ! おれっ、泳げねえんだ! 助けてくれっ!」

 

【なみのり】を行えるポケモンは往々にしてみずタイプであることが殆どだ。【10まんボルト】を受けて無事で済むはずがない。トレーナーを乗せたまま水中でもがくポケモン。

 サザンカは一瞬逡巡したが次の瞬間、

 

「なっ、あの男! 水面を走っているぞぉぉぉぉぉぉー!?」

 

 驚くべきスピードで水上を走り、溺れているバラル団員のフードを掴むとボートの一つ目掛けて放り投げたではないか。

 投げ飛ばされた隊員がボートの上に乗っていた隊員に激突、当たりどころが悪かったのかそのまま昏倒した。それを見届けるとサザンカは自分に向かう攻撃に気づいた。

 

「はっ!」

 

 再び水面に踵落としを繰り出すと、今度は水柱ではなく巨大な大波が立ち、向かってくるポケモンたちを軒並み流してしまう。

 

「ば、化物かよ……!?」

「よく言われます」

 

 都合よく流れてきた流木に飛び乗ったサザンカは自らが起こした波に乗る。これまでの攻防でおおよそ半分ほどに戦力を削いだが、まだまだ敵意は健在だ。

 

「こちらも手数を増やしましょう、"ゲッコウガ"!」

 

 喚び出された蛙忍が印を結び、【れいとうビーム】を放射する。しかしそれはバラル団のポケモン目掛けてではない。サザンカ目掛けて、だ。

 サザンカは再び震脚で水柱を立て、氷の光線を受ける。たちまち湖上に立ち上がった氷柱こそがサザンカの狙いだったのだ。

 

「すぅ────」

 

 サザンカは深い息を吸い込み、次の瞬間目にも留まらぬ乱打を氷柱へ打ち込んだ。みるみるうちに飛礫と化す氷柱の破片が雨のようにバラル団員たちを襲う。

 まるで機関銃だ、サザンカの動きがだんだんブレ始める。視認すら出来ないほどの速度で氷柱を殴打し、飛礫へ変え撃ち出す。

 

「くそっ、動けるやつは陸に上がれ……ってこの街には陸がない!!」

 

 空を飛んでいる六人がサザンカに背中を向けたが、それらを纏めてギャラドスが焼き払う。たった数分の間に、三十人もいたはずの下っ端たちは全滅した。ゲッコウガとクラブが気を失っている団員たちを纏めてジムのフィールドへ引っ張り上げ、拘束する。

 

「さて、上は大丈夫でしょうか」

 

 

 

 

 

「"バシャーモ"! 【ニトロチャージ】! もっとよ、もっと速く!」

 

「スピアー! 【こうそくいどう】して【ドリルライナー】だ!」

 

 炎を纏い、徐々にスピードを上げていくバシャーモと、闇の中で羽音を響かせるスピアーの両者がぶつかる。アイラにはこの夜闇でも相手の姿が視えているが、バシャーモはそうではない。

 しかしジンとスピアーは特殊装備により、夜闇を完全に攻略している。この勝負、分があるのはジンの方だ。

 

 そのはずだった。

 

「(このバシャーモ、速すぎんぞ!? オレのスピアーがついていけないなんて、馬鹿なことが……!)」

 

 実際に速度の差は無いように見える。が、それは速度を極限まで高めたスピアーに対して追従、もしくは凌駕しているこのバシャーモ。

 

「その程度? 喧嘩を売る相手まで間違えたんじゃない?」

「るせぇ! もう一度【ドリルライナー】だ!」

「十二時の方向! 【ブレイズキック】!」

 

【ドリルライナー】はじめんタイプの技、さらにスピアーの特性は【スナイパー】。急所に当てることさえ出来ればバシャーモはひとたまりもない。

 だが、バシャーモは防御姿勢を見せないにも関わらず急所を見せない。自身に匹敵する速度で動き回る相手の弱点を突くのは困難だからだ。

 

 バシャーモが脚部に炎を纏わせ、一気に正面を蹴りぬいた。が、スピアーは素早くバシャーモの左側へ回り込み、その腕の針を一気に突き出した。

 

 

 刹那、鈍い音が響いた。

 

 

 そこには炎に焼かれながら地面に蹴り伏せられるスピアーの姿があった。バシャーモは未だ健在、凛とした立ち姿で倒したスピアーを睥睨する。

 一瞬何が起きたのか、ジンの認識すら速度が超えてしまった。

 

「今、正面に向かって繰り出された【ブレイズキック】は見えた。が、その次だ……なにがあった」

「アンタとスピアーがセコい手を使ってくるっていうのは前から知ってるの。だったらこっちの攻撃の間隙を突こうとしてくるだろうし、バシャーモは敢えて隙だらけの単調な攻撃で、カウンターするための攻撃を誘発したのよ」

 

 情報量の差。アイラはダイやカイドウなど、一度ジンと対峙した者やその関係者からその手口を聞いていた。だからこそこの戦いに置いてアドバンテージを有していたのだ。

 しかしジンの方は、アイラをただの子供と侮った。手早く片付けて、部下の手伝いに行こうとふんわりと考えていた。甘かったのだ。

 

「アタシの勝ちよ。VANGUARDのメンバーとして、バラル団のアンタを逮捕するわ」

 

「どうやらこちらも片付いたようですね」

 

 その時、階段を上がってきたサザンカが合流する。しかしアイラが一瞬目を逸らした隙を突き、手袋からシリンダーに詰め込まれた特殊煙玉を発射し、煙幕を起こした。

 

「ヘルガー! 【だいもんじ】!」

「ッ、いけない、アイラさん!」

 

 サザンカが地面を蹴り穿ち、そのまま岩盤を捲りあげ盾にする。そのままアイラを抱きかかえて岩盤の影から跳躍し、岩戸の入り口の鳥居まで飛び退く。

 その時、煙幕の中からゴルバットに掴まったジンが飛び出してきた。

 

「今回は預けるぜ、ゴーグル女!」

「あっ、待て!」

「いえ、深追いは禁物です。どの道他の団員は僕のポケモンたちが抑えています。奪取は不可能でしょう、彼は身一つで帰るしかない」

 

 サザンカの言う通り、クシェルシティジムに一度立ち寄ったジンがそのまま離脱するのが遠目に確認できた。

 後少しのところで逃してしまった。エースを倒したことで油断してしまったのだ、アイラは歯噛みする。

 

「それより、大事がなくて良かったです。()()()()()はアイラさんが持っていましたからね」

「突然預けられたからびっくりしましたよ」

 

 そう言ってアイラが上着の内側から巻物を取り出す。サザンカが取り出した巻物を開くと、そこには「ハズレ、もう少し頑張りましょう」と書かれていた。

 ギャラドスを呼び出し、バラル団員の目がそちらに向いた瞬間にアイラの手に握らせていたのだ。

 

「ああすれば、班長か団員たちのどちらかは一網打尽に出来ましたからね」

「逮捕した後、クシェルシティのPGに引き渡します」

「わかりました、では僕は湖の片付けに向かいます。だいぶ散らかしてしまいましたからね」

 

 指笛でギャラドスを喚び出すと、サザンカは再びその背に乗って砕けたボートの破片を集めていく。

 と、ちょうど朝日が山の向こうに顔を出した瞬間だった。空を翔ける翼竜の姿が目に映る。

 

「せんせー!!!! サザンカせんせー!!! たのもー!!」

 

 修行の岩戸に直接殴り込みを掛けてきたかのように、火の玉小僧カエンがやってきたのだった。

 

 


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