ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSグランブル 再出発

 ダイとステラのジム戦からかれこれ三日が経過した。ダイはそれから短期の入院を迫られ、腹の傷が良くなるまでベッドから動けずにいた。

 また、ゼラオラも受けていたダメージが相当身体に影響を及ぼしたらしく、ラジエスシティの病院一階に設置されているポケモンセンターで安静を強いられていた。

 

 診た医者曰く、十回は戦闘不能になってるほどのダメージ。それを受けてなお戦い続けたのだから静養は必須と言えた。

 

 そしてダイの退院当日、アルバとリエン、ソラとアイラの四人は再びラジエスシティジムを訪れていた。理由は単純明快。

 

「そこだ、ルカリオ! 飛び込め!」

「来ますよグランブル!」

 

 修復された石舞台の上、ルカリオが地を蹴り加速する。グランブルは大顎に炎を宿らせ、ルカリオを迎え撃たんとする。

 放たれたのは【バレットパンチ】、高速で撃ち出される鋼鉄の拳がグランブルの顎下部に直撃する。脳を揺さぶる位置に殴打がクリーンヒットする。

 

 が、

 

「ガァァウウッ!」

 

 刹那、肉の焼ける音。ルカリオの拳がグランブルの口の中に収まってしまう。しかしルカリオはそのダメージを覚悟の上で突っ込んだのだ。

 アルバとルカリオの狙いは、グランブルを確実に逃さないこと。そして、

 

「捕まえた! そのまま【ラスターカノン】だ!」

「【ほのおのキバ】を敢えて受けたのは、それが狙い……っ!?」

 

 グランブルはルカリオから逃げられず、ルカリオは足を開いて地面を踏みしめるともう片方の腕に鈍色の光を集束させる。

 そして拳全体を覆ったその光を以て、グランブルを殴打する。グランブルの身体を貫通する鋼のエネルギー。発勁の要領で撃ち込まれたそれがグランブルの体力を削り切った。

 

 空気が破裂するような音から石造りのジム内に静寂が訪れる。やがて、グランブルはあんぐりと口を開けルカリオを解放すると後ろに大の字で倒れ、目を回していた。

 

「グランブル、戦闘不能! よってこの勝負、挑戦者(チャレンジャー)の勝利!!」

 

 ジムトレーナーが赤い旗、即ちアルバの勝利を告げた。アルバはぐぐぐと全身に力を込め、

 

「いよっし!!!!!」

 

 思い切り飛び跳ねた。ルカリオも火傷を気にもせずアルバとハイタッチを交わす。先鋒でミミッキュの相手を務めたブースターも喜び辺りを跳ね回っていた。

 その様子を見て、微笑みながらステラがアルバに歩み寄った。

 

「お見事でした、挑戦者。この戦いを制した貴方に、このオールドバッジを授与します」

「はい、ありがとうございます!」

 

 受け取ったバッジをポーチにつけるアルバ。並べて三つ目のバッジが夕日を受けてキラリと輝く。

 

「貴方とルカリオ、とても信じあっていますね」

「物心ついた時から一緒にいる相棒なんです。でも……」

「でも?」

「この間、()()()()見せつけられたから、こっちも負けてらんないなって!」

 

 アルバが石舞台の一部に視線を送る。そこには未だに修復しきれてない傷跡が残っていた。ダイとゼラオラの戦いを物語るその傷を、ステラは敢えて残していた。バトルフィールドの外側にある傷なのでジム戦に支障は出ない。彼女が認めた『ポケモンを信じる心』を証明するその傷を埋めるわけにはいかなかったのだ。

 

「やったね、アルバ」

「いい調子ね!」

「ありがとう二人共」

 

 観覧席から移動してきたリエン、アイラとハイタッチを交わすアルバ。しかし二人には続かず、観覧席と石舞台の中間でソラがボーッと立ち尽くしていた。

 

「どうしたのよ、ソラ」

「ダイの音楽が聞こえる、近づいてきてる」

「はぁ?」

 

 そう言ったまま、ソラがジムの入り口を指差す。アイラとリエンが石舞台からドアをジッと見つめると、自動ドアが機械音を立てながら開く。

 

「はい到着~! タイムは?」

「本当に来た、エスパー!?」

 

 そのまま横滑りするように自転車で突っ込んできたダイが肩に乗っているゾロアに尋ねる。ゾロアは口に咥えたライブキャスターのタイムを止める。

 あまりにも大袈裟な登場に思わずその場の全員が硬直した。アイラが階段を飛び降りるようにしてダイの目の前に降り立つとその腹部を思い切り殴った。

 

「いってぇ! なにすんだ!」

「アンタ馬鹿ァ!? 怪我してんのに何遊んでんのよ!」

「いや怪我は治ったよ!? っていうか怪我してる箇所を重点的に殴るとかお前あれだな! ド畜生だな!」

 

 殴られた箇所を摩りながら言うダイ。するとアイラはいきなり怒りを収めたかと思うとしおらしくなる。

 

「いや、治ったならいいのよ……ちょっとは、心配したし」

「え、聞こえないんですけど。もっと大きな声でプリーズ」

「ッ~~~~~~! うっさいバーカ! キテルグマにハグされて死ね!」

 

 その場の全員が「それはマジで死ぬ」と思ったが口には出さない。微笑ましい口論を見てステラがクスクスと笑う。

 

「元気になったみたいで良かったです、ゼラオラはもう大丈夫ですか?」

「えぇ、今日の夕方には退院しても大丈夫だろうって。改めてご迷惑をおかけしました……それと、バッジありがとうございます。俺、大事にします」

 

 ダイも三つ目のバッジを見ながらステラに言う。その時だ、ステラがハッとしたように顔を上げた。

 

「ダイくん、確かご出身はオーレ地方だと伺いましたが……」

「はい? そうですけど、どうかしたんですか?」

「"ときのふえ"というのは、ご存知ですか?」

 

 その単語を耳にした瞬間、ダイはアイラと目を見合わせコクリと頷いた。

 

「俺たちの故郷にあるって言われてる、伝説の笛です。でも、どうしてそれをステラさんが?」

「私はジムリーダーの他に大神殿や図書館の管理を任されています。それはご存知ですね? ジム戦の後、古い文献を調べてみたのですが……こういうものを見つけたんです」

 

 ステラが差し出したのは古い蔵書だった。恐らく彼女が見つけ出すまで埃を被っていたのだろう、ページの端々が微妙に白んでいた。

 

『"つながりの唄"』

 

 その唄についてのページは古めかしい言葉で飾られていて、現代人に読解は難しかった。ダイが首を傾げながらページを読んでいくと、いつの間にか隣に来て同じ本を眺めていたソラが「あ」と短い声を上げた。

 

「知ってる、英雄の民の歌」

「英雄の民、ってーとカエンの家系?」

 

 ダイが聞きなおすとソラが頷いた。そしてステラが慣れない手付きで携帯端末を操作しダイに見せてくる。

 

「少し前のことですが、ここラジエスシティで"リングマ"が暴れるという、妙な事件が起きたんです」

「事件? バラル団絡みのですか?」

「いいえ、カエンくんによるとバラル団は関与していない、どころか犯人の一味をバラル団と協力して撃退したと聞いています」

 

 それはダイにとって、少しばかり大きな衝撃だった。当然といえば当然だ、バラル団を除く別の悪党も存在する。ダイは今までバラル団としか相対してこなかっただけだ。

 

「その犯行グループは"暗躍街(アンダーグラウンド)"と呼ばれ、ポケモンを暴走させる薬品を作ったんです……と、脱線してしまいましたね。とにかく、この薬品でテルス山の守り神と名高い一匹のリングマが暴走しました。ちょうど、貴方のゼラオラのように」

 

「それを解決したのがこの"つながりの唄"ってことですか?」

「えぇ、"英雄の民"がその場に居合わせたことでリングマは沈静化、元に戻ったと聞いています。私が思うに、この"つながりの唄"には"ときのふえ"と同じ効力があると思うのです」

「そうか……! それなら、ゼラオラを元のポケモンに戻してやれるかもしれない……!」

 

 ダイが目を輝かせた。そしてズイと身を乗り出した。

 

「そ、その英雄の民はどこにいるんですか!? 教えてください!」

 

 捲し立てるように頼み込むと、ステラはやや困った顔をして頬をかいた。見かねたアイラがダイの襟首を掴んで引っ込ませた。

 

「それがですね、()()はややスケジュールが厳しい人物でして、アポイントメントは難しいと思うのです」

「……そんな」

「ですが、彼女とコンタクトを取れそうな人に、心当たりがあるのです。もし、この後旅の行先が決まっていないのであれば"ユオンシティ"に向かってください。その街のジムリーダーならきっと、彼女への道標になるはずです。協力してくれるよう私からも頼んでみます」

 

 そうと決まれば、話は早い。ダイとアルバとリエンはタウンマップを取り出し、顔を見合った。

 

「二人共悪い、一緒にレニアシティに行くって約束もう少し後回しになりそうだ」

「ううん、いいよ! まずはゼラオラを元に戻してあげないと!」

「ダイとアルバが良いなら、私は反対なんてしないよ」

 

 次の目的地が決まる。三人は軽く拳をぶつけ合う。旅の最中、「一緒に頑張ろう」を表現するジェスチャーだ。

 

「それじゃ、明日……いや明後日だな。明日は挨拶回りと準備をしてから出発だ」

「オッケー!」

「わかった」

 

 ダイはステラに向き直った。そして自転車から降りて腰で深く折ってお辞儀をする。

 

「ステラさん、本当お世話になりました」

「いいえ、二週間前この街が大きな被害を受けなかったのは貴方の尽力あってこそ。感謝するのは私の方です。またラジエスに来ることがあればぜひ会いに来てください。元気になったゼラオラに会えるのを楽しみにしています」

 

 差し出された手をダイはおっかなびっくり取る。グッと力を込め合い別れを済ますと、ダイたち五人はジムを後にした。

 

「アイはどうする? お前も一緒に来るか?」

「なによ、三人旅しながらまだアタシが恋しいのかしら?」

「ちげーよそんなんじゃねーよ。ただ、もうお前と一緒に胸張って冒険出来るって思っただけだ」

 

 それはダイがずっと思っていたことだ。リザイナシティ、クシェルシティ、両方のジムを制覇したダイだったが、戦ってる最中は常に「勝たなくちゃ」というある種、強迫観念に囚われていた。

 だが、ステラとのジムはゼラオラの暴走であんなことになってしまったとは言え、心の枷が外れたように、気楽に挑むことが出来るようになっていた。

 

 もう置いてけぼりを食うことはない。強い幼馴染(アイラ)と一緒に、世界を回れたなら。今度こそやり直せる気がすると、ダイはずっと思っていたのだ。

 

「……ううん、やめとく。VANGUARDは設立出来たと言っても、やっぱり活動方針の違いで戦力として動かせるのはせいぜい半分って感じだし、アタシはこのままサザンカさんのところで修行しようかと思ってる」

「じゃあ。また一旦お別れだな」

「そうなるわね、アンタたちが冒険だけ出来るようアタシは最善を尽くすからさ。アルバ、ダイ、ちゃんと勝ち進みなさいよ」

「もちろん。だけど、アイラとポケモンリーグで戦うって約束、僕は覚えてるからね」

 

 アルバがアイラとハイタッチを交わす。続いてダイとは握った拳を打ち付ける。リエンとは固い握手でそれぞれの健闘を祈ると、アイラは"フライゴン"をボールから呼び出しその背に飛び乗った。

 

「それじゃあアルバ、リエン、馬鹿を任せたわよ」

「「馬鹿を任されました」」

「おい、このくだり前もやったよな? なぁ」

 

 ダイが抗議の声を上げるがアイラは止まらず、フライゴンを上昇させた。サザンカがいるクシェルシティの方向へ向かい、段々と小さくなるアイラを見届けてダイは小さく、誰にも聞こえないように鼻を啜った。

 

「さて、と。ソラはこのまま、リザイナシティに戻るのか?」

「……うん」

「今の間はなんだ……?」

 

 さっきからポケーっと突っ立っているだけだったソラがいきなりダイに話題を振られ、少し考える間を開けてから答えた。

 

「タクシー、使うから、今日()ここでお別れ。バイバイ、みんな」

「お、おう……元気でな、前も言ったけど何かあったら連絡していいんだからな」

 

 ダイが手首に付けられているライブキャスターを軽く掲げる。するとソラはいつもの無表情から少しだけ笑みに見える無表情で応えると捕まえたタクシーに乗って去っていった。

 そのタクシーが街角に消えたタイミングで、ダイはさっきの言葉の不可解な点に首を傾げた。

 

「今日は、ってなんだ?」

「さぁ……」

「ソラのことは考えてもわからないよ」

 

 いい子だけど、とリエンは付け足して苦笑する。違いない、と二人して頷く男二人組。夕日がビル街に消えていく、三人は取っていたホテルへ向かう最中病院のポケモンセンターでゼラオラを迎えに行った。

 それぞれの部屋に戻る。トレーナー割引があるとは言え、それなりに根の張るホテルゆえにダイとアルバは相部屋だ。ベッドにダイブしたアルバがポーチのバッジを眺める。

 

「ぐふふ、オールドバッジもゲット~!」

「笑い方がイヤらしいぞ」

「だってだって、嬉しいからね! ブースターも頑張ったし!」

 

 アルバがそう言うと、名前を呼ばれたと思ったのかボールからブースターが飛び出してくる。褒めろ、とばかりに頭頂部をアルバに差し出すブースター。尻尾に頭を埋めながらブースターの頭を撫で始めるアルバ。

 

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~癒やされるわ……」

「声が気持ち悪いぞ」

「いや、ダイもやってみなよ! ゾロアに! 超気持ちいいから!」

「訂正、超気持ち悪いぞ」

「ひどい!」

 

 何気ない漫才のようなやり取りをしながら時間を潰す二人。夕食までは時間がある、かと言って荷造りも殆ど済んでいる。時間を持て余したからと言って、ホテルの室内でポケモンバトルなどしようものなら問答無用で出入り禁止を食らってしまう。どうしたものか、と思っているとダイのライブキャスターが震えた。

 

「ソラ? どうした」

 

 端末の画面を起こし、通話をオンにする。すると未だタクシーの車内にいたソラが、ダイと同じように画面を起こしてカメラに向き直る。

 

『帰宅中』

 

「おう」

 

『またね』

 

「それだけか!?」

 

 通話が切れる。これにはさすがのダイとアルバも苦笑いを禁じ得なかった、が。

 

「ぷっ」

 

「ハハハハ」

 

 やがて堰を切ったように笑いだしてしまった。まるで箸が転んでもおかしい子供のようにケラケラと楽しく笑った。

 笑い転げていると、再びダイのライブキャスターが震えた。もしかしてまたソラかもしれない、と思って通話を繋げた。

 

『……何を笑い転げている。アホ面をカメラに近づけるな』

 

「なんだカイドウか、ぷっ、ひひ」

 

『なんだとはなんだ、俺は未だかつて通話初めに笑われたことなどない』

 

「悪い悪い、ちょっとお前との通話の前にいろいろあってな。それで、どうしたよ。お前から掛けてくるなんて、明日は雨が降るかもな」

 

『……あの修道女(ステラ)に、明後日ラジエスを発つと聞いたのでな。確認に掛けた』

 

「あぁ、ユオンシティに行く」

 

『なら、出発の朝空けておけ。渡すものがある』

 

 それだけ一方的に言うとカイドウは通話を切った。ダイとアルバは顔を見合わせて、首を傾げた。

 

「なんだったんだ、カイドウのやつ」

「あのカイドウさんがダイに渡すものって、なんだろう?」

 

 二人で散々考えたが分からなかった。天才の考えることはわからない。ダイの知らないカイドウをアルバは知っている。それと同時にアルバの知らないカイドウを知っているダイ。

 しかし両者の共通のカイドウは、人に贈り物などしない人間に思えた。ひょっとしてどこかで頭でも打ったのではないか、などと失礼なことを思ったものだが。

 

 ダイはベッドに腰掛けながらモンスターボールの中で眠るぜラオラに視線を送る。そしてステラが特別に貸し出してくれた"つながりの唄"について記された古文書を捲る。

 なんとか解読しながら読んでいくと、"つながりの唄"の起源やそれによって解決した問題、効果や古の言葉による歌詞などが記されていた。

 

「俺が歌っても、ダメなんだろうなぁ」

「ダイ、歌は得意なの?」

「それほどでも。音痴じゃないとは思うけど」

 

 なんて取り留めのない話をしているうち、夕食の時間になってリエンが迎えに来た。ホテルのバイキングでアルバがドカドカと食べるのをダイとリエンは呆れ半分笑顔半分で眺めていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それからは、あっという間に朝が来て、旅の準備を完璧に済ませたり挨拶回りで一日が終わり、出発の朝を迎えた。

 ホテルを引き払った三人はラジエスシティの北区(ノース)へ向かっていた。ダイはこの通りを歩くのは初めてだが、アルバとリエンはそもそもレニアシティからこの道を通ってラジエスシティへやってきたため、ゲートへの道は完璧だった。

 

 もうすぐカイドウとの待ち合わせ場所、"ノースゲート"に到着する。大きな黄色の建物が見えてくると、その入口付近に人の山が出来ていた。

 

「あれ、みんな」

 

 そこにいたのはカイドウ、ヒヒノキ博士、イリス、シンジョウ、レンとサツキ、ステラ、そしてソラだった。予想外の人物がいたせいで、ダイたち三人は面食らってしまった。

 

「もう出発?」

「はい、ユオンシティに」

「そっかそっか、ダイくん。もう二人から離れちゃダメだからね」

 

 イリスがダイの額を小突く。正直痛いほどわかっているので、触れてほしくない部分ではあったのだが。ダイは晴れ晴れとした顔でイリスに向き直る。

 

「もちろん。今度は俺とも、バトルしてくださいね」

「うんうん、お姉さん今の君なら大歓迎だよ。きっと楽しいと思う! アルバくんも、今度会う時まで強くなっててよ?」

 

 話を振られたアルバが手のひらに拳を打ち合わせ、力強く「はい!」と返した。

 

「いつか、イリスさんのライバルだって認めてもらえるように、頑張ります。その時はまた、バトルお願いします!」

 

 ダイとアルバは、イリスとこの街で何度目かの握手を交わす。するとシンジョウがリザードンを呼び出し、イリスがその背に飛び乗った。続いて、シンジョウがダイの目の前にやってきた。

 

「これからはVANGUARDの仲間として、よろしく頼む」

「こちらこそ、シンジョウさんは結局誰のチームになったの?」

「コスモスのチームだ。彼女とは昔から顔見知りで、スカウトを受けたんだ。お前はカエンのチームだったな、そそっかしいヤツだが面倒を頼むぞ」

 

 イリスと交わしたようにシンジョウとも握手を、そして拳をぶつけ健闘を祈り合う。そしてリザードンの背に飛び乗り、去ろうとしたシンジョウに向かってダイが待ったを掛けた。

 

「シンジョウさん、ジムバッジ集めてる?」

「ん? あぁ、幾つか集まっているが、どうしてだ?」

「だったらさ……今度リベンジさせてよ、レニアシティの。次は────ポケモンリーグでさ!」

 

 突き出されたダイの拳をシンジョウは一瞬面食らったようにしながらも、「フッ」と不敵に笑むと返すように拳を上げ、

 

「待ってるぞ、這い上がってこい挑戦者(チャレンジャー)!」

 

 遠い異国の地のジムリーダーは挑もうとする挑戦者にそう言い、翼竜を羽撃かせた。晴れた空に飛び上がる翼竜は少しばかり乱暴な飛行を行いながらレニアシティの方面──テルス山へと飛び去っていく。

 次に前に出たのはステラとレンとサツキの三人だった。

 

「改めて、ありがとうなダイ。お前がいなかったらあのライブの日、俺たちポッキリ折れてたよ」

「いいや、気にすんなよ。そこにいるヒヒノキ博士の姪っ子に感謝しとけ?」

「あぁ、とびっきりのサイン持たせるよ」

 

 ダイがレンとハイタッチを交わす。一歩下がると今度はサツキがダイの前に立つ。小さな、ともすれば中等部の学生と見間違うほど童顔の男は照れくさそうに頬をかきながら言った。

 

「俺たち、頑張るからさ。もっともっと、みんなを笑顔にしたいって本気で思ってるから」

「自身持てよサツキ、お前らの歌の良さは俺が保証してやる。昔のことなんか水に流して、これからを生きてけよ」

「うん、今度こないだのリベンジライブやるんだ。都合よかったら、みんなで見に来てよ。一番良い席取っとくよ!」

「おう、楽しみにしてるからな」

 

 サツキともハイタッチを交わす。するとリエンが前に出てサツキと向き直った。少し意外な組み合わせにダイとアルバは顔を見合わせ首を傾げた。

 鞄を弄るリエンが取り出したのは、かつて旅立ちの日に父親がお守り代わりにくれた石だった。それはポケモンを進化させる"みずのいし"だ。

 

「これ、あなたに上げる」

「いいのかリエン? それお父さんがくれたお守りだろ?」

「うん、私には今お父さんがくれたヌマクローがいるから。この石は必要としてる人に渡すのが一番だと思う。だから受け取って」

 

 確かにサツキはハスブレロを連れている。"みずのいし"があれば"ルンパッパ"へと進化が可能になるのだ。これからVANGUARDとして活動することもある手前、戦力増強は望ましいだろう。

 差し出された石をおずおずと受け取ったサツキがリエンの方へ向き直った。

 

「ありがとう、神隠しの洞窟では迷惑掛けちゃったのにな」

「気にしてない。二人が脱出を手伝ってくれたから、今こうして皆生きてるんだよ」

「……本当にありがとう、俺たちもっともっと頑張るから。テレビ出るから、見ててくれよ」

 

 サツキが下がるとステラが前に出る。今さらりと二人が元バラル団であることを匂わせてしまったが、恐らくステラはもうその相談を受けているのだろう、気にした様子は無かった。

 

「ユオンシティのジムリーダーに話は付けておきました、後は直接会ってみてください」

「何から何までありがとうございます、全部終わったらこれは返しに来ますから」

「えぇ、貴重な蔵書ですから失くさないでくださいね」

 

 ニッコリと微笑むステラにダイが強く頷く。するとダイの腰からゼラオラが勝手に飛び出した。ゼラオラは一歩前に出るとステラに向き直り、ジッと見つめた。

 

「あなたはとても良いトレーナーを持ちましたね。ゼラオラ、あなたは今幸せですか?」

 

 ステラがゼラオラの頭を撫でながら尋ねた。祈るような間を置いて、ゼラオラはコクリと頷いた。それがトレーナー冥利に尽きるのだろう、ダイは少し気恥ずかしくなった。

 あの戦いを経て、ゼラオラの心の鎖はまた一つ解き放たれた。二週間前、怒ることを思い出したゼラオラは、ステラとのジム戦を通して、喜ぶことを思い出したのだ。

 

「それでは、皆さんの旅路に幸あらんことを祈っております。どうかお元気で」

「ステラさんもね」

 

 それを最後に、一礼を済ませたステラがレンとサツキに目配せをして、その場を去る。朝の街の喧騒に消えていく三人を見送り、今度はヒヒノキ博士が前に出た。

 

「たまげたなぁ、ダイくん。君がラフエル地方に来た頃からだいぶ見違えたよ」

「それ、二週間前も聞いた気がするよ博士」

「何度でも言うさ、僕が図鑑を預けたトレーナーがこんなに立派になったんだ。このままポケモンリーグまで進んでくれたなら、僕としても鼻が高いよ」

 

 そこまで言うと、ヒヒノキ博士は鞄を漁るとそこから三つのアイテムを差し出した。それはダイが使っているのと同型のポケモン図鑑だった。三つのうち、二つはダイのものと違い色が淡いピンク色になっていた。

 

「アルバくんとリエンさん、だね。ダイくんから話を聞いたよ。彼と旅をするお友達にも、これを渡そうと思って、この二週間で用意したんだ」

「ありがとうございます、ヒヒノキ博士!」

「大事にします」

 

 アルバとリエンがそれぞれ図鑑を受け取り、起動し持ち主を登録する。これでこのポケモン図鑑はそれぞれアルバとリエンのものになった。しかしダイはもう一つ博士の手の中にある図鑑が気がかりだった。

 

「博士、それは?」

「これは、彼女の分だ」

 

 そう言いながらヒヒノキ博士は後ろを指さした。そこには先程から人々の会話を眺めていたソラがいた。ダイは一瞬間を置いてから「はぁ?」と素っ頓狂な声を出した。ようやく自分の番か、とソラがトコトコ小さな歩幅で博士の隣にやってきた。

 

「ソラ・コングラツィアです。どうぞよろしく」

「いや知ってるけど! どういう意味!?」

「私、考えたんだ。ダイと、アルバと、リエンの、みんなの三重奏(アンサンブル)が好きだから、一緒に行きたいなって」

 

 これにはさすがのアルバとリエンも驚いて声が出ないようだった。

 

「私のところに突然やってきて、余ってるポケモン図鑑は無いかって尋ねてきてね。事情を聞いたら、君と知り合いだって言うじゃないか」

「いや、だからって……えぇ、マジか?」

「マジ」

「真顔で言えば良いってもんじゃないぞ」

 

 幾分かやる気に満ち溢れた無表情を見せられダイは頬が引きつるのを感じた。

 

「いいじゃない! 前にも言ったよねダイ、旅は道連れ!」

 

 最初に賛成したのはアルバだった。それにつられるようにして、リエンが微笑んだ。

 

「一昨日も言ったけど、ダイとアルバが賛成なら私は反対しないよ」

 

 残るはダイの答えとなった。ジム戦前夜にイリスが言ったたわごとを思い出して葛藤するダイだったがやがて唸った末に、

 

「……よろしく、ソラ」

「うん、よろしくねダイ」

 

 ダイは折れた、それはもうポッキリと。差し出した手をソラが取り、その二つの手にアルバとリエンが手を重ねて、三重奏(トリオ)四重奏(カルテット)へと変わった。

 新たなチームの結成を見守ったヒヒノキ博士がわざとらしい咳払いで話を戻した。

 

「それでね、前にダイくんに会ったときは伝えきれなかったんだけど、有名なポケモン博士は、図鑑を託したトレーナーの優れた技能を代名詞にするっていう習わしがあるんだ」

 

 ヒヒノキ博士が鞄から取り出した和紙を開く。それをアルバに渡す。

 

「アルバくん、君の功績はダイくんや他のジムリーダーから聞いてるよ。そんな君はまさしく"立ち上がる者"!」

「立ち上がる者……そうですね、そういられるようにこれからも頑張ります!」

 

 博士から受け取った和紙を胸に抱いて、アルバは深い息を吐く。続いてリエンに向き直ったヒヒノキ博士。

 

「リエンさん、以前はマリンレスキューの手伝いをしていたようだね。そんな中、ダイくんが川から流されてきて、それを助け出したと」

「はい、ペリッパーがダイを生かそうとしてたので、まだ生きてるんだと思って助けました」

「冷静だね、そしてモタナタウンで起きたバラル団とダイくんの戦いを見て、どう思ったかな」

「……何が正しいのか、そのときはわかってなかったと思います。ただ、世間ではPGと敵対するバラル団は悪、って評価が根付いていたから少しそっちの意見に寄っていたかな、とは」

 

 リエンの自己分析を聞き、博士は首を縦に振る。そして筆ペンを取り出し、サッと和紙に文字を奔らせた。

 

「わかった、君はまるで水晶、もしくは鏡のような人だ。前に立った人によって姿や移し方を変える、ね。それでありながら、大局を見据えようとする君は"見定める者"と呼ぶのが相応しいだろう!」

「ありがとうございます、ヒヒノキ博士。今まで、自分の生き方はそんな立派なものだとは思ってませんでした。でも、博士やダイたちがそう後押ししてくれるなら、私もそうあれるように、私で居続けようと思います」

 

 受け取った図鑑を一瞥し、リエンが薄く微笑んだ。次にヒヒノキ博士が向いたのはソラの方だが、一気に博士の顔が苦笑いに変わる。

 

「ソラさん、君は本当に変わった子だね。いきなり現れたかと言えば、人の心を音楽に例えて的確に言い当てる、不思議な子だと思ったよ」

「……不思議じゃないもん」

「はは、気に障ったのなら謝るよ。ただ、ね。君のその特技はきっと意味があって君に与えられたんだと思う。そしてポケモンの音楽をも聞き取る君は"聴き届ける者"だ。これからもどうか声なき声を聞き逃さないよう、僕からお願いするよ」

「……わかった、ありがとう博士」

 

 相変わらずの無表情だったが、ソラはヒヒノキ博士の手を取ってそう言った。そして最後に、博士はダイに向き直った。

 

「さっきも言ったからね、ダイくんはどうしよっか」

「勿体ぶらずに言ってくれって博士。俺は、どんな人間だと思う?」

「あぁ、君は非常に難しいね。私と初めて会ったときは本心を隠していただろう? 本心っていうか、本当の自分を。だけどね、PGから君の都合なんかを聞いたりして思ったよ。あぁ、(ダイくん)にとって壁なんてものは有って無いようなものなんだ、って。どんな壁だろうと、壊すなりよじ登るなり、もしくは穴を掘るなりして絶対に超えていく」

 

 目を閉じ、思いを馳せるように告げる博士。今までのように和紙に書くのではなく、ダイの胸に手のひらをそっと宛てて博士はニッと破顔した。

 

「そんな君は、紛うことなき"突き進む者"だ!」

 

 与えられた称号を咀嚼し、ダイは照れくさそうに笑った。だけどやがて、ヒヒノキ博士と視線を交わし大きく頷いた。

 

「ありがとう博士、俺……博士から図鑑をもらえて本当に良かった。ラフエル地方での旅は、ちょっと厳しいことだらけだったけど。博士にそう言ってもらえたから、もう多分迷わないよ。一直線に、最速で"突き進む"からさ。応援しててくれよ!」

 

「あぁ、期待してるぞ。図鑑所有者たち!」

 

 言うべきことは言い終わった、とばかりにヒヒノキ博士は自前の自転車に跨ってラジエスシティの中央(セントラル)へと向かっていく。

 残ったのはカイドウだけ。元はと言えば、彼がここへダイたちを呼び寄せたのだった。

 

「やっと俺の番か、待たせすぎだぞ」

「いや、しょうがねえじゃん。思いの外見送りが多くてな」

「全くだ、手早く済ませるぞ……ゴーストを出せ」

 

 カイドウがそう言って手をクイと引き寄せた。ダイは言われるままにゴーストをボールから呼び出した。出てきたゴーストは早速ダイの頭の上へと移動する。もはや定位置となっているそこに辿り着くとゴーストは目の前のカイドウに呼ばれたのだと悟った。

 

「同じゴーストでも、こうも違うものか」

「ん、何か言ったか?」

「なんでもない、聞き逃がせ」

 

 手をひらひらと振り、ダイではなくゴーストに用があるとカイドウは言い、ダイの頭上にいるゴーストを見上げた。

 

「そのゴーストは、バトルがあまり得意ではないらしいな」

「あー、うん。結構、怖がりっていうかな……バトルしてても相手に遠慮しちゃうところはあるみたいだ。それでも、ステラさんとのジム戦ではあのミミッキュと一合やりあって、相打ちに持ってったんだぜ」

「そうか、見込みはあるようだな。さてゴースト、戦うのは好きか」

 

 尋ねる。ゴーストは困ったように首を傾げる。しかしそれでも横に振ることはしなかった。

 

「なら、この馬鹿のことは好きか」

「おい」

 

 さらに尋ねる。ダイが半眼で抗議の視線を送るがカイドウは意に介さない。するとゴーストはその質問には大袈裟なほど大きく、首を縦に振った。

 それを見届け、背を向け、白衣に手を突っ込むカイドウ。二歩、三歩離れて空を見上げるカイドウがポツリと、小さく零した。

 

「一度しか言わないぞ、しっかり頭に入れておけ」

 

 振り返ったカイドウがゴーストとダイ、双方の目を見た。

 

「水は生物にとってマストであるべきだし、チャンピオンはポケモンリーグ最強であるべきだし、羊羹は甘くあるべきだし、雨が降れば傘を差すべきだ」

 

「は?」

 

「そして、ポケモンは……いや、ポケモンに限った話ではないな、この世のありとあらゆる生物は進化すべきだ」

 

 疑問符を浮かべるダイとゴースト。もしかしてこの場で講義が始まるのか、と二人して顔を見合わせる。カイドウは続ける。

 

「だが、それを否定することが許されている。在り方は義務でなく"権利"で選ぶべきだ」

「権利?」

「あぁ、水で死んでしまう生き物がいたっていい、弱くとも優しいチャンピオンがいたっていい。辛い羊羹を作る人がいてもいい、個人的に羊羹は甘くあるべきだと今でも思うがな。そして、雨の中で傘をささずに踊り続けるヤツがいたっていい。そういう自由が、あらゆるものに許されている」

 

 ますます疑問符が増えるダイとゴースト。しかし肝心なのはここからだ、とカイドウはメガネの位置を正した。

 

「進化しないポケモンがいたっていい、たとえ進化することが出来る種だとしても」

 

 再びゴーストに向き直り、口を開く。

 

「お前のトレーナーは馬鹿だが、お前の気持ちを汲んでくれるはずだ。お前が戦うことを拒んでもきっと何も言わん。そこにお前の自由はある。まずはその自由に甘えろ、そしてじっくりと考え、本気でこいつの力になりたいと思ったのなら、こいつのために進化してやれ。その時、これはきっとお前の力になるはずだ」

 

 そう言ってカイドウはゴーストに向かって手を差し出した。おずおず、と差し出された"カイドウの贈り物"を受け取るゴースト。その中には暗色に光る宝玉があった。

 特定のポケモンをメガシンカに導くメガストーン、その名も"ゲンガナイト"。ゴーストが進化した"ゲンガー"をメガシンカさせるアイテムだった。

 

「良いのか、こんな貴重なもの」

「……元より、俺のものではないからな。成り行きで預かっていたが、そこの女がそうしたように必要としてる者が持っているべきだと考えた」

 

 らしくないことをしていると、カイドウは自分でも思っていた。そも、誰かのことを思って贈り物などその最たるもの、骨頂だ。

 

 

「預かってた、って……じゃあこれは、元は誰かのモノってことだろ? 誰のなんだよ」

 

 

 だからか、ダイのその質問はカイドウの胸に不意に突き刺さった。背を向けていてよかった、顔を見せていたなら恐らく動揺を悟られただろう。

 

 カイドウは脳裏に蘇る、ある男の顔を思い浮かべていた。

 長い金髪を揺らす、柔和な笑みの男を。

 かつて志を同じくした、今はどこかの、違う空を見に行った男の顔を。

 

 その男は、カイドウの脳裏で言う。

 

 

「そうだな────お前たちに程度を合わせた言い方をするなら」

 

 

 

 

 ────君はどこまでいっても、そういう言い方しかできないんだからな。

 

 

 

 

「友達、と言うんだろう」

 

 

 

 そう呼ぶことはきっと、間違いではないと今は断言できる。

 なぜなら、リザイナシティのジムリーダー。超常的頭脳(パーフェクトプラン)の称号を持つカイドウは、

 

 

 天才なのだから。

 

 

 ――――あぁ、やはり俺はこういう物言いしか出来ないらしいぞ。

 

 

 今は脳裏にしかいない(トモダチ)に、そう返事をしながら。

 

 カイドウは静かに笑った。




あとがきで言っちゃうんですけど、本当ポケダイは身内ネタが強いと思う。
ラストのカイドウさんのくだりとかマジで企画者の公式小説通称ラフオク読んでないと疑問符の嵐だと思うんですよ。

ただそれでも読んでほしい、むしろこのポケダイを読む前にラフオクを読んでくれ(露骨なダイレクトステマ)(矛盾)

そして新メンバー、ソラちゃんです。

こちらビジュアルとなっております。この不思議ちゃん可愛すぎる。


【挿絵表示】


いきなり四人旅になっていきますが、どうか見守ってくださると嬉しいです。
感想評価とか、全然お待ちしているので、何卒。


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