ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSニンフィア 奇跡起こす聖者

 

 VANGUARDの二期組が合流し、ジムリーダーたちによる自チームの編成が完了した。

 

 ダイはTeam Brave(カエン)、アルバはTeam Smart(カイドウ)、リエンはTeam Prison(ユキナリ)アイラはTeam Purify(サザンカ)、ソラはTeam Sieg(コスモス)へと組み込まれた。

 その他のメンバーも順当に割り振られていき、多少の人数差はあれど無事チームと呼べる人数にはなっていた。

 

「しかしまさか、お前らがVANGUARDのメンバーになるとはなぁ」

「ふふん、まぁ俺たちも正義に目覚めたわけよ」

「そうそう、それにファンのみんなも応援してくれるからね」

 

 現在、ラジエスシティにある大きなレストランを貸し切ってのVANGUARDメンバーによる結成式が行われていた。皆それぞれの飲み物を片手にはしゃぎ倒していた。

 そんな中、ダイが飲み物を傾けながらそんなことを言った。それに対して気の良い返事をしたのは"Try×Twice"のレンとサツキだった。

 

 彼らもまた、VANGUARDに志願していたのだ。元々ポケモンバトルはさほど得意ではなかったが、ダブルバトルならば話は別である。

 バラル団に所属していた頃、さらに言えばそれよりも前から二人はずっと一緒だったため、息を合わせることならば他の追随を許さないほどだ。それがアイドルとしてもパフォーマンスに生きている。

 

「まぁ、プロパガンダ的な役割もあるんだろうな、俺たちは」

 

 レンが少しだけ自嘲的に呟いてから飲み物を呷る。話題性のある人物を登用することで世間を味方につける、という意図は確かにあるかもしれない。

 心無い一般民衆に、PGだけではバラル団に対抗できないと思われてもおかしくないのだ。世間体は気にしたくもなるだろう。

 

「それでもいいんだ、ちょっととは言え悪事を働いた俺たちにこうして挽回の機会が与えられたんだからな」

「あー、そのことなんだけどお前ら、それ誰かに言ったか?」

 

 ダイが尋ねるとレンが少し気まずそうな顔をして、ちらりとサツキを見る。サツキはというと、少し赤い顔で飲み物に口をつけた。

 

「近い内に、ステラさんに告解しようかと思ってる」

「確かに、お前らのチームリーダーだしな。でもいいのか? 俺とかアルバ、リエンは黙ってることにしようとしたんだが」

「気持ちは嬉しいけど、まずは認めなくちゃいけないから」

 

 律儀だな、とダイはグラスに口をつけながら思った。最近はやや正義の味方に傾倒している彼だが、もし自分が彼らと同じ立場でも必要なら黙っているだろう。

 彼にとって秘密の暴露とは、人間関係という歯車に酸を撒くような行為に等しいからだ。もちろん明け透けなく物を言える関係というのも悪くないと、アルバとリエンとの冒険を通して感じてはいるのだが。

 

「まぁその辺はお前らに任せるぜ。俺はちょっと外の空気でも吸ってこようかな」

 

 視界に入るのはバイキング形式の食べ物を片っ端から口に放り込んでいくアルバとルカリオの姿。見てるだけで胃もたれを起こしそうなのだ。

 会食にも用いられるこのレストランには二階に続く階段があり、そこからベランダに出られる。

 

「あれ?」

 

 ベランダに出ようとした時、全身赤のコーディネートが施された女性──イリスの後ろ姿を見かけた。しかも見たところ誰かと通話中らしい。

 邪魔したらいけない、とダイは柱の陰に隠れた。しかしイリスが連絡を取るような相手が気になり、ダイはその場から離れることはしなかった。

 

「はぁ~、これでいよいよ私も組織の仲間入りか~、ずっと風来坊でいたかったな~」

『VANGUARDはPG(ポケット・ガーディアンズ)と違って特定の拠点を持ってるわけじゃないだろ? 風来坊には変わりないじゃないか』

「そうじゃなくて、規則に縛られるっていうのがなんかこう……そう、歯痒いんだよ!」

 

 どうやら相手はVANGUARDのことを知っているようだった。が、そもそも全国的に人員募集を掛けているため今ラフエル地方では知らない人の方が珍しいだろう。

 イリスは電話の向こう側にいる相手でも構わず身振り手振り交えて話を続ける。

 

『なんにせ、君がいてくれて助かる。正直、共に戦う仲間を、となった時君や四天王以外思いつかなかったからね』

「ほほう、買われてますなぁ私。そんなに嬉しい?」

『もちろん。ボクがラフエル地方を預けられるとしたら、君以外にはいない』

「もー、そういうのはやめろっていつも言ってんじゃんか~」

 

 さすがのダイでも、イリスの話し相手がこのラフエル地方の頂点に立つ者(チャンピオン)であることはわかった。アルバの話を頭の中で反芻させ情報を整理するならば、相手とイリスの付き合いはかれこれ十五年も続いていることになる。その会話に水を差すわけにはいかない、いかないのだがどうしても気になるというところがダイであった。

 

「それで、そっちは変わりない?」

『あぁ、最近はずっと調子がいい。だから近々、ペガスやラジエスに行こうかと思ってるんだ』

「また甘味食べ歩き?」

『まるで僕がそれ以外しないみたいな言い草だな』

 

 イリスのことを、出会ってからずっとどこか一歩引いた大人だと思っていたダイだが、今目の前にいるイリスは気兼ねなく笑いあう誰かといる少女に見えた。

 

「じゃあちょうどいいか、チームメンバーなわけだし顔合わせしておくか~」

『そうだな、君さえよければ予定を合わせようか』

 

 その時ダイはピンと来た。思えばどのジムリーダーもイリスをチームメンバーにしようとはしなかった。正直あれほどの実力者ならば誰かが手を伸ばしてもいいはずだ。

 だというのに誰も手を出さなかったのは、逆説的に既に手がついていたからだ。イリスは最初から、チャンピオンが指揮するチームに加わっていた。ジムリーダーたちはそれを知っていたんだろう。

 

「……そうか、チャンピオンもVANGUARDのリーダーだったのか」

 

 さっきの話からして、メンバーは四天王に加えてイリス。戦闘ともなればまず負けなしのチーム、これほど心強いことは無いだろう。

 

「そうそう、久しぶりにコスモスちゃんとも話したよ」

『……なんで彼女の話になるんだ?』

「だって従姉妹でしょ? それにルシエの実家にいるなら顔を合わせたりするんじゃないの?」

『そうでもないさ、僕は所謂分家筋の人間で、彼女は本家の子だから。尤も、だから僕は"門番の一族"に縛られず、こうしてチャンピオンになれたわけだけどね』

 

 門番の一族、それはこのラフエル地方において"ポケモンリーグの玄関口"として有名なルシエシティジムを代々守ってきた者たちのことだ。

 ジムリーダーとは通常、ポケモン協会から認定されたトレーナーがなるものである。ジムリーダーは四回連続で挑戦者に敗れると資格を剥奪されてしまう。その度ジムには空きが出るため新たなジムリーダーを公募したり、ジムトレーナーが跡を継いだりするのだ。中には、後継者が決まるまで四天王が一部兼任するところもある。

 

 だが、当然世襲も認められているジムも存在し、それがラフエル地方においてはルシエシティジムなのだ。

 

「世襲制ジムリーダーの家に生まれるっていうのも大変なのね」

『あぁ、その点に関して彼女に対して負い目に思ってるところはある』

「そうだろうね、アンタそういう責任感はすごいから。チャンピオンだって、あのキラッキラのマント着けなくちゃいけなくて、でも死ぬほど似合わないから着たくないのに律儀に着ちゃう辺りがさ」

『言わないでくれ、毎年リーグが開催される時の開会式が憂鬱なのはそれのせいなんだ。ああいう華やかなのは、きっと君に似合うと思う』

 

 笑っていたイリスの肩がピタリと止まった。空気で、ダイはイリスが何かを言い倦ねていることに気づいた。

 

「いやぁ、私にも似合わないでしょ。だってマントだよ」

『それもそうかな、今度から赤い帽子にするよう、協会に頼んでみるかな』

「ハハハ、そっちもたぶんアンタには似合わないって」

 

 どこか空気が重い。無理して笑っているような、そんな雰囲気。さすがにこれ以上の盗み聞きは避けたい。ダイはこっそりとその場を後にしてイリスがいた方とは反対のベランダに出た。

 しかしそっちにも先客がいた。その人物はヘッドホンを耳に当て、掠れるような小さなソプラノで歌っていた。

 

「ソラ、もうパーティはいいのか?」

「……ダイ」

 

 隣に立ってようやくダイを認識した少女、ソラ。ヘッドホンを外すと、胸ポケットに引っ掛けられているミュージックプレイヤーを止める。

 ヘッドホンから聞こえてきたのは、パンキッシュな彼女の見た目からは想像もできない、クラシック。

 

「意外と音楽の趣味がいいんだな、ソラは」

「うん、なんでも聴く。ロックも、嫌いじゃないし」

「クラシカルな人間はロック苦手ってよく聞くけどな、さすが音の申し子」

 

 ソラが首を傾げるがダイは手を振って誤魔化した。相変わらず彼女に対する不思議ちゃんという評価は覆らないようだった。

 

「飲み物、いるか?」

「……いる、歌ってたから喉乾いた」

「じゃあ取りに行こうぜ」

 

 そう言ってベランダから中に戻る二人。とソラが室内に戻ったタイミングで柱の陰からイリスが顔を覗かせた。チャンピオンとの通話は終わったらしい、彼女はニヤニヤしながらダイに向かって言った。

 

「いやぁ、ダイくんもなかなか隅に置けないねぇ~。三人も女の子侍らせちゃって」

「そういうのじゃないですって。っていうか、侍らすなんて人聞きの悪い!」

「にゃは、まぁわかるよ。ツンデレ幼馴染に、クーデレお姉さん、さらにはぽわぽわ不思議ちゃん、夢は尽きないねぇ」

「は・な・し・を・き・け!」

 

 強めの語気になると、イリスが今度こそ謝った。尤も顔は笑ったままだったが。

 

「でもそういうのもいいと思うよ。気取って交流しないよりかは、ずっと楽しいよ」

「そう、ですね。それは思います」

「うんうん、それにほら。あの子、ソラちゃんみたいにさ。周囲に溶け込めない温度差って必ずあると思うんだけど、そういう子に対してダイくんの方から温度寄せて歩み寄ってあげれば、いつかみんなの熱は一緒になるはずだからさ。こういう大人数の組織に、君みたいな子って貴重なんだよ」

 

 組織の中でのワンマンプレーはいずれ問題になる。昼間の共闘からして、ソラは決して集団行動が苦手だとか協調性が無いとかそういうことはないとダイは思っていた。

 だがそれでも、仲間である以上は必要以上に知っておきたい。そういう気持ちがダイにあった。

 

「じゃあ、お姉さんもそろそろご飯食べに戻ろうかな。アルバくんに食べ尽くされちゃう前にね」

「もうデザートだけになってないといいですね」

「そうなってたら、そこからは女の子の時間だから」

 

 それだけ言い残してイリスも階下に戻る。途中、背中を向けながら親指と小指を伸ばして耳の横に当てる仕草をして振り返ると微笑むイリス。

 ダイはそのジェスチャーだけで、さっきの盗み聞きがバレてると悟る。飄々としているようで、やはり気抜けない相手だとダイは思うのだった。

 

「はい、オレンジュース」

「おっありがとう」

 

 先に来ていたソラと合流すると、予めドリンクバーから注いでおいてくれたであろうオレンジュースが差し出された。ストローに口をつけるダイがふと会場を見渡した。

 やはりと言うべきか、同じチームになった者同士で話しているのが分かる。もちろん、それは良いことだ。

 

「そういえばソラは、確かTeam Siegだったよな」

「うん、顔合わせはしたけど、覚えてない」

「はっきり言うなぁ」

 

 逆に言えば、それでもダイのことは覚えていた。尤も、昼に背中を合わせて戦ったのだからある程度他のメンバーよりも記憶に残りやすいとは言えるが。

 なんだかイリスに言われたことを意識してしまうダイだった。ストローではなくグラスに口を付けてジュースを一気飲みするダイ。

 

「俺は旅をしながらVGの活動をする感じだけど、ソラは普段何してるんだ?」

 

 ダイが尋ねると、ソラはトレーナーパスの裏を見せてきた。そこにはリザイナトレーナーズアカデミーの高等部学生証があり、それだけで身分証明が済んだ。

 

「学生だったのか、しかも……年上」

 

 生年月日を確認するとダイと学年は一緒だが、ソラの方が誕生日が早い。思春期において一つの年の差が異様に大きく感じるのだ。

 学生証を見てみるとやはり音楽を選考しているようだった。しかしよく見ると編入歴があり、今の学校には途中から入ったことになっている。

 

 そしてその前には、ネイヴュシティに住んでいたことがわかった。朝、スタジアムへ向かう途中のリエンのセリフをダイは思い出していた。

 

 

『ダイが戦ったっていう幹部のイズロードが脱獄した時。その日、ネイヴュシティは人が住む土地じゃなくなったんだ』

 

 

 昼間、ソラに「なぜVANGUARDに志願したのか」とダイは尋ねてしまった。アイラの言う通り、ダイはデリカシーが欠如しているようだった。

 少なくとも、彼女がネイヴュシティ出身ならば、それだけでバラル団と戦う理由にはなる。それは昼間相対したフライツとも共通する。

 

「それにしても、学生との両立は大変じゃないか? いざとなったら本当に戦うことになるんだぞ?」

「平気、学校では授業以外することないし」

「なんて模範的な学生……いや、そうだとしてもさ」

 

 確かにVANGUARDの採用試験をクリアしている時点で実力は折り紙付きだ。なんなら熨斗までついてくるだろう。

 それに戦うところも一度目にしている。下っ端クラスなら相手にならないだろう、が。

 

「連絡先教えてくれ、何かあったら遠慮なく頼ってくれていいからさ」

「わかった」

 

 イリスのニヤニヤした顔が頭から離れないがこれは親切と仲間としての情で動いてると自分に言い聞かせてダイはソラのライブキャスターと連絡先を交換し合った。

 現実問題、これからも冒険を続けるダイがリザイナシティに在住のソラの救援に行くのは些か無理がある。それでも、かつてバラル団の幹部ともやりあった経験からしても、心配になってしまうのだった。

 

「友達の連絡先登録したの初めて」

「なら、少なくとも同じチームの連中とは交換しておいた方がいいな、ってそうか覚えてないんだったか……」

 

 ダイは頭を抱えると、ジムリーダー"コスモス"のチームメンバーを探し出し、見つけるたびソラと連絡先の交換をするように促した。ソラもなんとか同じチームの仲間を覚えられたようでダイはひとまず安心した。

 連絡先を聞いて回るのは想像以上に疲れる。十数分後、ダイは再びドリンクバー前でオレンジュースを啜っていた。

 

「ダイ~! 探しちゃったよ、ソラも一緒?」

 

 その時だ。皿にたくさん料理を乗せたアルバとルカリオがリエンと一緒にやってきた。ダイの旅の同行者ということで、ソラも二人のことは覚えていた。

 

「ちゃんと食べてる? 明日に備えなくていいの?」

「お前は食いすぎだろ、ちゃんと消化出来るか? 明日までに」

 

 なおも口を動かしているアルバにダイは苦笑いを向ける。と、二人が連続して「明日」という言葉を使ったからか、ソラが首を傾げた。

 

「明日、なにかあるの」

「ジム戦だよ、ダイもアルバも明日ステラさんのジムに挑戦するんだって」

「ジム戦かー」

 

 リエンが説明するとソラはコクコクと頷くようにして納得する。そう、ラジエスシティに滞在してかれこれ二週間、ようやくジムに挑戦出来るようになったのだ。

 というのも、VANGUARD設立、説明会に伴ってステラは通常の業務に加え、各街からジムリーダーを招待するという仕事もあった。

 

 それゆえ、この二週間は特に出来ることもなくダイたちは自主練習もしくは街巡りしかすることがなかったのだ。

 もちろんラジエスシティはラフエル随一の広さを誇る街ゆえ、二週間あっても細部まで周り切ることは出来なかったのだが。

 

「でもやっと挑戦できる! それに、今の僕には新しいチームメンバーもいるしね!」

「ブースターだな、確かステラさんは"フェアリータイプ"の使い手だしほのおタイプがいるのは心強いな」

「うん、ステラさんは二体選出入れ替え有りのダブルノックダウンルールを採用してるからね。ブースターは心強いよ」

 

 この二週間、アルバはブースターと共に色んな技を身につけるためのトレーニングを行っていた。リエンのグレイシアが既に彼女のエースとして頭角を表しているため、兄弟に対抗意識を燃やすようなものだろう。

 さらにフェアリータイプはルカリオの持つ"はがねタイプ"を苦手としているため、アタックに関しては半ば問題は無い。

 

 それに合わせて、ダイもまた新顔であるゴーストにどくタイプの技を覚えさせていた。二週間前のサイクリングレースで手に入れたわざマシンや、アイラが持っていたものを一部借りることが出来たのは幸いだった。

 しかしフェアリータイプは基本的にエスパータイプの技をサブウェポンとして控えている可能性があるため、ゴーストもまた弱点を抱えているため決定的とは言えなかった。

 

「ジュプトルに【アイアンテール】を覚えさせておきたかったんだけどな」

 

 問題は、ダイ、アルバ、リエンの手持ちの誰も【アイアンテール】を覚えていないため、教えることすら出来なかったのだ。イリスのピカチュウが覚えているものの、イリスはリエンのトレーニングにかかりっきりだったため、結局それを見て技術を盗むしか出来なかった。成功率はせいぜいが40%と言ったところだ、実戦で使うにはあまりに心細い。

 

「でも、ゼラオラは【バレットパンチ】が使えるんでしょ?」

「ゼラオラは、公式戦で使うわけにはいかないよ。少なくとも今は」

 

 スラムの大会ならまだしも、ジム戦などで使うわけにはいかない。しかしアルバはダークポケモンにそこまで詳しいわけではなく、首を傾げるのみだった。

 

「とにかく明日、成るように成るさ。お互い、頑張ろうぜ」

 

 そう言ってダイがグラスを差し出す。アルバは皿をルカリオに預けると急いでグラスに水を注いでそれにカツンと合わせる。

 互いの健闘を祈りながら、二人は飲み物を飲み干した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「────で、なんでお前らまでいるわけ」

「何よ、アタシがいたら悪い?」

「私は応援」

「俺とサツキはステラさんの応援な!」

「そうそう、やっぱチームリーダーは担いでおかないとね!」

 

 翌朝、意気揚々とラジエスシティジムにやってきたダイとアルバとリエンの三人を待ち受けていたのは、アイラ、ソラ、レンとサツキだった。

 ソラと相手方の応援をする気の男二人はともかくとして、アイラに見られているとクシェルシティジムに挑戦したときのことや、そもそも自分のコンプレックスである最初のジム戦を思い出して気が重くなるのだった。

 

「あ! そういえばお前のフライゴン! 【アイアンテール】覚えてたな!」

「そうだけど、それがどうかした?」

「うわ……最悪、もっとこいつのこと意識に入れておくんだった」

「ひょっとして喧嘩売ってる? 売ってるよね?」

 

 ジムの前で早速頭を抱えて項垂れているダイとその眼の前で手のひらと拳を打ち合わせゴキゴキと鳴らすアイラ。それを横目に、アルバがジムに足を踏み入れた。

 都会の中にありながら、石造りのその建物はまるで神殿。もしくは円形闘技場のそれを思わせる。

 

「ようこそいらっしゃいました、どうぞお上がりください」

 

 外観と同じく、石造りの階段の先に聖女はいた。アルバに続くようにしてダイもその階段を登っていき、それ以外のメンバーは横の観覧席へと移動する。

 百何段とある階段を登り切ると、そこがそのままチャレンジャースペースとなる。対峙するジムリーダーの座にステラが立っている。

 

「どちらから挑戦しますか?」

 

 ステラがにこやかにそう尋ねると、ダイとアルバは顔を見合わせる。当然だ、公式戦である以上チャレンジャーが二人以上など考えられない。

 やがて、長いこと見つめ合ったダイとアルバが頷きあい、口を開いた。

 

「アルバからで」

「ダイからで」

 

 観覧席にいるメンバーが前のめりに転ぶ。ステラも笑みは崩していないが、口元に困惑が見られた。

 

「え、俺からでいいのか?」

「え、僕からでいいの?」

 

 全く同じ意味の言葉が両方の口から飛び出してくる。さすがのステラもそろそろ笑顔が困り顔に侵食されてきた。

 

「アンタたち漫才やってるんじゃないんだからさー!」

「面白い」

「そんな真顔で面白いって言っても……」

 

 二人に野次を飛ばしたのはアイラ。それを見て無表情で口に手を添えるソラと、それに対し苦笑を禁じ得ないリエン。ちなみにレンとサツキは腹を抱えて笑っている。

 だが真面目な話、確かにどっちかが降りなければ話は進まない。ダイはアルバを先鋒に据えることでより対策を立てようと考えていたのだ。アルバはただの親切心だが。

 

「よし、じゃあ僕から行かせてもらうよ! ルカリオ!」

 

 ダイの思惑通りに、アルバがルカリオをステージ内に出す。が、ルカリオの様子がどこかおかしい。動きが鈍いというか、どこか辛そうだった。

 

「どうした、ルカリオ?」

「あれはどう見ても胃もたれだろ」

「え、嘘!?」

 

 思えば、普段スラリとしているルカリオのシルエットだが、今日は腹の部分がうっすらと弧を描いているような気がする。今戦うのはきっとルカリオにとって良くないだろう。

 アルバは慌てて手をアルファベットのTの字に組むとタイムを掛けた。

 

「ルカリオは本調子じゃないみたいだから、僕は後回しでいいよ」

「まぁ、そういうことなら俺から先にバッジをもらっちゃうぜ」

 

 だから言わんこっちゃないとダイは呆れていたが、アルバよりも先にジムバッジに手を伸ばせるとあっては遠慮することはしない。

 

「では挑戦者、ダイくん。手持ちの中から二匹、ポケモンを選出してください。私も二匹を選び、戦います。挑戦者は入れ替え自由、先に相手の手持ちをすべて戦闘不能にした方の勝利です」

「わかりました」

 

 予め聞いていたルール。ダイは昨夜から今朝に掛けて、ステラの手持ちを可能な限り分析した。

 アルバと違い、ダイは一度彼女が戦うところを生で目にしている。アブリボン、グランブル、ミミッキュの三体を目にしている。それらが使ってくる技もすべて記憶し、対策を立てた。

 

 

「あ、そうでした。ちょっと待っていただけますか?」

 

 

 ハッとした顔で口に手を当てるステラ、次いでジムリーダースペースの端にある柱に設えられたジムリーダー用の通信用デバイスを手に取ると、ジムバッジの形をしたボタンを押した。対応しているジムリーダーに向けて発信される仕組みになっている。

 

「昨夜、約束をしてしまったので」

「約束?」

「えぇ、ダイくんとジム戦をすることを話したら見に来たいと言ってまして」

 

 昨夜、VANGUARDのメンバーで結成式をやっていた時間帯。ジムリーダーたちも集まって会食を行っていたらしい、その場で発生した約束というのならダイは心当たりは一つしかなかった。

 

「あ、もしもし。ステラです……え?」

 

 受話器を耳に宛てたままステラが疑問符を浮かべ、ジムの天井を見やった。比喩抜きに穴の空いているその天井から太陽を遮る影が出来たかと思えば、()()は落下を開始した。

 炎の翼竜、リザードンだ。シンジョウが連れているのと同じ種族でありながら、やはりぜんぜん違う。少年ジムリーダー、カエンが狩るリザードンはスタジアムの中心に勢いよく降り立つと雄叫びをあげ、火を噴いた。

 

「到着ー!! おはよ、ステラねーちゃん!」

「おはようございます、カエンくん。昨日はよく眠れましたか?」

「うん! いっぱい食べたから!」

「それは良かったです。ほら、向こうにもご挨拶しないと」

 

 そうだった、とリザードンをボールに戻しダイの方に駆け寄ってくるカエン。太陽もかくや、という眩しい笑顔で手を上げてくる。

 

「ダイにーちゃんもおはよ!!」

「おう、おはよう。わざわざ見に来てくれたのか」

「どんなバトルするのか、楽しみだから! ダイにーちゃんもステラねーちゃんも頑張れー!」

 

 アルバと共に観覧席の方へ移るカエン。二人の健闘を祈る声援に両者はそれぞれ拳と、手のひらで応える。

 そしてステラは四つのモンスターボールのうち、二つを選んで手元に寄せた。どうやら選出は終わったらしい。

 

「私は、この二匹で貴方を迎え撃ちます」

 

 

 

 現れたのはばけのかわポケモン"ミミッキュ"と、むすびつきポケモンの"ニンフィア"だった。ここに来て、ダイが一度も遭遇したことのないポケモンだった。

 図鑑によるスキャンを終えたとき、ニンフィアは身体のリボンをステラの手に巻き付けて頬を手のひらに擦り付けていた。それを見て観覧席のレンとサツキが黄色い声を上げた。

 

「俺の先鋒はこいつだ! ゴースト! ジム戦初陣、期待してるぜ!」

 

 ダイがボールからゴーストを喚び出す。相変わらずダイの頭の上が好きなようで、ステージより先ず先にそっちに移動する。それを見てステラが微笑んだ。

 

「そちらも甘えん坊なんですね」

「えぇ、でもやるときはやりますよ」

「期待しております。それで、二体目はどうしますか?」

「そうなんだよな……」

 

 実は未だに悩んでいたダイ。別段、悩む必要は無いのだが、やはり対策を立てた以上それに対してセオリーを守っていきたい。

 ステラが既に二匹選出している以上、それに合わせてポケモンを選ぶのがベストだ。特に【いわなだれ】を使うグランブルが出てこない以上、【はがねのつばさ】を扱えるペリッパーを出すのが最善策だと考えた。

 

 そうしてダイがペリッパーの入ったボールをリリースしようとしたその時だ。ダイの腰のボールからポケモンが勝手に飛び出した。

 

「ゼラオラ!?」

 

 勝手にボールから出てきたゼラオラがステージに入る。ステラは珍しいポケモンを見たからか、関心を寄せる。

 観覧席で、ソラとカエンだけがゼラオラをやや不安げに見つめていた。ダイが慌ててステージに入ってゼラオラの手を引く。

 

「ゼラオラ、ダメだ。お前を公式戦に出すわけにはいかないんだ、下がってくれ」

 

 しかし引っ張られた腕を「嫌だ」とばかりに振り払うゼラオラ。無理やりボールに戻したところで、また勝手に出てきてしまうだけだろう。ダイが頭を抱えて困っていたときだった。

 

「構いませんよ。どんな事情があっても、私はチャレンジャーとそのポケモンの気持ちを尊重します」

「天使か」

 

 観覧席から男の声が聞こえた。視線がレンとサツキの両方に向かう。二人が互いを指さして逃れようとするがそれはどうでもよかった。

 ステラがくすくす笑いながら「そんなに大した者じゃありませんよ」と小さく呟いた。

 

「ゼラオラ、戦ってみたいんだな?」

 

 返事こそしないが、勝手にステージに上がった以上もう引っ込めるわけにはいかない。何よりステラが尊重してくれるというのだから、それに甘えさせてもらうことにした。

 かくして、ステラはミミッキュとニンフィアを。ダイはゴーストとゼラオラをそれぞれフィールドに残した。

 

 

「先鋒はミミッキュです、お願いします!」

 

「よし、ゴースト頼むぞ!」

 

 

 ステラの肩から飛び出すミミッキュ。それに倣い、名残惜しそうにダイの頭の上から飛び出すゴースト。

 互いにゴーストタイプを有するポケモンであり、どちらが勝つにせよ決着は早いだろう。

 

 そして先鋒でミミッキュが出てくるのはダイの読み通りであった。そしてミミッキュにゴーストを当てるのは、今回のジム戦に挑む上で必須の作戦であった。

 

「先手必勝! 【シャドーボール】!」

 

「避けてください」

 

 ゴーストが闇の魔球を練りだし、それを撃ち出す。それをミミッキュが回避し不発に終わる。スタジアムの地面を抉り、破砕音と砂煙が舞う。

 それで終わりではなかった。ダイはスタジアム全体を覆うような、奇妙な空間に気づいた。恐らく今ミミッキュが張り巡らせた【トリックルーム】だ。

 

「読んでましたよ、早々に【トリックルーム】を使ってくるのを! 【シャドーパンチ】!」

「応戦してください、【シャドークロー】!」

 

 張り巡らされた不思議な空間の中、ゴーストが地面を舐めるように接近し、胴体から離れている両の手を握り込んで打ち出す。それに合わせて放たれたミミッキュの影から伸びるツメがぶつかる。

 しかし一つの拳が影のツメを回避し、ミミッキュ本体に直撃した。ポキッ、と小気味の良い音を立ててミミッキュの被っているピカチュウを模した頭部が垂れる。

 

「まずは確実に当たる技で"ばけのかわ"を除去! そして!」

 

 ゴーストが飛ばした手でミミッキュの横、即ち死角から【シャドーボール】を発射する。ミミッキュは慌てて回避するが、その先にもう一つの手が回り込む。

 

「もう一度【シャドーパンチ】!」

 

「ッ、速い!」

 

 高速で繰り出される闇の拳。【シャドーボール】の回避に専念していたミミッキュは避けきれずに再度直撃を許す。

 ステラが【トリックルーム】を用いて状況を創り出すのには理由がある。それは手持ちのフェアリータイプのポケモンが軒並み、素早さに難を抱えるポケモンだからである。

 

 つまり安全に【トリックルーム】を使うには、先鋒にミミッキュを出す必要がある。それを読んでいたからこそのゴーストだ。

 なぜなら、ゴーストとミミッキュの素早さに殆ど数値の差はない。即ち【トリックルーム】を安全にやり過ごすことが出来るのだ。

 

「ですが、手はあります! ミミッキュ、【ものまね】してください!」

 

 ステラの指示が通った瞬間、ミミッキュが化けの皮の下にある目を光らせた。直後、目にも留まらぬスピードで放たれた、回避不能の闇の拳。

 奇しくも、ステラもまたダイが先鋒でゴーストを出してくることを読んでいた。だからこその切り札、【ものまね】だ。

 

「ここまで来たなら、どちらが先にノックアウトを取れるかって勝負だ!」

 

 観覧席でアルバが叫んだ。一同が手に汗握り、戦いを見守る。ゴーストは手を再び撃ち出し、離れたところから【シャドーパンチ】を乱打する。

 そしてミミッキュもまた、ゴーストの雨のような攻撃を避けながら一発、また一発と確実にゴースト目掛けて【シャドーパンチ】を繰り出す。

 

「今だ! 【ワンダールーム】!」

「なっ!」

 

 ゴーストが接近してきたミミッキュを掴み上げ、そのまま【トリックルーム】の中にもう一つの不思議な空間を創り出した。

 それにより、ミミッキュとゴーストがそれぞれ防御と特防の数値を入れ替えた。つまり、今のミミッキュは特殊攻撃に非常に弱いということになる。

 

 

「そのまま、【ヘドロばくだん】!」

「【シャドークロー】! 間に合って!」

 

 

 掴み上げたミミッキュ目掛けてゴーストが口から毒素の塊を吐き出した。それがミミッキュに直撃したのと、ミミッキュの繰り出した【シャドークロー】がゴーストの口内、即ち急所にあたったのはほぼ同時であった。

 ミミッキュを取りこぼし、ゴーストがダウンする。しかし防御値をひっくり返されていたため、高い特殊攻撃で放たれた弱点攻撃でミミッキュも共に戦闘不能になった。

 

「そこまで! ミミッキュ、ゴースト共に戦闘不能! 両者、次のポケモンをフィールドに出してください!」

 

 審判のジムトレーナーが先鋒同士の戦いの終わりを告げる。ステラとダイは互いにフィールドのゴーストとミミッキュをボールに戻して労うと、傍らに立つ相棒に向かって頷いた。

 

 

「お願いします、ニンフィア!」

 

「勝ちに行くぞ、ゼラオラ!!」

 

 

 丁寧にリボンで装飾された可愛らしい妖精と、猛る閃光の稲妻がステージに飛び込んだ。

 

 両者が睨み合い、トレーナーの指示を待つ。シンと静まり返るジム内、先鋒の戦いで高鳴っていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻した直後。

 

 

「【ハイパーボイス】!」

 

「【バレットパンチ】!」

 

 

 再び審判員が吹いたホイッスルの音で戦いの火蓋が切って落とされる。

 その時、ゼラオラに走った赤黒いオーラには、まだ誰も気づいていなかった。

 

 




ジム戦前編。

ステラさんに名前くん付けで読んでもらえるとか我が子ながら許せんなダイ。
俺ですら呼んでもらったことないのに。


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