ラジエススタジアムの外、かつてダイとケイカが大立ち回りを繰り広げた広場で二匹のポケモンがぶつかり合っていた。
一匹はルカリオ、アスファルトの地を縦横無尽に駆け巡り相対するポケモンに向かって距離を詰める。
「フーディン、【みらいよち】!」
そしてもう一方はフーディン。迫るルカリオの攻撃コースを予め予測し、それに対する先手を打つ。スプーンを持った手にそのまま稲妻を纏わせ、一気に繰り出す【かみなりパンチ】。
ルカリオは放たれた拳を両手を交差させダメージを最低限に抑えるとそのまま宙返りで衝撃を殺す。ルカリオのトレーナーのアルバはそのチャンスを見逃さない。
「踏み込め【バレットパンチ】!」
「防御を取れ、攻撃終了と同時に打って出る」
そのまま地を蹴り、弾丸のように飛び出したルカリオが機関銃の如く、鋼鉄の拳を乱打する。フーディンは【みらいよち】により【バレットパンチ】で急所に当たるコースのみを持っていたスプーンでガードする。
数発、ボディに攻撃を加えたルカリオが再び距離を取ろうとしたときだった。ガクン、と膝を突き信じられないような顔をする。
「体力が奪われてる! これは……っ」
「反撃で【ドレインパンチ】を打たせてもらった。殴られた分、キッチリとな」
膝を突いたルカリオ目掛けてフーディンが今度は炎を纏った拳を叩きつける。ルカリオにとって【ほのおのパンチ】は手痛いダメージを残す。
「すごいな、前よりずっと強い」
「お前も、どうやらそれなりに場数を踏んだようだ」
「えぇ! 僕とルカリオもようやく手に入れたんです、この力を!」
アルバはルカリオをアイコンタクトを行い、左手の甲にあしらわれたキーストーンに触れる。後は簡単だ、勝ちたいとただ願えば石は応えてくれる。
「闘志よ、我が拳に宿りて立ちはだかる壁を穿け──!」
「ルォォォォォォォォオ!!」
二人が拳を空へと突き上げた。放たれた光がルカリオを包み────ピタリと止まった。
メガシンカが止まったのだ。二人の精神同調は完璧であるにも関わらず、だ。
「な、なんで? もう一回だルカリオ!」
慌ててルカリオが頷く。そして再び揃えて拳を天へと伸ばすものの、今度は光さえ起きない。
そしてその隙を見逃すほど、フーディンとカイドウはお人好しではない。
「【サイコキネシス】だ」
ぐにゃり、とフーディンの持つスプーンが曲がる。直後、身体をねじ切られそうなほど強い念力で締め上げられたルカリオがそのままアスファルトに叩きつけられる。
軽い破砕音が響き、砂煙が晴れたその場所にはルカリオが目を回していた。
「ま、参りました……でもなんで、メガシンカ出来なかったんだろ。前は上手く行ったのに」
地べたに座り込んでルカリオと首を傾げ合うアルバ。そんなアルバの隣までやってくるとカイドウは指を一つ立てて淡々と言った。
「確かにメガシンカは強力だ。だが、精神同調が上手く行かなければ失敗もする。お前はせっかちすぎるきらいがある。もう少しルカリオに歩調を合わせてやれ」
「う、わかりました……」
「そろそろ休憩も終わる。中に戻るぞ」
カイドウはそれだけ言うとフーディンをボールに戻し、白衣の裾を翻してスタジアムへと戻っていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あちゃあ、負けちまったか」
少年ジムリーダー、カエンのチームメンバーに認定されて暫く、俺とアイは外に出て遠くで行われていたアルバの戦いを観察していた。
「カイドウさん、前よりずっと強くなってるね~」
「ん? アイも戦ったことあるのか?」
俺がそう尋ねるとアイは自慢げに自分のスマートバッジを見せつけてきた。
「お前もか……」
「アンタがいなくなってからはジム巡りはしてなかったからね~、久々だから張り切っちゃった」
微妙にトゲのある言い回しだな……まぁ確かに勝手にいなくなったわけだし、言い逃れは出来ないけどさ。
「しかしアンタもずいぶんキャラが変わったわね。昔はオドオド、キョロキョロ~って感じのヘタレだったのにね~」
「う、うっさいな……新地方デビューだよ」
「まぁ、確かに今のアンタの方が百倍イケてるし、良いんじゃない? アタシは好きよ」
褒められて悪い気はしない。アイと旅をしていた頃から俺を知ってるゾロアが笑う。メタモンとジュプトルとゴーストはその頃の俺を知らないため、首を傾げていた。メタモンは首っていうか胴を傾げていた。
ちなみに今リエンはイリスさんと俺がいない間にやっていたトレーニングを行っているみたいだった。本当はそっちの見学をしようとしていたんだけど、イリスさん曰く「乙女の秘密」らしいので突っぱねられてしまた。
「さて、じゃあアタシたちもトレーニングしましょうか。ほら、ゴーストをこっちに」
「おう、ゴースト。今からアイの指示に従って試しにバトルしてみてくれ」
ゴーストを一度ボールに戻しアイに手渡す。そしてアイからボールに入ったジュペッタが差し出されたその時だった。
スタジアムから出てきた、どこか物憂げな女の子が出てきた。見た目こそパンキッシュだが、雰囲気は暗めの子だ。
「そういえば、さっき説明会で端っこの方にいた……」
基本的に白と黒、モノクロツートンの中で一際目を引く薄紫色の髪と首に掛けられているモンスターボールのデザインがあしらわれた紅白のヘッドホン。
彼女はゆらゆらと俺とアイに近づいてきたかと思えば、アイの手からゴーストの入ったモンスターボールを取り上げるとゴーストを呼び出した。
「な、何を?」
「────緊張してる」
突然現れたかと思えばそんなことを言い出す女の子。ゴーストは困ったようにふわふわ漂っていたが、やがて彼女の言葉を肯定するように頷いた。
「突然他のトレーナーの指示を受けてみろって言われても、困っちゃうよね」
そう言ってゴーストの頭を一撫ですると、そのままどこかへ行こうとする。俺は慌てて彼女の後を追いかける。
「待って、君はゴーストの言いたいことがわかったのか?」
「……音楽があるの」
「はい?」
「生き物はみんな、心で音楽を奏でているの。その子の音楽が急にアップテンポになったから緊張してるんだなって思った」
心の音楽、彼女はそう言った。心臓の音、ではないよな。ゴーストに心臓があるかはさておき、だとしたら彼女相当耳が良い。そう言えばさっき、カエンもポケモンの心象に対して具体的な返事をしていたけど……
「ひょっとして、不思議ちゃん?」
「……むぅ、私不思議ちゃんじゃないもん」
横槍を入れてきたアイの言葉にムスッと頬を膨らませる暫定不思議ちゃん。やはりパンキッシュな見た目に反して、雰囲気はどこかぽわぽわとフワンテのように軽やかだ。
「
「アイラよ」
「……ソラ。ソラ・コングラツィアだよ、よろしくね」
不思議ちゃん改めソラは俺たちが差し出した手を弱々しく握り返す。おお、俺たちちゃんと挨拶できたぞ。
しかしソラは俺から手を離すこと無く、「ねぇ」と逆に問い掛けてきた。
「さっき、あの怖いお巡りさんに突っかかったのは、なんで」
「あのシスターが好みだったからでしょ、男ってこれだから」
おいこら幼馴染、初対面の心象が悪くなるようなこと言うんじゃないよ。
俺の心配を他所に、ソラはアイの言葉を信じてないみたいだった。良かった良かった。
「私は、あのお巡りさんが間違っていたとは思ってない。でも貴方の音は嘘を吐いてなかった」
「……大した理由じゃないよ。あの人、フライツと俺とでは、ステラさんっていう人を知ってるか知らないかっていう差があった。彼女がどういう人間か知らずに貶すのは、フェアじゃないだろ」
言うて、そんなに俺も彼女のことを知ってるわけじゃない。一緒に一度戦ったくらいだし、それ以外の接点もこの二週間二回くらい街の中を案内してもらったくらいだ。
だけどそれでも彼女が心根から優しいということは分かる。だから、ついあの場に野次を飛ばしてしまった。
「ただ矢面に立ってPGと一緒になって戦うだけが、VGの在り方じゃ無いんじゃないかとは思う。だってそれじゃあまりにもシンプル過ぎるだろ、存在理由が」
「それはいけないこと?」
「単調な組織ってすぐ痛いところ突かれて、修復不可能な傷を負ったりするんだよ」
知ったような口を利いてみる。だけど実際、目的が一緒のチームってすぐに解れが出る。
「みんなが別々の方を向いていても、気づけば同じ方向を目指してる。そういう組織の方が居心地もいいし長続きする」
「なんか妙な説得力があるわね、もしかして実体験?」
「さぁ、どうですかねぇ」
アイが横から突いてくるが無視、俺の解答が気に入ったのかはわからないがようやくソラは俺の手を離してくれた。
「今のダイの音、澄んでた」
「お、おう」
ソラには悪いけどやっぱこの子不思議ちゃんだ。俺がよくやるように、ポケモンの性格をひと目で見抜くのは、やろうと思えば誰でも出来る。
ただ、心の音を聴くっていうのはきっと彼女くらいしか出来ない。いやそもそも、心の音っていう表現がざっくりしすぎている気もする。
「ところで、ソラはどうしてVANGUARDに志願したんだ?」
俺がその話題を出した瞬間、空気が凍りつくような気まずさを覚えた。アイが俺を張り倒すが口に出した言葉は元には戻らない。
でもソラは指先を唇に当てるようにして考えると、やがて顔色一つ変えずに言った。
「バラル団をやっつけるためー」
ひどい棒読みだった、心の音が聞こえなくても嘘だと分かる。でもそこまでするってことはきっと聞かれたくない事情なのかもしれない。それこそ、会って数分の人間に言えるような事情ばかりじゃないだろう。
そしてさっきからアイが執拗に俺の背中を殴打し続けてる、いてーよ。
「アンタねぇ、さすがに今のはデリカシーなさすぎ!」
「うっせぇなわかってるよ反省してますよだから叩くのやめろよいてーんだよ!」
流石に背中の骨がへし折れそうな気がしてきたのでアイの手を止める。するとその時、ソラが耳に手を宛てて目を瞑った。
「どうした、ソラ」
「静かにして……音楽だ」
「またなんか聴こえたのね、今度は何かしら」
アイが呆れて方を竦めた瞬間だった。背後の茂みから二匹のポケモンが飛び出してくる。反応が遅れたアイに向かって襲いかかるのは"ブーバー"と"ヘラクロス"だった。
「まずい! ゴースト、アイを護れ!」
「おいで"ムウマージ"、【こごえるかぜ】!」
ヘラクロスが放った【かわらわり】の前にゴーストが割って入る。当然、ゴーストタイプのためヘラクロスの攻撃は不発に終わる。そしてソラが呼び出したポケモンはマジカルポケモンの"ムウマージ"だった。
生み出した冷気を念力で放出し、ヘラクロスとブーバーの両方を襲う。ブーバーはほのおタイプだから、効果は今ひとつだけど素早さが下がり次の攻撃まで猶予が出来る。
「あ、危なかった。もしかしてソラが聴いた音楽って……この野生のポケモン!」
「いや、違う」
「野生のポケモンじゃないよ、この子たち。いっぱい褒めてもらいたいって奏でてる、だから誰かの指示でここにいる」
そう、俺の考えもソラと同じだ。そもそも街路樹に止まっていることが稀にあるヘラクロスはともかく、火山などに生息しているブーバーがこんな街中にいるのはおかしい。
加えて、どことなく動きを指示されたポケモンのそれだった。だとすれば、アイを狙ったのは……
「ダイ、後ろ!!」
考え事をしていたからか、俺は後ろから来る別のポケモンの襲撃に対処が遅れた。
「"ノクタス"! 【ニードルガード】!」
降りかかるツメと尾をアイが繰り出したカカシぐさポケモン"ノクタス"が防いでくれる。襲撃者はノクタスの防御に使われたトゲが攻撃部位に刺さり、短い悲鳴を上げる。
俺に狙いを定めて襲いかかってきたポケモンは"エイパム"と"ニャオニクス"、こちらは別段街中にいてもおかしくない。
だが一度ブーバーという、説得力の綻びが生まれてしまった以上、これを野生のポケモンの襲撃と見せつけるのは難しいだろう。
「うわぁぁぁっ!?」
その時だ、スタジアムの中からアルバの悲鳴が聞こえてきた。スコープを取り出し、中をズームで覗くと空いている天井からひこうタイプのポケモンが襲撃してきたらしく中で、アルバやリエン、他の志願者たちも応戦していた。
「アハハハハー!! こっちだぞ~!!!」
ただその中で一人、カエンだけがスタジアムの中を駆けずり回っていた、しかも笑顔で。追いかけている"マッスグマ"や"メグロコ"、"ヒヒダルマ"たちも心なしか楽しそうにしている。
どう見ても鬼ごっこ、遊んでいるようにしか見えない。実際、カエンは遊んでいるのかもしれない。それがあのポケモンたちにも伝播している。
「ちょっとダイ、どうするの!? なんかやばいわよ!」
「心の音、ゴチャゴチャ」
三人で円陣を組み、隣の背中を守ることを意識する。ブーバー、ヘラクロス、エイパム、ニャオニクスの四体に対しこちらはゴースト、ノクタス、ムウマージの三体。
そして敵対するポケモンと対峙するうち、俺はある可能性に気がついた。というのも、相手の四匹のうち一匹に見覚えがあったからだ。俺がジッと目を合わせると、ビクリと跳ね上がる
「それ、ポケモン図鑑?」
「その通り、ヒヒノキ博士にもらったんだ」
ソラが俺のポケモン図鑑をジーッと見つめる。俺は図鑑を起動させると、ある一匹──エイパムに向かって図鑑の先端を向け、トリガーを引いた。
放たれた金属片がエイパムの頭頂部にピッタリとくっつく。
「アイラ、そのノクタスの特性は"ちょすい"?」
「そうだけど、それこの状況を打開するのに役立つ?」
「役立つ」
するとソラはムウマージをボールに戻し、もう一つのモンスターボールを投げる。
「"アシレーヌ"、【ほろびのうた】」
出てきたのはソリストポケモンのアシレーヌ。出てくるなり彼女は底冷えするような、水底を彷彿とさせる歌を放った。
【ほろびのうた】はノーマルタイプ、俺のゴーストには効果はなく確かにこの場で相手のみを戦闘不能にするなら打って付け────
「ちょ、ゴースト! どうしたんだよ!」
「このアシレーヌが歌えば、それはみずタイプの技になるの。だからゴーストを早く引っ込めた方が良いよ」
起動していたポケモン図鑑でアシレーヌを読み取ると、その特性が理解できた。"うるおいボイス"だ、だから【ほろびのうた】はみずタイプの技になりゴーストはその効果圏内に入ってしまったってことか。
さらに、アイのノクタスは"ちょすい"。みずタイプの技を受ければそれを無効化し体力を回復する。
だからソラはノクタスの特性を気にしていたんだ。マルチバトルをする以上、隣に立つポケモンの状態を把握するのに越したことはない。
不思議ちゃんと甘く見ていたけど、この女侮れない。味方でつくづく良かったと思う。
「ゴースト! 戻る前に一仕事頼むぞ! 出てこいペリッパー!」
俺はボールをリリースし、ペリッパーを喚び出す。そしてゴーストに一つのアイテムを持たせると続いて指示を出す。
「【トリック】だ! ゴーストとペリッパーはお互いのアイテムを入れ替えろ!」
ゴーストの手品により、ゴーストにもたせたアイテムがペリッパーの足の中に収まる。それを確認すると俺はボールにゴーストを戻した。こうすれば【ほろびのうた】の影響は無くなる。
そう、つまり敵対しているこいつらも戦闘不能を避けたければトレーナーのボールに戻るしかない。
エイパムを筆頭に、素早くこの場を離脱するポケモンたち。
「逃げた! 追っかけるわよ!」
「いいや、それはペリッパーに任せておけばいいよ。頼めるか?」
尋ねるとペリッパーは頷き、俺が持たせたアイテムをそのままに空へと飛び上がった。
エイパムたちが逃げた方向にペリッパーが向かうのを確かめて、俺たちはスタジアムの中へと戻った。
ところがスタジアムの中のポケモンたちは粗方戦闘不能になっていた。それもそうか、イリスさんがいるわけだし。
「ジムリーダーたち、いないわね」
「アストンやアルマさんたちもいないな」
休憩中でちょうど全員が席を外していたのか、不幸中の幸いだったな。尤も、アストンやカイドウたちがここにいればもっと早く鎮圧できた気も……。
そこまで考えて、俺は自分の中に何か引っかかる部分を感じた。なんだ、何が引っかかる? 何が違和感を発しているんだ。
俺は襲撃直前の状況を思い出す。そして把握する。人物の動きに奇妙な点がある。
そう、あの人物がああ動いていたのなら、この状況はおかしい。あまりにも出来すぎている。
「みんな、大丈夫だった?」
「平気です、あっという間に追っ払ってやったわ!」
「お前が威張ってどうすんだよ、ソラのお手柄だろうが」
アイの頭を小突くと舌を出して茶目っ気を出すアイ。幼馴染補正だからだろうか、全然可愛くない。むしろ小憎たらしい、なんだこの女は。
「──これは何事ですか?」
と、その時だ。どこかに言っていたアストンとカイドウたちが戻ってくる。ご丁寧に、ぞろぞろとカエン以外のジムリーダー全員に加えフライツとアルマさんまで。
「野生のポケモンが襲いかかってきたんです、幸いみんな撃退出来たんですけど」
アルバが立ち上がりながら言う。どうやらアルバは空から襲ってきた鳥ポケモンに襲われたのだろう、全身羽毛まみれになっていた。
物理攻撃を得意とするアルバに【フェザーダンス】を使ったんだろう、俺の中にある違和感は確信に変わる。
「いや、あれは野生のポケモンじゃない。そうだよな、ソラ」
俺がそう言うとソラはコクリと頷いた。会場の中身がざわめく。
「まずあのポケモンたちは報酬系を刺激されている動きをしていた。それはソラが確認してくれた、その~……心の音で」
ソラ以外の人間が疑問符を大量に頭に浮かべた。ソラに至っては「なんでみんなには聴こえないのか」と不思議がっている。どうか自分が特別不思議であることに早い段階で気づいてほしい。
それはさておき、つまりあのポケモンたちはあの行動が成功すれば褒められるなり、ご褒美があるなりと行動の対価が存在していたってことになる。
「加えて、俺たちを襲ってきたポケモンの中に生息地がそぐわないポケモンがいた。こんな街中で、山奥に住んでるポケモンがいるとは思えない」
「確かに、ブーバーはあの中でも一際浮いてたわね」
他のポケモンは街中にいてもそれほどおかしくはない。であるならば確実にバックボーン、つまりトレーナーが存在することが分かる。
そして、みんなは思うだろう。バラル団と戦うための組織の説明会に襲いかかってくるのだから、きっとバラル団の妨害に違いない、と。
でもそれだと、アルバが羽まみれなだけで無傷なのと、カエンが明らかにポケモンと追いかけっこで遊んでいた辺りで辻褄が合わなくなる。
「極めつけは、エイパムだ」
俺、アイ、ソラの三人が戦ったポケモンの中にいたおながポケモンのエイパム。あのエイパムを俺は一度見たことがある、ちょうど二週間ほど前に。
「ソラが【ほろびのうた】で撃退する前に、俺はそのエイパムにアタリをつけた。今ペリッパーがちょうど捉えた頃じゃないかな」
そう言ってライブキャスターの通話状態をオンにする。俺がゴーストに預け【トリック】でペリッパーに持たせたのは俺が持ってる二個目のライブキャスター。
つまりペリッパーが見ている景色が、俺の手元に映像として送られてくる。
そこにはビルの屋上で数人が俺たちを襲ったポケモンのケアをしているシーンが写っていた。そしてエイパムを操っていたトレーナーは、
「"Try×Twice"のレン、アイツのエイパムだってひと目見てわかったよ。アストン、お前が言った「ここにいる十六人がVANGUARDの現状でのフルメンバー」っていうの、あれは嘘だな。ここにはアシュリーさんとシンジョウさんが映ってる。ここに映ってるメンバーもきっとVGのメンバーだろ、俺たちと区別するなら二期組って言おうか」
大方、危機に対処する能力を確認するための抜き打ちテストだったんだろう。それにしてはちょっと
「ちなみにエイパムをどうやって追いかけたかというと、これだ」
「ポケモン図鑑?」
「そう、ヒヒノキ博士はフィールドワークを主に研究してる学者で、ポケモンの分布調査なんかを行うときにこうやって発振器をつける、それをエイパムにつけておいた」
提示した図鑑のマップの中に、つけた発振器が点滅状態で表示されている。万が一ペリッパーがエイパムを見失っても、これでトレーナーの位置は特定できる。
ジムリーダーの中で唯一カエンにだけこの抜き打ちテストの説明がされていなかったのは情報漏洩のリスクを避けるため、これが妥当だろう。
俺が今回の事象のタネを明かすと、アストンはやがてゆっくりと拍手で応えた。
「お見事です、さすがの洞察力ですね」
「いいや、最初から俺たちの内誰かが気づくように仕向けてただろ、じゃなきゃブーバーは使わない」
「と、言いますと?」
「襲撃してきたポケモンの殆どは、リザイナシティのトレーナーズスクールで使われているレンタルポケモンだろ。ポケモン同士での連携が取れすぎてた気がしてね。普段から一緒にいるポケモンじゃなきゃ、ああはいかない。で、わざわざレンタルポケモンを使ったにも関わらずブーバーを紛れ込ませたのは、誰かが違和感に気づくため……つまりヒントだったってことだ」
ちょうど、リザイナシティの頭脳とも言えるヤツがここにいるからな。レンタルポケモンの調達は簡単だろう。
それにアルバとの戦いでスタジアムに戻ったはずのカイドウが襲撃直後スタジアムの中にいなかったのが違和感の始まりだった。
思えば、二週間前のライブからスタジアムの中が当時のまま片付けられていないのはこの抜き打ちテストでどのみち汚れる可能性を考慮してだったんだろう。
「そこまで読めてましたか、正解です」
「俺だけじゃ多分どこかで正解を拾い損ねてたぞ」
「それでも、状況証拠でそれだけの推論を立てられるのは評価に値します。どうでしょうか、皆さん」
アストンは振り返るとジムリーダーやフライツたちにそう言った。渋い顔をしていたジムリーダーたちが、次々に頷き始めた。
「実は、推薦組のお二方の実力が未知数だということで、試すような形になってしまいましたが」
「他のメンバーってよりは、俺とアイが対象のテストだったのか」
「えぇ、ですが他の方々の能力をジムリーダーの方々が直々に判断し、チームの編成を立てる上で必要なテストと判断しました」
ああ、そういう観点もあったのか。俺はもう半ばチームカエンの内定が決まってるから、意味があったかというと謎だが。
「それでは、二期組の方々もこちらに合流して頂き、チームの編成をお願い致します」
その一言を機に、ジムリーダーたちが散開し他のトレーナーたちの元へ向かう。ステラさんがそうしたように、VGは活動方針がバラバラになるだろう。
だから、よりチームの活動方針に適している人材をチームに加えた方が効率は良くなる。
「それで、リエンはどうする?」
「あ、私に振る?」
「気になるからなぁ」
やっぱり俺たちのパーティ全員がチームカエンというわけにも行かないだろう。するとリエンは決めあぐねているようだった。
イリスさんとのトレーニングで凄まじい勢いで戦う能力を身につけてきているとは言え、戦いは彼女の本分ではないんだろう。
「うーん……うーん」
相当悩んでる。ジムリーダーが編成をするとは言え、自分から立候補することも出来るシステムゆえの弊害。
リエンの手持ちはみずタイプが多いから、やっぱりサザンカさんのチームが良い気がするけど……
「にーちゃん!」
と、その時だった。
「にーちゃん、頭いいんだな! おれ、にーちゃんが言ってることちっともわかんなかった!」
「そうは言うけど、お前の追いかけっこもヒントになってたんだぜ」
「そうなの!?」
俺がそう言うと歯を見せて笑うカエン。そのまま屈託のない笑顔のまま、鼻の頭を指でかく。
「あいつらな、いつも夜はボールの中に入ってて窮屈だから、思いっきり遊びたい! って言ってたんだ! だから、鬼ごっこして遊んでた!」
まただ、カエンもソラと同じようなことを言う。気になったから、俺はそれについて聞いてみることにした。
「カエン、もしかしてマジでポケモンと話が出来るのか?」
「出来るよ。そうかー、にーちゃんくらい頭が良くても、それは出来ないんだ」
そう言ってガクリと肩を落とすカエン。あれ、ひょっとして俺、自分で自分の評価下げた?
「おれな、"英雄の民"なんだ」
「それって、確かラフエルの血を引く末裔、の総称だったな」
ふと、思い出す。俺が逮捕されるきっかけになった、あのレニアシティでのジンのチームが請け負ってた
それは英雄の民の拉致。あの日、俺はジム戦が出来なかったが、仮にジム戦を行えていたらカエンは奴らに連れ去られていたかもしれなかったんだ。
なんでバラル団がカエンを拉致する必要があったんだ? クシェルシティで盗んだ巻物に、何か書かれていたんだろうか。この辺は考えてもわからない。
「にーちゃん? どうした?」
「ああいや、ちょっとな」
「それでな、"英雄の民"の中でもポケモンと話せるのはおれしかいなくて。みんなから"ラフエルの生まれ変わり"って呼ばれたりするんだ」
ポケモンと話せる、カエンが言ってるのは比喩表現でも冗談でもないみたいだ。ポケモンと、明確に、言葉を以てコミュニケーションが取れる人間ってことだ。
すべての人間がそうであったなら、どれだけ良かっただろう。きっと、もっとポケモンと人間が寄り添い合いながら生きていられるのかもしれない。
「ラフエルはおれの憧れなんだ! だから、おれはいつかラフエルみたいになりたいんだ! すごいこといっぱいやって、それでいつかカエン地方って、おれの名前が入ったところで王様になったり! えへへ」
「ハハハ、王様か。王様ね……」
「どうした?」
失敬、知人にある意味王様と呼べる人間がいるもんでつい。そろそろ山の頂上から降りてこないものか、あの人は。
話が逸れた、俺はカエンに再び向き直る。
「そうだな……あのな、カエン」
「なに?」
「ラフエルみたいになりたいヤツが、ラフエルを目指してちゃダメだ」
「そうなのか? じゃあ、どうすればいいんだ?」
それは奇しくも、俺がその"頂上に立ってる人間"に言われ続けてきたことだ。これを俺の口から誰かに言う日が来るとは。その人の受け売りになるけども。
「もっと上を目指せ、ラフエルよりすげーヤツになってやるって自分を信じ続けろ」
その言葉は幼心にどう響くだろうか、指針として機能してくれるだろうか。
もし、未来でこいつがとんでもない偉業を成し遂げた時、俺の言葉がこいつの中で生きていたら、嬉しいな。
「にーちゃん、かっこいいな!」
「そうか?」
「誰かにそうやってすぐに言えるってことは、自分もずっとそう思ってるってことだから! 上手く言えないけど、すごくかっこいい!」
淀みの無い瞳に見上げられながらそう言われて、少しだけ照れる。俺がそう思ったように、
だとするなら、喜んでくれ。
俺もいつか、バトル山マスターを超えてやる。子供の頃抱いた夢に再び出会った気がして、俺はカエンの頭を少しだけ乱暴に撫で回した。
名探偵ダイ。
個人的にカエンくんの大人を見上げる瞬間が好きなので、ダイくんが彼に対して幾つかの影響を与えて、逆にカエンくんからも影響が帰ってくるような関係になってくれたらなぁって思います