ポケット・ガーディアンズから対バラル団を目的とした民間協力型武装組織
ラジエスシティ、ペガスシティなどラフエル地方の西区を中心に全国から志願者が集まっているらしい。
志願者を対象にした、採用試験は毎日行われている。尤も、俺とアイラはそれぞれアシュリーさんとアストンに推薦を受けたため、具体的な試験内容は知らされていない。
そして俺、アルバ、リエンの三人は今日行われる顔合わせという名の説明会に参加するべく二週間近くラジエスシティに滞在していた。
「改修作業も、もう少しで完了って感じだな」
目の前にあるスタジアムは先日の戦いでケイカのギャラドスが派手に破壊してしまった。電気系統が軒並みイカれてしまったみたいで、中もキッチリ作り直したみたいだ。
中に入ろうと近づくと、アルバが「あっ」と声を上げて作業中の従業員を指さした。
「なんだ?」
「あれ、あのエンブレム! "ユオンシティ"の人だよ」
なるほど、いまいちわからない。リエンに助け舟を求める視線を送る。
「ユオンシティは、ラフエル地方随一の工業都市なの。この世界で使われている資材の八割をユオンシティで製造してるほど、それに見ての通り実務も出来るから全国から建築・改築の依頼が殺到。ただ、最近はネイヴュシティの復興支援で人員を割かれてるみたいだけどね」
「復興支援……バラル団絡みだっけか」
「そう、ダイが戦ったっていう幹部のイズロードが脱獄した時。その日、ネイヴュシティは人が住む土地じゃなくなったんだ」
この二週間、
死傷者、行方不明者はそれぞれ三桁を超す人為的大災害とも呼べるそれは"雪解けの日"と呼ばれ、今も人々の心に深い闇を差している。
「ところで、結局教えてもらえなかったんだけどVGの採用試験ってどういうことをするんだ?」
「あぁ、ダイは知らなかったんだっけ。面接と実技だよ」
リエンが教えてくれる。面接は分かる、いくら強い人間だとしても人間性に難ありだと協調性を欠く可能性がある。味方にしておく方が危険な味方なら正直、いない方が良い。
だが実技ってなんだ、もしかしてポケモンバトルのことか?
「アルバはまぁ、なんとなく実技も軽くこなしそうなイメージがある。でもリエンは? リエンもまさかバトルに勝ち抜いてここにいるのか?」
「そうだよ」
「──想像できねぇ」
そう呟いた瞬間、モンスターボールがリリースされグレイシアが空気を冷却、【こおりのつぶて】で俺を包囲。逃げるルートは、ミズゴロウが進化した"ヌマクロー"がカバーしていた。
完全な布陣、何をするでもなく先手を打たれた。俺はポケモンを出すまでもなく飛礫で蜂の巣にされるだろう。
「想像できた」
「よろしい」
そう言ってリエンが二匹をボールに戻す。彼女の傍をプルリル──ミズが楽しそうにふわふわ漂っている。俺がちょっと目を離した隙にめちゃくちゃ強くなってるんですけど。
「ここに来るまで、イリスさんがポケモンバトルのレクチャーをしてくれたんだよ」
「そんな短時間であれほど強くなっちゃったわけ? イリスさんのレクチャーがやばいのか、リエンにそもそも素質があったのか」
両方だろうな、恐るべしイリスさん道場。俺も出来ることならちょっとご教授願いたいところだ。
「実技と言っても、開催日に応じて色々あるみたいだよ。僕はトーナメント形式での勝ち抜き戦だったんだ」
「私はバトルロイヤル。同じ日に受験した人全員と戦って、私が勝ち残った。ある意味、漁夫の利を狙ったとも言う」
ドヤ顔Vサインが眩しい。なんだか一人だけ推薦をもらって楽したのが申し訳なくなる。
しかし俺を推薦したのはあのアシュリーさんだ。色々あったけど、今は認めてくれている。だからこそ、こうしてバラル団と戦うチームに推薦してくれたわけだし。
「行こう、集合時間までそう時間もないし」
二人と一緒にスタジアムのロビーを抜けスタジアムに入る。どういうわけか、内部では"Try×Twice"のライブに使われていたステージがそのまま残っている。ケイカのアブソルに切断された照明器具も転がったままだ。
「もう既に、何人か集まってるみたいだな」
ちらほらとステージの前に待機しているトレーナーがいる。彼らは揃って俺たちを見る。値踏みされてるみたいでちょっと落ち着かないが。
その中には俺たちの見知った顔もいた。目立つ赤帽子の女性が俺たちに駆け寄ってくる。
「おーい! ボーイズ!」
「イリスさんもヴァンガードに参加してたんですね! 一緒に戦えるなんて感激!」
彼女のことになるとアルバはもふもふを目の前にした時くらい目の前が見えなくなる。超えるべき目標って言うのかな、そういうのがあるのは羨ましいな。
遅れて、見知った幼馴染もやってきた。
「アイちゃんオッスオッス!」
「久しぶり、イリスさん。イッシュ地方……いや、カロス以来かな?」
「シャラシティ以来だよね? 本当久しぶりだよ」
恐るべき旅人ネットワーク。どうやら二週間前が初顔合わせじゃないらしい。俺がいない間にカロス地方まで行ってたのか、アイの奴。
「ところで、イリスさんの採用実技試験はどんな内容だったんですか?」
アルバが興味津々に尋ねる。が、イリスさんは少し考える仕草をしてからあっけらかんと言った。
「いいや? 私はダイくんやアイちゃんと同じ、推薦組」
「イリスさんも誰かから推薦を受けてたんですか?」
「あー、うん。ちょうど二週間ほど前に。それこそ、VGの設立が発表された夜に」
話すたびに歯切れが悪くなるイリスさん。よくわからないが、彼女にも話し辛い事柄の一つや二つあるだろう。見たところ負けず嫌いっぽいし、負けた話とか掘り返したら後々しつこそうだ。
ちなみにそれはアイも一緒、しかも彼女は負けたことを引きずる上に勝っても引きずる。所謂、一度負けること自体が嫌、ってタイプだ。
それから他愛もない話をしている間に、着々とスタジアムに人が集まっていった。そして空からエアームドに乗ってアストンが現れた時、全員が揃ったことを悟った。
「ポケモントレーナーの皆々様。本日はお集まり頂き誠にありがとうございます」
「アストン、もしかしてこれで全員なのか?」
話を遮るようで申し訳なかったけれど聞かずにはいられなかった。ステージの上に立つアストンを除けば、ここにいるメンバーは十六人。少数精鋭チームといえば聞こえは良いけど、最初に聞いてた通りジムリーダーの管理するチームに入ることを考えると一人頭二人、ジムリーダー込みでもスリーマンセル。とても組織としては不十分感が否めない。
「えぇ、ひとまずここにいる十六人の選ばれしトレーナーの皆さんにVGが本当に実用的か、モニターを務めていただきます」
「なるほど……つまり、俺たちの活躍如何によっては人員補充を検討するってことね」
「その通りです」
そういう意味では、ここのメンバーは厳しい試験を乗り越えてここにいる強力な仲間だ。一人ずつ、観察するように見ていく。
俺よりも若そうなトレーナーもたくさんいる。それらがみんな、バラル団と戦うという意思の下、ここに集っている。
「おい、そこに立たれていると邪魔だ」
ふんわりと考え事をしていたからか、後ろから少しトゲのある言葉を掛けられた。声の主に覚えがあるため、振り返るとそれは当たりだった。
ヨレヨレの白衣にメガネ、少しボサボサした黒髪。白衣と同じでくたびれた表情。見間違うはずもない。リザイナシティのジムリーダー、
「カイドウ! 久しぶりだな」
「……いいから退け、
見ればカイドウの後ろにもぞろぞろとこのラフエル地方のジムリーダーが並んでいた。と、その後ろから二名PGらしき警官が二人続いてきた。
らしき、というのはアストンやアシュリーさんが着ているのとは別の制服だったからだ。見れば、ジムリーダーの一人も同じ制服を着用している。
「あれ、ネイヴュ支部の制服だよ。あそこ、寒いからね」
「なるほどね、だからか……」
っていうと、カイドウの六人ほど後ろを歩いていたあの人がネイヴュシティのジムリーダーってことか。制服を着てる、ってことは警官でもあるってことだよな。
ステージに上っていくジムリーダーたちを眺めていると、その後ろを歩いていたそのネイヴュ支部から来た二人の警官と目があった。
一人は女性、背はそれほど高くない。リエンと同じくらいかそれよりちょっと高い。目を引くのは綺麗な銀髪だけど、白すぎる。というのも、顔色が悪そうだ。そして何より目つき、まだ俺に厳しかった時のアシュリーさんを思い出すそんな目つき。そんなのと目が合ったものだから、俺は少し息が詰まる思いだった。
慌ててもう一人の男性に視線を移した。ところが彼は俺が視線を送ったことに気づくと、俺の全身をくまなく観察し他のトレーナーも観察した後、有ろう事か鼻を鳴らした。
まるでここにいるトレーナーを、これからバラル団と戦う仲間とは思っていないような態度だ。
「ではこれより、VGの概要を説明させていただきます」
そう言ってアストンは先日アシュリーさんから聞いたことを今一度この場にいる人間に説明し始める。
俺たち、VANGUARDに参加するトレーナーはVGバッジを授与される。このバッジはある意味、トレーナーパスよりも高位の身分証明証になる。さらに、このバッジはポケモン協会から正式な認可が下りているため、ジムバッジの一つとしてカウント出来る。つまり、ポケモンリーグが開催される前に集めなければならないジムバッジは最低七つ、ということになる。
もちろん、それ目当てで加入できるような組織じゃないのはアルバやリエン、合格した他の志願者が物語っている。
ジム戦を一つパス出来る権利を求めて参加するような軟弱者は端から相手にしない、そこから選別するための試験前面接なのだろう。
言外になかなか辛辣な組織体制だな、なんて思った。
「──あの、一つよろしいでしょうか?」
「なんでしょう、シスター・ステラ」
俺が考え事をしていると、壇上でおずおずとステラさんが手を上げた。アストンが柔和な笑みで発言を促す、あの野郎やっぱ顔がいいな。
「ここにいらっしゃる何人かのトレーナーさんは、
「えぇ、この中から好きな人員を指名していただいて構いません。他のジムリーダーの方と被った際は話し合いという形になると思われますが」
ガチガチの組織の割にそこはトレーナーズスクールの席替えみたいだな。
なんて冗談を考えていたら、ステラさんは変わらない微笑みを浮かべたまま言い放った。
「では私のチームは『バラル団である、ないに関わらず戦闘で壊れてしまった施設や、怪我をした人に変わる人員の派遣』を主な活動方針とさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
それはその場にいる人間に少なからず衝撃を与えた。なにせ、VANGUARDはバラル団を撲滅する組織。主な活動方針、というだけあってもちろん本業もこなすだろうがメインは修繕活動のボランティアだ。
さすがのアストンも苦笑を禁じ得ないようだったが、やがて首を縦に振った。
「管理するチームの活動内容はジムリーダーに一任する、と規約にも書かれています。なのでシスター・ステラの主張は正当なものと言えます」
「ありがとうございます、警視正さん」
ステラさんはアストンに微笑みかける。あの辺り、顔の良さがメーターを振り切っている。
「確かに、バラル団の活動も活発になり被害を被る方も多いと思います。ですが、それでも私が大事だと思うのは"赦す"という心ではないかと考えています」
信心深い彼女ならでは、という理由だった。思えば、彼女は先日の戦闘でグランブルが放った【いわなだれ】で下敷きになったケイカを助け出そうとした。
敵味方関わらず、機会は与えられるべきとでも言うのか。彼女の考えの細部はわからないけど、シスターらしいと言えばそうだ。
「赦すって、あの悪逆非道のバラル団を、スか? 話には聞いてたけど、アンタとんだ『善い人』だな」
だがそれを、揶揄するようにさっきのPGが横槍を入れる。まさかこのタイミングで何か言われるとは思っていなかったのだろう、ステラさんは面食らっていた。
隣にいた銀髪の女警官が睨みを利かせた、が彼は止まらない。
「フライツ、落ち着いて」
「いいや、言わなきゃ気がすまねぇですよ。集まってるこっちの連中がそんなこと宣うのなら「まぁ所詮民間人か」って思いますけどね、それを纏めるジムリーダー様にそういうこと言われちゃ、示しがつかんと思わねぇですか」
男性警官──フライツは恐らく上司の女警官の静止を振り切り壇上にズカズカ登るとステラさんの目の前まで近づいた。
ステラさんは意見を曲げるつもりの無さそうな、そういう強い目をしていた。
「あんな奴らは殲滅すべきだ。そのための人員募集っていうから、俺はネイヴュからユキナリさんの補佐を買って出たんだ。だが集まったのはこれだけ、内一人のジムリーダーは討伐戦には興味がない? あまつさえ、連中を赦す必要がある? ふざけるなよ」
「フライツ、
「嫌です、やめません」
会話の流れからして、あのネイヴュ支部制服を着ているジムリーダーの人が"ユキナリ"さん。そして、あの男が"フライツ"というらしい。
「アンタが奴らを赦せるのは、奴らがやった
「……それでも、です。それでも、赦すところから認めない限り人は前に進めないんです」
「いいや、進める。俺は進む。この憎悪で必ず奴らを焼き滅ぼすまで、止まらない。止まるわけにはいかないんだ……ッ!」
会場のボルテージが上がっていく。フライツの拳は見ているこっちが痛みを覚えるくらいに握り締められていた。
「私を、何も知らないただの修道女だとお思いですか?」
「少なくともあんな綺麗事を言えるうちはな。俺はアンタみたいな、『頭のてっぺんにキマワリでも咲いてるんじゃねえか』ってぐらいおめでたい人間が、虫酸が走るほど嫌いだ」
「あの事件の後、私は慰問にあの街を訪れました。救護テントにいた人はみな疲弊していました。中には、私の目の前で命を落とした被災者もいました。悲しくないはずが無いじゃないですか」
ステラさんの目尻にも涙が浮かぶ。激情がそうさせるのか、フライツの目も段々と赤みを増していく。
「じゃあ、尚の事、なんで赦すなんて言えるんだよ。父さんも母さんも弟も、バラル団に奪ったんだ……! 父さんは、降ってきたゴルーグから母さんを守って死んだ! 母さんは、俺と弟を優先させるために避難所には入らなかった! 母さんの遺体は見つかってない……あったのは、
フライツが放った言葉がスタジアムに響く。虚しく反響するそれをただ聞いていた。
俺も、彼の立場ならきっと同じになっていたかもしれない。
「確かに、そういうことならアンタの言い分は尤も、だと思うよ」
だからか、気づけばそういうことを呟いて、一言前に出ていた。アルバも、リエンも、イリスさんも止めはしなかった。他の志願者もお手並み拝見とばかりに俺を見送る。
フライツは先程観察して、鼻で笑う程度の戦力としか見てなかった俺が口を挟んだからか露骨に不機嫌を顕にする。
「だけどステラさんの言い分は、戦いたくないって言ったんじゃない。俺たちが戦うことで、被害を被る人を助けたいって言ったんだ」
「同じだろ、それは!」
「いいや同じじゃない! アンタが意味ないって吐き捨てた優しさを持ち続けてるだけだ。献身だって、戦いだ」
壇上のフライツと視線をぶつけ合う。だけど直感で分かる。この人との話し合い、多分今は平行線のままだ。
彼はVGをバラル団と戦う組織に仕立て上げたい。そして、それに沿わないステラさんを不真面目だと唾棄する。
「いい加減にして」
その時だった。フライツが暴走を始めた時から睨みを利かせていた女性警官が今度こそ介入した。底冷えするあの目で覗き込まれたフライツの顔が強ばる。
「ユキナリさんの補佐を命じられたのは私。貴方はその私の補佐、でしょう。なら指示には従って」
「わか、りました……アルマさん」
不服そうではあったが、彼女には頭が上がらないのかフライツは矛を収める。いや、俺に向かって講義の視線を送り続けているから正確には口を噤んだだけ。
それでも停滞していた説明会が進む。今は、それだけで良かったとしよう。
「かっこよかったぞ」
「茶化さないでくださいよ」
元いた位置に戻るとイリスさんが横腹を突いてくる。アストンが視線で「助かりました」って言ってくる、俺はさっさと進めろとジェスチャーで返す。
しかしステラさんの意思表明は、良くも悪くもジムリーダーにとって意見が散らばる結果になりそうだった。
バラル団と戦うために積極的な姿勢を取る者。
どちらかと言えば保守、有事の際以外は慈善に従事する者。
スタンスだけでも割れてしまえば、あとは俺たちがどういう方向に身を振るのか試される。
しかしこの場でそれを表明しないのは、きっと誰もがフライツの琴線に触れたくないからだろう。
それから一旦休憩、ということで各々に自由時間が訪れた。フライツは面白く無さそうにスタジアムから姿を消した。
と、それを確認していたら二人の人物が俺の目の前に立っていた。ユキナリさんと、確か"アルマ"さんと呼ばれていた女性警官。
「先程はすまなかった、だが彼の言い分を理解してくれて感謝している」
「いえ、俺も衝動的に言ってしまったわけだし」
年の頃は三十代半ば、くらいだろうか。ただし言葉の端々や表情の疲れから、普段尋常じゃない苦労をしている人、と見た。
「私からも、ありがとう。彼には私からキツく言っておく」
「ほ、程々に……?」
女性警官──アルマさんは正面に立つと分かる、不思議なプレッシャーを放っている。今の一瞬のアイコンタクトで俺の人間性を把握して、敵対した際の対処法などを一瞬で割り出してそうな、冷静な
しかしアルバはそうじゃなかった、アイツだけが持つもふもふセンサーが反応したのか、彼女の腰のモンスターボールにジッと視線を合わせる。
「やっぱり、ルカリオの匂いがすると思ったんだ」
「お前、前より変人みが増してるぞ」
「へへ~、ポケモンを嗅ぎ分ける嗅覚と言ってほしいな!」
「まず褒めてねえ!」
その漫才に呼応してか、アルバのルカリオがボールから飛び出す。それに倣って、アルマさんのボールからもルカリオが出てくる。
ひとえにルカリオ、と言ってもその差に思わず唸った。まず肉の付き方からして違う。アルマさんのルカリオは、筋肉の形成に全く無駄がない。一方アルバのルカリオはがむしゃらに鍛えた身体付きなのがひと目で分かる。もちろんアルバのルカリオの育成法が間違ってるというわけではない、がアルマさんのルカリオは驚くほどに必要十分な筋肉しかつけてないのが分かる。
そして性格だ。アルバのルカリオはトレーナーに似て"ゆうかんな性格"だ。ところがアルマさんのルカリオは、
「"れいせいな性格"か……ほい、お近づきの印に」
そう言って渋い味の
アルマさんは俺が差し出したお菓子を一口かじる、まさかのトレーナーが毒味。残った分をルカリオに与える。それをシャクシャクと咀嚼するルカリオ、仄かに雰囲気が和らいだ。どうやらお気に召したらしい。
「美味しい」
「どうも。でも多分、アルマさんの好みはこっち」
そして俺が差し出したのはオボンとナナシの実で作った黄色いポロックだ。今度は警戒なしで口に放り込んだアルマさん、唇に筋肉が寄ってる。酸っぱいものを食べた人の顔だ。
「あなた、トレーナーよりもパティシエの方が向いてるんじゃない」
「それ言えてるかも」
有ろう事かアルマさんが軽口を言うわ、アルバがそれに同調するわでシッチャカメッチャカになる。この二人名前の響きも手持ちも似通ってる、魂の姉弟か。
ユキナリさんとアルマさんが一礼してフライツが出ていった方へ去っていく。その時こっそりユキナリさんが緑色のポロックを持っていくのを俺は見逃さなかった、しかし俺に背を向けた瞬間それを口に含んで「うっ」と一瞬固まっていた。まさに"うっかりやな性格"って感じだ。
「そんなに? どれお姉さんも一口」
「イリスさんはこっち」
「う……色からして苦い味なのが分かる……」
赤いポロックを取ろうとしたイリスさんに緑のポロックを笑顔で渡す。やんちゃな性格は苦い味がダメだからな。しかしそれでも口に放り込む辺りチャレンジャー基質だな、と思う。
「あ、意外とイケるね。確かにこれはパティシエ向きかも」
そう言ってすべての味を試していくイリスさん。ポケモン向けのお菓子のはずがどういうわけか人間に集られている、どういうことだ。
と、そろそろケースをしまおうかと言ったところで後ろから伸びてきた白い手がピンク色のポロックを掴み取った。
「ふむ、これはモモンとマゴの実で作られているな。産地は恐らくサンビエか、あそこの農作物は味が良いと評判だ」
「おい、つまみ食いするな」
「こっちはナナとキーの実か。産地は恐らく一緒だが、さっきのに比べ幾らか甘みが抑えられている。糖分補給にはあまり向かないが間食にはちょうどいいか」
「おいったら」
「ん、パイルとゴスの実を合わせたヤツか。極限的な甘さと、その中で自己主張するパイルの実の酸味が程よく口に溶ける。疲労回復に最適。おい、これと同じものをもう幾つかくれ」
「聞けよこの糖分ソムリエ!」
俺の叫びも虚しく、ケースの中にある黄色いチップの混ざったピンク色のポロックを軒並みかっさらっていく糖分ソムリエ──カイドウ。
というか、こいつは一度食った木の実の味はしっかり覚えてて、今口の中でそれを分析してたのか。相変わらず頭の中身が高次元な奴だ。
「カイドウさん、お久しぶりです!」
「……知らん顔だ」
「ひどい! ちゃんとジム認定トレーナーに加えてくれたじゃないですかぁ!」
なんとなく想像がつく。現地妻ならぬ現地師匠を作りたがるアルバのことだ、きっと最初のジムで一度ボコボコにされて師匠になってくれ弟子にしてくれってせがんだに違いない。
しかしアルバはというと、やけに上から目線な態度でカイドウに言った。
「友達、ちゃんと出来たじゃないですか」
「これのことを言ってるのなら見当違いだぞ」
アルバとカイドウが同時に指を指す、俺を。しかも「これ」とか言ってくれちゃって。というか人のことを指さすな、無礼者め。
「良いのかな~そういうこと言っちゃって。ユンゲラーがフーディンに進化したのは誰のおかげなのかなぁ」
「さぁ、誰だったかな」
とぼけるカイドウだったが、それを聞いたアルバがぐいっと食いついた。
「進化したんですか、あのユンゲラー! じゃあ、バトルしましょう!」
「おい、図ったな」
「さぁ、なんのことかな~?」
アルバに引きずられるままスタジアムの外に消えていくカイドウを笑顔で手を振って見送る。すると今度やってきたのは見覚えのある武道着姿の男性。
「サザンカさんも、お久しぶりです」
「えぇ、もうすぐ三ヶ月ちょっとになりますか。って、そういうとなんだか久しぶりという感覚ではありませんね」
そう言って苦笑するサザンカさん。
「そういえばコジョンド師匠、元気ですか?」
「もちろん、あれから一日も修行を欠かしてはいません。僕も、もっと強くならないといけませんから」
盗られた物を取り返す、それだけでなく奪われた巻物を悪用するバラル団を止めねばならない。そういう意味では、サザンカさんもどちらかと言えば撲滅戦には積極的なんだろう。
「そう言えば、ダイくん。そちらに身に着けているのは"キーストーン"ではありませんか?」
サザンカさんが俺の左手首を見る。グローブのリストに装飾としてあしらわれているそれはキーストーンと呼べるもの。
これを手に入れたのは二週間前のことだった。VG設立の前夜、ケイカとの戦いが終わった後に。
『これ、アンタの分のキーストーン。いつかいるかも、ってシャラシティのメガシンカマスターに頼んでもらっておいたの。感謝しなさいよね』
ってアイから押し付けられたものだ。理論上、これで対応するポケモンとそのメガストーンさえあれば俺もメガシンカを使うことが出来る。
しかも聞いた話じゃ、アイも人にメガシンカを人に継承出来る資格をもらったらしい。癪だけど、アイツ人に物を教えるのは上手い。ただ異様に高圧的だったり物言いに含みやトゲがあるだけで。
「もしよろしければ、僕がメガシンカの習得をお手伝いしましょうか」
「それは助かります! ぜひお────」
お願いします、そう言おうとしたところで首根っこを掴まれた、思わず首を締められたハトーボーみたいな声が出た。
振り返るとそこにはさっきからチラチラこっちを伺ってただけのアイが突っ立っていた。
「いってえな! なにすんだ」
「サザンカさん、お気持ちは嬉しいんですけどこの馬鹿、物覚えが悪いからアタシが教えます。この通り資格も持ってますし、馬鹿な幼馴染のためにジムリーダーの手を煩わせるわけにはいかないし」
急に出しゃばってきて、なに言ってんだこいつ?
するとリエンがサザンカに何かを耳打ちする。隣でアイがピーピー騒がしいのでその内容は聞こえなかった。
が、サザンカさんは手を打ちなにかに納得したように微笑んだ。
「なるほど、そういうことでしたらお任せします。ではダイくん、お互い頑張りましょう。アタックの強い女性は手強いですよ」
なんだか意味深なことを言ってサザンカさんはその場を後にする。アタックの強い女性、ってなんのことだろう。サザンカさんひょっとしてやばい人にでも目をつけられてるんだろうか。
ようやく周りが一段落したかな、という辺りでちらっとステラさんに視線を送る。ステージの端に腰を下ろして物憂げに佇む姿は絵になる、なまじスタジアムの中が荒れたままなのが余計に。
彼女は俺に気づくとニッコリ笑って手を振ってくる。ちょっと心臓を撃ち抜かれた気がする。
「何よアンタ、もしかしてああいうのが好みなわけ?」
「男はみんなそうだ」
「主語がデッカイわねぇ、男は」
背中を叩かれる。なんだってこいつは不機嫌なんだよ、俺なんかしたか。
そういえば、とアイが話を区切ってくる。
「アンタ、あれから手持ち増えたんじゃない?」
「おう、今や六匹のフルメンバーだぜ」
「へぇ、ちょっと見せなさいよ」
アイがそう言うので、仕方なーく俺の手持ちをボールから出すことにした。ジュプトル、ゾロア、ペリッパー、メタモンはクシェルシティの頃から変わらない。
そして出てくるなり俺の頭に乗っかるゴーストと、やや距離を取っているゼラオラ。
「アンタがまさかゴーストタイプのポケモンを持つなんてねぇ」
「俺だって驚いてるよ。ただ、こいつが懐いちゃって」
思えば二週間経つわけだ、なんだか実感がないな。そしてそれはゼラオラも一緒だ、アイはゼラオラと視線を交わそうと正面に立つ。
そしてゼラオラの目を覗き込んだ瞬間、アイにもわかったらしい。
「ダイ、この子」
「そうだ、ダークポケモンだよ。だから今はこいつの心を開くために、試行錯誤頑張ってるところだ」
二週間経った、その間ゼラオラと心を通わせるべく色んなことを試した。効果が無いわけではないが、やっぱりポケモンバトルを通して互いを理解するのが一番みたいだ。
そして、ダークポケモンを完全に元の状態に戻すために必要なのはバトルやコミュニケーションだけじゃない。
俺の故郷、オーレ地方に存在する"アゲトビレッジ"という村がある。そこに存在する"聖なる祠"を訪れることで、ダークポケモンを、改造される前の心に戻す事ができる。
だけどオーレはラフエルから連絡船を二つぐらい乗らなくてはいけない。VGとして活動する以上、この地方を出るわけにはいかない。
「まぁその辺はおいおい考えるさ」
「楽観的ねぇ、まぁアンタらしいっちゃらしいし、それがポケモンにとって一番良いのは今に始まったことじゃないけどさ」
そんなことより、とアイは俺の頭上のゴーストを指さす。
「アンタのことだからゴーストタイプの使い方、実はわかってないんじゃないの」
「バレてるか、確かに立ち回りなんかはからっきしだ。どうも苦手意識が消えなくてな」
「そんなことだと思った。だから、アタシのジュペッタを貸してあげる。代わりにアンタのゴーストを貸して。その状態でバトルするの、最初はジュペッタに任せてみて。コツが掴めたら指示を出してみること、良い?」
なるほど、それは面白そうだ。アイのジュペッタは、何度か戦ったところを見たことがある。少し戦ってみればコツが掴めるかもしれない。
了承して、俺たちもバトルするべく外に出ようとしたときだった。壇上から駆け足の音が聞こえてきてそれは俺の近くで止まった。
「なー、これみんな、にーちゃんのポケモン?」
「ん? そうだけど、君は……」
「おれ、カエン! レニアシティのジムリーダーやってる!」
そう言ってキマワリみたいにニッコリと笑う少年──カエン。その名前に聞き覚えがある、というかシンジョウさんから聞いていた。
本来、俺がレニアシティでバトルするはずだった少年。俺が訪ねたときは街の下にあるテルス山の密林でイリスさんとバトル修行をしていたらしい。
「いいな、兄ちゃんのポケモンたちみんな兄ちゃんのこと大好きみたいだ! でも、お前……」
カエンはそこまで言ってから、ゼラオラに視線を向けた。
「なにも感じないぞ、もっと教えてほしいのにな」
「分かるのか、ゼラオラのこと」
「分かる、いや分かんないけど、分かんないのが分かる。あれ、どういうことだ?」
「ややこしいな」
一緒になって頭を抱える。つまり、カエンはゼラオラが心を閉ざしていることを感覚で理解した、俺やアイがそうしたみたいに。
ダークポケモンの波長を捉えるのはそう難しくない。ただ出来ない人も、いるにはいる。普通のポケモンとしか思わずに酷使したりバトルさせたりする人も、いっぱい見てきた。
「今はこんなだけど、バトルしてるときは教えてくれるんだ。どういうことが好きだったのか、その片鱗が見えてくるっつーか……あぁ、難しかったか」
「ううん、平気! にーちゃんの匂いはゴチャゴチャしてるけどキライじゃない! キライじゃないから分かる、にーちゃん良い人だって」
鼻をすんすんと鳴らして、俺の匂いを嗅ぎ分けるカエン。そんなにゴチャゴチャするほど匂うか、俺?
やがて俺の匂いを嗅ぐのをやめたカエンは「決めた!」と叫んで俺の手を取った。
「にーちゃん、おれのチームな! にーちゃんは今日からチーム
こうして、早くも俺は少年ジムリーダーに目をつけられ、その傘下に加わることになったんだ。
今回お借りしたキャラクター
裏腹さんより、ジムリーダー各位とフライツくん、イリスさん
蝶丸メイさんより、アルマ(好き)
新谷鈴さんより、ユキナリさん
個人的ツボなのがアルマ(17歳警部補)とフライツ(20歳巡査)の年の差と関係のギャップ。相手は年下なのに強く出れないフライツくんの鉄血ハッシュみが好きです。
既に色んな絡みが存在するアルマ刑事、今作ではフラアルを推していきたいと思います。
カイドウさん、友達出来て良かったねぇ……本当に。
余談ですが、本作は公式作品「ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~」から情報を引用することが多々あります。
読んでなくても大丈夫なよう補完は文章で行っておりますが、こちらを読んでいれば二倍楽しめると思います、ぜひどうぞ。
補足
本来VANGUARDのチーム名はジムバッジを元に命名されているので、正しくはカエンくんのチーム名は「Team Brave」です。でもカエンくんは自分の名前をチーム名にしそうなイメージがあったので、チームカエン=Team Braveと補完してくださると助かります。