ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSミミッキュ 信仰VS侵攻

「何を遊んでいる……」

 

 間もなく夜の闇が街を支配する時間。高層ビルの屋上に吹く谷間風が服の裾を喧しく煽る。

 

 彼、バラル団幹部のグライドは遥か下の地上で行われているバトルを苛立ちを隠さずに見ていた。ハリアーから借り受けた部下は存在抹消のプロフェッショナル、しかしその実態はクセの強いバトルジャンキー。

 子供は遊びたがる生き物だとわかっていてもなお、大人である彼にとってそれは仕事の邪魔をする有害なファクターであった。

 

 だがこの状況はグライドにとって些か都合が良かった。

 

 バラル団を脅かす一介のトレーナー。それが粛清対象である裏切り者を守っているのだ。組織に仇なす者を一気に消すチャンスだ。

 特にあの一般トレーナーは放置しておくといずれ強大な障害となり得る可能性がある。グライドは、彼をそう評したイズロードの慧眼を信用していた。だからこそ、彼を見逃した判断に腹を立てているのだが。

 その上、裏切り者の二人はここで放置すればいずれは世間の強いプロパガンダとして、世論を動かしかねない。求心力が高い相手はかなりの脅威と化す。

 

 バラル団にとって有害そのもの。あまり手を拱くようなら自ら戦場に趣き粛清する腹積もりであった。

 

 しかし、谷間風がやたらと生暖かくなるのを感じてグライドは振り返った。

 その時彼は自分のこめかみが疼くのを感じた。あの御方のためにも理性的であらねばならない、機械的であるために自己を消し去らねばならない。

 

 だが、その男の顔だけはグライドの神経を逆撫でする。

 

「悪いな、どうやら夜のラジエス見物を邪魔したらしい」

 

 男──シンジョウはリザードンの背に乗り、グライドを睥睨する。グライドは反射で釣り上がる眼をマッサージするように覆い、つい食いしばりかけた歯を顎をストレッチさせて平常に戻す。

 

「貴様か、次から次へと障害が現れるな」

「邪魔ついでに、もう一つ邪魔をしないといけない」

「ほざいていろ」

 

 交わす言葉はそれで十分。グライドはボーマンダを喚び出す。空の翼竜はビル街に轟く咆哮を以て、炎の翼竜を威嚇する。

 グライドは知らない。シンジョウが現れたこの瞬間、遥か階下の地上で部下がジムリーダーと接敵したことを。

 

 それを知られず、また知ったとしても妨害することが今シンジョウが為さねばならぬ、邪魔。

 

「──劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ」

 

「──暴虐よ、我が信念果てるまで破壊し尽くせ」

 

 シンジョウがカードの中に埋め込まれたキーストーンから光を放つ。返すように、グライドもまたキーストーンから眩い輝きを放つ。

 それがポケモンたちの持つメガストーンへ伝播、夜の太陽もかくやというほど強い光へと昇華する。

 

 

「「メガシンカ!」」

 

 

 これより始まるのはポケモンバトルではなく、死闘。

 

 闇夜の中でなお輝く漆黒の体躯へ進化したメガリザードンXと、より疾く飛行するべく適した身体へ進化した"メガボーマンダ"。

 特大の火球を互いに撃ち出し、橙と蒼の炎がぶつかり爆ぜる。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ジムリーダー……チッ」

 

 ケイカが隠そうともせずに舌打ちをする。それに同調するようにアブソルは対峙するシスター・ステラを威嚇する。

 しかしステラさんは笑みを崩さない。しかし同時に困ったように眉を寄せた。

 

「どうしましょう、退散……していただけないですよね、その様子ですと」

 

「邪魔、すんなッ!!」

 

 痺れを切らしたケイカがアブソルをけしかける。その時、俺のポケモン図鑑がステラさんの肩にいるポケモンを認識、そのデータを表示する。

 

『ミミッキュ。ばけのかわポケモン。正体がバレそうで悲しい。 首の部分を折った相手は絶対許さず復讐する』

 

「こわっ!? え、首の部分……?」

 

 見ればステラさんの肩のミミッキュはさっきまで保っていたピカチュウっぽさを無くし、首がカクンと垂れ下がってしまっている。

 アブソルが【サイコカッター】でステラさんごとミミッキュを切り裂こうとする。それに合わせてミミッキュが先制し、アブソルの角へと飛び移った。

 

 そこからは奇妙な光景だった。ミミッキュがアブソルと戯れている光景が広がっていた。戯れていると言っても、アブソルはミミッキュを背中から引きずり下ろし討ち取ろうとしている。だから正しく言い換えるなら、ミミッキュがアブソル()遊んでいる。

 

「ウフフ、甘えん坊な子なんです」

 

 そう言って俺に微笑むステラさん。ミミッキュが再びアブソルの背から飛び降りる。息を切らしたアブソルが角で【つじぎり】を行う。

 が、ミミッキュはそれをピカチュウの頭部部分で受け止めた。ピタリ、とアブソルの攻撃が止まった。

 

「甘えん坊って、そういう……?」

「本当のことですよ?」

 

 今の攻防の最中、ミミッキュはひたすら【あまえる】ことでアブソルの攻撃力をダダ下がりにさせていたってことか。それと同時に【じゃれつく】ことでダメージも与えていた。

 ただ遊んでるだけに見えた攻防は、れっきとした技のやり取りだったんだ。

 

「もうアブソルは危害を加えられない」

 

 俺がそう呟くとケイカが強くアスファルトを蹴り、アブソルをボールに戻した。かと思えばフードを乱雑に持ち上げた。その下の顔は狂気に歪んでいた。

 間違いない、さっきまでのケイカがもう一度顔を見せたんだ。

 

「──ケイカ、アイツ邪魔」

「おっ、アタシがやっちまってもいいんだなァ!? 来い、ギャラドス! 【りゅうのまい】!」

 

 再びギャラドスの上に搭乗しこっちを見下ろしてくるケイカ。ギャラドスが身体を大きくうねらせ、攻撃と素早さを高める。

 さっきのアブソルよりもさらに巨大な相手、このままでは流石に分が悪いように見えた。

 

「もう一度【りゅうのまい】! そして【アクアテール】!」

 

「まずい、避けて!」

 

 思わず叫んだ。再度舞ったギャラドスが放つ水を纏った尻尾の一撃が来る。しかし、その一撃は【りゅうのまい】で二段階素早さを上げたようにはとても思えなかった。

 ミミッキュはそれを難なく躱し、標的を失ったギャラドスの尻尾はアスファルトを穿った。

 

「なん、だ!? なァんでこんなに、身体が重てェ……!?」

 

 それはギャラドスだけでなくケイカにも効果を及ぼしてるみたいだった。ギャラドスの上で這いつくばるようにして呻くケイカ。

 俺は密かにこの空間を覆う、不思議な結界のようなものに気づいた。そしてその技には覚えがある、空間内の素早さによる優劣が逆転する【トリックルーム】だ。

 

「ミミッキュ、ご苦労さま。下がっていいですよ」

 

 ステラさんがそう言うとミミッキュはカクンカクンしてる首でしきりに頷くと、ボールではなくステラさんの肩へと舞い戻った。

 そして続いて彼女は新たにモンスターボールからポケモンを喚び出す。

 

「さぁ"グランブル"、お願いします!」

 

 そのポケモンはつい最近、生態系の変化によりタイプが変質したようせいポケモンの"グランブル"。本来、屈強な見た目に反して臆病なポケモンだがステラさんのグランブルは目の前の打ち倒すべき相手を前に闘志を漲らせる。

 

「ちょうど良い瓦礫があるので、少し拝借致します。ごめんなさい、工事の手間を増やしてしまって」

 

 誰かに謝るようにしながら、ステラさんがグランブルとアイコンタクトを行う。グランブルは大仰に頷くと、先程ミミッキュを狙ってギャラドスが放った【アクアテール】で砕けた地面目掛けて拳を叩きつけ、さらにアスファルトを砕く。そして自分の体よりも大きな瓦礫を持ち上げ、ギャラドス目掛けて放り投げた。

 

「【いわなだれ】!」

 

 トリックルームによって素早く撃ち出される瓦礫が砲弾のようにギャラドスに襲いかかる。先程俺とゼラオラで与えたダメージもあり、ギャラドスは今の一撃でほぼ戦闘不能へと持ち込めた。

 瓦礫の下からケイカが這いずり出る。それを見て、ステラさんは有ろう事かケイカを瓦礫の下から救い出した。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「ッ、触んな!! 援護だ! 援護しろ!!」

 

 さっきのケイカに手を出すなと言われ、今度はこっちのケイカに援護を要請されたバラル団員が一瞬遅れて手持ちのポケモンをリリースすると一斉にステラさんとグランブル目掛けて襲いかかった。

 ケイカに気を取られていたせいか、ステラさんの反応が遅れる。先程の攻防で仕留めそこねたテッカニンが素早く彼女の喉元へと殺到する。

 

「やらせるか! 【バークアウト】!」

 

 俺はボールを遠投するように放り投げ、そこからさらにゾロアが飛び出す。ゾロアはステラさんの肩に着地すると再度飛び上がりテッカニンに突進し、後続のポケモン目掛けて【バークアウト】を放つ。

 ゾロアが踏み台にしたことでステラさんの上体が下がり、さらに体当たりされたことでテッカニンの鉤爪が彼女の首元を外れる。

 

「た、助かりました……!」

 

 ケイカが自力で瓦礫から這い上がるのを確認して、ステラさんはようやく後退する。なんというか、人がいいっていうか……

 けれど彼女の格好は修道服、あれがコスプレでもなんでもない。彼女は目に映る全てに慈愛を注ぐ心がある。それが今現在敵対している者であっても変わることはない。

 

 以前、アルバから聞いたことがある。ラフエルのジムリーダーの中で彼女は唯一突出したものを持っていない。

 だけど、その分人一倍精神力が強く、絶対に信じることを諦めない。その諦めなさに感化されたポケモンたちは何があろうと立ち上がる力を持っている。

 

 これは強敵だな、って。いずれ戦う相手に対し、俺はそんなことを思っていた。

 

 でも、いくらステラさんが助っ人として戦ってくれたとしても数の不利は相変わらず。それに今は相手や味方の姿を真似て、実質こちらの頭数を増やすメタモンが使えない。

 メタモンが擬態した通路の奥に意識を向ける。すると壁の一部にメタモンが顔を作り、コクリと頷いた。どうやらレンはサツキを連れてちゃんと逃げたらしい。通りでさっきから騒いでた声が聞こえなくなった。

 

 俺がそう安堵した瞬間、ビルの遥か上空で光が爆ぜた。真夜中の太陽が眩く、辺り一面に光を散らす。そしてその光が、炎であることに気づいたのは壁面のガラスが軒並み破られてからだ。

 

「ペリッパー! 【たつまき】だ! 破片を巻き上げろ!」

 

 落下してくるガラスの破片をペリッパーに撤去させる。バラル団の奴らはフードをしているから、ある程度の落下物には対処できるが俺たちはそうじゃない。ステラさんのシスターヴェールに隠してもらうことも考えたが絵面とシスターヴェールの防御力を鑑みて、却下だ。

 

「あれは……メガリザードン!」

「えぇ、私の知り合いが今戦ってくれています。その隙にあなたを逃がす手はずだったんですが、相手の方々もなかなか諦めてくれなくて」

 

 困ったように笑うステラさんを見て、俺はほんのちょっぴり申し訳なくなった。この暗がりだ、あのメガリザードンの使い手に確証は持てない。けどあの人もステラさんも、どういうわけか俺を助けるためにこの戦闘に介入した。

 

 俺が手を拱くだけ、戦況は悪化の一途を辿るかもしれない。ただ、それでも。

 

「俺もただ施しを受けるのは性に合わないんで、助け合いの精神で一緒に戦いますよ」

 

 ホントは迷惑かもしれない。手持ちの半数を消耗させた今ではジムリーダーほどの実力者の足手まといかもしれなかった。

 だけどシスターステラはただ優しく微笑んで、それからバラル団に向き直った。

 

「大丈夫です、数の不利を埋める手はずは整っています。あと必要なのは、時間だけです」

「本当ですね? 信じますよ? その言葉、ブラフじゃないって」

 

 ステラさんにはこの状況を覆す隠し玉がある。俺はそれを信じて乗っかることにした。

 

「カラマネロ! 【しめつける】!」

 

 バラル団の一人が繰り出したのはぎゃくてんポケモン"カラマネロ"。俺とポケモン図鑑は瞬時にあのポケモンの性格と特性を判別する。そしてゾロアと一瞬のアイコンタクトを行う。

 前に出てくれるか、俺の意を汲んだようにゾロアは頷きフォアードに出る。相手も馬鹿じゃない、敢えて素早さの低いポケモンを出すことでステラさんの張り巡らせた【トリックルーム】を逆手に取ってきた。

 

 カラマネロの触手がゾロアを捕らえ、締め付けた。ゾロアが苦しげに顔を歪ませると、バラル団の下っ端はフードの下からでも分かる笑みを見せた。

 

「そのまま【ばかぢから】!」

「引っかかってやんの! ゾロア【イカサマ】だ!」

 

 するり、とカラマネロの触手から抜け出したゾロアがそのままカラマネロの頭部目掛けてえげつない引っ掻きを行う。相手の力をそのまま利用する【イカサマ】、"あまのじゃく"相手にはもってこいだ。

 

「クソッ、ギャラドス! もう一度【アクアテール】だ!」

 

 ゾロアがカラマネロを退けたのとほぼ同じタイミングでケイカがギャラドスを動かす。見れば、ステラさんが張り巡らせた【トリックルーム】が消滅していた。それが消えてしまえば、ギャラドスの素早さは【りゅうのまい】で二段階上がった状態になり、素早さを伴った尻尾がゾロアに迫る。

 

「グランブル! 防いでください!」

 

 が、ゾロアの前に躍り出たグランブルが放たれた尻尾の一撃を脇腹に抱え込み、逆にギャラドスを抑えてしまう。

 そのまま掴んだ尻尾ごとギャラドスを振り回し、ハンマー投げのように投げ飛ばす。今度こそギャラドスは力尽き、戦闘不能へと追い込んだ。これでケイカの手持ちで戦えるポケモンで、俺が知っているのはサメハダーとアブソルだ。でも両者とも手負い、さらには能力をガクッと下げられているからそれほど脅威にはなり得ないはずだ。

 

「──お前ら、()()持ってこい」

 

 万事休す、そう呼べるはずのケイカが俺たちをジッと睨みながら部下に手招きをする。すると今までクールだった側近の顔が焦燥に包まれる。

 

「いいんですか? アレを使うと上が黙ってませんよ」

「強襲班にはジンの特殊煙玉、隠密班には潜入用万能ツールが支給されて、暗部(アタシら)に何もなしってのはケチくせぇだろう? だから、アタシが許す。アンタだって、使う機会を想定して持ってきてんだろう? いいか? このポケモンは愛でて可愛がる愛玩動物じゃあないんだよォ?」

 

 それは、俺が先日相対した幹部イズロードが掲げる理念とはかけ離れていた問答。ケイカの圧力に屈した部下が予め備えていたアタッシュケースを開く。その中には所狭しと詰め込まれたモンスターボールの数々。

 

「まさか、手持ちの補充を……!?」

「ッ、いけない! 下がって!!」

 

 俺はステラさんに半ば突き飛ばされるようにして後退させられた。ステラさんにはあのボールの中に心当たりがあるようだった。

 ケイカの側近がアタッシュケースを振り回し、モンスターボールの山をこちら目掛けて放り投げてくる。そこから放たれたポケモンはモンスターボールの何十倍もある巨躯────

 

 

「"ゴローン"!?」

 

 

「やっぱり、そういうことですか……! 貴方がたは!!」

 

 ステラさんが抗議の声を上げる。が、ケイカは彼女の焦燥、怒りを見て極限まで顔を愉悦に歪めた。

 

「かつてェ、氷の牢獄と呼ばれたネイヴュシティを襲った、大規模質量攻撃ィ……"ゴルーグ"の大量投下を見て思ったんだよォ……例えばこの、ゴローンの集団ならどういうことが出来ると思う? えェ? お優しいシスター様はご立腹かい? えェ!?」

 

 その時、無数のゴローンがこちらに向かって来る。その時、またしても俺の勘とポケモン図鑑によるゴローンの次手の認識のタイミングが一致する。

 イシツブテよりも大きく、面制圧に向いており、さらにゴローニャよりも手頃に調達できるこのポケモンを奴らは捨て駒に、【だいばくはつ】で俺たちごと吹き飛ばすつもりだ。

 

「シスター!」

 

 俺は引っ張るようにしてステラさんをゴローンから遠ざける。出来るか、ジュプトルを向かわせ一瞬で一匹でも多くのゴローンを先に戦闘不能にすることが。

 不可能だ、ジュプトルはアブソルとの戦いで消耗している。今ここで向かわせるのは自殺行為に他ならない。

 

 だが、ここで行かせなければ、そもそも俺たちが爆発に巻き込まれただでは済まない。

 

 俺の指示も受けず、ジュプトルが前に出ようとする。腕の新緑刃に力を灯す。その一連の動作がとてつもなくスローに思えた。

 数々のゴローンの身体が光を放出する。あともう二秒もあれば連鎖爆発を起こし、俺たち諸共木っ端微塵になって吹き飛ぶだろう。

 

 

 一秒。

 

 

 ジュプトルが一匹目のゴローンに接敵、目にも留まらぬスピードでゴローンを切り刻み大ダメージを与える。たった一秒の間に、何度も斬りつけられたゴローン。

 だが、最悪なことにそのゴローンの特性は"がんじょう"。即ち、最後の悪あがきは出来る。

 

 

 二秒。

 

 

 俺はジュプトルが切り裂いたゴローンと目を合わせてしまった。その眼が語る感情は、この一瞬で俺が感情を爆発させるのに十分すぎた。

 だがもう遅い。その一瞬さえ、この局面ではかなりの猶予時間であった。

 

 

 

「エンペルト! 【アクアジェット】!」

 

「ルカリオ! 【はどうだん】!」

 

「グレイシア! 【ふぶき】!」

 

 

 

 だけど、爆発までの一瞬が永劫へと変わった。その瞬間は永遠に訪れなかった。

 PGのアシュリーさんが連れているのと同じこうていポケモン"エンペルト"はゴローンが臨界を超えた瞬間俺とゴローンの間に踊り入りゴローンを弾き飛ばす。それと同じタイミングで空色の波動が練られた玉が立て続けに後続のゴローンを遅い、エンペルトの背に乗っていた"しんせつポケモン"グレイシアが、口と身体の周囲に集まる冷気から猛吹雪を撃ち放ち、【はどうだん】で予め体力を減らされたゴローンを軒並み凍結、戦闘不能にした。

 

「見間違う、もんかよ」

 

 あの"ゆうかんな性格"のルカリオを。彼は俺に向かって振り返るとニッと笑いかけた。たった数日前に離れ離れになったばっかりだと言うのに、妙に懐かしい気がした。

 振り返るとそこにいるじゃないか、仲間が。

 

「探しちゃったよ、ダイ」

「アルバ!」

 

「この街、やっぱり広いね……ちょっと休憩、ってわけにもいかないか」

「リエン!」

 

「いやー危機一髪! 間に合ってよかったね!」

「誰!」

「誰は無いんじゃないの!?」

 

 言っちゃ悪いけど完全に感動の再会に水を差された感じになっている。こっそりとアルバが耳打ちしてくれる。どうやら彼女がアルバが常々言っていた目標の人物で、どうやらテルス山に迷い込んだ二人を見つけ出して、シーヴさんの頼みでラジエスまで案内してくれたらしい。なるほど、この感動の再会は彼女有りきだったのか、そりゃ感謝しなきゃな。

 

「はじめまして、話には聞いてたけどだいぶ型破りな子だね! ダイくん、だっけ!」

「こちらこそ、イリスさん。二人のこと、ありがとうございました」

 

 強引に手を取られるようにして握手を行う俺たち。ステラさんと同じ金髪だけど、こっちはアグレッシブ美人って感じだ、背中に背負ってるのが可愛い系の鞄じゃなくてガッツリトラベラー用のリュックサックな辺りがそれを感じさせる。

 

「ステラちゃんも、お待たせ!」

「えぇ、間一髪でした……」

 

 二人の方は知り合いなのか、いくらか気さくな感じで話し始めた。

 

「ラジエスに着いたのがついさっきで、火事が起きてるって騒ぎになっててそしたら現場の空をダイのペリッパーが飛んでるのが見えてね、ああこの街にいるんだなってね」

「ステラさんと会ったのはその時だよ。私がみずタイプを多く連れてるから消火の手伝いを引き受けたの。それで、ステラさんにはペリッパーの案内で先にダイを確保してもらおうと思って」

 

 そうだったのか、ステラさんに目線で確認を取るとコクリと頷いた。

 しかし話はそれまでだった。戦闘不能になったゴローンをボールに格納しながら、ケイカが大きく舌打ちをする。

 

「チッ、マジの隠し玉が……」

 

「おい」

 

 俺はボールを握り潰す勢いで中身を睨みつけるケイカに向かって歩を進めた。

 

「もう諦めろ、明らかにこっちの方が有利だ。こっちには敬虔で美人なシスターがいるから、彼女に免じて今ならお前らの撤退を妨害したりはしない。ただな」

 

 言ってやりたかった。根暗じゃない方の、粗暴な方のケイカに、言っておかなきゃいけないことがある。

 それはあの、自爆するゴローンの目を見た瞬間からだ。あんな、命令されて瀕死にならなきゃいけない者の顔を見てしまったら、言わざるを得ない。

 

「金輪際、ゴローンをあんなことに使うのはやめろ。ポケモンは兵器じゃない。お前のために都合よく傷つく玩具でもない」

 

 結果として戦闘不能にさせてしまった。ただそれはポケモン同士のバトルによってだ。あんな、一方的に相手を蹂躙するためだけにやっていいことではない。

 この言葉が悪党に対して、どれほどの意味を持つかはわからない。だから、今からの言葉は俺が、俺に対して宣誓する言葉。

 

 

「もしそれが出来ないって言うなら、次に会った時俺は絶対にお前をぶっ飛ばす」

 

 

 身体の前に突き出した拳を握り締め、強く、強く、口に出す。

 

 

「真っ先に、誰よりも速く、確実に、ブチのめす! わかったか!!」

 

 

 ケイカを始めとするバラル団員は面白く無さそうにしていたが、やがてケイカがハンドサインで何かを指示する。そこからの動きは迅速で、暗部の連中は驚くほど機敏にその場から姿を消した。まるで忍者のようだった。残ったケイカは俺に狙いをつけ、強い憎悪の視線を向けていた。

 

「上等だ、次に会った時はアタシの方がアンタをすり潰す。丹念に、丁寧に、それでいて乱雑に、踏みにじるように! 覚えとけ……」

 

 それだけ言い残し、喚び出したアブソルに飛び乗ってビルの谷間を身軽に飛び去るケイカ。姿が完全に見えなくなるまでおおよそ数十秒、俺は動けなかった。

 が、やがて状況の終了を肌で感じ取りその場に大の字で寝転がった。

 

「お、終わった……」

 

 既に夕日は地平線に沈み、ラジエスシティは夜の顔を見せていた。寝っ転がったままの俺を見て、アルバとリエンがやれやれと肩を竦めた。

 

「僕たち、まだダイから一つ聞いてないんだけど」

「どうしてあの日、勝手にレニアシティに行ったのかな」

 

「う、それは……」

 

 バツが悪い、俺は身体を起こすとそっぽを向く。がリエンが逃してくれなかった。俺の視界の方へ移動すると再度問い詰めてくる。

 

「それは俺も聞きたいな」

 

 その言葉は上空から降ってきた。顔を上げると漆黒から橙の身体へと戻ったリザードンに騎乗して、ステラさんの上空を援護していた人。そして、その人物は俺の予想通りだった。

 

「シンジョウさん」

「仲間がいたのなら、尚の事共に行動すべきだった。お前は二度、身勝手に動いた結果これだけの人数の手を煩わせたんだ」

「それは……その」

 

「ジョーくん先生みたい、イヤミったらし~」

「茶化すなイリス、大事な話だぞ」

 

 言葉に詰まっていると、イリスさんがシンジョウさんの横腹を突き回す。だけど、それを笑ってられもしなくて。

 迷った末に、いや本当は最初から言わなきゃ行けないって思ってた。ただみんなの優しさにどこか甘えがあって、言わなくても許してくれるだろうと思っていたから黙っていたけど。

 

「──ごめん、なさい。軽率でした」

 

「僕は気にしてないよ。なんせ、僕がダイでも一人でレニアシティに行ってたと思うからね!」

「アルバ」

「ごめんなひゃい」

 

 リエンがアルバの頬を抓り倒す。だけどその顔は比較的穏やかで。

 

「でもまぁ、気持ちは分かるから。今度は一緒に行こう、レニアシティ」

「……うん、ありがと」

 

 差し出された小指に自分の小指を絡める。約束、そう言って俺たちは互いの指を離す。散々小突かれたシンジョウさんがわざとらしい咳払いをすると、再び俺の前に立った。

 

「だが、そうだな。お前が奴らを足止めし、ペリッパーが消火活動を行っていなければきっともっと被害が増えていた。だから、今日はお手柄だ」

 

 微笑み、俺の肩を叩くシンジョウさんの言葉で、いくらか救われた気がした。胃袋も、鷲掴みからソフトタッチくらいにプレッシャーが消えた。

 

 

「──お取り込み中、失礼します」

 

 

 が、そうは行かなかった。シンジョウさんの後ろに降り立ったのはポケモン、エアームドとフライゴン。その背に乗っていた人物はまたしても俺の知り合いで。

 フライゴンに乗っていたのは、クシェルシティで一度別れた俺の幼馴染アイこと、アイラ。

 

 そしてエアームドに乗っていたのは、ポケット・ガーディアンズのハイパーボールクラスにして現場ジャンキーのアストンと、つい先日から縁のありすぎる。

 

「アシュリーさん……!」

 

 そう、アシュリー・ホプキンスその人がいた。彼女はジッと俺を見つめて動かない。隣に立つアストンは苦笑している。

 やがて、カツカツとブーツの底でアスファルトを威圧的に鳴らしながら、彼女は俺の方へと歩いてくる。

 

「彼のトレーナーパスはここだ。身元の保証は出来る、さらにここにいる全員が彼の潔白を証明出来るぞ」

 

 シンジョウさんがそう言って、恐らくレニアシティから持ってきてくれただろう俺のトレーナーパスを提示してアシュリーさんに向き直る。でもアシュリーさんはそれを一瞥、興味なさげに俺の方へと歩を進める。

 彼女の手が腰の後ろへ移動する。手錠か、それともモンスタボールか。いずれにせよ、俺は身構えた。こちらも手の中にモンスターボールを忍ばせる。

 

「確か、ダイ……そう言ったな」

「え、あぁ……フルネームが必要なら言うけど」

「必要ない」

 

 アシュリーさんが隠していた手を前に出してきた。俺は今一度モンスターボールの開閉スイッチに指をかけ、差し出されたものを見て凍りついた。

 それは紙だ、一部にアシュリーさんの名前が書いてあって四隅には豪華な箔の押されたサイン用紙だった。

 

「なにこれ」

「推薦状だ」

 

 淡々と告げるアシュリーさん。俺は恐る恐るその紙を受け取った。すると後ろで待機していたアストンが明らかにホッと安堵の息を吐いてから口を開いた。

 

「ボクの方から説明させていただきますね。ダイくんたちはご存知ですね、こちらはMs.アイラ・ヴァースティン。ここ数ヶ月、ボクと共にバラル団の調査に同行していただきました。そこでポケット・ガーディアンズ上層部は彼女の活躍を認め、それを踏まえた上で我々にある特命が課されました」

 

 アストンの言葉を引き継いだのはアシュリーさんだった。

 

「これよりポケット・ガーディアンズは各ジムリーダーと連携し、民間協力型の対バラル団を想定した組織を設立することとなった」

「一応、ボクも最初は反対したんですが……ミス・アイラが頑張りすぎてしまったようで、上層部はすっかりその気になってしまいました」

 

「お前、こっちでも首突っ込んでんの? とんでもねーやつだな」

「うっさいわね、アンタに言われたくないんですけど。 お節介お人好し揃ってるアンタにはね!」

 

 ここに来るまで、アイラは他の地方でも悪さをしている地域の悪党相手にちょっかいを吹っ掛けた。ある程度、一部の組織の壊滅に一枚噛んでいると言っていい。

 そんなこいつが今度はバラル団と戦うために色々してくれちゃったらしい。

 

「しかし、いくら民間協力と言っても相手はバラル団。より強力な人物を登用したいと考えている。そこで上層部は私やアストン、ハイパーボールを超えるクラスのPGやジムリーダーの強い推薦を得た人物、もしくは厳しい登用試験をクリアした者のみを仲間に迎え入れることにした」

 

「そして、これはその推薦状ってこと……?」

「そうだMr.ダイ。君を、私の名で推薦する。どうだろう」

「えっと、どうして俺を? 今まで散々俺のことバラル団扱いしたり、足を氷漬けにしたり、鉄格子に叩きつけたり、氷の礫をギリギリ当てたりしたのに」

 

 ちょっと恨み節の籠もった説明になってしまった。軽く、アシュリーさんに受けた仕打ちを引っ張り出すと彼女はいつものクールな表情から一転、慌てて俺の口を塞ごうと手を伸ばしてきた。

 

「そ、そのことは忘れてくれ!」

「いや無理でしょ、忘れないよケーブルカーの時の【きあいパンチ】とむぎゅう」

「わ・す・れ・ろ!」

 

 何時になく慌てた態度のアシュリーさんを見る。すると後ろでアイラがニヤニヤしながら隣のアストンを指差す。アストンはというとアイラの挙動を首を傾げてみていたが、俺にはそれがどういう意味かわかった。

 アシュリーさんって、ひょっとしなくても……

 

「チョロい?」

「わ、私のことか!? 今のは許せんぞ!」

 

 ビンゴ、これは面白い。アシュリーさんの意外な弱点もわかったことだし、とりあえず話の続きに移ろう。アシュリーさんは大きく咳払いをして、話を戻した。

 

「試験をクリアした者、推薦を受理した者は八人のジムリーダーの管轄の元、バラル団絡みの事件の調査、大規模作戦時のフォロー等を頼むことになるな」

「つまり、ジムリーダー直轄のチームになるってこと?」

「そういう認識で構わない」

 

 それを聞いてイリスさんがステラさんに「知ってた?」と耳打ちをする。それに対しステラさんは「し、守秘義務がありますので……」と苦笑する。もうそれが答えみたいなもんだったけど。

 

「いずれ、これは大々的にマスコミの手で発表される。そうすることでバラル団の出鼻をくじく」

 

 そしてそんな組織に、アシュリーさんは俺を推薦してくれた、ってことか。きっとイズロードに対して放った啖呵が功を奏したのかもしれない。

 

「正直、民間の手を借りねばならない我が身の至らなさを痛感するばかりだ。だが、そうであっても我々は勝利しなければならない。バラル団に、この地を脅かす悪に!」

 

 夜空に向け、俺たちに向け、高らかにアシュリーさんは宣言する。

 

 

「以降、PG並びにジムリーダー直轄のこの組織を、『VANGUARD(ヴァンガード)』と命名、呼称する!」

 

 

 




組織名:VANGUARD《ヴァンガード》


詳細

PGの上層部が民間協力者の功績を評価し、設立に至ったPG直轄の組織。
構成員は民間から志願者を募り、厳しい試験をクリアしたものを登用する。

またハイパーボール以上のクラスのPG職員やジムリーダーの推薦があれば試験をパス出来る。

登用に至った者は入団後、八人のジムリーダーの元へ振り分けられ、そのジムリーダーが管理するチームへ所属となる。

チーム所属と言っても、そのジムリーダーの拠点である街で活動する必要はなく、実質的拠点の束縛は存在しない。

また、メンバーには証明証であるVGバッジが与えられる。
このバッジはポケモン協会の認可により、任意のジムバッジと同等の効果を持つ。

即ち、7つのジムバッジとVGバッジ1つでもポケモンリーグ決勝トーナメントの無条件出場権を手に入れることが出来る。

(状況により追記の可能性あり)

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