ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSアブソル 二人で、もう一度

 

 ステージの上で背後から聞こえるざわめきに心を揺さぶられるダイ。眼の前で状況が飲み込めず困惑するレンとサツキ。

 この二人は、以前神隠しの洞窟で会ったことがあるバラル団の戦闘員だ。それがなぜ、こんなところでアイドルなどやっているのか、ダイは考えても分からなかった。

 

 しかし今はそれどころじゃないと、ダイはジュプトルが蹴飛ばして遠くに転がっている、落下してきた照明器具に近づいた。蹴り飛ばされたことで歪んではいるが、間違いなかった。

 接続器具の部分が()()()()()()()()()()()()()()()のだ。経年劣化から重さに耐えきれずに落下したのなら、間違いなくもっとボロボロになっているはずである。

 

 その時だ。ヒュッと、なんてことはない風の音が聞こえた。ダイは振り返る間も無く、直感で叫んだ。

 

「防げ、ゼラオラ!」

 

 ボールから自力で飛び出したゼラオラが飛んできた二つの風刃を弾き飛ばす。それがステージ脇のモニターに突き刺さり、ショートする。

 会場がさらにざわめきを大きくする。ダイは素早くポケモン図鑑を取り出し、今の技を分析する。

 

「【かまいたち】……! しかも今の攻撃、俺を狙ったわけじゃない。だとするなら……!」

 

 すぐさまレンとサツキの二人を引っ張ってステージから降りるダイ。観客席の方は危険だ、恐らく襲撃者はこの二人を消すために手段は選ばない。ダイはそう考えていた。観客席側に逃げて、博士やミエル、他の観客に危険が及ぶのは避けたかったのだ。

 

「ダイくん!?」

「ごめん、博士! 避難誘導を頼む!」

 

 ステージ脇に消えようとした時だ、再び飛来した【かまいたち】。今度は三つ、空気を切り裂きながら、そして空気を徐々に取り込んで巨大になりながら襲いかかってくる。

 

「ゴースト【はたきおとす】! ジュプトル【リーフブレード】! ゼラオラ【かみなりパンチ】だ!」

 

 三匹のポケモンがそれぞれ飛来する風刃を指示された技で弾き飛ばす。辛うじて対処は出来る、しかし【かまいたち】は風を切り裂きながら飛んでくる見えないブーメランのようなもの。

 従って、飛んできてる方向=撃ってきた方向とは限らないということだ。つまり犯人がどこから狙っているか、正確にはわからない。

 

「お、おい! オレンジ色! なんだってんだよ!」

「なんだかな! どういうわけか分かんねぇけど、あの【かまいたち】はお前を狙ってた! 照明もそれで落とされたんだ!」

 

 走りながら説明すると、サツキはみるみるうちに青い顔をし始めた。どうやら心当たりがあるらしい。

 

「やっぱり、"妄執"が動くんだ……! 俺たちが、裏切り者だから……!」

「サツキ! 止まるな、走れ!」

 

 身体の震えで走れなくなったサツキをレンが叱咤し、抱えあげるようにしてそのまま走る。スタジアムを裏口から抜けて少し大きめの広場に出た。

 そこまで来てレンも限界なのか、サツキを下ろした。サツキは膝を突いて、頭を抱えるようにして怯えていた。

 

「くそぉ、くそぉ……こんなことならバラル団なんかやるんじゃなかった……!」

 

 そこに来てようやく、ダイはこの二人がバラル団をやめて今の立場になっていることに気づいた。そして、組織を裏切った者を消すために動くチームがある。

 サツキの言った"妄執"という言葉、それはバラル団の中でも班長クラスの人物"ケイカ"が持つ異名。ダイが記憶を掘り返すと、彼女の連れているわざわいポケモン"アブソル"なら、【かまいたち】を撃てることに気づく。

 

 

「――やっと広いとこに出てくれたねェ」

 

 

 その声は喋り方に反して幼かった。建物の陰からスッと現れたその少女に見覚えがあった。フードの奥から覗く三日月状に歪んだ口、長く伸び切って揃えられてない髪。

 だがその喋り方は、ダイの記憶のケイカとは少し違っていた。

 

「お前……誰だ?」

「ツレないねぇ、今まで会った女の子のことも覚えてないのかい?」

「イメチェンか? そんなとこだろ。似合わないからやめた方がいいぞ」

 

 軽口を叩きつつ、腰のモンスターボールに手を伸ばすダイ。すると後ろでレンがぽつりと零した。

 

「聞いたことがある、バラル団の暗部班長ケイカは()()()()って」

「なんだそりゃ……?」

 

 ケイカから視線を逸らさずにレンの話に耳を傾ける。するとケイカは突然糸の切れた人形のようにカクリと脱力する。

 

「――ねぇケイカ、私もお兄さんと遊びたいよ」

「ここは譲れよォケイカ、アタシもいっぺんアイツ相手に暴れ散らしてみたいんだよォ」

 

 一つの口から二人の会話が放たれる。今度は電源の入ったロボットのように立ち上がり、フードを捲り上げるケイカ。その眼は爛々と血走っており、切り揃えられてない長い髪を束ね、後頭部で結い上げる。

 

「あー邪魔くせぇ。髪くらい切っとけよな……さァて始めるとしようか!」

「来るぞ!」

 

 ダイは叫ぶとモンスターボールをリリースし、ジュプトルを呼び出す。ケイカはモンスターボールを叩きつけるようにして手持ちのポケモンを召喚する。

 

 

「ギャァァァラドォォォォォォス!!!」

 

 

 ボールから溢れる光、ケイカを乗せてそのまま巨大化するのは通常と違い、血のように紅いギャラドスだった。一度戦ったことがある、そのときはトレーナーの指示なく暴れていただけだったが、今回は違う。

 出てくるなり口に特大の炎を溜め込むギャラドス、ダイは勢いに任せジュプトルを出したのは失策だったと思い知る。

 

「下がれ! みんな!」

 

「――【だいもんじ】ィ!!」

 

 ギャラドスが口から巨大な火文字を吐き出す。ジュプトルはそれを跳躍して回避する。ダイ、レン、サツキもまた飛び退くことでそれを回避する。しかし三人の後ろへ逸れた炎は街路樹を木っ端微塵に破壊する。

 それだけではなく、そこから飛び散った炎が公園と思しき場所の木々に燃え移り、より強大な炎と化す。

 

「ハハハハハッ! 燃えろ、燃えてしまえ!! そうだ、アンタら三人だけなんてつまんない、この街も一緒に焼き払ってやるよォ!!」

「アイツ、めちゃくちゃだ……! ペリッパー、火を消してくれ!」

 

 ダイはボールからペリッパーを喚び出すと、消火の指示を出す。ギャラドスは次いで、特大のエネルギーを溜めだす。ポケモン図鑑がその技を分析する、紛うことなき【はかいこうせん】だった。受け止めたらひとたまりもない、しかしギャラドスは向きをダイたちからスタジアムへと変更した。ダイはゾッと毛が逆立つような恐怖を覚えた。

 

「ッ、やめろ――!!」

 

 叫ぶ、がギャラドスは止まらない。破壊の色を伴った極大の光線がスタジアムを撃ち貫いた。内部から先程まで観客が上げていた歓声とは違う、悲鳴が放たれた。

【はかいこうせん】が貫通した部分から小規模の爆発が起き、中からも連鎖的に爆発の音が響く。恐らく今の一撃でスタジアム中央のモニターが破壊されてしまったに違いない。電気系統がショートしたのなら、急いで避難させなければならない。

 

 だけど、今避難させてもどのみちケイカのギャラドスが目の前にいるのでは返って危険だ。

 

「ジュプトル! 【タネマシンガン】! 出てこい、ゴースト! そのまま【10まんボルト】!」

 

 種の弾丸による機関銃でジュプトルがギャラドスの頭上のケイカを牽制、その隙に現れたゴーストが練り出した電撃をそのままギャラドスへと撃ち放つ。

 

「【りゅうのはどう】! 打ち消しな!」

 

 しかしゴーストが放った電撃を、ギャラドスは口から放つ龍の形をした衝撃波でかき消してしまう。当然、弱点のでんきタイプの技は警戒してるようだ。

 

「なんで、こんな戦い方をするんだ……!」

 

 ダイのその問い掛けに、ケイカは心の底から笑って答えた。

 

「楽しいからさ! 物が、人が、いとも容易く、儚く壊れていく様は本当に! 楽しいからだよ! こんな器に縛られてるアタシは、この衝動を解き放ちたくて仕方がない!!」

 

 言って、再び悪魔のような甲高い笑い声を上げるケイカ。ケタケタと可笑しくて可笑しくて、たまらないと言ったその姿は人間とは思えなかった。

 例えるなら、化物だ。悪意を以て人を傷つける、正真正銘の化物がそこにいる。

 

「ケイカがどうかは知らないがねェ! アタシは大暴れしたい、全部全部ぶっ壊したい! その先にある破滅が愛おしくてたまらない!」

 

 破滅思想を口にし、たまらず身悶えるケイカ。しかしダイは静かに、だがツメが手のひらに食い込みそうなほど怒りを顕にしていた。

 あの化物を止めねば、ラジエスシティはたちまち地獄と化すだろう。ダイは振り返らず、レンとサツキに向かって言った。

 

「お前らは逃げろ、危険だとは思う。でも、観客の避難誘導を頼めるか」

 

 返事が返ってこない。振り返るとレンとサツキは二人して諦観の感情に支配されていた。むしろこのまま一思いに、ケイカに消されてしまいたいとさえ思っていそうな顔だった。

 ダイがゆっくり二人に近づくと、ぽつりぽつりとレンが自嘲を込めて呟いた。

 

「なんで、こうなるんだよ……俺たちただ、二人でカッコつけたくて、それでバラル団に入っただけだったんだ」

 

 それは彼らがバラル団に身を寄せることとなった経緯だった。レンはなおも一人で譫言のように呟く。

 

「ガキの頃から目立ちたくて、だけどこれと言って突出してることもなくて、だけど諦められなくて……」

「終わりだ……もうおしまいだよ。このままアイドルを続けたっていつか絶対に殺される……嗚呼」

 

 レンとサツキはぽつぽつと降り始めた雨のように静かに涙を流していた。介錯を待つように、ただ静かに泣いていた。

 だがそれを、ダイは許さなかった。彼らのステージ衣装が破けんばかりの勢いで二人の胸ぐらを掴み上げた。

 

「お前らがバラル団に入った経緯はわかった……だけどな、そんなことはどうでもいいんだよッ」

 

 ダイは覚えている。二人がバラル団の構成員であったことを。しかし彼の言う通り、そんなことはどうでもよかった。

 

「今だろ。お前らが頑張ってるのは、まさに今なんじゃねえのかよ……ッ! そんな簡単に諦められちまうのかよ、今を!」

 

 ダイは聞かされている。二人がたった二ヶ月という間に、どれだけ頑張ってきたのかを。その軌跡を、熱心に語る少女の姿を覚えている。

 

「嘘だったのか? お前ら、インタビューで言ってたじゃねえかよ。"Try×Twice"のユニット名には「二人でもう一回頑張ってみる」って意味が込められてるって。そんで二ヶ月、死に物狂いで頑張ってきたんだろ。だから、既にお前らを見てくれる人があんなにいっぱいいるんだろ! 二ヶ月って時間は案外短けぇんだよ、そんなお前らがもうこんなところまで来てるんだよ!」

 

 ダイは知っている。彼らを求めて、このラフエル地方を縦断するほど遠くから馳せ参じたファンの人たちを。

 

「ハッキリ言ってやるよ。俺は男性アイドルグループに今までこれっぽっちも興味無かったけどな、お前らの歌にどんだけの人が勇気を与えられてるか知ってる! お前らのことが死ぬほど好きな女の子を知ってる! お前らの歌を楽しみに毎日を生きてる人を知ってる! そういう人たちが今、あの中で苦しんでる! お前らが助けに行かねえでどうすんだよ、なぁおい!」

 

 ダイは捲し立てると二人を強引に突き飛ばした。尻もちを突いた二人の顔に、徐々にだが生気が戻り始める。そして立ち上がった二人の顔は元バラル団という呪縛から抜け出した、今を生きるポケモンアイドルデュオの二人になっていた。それを見て、ダイは満足げに笑みを浮かべた。

 

「よし……観客の避難は任せろ! そりゃこえーけどさ……」

 

 ダイの目をジッと見つめ返しながら、レンは言った。そこには先程までの自嘲は含まれていない。

 

「俺たちだけ逃げるなんてそれこそ、かっこ悪くてたまんねーよ!」

 

 そう言ってレンは一足先にスタジアムへ戻った。残ったサツキもまた、拳を握り締めて自分を奮い立たせた。

 

「俺も、怖いけど……今まで、何も頑張ってこれなかったから。今度こそ、レンと一緒に頑張るって決めたんだ」

 

 レンと比べて、女の子のように小さな男は己を極限まで鼓舞する。ファンが好む可愛らしさとは別の、男の顔だった。

 

「だからここから逃げない、今と戦うよ!」

 

 追いかけるようにしてサツキもその場を後にする。二人を見送ったダイは、頬をピシャリと打つ。そして気持ちの切り替えをすると向き直った。ケイカはというと、今の問答を腹を抱えて、声を圧し殺して笑っていた。

 

「三文芝居は終ったかい? それじゃあスタジアムもろとも、ペッシャンコにしてや――――」

 

 刹那、雷光が駆け抜ける。ギャラドスの顔を撃ち抜き、その上にいるケイカを揺さぶるほどの打撃。

 何をされたのかわからなかったケイカが目を向く。頭部を殴打されたギャラドスが体勢を崩す。ダイの周囲にプラズマが立ち上り、その足元に彼は降り立った。

 

「行かせねえ。お前はここで、俺が止めてやる……なぁゼラオラァ!!」

 

「ゼラァァァァァァァ――ーッ!!」

 

 ダイの叫びに呼応し、咆哮するゼラオラ。戦うために調整され、心を閉ざしてしまったポケモンが感情を一つ取り戻す。

 それは怒りだ、人の身勝手な蹂躙を良しとしない旨を叫んだゼラオラが前傾姿勢に入る。

 

「もう一度、焼き払え! 【だいもんじ】ィ!」

「懐に飛び込め、【かみなりパンチ】!」

 

 ゼラオラがプラズマを推進力に、その場から跳躍。続いてプラズマをバーニアのように発しギャラドスへ一気に距離を詰める。放たれた【だいもんじ】は先程よりも巨大だが、ゼラオラからすれば止まって見えた。

 空中をジグザグに突き進み、再びギャラドスの頭部へと電撃を纏った拳を叩き込む。弱点を二度突かれたギャラドスが吹き飛び、地面でのたうつ。

 

「ちっ……! 【ストーンエッジ】! アイツごとぶっ潰せ!」

 

 起き上がったギャラドスが尻尾で地面を叩く。浮き上がった瓦礫が研ぎ澄まされ、鋭利な飛礫へと変わるとそのままダイ目掛けて岩杭の連弾が放たれる。

 しかしそれはゼラオラが許さない。放たれた【ストーンエッジ】に向かってそのまま突進する。

 

「――――【バレットパンチ】!」

 

 それはアルバのルカリオをずっと見続けてきたダイが、手探りでゼラオラに教えた拙いものだった。しかしゼラオラは全身全霊でそれをトレースする。高速で撃ち放たれた拳のラッシュが飛礫を粉々に粉砕する。

 攻撃の尽くを先手で潰されるケイカの顔が怒りで歪む。彼女はセオリーを捨て、もう一つモンスターボールをリリースする。

 

「サメハダー!! 【アクアジェット】ォ!」

 

 みずタイプの先制技。サメハダーはギャラドスのアシストを受けて弾丸のような速度で空を翔ける。ダイはゼラオラを一度後退させると、待機していたジュプトルとゴーストを前に出す。

 

「ジュプトル、【エナジーボール】! ゴーストはもう一回【10まんボルト】だ!」

 

 前衛へ出ざまにジュプトルが新緑のエネルギーを球状に溜め込み、放り出す。それがサメハダーの動きを止め、ゴーストが再び練り出した電撃をサメハダーに浴びせる。サメハダーにはそれぞれ【こおりのキバ】と【かみくだく】という技がある。どちらもジュプトルとゴーストに対して効果抜群の技だ、さらに特性の"さめはだ"を持つため接近戦は挑ませない。

 

 距離さえ開けてれば、サメハダーは十分に対応できる。

 

「サメハダーはジュプトルたちに任せろ、ゼラオラ!」

 

 コクリと頷き、再びゼラオラがギャラドスへ接近する。その時だ、ふとゼラオラが目を見開き動きを止めた。

 

「どうした、ゼラオラ!?」

「動きが、止まったなァ!! 【はかいこうせん】ッッッ!!」

 

 ゼラオラが突然苦しみだし、ケイカの言う通りその場に立ち止まってしまった。ギャラドスはそんな隙を見逃さず、口腔に溜め込んだ破壊の衝動を解き放つ。

 光線がゼラオラに直撃、地面をえぐるようにして後方へ吹き飛ばされるゼラオラ。体力はまだ残っているはずだが、ゼラオラは苦しみ続けたまま身動きが取れなくなっていた。

 

「くっ、戻れゼラオラ! よくやったな、後は任せろ!」

 

 ダイはボールにゼラオラを戻し労いの言葉を掛ける。幸い、ゼラオラの奮闘あってギャラドスの体力は残り多くはない。ギャラドスさえ止めることが出来れば、ケイカの大規模破壊活動を止めることが出来る。

 しかしあの破壊の暴君を止めるには、ダイの場合フルメンバーで挑まねば綻びが生じる。ペリッパーは消火活動を行っているため、今は手元にいない。

 

「ゾロア、メタモン! 頼む!」

 

 ジュプトル、ゴースト、ゾロア、メタモンが並び立つ。メタモンは飛び出して来るなり、ジュプトルの姿へと変身する。

 四匹のポケモンがギャラドスとサメハダーに向き直る。数的有利は取れている、そうダイが思った瞬間だった。

 

「――レパルダス! 【ふいうち】!」

 

「――ヘルガー! 【かえんほうしゃ】!」

 

 背後から近づいてくるポケモンたちに気づかなかったのだ。れいこくポケモン"レパルダス"が攻撃を仕掛けようと前のめりになったジュプトルの眼の前に躍り出ると後ろ足によるひっかきでジュプトルを切り裂いた。そして遅れてやってきたヘルガーが放つ灼熱がダイの手持ちに襲いかかる。

 

「お待たせしましたケイカさん」

「班員十二名、合流致しました」

 

 ダイを取り囲む、総勢十三人のバラル団員。その全員がフードにマスクを付けており、表情さえ分からなかった。恐らくケイカが従えるバラル団の暗部構成員だろう。

 

「ちっ、お楽しみはここまでか……まぁだ暴れ足りないけど、仕方ないか。おいケイカ、後は任せるから」

「――わかった、やっとお兄さんと遊べるね」

 

 再び糸の切れた人形のように脱力し、電源の入った機械人形のように再起動するケイカ。するとケイカは結い上げた髪を解き、再びフードを被って顔を隠した。

 ギャラドスをボールに戻し、ほぼ万全のアブソルとサメハダーを付き従えるケイカ。そして一人一匹、最も鍛え上げた一匹を従えダイを取り囲むバラル団員たち。

 

 ジリジリと包囲網が狭まり、ダイは冷や汗を隠せない。正直、ケイカ一人なら頑張ればどうにか出来ると思っていた。実際、事は優位に運んでいたはずだった。

 そもそもこのバラル団員たちが控えていたのは、ギャラドスで暴れる方のケイカが出てきていたからだ。彼女の立ち回り上、他の団員はむしろ邪魔になる。

 

 だがその立ち回りを不利と見た他の構成員が参戦する。そして、ダイのよく知るケイカはアブソルやサメハダーによる陰湿な立ち回りを好み、それ即ちチームでの動きに対応出来るということだ。

 一か八か、この包囲網の一角を崩しこの場を離れ単騎撃破に持ち込めれば勝機はある。だがそれはダイもわかっている通り、かなり筋の細い勝算だった。

 

「行け、オニゴーリ! 【かみくだく】!」

 

「クマシュン! 【ダメおし】!」

 

 ケイカの側近を務める二人が手持ちのポケモンに命ずる。オニゴーリとクマシュン、どちらもこおりタイプのポケモンで現状ダイのアタッカーであるジュプトルとメタモンの弱点を突ける存在。

 ジュプトルとメタモンが攻撃に備えようとする。その時、包囲網の外で男が叫んだ。

 

「――――耳を塞げ!」

 

「レン……!? みんな、耳を塞げ!」

 

 叫んだのはレンだった。ダイは手持ちに耳を塞ぐように指示をすると自分もまた耳を両手で塞いだ。

 

「イワーク! 【いわなだれ】!」

 

「ペラップ! 【ばくおんぱ】だ!!」

 

 直後、耳を塞いだ外からでも耳朶を破壊するかのような巨大な音の波がバラル団員を吹き飛ばす。そして一箇所に掃き集められたバラル団員のポケモン目掛け、イワークが岩塊を撃ち落とす。

 立ち上がる土煙、ダイはたまらず咳き込むが振り返るとその姿に驚きを隠せなかった。

 

「お前ら、なんで戻ってきた……?」

「言ったろ、俺たちはファンを見捨てない。今日この会場にいた以上お前も俺たちのファンだ、異論は認めねえ」

 

 レンはそう言ってダイの背中を強く叩いた。その後ろから現れたサツキが自身に満ちた笑みで言った。

 

「安心して。ファンのみんなは逃してきたから。ヒヒノキ博士も協力してくれたんだ」

「しっかし、有名なポケモン博士も俺たちのファンとは……嬉しい驚きだぜ」

 

 本当は姪っ子のお守りで来ただけだとダイは知っていたが、黙っていることにした。調子付かせておく方が良いと思ったからだ。

 

「さてと……ファンサービスしないとな、サツキ」

「だね。とびっきりのをお見舞いしてやろうよ、レン」

 

 レンとサツキがダイの前に立ち、かつての同胞たちへと対峙する。イワークの【いわなだれ】で壊滅させたと思ったが、バラル団員たちはまだポケモンを所持していたらしく、次々と新手が現れる。

 それと同じように、レンとサツキもボールをリリースする。そこから現れたのはかつて神隠しの洞窟で見たアイアントとハスブレロ。そして、

 

『エイパム。おながポケモン。シッポでいろんなことをしていたら手先は不器用になってしまった。高い木の上に巣を作る』

 

 レンが連れている新しいポケモンだ。そしてサツキが先程から従えているペラップもまた、新たな手持ち。

 二匹とも事務所から持つよう与えられたポケモンだが、二人と共に厳しいトレーニングを生き抜いてきた。半端な覚悟で出来ることではない。

 

 何より、バラル団時代からいるイワーク、ハスブレロ、アイアントが変わらず彼らを慕って着いて来ているのだ。彼らもまた、ポケモンに対して真摯であり続けたということだ。

 

「エイパム、【スピードスター】! イワークは【ロックカット】!」

 

「ペラップはもう一度【ばくおんぱ】! ハスブレロ、ペラップに合わせて【ハイパーボイス】!」

 

 イワークが自分の身体を磨き上げ、余分な岩を削いで素早さを高める。エイパムは確実にヒットする星の雨を撃ち出す。しかし本命はペラップとハスブレロが放つ特大の音波。

 ハーモニーを奏で、再びバラル団員とその手持ちを軒並み吹き飛ばすペラップ。恐らくあのペラップはライブで二人のバックコーラスを担当しているのだろう、声域が伊達ではない。

 

「作戦変更、あの二人から始末するよ」

『了解』

 

 ケイカの指示に従い、ダイを無視した陣形を取り始める。しかしレンとサツキは動じない。

 

「もう一度【ロックカット】だ、イワーク!」

 

「アイアントも【こうそくいどう】だ!」

 

 これ以上削ぎ落とせる場所が無いほど洗練されたイワークが鬨の声を上げ、その真下でアイアントが速度を高める。

 バラル団の構成員がレパルダスとクマシュン、そして"テッカニン"を差し向ける。レパルダスがダッシュし、イワークたちを翻弄しながらヒットアンドアウェイの要領で切り裂く攻撃【つじぎり】を行う。

 

「イワークの防御は鉄壁のそれ! そんなツメじゃあひっかき傷が関の山だぜ! 【しめつける】攻撃! そしてそのまま【たたきつける】攻撃!」 

 

 岩蛇はレパルダスとクマシュンをそのまま自身の体で拘束し、ギリギリと締め上げると身体を撓らせて地面へと叩きつけた。【いわなだれ】によるダメージも込みで、二匹のポケモンが戦闘不能へと陥る。

 

「サメハダー」

 

 ケイカがサメハダーをイワークへけしかける。如何にイワークが速度を上げていようと、サメハダーの【アクアジェット】を凌駕するスピードは出せない。弱点のみずタイプ攻撃を受け、イワークが後ろへ大きく仰け反った。イワークを倒すなら絶好のタイミング、しかしそれを許さない者がいた。

 

「ペラップ、【フェザーダンス】だ! アイアントはそのままサメハダーに突っ込んで!」

 

 再度イワークへ襲いかかろうとするサメハダーに大量の羽毛が絡みつく。鮫肌と水分で普段以上に羽毛が強く絡みつき、サメハダーの攻撃性能が低下する。

 その隙を見逃さず、アイアントがサメハダーへ接近する。そもそもアイアントという種が素早いポケモンであり、【こうそくいどう】で素早さを高めている。サメハダーが動き出す前にアイアントがその大顎を開いた。

 

「【いやなおと】からの、【むしくい】!」

 

 金属質の顎を擦らせ、サメハダーをゾッとさせる。生物の条件反射で防御力が低下したその隙を突き、アイアントが噛み付いた。それだけではなく、サメハダーが所持していた木の実をそのまま食べてしまう。

 体力を大幅に回復させる"オボンの実"を先んじて捕食してしまうアイアント。これでサメハダーは体力を回復できないまま【むしくい】による大ダメージを受ける。

 

「ナイスフォローサツキ!」

「オッケオッケ! このまま決めちゃってよ、レン!」

 

 ハイタッチを交わすレンとサツキ。そんな二人のコンビネーションをダイは感心するように見ていた。

 スピードに難のあるポケモンの防御を相方が代替わりし、それに報いるべく必殺級の技で敵を退ける。攻防の参考書にお手本として載っていそうな模範的な戦い方だ。

 

 そしてそれを阿吽の呼吸でやってのけるのは、やはり彼らが長い時間を共に過ごしたという証左。

 しかし、それを嘲笑うかのように運命は彼らの敵をする。

 

「バラル団が!」

 

 ダイはデボンスコープで遠くを望む。するともうじき夜の帳が降りる。それに乗じて、バラル団員が補充されていく。今まで倒した数を平気でカバー出来てしまう数の補填にダイは顔を顰めた。

 現状、こちらの手札で多くのポケモンを一気に倒せるのはイワークの【いわなだれ】とペラップの【ばくおんぱ】のみ。ダイの手持ちはどちらかと言えば単騎撃破に向いている。囲まれたら対処は難しい。

 

 だが単騎討ちを狙うのならこれほど適した手札もない。

 

「レン、サツキ。このまま包囲網を固められる前に一度ここから離れるぞ!」

 

「名案だな」

 

「俺も賛成!」

 

 耳打ちし、ダイが準備を整えるまでイワークがバラル団を牽制する。手持ちのアイテムでジュプトルを回復させ、目を合わせる。

 

「やれるか、ジュプトル!」

 

 誰に聞いているんだ、とばかりにジュプトルが不敵な顔を見せる。ダイはそれだけで十分だった、それ以上は何も聞かない。

 あとは突破するのに最適に道をダイが選ぶだけだ。当然ケイカがいる方向は却下だ、彼女を守るためにバラル団員が固まりつつある。一匹を抜いても、すぐに補填が入る。

 

 ダイは自分たちの後ろに位置するバラル団員が連れている"ガマガル"に気づく。比較的手薄で、ケイカから最も遠い位置。逃げるならあそこしかありえない。

 

「行くぞ! 3(スリー)!」

 

 カウントが始まる。ダイが叫ぶと同時にジュプトルが手中に葉の手裏剣を作り出し、不思議な光を纏わせる。

 確実にヒットさせる【マジカルリーフ】、それをガマガルの周囲に打ち込む。突然自分が狙われたことでガマガルは慌てふためく。トレーナーのバラル団員がガマガルに指示を出そうと口を開いた。

 

2(ツー)!」

 

 次いでイワークとペラップがケイカたちが位置する場所目掛けて【がんせきふうじ】とそれを【ものまね】でトレースし、一斉に打ち込む。岩が障害となり、ケイカたちの足が一瞬止まる。

 

1(ワン)!」

 

「ガマガル! 【ステルスロッ―――」

 

 

「――――ジュプトル、【リーフストーム】! 最大火力だ、ぶちかませ!」

 

 

刹那、葉の嵐がガマガルに殺到し対象を切り刻む。ガマガルはみず・じめんタイプ、くさタイプの技を受ければただでは済まない。

さらにトレーナーをそのまま【リーフストーム】の突風で吹き飛ばし、明確な突破口が開ける。ダイはその穴目掛けて突進した。

 

突破口を抜けるとそのまま走り出す。当然バラル団も追いかけてくるが、イワークが殿を務め距離を詰めさせない。

惜しむらくは逃げる場所が北の住宅エリアであること。このままでは一般人を巻き込みかねない。だが、このままここで包囲されるのはもっと危険だ。

 

「四の五の言ってる場合じゃねえか! この際PGを呼んだ方が良い」

「ッ、俺たちもお前もなるたけお世話になりたい相手じゃねえが……おい、サツキどうした!」

 

ダイがライブキャスターでPGコールを行おうとした瞬間、レンがサツキの異変に気づいた。サツキの足、腿から脛に掛けて紅い河川が流れていた。見れば腿の内側に尖った岩が突き刺さっていた。

 

「さっきのガマガルの【ステルスロック】か! 撃たせる前に仕留めたと思ったが、少し遅かった!」

「走れるか、サツキ!?」

「ちょっと、無理かもしんない……ぐあっ、くぅ……もういい、俺は置いてけ! このままじゃ三人共捕まっちゃう!」

 

「「馬鹿野郎! お前を置いてけるか!」」

 

異口同音、ダイとレンが憤る。しかしここで足を止めたら、結局さっきと同じだ。むしろスタジアム前広場で包囲されていたさっきの方が立ち回れるほど今の通路は狭い。

 

「くそっ、こんな時ペリッパーさえいれば人一人なら連れて逃げられんのに……!」

 

そもそも消火作業が終わったはずなのにペリッパーはどこへ行ったのか、ダイは焦燥に駆られた。

 

「そうか……良いことを思いついた」

 

「なんだ?」

 

「こうすんだよ」

 

ダイはそう言うなりレンとサツキをビルとビルの間、狭い路地へと突き飛ばすとメタモンを喚び出し、壁に擬態させ通路を塞いでしまう。この薄暗がりではメタモンが化けてるとは思わないだろう。

通路の奥でレンが何か叫んでいるが、ダイは取り合う気はなかった。妹分が熱中しているアイドルを守るのに、理由はいらないと自分を鼓舞する。

 

すぐにバラル団員たちが現れる。戦闘を歩くケイカがフードの奥でケタケタと嘲笑う。

 

「あそこだね、逃げるのもう諦めちゃったの?」

「お子様に付き合ってやるのが大人の義務かと思ってな」

「アハハ、嬉しいなぁ……!」

 

ケイカは笑いながらアブソルをダイへとけしかける。それに対し、回復を済ませたジュプトルを前衛(フォアード)に出させるダイ。

アブソルが角をジュプトルの腕の新緑刃と打ち合わせる。スピードならほぼほぼ互角、ちょっとした不注意が戦闘不能へ陥るファクターとなり得る、緊張を生む戦い。

 

「手ェ出さないでね……一対一が楽しいんだから!」

 

ボルテージが上がるケイカ。それに伴いアブソルの動きが良くなる。その時だ、アブソルの角が淡く閃いた。それに伴いジュプトルが一度距離を取った。

しかし次の瞬間、距離を取ったはずのジュプトルの胴が袈裟斬りにされた。予想外の衝撃に、どうやら急所に直撃してしまったらしい。

 

「【サイコカッター】か……ッ!」

 

それは心の刃を実体化させる技、故にリーチが角の届く範囲とは限らない。鍔迫り合いに至った時、最も警戒すべき技だった。

ジュプトルはまだ戦えそうだが、今の一撃で体力を奪われ動きが鈍くなる。

 

このままではジリ貧だ、そうダイは悟った。しかし現状を打開できそうなゼラオラは先程から謎の衝動に駆られてボールの中でさえ暴れている始末。外に出してしまえば自分の言うことを聞くかはわからない。

どうするか、頭をフルで回転させているとケイカが眉を寄せアブソルに攻撃をやめさせた。ダイが訝しんでいるとカツンと足音が響く。

 

カツン。

 

もう一度、ブーツがアスファルトの上を跳ねる音。それは次第に、ダイの後ろから近づいてくる。

恐る恐るダイは振り返った。これでバラル団の増援ならばどれほど絶望的だったか。しかしその人物はバラル団の装束を身に纏ってはいなかった。

 

むしろ信心深い修道女(シスター)、即ち聖職者の格好をしていた。シスターヴェールから覗くのは宵闇ですら輝く黄金の髪(ブロンド)

なぜこの場、このタイミングでシスターが歩いているのかは問題じゃなかった。

 

「シスター! ここは危ないから離れて!」

 

ダイは彼女を庇うように立つが、シスターはそんなダイにニッコリと微笑むとそのままバラル団の方へと歩みを進める。

バラル団員たちはというと、その女性に見覚えがあるのか彼女の歩に合わせてジリジリと後退する。しかしケイカだけは不機嫌そうな顔を崩さず、シスターへ鋭い視線を投げかけていた。

 

「ペリッパー、"アブリボン"。道案内ご苦労さまです、この街は些か広いですからね。特に(わたくし)、西区は管轄外ですから困ってしまいました」

 

困ったように、傍へ降り立ったペリッパーとツリアブポケモン"アブリボン"に礼を言うシスター。シスターに頭を撫でられ目を細めるペリッパーは間違いなく、ダイの手持ちのペリッパーだというのだから驚きだ。

 

「バラル団の方々、ですよね。どうかこの場は矛を収め、退散していただけないでしょうか? 各地で発生してる火事と、崩落したビルの確認で人手を割かれて大変困っているのです」

 

まるで駄々っ子をあやすかのような言い草に、ダイは思わず呆けてしまった。バラル団員もそれは感じたようで、むしろ彼らからすればバカにされてるとしか思えない。

しかしこのシスター、至って真面目に退散を勧めている。

 

「アンタ、誰――ッ!」

 

苛立ちが最高潮に達したのか、ケイカがアブソルをシスターに向かってけしかける。アブソルが角による【つじぎり】でシスターに切りかかった。

 

「いけません、私としたことが申し遅れました……!」

 

刹那、()()が一瞬でアブソルの【つじぎり】を防御、続いてアブソルの身体を駆け回り撃退、そしてシスターの肩へと降り立った。

パッと見、それは電気ネズミのピカチュウだった。それを肩に乗せたまま、シスターは手を組み微笑みを絶やさずにその名を告げた。

 

 

「この街、ラジエスシティのジムリーダーを勤めております、ステラと申します。以後お見知りおきを」

 

 




ステラさん好き(すき)(Love)

金髪碧眼おっとりシスターとか性癖がつるぎのまいしてインファイトしてくるの勘弁して欲しい、好き。

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