「――ほう、PGのアシュリー・ホプキンスだな。部下が世話になったようだ」
イズロードは不敵な笑みを浮かべながら、しかし明らかに先ほどとは態度が違う。本気の臨戦態勢と言った感じだった。
一般のトレーナーでは引き出せなかった、本気のイズロードを初撃で引きずり出した。ダイが思う以上に、アシュリー・ホプキンスという刑事はやり手みたいだった。
「マニューラ」
「――ハピナス!」
闇の中、飛び出した悪意の鉤爪が繰り出されたハピナスへと襲いかかる。接近しながらレンガにツメを奔らせ、【つめとぎ】を行い攻撃力と技の精密さを極限まで高めて放たれるのは【メタルクロー】!
ハピナスの柔い肌を鋭利なツメが切り裂く、かに見えた。
「小手調べのつもりか、イズロード。舐められたものだ、なぁハピナス――」
しかしアシュリーとハピナスは不敵に笑む。ハピナスはその巨躯の割に小さな手を使ってマニューラの腕、その側面をピタリと止めた。
それはポケモン合気道で習う
「【きあいパンチ】!」
まるで爆弾が破裂するかのような音が響き渡る。戦闘を見守っていたダイはインパクトで発生した衝撃波で吹き飛ばされそうになった。
誰がどう見ても、あの【きあいパンチ】を受けて耐えられるあくタイプのポケモンはいない。
まさに、悪を裁く正義の鉄槌。トレーナー共々、可愛い顔をしてなかなかに凶暴だとさえ、ダイは思った。
「イグナ、部下を連れて離脱しろ。お前たちを守りながらやりきれる相手ではなさそうだ」
「了解。聞こえるかジン、撤収だ。ソマリ、そちらも離脱の準備を進めておけ」
イズロードの指示を受け、イグナたちが遊園地を後にしようとする。だがそうはいかせない、とアシュリーが前に出ようとする。
それを遮るように、イズロードの中堅。ひょうざんポケモン"クレベース"が現れる。しかも【とおせんぼう】でアシュリーの追跡を妨害する。
「ねじ伏せろ、ハピナス!」
クレベースは確かに堅牢なポケモン。だが、特殊防御は特別高いわけでは無い。ハピナスが気を練りそれを撃ち出す、【きあいだま】だ。
しかしエネルギーの塊がクレベースを襲う瞬間、特殊なオーロラのような障壁が展開される。それは【きあいだま】を受け止めると、まるでエネルギー弾をゴムボールのように加速した状態で反射した。
「"ユレイドル"!」
その反射を読んでいたのか、アシュリーは第三手としていわつぼポケモン"ユレイドル"を喚び出す。跳ね返された【きあいだま】をユレイドルは全面に展開した光の障壁で
同じ芸当はクレベースにも出来ただろう。だが、そうするには些か速度が足りなかった。倍の倍、即ち四倍に跳ね上げられた速度と火力の【きあいだま】がクレベースを直撃、戦闘不能に追い込んだ。
「【ミラーコート】で反射させたエネルギー弾を、同じく【ミラーコート】で撃ち返したか」
「貴様のポケモンは把握している。当然使ってくる技も対策済みだ」
「であれば、我々が
イズロードの淡々とした喋り口調に、アシュリーはポーカーフェイスで応じる。だが、指先に微かに焦りが見えたのも事実だった。
そんな二人の睨み合いを見守っていたダイは少しずつ寒さが厳しくなっていることに気づいた。アシュリーのエンペルトが【ふぶき】を放って暫く経つ。
だと言うのに寒さは和らぐどころか、まるでこの場が雪国に変わったかと錯覚するほどに寒い。ダイが思わず身体を抱えそうになった瞬間、
まるで彫刻のような、美しいポケモンだった。遊園地に設置されているライトの白い光を受け、まるでオーロラのように七色の煌めきを放つ翼、クリスタルのようなクチバシ、威圧感を放つ艷やかなトサカ。
「……来たか」
アシュリーが小さく呟いたと同時、白んだ息が空気中に漏れ出す。近くの温度計がたちまちマイナスを下回りだす。足場のレンガが、その鳥ポケモンを中心にメキメキと音を立てて凍り始める。
「あれは……」
ダイがポケモン図鑑を取り出しそのポケモンをスキャンする。するとポケモン図鑑は数秒のローディングの後、データを叩き出した。
『フリーザー。れいとうポケモン。氷を操る伝説の鳥ポケモン。羽ばたくことで空気を冷たく冷やすのでフリーザーが飛ぶと雪が降るといわれる』
そのポケモンの名は聞いたことがある。むしろ、この世界に生きるものならば必ず幼少の頃、親に読み聞かされるおとぎ話だ。
三匹の鳥ポケモンの伝説だ。一匹は炎を、また一匹は雷を、そして最後の一匹は氷雪を操るとされている。そして、そのおとぎ話の一匹が今、ダイの目の前に現れたのだ。
「エンペルト――」
「フリーザー――」
ポケモン図鑑によるフリーザーのスキャンが終了し、ダイがそのデータに目を通したのと対峙する二人が傍らに待機するポケモンを呼びかけたのはほぼ同時だった。
直感的にダイはその場から飛び退き、一層距離を取った。だがそれはあまりにも無意味だったと、刹那思い知るハメになる。
「「――――【ふぶき】!」」
瞬間、まるで全身が凍りついてしまうかのような獄寒。両者が放つ極大の吹雪がぶつかり合い、空気を凍てつかせ、相手を蹂躙する。
だがその勝負に置いて、傍から見えて有利なのはアシュリーであった。エンペルトはみずタイプとはがねタイプを併せ持つポケモン、即ちこおりタイプの技に強い耐性を持つ。
このまま打ち合いが続けば、先に消耗するのはフリーザーのはずだ。しかしそれはフリーザーが並のこおりタイプのポケモンであった場合の話だ。
フリーザーが放つ【ふぶき】が強い強風を伴い、アシュリーの美しいブロンドを大きくかき乱す。もう両者の間はまるで氷雪地帯と見紛うほど、雪が積り白銀の世界と化した。
お互いの第一手が終了する。ダイは自分に積もった雪を振り払うとゴーグルを装着する。これ以上この空間が冷やされたら目を開けることもままならなくなりそうだったからだ。
「確かに、強力な【ふぶき】だ。
イズロードが軽く拍手を送る。だがアシュリーは顔色一つ変えない。既に次の手を考えていた。しかし次の瞬間、不敵に笑みを見せた。
「近いうち、ネイヴュに務める同僚を訪ねる予定があった。随分久しぶりに顔を合わせる、土産は何にしようかずっと悩んでいた」
「ほう? あそこの冬はキツい。私ならば度数の高い酒を勧めるがね」
そう言ってイズロードはグラスを持ち乾杯するジェスチャーを取る。それに対し、アシュリーが首を縦に振って頷く。
「それも考えた、だが貴様の氷像を送れば獄中の囚人共はさぞ模範的になるだろうと思ってな!」
「ジョークもイケるな」
刹那、再び猛吹雪が視界を埋め尽くす。既に遊園地全体が雪国の一部と化していた。イズロードの背後にあるメリーゴーラウンドは既にアシュリーのエンペルトが放つ【ふぶき】によって遊具全体が氷に包まれていた。それと同じく、アシュリーの背後にある噴水はもはや芸術的な氷のオブジェになっていた。表面が凍っているだけならばまだいいだろう、水を循環させる機関すら完璧に凍りついてしまったのだ。
「押し切れるぞ、もう一度だ!」
アシュリーが叫んだ。エンペルトがフリーザーの隙を突いて再び【ふぶき】を放とうとして、出来なかった。エンペルトのクチバシからもう冷気が迸ることはなかった。
異変に気づいたのは直後だ。フリーザーはただジッとエンペルトを睨んでいたが、それがエンペルトには多大な"プレッシャー"となっていた。
「フリーザーの"プレッシャー"だ! エンペルトはもう【ふぶき】を使うことが出来ないんだ!」
思わずダイが叫んだ。ダイのポケモン図鑑にはエンペルトが使える技が表示されているが、ふぶきは既にPPが尽きていたのだ。そもそも、ここへ奇襲を掛けてきたときもまた【ふぶき】だった。そう何度も撃てる技ではないのだ。いつもならば一度放てば勝敗が決する故、アシュリーはそんな初歩的なことを失念していた。
「【フリーズドライ】だ」
イズロードが次の手を指示する。【フリーズドライ】は本来、みずタイプのポケモンに対して有利を取れる技だ。幸いだったのははがねタイプを併せ持つエンペルトだからこそ致命打は避けることが出来た。
しかしそれでも、エンペルトは初めて大きなダメージを受けた。
「まだだ、【ラスターカノン】!」
切り札を封じられてもまだアシュリーは止まらなかった。エンペルトが持つ対こおりタイプ用のサブウェポン、【ラスターカノン】だ。全身から鋼鉄の光エネルギーを収束し撃ち出す技。
さすがにフリーザーも直撃は避けたかったのか、大きな翼を羽撃かせて飛翔した。目標を撃ち抜けなかった鋼鉄の波動は凍りついたメリーゴーラウンドの一角を粉砕した。
空に出ればフリーザーは素早く、定点攻撃である【ラスターカノン】を直撃させるのは一層難しくなる。しかしフリーザーもまた、エンペルトに対する有効打は持ち合わせていないと言っていい。
イズロードのフリーザーは、かつて彼を捕らえた警官がそうであったように、業火で焼くか耐久勝負を挑むことでしか倒せない。
そしてアシュリーは奇しくも、どちらの手段も取ることが出来る。エンペルトを一度下がらせ、もう一匹のエースを召喚する。
「"キュウコン"! 【はじけるほのお】!」
それはダイも見たことのあるポケモンだった。九尾の先から次々と炎弾が撃ち出される。如何にフリーザーが素早くとも空を焼き尽くすような弾幕攻撃を受けてしまえば一つ二つ、直撃は避けられない。
しかもそれで終わりではない。イズロードが空を見上げた。そこには奇妙な光景が広がっていた。地上から放たれた【はじけるほのお】の炎弾、そして目的に当たらずフリーザーの上空で消え去るのを待つのみだったはずの炎弾が消えず、ただただ空間に留まり続けていたのだ。
「【サイコショック】!」
「そういうことか。フリーザー、防御姿勢を取れ」
直後、キュウコンが不思議な力で空に留まる炎弾を全て支配下に置き、今度は雨のように炎弾を降り注がせた。下から放つ炎弾と空から降り注ぐ炎弾。上下から行われる弾幕攻撃がフリーザーを挟み込む。フリーザーはイズロードの指示通り、身体を丸めさらにその上から氷の障壁を構築することで炎によるダメージを最小限に押し留めた。
「動きが止まったな、【ねっぷう】!」
キュウコンが深く息を吸い、次いで体内で炎へと変換し一気に吐き出す。先程まで雪国だった遊園地の中はまるでサウナに早変わりし、雪が溶け氷は水滴を纏い始めた。
エンペルトによる吹雪耐久合戦、そしてその作戦が頓挫したなら次の焼却作戦を取る。アシュリー・ホプキンスという人間はイズロードにとってそれなりに厄介な人間だった。
「貴様のフリーザーが空気中の水分を全て凍らせるというのなら、今の私は空間を焼き払う!」
「……あの正義野郎以外にもこんな戦法が取れる者がPGにいたとはな」
総仕上げ、そう言わんばかりにアシュリーのポケモンたちが勢揃いする。
エンペルト、キュウコン、ハピナス、ユレイドル。どれもフリーザーに対して有効打を持つポケモンたちだ。
「ユレイドル、【いわなだれ】!
エンペルト、【ラスターカノン】!
ハピナス、【だいもんじ】!
キュウコン、【オーバーヒート】だ! 焼き尽くせッ!!」
まずエンペルトが動いた。足場のレンガをその腕で切り裂き、巨大な瓦礫に早替えさせるとそれがユレイドルによって撃ち出される。ダイには見覚えがあった、アストンのエアームドが使っていた瓦礫を作り出し撃ち出す戦法だ。四方から迫る【いわなだれ】がまずフリーザーの動きを阻害する。
次いでエンペルトが光を吸収し、それを瓦礫に囲まれたフリーザー目掛けて発射する。瓦礫ごと粉砕する鋼鉄エネルギー。瓦礫が砕け散り砂煙が煙幕となって視界をやや悪くするがもはや関係ない。
キュウコンの特性により真夜中であるにも関わらず太陽の光が遊園地を照らし出す。それにより、今から放たれるほのおタイプの技はより強力なものとなる。
ハピナスが放った【だいもんじ】がキュウコンの【オーバーヒート】により劫火と化す。
一点に収束したエネルギーが臨界を超え、大爆発を引き起こす。爆風に煽られたダイは思わず尻もちを突いてしまった。そして目の前で繰り広げられるポケモン同士の超常的な戦い、並びに悪と正義による正真正銘命の取り合いのようなバトルに正直、戦慄を覚えた。
「やったか……!?」
伝説を退けることに成功したのか、ダイは思わず譫言のように、しかし半ば叫ぶようにして口にした。アシュリーもまた手応えを感じているようだった。
しかし、ならばイズロードのあの余裕はなんだ。フリーザーを超えるポケモンを隠し持っているとは思えない。あれほどの氷魔を従えてなおそれ以上のポケモンはいるはずもない。
「考えているな? この私の余裕はなんだ、と」
考えを見透かされ、ダイは冷や汗を隠せなかった。しかしアシュリーはそれを強がりと取ったのか、手錠を取り出しイズロードへと近寄った。
刹那、あれだけキュウコンが暖めた空気が一瞬にして、先程までの氷獄へと変化した。ダイが気づいた時、その時既にイズロードの手は完成していたのだ。
「チェックメイト」
短く、それでいて覇気のある言葉だった。何かが凍りつく音がした。アシュリーが振り向く、ダイが音のした方に目を向ける。
そこにはアシュリーのポケモンたちが全員
「【ぜったいれいど】」
伝説は健在だった。
再び空間を冷やし、雪を降らせながらフリーザーはイズロードの後ろへと降り立つ。あれだけの物量をぶつけられてなお、フリーザーは綺麗な様子だった。
「ば、かな……私の攻撃は全て直撃していたはずだ。手応えすらあった……なぜ!」
「種明かしだ」
するとフリーザーが翼を広げ、啼いて見せた。直後、先程イズロードのクレベースが放ったのと同じ、オーロラのような障壁が出現する。そしてそのオーロラにはフリーザーが写っていた。
ダイにはわかった。フリーザーもまた【ミラーコート】を習得しており、【みがわり】と【ミラーコート】で実質もう一体のフリーザーを作り出し、アシュリーが攻撃したのは【みがわり】の方だったのだ。
「確かにな、君は強力な布陣を整え私を追い詰める算段を見事に立てた」
だが、とイズロードが言葉を続けた。広げた手を握り込む。それはまるで、眼前の相手を粉々に握り潰すような仕草だった。
「私は待ったのだ。君が全戦力を用いて、フリーザーを攻撃する瞬間を。私の立てた筋書き通り、大きな隙が生まれた。あとは【ぜったいれいど】が決まるかにかかっていたが、フリーザーにとっては命中率など些末な問題だ、なぁ?」
「【こころのめ】、たぶんキュウコンが場に出てきたあの瞬間から、全部フリーザーにはわかってたんだ」
ダイの推論、その肯定は拍手で帰ってきた。次の攻撃を必ず命中させる【こころのめ】、つまり相手の挙動が全て視えているからこそ【ミラーコート】と【みがわり】で分身を作り攻撃の隙を伺っていた。
アシュリーは歯噛みすると、残ったもう一つのモンスターボールをリリースする。
「コモルー! 【りゅうのいぶ――」
最後まで指示は通らなかった。喚び出されたコモルーが龍気を貯めようとした瞬間、まるで氷柱のような【れいとうビーム】がコモルーを貫いた。
これで文字通り、アシュリーの手持ちは全損。この勝負はイズロードの完勝だった。立てた作戦は決して間違いではなかったが、相手が一枚も二枚も上手過ぎた。
ネイヴュシティという極寒の地獄を抜け出した男には、通用しなかったのだ。
アシュリーを眼中から外すとイズロードは改めてダイを見据えた。ダイはというと、ジリジリと後退せざるを得なかった。
現状、ジュプトルとメタモンがほぼ戦闘不能。ゾロアとペリッパーは健在だが、この二匹でほぼ無傷のフリーザーを相手取るのは不可能だった。
事実上、詰みだ。
「さて、問を掘り返すようで申し訳ないが、改めて聞かせてもらおう。
君にとってポケモンとはなんだ?」
イズロードだけではない、フリーザーもまたその答えに興味を持っているようだった。下手なことは言えない、怒らせたならきっと命はない。逃げる術はない。
だからといって、上辺だけの言葉で取り繕うつもりはない。『自分にとってポケモンとは何か』、その答えはずっと昔から彼の心に根付いているからだ。
「ありきたりだけど、それでもいいかい」
ぽつりと、ダイは語り始めた。イズロードは小馬鹿にするでもなく、その話を真剣に聞き取る。
「こいつらは、みんなゲットしたポケモンじゃない。みんな俺に着いてきたくて一緒にいる、大切な相棒だ」
手のひらのモンスターボールを大事そうに見つめるダイ。それらを鞄の中にしまい、鞄を背中に預ける。
向かいにいるフリーザーから、遠ざけるように。
「俺はここにくるまで落ちこぼれだった。そんな俺を、こんな立派なモン手に入れることが出来るまで引っ張り上げてくれた」
「こいつらがいたから俺はここまで上がってこれた」
「立ち上がることが出来た」
「目を逸らさずに走っていける!」
「俺はこいつらが好きだ、こいつらと一緒ならどんな壁だって超えてやる」
「こいつらが諦めても、今度は俺が引っ張り上げてやる!」
だから、ポケモンは。
ダイは精一杯の啖呵を、イズロードに切ってみせた。
「俺にとって、高め合える存在。みんな仲間で、一匹一匹が相棒で、引っくるめて家族だ!!」
その信念はイズロードに口角を持ち上げさせた。そしてあろうことか、イズロードは笑った。
「ふふ、ははは……家族か、良い。良いよ、その答えで良い。主従で有りながら、お互いに尊重し合えるようだ」
そう言うとイズロードはもう一つのモンスターボールを取り出すと、それをダイに向かって放り投げた。
「そのポケモンはな、私がかつてつまらん悪党から救い出したポケモンだ。だが、私にはついぞ心を開かなかった。そこで君に預ける、彼を救ってみせたまえ」
「一つ、こっちからも質問がある」
「なんだね、言ってみたまえ」
ダイは手の中に収まったモンスターボールと、その中にいるポケモンに目を合わせた。ダイには、ひと目見ただけでそのポケモンの性格を割り出すという特技がある。
だがそのポケモンは、まるで心を閉ざした戦闘兵器であるかのように虚ろな目をダイに向けていた。ダイにはそのポケモンがどんな性格なのか、どういうことが好きなのかまるで分からなかったのだ。
聞き覚えがある。かつて故郷を震撼させた"ダークポケモン"。それと同じ処置がこのポケモンに施されている。ダイは直感でそれを感じ取った。
「アンタ、このポケモンを救い出したって言ったよな。それってどういう意味だ」
「ふむ。ごく簡単なことだ、我々バラル団の行動理念の一つ"我々はいついかなる時も、ポケモンのために在らねばならない"。それに則ったまでのこと、と言い捨てるのは簡単だがな、私の矜持だ」
「矜持……?」
恐る恐るダイが聞き返すと、イズロードは応えた。まるで今ならばダイが自分たちの思想を理解できると信じているかのように。
「人間は、ポケモンを縛る。モンスターボールという文明の利器と呼ばれ傲る鎖で。このマニューラもクレベースはな、私の都合で一度は野生に返ったポケモンだ。だが、今こうして私の元へ戻り、力を貸してくれる。そしてそんな在り方を見定めるように、
手持ちのポケモンは主従関係ではなく、
共に利害が一致するからこそ、一緒にいる。ポケモンのためにあろうとするバラル団と、その理念を良しとするポケモンたち。
お互いがフルで力を扱えるのなら、手強いわけだ。組織の理念に繋がりのあることならば、きっとこれから先バラル団との戦いはより苛烈を極めるだろう。
「だからか……」
「だから?」
ダイが不意に零した一言に、イズロードが反応を見せる。
「ずっと奇妙に思ってたんだ、バラル団のポケモンには迷いが見えないって」
「迷い?」
「俺は今まで色んな地方で色んなポケモンとトレーナーを見てきた。そして、やりたくないことをやらされているポケモンはみんな、迷いが見えた。悪事に限ったことじゃない。このポケモンはバトルよりもコンテストで輝きたい。そう思ってるのに、トレーナーが望んでいたのはポケモンバトルの上達だった。だけど、バラル団のポケモンはみんな、やりたいことを心からやってる。もっと言えば、悪いことをしてるトレーナーの心を汲んだ上で協力してる。それがわかったんだ」
それは独房の中でも考えていたこと。その答えが見えたことで、ダイはただ頷くしか無かった。
「どうだ、我々の仲間になる気はないか? オレンジ色」
だからか、その誘いには驚いた。見れば膝を屈していたアシュリーですら、その言葉に反応し顔を上げた。
正直なところ、ダイは今の今になってバラル団を純粋な悪と断言出来なくなっている自分に気づいた。
バラル団の行動理念自体は確かに崇高だ。ちょっとした慈善団体のような耳に心地よい響きとすら思った。
だけど、美しいだけのそれに意味はないと思ったから。
「悪いけど、俺はアンタたちの側にはつかない。これからも、邪魔し続けると思う」
ダイはその申し出を断った。身体の震えは自然と止まっていた。イズロードが前に出る、ダイはもう下がらない。
「アンタたちはもしかしたら正しいのかもしんないよ。だからこそ、惹かれて傘下に加わる奴らもあとを絶たないんだと思う」
「と思うなら、なぜその結論に至った?」
その問いには自信を持って答えられた。ダイは不敵な笑みを見せて、
「少なくとも、俺の正義を信じてくれるヤツが二人いるから。いいや、二人と四匹いるから。そいつらのために俺は自分を曲げたくない」
言い放った。イズロードもまた不敵に笑み、少し鼻にかけるように言った。
「大した正義だ」
安い挑発。しかしダイは熱くならない。
「だけど、アンタの部下を退け続けてきた実績のある正義だぜ」
「ふっ、そうだな。仲間に引き入れようなど、野暮をした。君こそ、我々が超えていくに相応しい存在だ」
イズロードが手を上げる。フリーザーが大きく翼を振り上げた。クチバシに冷気が集う。放たれる技は恐らく【れいとうビーム】。
真っ直ぐにダイを狙っている。だが鞄にしまいこんだポケモンたちに防御させるには時間が足りない。
試しているのだ、ダイを。組織にとって超えていくべき障害を。
「ここで終われねぇ。だから、お前のこともっと教えてくれ――――」
ポケモン図鑑が反応する。ダイの手の中にあるモンスターボールを投げ、中にいるポケモンを解き放つ。図鑑はその正体を見定めたのだ。
刹那、雷光がフリーザーの元へと駆け抜ける。青白い光をその身に纏い、拳を掲げるそのポケモンの名は――。
「――――行けッ、"ゼラオラ"! 【かみなりパンチ】!!」
じんらいポケモン"ゼラオラ"は、
先の戦闘から通し、初めてフリーザーに攻撃がクリーンヒットした。体勢を崩したフリーザーが【れいとうビーム】を明後日の方向へ撃ち出す。
「ふふ、やはりだ。そのポケモン、ゼラオラの心を解き放つに相応しいトレーナーは君だ。だが彼は粗暴だぞ、手を拱いてせいぜい寝首を掻かれないようにすることだ」
「上等だよ、次にアンタに会ったなら俺たちは真っ向からアンタをぶっ飛ばす!」
ダイの宣戦布告を受けたイズロードが指を鳴らす。フリーザーは起き上がると翼を羽撃かせ、その手でイズロードの肩を掴んだまま飛翔を始める。
星空の彼方へと小さくなるイズロードを睨みながら、ダイは唇を噛み締めた。
イズロードの姿が見えなくなると、ダイは後ろで膝を突いたままのアシュリーを一瞥した。
バラル団の味方でないことは眼前で証明した。だからといって、自分が脱獄してしまった事実は変わらない。今のアシュリーなら話せばわかってくれるかもしれないがダイが取った選択は、
「ごめん、アシュリーさん」
「なっ、待て!」
ゼラオラをボールに戻すとその場を後にした。もう一度律儀に刑務所に戻るわけにはいかない。
もっと強くならねばならない。切った啖呵を、嘘にしないために。
こうして新たな仲間を手に入れたダイは夜の街へと消えていく。
令和も頑張って書いていきたいですね。
ダイくんの手持ち五体目、ゼラオラです。
実は初期案ではでんきタイプってことだけ決まってて、好きなでんきタイプのポケモンを上げてたんですけど、レントラーかライボルトで悩んだ挙げ句なぜかゼラオラ。
アルバのルカリオと獣人コンビ組めそうだなって思ったから採用に至りました。