ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSドクケイル バラル団

「バラル団、ねぇ……」

 

 そう呟いた直後、ペリッパーの【みずでっぽう】が俺の顔に直撃する。寝間着ごと俺の頭がびしょ濡れになると、メタモンが俺の頭の上でワチャワチャしだす。するとどうだろう、寝癖があっという間に直ってしまうではありませんか。

 夜中、誰よりも早く目が覚めたらしいゾロアとキモリがポケモンセンターの壁に貼られていたPG(ポケット・ガーディアンズ)印の指名手配書を見つけてきた。その手配書に写っていたのは、人物ではなくマーク。恐らくこれがバラル団のシンボルなのだろう。昨日戦闘したグラエナのトレーナーのフードにはこのマークが刻まれていた。

 俺はラフエル地方の情報を少しでも集めるためにレストランにいる滞在トレーナーから片っ端から話を聞くことにした。最初は観光向きの場所を聞きながら、バラル団に関する情報を集めた。

 

 しかし驚くほど情報は集まらなかった。誰も、名前と悪名くらいしか知らなかったからだ。確かに暗躍する組織よろしく、自分たちがやろうとしてる悪事を大っぴらにするやつはいない。

 

「どうしたもんかねぇ、せっかくのラフエルの旅で俺を狙うかもしれないヘンテコフードにビクビクしながら回るのは嫌だねぇ」

 

 朝食を適当に胃に流し込みながら独りごちると、ゾロアが今度は別の紙を持ってきた。持ってくるのはいいんだけど、どうやって壁から剥がしてるんだ……?

 すると壁の近くにいたトレーナー風の男が手を振ってきた。怪訝に思ってそちらに顔を向けて手を振り返すと、頭の部分がくにゃっとした。ちょっとしたホラーに心臓が跳ねるが、納得した。そうか、メタモンが壁から剥がしてるのか。

 

「なになに……? ジム戦だぁ?」

 

 そのチラシは「挑戦者募集」という文字がデカデカと主張しているポケモンジムのチラシだった。ゾロアもキモリもはては戻ってきたメタモンまでもが、キラキラした顔をこっちに向けていた。

 

「何その目、挑戦したいの?」

 

 コクコクと興奮したように首を振る三匹に、俺は今日一番の大きなため息を吐いた。

 

「やだよ、ジム戦なんか。自信ないし」

 

 三匹が驚いたような顔をする。そう、昨日のアリアドスとの戦いやバラル団の男との戦いもそうだが、正面切っての正々堂々とした戦いが何よりも苦手だ。

 俺にはアイという、故郷アイオポートから一緒に旅をしていた親友がいる。まずはイッシュ地方を旅したのだが、最初に挑戦したジムリーダーがトレーナーズスクールの講師ということもあり、授業参観の形でバトルは行われた。

 結果は惨敗、ジムリーダーは俺の戦いを賞賛したが、周りの生徒は違った。

 

 やれ戦略から出来ていないとか。

 

 やれせっかく珍しい特性を持ったポケモンがいるのに活かしきれてないとか。

 

 自分ならもっと上手くやれる、そういった声を聞いてなんだか、俺は挫折してしまった。だから、極力ポケモンバトルはしない。それで勝ち進み続けるアイを隣で見ていて、正直心が苦しくなってしまった。

 だからホテルから逃げ出し、船を使って別の地方へ渡って冒険を続けた。ライブキャスターから何度も着信があったが、俺はそれを無視。さすがに鬱陶しくなってきたので、ライブキャスターを新調し付け替えている。もちろん、万が一のときに備えて前のライブキャスターも持ってはいるけど。

 

「さ、この話は終わりだ。俺はこれからもジム戦するつもりはなーいーの!」

 

 ピシャっと言いくるめると、メタモンが剥がしたチラシを元の場所に戻す。三匹ともムスッとした顔のままトコトコついてくるが、俺は気持ちを変えるつもりはない。

 これからもジム戦をするつもりはない。いずれ地元へ戻ることがあって、たくさんのジムバッジをアイが持って帰ってきたとしても。

 

 俺は俺の旅に今度こそ意義を見出してみせる。

 

「さぁ、とにかくもう一度メーシャタウンに行こう!」

 

 それには賛成らしく、キモリたちはメーシャに向かう俺についてくる。昨日はじっくり見られなかったしな、王城遺跡。それに、バラル団の手がかりが何か残ってるかもしれない。

 

「あ、ダイお兄ちゃん!」

「はい?」

 

 直後、後ろから追突される俺。人間のものではなく、間違いなくポケモンの【たいあたり】だ。ステーンと道路の上を転がり悶絶する。

 

「い、いてぇ……」

「こらー! いきなり飛びかかっちゃダメでしょー!?」

 

 地面の上を転がっていると顔の部分をペロペロ舐められた。そっちに目をやると、ジグザグ模様のポケモンがいた。そう、ジグザグマだ。

 

「おう、ミエルか……ってーと、こいつが例のジグザグマだな? ったくとんだ悪戯野郎だ」

「お兄ちゃんのおかげでジグザグマ元気になったんだよ」

「そりゃな、恩人にタックルぶちかますくらいだしな。まぁなんにせ、治ったようでなによりだ」

 

 立ち上がって砂を払うと、ミエルはやけにキラキラした目をこっちに向けてきた。

 

「お兄ちゃん! 今日は一緒に虫取り大会に行こうよ!」

「虫取り、大会……?」

 

 俺が首を傾げているとミエルは楽しげに説明を始めた。

 

「あのね、ここハルビスタウンでは今でも町中で野生のポケモンが住んでて、人間と共生してるんだよ! それでね、数日に一回虫取り大会ってむしタイプのポケモンを捕まえて、大きさを競おうって大会なの!」

「はぁ、野生のポケモンを……ね」

 

 昨日の話を忘れたのか、それとも諦めてないのか。恐らくは後者だろうな、ミエルの目がそう語っていた。

 

「わかった、一緒に行くよ。会場はどこだ?」

「中央広場だよ! 案内してあげるね!」

 

 ミエルに手を引っ張られるようにして俺はハルビスタウンの中心、モンスターボールを模した噴水前に集まってる人ごみの中へとやってきた。

 主催である街のお偉いさんが挨拶をしている。しかも格好は見事にむしとり少年。子供の心を持ったまま大人になってしまったんだな、いつまでも童心を持ち続けるのは決して悪いことではないが、いい大人がランニングに短パンに虫あみとは。

 

「さて、このハルビスタウンの伝統行事であるこの虫取り大会は、我々人間同士のスポーツとしての競争はもちろんポケモンと我々の絆を深めるための行事であります。この地、ハルビスはかの英雄ラフエルがポケモンとの共存の証を最初に打ち立てた土地であり、メーシャタウンに次ぐラフエルの伝承を守っているのです。そのラフエルにならい我々も日々ポケモンと日常を共にし助け合い生きています。そのことをゆめ忘れず今日の行事に励んでください!」

 

 長々しい挨拶かと思ったが、この地にまつわる伝説を聞くことが出来るとは思わなかった。大英雄ラフエルがメーシャの地に居を構え、最初にポケモンと理解を深めあった土地がここ。

 つまり、道行く中で出会ったポケモンは誰かのペットではなく、紛れもない野生のポケモンというわけか。野生と言うには些か野生を失っている気がしないでもないが、トレーナーの有無で野生を判断するのであれば、まぁ野生と呼んで問題はない。

 

「それでは、みなさん張り切っていきましょう!」

 

 お偉いさん、たぶん市長の合図で参加者と思われる人間たちがポケモン目掛けて草むらに入ったり木の上に昇ったりし始めた。野生のポケモンと共存してるのに追い立てるのはどうなんだろうと思ったが、どうやらポケモンたちも鬼ごっこの感覚でこの行事に挑んでいるらしい。お互い平和に済むのならこういう行事も悪くないのかもしれないな。

 

「行こ! ケムッソいないかなぁ!」

「女の子が"ケムッソ"……いやまぁ、"アゲハント"かわいいよね」

 

 というわけで、当面の標的はケムッソになりそうだった。ケムッソなら街の中心付近よりも森に近い並木道辺りが探しどころだろうか。そう提案し、俺とミエルは街の端の方へとやってきた。

 自然と水に囲まれてるハルビスタウン、街のすぐ外で木々が鬱蒼としているため結構日当たりは良くない。

 

「確かポケモン図鑑によると、ジグザグマは鼻が利くらしいんだよな」

「そうなんだぁ~! じゃあジグザグマ、【かぎわける】!」

 

 ミエルの手から飛び出したジグザグマがその鼻を使って徐々に、ジグザグに歩を進めていく。すると、ジグザグマが脚を留めた木の枝の上に一匹のケムッソがいた。ハッキリ言って驚いた、ジグザグマの鼻はよく利くらしい。

 しかし木登りするわけにもいかない。するとミエルのジグザグマが【ずつき】を行う。その振動でケムッソが落ちてくる。

 

「よーし、戦いだ!」

 

 意気込むミエルを後ろから見ていた。その時だ、ずっと背が低いミエルの背中に、アイが重なって見えた。俺はいつまでもこうして、背中を見てるだけなんだろうか。

 気落ちしていると、ケムッソがジグザグマに向かって【いとをはく】。しかしジグザグマ特有のジグザグ走行のおかげで攻撃は当たらない。そのまま【たいあたり】で体力を削る。

 

「それっ、モンスターボール!」

 

 ミエルがひょろひょろとモンスターボールを投げるが、弱ったケムッソは回避することもなくあっさりとボールに収まった。揺れるボールはやがてカチッという音を立てて停止した。

 ゲットしたのだ、ミエルがジグザグマ以外のポケモンを、自分の手で。喜びからぴょんぴょん跳ねるミエルとハイタッチを交わす。俺、必要なかったんじゃ……

 

「さっそく回復させてあげなきゃ」

 

 ボールから出したケムッソにキズぐすりを使うミエル。傷にシュッと吹き付けるだけでケムッソに元気が戻っていく。先程の戦いでミエルを認めたのか、ケムッソは早速ミエルに懐いていた。

 

「けど、確か虫取り大会って大きさを競うんだろ? ケムッソは、ちょっと小さい部類じゃないか?」

「いいんだよ、私は入賞よりもケムッソが欲しかったんだもん」

 

 うおっ、眩しすぎる笑顔。そこまで言われちゃもう何も言い返せんよ。

 

「じゃあ、中央広場に戻るか」

「うん!」

 

 今度は引っ張られることもなく、俺はミエルと一緒に街の中に戻っていった。しかし、中央広場からゾロゾロと人が走ってきた。その誰もが顔に恐怖や焦りと言った感情を含ませていた。

 じわり、と背中に嫌な汗が現れる。逃げ惑う人と逆に、俺は街の中心に向かっていった。

 

「あれは……」

 

 噴水の近くでポケモンが暴れていた。しかもそのポケモンは市長さんや他の参加者に向かって攻撃を仕掛けていた。しかし市長さんたちはみんな動けないのか、逃げ出すような素振りすら見せなかった。

 俺に手に持っていたポケモン図鑑がポケモンを認識、データを呼び出す。

 

 

『ドクケイル。羽ばたくと細かい粉が舞い上がる。吸い込むとプロレスラーも寝込む猛毒だ。触角のレーダーでエサを探す』

 

 

「猛毒の粉!? ってことは、あそこにいる人たちは毒で動けなくなってるのか……!」

 

 そう口にした俺に気づいたポケモン"ドクケイル"がこちらに向かって強く羽撃いた。それは凄まじい突風を巻き起こす【かぜおこし】だった。ドクケイルの羽根に付着している鱗粉が風に乗ってやってくる。

 ゴーグルで目を覆い、腕で鱗粉を吸い込まないように防ぐが、ミエルはその判断が追いつかなかった。

 

「う、お……お兄ちゃん……」

 

「ミエルッ!」

 

 周囲には殆ど人がいない。俺を見ている人間は誰一人としていない。そして、事態は一刻を争う。あのドクケイルを退け、速やかに市長さんたちをポケモンセンターへ連れて行かないといけない。

 俺にスイッチが入る。ベルトのモンスターボールを投げつける。

 

「ペリッパー! 【おいかぜ】だ!」

 

 ボールから飛び出したペリッパーが自分に味方する気流を作り出し、ドクケイルの鱗粉を追い返す。たださすがに自分の毒でくたばるようなポケモンはいない。ドクケイルはバタバタと羽根を動かしている。

 

「今だ、噴水に飛び込め!」

 

 そう叫ぶとペリッパーはトップスピードで噴水の中に飛び込む。そして噴水の水を周囲に向かって撒き散らす。これはペリッパーの【みずあそび】だ。

 

「空気中の水分を多分にすることで、鱗粉を撒き散らせなくしたぞ!」

 

 噴水の水をバシャバシャと巻き上げるペリッパー目掛けて、ドクケイルが頭部の触覚を発光させる。何かが来る、ポケモン図鑑でドクケイルをスキャンする。

 

「【サイケこうせん】が来るぞ! 避けて【たくわえる】だ!」

 

 しかし水の中にいたペリッパーは回避行動を取るのがわずかに遅れ、ドクケイルの触覚から放たれたサイケこうせんが直撃してしまう。吹き飛ばされたペリッパーは目を回していた。こんらん状態だ、ドクケイルは追い打ちを仕掛けるべくペリッパーに向かって急降下する。

 

「させるかキモリ、【でんこうせっか】! ゾロアは【ちょうはつ】から【かげぶんしん】!」

 

 すぐさまペリッパーの援護に二匹のポケモンを向かわせる。まずキモリが先行し、ドクケイル目掛けて突進する。はたき落とされ、噴水の中に落とされたドクケイルに向かってゾロアが挑発を行う。

 目に見えて怒ったドクケイルがゾロアに向かって【つばさでうつ】攻撃を行うが、直前にゾロアが無数に分裂する。ドクケイルの翼はゾロアの分身にヒットする。

 

 噴水に叩き落され、羽根の鱗粉が今度こそ周囲に散らなくなったが戦闘不能に追い込むにはまだ攻め手が足りない。キモリはまだそこまで練度が高くない、しかしペリッパーは回復するまでは動かすわけにもいかず、ゾロアとメタモンでは決定打に欠ける。

 ドクケイルの技を見極めないと、俺は図鑑とにらめっこを開始する。

 

 そうしてる間にもドクケイルの【ふきとばし】によって、ゾロアの分身がどんどん消滅させられていく。やつの攻撃を利用した手を考えないと……!

 散々悩んだ末、俺の頭に浮かんだ啓示は成功率の低い博打だった。影分身がすべて打ち消され、ゾロアがジリッと身構え俺の指示を待つ。

 

「【いばる】!」

 

 ゾロアが挑発の上を行くような態度でドクケイルを煽る。目に見えて怒り出したドクケイル。怒れば、きっと攻撃の威力は増す。そしてドクケイルがゾロアに向かって猛スピードで翔けてくる。

 だが、急にドクケイルが動きを止めてあたふたし始めた。

 

 影分身はすべて打ち消したはず、そう思っているんだろう。なぜなら、それなのにも関わらず目の前に()()()()()()()()のだから。

 そう、片方はメタモンだ。だが、メタモンがゾロアから姿を元の姿に戻すと、今度はゾロアが"イリュージョン"でメタモンに化ける。そしてゾロアがイリュージョンを解くと、メタモンが再びゾロアに化ける。

 

「今だ! ゾロアは【こうそくいどう】! メタモンは【へんしん】だ!」

 

 空中で敵の姿を見失うまいと、ドクケイルが自身の周囲を走り回るゾロアの姿を必死に追う。しかし【いばる】が引き起こしたこんらん状態から、追従が遅れ始める。その隙を見て、メタモンが姿を変えた。

 俺は変身したメタモンが覚えている技をポケモン図鑑で確認すると大声を張り上げた。

 

「くらえ、【サイケこうせん】!」

 

 メタモンが変身したのは、ドクケイル自身。触覚が光を放ち、それが野生のドクケイルを直撃する。ただでさえ混乱していたせいで、ドクケイルの急所に当たったらしい。ドクケイルは意識を失ってふよふよと地面に落ちた。

 そのままドクケイルが戦闘不能になったのを確認して、俺はドッと疲れてしまった。

 

「本当に野生かよ……」

 

 そう呟いて汗を拭ったときだった。どうにも腑に落ちなかった。あのドクケイル、なぜ人を襲ったのか。もしかしたら虫取り大会事態が気に食わなかったのかもしれない。

 だが、この街はポケモンと人間が共存している街だ。たとえ野生のポケモンとは言え、人を進んで襲うだろうか……?

 

 そこまで思い至って、俺は自分の真上に影が指している事に気づいた。小さな影……"コマタナ"だった。

 

「まずい!」

 

 立ち上がって避けなければ、そう思ったのだが少し遅かった。コマタナの両腕の刃が俺を捉えていた。両腕で頭を庇うが、いつまで経っても衝撃は来なかった。

 ドクケイルだ、というよりはドクケイルに変身したメタモンだ。どうやら【とんぼがえり】を使って即座に俺に元へ戻ってきたらしい。間一髪のところだった、下手をすれば俺の首が飛んでいたかもしれない。

 コマタナは攻撃の途中に横から攻撃され跳ね飛ばされたせいでそのまま戦闘不能になっていた。

 

「ちっ!」

 

「野郎、バラル団か!」

 

 しかもコマタナ、昨日のバラル団戦闘員であることは明白だった。すると、天気が急に陰り出す。晴れ渡る空に、黒い雲が集まり始めていた。

 

「よう、昨日ぶりだな」

 

 突然後ろから声をかけられ、振り返るとホコリまみれのバラル団の男がいた。側にグラエナを控えさせているため、間違いなく昨日の男だ。

 まずい、バラル団の下っ端が数人に、只者ではないあの男。俺は囲まれていた。

 

「一晩も経ってないからな、そう遠くへは行ってないと思ったが……まさかこうも簡単に釣れるとはね」

 

 釣った、その口ぶりからドクケイルはやはりバラル団のポケモンだったのだ。コマタナを連れていたバラル団員がドクケイルをボールに戻す。

 

「グラエナの【あまごい】だ。今回の遠征装備に毒ガス用のマスクはないからな」

「なるほど、ドクケイルの毒は今のあんたらでも困るってわけだ……」

 

 余裕の無さを隠すように軽口を叩く。しかし、どうにもやばい。この人数を俺の手持ちで突破するのは難しいにも程がある。そもそも、あのリーダーらしき男だけでも準備ありきの搦手でどうにか逃げおおせるレベルなのだ。

 野郎が【あまごい】を使ったのはドクケイルの鱗粉を下に落とすためでもあるのだろう。しかし、俺にとって刺さる巧妙な技選びでもあった。恐らく一発ぶち当てれば勝機が見えてくるキモリの【ソーラービーム】を待ち時間無しで撃つには先程までの太陽の光が必須。しかし今は雨が降り出しそうなほど空は暗くなっている。ソーラービームを撃つための準備中にキモリはやられてしまうだろう。

 

「だったら、雨が降る前に一手撃たせてもらうぜ! メタモン【どくのこな】!」

 

 ドクケイルに化けているメタモンが羽根の鱗粉を空気中に散布、それを【かぜおこし】を使って周囲に撒き散らす。しかし先程ペリッパーが水分を多分に跳ね上げたこともあり、散布状況はあまり良いとは言えなかった。

 しかし毒ガス装備とやらを持っていなかったバラル団の戦闘員が何人かバタバタと倒れていったのは不幸中の幸いだったと思う。

 

「グラエナ、【ほのおのキバ】!」

 

「ッ!」

 

 容赦なく俺を狙った攻撃。炎を纏った牙による噛みつきが迫ってくる。しかしメタモンが割って入ってくる。先ほどと同じ【とんぼがえり】だ。しかし、

 

「無駄だ、グラエナの【かぎわける】で視界外からの攻撃は予想済み」

 

 火薬が爆発するような音を立てて、ドクケイルの羽根が噛みちぎられる。たった一撃で戦闘不能級のダメージを受けて、メタモンの姿が元に戻ってしまう。

 

「そのメタモンにはしてやられたからな、真っ先に潰させてもらった」

「んの野郎……」

 

 悔しがる()()()()()。そのまま目配せするのはゾロアだ、戦闘不能になったバラル団員のポケモン"レパルダス"にイリュージョンで化け、グラエナの背後を虎視眈々と狙わせている。

 

「その目、何を考えている」

「なにも、今夜の晩御飯かもね」

 

 勘ぐられたか、背中をひやりと汗が撫でる。ポーカーフェイスを崩すな。見破られる前に、ゾロアに指示を出す。

 

「そうか、【シャドークロー】」

「そら来た! ゾロア! 【ふいうち】だ!」

 

 しかし、レパルダスに化けたゾロアの【ふいうち】は不発に終わった。なぜなら、【シャドークロー】の標的はゾロアだったからだ。しかも、まさか自分が攻撃されると思わなかったのだろうゾロアの急所を的確に切り裂いていた。

 イリュージョンが解け、ゾロアがボールに戻る。

 

「驚いているな、今のは俺でもわかったぞ」

 

 そうだ、グラエナの【かぎわける】でやつにはレパルダスが味方かどうか、その時点でわかっていたんだ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 あえてゾロアを泳がせておくことで完璧な不意打ちを急所に叩き込む。まさに、不意打ちのカウンターだったというわけだ。

 

「これで、お前が得意な化かし合いは出来ないだろう。正々堂々と勝負したらどうだ」

 

 バラル団のリーダーが口元に三日月を作って言う。確かに逃げ場はないに等しい、戦うしか道はない。だが、残ったのは戦闘不能寸前のペリッパーと、キモリだけ。

 思わず、膝を屈した。それと同時に、空からポツポツと雨が降ってきた。数十秒もしないうちに、ざあざあ降りの雨に変わる。雨と風で揺れる半透明のカーテンが出来上がったみたいだった。

 雨は冷たく、体がそわそわと震え上がった。噴水の近くで倒れてる市長さんたちも、ミエルも雨に打たれている。このままでは寒さで体力を奪われてしまう。

 

 戦うしかない。()()()()戦いの途中に、背を向けられない。

 

「キモリ! どうにか突破するぞ!」

 

 叫ぶとキモリは呼応するように小さな咆哮を上げる。この場に炎タイプのポケモンはいない。いたとしてもこの豪雨、相性が最悪でも覆すことは可能かもしれない。無理だとしても今は出来ると信じろ……!

 

「【メガドレイン】!」

 

「【シャドーボール】!」

 

 キモリがグラエナから体力を吸収しようと接近する。それに対し、グラエナが放つ漆黒の球体。昨日の戦闘もそうだったが、お互いの敏捷値が高いためよほど戦略を練らなければ決定打どころか攻撃自体がヒットしない。

 そういうときこそ、搦手の使い時なのだが今の俺達にその手はない。

 

「この雨だ! ほのおのキバを恐れず突っ込め! 【たたきつける】!」

 

 グラエナが泥濘にわずかばかり脚を取られたこれ以上ない隙、逃す訳にはいかない。キモリは俺の指示を受けて、高速移動で背後を取り頭上を通り越しざまにその尻尾を縦に振り抜く。

 迫る尻尾に対して、グラエナの反応は遅い。決まった!

 

 

「決まったと思っただろう……ああ決まりはしたな」

 

 

 薄いヴェールの向こうでは、キモリが地に伏せっていた。その体の半分が凍りついていた。だが、他のポケモンが介入する余地はなかったはずだ、いったいなんで……!?

 俺の疑問に答えるように、俺に向かって吠えてみせるグラエナ。その牙は雨を凍りつかせるほどの冷気を放っていた。

 

「【こおりのキバ】……!?」

 

「ツメが甘かったな、お前のキモリの弱点はほのおだけではないだろうに」

 

 動けないキモリにグラエナの手が押し付けられる。徐々に力を込められ、キモリが苦悶に呻く。

 

「トドメだ、【シャドークロー】!」

 

 再びシャドークローが放たれる。グラエナがキモリを押さえつけている腕を持ち上げた。俺は、弾丸のように飛び出した。水たまりの水を踏み抜き、ぬかるみで脚を滑らせながら幻影の爪が迫ってくるのを覚悟で飛び込んだ。

 

「あぶねぇっ!」

「チッ、追撃だ! 【ダメおし】!」

 

 間一髪、シャドークローは俺を掠めるに留まった。しかしグラエナの前足を軸に、回転しながらの後ろ脚による襲撃【ダメおし】は俺の腹部へと突き刺さり、あまりの威力に肺の中の空気が根こそぎ吐き出される。

 

「がっ!?」

 

 蹴飛ばされた俺はキモリごと泥の上を転がる。口の中で泥水と唾液が混じり合い、器官に入り込んだ泥で咽る。そしてようやく蹴飛ばされた腹部がじりじりと痛み出してきた。

 

「詰みだ、もうお前に戦えるポケモンは残っていない」

 

「目の前が、真っ白ってか……」

 

 大の字で仰向けに寝転がった。確かに、ここまで来たらもうだめかもしれない。一発逆転の手を、思いつかない。

 いっそ諦めてしまえたらと思う。この場にあいつが、アイがいたらきっとどうにかしてくれたかもしれない。そう思うと、心底悔しかった。

 

 俺は男なのに、男なのにこんな惨めで、弱々しいくせに強がって。

 雨水に涙が交じるくらい悔しかった。

 

 歯を食いしばって、涙を見せまいと尽力する。だが、そのとき泥水をかく音がして、ハッとした。

 キモリだ、キモリは脚のほとんどが凍りついているにも関わらず這ってでもグラエナに食いつこうとしていた。

 

 

 

 

 

 ――――お前は、まだ諦めないのか?

 

 

 

 

 

 声に出ない問いかけ、しかしキモリは()()()()()

 

 

 

 

 

 ――――お前はもう諦めるのか?

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 今度こそ、本気で悔しかった。ポケモンが諦めてないのに、トレーナーである俺が先に折れてしまったことが、涙が出るほどどころじゃない。

 

 

 

「死ぬほど悔しい……ッッ!!!」

 

 

 

 俺は痛む身体に鞭を打って、地面に膝を打ち込んだ。立ち上がれ、立ち上がれ、立ち上がれ!

 口の中の泥を吐き出すと、キッとバラル団のリーダーを睨みつけた。あいつは何も言わなかったが、まだやる気かと呆れ気味の目を俺に向けていた。

 

「詰めが甘い……あのときも言われたっけな」

 

「なんの話だ」

 

「恥ずかしい自分語りだよほっとけ……甘いと言えば、そうだ」

 

 ――――甘くないさバトルはいつだって……

 

 アイがいつも旅の途中に口ずさんでいた歌があった。未だ人気絶頂のポケモンアイドル、ルチアちゃんが歌っていた曲でアイはいつもその歌のサビだけ繰り返し歌っていた。なんだっけ、続きは……

 

「辛い苦い渋い……そうだ、ポケモンバトルは甘くねぇ……詰めが甘い、か」

 

 今一度相手を睨み返す。全力で眼力を上げると、リーダーの男が一瞬怯む。ガキのメンチでビビってんじゃねえ。

 

「お前、いったい……」

 

 リーダーの男は俺に掴みかかる。髪の毛を引っ張られ、ゴーグルが首元にずれ落ちる。だが俺は、逆に腕を掴んで笑ってやった。

 

 直後、雨音をかき消すほどの爆音が噴水から上がる。意識を保っているバラル団の全員がそちらを何事かと睨みつける。

 

「俺のポケモンは珍しかったり、特性が珍しかったりするんだよ……だからよぉ、勝ったと思って気を抜くなよ」

 

 噴水から飛び出した水がバラル団員たちに直撃する。とんでもない水圧に、気を失うやつすらいるほどだ。さすが人間との付き合いが長いだけあって気絶させる勢いを把握してる。

 

「後詰にゃ、まだ早ぇ!! ――――ペリッパー!!」

 

「バカな、ペリッパーだと……!? ドクケイルとの戦闘で動けないほど消耗していたはず……!」

 

 リーダーの男が驚愕している。俺は拘束が緩んだ隙に男を蹴飛ばして距離を離すと、キモリを

抱え上げてアイコンタクトを交わす。コクリと頷いたキモリを思い切り噴水目掛けて投げつける。

 

「ペリッパーを回復させてくれたのは他でもないアンタだよ……【そらをとぶ】!」

 

 噴水から飛び上がったペリッパーがキモリを口で受け止め、空高く上昇を始める。バラル団のリーダーの男が空と俺を両方見上げる。

 

「何をするつもりだ……!」

 

「何って、濡れちまった服を乾かすんだよぉ!! 暴れろ、【ぼうふう】だ!」

 

 上空にいるペリッパーに届くように、強く、大きく咆えるように叫ぶ。すると次の瞬間、竜巻が発生するかという勢いで、雲を散らす突風が上空で発生する。

 雲間から、先程まで空から降り注いでいた太陽の光が街を照らし出す。雨がやみ、太陽の光が戻ってきたのだ。

 

「雨が、止んだ……!」

 

「受けろよ俺達の全力! キモリ! 最大パワーで【ソーラービーム】だ! ぶち抜けーっ!!」

 

 空のペリッパーの口から飛び出したキモリ。キモリが陽の光を集めだすと、その熱で身体の氷が溶け出した。キモリの拳に集まる、大型のエネルギーが思い切り投げつけられる。

 亜光速、降り注ぐ太陽の光は分散し、グラエナを飲み込む他中央広場を穿つ。初めて一緒に戦ったときのソーラービームとは桁が違う、いったいどうしてここまで威力が。

 

 俺の疑問に答えるように、ポケモン図鑑がキモリの頁を開き、俺は納得した。

 

「"しんりょく"、それがキモリの特性……」

 

 ピンチのときほど、くさタイプの技が強くなる。逆境を覆すための、キモリが持つ切り札。

 バラル団のリーダーは、倒れたグラエナをボールに戻すともう一つのボールを取り出した。そこから出てきたポケモンを図鑑がスキャンする。

 

「コドラ……!」

「正直グラエナで十分だと思っていた、だが侮った。グラエナの牙の誇りを優先した結果だ」

「牙の誇り……?」

 

 俺は怪訝に思ってオウム返しに聞き返した。すると男は答えた。

 

「俺は、俺達の存在について深く知った者を決して逃がさない。ゆえに、このグラエナはどこまでも追いかけ、必ずその牙で対象を仕留める。仲間は俺とグラエナをかけ合わせて、こう呼ぶ――――」

 

 男がフードをまくり上げた。俺より幾ばくか歳の行った青年で、その目つきは鋭利という言葉そのものだった。

 

 

 

「"執念のイグナ"と、みんながそう呼ぶ。だから、いずれお前も必ず仕留める。俺の名を忘れるな、そして覚えておけ、オレンジ色」

 

 

 

 バラル団のリーダーの男――イグナは懐から取り出したモンスターボールよりも小さな球体を地面へと投げつけた。それが"けむり玉"だと気づいたのは、周囲を濃い煙幕が吹き荒れてからだ。

 思わず奇襲を想定し、俺は身構えた。ペリッパーに【きりばらい】を使わせて周囲の煙幕を散らすと意識を失った戦闘員もろとも、イグナが消え去っていた。

 

 大きな穴が目の前に空いていた。恐らくコドラが【あなをほる】で逃走経路を作ったのだろう。それにイグナにはまだゴルバットがいた、戦闘員を短時間で穴に放り投げることは可能だったかもしれない。

 とにかく、突然戦闘が終わったことに安堵した俺は、再び泥水の中に腰を降ろしてしまった。身体から力が抜けきって動けそうになかったが、ミエルのことが気がかりで身体に鞭打ちながら歩み寄って揺する。

 

「ミエル、ミエル!」

 

 揺さぶってみたが、うめき声が帰ってくるだけだった。顔は青白く、ドクケイルの鱗粉と身体の冷えが原因だと思われた。ミエルがこうなのだから、恐らく市長さんたちも同じ状態かもしれない。

 意を決して俺はライブキャスターで"PGコール"を行った。ラフエル地方の治安維持組織"ポケット・ガーディアンズ"の最寄りの駐屯所に連絡が届く仕組みになっている。

 

 それからは余り覚えていない。ひとまず俺はほぼ瀕死のポケモンたちを連れてポケモンセンターへ訪れた。みんな怪我はあったものの、すぐに完治できる傷だった。ホッとするとまた力が抜けた。

 待合室でずっと待っていると、ジョーイさんが泥だらけのボールを持ってきた。中にいたやつらはみんな元気になっていて、心底安心した。

 

 昨日宿泊した部屋にもう一度訪れると、俺は手持ちのポケモンを全部開放した。

 

「さっきは、助かった。俺の足りない頭で練った作戦、実行してくれてありがとな……」

 

 ペリッパーとキモリを労う。この二匹、特にキモリが大きく勝利に貢献した。ペリッパーの頭を撫でると気持ちよさげに目を細める。

 なぜペリッパーが突然復帰したのか、それはこいつの特性が"あめうけざら"だからだ。雨が降っているとき、体力が徐々に回復する。そして、ドクケイルと戦っている最中に俺はペリッパーに出した最後の指示を反復した。

 

「【たくわえる】のおかげで活動可能になる体力まで回復したんだもんな」

 

 通常、【のみこむ】か【はきだす】とセットなのだがペリッパーが我慢できない質ゆえに蓄えれば飲み込んでしまう。だからあの時、即座に回復してしまったのだ。最も、俺も含めて誰も気づいていなかったが。

 

「ゾロアとメタモンも頑張ったな」

 

 褒めてやると、二人が「よせやい」とばかりにこちらを小突いてくる。そして、俺はぽつぽつと小さく呟いた。

 

「やっぱ、さ……弱いまんまは嫌だからさ……ジム、挑んでみるか」

 

 その一言を待っていた、とばかりに全員が俺に向かって頭突きをかましてくる。グラエナに蹴られた部位に全員の攻撃が辺り、思わず悶絶する俺。

 

「ちっとは手加減しろぃ……」

 

 強くなりたい。もう腰巾着だったときの俺からは卒業したい。イグナの肩書が本当なら、きっと何度も衝突することがあるかもしれない。

 だから俺は、今までの俺を脱ぎ捨てる。

 

「頑張ろうな、みんな……いや、一番頑張んなきゃいけないのは俺なんだけども」

 

 

 ――――夢と希望の物語を紡ぎ出すために。

 

 ――――戦う勇気、ゲットだぜ。

 

 




※作中でグラエナが本来使えないはずの技を使っていますが、一応理由はありますのでご了承ください。いずれ作中で明かせればと思います。

お借りしたキャラクター

おや:新谷鈴(@aratanisz)

Name:イグナ
Gender:男
Age:17
Height:170くらい
Weight:59くらい、少し痩せ気味
Job:バラル団

▼Pokemon▼
グラエナ
ゴルバット
コドラ

元は両親のいない孤児でバラル団員に拾われて育てられた。
そのためバラル団がバラル団と呼ばれる以前から活動しているため、手持ちの三匹とはそれなりに長い付き合いである。

作中でリーダーと言われているが、実際には戦闘員クラスのリーダーであり下っ端以上幹部未満の役職。最近は新団員の教育を手掛けたりしている。

お借りしたキャラクターにも関わらずレギュラーになりそうな感じ。



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