ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSゴローニャ 虹を超えたい

「なるほど、つまりシーヴ姉ちゃんの知り合いの子がテルス山に向かったから万が一の可能性に備えて私に案内役を頼みたい、と?」

「そういうこと、引き受けてくれる?」

「もちろんいいですとも! で、私が山に入る間ジョーくんはペガスシティに向かって、シーヴ姉ちゃんの知り合いの子の無実を晴らしに行く、と」

 

 イリスの言葉にシンジョウが首を縦に振る。

 

「山に入るの? だったら俺も行くよ!」

「ダメだ」

「なんでだよシンジョウ兄ちゃん!」

「その逮捕されたトレーナーだが、昨日お前を訪ねに来ていた。いなかったお前の代わりに俺がバトルをしたんだ。今日も挑戦者が来ないとは限らん。ジムリーダーなら修行ばかりにかまけてないで職務を全うしろ」

 

 う、と返す言葉が見つからないカエンの頭をやや乱雑に撫で散らすシンジョウ。彼もカエンが山に着いていくと言った本当の理由には気づいているからだ。ジムリーダーであると同時に、彼はこのラフエル地方に古くから伝わる伝説の末裔であり、その責任を重く受け止めている。

 

 助けたいのだ、誰であっても。

 

「それに修行ならまた今度ジョーくんが付き合ってくれるでしょ」

「イリス、そうやって俺にばかり押し付けるな」

「そう言ったって、私理由ありでここに帰ってきたわけだし、ずっとレニアにはいられないよ」

 

 両手を頭の後ろで組みながらイリスが口を尖らせる。シンジョウは短く嘆息すると、ボールからリザードンを喚び出すとその背に飛び乗った。

 

「じゃあ俺はペガスシティに向かう。カエン、また今度な」

「んー! 約束だぞー!」

 

 カエンが手を上げると彼の腰部のモンスターボールからもリザードンが飛び出す。一嘶きするとシンジョウのリザードンが返事をする。ポケモンにも「息災で」という挨拶はあるようだ。

 

「それなら私も行きますかね。シーヴ姉ちゃん、山降りながら二人の特徴を教えてくれる?」

「わかった」

「じゃあね、カエンくん。また今度!」

「おー! 次は絶対勝つからなー!」

 

 イリスが拳を突き出すとカエンがそれに自身の拳を打ち合わせる。握った手を開き、ひらひらと振ってその場をシーヴと共に後にするイリス。

 

 それを見送るカエンが山の斜面をじっと見下ろした。

 

「でも何度も地震や崩落が続くなんておかしい、オレにも出来ることあるよな、リザードン!」

 

 隣にいたリザードンに問いかける。リザードンはそれを大きく首を縦に振って応える。

 その時だ、腰に付けていた呼び鈴のようなものが音を発した。カエンがレニアシティにいる間、ジムに挑戦者が現れた時になるアラームだ。問題はテルス山の中腹付近では磁場の影響でこれが上手く機能しない時があることだ。

 

「よぉし、行くぞリザードン!」

 

 挑戦者が待ってる。ひとまず今は出来ることを、とカエンはリザードンの背に飛び乗ってジムへと舞い戻った。

 

 こうしてレニアシティからそれぞれが出発したのが数時間前の話だ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「十五年前のポケモンリーグ準優勝者、イリス……」

 

 アルバの独り言を受けて、ピカチュウを肩に乗せたイリスは指先で頬をかく。

 

「私のこと知ってるんだ? いやー、私も有名人だ」

「僕は、あなたに憧れて強くなりたいって思ったんです! ファンです!」

 

 熱の上がったアルバがイリスに詰め寄った。いきなりの接触にイリスが困ったような顔をして後退する。見かねたリエンがアルバの裾を引っ張る。後ろにアルバを提げるとリエンが腰を折って礼を言う。

 

「ひとまず、ありがとうございました。シーヴさんとお知り合いだったんですね」

「うん、もう随分長い付き合いだよ。付き合いって言っても私の夜更かしに付き合ってもらってるだけなんだけどね、ハハハ」

 

 快活に笑うイリス。しかしアルバはというと未だに現実に帰ってこれずにいた。何度も繰り返して見た映像の頃とは違いずっと大人びているが、間違いなくあの時二位の表彰台に登っていたイリスだった。

 

 未だにジッとイリスを見つめているアルバをイリスが見つめ返す。その側で戦闘が終わったことによりルカリオのメガシンカが解除された。

 

「よし、じゃあ出発しよう! またゴローンの群れに襲われても困るしね!」

「出口がわかるんですか?」

「いや? さっぱり」

 

 ズルッ、と見事にアルバとリエンがすっ転んだ。しかしイリスはすんすんと鼻を鳴らした。

 

「でもね、カエンくん……あーレニアのジムリーダーね。彼が言うには山の中でポケモンの匂いがする方向が出口に近づいてるって話だよ」

「それならルカリオが役に立つかもしれません」

「そっか、波動でポケモンの群れを探すんだね。うんうん、幸先いいよ~」

 

 そう言うとルカリオは再び瞑想状態に入り、周囲のポケモンの波動を探る。数秒後、ルカリオはこの大きな通路のうち、枝分かれした小さい一つの通路を指さした。

 

「オッケー! あっちの方ね!」

 

 進んだ先は小さい通路で、アルバとリエンが二人並んで通ろうとするだけで窮屈になってしまう。先程の、ゴローンが群れで通れたりポケモンが大立ち回り出来る大きな通路とはえらい違いである。

 

「ところで、イリスさんはこの十五年間何を?」

「ん~? お姉さんのこと気になる?」

「そりゃもちろん!」

 

 食い気味にアルバが答えると、イリスも「そこまで需要があるなら」とどこからどんな話をするか考え出した。

 

「まず旅だね。いろんなとこ行ったなー、ジョウト地方でポケモンの有名な権威の博士と一緒にラジオ出たり、ホウエン地方でコンテストに出場させられたり、シンオウ地方の雪国みたいなところで凍えたり、イッシュ地方でめちゃくちゃ迷子になったり……」

 

 さすがに十五年の歴史があった。イリスが口を開いてからかれこれ十分以上が経過しているが未だに話が止む気配がない。もっともアルバにとっては彼女の冒険譚そのものが興味の塊だったらしく、ポケモンのお菓子作りで盛大に爆発を起こした話にも食いついていた。

 

 しかし話してばかりもいられない。ここはテルス山、野生のポケモンが大量に生息している洞窟だ。開けた通路に出た瞬間、"ズバット"や"ゴルバット"の群れと遭遇した。

 

 視力を持たないズバットはともかく、ゴルバットたちはイリスのピカチュウが洞窟を照らすために使っている【フラッシュ】が目障りらしく、群れで襲いかかってきた。

 

「ピカチュウ、頼んだ!」

 

 イリスはそのままピカチュウを前に出し、ゴルバットの群れと対峙させる。アルバもルカリオを前進させようとしたが、イリスが手で制した。

 

「多分ね、この通路を暫く走る必要があるからアルバくんとルカリオは待機。私が合図したら、あっちの方向に向かって猛ダッシュ! いいね?」

 

 突然の説明にリエンとアルバは恐る恐る頷いた。二人の了承を確認すると、イリスはニッと不敵に笑むと正面に向き直った。

 

「よし、【10まんボルト】!」

 

 刹那、洞窟内に閃光が弾けた。凄まじい雷撃がゴルバットとズバットの群れを軒並み戦闘不能にする。しかしすぐに洞窟の奥から次の集団が現れる。

 

「みんな、走れー! アルバくん、ルカリオと一緒に鉄砲玉よろしく!」

「は、はい!」

 

 イリスがルカリオを温存していたのはこれが理由だった。つまり、端からゴルバットたちとやり合う気はなく、適当にあしらって逃げるつもりだったのだ。先頭をルカリオに走らせているのは波動による障害物の確認、及び排除だ。

 

 ルカリオが吠えた。前方にゴローンの進化系、"ゴローニャ"を発見したらしい。

 正面突破しようにもアルバの直感が告げている。あのゴローニャは()()()()()()()()

 と。

 

「イリスさん!」

「ピカチュウ! 【アイアンテール】!」

 

 直後、ルカリオを追い越す閃光。弾丸のように暗闇を駆けるそれがゴローニャの頭部目掛けて鋼鉄の尻尾を叩きつける。しかしゴローニャはアルバの見立て通り、一撃を耐えきった。

 

「【バレットパンチ】!」

 

 ピカチュウが飛び出すのに合わせ、ルカリオも加速する。ピカチュウの一撃を耐えきったゴローニャだったが、ルカリオが放った拳の雪崩がゴローニャを吹き飛ばし戦闘不能にする。

 

「ナイスアシスト! このまま駆け抜けるよ!」

 

 倒れたゴローニャを一瞥し、三人と二匹がその場を駆け抜ける。背後から迫ってくるゴルバットの群れが【エアスラッシュ】や【エアカッター】で追撃してくる。

 

「ミズ、【れいとうビーム】!」

 

 迫る真空の刃をリエンとミズが凍らせることで撃墜する。本来イリスが殿を務めるはずだったが、ゴローニャ撃破のために前に出ていた隙をリエンが埋める。真空刃を全て撃ち落とし、先頭のゴルバット数匹の翼を凍らせ飛行不能にする。

 

「分かれ道だ! ルカリオ!」

 

 先頭を走るアルバが叫んだ。二手に別れた道が前方に見える。ルカリオは走りながら最速で正解の道を選び出すとそちらへ先導する。再び狭い通路を一列になり、小走りで通り抜ける。

 

 小道を抜けた先の新しい大通路でアルバは音を捉えた。

 

「車の走行音!」

「出口が近いね! このままいくよ!」

 

「ヌマクロー! ミズと一緒に【れいとうビーム】で今の通路を氷で塞いで」

 

 最後に出てきたリエンが通路の出口に氷の障壁を張る。これでゴルバットたちは追いかけてきたくてもこの通路を通り過ぎるには氷が溶けるのを待つしかない。

 

「ふぃ~、あとはこのままトンネルに抜ければいいんだけど」

「でも、トンネルってことは周りがコンクリートなんかで舗装されてるんじゃ?」

「そうだね、じゃあぶち破ろう!」

 

 イリスの提案にアルバとリエンは面食らった。なんというか思考がかくとうタイプだった。

 そう言いながらイリスはピカチュウを引っ込め、二体目のポケモンを喚び出した。

 

「"バシャーモ"! 気合い入れていくよ!」

 

 奇しくも、ダイの幼馴染であるアイラが連れているのと同じポケモンだった。

 バシャーモは壁から離れて助走をつける。イリスの指示で二人は体勢を低くする。

 

「【ブレイズキック】!」

 

 助走を付け、炎を纏った飛び蹴りを壁に向かって打ち出すバシャーモ。激しい爆音が響き、炎が撒き散らされるが壁はまだ健在だった。

 

「まだまだ! 【ビルドアップ】から【ブレイズキック】!」

 

 バシャーモが深い呼吸を行い肉体を強化する。蒸気が発生するほど肉体の温度が上がり、練り上げられた高熱の炎が足に収束し、今度は回転蹴りで壁を攻撃する。

 

 二撃、三撃と壁に攻撃を加える。バシャーモは同じ一点を集中的に狙っているため、そこを中心にヒビが入り始める。見れば、足を打ち込んだ場所は既に岩ではなく向こう側のコンクリートが露出し始めている。

 

「ルカリオ! 【コメットパンチ】!」

 

 バシャーモが後退したタイミングでアルバとルカリオが攻撃を行う。光を纏った鋼鉄の拳をコンクリート部分目掛け打ち込み、そこへ波動エネルギーを直接流し込む。

 

「今!」

 

 そして壁に流し込んだ波動エネルギーをそのまま破砕させる。凄まじい爆音と共に壁に人一人くらいが通れる大穴が空いた。その穴の奥から時折右から光が走行音を伴って通り過ぎていくのが見える。

 三人は通り過ぎた光が車のものであることを確認すると安心から深いため息を吐いて笑みを見せた。

 

「「「やっと出れた……」」」

 

 思わずその場にへたり込む三人。さすがのイリスも正確な出口のわからない洞窟を行ったり来たりするのは精神的に参るようだ。イリスでこれなのだから、アルバとリエンの心労は計り知れない。

 そんな二人を気遣ってか、イリスは提案した。

 

「ひとまず、夜営しない? 今日はもう遅いし、ここからラジエスシティまでもう少しかかる。ちょっとでも休憩しておかないと身体保たないよ」

「でも、時間が……」

「うんうん、友達のことが心配だよね。でも安心して、昼間のうちに私の仲間が一足先にペガスシティに向かったの。きっと友達の潔白は証明される。君たちがしなくちゃいけないのはその潔白に信憑性を持たせることだから、今すぐじゃなくてもいいんだよ」

 

 その言葉にアルバとリエンは一度顔を見合わせ、そういうことならとキャンプセットを用意し始めた。トンネルを出たすぐ先の空き地でテントを張り、簡単な夜食で腹を満たすと寝袋に入り込んだ。アルバはイリスに聞きたいことがあった。それこそ今まで行きてきた十五年でそれを溜め込み続けた。到底一晩で聞き切れるような量ではない。

 あれを聞こう、これを聞こうと考えているうちに意識を手放し、夢へと漕ぎ出し始める。

 想像以上に疲れ切っていたのだろう、夢を見るまでもなく瞬きするように目を覚ますとテントの外で朝食を用意しているイリスと目があった。

 

「おはようございます、イリスさん!」

「おはよう~、よく眠れたって顔してるね~」

 

 挨拶を済ませるとアルバはキョロキョロと周囲を見渡した。どうやらリエンはまだ眠っているらしい、イリスが人差し指を立てて唇に当てる。

 軽く顔を洗うとアルバは日課であるルカリオとのスパーリングを始めるべく少しテントから離れた。

 

 ルカリオの打ち込みをアルバがいなす。反対に、今度はアルバの打ち込みをルカリオがいなす。単調な作業だが朝の目覚めにはちょうどいい。

 十数分身体を動かしているとアルバはイリスに遠方から変な気を宿した目を向けられているのに気づいた。

 

「君、昨日から薄々思ってたけど、いいね。すっごい美味しそう」

「は!?」

 

 思わず身構えるアルバだったが、イリスは失言に気づくと慌てて訂正した。

 

「あぁごめんごめん。君とルカリオ、すっごくいい感じだからバトルしたらきっと楽しいだろうなって。ね、よかったら一回バトルしない?」

 

 それはアルバにとって願ってもない話だった。憧れのイリスとポケモンバトル、ルカリオもまた乗り気だった。しかしアルバは逡巡する。

 

「でも時間が……」

「それなら大丈夫だよ、リエンちゃんが起きてくるまでにはケリがつくよ」

 

 あからさまな、安い挑発。そこまで言われてはアルバもルカリオも引けない。一汗拭うと空き地の更に隣、ポケモンバトルに適したフィールドへと場所を移す。

 イリスはトレーナーズサークルに入ると軽く屈伸や伸脚を行う。それはアルバにとって馴染みの光景だった。

 

「ポケモンバトルは、ポケモンが戦うだけじゃない。トレーナーもポケモンの目線に立ってリアルタイムな指示が求められる、ですよね」

「これまた随分と懐かしいインタビューを持ち出したなぁ……その通りだよ」

 

 そしてそれはアルバにとっての一番の教訓だった。アルバもまた全身のストレッチを欠かさず行い、相手と自分のポケモンの戦いを見やる。

 

「さて、アルバくんはどの子とやりたい? やっぱルカリオはかくとうタイプだしバシャーモがいいかな」

「……ピカチュウで」

 

 アルバがピカチュウを指名するとイリスはヒューと口笛を吹いた。が、次の瞬間ニヤリと笑うとモンスターボールをリアルサイズへ可動させ、ステージへとリリースする。

 光の中からピカチュウが欠伸を伴って現れた。自身がバトルのために喚び出されたのだと悟ると、ピカチュウはすぐさま目の色を変えた。

 

「おはようピカチュウ! さっそくだけど、お願いね」

 

 ピカチュウのステージインを確認し、アルバとルカリオは目を合わせて互いに頷き合う。遅れてルカリオがステージイン、バトルの準備は整った。

 両者の間から温和な雰囲気が消え去り、剣呑なムードが漂い始める。

 

「それじゃ、小手小手調べに……」

「ルカリオ――――」

 

 

「「【しんそく】!」」

 

 

 ピカチュウとルカリオの姿が消える。目視出来ないほどのスピードで行われる攻防、しかしアルバにはわかっていた。【しんそく】と指示を出されたにも関わらず、ピカチュウは本気を出していない。

 せいぜいが()()()()()()()()()()()()()ほどのスピードだ。ルカリオが追従できるスピードであることからも、それは伺える。

 

 イリスのピカチュウが本気を出せば、もっと速い。つまり本当に小手調べ、悪く言えば舐められている。

 

「だったらここから、【グロウパンチ】!」

「【アイアンテール】!」

 

 数合打ち合ってからの白兵、ルカリオは闘気を纏わせた拳をピカチュウへ叩きつける。一方、ピカチュウは鋼鉄エネルギーを纏わせた尻尾で迎撃する。対象物に触れることで拳の闘気が炸裂、それが拳の威力を底上げする。ルカリオの拳が一段階強くなる。

 

 如何にイリスのピカチュウが素早く、強大な相手であったとしても当然弱点は存在する。そしてそれが十五年前のポケモンリーグでは決定打となった。それをアルバは知っている。

 

「攻めてくるぞ、ルカリオ!」

 

 ピカチュウはとても小さな体躯のポケモンである。全ての生物の弱点である頭部を狙うにはジャンプや飛行物体を利用し相手の頭上を取らねばならない。だがそれは多くの場合において、ピカチュウが地に足をつけていないタイミングである。翼を持たないポケモンである以上、空中でのピカチュウの動きはかなり制限される。

 

 つまりカウンターこそがイリスのピカチュウにとって一番の弱点である。

 

 素早く飛び上がりルカリオの頭上を取ったピカチュウ。太陽を背にすることで相手の視界を光で埋め尽くす作戦、しかしルカリオにそれは通用しない。目を閉じてなお、ルカリオにはピカチュウの姿が波動を通して把握済みだからだ。尻尾にエネルギーが集中するのを見切ったルカリオは【アイアンテール】に備えた。

 

「【インファイ――」

 

「【エレキボール】!」

 

 しかしそれはブラフだった。アルバに次の技が【アイアンテール】だと思わせるために。ピカチュウが放ったのは高速回転しながら凄まじいスピードでルカリオを襲う電撃球だった。

 この技は徐々に加速しながら相手に迫る。つまり回避行動が遅ければ遅いほど、相手がピカチュウの速度を下回るほどに威力を増すのだ。

 

 幸い、ルカリオは素早い部類のポケモンだ。直撃しても決定打には至らない、が物理技の防御に専念していたルカリオには強い衝撃だった。

 地面を踏みしめなんとか吹き飛ばされずに済んだルカリオ目掛けてピカチュウが突っ込んでくる。

 

「今度こそ、【インファイト】だ!」

「じゃあこっちも今度こそ【しんそく】から【アイアンテール】!」

 

 迫るピカチュウ目掛けてルカリオが渾身の一撃を撃ち放つ。がその拳は勢いよく空を裂いた。直後、ルカリオの背中を鈍い衝撃が襲う。

 振り返りざまに再び【インファイト】を繰り出すが、ピカチュウは繰り出されたルカリオの拳を足場に上手く攻撃をいなす。ルカリオを足場に跳躍したピカチュウが再び頭上を取った。

 

「これで決めるよ! 【10まんボルト】!」

「ッ、躱してルカリオ!」

 

 イリスのピカチュウが放つ【10まんボルト】が如何に強力か、知らないアルバではない。自分よりも遥かに身体の大きいポケモンでさえ、一撃で戦闘不能にする威力があるのだ。

 それを今のルカリオが耐えきれるとは正直思えなかった。それがわかっていたから、ルカリオも回避行動を躊躇わなかった。

 

 だがピカチュウが放った雷撃はまるで意思を持っているかのように、空中で曲がったのだ。追撃、ルカリオはすかさず電撃に対し絶縁体となる【ボーンラッシュ】を行い、雷撃を切り裂いた。

 間一髪、受けきることは出来た。しかしなぜ雷撃が曲がったのか、今の一撃では理解が出来なかった。必死に思考を巡らせるアルバ、だがそれを待つほどイリスは甘くない。

 

「続けて【10まんボルト】!」

 

 再び放たれる特大の雷撃。もはや『イリスのピカチュウの雷撃が曲がるのは当たり前』として先んじて考えておくことで、対処するしか無いとアルバは悟った。

 それがルカリオにも伝わり、雷撃の進行可能なコースを全て目算で割り出し回避に繋げようとする。

 

「うんうん、いい動きだね! でも!」

 

 イリスが唇を湿らせるために軽く舌舐めずりをする。それが合図だったのか、ピカチュウの雷撃は曲がるだけではなく()()()()()()。さすがに三つに別れた雷撃を全て躱し切るのは不可能だった。内一つがルカリオへ直進する。

 

「ッ、避けられない!」

 

 そのままルカリオに雷撃がぶつかり、凄まじい火花が散る。あまりの衝撃に思わず片膝を突くルカリオだったが、まだ戦闘の意思は消えていなかった。

 しかしイリスのピカチュウ相手にたった数瞬とはいえ足を止めてしまったのは、致命的だった。

 

「これでフィニッシュ! 【かみなり】!」

 

 ピカチュウが晴れた空目掛けて雷撃を穿つ。すると空気中の電気がピカチュウが空に向かって放った雷撃へと収束、上空へと帯電を始める。だが【かみなり】は命中率に難のある技、それこそこんな快晴の中で撃ち、尚且命中させるのはほぼ不可能に近い。

 

「発射までタイムラグがあるはずだ! そのまま突っ込め、ルカリオ!!」

 

 言うが早いか、ルカリオは地を蹴り【しんそく】を用いてピカチュウとの距離を詰めた。その時、イリスはニッと笑みを浮かべたかと思えば人差し指で耳を塞いだ。

 そのイリスの動きをアルバが訝しんだ瞬間、ピカチュウに飛びかかり渾身の【インファイト】を放とうとしていたルカリオの上に特大の雷撃が降り注ぎ、ダウンした。

 

「ルカリオ戦闘不能、私の勝ちだね!」

 

 そう言って帽子のツバを撫でるイリス。ボールに戻らず、イリスの肩に飛び乗ったピカチュウ。両者を目の前にアルバは目の前が真っ白になった。

 

「ま、参りました……」

 

 そして降参の意を両手を上げて示した。憧れは未だ、遥か彼方に存在しているということをまざまざと突きつけられた気分だった。

 目を回してるルカリオに"すごいキズぐすり"を吹き付け、回復させるイリス。起き上がったルカリオに「ナイスファイト!」と声をかけ頭を撫でると、立ち尽くすアルバに向かって屈託のない笑顔を見せる。

 

「この子、相当鍛えられてるね……なんだか昔の自分を思い出すよ。私もね、最初は手持ちがピカチュウだけだったんだ」

 

 肩の上のピカチュウの頬を指で突きながらイリスが言う。憧れとの意外な共通点が増えたことにアルバは感慨深い気持ちになった。

 

「これから、君がどんなポケモンと出会って、どんな旅をするのか、すごい楽しみだな。きっとポケモンリーグで戦うときはもっともっと、強くなってるんだろうね!」

「が、頑張ります! いつか憧れから、ライバルになれるように」

 

 ライバル、アルバがそう口にした時イリスは明らかに少しだけ寂しそうな目をした後、遠くの空を見つめた。

 

「ライバルか、うん。そうだね、アルバくんはそれを目指すといいよ。でも、私がライバルと決めた相手は過去にも、きっと先にも一人だけだよ」

「だったら、意地でもライバルになります。いつか、僕はイリスさんを超えて、チャンピオンになります!」

 

 アルバがそう啖呵を切ると、イリスは一瞬キョトンとしてからさっきまでと同じように快活な笑みを見せた。

 

「さて、そろそろ戻ろっか。リエンちゃんも起きてくるだろうし」

 

 背伸びをしてテントの方へと戻ろうとするイリス、その背中を追うアルバ。しかしその時、イリスの手首に巻き付いているポケギアがリザードンの鳴き声を上げたのだ。

 

「この着信音は、ジョーくんか。はーい、もしもしジョーくん? どうした?」

 

『イリスか。良いニュースと悪いニュースがある』

 

「勿体振るなぁ、どっちでもいいから効かせてよ」

 

 まるでポケウッドの映画のような言い回しにイリスもアルバも苦笑いが隠せない。そもそもシンジョウはこの手のジョークが壊滅的に苦手な人種だ。

 わざわざそんな言い回しをするほど、恐らくシンジョウも動揺している。

 

『そうか、じゃあ良いニュースからだ。ダイはまだネイヴュシティ送りにはなっていなかった』

 

「ダイ、ってアルバくんたちのお友達だよね」

 

 イリスがそう尋ねるとアルバは首肯した。それを確認してイリスは話を続けた。

 

「そっか、それで今ジョーくんが彼の身分と潔白を証明しに行ったって感じでしょ?」

 

 そもそもの手はずではそうなっているはずである。そしてアルバとリエンがダイがバラル団でない決定的な証言をするはずなのだ。

 しかしどうもシンジョウの歯切れが悪い。やがて重い腰を上げるようにため息混じりに言った。

 

 

『それが悪いニュースなんだ。落ち着いて聞いてくれ……ダイが脱獄した。それも同じ場所に拘留されていたバラル団員たちと一緒にな』

 

 

「「は?」」

 

 

 山辺の天気は変わりやすいという。まるで先程のピカチュウの【かみなり】に誘発されたかのように、黒い雲が晴天を隠し始めた。

 

 




主人公がとんだアウトローすぎる。



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