僕は物心ついた時からポケモンと一緒だった。当時はまだリオルだった相棒と共に歩行を覚えて、言葉を覚えた。
兄弟のようなものと言っていい。実は僕よりちょっぴり先に生まれているから、ルカリオの方がお兄さんってことになる、のかな。
世間ではそれを双子って言ったりするんだろう。
とにかく、何をするにもポケモンが一緒だった。だから当然、ポケモンバトルにのめり込むのも必然だった。
だけど昔の僕は今よりずっと猪突猛進な攻撃バカで、友達にはよく対策されて負け越した。だからか、どんどんと負けず嫌いな性格が形成されていった。
それでも負けないように、プロのポケモントレーナーのバトルを研究した。ジムリーダーのジムにも何度か忍び込んでジム戦を見学したりもした。
そこまでしても、僕は友達には勝てなかった。仲間内の中で、体のいいサンドバッグとまでは行かないけどとにかく「僕相手なら勝てる」ってみんなが思っていた。
ポケモントレーナーなら当然、チャンピオンというものに憧れるものだと思う。僕もまたトレーナーとして敷かれたレールに飛び乗ったつもりだった。そして、僕が生まれた歳……つまり今から十五年前のラフエルリーグをビデオで見たときだった。
衝撃を受けた。盗み見たジム戦なんか比べ物にならないほど、白熱する激闘。
その戦いは黒いリザードンを引き連れた青年が勝利を収めた。だけど僕の目を引きつけて離さなかったのは、負けた方……ピカチュウを共にする女性だった。
彼女のピカチュウは特別素早かった。画質の悪いビデオではまるで消えたようにさえ見えた。それ以来僕は他の教材を全て無視して、彼女とピカチュウを観察した。
そして素早さを極めようとリオルとトレーニングを積み始めた。僕も自分自身を鍛え上げて、いずれ旅に出るための準備を始めたんだ。
だけど、やっぱり僕とリオルは勝てなかった。そして彼らは言ったんだ。
――――アルバ、人には向き不向きがあるって先生が言ってただろ。
――――ポケモンバトル、向いてないんだよきっと。
悔しかった。今まで負けた時以上に悔しかった。
田舎の子供の集まりですら僕は勝てない。チャンピオンなんて夢のまた夢だって、突きつけられている気がした。
でも僕は折れなかった。以前の僕ならここで諦めていたと思う。
けれど僕はあの音を置き去りにするほど素早いピカチュウを、それを駆る彼女の背中を追いかけ始めていたから。
トレーナーズスクールの小等部を卒業する頃に、僕たちに変化が訪れた。
朝、いつものように走り込みをリオルとしようとベッドを飛び出した時、ボールの中から眩しい光が溢れ出た。光が止んだ時、そこにはルカリオがいた。
リオルがルカリオに進化する条件は僕にはわからなかった。きっと有名なポケモン博士、ラフエルだとヒヒノキ博士とかならわかったのかもしれないけど。
だけど、その進化が僕たちの努力は無駄じゃなかったんだって、教えてくれた。
友達のポケモンも中等部に上がるに連れてパワーアップし、進化した。だけどルカリオは今までの小さな
それから僕はメーシャタウンで負けることは無くなった。僕を取り巻く友達がみんな僕を認めてくれた。
才能は無かったかもしれない。でも努力を続ける才能はあったから、ここまで強くなれた。でもこんなところで満足なんか出来ない。
僕の目標はチャンピオンになることだ。それもただポケモンリーグを勝ち進むだけじゃない。
瞼に焼き付いて離れないあのピカチュウと、あの人を超えて、僕はチャンピオンになりたいんだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダイが逮捕された。そのニュースをサンビエタウンのポケモンセンターのテレビで見た僕は、驚きのあまり言葉を失った。
それは隣にいたリエンも一緒みたいで、僕たちは揃って目を見合わせて乾いた笑いを漏らすしか無かった。今思うと、笑ってる場合じゃなかったんだけど。
すぐさま荷物を纏めて、ポケモンセンターを出ようとした時入り口から中に駆け込んでくる人影を見た。
「あぁ、まだいたね……良かった」
「シーヴさん! あの、今ちょっと急いでて」
「わかってる、ダイくんのことでしょ。話によると彼は昨日一人でレニアシティに行っていたみたいなんだ」
シーヴさんも家から飛び出してきたらしく、前髪が額にペタッとくっついていた。それにしてもダイがレニアシティに……きっとジムに挑戦しに行ったんだろう、たぶん僕が彼でもそうしたはずだ。
とにかく、ダイはレニアシティで逮捕された。ならきっとレニアシティのPG支部に拘留されてる可能性がある。リエンと一緒にケーブルカー乗り場を目指そうとポケモンセンターを出たところで、異変に気づいた。
山の斜面が大きく抉れている。それだけではなく、ケーブルカーが止まっていた。しかもそのうち、サンビエのケーブルカー乗り場前には鉄塊と化したケーブルカーが一台あった。
近づいて観察してみるとポケモンの技を受けてこうなったのがわかった。
「中心に大きな打撃痕、周囲には放射状の凹み……」
サンビエ乗り場で滑り落ちてくるケーブルカーをポケモンの技で減速させて、またポケモンの技で完全停止させた。そういう損壊具合に見えた。
僕がケーブルカーの周囲をぐるぐる回っているとボールから出てきたルカリオが僕の服の裾を引っ張った。
「このケーブルカーにダイが乗っていたの?」
ルカリオの言いたいことを察したリエンが尋ねると、ルカリオは「くわんぬ」と応えた。そしてルカリオは目を閉じ、瞑想にも似た極限状態に入った。
このケーブルカーに残ったダイの波動を感知して、場所を探ろうとしているんだ。だけどルカリオはやがて目を空けると首を横に振った。
「もしかして、レニアシティにはいないの?」
僕が尋ねるとルカリオは首を縦に振った。さすがPG、バラル団として検挙したなら次の瞬間には護送が始まっているというわけだ。尤も今ばかりはその仕事の速さが恨めしい。
するとシーヴさんが後ろの方で顎に指を添えて思案していた。
「もしかすると"ペガスシティ"かもしれないね。あそこはPG本部のお膝元だから、あの街で一旦聴取を行うはずだよ。だけどダイくんのことだから……」
「知らないことは知らないって言うよね……」
その場にいた全員が首を縦に振った。そもそもダイがバラル団として逮捕されたのがおかしい、絶対に事情があるはずだ。彼がバラル団と対峙するところを僕も、リエンも証言できる。
クシェルシティで秘伝の巻物争奪戦を行ったアレが自作自演だなんていくらなんでもありえない。
「なら急いだ方がいいよ。もしペガスシティでの聴取で有益な情報を得られないとなったら、きっとその後は"ネイヴュシティ"行きだ」
シーヴさんの言葉に、僕は文字通り背筋が凍る思いだった。ラフエル地方は比較的温厚な土地だった、だけどそれは"アイスエイジホール"と呼ばれる大穴が開くまでの話だ。
隕石か何かがこの地を穿ち、そこから広がる冷気でこの地方は一部が極寒の氷雪地帯と化した。そんな中、出来たのがネイヴュシティと呼ばれる氷の街だ。
そこには極悪人や口を割らない犯罪者を収容する、この地方一の地獄が存在すると噂だ。尾ひれが付きすぎて、拷問まがいの聴取まで行うって話だ。
そんなのは絶対ダメだ、僕たちがダイの無実を証明しないと。
「リエン、ペガスシティに行こう」
「もちろん、アルバならそう言うって思ってたよ」
すぐに首肯して、リエンはタウンマップを開いた。ペガスシティはテルス山を挟んでサンビエタウンの対角線上にある。
「確か、テルス山には大きなトンネルがあってそこから"ラジエスシティ"に道路で繋がってるはずだよね」
「じゃあまずはラジエスシティだね。シーヴさん、私たちはこれで出発します」
「気をつけるんだよ。私はレニアシティで情報が無かったかどうか調べてみる。と言ってもケーブルカーが止まってるから時間はかかると思うけど」
シーヴさんが僕たちの肩を叩く。僕たちは深く礼をするとサンビエタウンの売店で携帯食料などのキャンピングアイテムを一式揃えると、サンビエタウンを出た。
幸いにもサンビエタウン近くからテルス山のトンネルに続く道路が伸びてるため、そこまでは地図がいらない。
「それにしても、どうしてダイがバラル団だって思われたんだろう」
「……偶然、バラル団を目撃してそれを追いかけて行ったらその場ごとPGに抑えられた、とか?」
いや、それはない。
ない、よね。
アルバとリエンがサンビエタウンを出た後、シーヴは育て屋の表に「Close」と書かれた看板を下げると登山用のコースからレニアシティに向かって歩き始めた。
実はシーヴもまたアルバたちのように若い頃はポケモントレーナーとして旅をしていた経験があるため、山登りもまた得意な方だった。
しかし長らく育て屋生活で使わなかった部分を短時間で酷使しているからか、山の中腹辺りで身体が休憩を求め始めた。
「……少し鍛えないとね」
額の汗を拭いながらもシーヴが呟いた。しかし泣き言が漏れ出す前に彼女はレニアシティへと到達した。肩を喘がせながら山頂に辿り着いた感慨を今は忘れる。
レニアシティ側のケーブルカー乗り場もまたサンビエタウン側と同じように凄惨な有様であった。そしてサンビエタウン側から見えた山の斜面の抉れはこの山頂から麓まで一直線に伸びていた。
シーヴは抉れた地面に触れてみた。泥のような感覚が指先に付着する。
「斜面がまだ湿ってる、みずタイプの技でここまで出来たの……?」
そんなことを出来る人間やポケモンなんて限られている。かつて遠い地方で聞いた、
ケーブルカー乗り場のチェックはそれくらいにして、シーヴは次にポケモンセンターに立ち寄った。もしもダイが一人でジム戦に挑んだのなら、勝ったにしろ負けたにしろバトルで傷ついたポケモンを癒やしにレニアシティのポケモンセンターを利用すると思ったからだ。
しかしポケモンセンター前にやってきたシーヴが目にしたのは採掘作業用のスコップやツルハシでドアにこびりついた氷を剥がすPG職員の姿だった。
「あの、何をしてるんですか?」
「見ての通り、解氷作業だよ! ほのおタイプのポケモンでも溶かせないくらいで、こうして時間かけて砕いてんだけどちっとも開かないんだよ!」
玉のような汗を浮かべながら作業員が応えた。恐らく、これをやったのは山の斜面を抉った人物と同一人物のはずだ。シーヴはそう直感した。
シーヴが次に向かったのはポケモンジムだ。しかしインターホンを押しても、やや強めにドアを叩いても誰も出てこなかった。
しかたなくポケモンセンターに戻ると、PGとは違う一般人と思しき男性が外にいた女医さんや昨日の利用客に話を聞いているのが見えた。その男性はシーヴの視線に気づき、話を切り上げるとシーヴの方へ近づいてきた。
「すまない、昨日ここで起きた騒動について調べているんだ。話を聞いても?」
「私もそれを調べに来たので、詳しいことは何も」
「そうか……困った」
男性はそう言って手に持っていたトレーナーパスを見る。シーヴはそのパスを見てあっと声を上げた。男性が持っていたトレーナーパスにはダイの写真が貼られていたからだ。
「ダイくんのトレーナーパス、どうして」
「彼を知っているのか? これはさっきポケモンセンターの女医さんから預かったものだ。なんでも昨日受付に置き忘れていたらしい。俺は彼がここのポケモンセンターを利用した時、側にいた」
それを聞いてシーヴは頭を働かせた。恐らくダイがバラル団として逮捕された理由に「身分証明証の提示が出来なかった」があると思い立った。
「失礼、あなたは?」
「名乗り忘れたか、俺はシンジョウ。昨日臨時のジムリーダーとして、彼とバトルを行った者だ」
「私はシーヴ。下の町で育て屋を営んでます」
トレーナーパスを提示し合うと男性――シンジョウはどうやら思い当たる節があるように頷いた。
「なるほど、サンビエタウンの。知人から聞いている、腕のいい育て屋がいると」
「恐縮です。それでそのトレーナーパスなんですが」
「あぁ、俺はこれからペガスシティに飛ぼうと思っている。うまく行けば彼が最初の聴取をされる前に無実を証明出来るかもしれない」
「助かります。実は彼の友達がさっきラジエスシティに向かって行きました」
シーヴがそう言うとシンジョウはどういうわけか表情を曇らせた。怪訝に思っているとシンジョウは訳を話し始めた。
「近頃、テルス山は地震とそれに誘発される落盤、崩落事故が頻発しているらしい。トンネルは補強されているはずだから大丈夫だとは思うが……」
「それは不味い、ですね」
テルス山と言えば天然の迷路と呼ばれる、岩の大樹海だ。様々なポケモンが掘り進めた複雑な内装のせいで山に精通するものでさえ見て回るのに一ヶ月は要するという。捜索願が出て山岳救助部隊が動くのも茶飯事だ。お世辞にも山慣れしてるとは言い難いアルバとリエンの二人が迷い込めば無事で済む保証はない。
逡巡した後、シーヴはポケギアを取り出すと連絡先を選びコールを始めた。
「どこへ?」
「私の知り合い。私が知る中で旅人中の旅人、確か今はラフエルに戻ってきてるって話だから彼女に事情を話してアルバくんたちをラジエスまで送り届けるよう頼んでみるつもり」
シンジョウに説明をしているうちに通信が繋がる。シーヴは深呼吸し、言葉を発そうとした。
『もしもし~? シーヴ姉ちゃん?』
「もしもし~? シーヴ姉ちゃん?」
その声は、ポケギアに当ててる耳とその反対側の耳がステレオで捉えた。シーヴが驚いて後ろを振り向くと、そこには赤いキャップがトレードマークの見覚えのある女性が立っていた。傍らには燃えるような髪の少年を連れていた。
「戻ったか、カエン」
「おー! シンジョウ兄ちゃん! なにしてんのー? デートか!?」
「誰に聞いたんだ」
少年――カエンがシンジョウの方へやってくる。しかしシーヴはポケギアから耳を話せずにいた、というのも電話をかけた相手がまさか自分の真後ろにいるとは思わなかったからだ。
「っていうか、なんで
固まったままのシーヴを見て、女性は苦笑した。彼はシンジョウを次の瞬間にはシーヴは動き出し、ガッシリと女性の肩を掴んだ。
「アンタに頼みたいことがあるの」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ぴちょん、ぴちょんと水の雫が滴り落ちる音がした。僕は目を開けた、が何も見えなかった。辺り一面が埃っぽい、思い切り咳き込むとぼんやりと意識が覚醒しだした。
「目、覚めた?」
反響するリエンの声、僕の意識はそれで完全に覚醒した。サンビエタウンを出たのがおおよそ半日くらい前、もう太陽と月が入れ替わるくらいの時間が経っていた。
僕とリエンは、簡単に言ってしまえば遭難した。山の中腹にあるトンネルに向かう途中地響きがしたかと思えば、次の瞬間には道路ごと崩落に巻き込まれていた。
地上への入り口は数十メートル先、逆にそれだけ落下したのによくもまぁ怪我が無かったのは僕たちが落下したのが巨大な空間に広がる湖だったからだ。
モタナタウンでシーレスキューの手伝いをしていたリエンは手早くミズゴロウと
助けを呼ぼうにも、テルス山の中は特殊な磁場が走っているせいかライブキャスターはどこにも繋がらなかった。助けは呼べそうにない。
ひとまず、僕たちは荷物や衣服を乾かしながら脱出方法を考えた。
「ダイが入れば、ペリッパーとメタモンに助けてもらえたんだけど……」
「意外と、ダイがいないと成り立たない旅かもね」
そう言ってリエンが苦笑した。確かに、メーシャから始まった僕の旅は一人のときは思ったより味気なかった。一人と一匹でする旅が精神的に強くなるためのファクターだと思ってたけど、思ったより僕は人に飢えていたのかもしれない。
「私も、ダイがモタナに流れ着かなかったらきっと今もあの町に、あのボロ屋に籠もってたかも」
「ほんと、風みたいに現れるよね、ダイは」
思えばリエンと二人だけで話すのは久しぶりかもしれない。ダイは朝がそこまで早くない、トレーニングで早起きする僕のところへリエンがやってくることはあっても、話したことはなかった。
そんな風に、ダイという風来坊について話しているうち荷物の水気は飛んでいた。
「焚き火セットは不安だけど、このままにしておこう。この煙があの天井の穴から外に出れば助けが来るかも」
「それはいいけど、もう空が暗くなるから煙は見えなくなるんじゃないかな。焚き火の煙と一緒に何か少しずつ痕跡を残しながら進む方がいいかも」
「そうだね、今の僕たちには時間が無いわけだし」
洞窟を進む時の常套手段だ、ルカリオに頼んで壁に一定間隔で窪みを作ってもらう。
予想外の事態で最悪な状況だったけど、こんな状況下でも嬉しい予想外があったりする。それはリエンの手持ちの変化だ。
「地震が来そうになったら教えてね、"ヌマクロー"」
そう、僕たちを湖から引き上げてくれたリエンのミズゴロウが進化して、ヌマクローになったんだ。背丈も少し大きくなったし、何よりミズゴロウの時よりも強化された怪力で岩を退かしたり出来るようになった。
ルカリオだけでは限界があった大きな岩の撤去なんかも出来る、先人は"イトマルの糸"っていい言葉を残したなって思う。
しかし僕ら洞窟の素人が行動範囲を広げられるのは、返って悪手だったかもしれない。体感で二時間ほど歩いたところで最低三つ以上の分かれ道に何度も差し当たった。来た方向はもちろん覚えているしルカリオが付けた窪みには波動エネルギーを残しているからルカリオに先導してもらえばひとまずさっきの湖まで戻ることは出来る。
僕たちが恐ろしいと思ったのは、出口が永遠に見えてこないことだった。そしてここはポケモンが掘り進めた天然の迷路、当然野生のポケモンが出てこないとは限らない。
徐々に疲労が溜まってくるのがわかる。そんな時、野生のポケモンに不意打ちされたらと思うと気が重い。
何より僕たちがこうして迷ってる間にもダイがペガスシティからネイヴュシティに移送されてしまうかもしれない。そう思うと立ち止まっているよりは進まなきゃいけないって思ってしまう。
「はぁ……」
諸々のプレッシャーにやられて、深い溜息を吐いたその時だった。ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が聞こえた。リエンの方を確認するとヌマクローが彼女の服の裾を引っ張っていた、ミズゴロウの頃から優秀だったレーダーが地震の兆候をキャッチしたんだ。
「ひとまず広いところへ!」
分かれ道ではなく、大きな一本道まで戻ると体勢を低くして地震に備えた。出来ることなら崩落しないでくれと重ねて祈った。
幸い、その地震では崩落は起きなかった。僕とリエン、ヌマクローがホッと胸を撫で下ろした次の瞬間だった。
小さな地響きが、どんどんどんどん大きくなってくる。今度はルカリオが何かを捉えた。この一本道の向こう側から何かがやってくる、そう言っていた。
その正体はすぐにわかった。"ゴローン"の群れだ、しかも今の地震できっとビックリして"こんらん"しているのがひと目でわかった。
「逃げろ!」
僕の声が洞窟内に反響する。ルカリオが【はどうだん】で先頭を走るゴローンを攻撃する。だけど流石にいわタイプ、一撃で戦闘不能になるほど軟ではなかった。
でも先頭の一匹が今ので速度を落とし、後ろからくるゴローンが追突。文字通り、玉突き事故が発生する。その隙に逃げれるだけ逃げなくちゃ。
「【マッドショット】!」
リエンのヌマクローが足場に泥を放ち、追撃を鈍らせる。ゴローンと僕たちの間に七〇メートルくらい距離が出来る。
だけど、困ったことにこの一本道から分かれ道が出始めた。でも選んでる暇はない、直進を続けた。
「な、行き止まり!?」
直進し続けた僕たちを待っていたのは壁。しかも、最後の分かれ道は今しがたゴローンの群れの向こう側に消えた。つまり、僕たちは壁とゴローンに完全に挟まれてしまった。
なんとかこの局面を乗り切らなきゃ、僕もリエンも押しつぶされて遠い未来に化石としてこの山から出ることになってしまう、流石にそれはごめんすぎる。
「ヌマクロー、【みずのはどう】!」
ダイのペリッパーから教わったみずタイプの攻撃で手当たり次第にゴローンを攻撃するヌマクロー。ゴローンに対してみずタイプの技はこうかばつぐん、この状況で頼みの綱とも呼べた。
「【ラスターカノン】!」
僕はルカリオに物理技じゃなく、エネルギーを用いた特殊技での攻撃を命じた。高い防御を誇るゴローン相手ならきっと白兵戦を挑むより効果があるはずだ。
だけどこうやって一体一体を倒していたんじゃとてもじゃないけどこの状況を抜け出せない。
どうすればいい、考えろ。リアルタイムのフルシンキングなんてポケモントレーナーに一番求められることだ。
それこそ【ハイドロポンプ】レベルの技さえ使えれば、ゴローンたちは驚いて道を開けてくれるだろう。だけどリエンのヌマクローはまだそこまでハイレベルな技を使うことが出来ない。
かくなる上は
以前、神隠しの洞窟で出会ったディーノさんがくれた石だ。これがなんなのか、僕にはわかる。条件はクリアしている。
だけど、アレはトレーニングだけでは習得できなかった。
僕とルカリオがこの状況で心をシンクロさせなくちゃ、出来ない。
「ルカリオ、僕はこの局面を脱出してダイを助けたいんだ」
僕の独白に、ルカリオが吠えて応えた。それは同調の意、後は想いと気合いで発現させる。
深く息を吸う。丹田に力を込めて、ルカリオの心に僕の心を重ね合わせる。不意に洞窟の中に風が流れる。
「闘志よ、我が拳に宿りて立ちはだかる壁を穿け――!」
合言葉を唱え、ルカリオとの間に石を通じてパスが繋がるのを感じた。あとはただ叫べばいい。
僕はダイを助けたい。だからルカリオ、力を貸してくれ――!
「――――"メガシンカ"!!」
僕からルカリオに流れたエネルギーが爆発する。そのエネルギーはルカリオの身体に進化の光をもたらす。
姿形が変わり、光の神々しさにゴローンたちは一瞬我に返ったように動きを止めた。
「メガルカリオ……!」
次の瞬間、ルカリオは【しんそく】で先頭のゴローンに接敵する。僕の直感が告げている、あのゴローンは
裂帛の気合と共に放たれた【バレットパンチ】、拳の雪崩がゴローンを一撃で吹き飛ばす。まるでパチンコ玉のように弾かれたゴローンを見て、周囲のゴローンがルカリオへと一気に襲いかかる。
「【ボーンラッシュ】!」
波動エネルギーで形成した骨を両手に携え、二刀流の要領でゴローンの群れを薙ぎ払う。その二連撃は一撃なら確実に攻撃を耐えたゴローンを屠る。
正面に隙が出来た、これを逃すわけにはいかない。
「走るよ、リエン!」
僕は彼女の手を取り、ルカリオを先頭に据えてゴローンの群れを突っ切った。殿を務めるヌマクローがみずタイプの技で牽制する。
このまま分かれ道まで入れば、群れのゴローンは入ってこれないはずだ。
走りながら周囲を見渡していると、不意にルカリオが立ち止まった。どうしたのか聞いてみると、正面からまた生き物の反応があったらしい。
合流が遅れたゴローンがいたのか、一体だけなら吹き飛ばして逃げるだけだ。
「――見つけた!」
だけどそれはポケモンではなかった。女の人の声だった、しかもその人はどんどん近づいてくる。暗闇だからハッキリとはわからなかった。だけど、闇の中でも元気に跳ね回るポニーテールは僕の記憶の中にある熱いものを想起させた。
「ゴローンに追いかけられてるのか、追い払うからちょっと待ってね! "ピカチュウ"!」
彼女は僕たちとすれ違うと後ろのゴローンたちに対峙し、ボールからピカチュウを喚び出す。ポニーテール、赤いキャップ、そしてピカチュウ。
見間違うはずもない、僕の原点。だとするなら、今から行う攻撃は、
「【しんそく】からの【アイアンテール】!」
「【しんそく】からの【アイアンテール】!」
普通のピカチュウは【しんそく】なんか使えない。だけど、そのピカチュウは文字通り僕たちの視界から一度姿を消し、次の瞬間ゴローンの群れを鋼を纏わせた尻尾で次々薙ぎ払う。
まるで範囲攻撃を受けたみたいに、ゴローンの群れが弾き飛ばされていく様はまるで暴風のようだった。
でんきタイプの技が使えないこの状況でなお、ピカチュウを呼びたった数秒で全てのゴローンを戦闘不能に追い込んだ彼女は。
「十五年前のポケモンリーグ準優勝者、"イリス"」
それは、その称号は、僕にとっての、始まりの人。