もうすぐ夜の帳が降りるレニアシティ、その一角にある廃ビルの中では怪しげな連中が怪しい集会を行っていた。
それを偶然にも目撃してしまったダイはジュプトルや他のポケモンを引き連れ、ビルの中に潜入したのだった。
「話し声がするけど、何言ってるかはわかんないな……」
元よりこんな廃ビルで集会を行う連中など反社会的な連中に決まっている、とダイは断定しライブキャスターでPGのレニア支部へと匿名で連絡を入れた。恐らくあと数分もしないうちに警邏途中の警官を寄越すだろう。だが、警官が突入すれば当然乱戦が予想される。ここで、今なにが行われているか調査するには自分がこっそりやるしかない、そうも考えていた。
「どうしたもんか、なんか使えそうなアイテムは……ん?」
その時、ダイは自分の鞄の中で沈黙するライブキャスターを発見した。それは以前、今使っているのとは別にアイラと旅を続けていた際に使っていたものだ。連絡先はアイラの他には両親しか登録されていない。
正直持て余していたところはあるが、アイラとのわだかまりが溶けた今電源を入れることに抵抗はない。
「しめた。そうだな……ゾロア、ちょっといいか?」
ボールからゾロアを呼び出すと、ダイはゾロアの前足にライブキャスターを括り付ける。そして自身のライブキャスターとゾロアが身につけているライブキャスターで音声のみの通話を繋げる。これで即席盗聴器の完成だ。準備が完了し、ゾロアが"イリュージョン"を使ってバラル団下っ端の幻影を作り出す。
「これで部屋の中に入って様子を探ってきてくれ、俺はPGが突入しやすいように正面玄関の鍵を開けてくる」
ゾロアがコクリと頷き、"イリュージョン"で姿を消しバラル団下っ端の姿で歩いていく。それと同時にダイはジュプトルを引き連れ、階下のメインゲートのドアノブに巻きつけられた鎖を撤去し、解錠しておく。
「よし、これでPGも突入しやすくなるはずだ」
鎖を目立たないように丸めて処理すると、再び二階へ戻ろうとする。しかしその時だ、同じ階からドタドタと足音が聞こえてきた。ダイは慌ててゲート近くの受付の奥に飛び込み息を潜めた。
数秒後、そこを二人のバラル団員が通りかかった。
「急げ急げ、遅れると班長に何言われるかわかんないぞ!」
「ったくジョンのやつ、こんなタイミングでトイレかよ……」
「つーかここのトイレ、ちゃんと流れるのか?」
「おいおいこえーこと言うなよ」
どこかで聞いたことある声だったが、ダイは気配を消すことに精一杯でそれ以上を考える暇がなかった。足音が階段を駆け上がっていくのを確認して、受付を飛び出したその時だった。
ダイは横から飛び出してきた人物に激突し、派手に尻もちをついてしまった。それは相手も同様で、派手に廊下を転がっていた。
「いってて……あ、お前は!」
「やべっ……!」
その時、ようやく思い出した。今通りがかった二人組と今ぶつかった下っ端は、かつてリザイナシティでダイを誘拐しようとしたバラル団下っ端だった、名をジャン・ジュン・ジョン。
大声を出そうとしたジョンだったが、ダイより先に動いたジュプトルがジョンの腹部目掛けて【みねうち】を繰り出した。鈍い音が響き、ジョンは悲鳴を上げるまでもなく昏倒した。
「助かった……ナイス、ジュプトル」
手段はかなり物騒だったが、と付け加えて気絶したジョンを受付の角に放り込む。そして階段を登ろうとしたところで、ダイの腰のボールからメタモンが飛び出した。
メタモンは身体の一部を変化させて、何かを伝えようとしていた。そしてそれを見たダイが妙案を思いついたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レニアシティの廃ビル、かつては不動産会社として使われていたようだが社長やその近辺の者たちによる金銭上の不正が発覚し、敢え無く倒産となった悲しい歴史を持つ建物であった。
ともすれば、一流ホテルのような綺羅びやかだったロビーも埃や劣化でくたびれ、広大なビルの一部では野生のポケモンが住み着いていた。
そんな中、野生のポケモンが近づかないように警戒された部屋に
「ジャン、入ります!」
「ジュン、同じく!」
部屋の前で断りを入れ、ジャンとジュンが入室する。部屋の中には十数人規模のバラル団員が詰まっており、それぞれが命令待機をしていた。その中で、元社長が気に入っていたデスクに足を乗せて寛いでいる人物こそ、このメンバーの中の長。
「おう、戻ったか……ジョンはどうした?」
「それが、お花を積みに」
「そうかそうか、まぁしっかり施錠済ませてきたならトイレくらい休憩はやるよ」
ジャン・ジュン・ジョンを特に気に入り可愛がっている、バラル団強襲部隊班長、ジン。ダイにとっても因縁浅からぬ相手であった。
強襲部隊、その名の通り世間を騒がせているバラル団は基本的に彼らのことを指す。ジンの同僚、イグナやケイカ、さらに同じ幹部直属の
「はぁ、ソマリの野郎は今日もまた団員勧誘ですかねぇ」
「ジンさん、ソマリさんは野郎じゃなくて女の子ですよ」
「そういう話じゃねーよ」
本来ならば、この作戦は強襲班とスカウト班の合同任務のはずであった。しかしそのスカウト班、その長である女性"ソマリ"はともすれば他所の班員すら引っこ抜きかねないほどのカリスマを持ち、まっさら真っ当な人間をこちら側に引き入れることに長けている。スカウトした人間がどの分野を得意とするのか、それすら把握し下っ端管轄を行っている実質班長に配属を委託する。だからこそ、仕事が長引くのだ。
「しかし、なんだってスカウト班と合同なんでしょう?」
「そりゃ"イズロード"さんからの勅令だしな、"英雄の民"をパクってこいっていう。だったらイズロードさん直轄の強襲班・スカウト班が動くのは当然だろ。まぁ本音を言えば"ハリアー"姐さんとこのケイカちんも動かしてほしいところだったけど、アイツは俺たちが失敗しなきゃ動けねえからな」
ジンが手袋に仕込んである小型シリンダーに装填してある特殊芳香煙玉をチェックする。シリンダーの中には"イアのみ"と"マトマのみ"を磨り潰した粉末がセットされている。これが煙玉と一緒に発射され、大気中に飛散すると対象の嗅覚と視覚を奪うことが出来る。まさに誘拐用の特殊香料というわけである。
「お前ら、防毒装備は忘れんなよ。目が見えなくなっても連れ帰ってやれねーからな」
各々が返事し、フードに予めしまってある特殊マスクを首にかける。日没までわずか、レニアシティのジムリーダーが日課から帰ってくる時間だ。調査の結果、家族の誰かしらが随伴してる可能性はあるが数の利がある。如何に相手がジムリーダーやその家族だろうと視覚と嗅覚を奪ってしまえばまず勝てる。
「―――ー遅れました~、ジョン入りま~す」
その時だった。扉が開きフードを目深に被ったジョンが入室してきた。それを見てジャンとジュンが青ざめる。
「バッカお前! 遅すぎだぞ!」
「みんなお前を待ってたんだから、空気読め!」
「あ、そうなの? すいません」
軽薄そうに謝るとジョンはそのまま壁際の新入りの側まで寄って「話を続けてください」とジンにジェスチャーで促した。
ジョンの態度が気にはなったが、これで強襲隊はフルメンバー。スカウト班が合流する前に改めて作戦手順の説明を始める。
「いいか、俺たちの目標はレニアシティのジムリーダーだ。"英雄の民"だのジムリーダーっつー大層な肩書はあるが所詮はガキだ。今日の日課はレニアシティの北西側、ラジエス方面の山でのトレーニング。ソマリの野郎やスカウト班と合流し次第向かうぞ」
『了解!』
室内十数人が静かに、だが迫力のある返事で応える。だがその中、ジョンだけが静かにぶつぶつと呟いていた。
「トレーニングか……そりゃ留守なわけだわ」
「なんか言ったか、ジョン」
「いや!? なんでも無いっス!」
ジョンが素っ頓狂な声を上げる。それを聞いて、さらにジンは訝しんだ。
「お前、声どうした? 今更変声期か?」
「じ、実は風邪気味なんス! でも任務には支障無いと思うんで、気にしないでください!」
慌てるジョンに向かってジンが立ち上がり、ズカズカと歩み寄るとフードを勢いよく脱がせた。フードの下には見慣れたジョンの顔があった。手袋をしていたため、額同士をくっつけて熱を測るジン。
「……そうか、風邪か」
「そうッス風邪ッス」
額を外し、ジョンから離れるジン。しかし彼は部屋の扉の鍵を締めると、意地悪い笑みを浮かべた。
「お前、誰だ?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ダイは内心、冷や汗を隠せずにいた。近くには手持ちのポケモンもいる、相手が動くよりは先にアクションを取れるが相手の異名は"猛追"。生半可な逃走では確実に捕まってしまう。
どういうわけかジンに正体がバレた。いや、正体まではバレていないが偽物であることは感づかれてしまった。
「ど、どういうことっすか
「いいや、確かに顔はジョンだ。でもなぁ、触ってみたら一瞬でわかったぜ、
それを聞いて、ダイはギョッとした。そう、彼は今ジョンの顔に化けさせたメタモンを仮面のように顔に貼り付けているだけだ。夏場はメタモンのひんやり感が癖になるとか言ってる場合ではなかった。
もはや言い訳は通用しない。しかし逃げ出すには場所が悪すぎる。狭すぎる部屋の中、十数人のバラル団員に取り囲まれているのだ。
「……バレちゃ、しょうがないな!」
顔に張り付いてるメタモンを剥がし、【へんしん】を解除させる。バラル団員たちがギョっとしながら腰のモンスターボールに手を伸ばした。
ジョンの顔の下から現れたダイの顔を見て、ジンは目を見開き一瞬驚いてから、クツクツと笑いだした。
「カカカカ、お前かよオレンジ色……!」
リザイナシティ、クシェルシティと因縁続く相手の登場にジンは笑っていた。ダイも冷や汗を浮かべながらだが、余裕の表情を見せていた。
「さて、どうしてやろうか。俺たちの作戦を聞かれちゃった以上このまま帰すわけにいかねーんだよなァ」
「悪いんだけど連れが待ってるから、今日のところはお暇しようかなって思ってたんだ」
「ヒハハハ! なにがなんでも帰るってか! やっぱおもしれーよお前! スピアー!」
ジンがモンスターボールからエースポケモン、スピアーを呼び出す。ダイもポケットに移動したモンスターボールに手を伸ばす。だがそれより先にスピアーが【ダブルニードル】をダイ目掛けて放った。
「【ふいうち】!」
その時だ、ダイの眼の前にバラル団員が飛び出してきたかと思えばスピアーの【ダブルニードル】を防ぎ、バラル団員が消滅した。それはゾロアが"イリュージョン"で生み出していた幻影であり、スピアーの死角からゾロアが体当たりを繰り出す。スピアーが吹き飛びジンに激突する。扉の方に隙が出来た、このチャンスを逃すまいとダイはドアノブに触れた。
微かな違和感をダイは覚えた。鍵が閉まっていることではない。ジョンから奪った手袋が、ドアノブにくっついたのだ。
粘着質な何かがドアノブに塗られていたかと考えたが、どうもそうではない。まるで
「――――【ふぶき】!」
「まずい、ゾロア!」
ダイはドアノブにへばりついた手袋から手を引き抜き、ゾロアを抱えてバラル団員が密集している方向へダイブした。刹那、凍りついたドアノブが縦に真っ二つになり部屋の中へ飛び込んできた。
爆発音に似た衝撃がバラル団員を襲う。無事だったのはドアの隣で倒れていたジンと予め回避行動を取っていたダイだった。
「動くな、
その声は静かに凛とした、それでいて冷ややかとした、まさに鈴のような声であった。側に立つポケモンが放った【ふぶき】の名残がその綺羅びやかなブロンドを靡かせる。
揺れる前髪の奥から除く双眸は例えるのならば剣。触れればまさに切れる、刃の如き瞳だった。
「チッ、さてはオレンジ色垂れ込みやがったな! 防毒マスク着用! 作戦どころじゃねえ!」
ジンの指示で意識のあるバラル団員が軒並みマスクを着用する。予めゾロアがつけていたライブキャスターで作戦概要を確認していたダイがフードからマスクを取り出すが、今何も準備していないPGを名乗る女性は無防備だ。ダイは一瞬の迷った末にマスクをPGの女性の元に放り投げ、自身は鼻を摘み目は自前のゴーグルで保護して、ゾロアをボールへと戻した。
直後、ジンが手から放った煙玉と中に含まれた"イアとマトマのみ"を磨り潰した粉末が飛散し部屋中が煙で充満する。ジンのスピアーが【ミサイルばり】で窓を破壊し、一目散にそこからバラル団員が離脱する。
ダイは逃すまいと思ったが、鼻を摘んでいるせいで手が片方ふさがっておりさらにこの空間にポケモンを呼ぶわけにはいかない。
「小癪な、もう一度【ふぶき】だ!」
PGの女性が吠える。すぐ後ろに控えていたポケモンが煙幕を空気ごと凍らせた。粉末が凍りつき、しんしんと床に降り積もる。ダイは危険でなくなったと判断するとゴーグルを外して窓の外を見やった。
「まずい、追いかけないと――――」
「動くな。膝から下とお別れしたいのか?」
ダイが窓から飛び出そうとしたときだった。後ろからPGの女性がピシャリと言い放った。そばに立つポケモン――"エンペルト"は射抜くような眼でダイを睨んでいた。
「は? 何言ってんだよ、あいつら追いかけないと!」
「心配するな。外には約数百人の警官を配備している。だが逃げ遅れた貴様は私、
"アシュリー・ホプキンス"が確保する、逃がしはしない」
「あのなぁ、通報したのは俺! ついでに言えば玄関の施錠を開けといたのも俺!」
どうやらこの女性――アシュリーは自分をバラル団員だと勘違いしているらしい、とダイは頭を抱えた。しかしアシュリーは剣呑な視線を収めはしなかった。
「よもや、その格好で、その言い訳で言い逃れられると本気で思っているのか?」
「は? その格好って――――あ」
迂闊だった。ダイは今、ジョンから奪ったバラル団の戦闘員服を身に纏っている。むしろこれで通報したのは自分だなどと言って信じてもらえるわけがない。
ダイはじわじわ迫るアシュリーに向けて手を向けて静止を呼びかけた。
「ちょっと待った! 俺がこの格好をしているのにはわけがある! トレーナーパスを見てもらえば、俺が怪しいやつじゃないってわかってもらえるは――あ」
そして思い出す。そもそも、レニアシティからサンビエタウンに下るケーブルカーに乗らなかったのはトレーナーパスの提示が出来なかったからだ。そしてそれを探しに行く最中で、バラル団を発見したのだ。
つまり今のダイはバラル団の格好をした上に身分証明証の無い、超弩級に怪しい人物というわけだ。
当然、アシュリーは黙っていない。剣呑な雰囲気を漂わせたまま、ダイに向かって近づく。
「どうした、トレーナーパスを見せてくれるんじゃないのか?」
「それが……その、今手元に無いんですよね、ハハハ……」
空気が凍りつく。ジリジリと、二人の距離が縮まる。近づけば近づくほど、美女に向けられる敵意がどれほどのプレッシャーかを思い知ることになった。それこそ、ラフエル地方に来て初めての経験である。
ダイはもはや迷う暇すら与えられなかった。ジンとバラル団たちが開けた窓の穴から外へと飛び出すと同時、ペリッパーを呼び出しその足へと捕まった。
「ひとまず逃げるぞ!」
ペリッパーの足から背へと移動し周囲を見渡すダイ。確かにアシュリーが言った通り、かなりの数のPCとPG警官たちがひしめき合っていた。見ればジンの部下が数人確保されているのがわかった。
このまま降下したらダメだ、ダイは直感でそう感じ取った。そしてアシュリーが追ってきていないか確かめるべく振り返り、驚くべきものを目にした。
「"キュウコン"!」
アシュリーはエンペルトを下げ、九尾の狐を呼び出した。そして、キュウコンはビルの壁と壁を蹴りながら確実に高度を上げ、ついにダイとペリッパーの頭上を取った。
「【かえんほうしゃ】!」
「まずい、避けろペリッパー!」
キュウコンが放った【かえんほうしゃ】は一つではない。全ての尻尾の先端から炎を生み出し、発射する。しかもその一つ一つが意思を持っているかのように空中でうねり、ペリッパーを追ってくる。
逃げる間も無く、ペリッパーの翼をキュウコンの炎が焼く。如何にみずタイプと言えども、練度の高いアシュリーのキュウコンが放つ【かえんほうしゃ】は受けられなかった。
翼に火傷を負ったペリッパーが徐々に高度を下ろす。ダイはペリッパーの背から飛び降り、着地と同時に受け身を取ると落ちてくるペリッパーをボールへ収めると、ランニングシューズに物を言わせて走り去る。
しかしアシュリーもまたビルから飛び出すとパイプに捕まりながら滑り降りるようにしてあっという間に一階に辿り着くとダイを追跡し始めた。
「【ニトロチャージ】!」
着地したキュウコンに指示を出すアシュリー。キュウコンが再び九尾の先から迸らせた炎を纏い、ダイ目掛けて体当たりをする。【ニトロチャージ】を行ったことでキュウコンはさらに加速する。
ダイは背後から近づく熱に気づき、慌てて前方に跳んだ。キュウコンの体当たりをなんとか躱したが、体勢を崩した。
「ポケモンセンターは……まだか!」
少なくとも身分証明証さえ取り戻せばこの頭の固い美人警官も考えを改めるだろうと、ダイはポケモンセンターを目指していた。しかしキュウコンの追跡はあまりにも執拗だ。如何にランニングシューズを使っているとしても、このままでは追いつかれてしまう。
抵抗したいところだが、ジュプトルではダメだ。タイプ相性が悪いのもそうだが、今ほのおタイプのポケモンを当てるわけにはいかない。
一番撹乱する上で優秀なのはゾロアだが、ポケモンセンターまでまだ遠い。囮にするにしてもここではダメだ。
正面からキュウコンを打ち破るのなら、やはりペリッパーを出すべきだ。しかし翼に酷い火傷を負ってる以上、飛行手段として使うことは出来ない。
しかし運命が味方をしたのか、キュウコンが大げさな炎技を使う事ができない場所に出た。寂れたビル街ではなく、今なお栄える夜の街の部分だ。仕事を終え、退社した民間人が溢れる中でキュウコンの炎技を使えばダイ以外にも被害が出る可能性がある。由緒正しいPG構成員が、それもハイパーボールの階級章をつけている人間が民間人に被害が及ぶ行動を取るとは思えない。
考え方としては本当に悪役のそれだが、無実の罪で追いかけられている以上ダイに形振りを構っている余裕などなかった。
ダイの予想通り、キュウコンが攻撃を渋りだした。その隙に人と人の間を縫うようにダイは進み、遂にポケモンセンターが視界に入った。
「よし、このまま……!」
「キュウコン、戻れ! エンペルト!」
ダイは振り返らず、アシュリーの言葉を反復する。キュウコンが戻り、エンペルトが再び出てきた。確かに、みずタイプの技ならばせいぜいが塗れる程度で済む。
と、ダイは高をくくっていたのだがアシュリーが一枚上手だった。アシュリーはエンペルトの背に飛び乗ると、そのまま叫んだ。
「【アクアジェット】!」
「な、にィッ!?」
まるで海を割るようにエンペルトという弾丸を避けるために人が道を開ける。そしてエンペルトとアシュリーはダイのすぐ後ろにつくと、ダイの目的がポケモンセンターにあることに気がついた。
「【ふぶき】!」
それからはあっという間だった。エンペルトが放つ【ふぶき】がポケモンセンターの入口付近を完全に凍らせたのだ。自動ドアはもちろん開かず、ダイはポケモンセンターの中に入ることは出来ない。
ダイは急いで方向転換し、ケーブルカー乗り場の方へと向かった。
「クソッ、あの女むちゃくちゃだ!」
「そうでもしなければ、犯罪者を捕まえることなど出来ないからな」
「だから、誤解なんだって!」
そう言いながら、ダイはペリッパーを呼び出してアシュリーへ牽制を仕掛ける。どういうわけか翼が無事なペリッパーだったが、エンペルトは【メタルクロー】で迎撃する。明後日の方向へ弾かれて飛んでいくペリッパーを無視し、エンペルトは【れいとうビーム】を放ちダイの足を完全に凍らせた。足を凍らされた瞬間うまく走ることが出来ず、ダイは前のめりに派手に転がった。
「いってぇ……足が……ッ!」
「観念しろ、ここまでだ」
ダイはすぐに身体を起こすとそのままズルズルとケーブルカー乗り場の方へと後退する。しかし足を凍らされた以上、立ち上がって逃げるのは至難の技だ。
しかしダイはすぐさまジュプトルを呼び出すとエンペルトと対峙させる。抵抗の意思あり、とアシュリーの中で最後のリミッターが外れた。
「ハイパーボールの階級章ってことは、お姉さんアストンと知り合い?」
「……なぜそこで彼の名前が出る」
張り詰めた空気を軽くしようとして放った言葉だったが、アシュリーは露骨に嫌そうな顔をしてダイを睨んだ。
「知り合いだからさ。かれこれ二回も助けてもらってるもんで」
「戯言を」
「ウソじゃないんだっつーの」
これ以上アストンの話題を出せばやばい、ダイの直感が告げていた。しかしダイには既に逃走経路が見えていた。あとはタイミングの問題だ。
何かの奇跡で自分のことを知っている、それこそ昼間対戦したシンジョウが通りかからないものかと期待していたがそんな偶然は無い、ダイは覚悟を決めた。
「悪いけど俺、アンタにだけは捕まる気、無いんだよね! ジュプトル、【タネマシンガン】!」
ダイが叫ぶ。アシュリーとエンペルトが攻撃に備えたが、ジュプトルが攻撃したのは下りのケーブルカー、その窓だった。円を描くように撃ち込まれた種の弾丸がケーブルカーの窓にヒビを入れる。
怪訝そうに顔をしかめるアシュリー、ふとダイが笑みを浮かべていることに気づいたのだ。
「メタモン、【ハイドロポンプ】だ!」
「なっ!?」
直後、アシュリーとエンペルトを背後から凄まじい水流が襲う。ダイはなけなしの力を振り絞って立ち上がると、アシュリーを後ろから急襲した
「ジュプトル、【リーフブレード】!」
ダイがケーブルカーに飛び乗ったと同時、ジュプトルがケーブルカーとワイヤーの接続部分を腕の新緑刃で切断する。結果、ダイを乗せたケーブルカーが重力にしたがって、テルス山の斜面へ落ち、
「あばよ、美人のお巡りさん!!」
悪者のような捨て台詞を残したダイを乗せたケーブルカーが斜面をものすごいスピードで滑り落ちる。ケーブルカーの上に飛び乗ったジュプトルをボールに収めるとダイはケーブルカーの手すりに捕まった。
もはやそういうアトラクションのように山のでこぼこ斜面を超スピードで進むケーブルカー。下手すればでこぼこに打ち上げられ、転倒の可能性がある。
それでもひとまずはアシュリーから逃げねば、確実に捕まるという予感があった。だからこそ、逃げに手段は選ばない。
一安心、そう思っていたときだった。
まるで濁流のような何かがダイが乗るケーブルカーの側を通った。それはケーブルカー乗り場からエンペルトが放ったみずタイプの技だ。しかし【ハイドロポンプ】など比べ物にならないほどの威力で放たれたそれは、なんとレニアのケーブルカー乗り場からサンビエのケーブルカー乗り場までの斜面を抉り取るほどだったのだ。
「な、んだあの馬鹿火力……!?」
かつて戦ったみずタイプのジムリーダー、サザンカであってもあそこまで強烈な水技を使っているのを見たことがない。そして地面を抉った水をエンペルトは【れいとうビーム】で固めると、アシュリーを乗せてそのまま滑り出した。
まるでサーフィン、いや氷上であることを考えればそれはボブスレーのようであり、しかもでこぼこの斜面にスピードを落とされつつあるダイのケーブルカーと違ってみるみる加速していた。
そして、遂にエンペルトとアシュリーがダイのケーブルカーを抜き去りサンビエタウンのケーブルカー乗り場で滑り落ちてくるケーブルカーを待ち受けた。
「エンペルト、【ハイドロポンプ】!
キュウコン、【はかいこうせん】!
コモルー、【りゅうのいぶき】!」
アシュリーは手持ちのポケモンを一気に呼び出し、ケーブルカー目掛けて攻撃を放った。【ハイドロポンプ】と【はかいこうせん】と【りゅうのいぶき】が全てケーブルカーに激突し、落下速度を格段に落とす。そして時速が40kmを下回ったタイミングで"ハピナス"を前に出させた。
「【きあいパンチ】!」
裂帛の気合と共に放たれたハピナスの【きあいパンチ】が減速したケーブルカーを完全に停止させ、中にいたダイは慣性力によって窓に叩きつけられた。
止まったケーブルカーの扉をこじ開け、中にいたダイにアシュリーが手錠をかけるのは、もはや造作もなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、サンビエタウンのポケモンセンターにて目を覚ましたアルバとリエンが目にしたのはバラル団の一員としてダイが逮捕された、というニュースだった。
主人公、逮捕される。