ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSドンファン サンビエタウン

 本日は晴天なり、燦々と輝く太陽の下、俺たちは舗装された道を歩いていた。

 

「ここは"13番道路"か……」

「もう少し先に行くと、分かれ道があるみたいだね」

 

 タウンマップを見ながらリエンが言った。倣ってタウンマップを開いてみると、確かにもう少し先に進むと"12番道路"に道が分かれ、その先には"ククリタウン"という街があるみたいだった。

 街の詳細を見てみる限りでは、そこにポケモンジムは無かった。ジム制覇の旅をしている身としては後回しでも良さそうな街なのだが、詳細に載っている「ラフエル一のリゾート地」という紹介文が目を引く。

 

「リゾート地か……」

「興味あるの?」

「無い! ……といえば嘘になる!」

 

 だってリゾートだぜ? こんなピーカンの空の下だぜ? きっとでっかいホテルがあって、そのホテルの屋上にはプールがあるんだぜ? そのプールサイドで日光浴しながらトロピカルソーダを飲んだ日には俺の魂はたちまちククリタウンに縛られてしまう。爽やかな街のフリして俺たちを閉じ込める悪魔の魅力を持った街さ。

 

「けどほら、次のジムは"テルス山"の山頂の街(レニアシティ)にあるからさ。サンビエタウン経由でゴンドラに乗ればすぐだから」

「そうだね、わかった。アルバもそれでいい?」

 

 リエンが尋ねるが、アルバは答えない。振り返ると俺たちの数歩後ろでルカリオと一緒に消沈していたからだ。歩幅も小さければ元気もない。

 

「おーい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……お腹空いた……」

 

 この通り、空腹で元気がない。ルカリオもアルバも小さい割によく食うから、朝飯抜くだけでこの始末だ。いつもの元気さ……というより喧しさが無いのもあって少しばかり不安になる。気がついたら後ろで倒れてやしないか不安だ。

 

「でもまぁ、お前が寝坊したのが原因だしな……」

「うぅ、返す言葉もない……」

 

 ポケモンセンターのバイキングは基本的に時間制、そうでなくともバイキング閉店の時間になれば何も残らない。アルバが食べられたのは焼き立てとは程遠い、冷めてボソボソになってしまったバゲット。それすらもルカリオと分けて食べていた。アルバじゃなくても元気が出ないだろうなぁ、俺でもそうなるだろ。

 

 リエンと二人してアルバの心配をしていると、腰にぶら下げてたモンスターボールからゾロアが勝手に飛び出し、アルバの腕の中に収まった。

 

「はわぁ、もふもふや……」

「まるで麻薬だね」

「それで元気が出るならいいだろ」

「良くないって」

 

 アルバが一人もふもふ成分で回復してるのを見るとルカリオがさらに居た堪れなくなっていた。当然だ、ルカリオは別にもふもふで回復する性癖など持っていないからだ。

 ポケットを弄って見ると、朝飯の時におやつになればいいなと持ってきた数枚のビスケットが紙に包まっていた。それの一枚をルカリオに分けてあげることにした。

 

「!」

 

 嬉しそうにサクサクとビスケットを頬張るルカリオの姿はいつもの凛々しさを忘れさせた、ちょっと可愛い。

 

「あぁーズルい! ダイ、僕にもビスケットを!」

「お前はゾロアで我慢しとけって。きっと後で食う昼飯は美味いぞ」

 

 それからはアルバが喋る気力をどんどん失っていったために会話も少なくなり、俺は時おり舗装された道に現れる野生のポケモンをポケモン図鑑でスキャンしながら歩く。時折突出した能力を持つポケモンとは戦闘を行ったりしたが、太陽が真上に登る前には"11番道路"を超え、サンビエタウンに到着した。

 

「着いたー! まずは、ポケモンセンターに行って宿を取ろう! そしてご飯にしよう!」

 

 もはや飯のことしか見えてないアルバとルカリオが駆け出し、街の入り口の側にあるポケモンセンターの中へと突っ込んでいった。しかもゾロアを連れて行ったまま。俺たちは溜息と小さな笑いを零しながらその後を追いかけてサンビエタウン入りを果たした。

 

「『大地の恵みが 人を繋ぐ』か」

 

 ふと俺はさっきククリタウンを検索する前にタウンマップで見かけたサンビエタウンのキャッチコピーを思い出した。第一印象は、山の麓の町って感じだった。ポケモンセンターより高い建物は見る限り数個しか見当たらない。

 

「空が広いね」

「あ~、そういえばそうだな」

 

 リエンの言葉に頷く。少し上を向けばもう視界の殆どは青空だ。特に今日の雲一つ無い空が視界の大半を閉めれば、なんというか心がスーッとする。本来ならこういう情緒的なことはアルバが口にするんだけど、腹が減りすぎて下しか向いてない今日のアイツじゃあ無理もないかもしれない。

 

 次に思ったのは、町中だというのに畑が目立った。しかもそこの農作物はみんな目を見張るくらいに大きかった。農作物の町、リエンの故郷"モタナタウン"を海産の町とするならここは農産の町って感じだ。

 

「なんだか、私もお腹が空いてきたな」

「俺もだ、早いとこアルバを追っかけてご飯にしようぜ」

 

 異議なし、ということでポケモンセンターに入り込む。すると確かにそこはこの町らしいポケモンセンターだと思った。前回使った"クシェルシティ"の水に浮かぶポケモンセンターは建物の周りにわずかながら庭があったが、ここには中庭がありそこは小さなガーデンになってるようで花や簡単な作物を育てているみたいだった。天窓もついていて、あそこを開け放てば風が取り入れられる仕組みになってるんだろう。

 

 俺とリエンはそれぞれアルバが取った部屋の隣を取ると荷物と腰を落ち着けた。隣の部屋をノックするが返事はない、どうやら既に食堂に向かったらしい。よっぽど腹が減ってたんだな、そりゃそうか。食堂には人がごった返すというよりかは、昼飯時にしてはやたら閑散としていた。

 

「人少ないね?」

「あぁ……おかげでアイツが目立ちまくってる」

 

 視界の先にはテーブルにどんと盛り付けられたサラダやハンバーグをバクバクとかき込んでいくアルバとルカリオの姿があった。あまりにも熱の入った飯の食べ方に周りの人も異様な気配を感じ取って近寄りかねていた。

 

「あ! ダイ、リエン! 遅いよ! ここのご飯すっごい美味いんだけど!」

「空腹のスパイスだな……どれどれ」

 

 俺たちも受付で料理を頼んでそれを持ってアルバの隣に座ると、手を合わせてからサラダを口に運んだ。

 

「こ……これは……!」

 

 衝撃を受けた。モタナで食ったコイキングに匹敵する衝撃! このサラダ、野菜だ!

 正確には、野菜の良さが出てる。ドレッシングは恐らく"ノメルのみ"をベースに作られたものだろうけど、きのみの甘さは程々にノメルのみ本来の酸味や僅かなしょっぱさがサラダの後味を引き立てて、非常に美味!

 数秒後には俺もアルバと同じく、テーブルにある昼食を全て平らげんとするバーサーカーと化していた、だって美味すぎるんだもの。トドメは"ニニクのみ"と"トウガのみ"をこれでもかと使ったパスタ! これがたまらん! 炭水化物マンセーはこれを食べずに死ねない、ビバラフエル地方!

 

「ダイとアルバのテンションが大変なことになってる……」

 

 対面のリエンが若干引き気味に言うが仕方ない。胃袋を握られた人間というのはかくも無力なのだ、勘弁してほしい。

 欠点といえば、"ニニクのみ"は強烈なニオイを発するためこれから用事がある際には控えた方がいい食べ物なのだが、食後のデザートに"ヒメリとナナシとモモンのコンポート"をもらってきたのでニオイ対策はバッチリ。しかしこのコンポート、砂糖煮というのを差っ引いても本来の味が強かった。特にモモンは、糖度がどれくらいになっていたのかぜひとも農家に聞いてみたいくらいだ。

 

 昼飯を食べ終わった俺たちは食後の運動がてら町を見て回ることにした。やっぱり初めて見たまんま、ここは農産の町といった感じだった。若者から年寄りまで隔てなく農業に励んでいるのが、パッと町を見るだけでもわかった。

 

 ふとそんな時だ。町の中心道路を大量の荷物を抱えて歩く女性が目に入った。しかもその後ろには、女性の身の丈と同じほど大きな"ウインディ"と"ガルーラ"が目に入った。ウインディもガルーラもまた、大量の荷物を抱えていた。

 

「あのウインディ、まさか……」

 

 俺は記憶の底に終い掛けていた知り合いのことを思い出した。ここラフエルに来て、ヒヒノキ博士やミエルに続き俺に良くしてくれたあの男のことをだ。

 しかし、それこそポケモンはいっぱいいる。たまたま同じだったということもあるだろう。しかし、あそこまで大きさまで記憶のウインディとマッチするもんか?

 

 ふらりと、俺の足並みはその女性の方へと向かっていった。アルバとリエンは不思議そうに思いながらも俺の後をついてきた。その時だ、ウインディが口に抱えている紙袋に小さな穴が空いていて、そこから"オレンのみ"がポロリと落っこちた。しかしウインディは気づいていないようで、他にも色んなきのみが袋から落っこちてくる。

 

「あの、お姉さん! きのみ!」

 

 俺とアルバとリエンがコロコロと転がってくるきのみを次々キャッチしながら先を歩く女性を追いかけた。しかしまだ遠い、彼女は自分が呼ばれてることに気づいていない。

 ランニングシューズを起動させ、ひとっ走りと思ったところで地面が縦に揺れたことに気づいた。リエンのモンスターボールからミズゴロウが飛び出し、大きい地震になると知らせてきた。

 

「うおわっ!?」

 

 その時だ、驚くほど大きな縦揺れが俺たちを襲う。俺は思わずガードレールにしがみついてしまう。リエンも電柱に掴まり、アルバだけが体幹トレーニングだなんだと騒ぎながら左右に揺れていた。

 地震はしばらくして収まったが、まだ揺れてるような酔いが俺たちに残った。真っ直ぐ立ったつもりでもフラフラしてしまう。

 

「大きな地震だったね、大丈夫だったかい?」

 

 ふと声がした。見れば、さっきの女性が地震酔いしたウインディやガルーラに声をかけていた。止まってる今がチャンスと、俺達は彼女が落としたきのみを持って走り出した。

 がさらに次の瞬間、小さな地響きが聞こえてきた。ひょっとすると余震かもしれない。そう思って再びガードレールに身を寄せたが、彼女は何かピンと来たようにガードレールを飛び越えて道路の先、テルス山へ続く山道を見た。なにか砂埃が巻き上がっているのがここから見えた。俺もデボンスコープを取り出して、山道を覗いてみると砂埃はポケモンによって起こされているのがわかった。

 

「"ドンファン"だ! さっきの地震で驚いて興奮してる!」

 

 群れでやってくるドンファンの勢いは凄まじく、この地響きは余震などではなくあのドンファンたちの行軍によって起こされているのがわかった。

 

「リエン! これ頼む! 行くぞペリッパー!」

 

 俺が拾った幾ばくかのきのみをリエンに預けると俺はペリッパーの足に掴まって空へと上がった。上空から見渡すとわかる、ドンファンの群れの数が。凄まじい数だ、これがこのままの勢いで町に押し寄せて暴れたら大変なことになる。リーダーである戦闘のドンファンを大人しくさせるしか無い。

 

 その時ふと、もうだいぶ前になるが"ハルザイナの森"で似たようなことがあったのを思い出した。あの時はゴローンの大群が木々を薙ぎ倒しながらだったが、似たようなものだ。このままでは家屋や畑が荒らされてしまう。農産の町であるサンビエタウンにとって、それは痛手だ。

 

「ペリッパー! 【ハイドロポンプ!】」

「僕も手伝う! ルカリオ! 【ラスターカノン】!」

 

 足に俺をぶら下げたまま、ペリッパーが凄まじい勢いの水流を、ルカリオが練り上げたエネルギーの塊を打ち放つ。それが先頭のドンファンに直撃、ドンファンのリーダーは動きを止めた。しかし興奮しているドンファンたちはリーダーが倒れたくらいでは止まらず、困ったことに隊列が乱れ始めた。集まってれば【みずのはどう】で一網打尽に出来たかもしれないが、こうも散らばられると各個撃破しかない。

 

「ジュプトル! 【タネマシンガン】で牽制!」

 

 ペリッパーの足から飛び降り、着地と同時にジュプトルの入ったボールをリリース。出てきたジュプトルが新緑の種を打ち出し、それが数匹のドンファンたちの足に直撃、勢いを無くし地面に突っ伏すドンファン。可哀想だが今はまず足を止める。残ったドンファンは怒りだし、闇雲な走りから俺とジュプトルを狙いだした。

 

 少しまずいか、と思ったその時だ。ジュプトルの足元、レンガ敷の道路の隙間から微かに雑草が覗いてるのが見えた。しめたとばかりに、俺はジュプトルに指示を出す。

 

「【くさむすび】!」

 

 ジュプトルがレンガに拳を打ち込む。するとレンガの隙間から出てきた草が結び合い、それにドンファンが引っかかり盛大に転ぶ。回ることに慣れているドンファンだけど、回されるのには慣れていない。自分の意図しないところで回転したら当然混乱する。

 

【くさむすび】は効果覿面だったようで、走ってくるドンファンの数があっという間に減った。しかし残った一匹のドンファンが未だに俺を狙い続けている。ジュプトルが牽制を行うが、素早さが他のドンファンとは段違いだった。あっという間に俺は距離を詰められてしまった。

 

「ダイ!」

 

 リエンとアルバの声がする。ペリッパーがドンファンへ体当りしようとするが今から降下を始めたら間に合わない。ジュプトルが【リーフブレード】で迎撃しようと準備するが、恐らくそれも間に合わない。

 まずい、と思った時。背中に人の暖かさと、太陽の光を遮る影、そして灼熱を感じた。

 

 

 

「――――ウインディ、【かえんぐるま】!」

 

 

 

 回転するドンファンに対し、同じく回転しながら、しかしこちらは火炎を纏いながら体当たりするウインディ。その一撃は強烈で俺に向かって一直線に【ころがる】攻撃をしてきたドンファンを正面から迎え撃ち、戦闘不能にまでした。

 

「危なかったね、大丈夫かい」

 

 ハスキーな声音で俺にそう声を掛けてくる女性は、まさにさっきまで俺たちが追いかけていた女性だった。呆気に取られる俺を他所に、ペリッパーにジュプトル、アルバとルカリオによって他のドンファンもどんどん鎮圧されていった。

 

「落ち着いたみたい、さっきの地震で驚いたんだろうね……」

 

 ぐったりとしているドンファンたちを見据えて、女性が言った。その声はどこか切なげで、暴走を止めるべく戦闘を行ったのがなんだか悪いような気がして、少しだけバツが悪くなった。

 

「だけど、あのままじゃ農作物まで荒らされかねなかったから、君たちみたいなトレーナーが通りかかって本当に助かった」

 

 のそのそと戻ってきたウインディがその鼻先を女性の肩に擦り付けた。女性はくすぐったそうにすると、手のひらでウインディの頭を撫でる。そこで、ようやく俺の意識が目の前に戻ってきた。

 

「あ、俺ダイって言います」

「ダイ……ふむ、私はシーヴ。この先にある育て屋のオーナーをしている者だ。時にダイくん、このウインディに見覚えは無いかな」

 

 やっぱりか、俺の記憶の中にいる一人のポケモンレンジャーの姿が色濃く浮かび上がってきた。見れば彼女の髪色は彼によく似ている。

 彼は言っていた、「サンビエタウンに寄ることがあれば姉ちゃんによろしく」と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「と、いうことがあったわけなんだ」

「俺が留守番してるうちにそんなことがあったのかよ! すまねぇなぁダイ、俺がその場にいればキャプチャスタイラー(こいつ)でドンファンを大人しくさせられたかもしれないのに」

 

 場所は変わり、シーヴさんが営んでいるという町外れの育て屋。荷物を拾ってくれたお礼がしたい、と彼女が言うので育て屋に寄ったところ、俺は受け付けで雑誌片手に居眠りしていたポケモンレンジャー――アランと再会した。

 シーヴさんはアランから俺のことを聞いていたらしい。ヒヒノキ博士からポケモン図鑑を預かったポケモントレーナー、というのは実のところ俺以外にいないらしく、博士が図鑑を預けたトレーナー一号ということで博士のラボがあるハルビスを中心に俺の噂がどんどん広がり続けているらしい。

 

「知らない間に有名人だね」

「俺自身もビックリだよ……」

 

 もしクシェルシティでアイと再会していなければ、俺はあっという間にPG内で保護要請が出ることになっていただろう。お巡りにしょっぴかれるのはさすがに御免被りたい。

 

「アンタはいい店番中に寝るのやめなって」

「うぅ、申し訳ねぇ。連日出動の日々だからつい……許して」

 

 俺とリエンが話してるその横でシーヴさんがアランの耳を引っ張りながら説教を行っていた。幸い居眠りをしている間に客が来なかったから良かった。アランは何度もシーヴさんに頭を下げていた。俺の記憶の中のかっこいいポケモンレンジャーのイメージがどんどん崩れていく。

 

「しょうがないなぁ、ガルーラ。何か変わったことはあった? 預かってる子たちの様子とか」

 

 アランの横で客を待っていたのはポケモン"ガルーラ"だった。シーヴさんの手持ちらしく、ポケモンレンジャーとしてハルビスで活動しているアランの代わりに普段この店の手伝いをしているようだった。

 しかしガルーラは困ったような顔をして奥にのそのそ姿を消すと数分後、二つの丸い球のようなものを抱えて現れた。

 

「これ、もしかしてポケモンの卵?」

 

 リエンがそう言うので見てみると、確かに卵にそっくりだった。違うのは、とりポケモンが生む卵と違って遥かにデカい。シーヴさんが頭を抱えながらポケギアを取り出して、恐らくトレーナーに連絡を取った。

 

「あ、もしもし。サンビエ育て屋のシーヴです。預かってたポケモンが卵を持ってまして、はい……ですが、そちらのポケモンが持ってた卵でして……はい、わかりました。失礼します」

 

 連絡を終えたシーヴさんが唸りながら頭をくしゃくしゃと崩した。なんだか聞くのは悪い気がしてリエンと口を噤んでいたが、アルバが突っ込んだ。

 

「なにかあったんですか?」

「うん、お客さんから預かってるポケモンが持ってた卵だから引き取ってほしいって連絡をしたんだけど、手持ちのポケモンで手一杯だからこっちでどうにかしてほしいって。弱ったなぁ、卵の世話までしてられないよ……」

「なら、ダイたちに世話頼めばいいじゃん?」

 

 直後、シーヴさんの鋭い【からてチョップ】がアランの頭部に突き刺さった、俺じゃないと見逃しちゃうね。

 

「いくらなんでも無責任すぎる。一応、うちの不祥事なんだよ。目を離した隙に卵が見つかるってことは」

 

 その言い分もわからないではない。ただ俺の左右でめちゃくちゃ興味ありますって顔した人間が二人して卵をじっと見つめてるのでアランの提案は悪い提案じゃなさそうだ。

 

「俺たちで世話してもいいなら、やらせてほしいです」

「そうかい? けど、卵が孵る条件はまだ不明瞭だし……ものすごい時間がかかってしまうかもしれないよ?」

「私はジムに挑戦したりしない緩い旅なので、むしろやってみたいです」

 

 最終確認のつもりでシーヴさんが尋ねてくるが、アルバはじっくりと右の卵を、リエンは左の卵をツンツンと指で突いて反応を楽しんでいた。

 この調子なら頼まれれば断らないだろう。シーヴさんは渋々、と言った感じだったがやがて店の奥から空のモンスターボールを持ってきて卵を収納した。卵自体には意思が無いからボールの捕獲に対する抵抗力を持っていないのか、すんなりとボールに収まった。それをテーブルに置くシーヴさん。

 

「それじゃ、えっと……じゃあリエンちゃんとアルバくんにこの卵を預けるね。何かわからないことがあったら遠慮なく連絡してくれていいから」

 

 そう言うとシーヴさんは自身のポケギアの番号を教えてくれた。俺たちもそれぞれの端末の番号を交換する。ライブキャスターにシーヴさんの番号が追加されたのを確認すると、アルバとリエンが卵の入ったボールを受け取った。

 

「何が生まれてくるのかな……!」

「今からドキドキするね」

 

 既に卵は時々ちょっと動いてるみたいで、生まれるまでもう少しといった感じだった。シーヴさんは「あっ」と何か思い出したように店の奥に引っ込むと、何やらいろんなものをひっくり返すような物音をさせてから埃まみれの姿で現れた。

 

「これ、生まれてくるポケモンに使えると思うから、よかったら持っていって」

「いいんですか?」

「もちろん、私が昔旅をした時に手に入れたものだけどこのまま埃被せておくのもどうかと思うから」

 

 シーヴさんがアルバとリエンに渡したのは、進化の石だった。アルバが手にとった方はたぶん"ほのおのいし"だけど、リエンが受け取った方の白く濁った感じの石はわからなかった。俺の見たことのない進化の石なんだろうか……?

 

「ん? 姉ちゃん、生まれるポケモンがなんなのかわかるのか?」

「まぁ、だいたいね。私の見立てに間違いは無い、と思う」

「姉ちゃんがそう言うなら百発百中だわな」

 

 アランがシーヴさんの見立てを信用していいとお墨を付けた。その時だった、アルバがウズウズしたように立ち上がった。

 

「僕、走ってくる!」

 

 よっぽど卵を孵したいのか、アルバが店を飛び出した。全員で苦笑しながら見送ると、次いでリエンが立ち上がった。

 

「アルバが迷わないように見張ってるね」

 

 そう言ってリエンも店を後にする。けど、その横顔はどこかウキウキしてるように見えて、たぶんアルバと一緒に走ってくるつもりなのかもしれない。そうなると俺も卵が欲しくなってきたな……もうないか。

 俺が頬杖を突いて溜息を吐くとシーヴさんとアランが笑い出す。

 

「ダイ、暇そうなら俺と久々にバトルしないか?」

「お、いいね」

「この先、テルスさんの麓にちょっとした運動場があるんだけど、バトルスペースもある。そこでやろうぜ」

 

 二つ返事、シーヴさんが見送ってくれる中俺とアランはピジョットに騎乗してアランの言うテルス山の麓へと向かう。するとアスレチックに似たコースがテルス山をぐるっと一周する勢いで展開されていた。なんというか山の麓が360度ジョギングからアスレチックスになってるみたいだった。その一角に四角いフィールドが広がっており、俺とアランはそこへ降り立った。

 

「俺の手持ちは、以前と同じフローゼルとウインディだ。そっちはどうだ」

 

 アランは二匹のポケモンをリリースする。リザイナシティの前で見たときと変わらないメンツが俺の前に立ちはだかる。

 

「今日はそのフローゼルから勝ちを頂くぜ! ペリッパー! ジュプトル!」

 

 俺はボールからこの二匹を選出、リリースした。するとジュプトルを見て、アランがひゅーと口笛を飄々と吹かす。

 

「そのジュプトル、あの時のキモリか! 進化したんだな!」

「い、色々あってな」

「へへ、そうかい。じゃあ始めるとするか!」

 

 先鋒で出てきたのはフローゼルだった。こっちがジュプトルを出すのを全く恐れていない姿勢。タイプ相性で戦いを避けるほどヤワじゃない、アランのフローゼルに対する信頼が見て取れた。

 それならこっちもペリッパーで様子見なんて真似は出来ない。そんな俺の意を汲んでか、ペリッパーが俺の足元に降りジュプトルが前へ出た。

 

 あの時も、フローゼルが先鋒で俺はキモリで打って出た。その時の再現のように、空がオレンジを帯び始める。

 

「「先手必勝――――!」」

 

 叫ぶ言葉でさえ、あの時と同じ。

 

 アランのフローゼルが水を纏い尻尾をスクリューのように回転させながら突っ込んでくる、【アクアジェット】!

 ただしフローゼルが初手で突っ込んでくるのは予想済みだった。そしてジュプトルも、キモリの時にそれを一度見ている。

 

「【リーフブレード】!」

 

 水を纏い加速するフローゼルを新緑の刃で迎え撃つジュプトル。空を、陸を、滑るように加速するフローゼルとジュプトルの刃がかち合う。しかしフローゼルは止まらない。どうやら今の一撃、命中こそしたらしいが上手く往なされた。

 

「【スピードスター】! からの【ダブルアタック】!」

 

 鋭角に反転したフローゼルが尻尾から星の大群を打ち出し、ジュプトルに命中。【スピードスター】は牽制で、本命はその後の【ダブルアタック】! 二又の尻尾で連続攻撃を放つフローゼル、ジュプトルが思い切り吹き飛ばされる。

 

「逃さねえぞ、【うずしお】!」

 

 フローゼルは自身が纏っていた水を練り上げ、回転させながら撃ち放つ。それがジュプトルを飲み込む、ジュプトルはこのままでは交代も出来なければ渦から逃げ出すことも出来ない。

 だから、フローゼルが決めに来るのもわかってる。ジュプトルの視線が俺の目を射抜く、俺達は深く頷きあった。

 

「【れいとうパンチ】!」

 

 フローゼルが放った氷の一撃がジュプトルに直撃する。吹き飛ばされたジュプトルを【うずしお】が苦しめる。それに加え、フローゼルが放った攻撃によって、ジュプトルを巻き込んだ渦がだんだん凍り始め、ジュプトルの身体の自由をさらに制限する。

 

「これでジュプトルはもう反撃……ん?」

「アラン、俺達はこれでもジムを確実に勝ち抜いて来てんだ。そんなジュプトルが、二つのジム戦最大の功労者が――――」

 

 

 バキン、と音を立てて【うずしお】が割れた。中から現れたのは当然、ジュプトル。

 

 

「こんな簡単にくたばるわけあるかってんだ!」

「なっ! 直撃だぞ!? なんで……いやまずはフローゼル、距離を取れ!」

 

 アランの指示が飛ぶ、がフローゼルは膝を突いた。予想外の動きにアランが目を見張った、気づいたのだろう。フローゼルの浮き袋、その下で確実に成長を続けるヤドリギを。

 

「【やどりぎのタネ】! いつの間に!?」

「最初にかち合った時だよ。アランが救助の相棒にするくらいのタフネスだから、こうでもしないと長期戦は出来ないと思って仕込んどいたが正解だった」

「耐えきる自信があったから、あえて【れいとうパンチ】を受けたのか。【うずしお】を凍らせるために」

 

 ジュプトルなら耐えきると思ってた。さっき、俺の目を見たアイツの目はそういう目だった。

 話をしている最中にも、フローゼルの体力はどんどん奪われていく。アランはフローゼルをボールに戻すとウインディを出張らせた。

 

「やるなぁ、ダイ。ほんと、ずいぶん強くなったよお前」

「へへへ、面と向かって言われると照れるな……」

「だけどな、このウインディはお前も知っての通り生半可な鍛え方はしてない。なんせ、俺の姉ちゃんが心血注いだウインディだからな」

 

 シーヴさんが……そうだ、あのウインディは一撃でドンファンを鎮めるほどに強い。一度戦って、守られて、それがよくわかった。シーヴさんの育成は本格的なのだろう、ポケモンの伸ばし方を一番理解してるんだ。

 そんな人が育て屋をしてる。今まで旅してきた地方とはまるで違う、そんな気がした。

 

 だから、そんなことを言われてしまえば血が騒ぐ。

 

「この二匹で、ウインディを止めてみせる!」

「出来るかな!」

 

 ウインディが飛び出し、開幕で放つ【フレアドライブ】。

 ジュプトルがそれを迎え撃つべく、姿勢を低く保った。刹那、とてつもない衝撃が辺り一体に爆弾のように炸裂する。

 

 

 

 それから俺たちは日が暮れるまでポケモンバトルで盛り上がった。途中アクシデントが起きてバトルスペースに大きな穴を幾つも空けてしまったけど、大丈夫だよね……?

 

 

 

 

 

 




久しぶりにアランにもご登場いただきました。


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